「ウォロロロロロっ!!」
――と。
心底嬉しそうな哄笑を周囲に響かせるカイドウのほうへ、ガリガリに痩せ細ったビッグ・マムが思わず視線を遣ってみれば――気でも狂ったのかと言いたくなるような狂笑を浮かべている
実に愉快そうに、短い銀髪の紅眼から、長い金髪の碧眼へと変貌――「変身」、と言ったほうが適切かもしれないが――を遂げたフレイを見ながら、カイドウは、
「『惚れた女たちの前でカッコつけたいだけ』、ときたか――ロジャーやニューゲート、それに……おでんと似てやがるなぁ?
片手で担いだ金棒で、自らの肩を軽くトントンと叩きながら、カイドウはこうも言った。
「さっきはすまなかったな……! オメェを狙うつもりはなかった――が、それが『覚醒』のきっかけになったんなら結果オーライだ……! もしかしたら、これでようやく――「おいっ! カイドウっ!!」――あぁっ……!?」
自身の口上に横槍を入れられたことで気分を害したらしいカイドウが、額に青筋を浮かばせた上でこちらを睨んできたが、当然ビッグ・マムは気にしなかった。
その上で彼女は、カイドウに聞こえてフレイに聞こえないと思われるギリギリまで声量を絞りながら、
『……下らねェことを言ってねえで、サッサと構えな! もう一度だ――まだ、アイツが「覚醒」した
今度はカイドウが台詞を遮る番だった。短くも、これ以上なくハッキリとした拒絶で――ビッグ・マムは、思わず言葉を失ってしまった。
が、それもほんの数秒だった。『覚醒』し、変貌し、自分と周囲の部下たち――
そんな彼から確かに感じた、尋常ではない威圧感を受けて青くしていた顔色を、たちまち怒りによって真っ赤にした上でビッグ・マムは、
「テメェ――このクソガキ! 『死にたがり』もいい加減にしろ! いつからだ――『ゴッドバレー』の一件で、『ロックス』の奴がくたばった時からか!? 馬鹿みえェな夢見やがって……! 変な横道に逸れてねぇで、海賊だったら、やるべきことをやってサッサと――「意味がねえ」――あっ?」
再び言葉を被せてきたカイドウに対して、片眉を吊り上げて見せるビッグ・マム。
そんな彼女に対し、カイドウは続けて、
「
と言って、一顧だにしなかった。
額に青筋を浮かべ、「何を……訳の分からねえことを……!」と唸りながら歯を食いしばり、全身をプルプルと震わせるビッグ・マム。
再び愉快そうな面持ちでフレイへと視線を戻した
ビッグ・マムの当初の目的は、フレイは叩きのめした上で生け捕りにし、彼の「種」を貰い受けることだったが、こうなった以上は殺す気でやってやる、と――そう思った。
現在進行形で徐々に増していっている、相変わらずの埒外の威圧感――黄金のオーラと共に、長い金髪を天に立ち上らせているフレイのそれを考慮すれば、案外「それ」ぐらいが丁度いいかもしれない、とも。
善は急げだ。ビッグ・マムは片手に持っていた
……と同時に、彼女はニチャリとした粘着質な笑みを浮かべた。勝算があったからだ。
つい先ほど、カイドウが何やらゴチャゴチャとのたまっていたが、言われずとも、ビッグ・マムはちゃんと『見聞色』を展開していて――『未来視』のレベルにまで至っているそれで確認した限りでは、今から自分が放つ『
やはり、二重の意味で『覚醒』した直後ということもあって、ボーっとしているのだろう、とビッグ・マムはそう思った。馬鹿が、またすぐに「向こう側」へ送り返してやる、とも。
そう――
(あっ……!?)
「違和感」。
魚の小骨が喉に刺さったかのような違和感が、勝利を確信していた彼女の精神を蝕んだ。何故? と心中で自問すると同時に――『威国』を放つ為の力を充填しつつも、ビッグ・マムはようやくハタと気づいた。
自分がこれから放たんとしている『
馬鹿な! とビッグ・マムは思った。まさか本当に、カイドウが言ったように、冷静さを欠いているせいで『見聞色』自体が働いていないとでも?
そんな焦燥に駆られた彼女ではあったが、すぐにそうではないと気づいた。現在の自分と同様、先のフレイの『
……そう、彼女の『見聞色』はちゃんと機能していて――にも関わらず、どういう訳かフレイの「声」、彼に関する「未来」だけが、ひとつとして確認できなくて。
しかし、今さら『威国』を中断することなどできなかった。何度も言うように、現在の彼女は、『覚醒』直後のフレイの『
先の「生命力」の吸収と、それよりも更に前に受けた、胸部への『
だからこそ、「これ」で仕留められなければもう「次」はない。そんな強迫観念が、ビッグ・マムに技の中断という選択を採らせなかった。
彼女は無理矢理不安を押し殺し、覚悟を決め、
「『威――」
――国』、と言うと同時に
ガシィッ! と。
突如、何者かが、背後から
ビッグ・マムは戦慄した。まさか、聞かん坊の
それでは一体誰が――ガープか? クザンか? そう思いつつもビッグ・マムが反射的に視線を後ろに巡らせてみれば、そこには、
(……っ!?
『
馬鹿な、とビッグ・マムは今一度焦燥した。黄金のオーラを「素」とした、あらゆる形状の「物質」を生成する能力――それがフレイの力のひとつであることは、当然ビッグ・マムにとっても既知のことではあったが、それをする際には、虚空に漂わせたオーラを寄り集めて任意の形に留めるという工程を挟む以上、どうしたって多少のタイムラグがある筈だ、と。いくら背後での出来事とはいえ、そんな
いやもっと言えば、基本、そういったオーラの物質化は、今ほど距離を離した位置では行えない筈だと、ビッグ・マムはそう思って――しかし。
そのような疑問に、グルグルと思考を巡らせている暇もなく。
ゾクゥッ! とした悪寒を覚えたビッグ・マムが、自身の身体の正面へと視線を戻してみれば――いつの間にか、そこにいたのだ。
長い――とてつもなく長くなった、滑らかな金髪を
「はぁっ!?」
思わずといった様子で驚愕の声を響かせつつ、あともう少しで鼻先が触れそうなほどの至近距離にあるフレイの相貌――そこにある、瞠目した自身の顔が映っている碧い
なぜ、今のフレイの姿を、自分は『見聞色』で
49年という、これまでの人生の中でもっとも強く、ハッキリと「それ」を予感した彼女は、
背後に突如「出現」し、
それを、緊張と恐怖によって、極限にまで圧縮された時間の中で確信したビッグ・マムは、すぐに考えを改めた。別の迎撃策を採ることにしたのだ。故に彼女は、
「~~~~っ! 『ゼウス』! 『プロメテウス』! 何ボケっとしてやがる!? またおれ
――ぶっ殺せ! と。
そのように言葉を続けようとするビッグ・マムではあったが――またもや、叶わなかった。何故か?
ドンッッッッッ!! と。
今一度『覇王色』が周囲に迸り、それと同時に生じた
発生源は言うまでもなく、眼前のイングナル・フレイ――より正確には、彼が後ろに振りかぶった右足。その足首より下の部分で。
ビッグ・マムだけではなかった。バリバリバリっ! と。閃光と共に幾筋もの稲光が迸り、これと共に周囲に拡散された『覇王色』が、いまだ『
殆どの者たちが、如何にイングナル・フレイが格別の「才」を持って生まれた「神童」であろうと――そこから更に「覚醒」に至っていようとも、本来ならば、彼の『覇王色』
何なら、ビッグ・マムとて無事では済まなかった。束の間、意識が遠退き、自分がどこで何をしているのかも忘れてしまったのだ。
それでも完全に気を失ったりはせず、何なら、時間にしてもほんの刹那というべきそれではあったが――その「刹那」が、あまりにも致命的だった。
大気を震わせ、
彼を目前にした現在の状況下では――あまりにも。
「『
ポツリと呟くようなフレイの言葉を受けて、ビッグ・マムの意識が現実に引き戻され、同時に、彼女が事前に指示を出していた――厳密には最後まで言い切ることは叶わなかったが、それでも、彼女の意図を十分以上に汲んだらしい――「
主人を守る為にかの美丈夫へ突貫したものの――前述したように、遅過ぎた。
(……どうして……)
――と。
(どうして、『見聞色』が――!?)
先に触れたように、極限にまで圧縮された時の中で、再度、そのような疑問をビッグ・マムが抱くのとほぼ同時だった。
フレイが、その技の名を呟いたのは。
「――『
……静かな。
本当に、静かな――ひと言。
にも関わらずその
衝撃は、直後だった。
先立って、強烈無比な『
それが、まるで吸い込まれるように直撃し――同時に、音が消えた。
蹴撃を放ったイングナル・フレイも、それを受けたビッグ・マムも、そんなふたりを見つめる周囲の面々も――全員が、束の間、絵物語のワンシーンを切り取ったかのように硬直。
当事者のふたりを中心にブワッ……! とした円状の波動が静かに広がり、それから2、3秒ほどは、まるで音という概念までもがこの世から消えたような気がして。
しかし当然、そんなことが永遠に続く筈もなく――ドォンッッッッッッッッッッッッッッッ!! と。
フレイの蹴撃を受けたビッグ・マムの胸元を起点とした、突然の爆発――大爆発。
それと共に、数分前、フレイが戦線復帰した時から通算して、3度目となる衝撃が周囲の大気を震わせることになって。
当然、拡散されたのはそれだけではなかった。例の、「黄金の覇王色」。幾筋もの稲光という形で視覚化されたそれらもまた周囲に迸り。
それが、ここまで何とか意識を保ってきた、ビッグ・マムとカイドウの部下たちの中でも、選りすぐりの者たち――『カタクリ』や『クイーン』といった面々が、ついに泡を噴きながら意識を落とす要因となった。
ほぼ無傷のカイドウでさえ、「ぐぅっ……!?」と短く呻きながらもわずかにグラついた程だった。それでも気を失わないのは勿論のこと、片膝さえ着かなかったのは流石と言えたが。
主人を助ける為にフレイに殺到していたゼウスとプロメテウスも無事では済まなかった。元々質量的にはそれほどでもない、自然現象を「擬人化」させた彼らのこと、大気を轟かせる程の衝撃によって、既にその身は彼方にまで吹き飛ばされており――「「うわあああああぁぁぁっ!? マ、ママ~~~~っ!?」」という情けない悲鳴が、周囲に木霊した。
そして、それらの要因となった、異次元の威力を誇る
「……かっ……はっ……! あ、あぁっ……!」
無残な姿だった。ただでさえ、フレイが二重の意味で「覚醒」すると同時に再展開された『
『
それを握っていた両手がダラリと身体の脇に力なく垂らされ、それから数秒ほど、ビッグ・マムは、その場で危なっかしく身体を前後に揺らしていたかと思うと――程なくして傾倒。
仰向けにゆっくりと倒れ込み、ズウゥンっ……! という音と共に大地を震動させた。その上で彼女は、
「……グ……ゾ……っだれ……! ブ……レイ……!」
「……いや、意識あるのかよ……。どんだけタフなんだ……? 流石にちょっとショックかも……」
ビッグ・マムの顔の横にスタン……と、軽やかに着地しながらそのようにのたまうフレイには構わず、彼女は更に、
「デ、メェ……! 今のば……いっだい……? どうじ……で……げんぶんじょぐ……が……?」
「……悪いが、今はまだ言えない。これから戦うことになる『アイツ』に、カラクリを聞かれる訳にはいかないんでな」
立ち上る粉塵と煙によって、現在、ふたりの周囲はろくに視界も利かない状態になっていたが――その一点の向こう側を親指で示しながら、フレイが言った。
畜生、と心中で毒づきながらも、ビッグ・マムはゴフッ! とひと際大きな血塊を吐き出し――同時に、彼女は3つのことを確信していた。
ひとつ目は、
ふたつ目は、そんな自分が意識を保っていられる時間は、あと数秒も残っていないということ。
そして、最後の3つ目は――。
「ブ……レイ……!」
意識を失う前に、「これ」だけは言っておかなければ。そう思ったビッグ・マムは渾身の精神力でもって彼の名を呼び、自身の顔の横に立った状態でこちらを見つめる、サファイアが如き双眸を見つめ返しながら、
「おれば……あぎらめねェがらな……! ゴホッ……! がならず……いづが……がならず……!」
ここに至って確信したこと、最後の3つ目。
それは――やはり、自分の「生涯の夫」は、この
息を飲む程に美しい容姿。
愛する女の為ならば、どんな困難にも立ち向かって見せるという気概。
そして何よりも、自分を相手に勝ちを拾えるほどの、圧倒的な
惚れ直すには、十分過ぎた。圧倒的且つ絶対的で、言い訳のしようもない、
無論、悔しいという感情が微塵もないと言えば流石に嘘になるが、それを遥かに上回る、一種の達成感のようなものがあるのも確かで。
(……マ……ザー……!)
急速に薄れてゆく意識の中で思い浮かべるのは、かつて親に捨てられた自分を拾い、育ててくれた
その時に抱いた「夢」――「世界中の人種が家族となり、全員が同じ目線で食卓を囲む」という
しかもこれは、一般的な「立場などに関係なく」という意味ではなく、「物理的」に全員が同じ目線の高さになればいいのに、というもので。
幼い頃から、巨人族に迫るほどに図抜けた体格を持っていた
しかしながら、今のところそれが叶う気配はなく、そこまでの道筋さえわかっていないというのが実状で。
そんな中――期せずして現れた、ひとりの男。
イングナル・フレイ。
「オハラ」の一件の後に全世界に発行された手配書。それを見た時に、彼を次の夫にすると決めた自分の選択は間違いではなかったのだと、事ここに至ってビッグ・マムは確信した。
正直、当初は、少し見た目がよくて腕も立って、何よりまだ若く将来性も十分だからという理由で見初めただけだったのだが――やはり、彼でしかありえないと。
自分と同じ目線――どころか、こちらを見下ろす、つまりはこちらの視線を一方的に下げてしまう程の実力を備えた「極上の雄」。
今までのような、
そんな彼――霞んでゆく視界の中で、氷のような冷たさを湛えながらもこちらを
その上で、
(ああ……見つけちまったよ、マザー……! オレの……
以下のように――続けた。
「……がならず! デメェを『おっど』にじてやる……! デメェとげっごんじで……! まいにぢのようにごづぐりじで……! まいどじのようにごどもをうんで……! づぐっでやる……! ぼんどうの――」
――『
そのように述べたビッグ・マムに対してフレイは、あくまでも冷ややかな視線を向けつつも、フッとした微笑を浮かべると、
「お前が――自分の子を政略結婚の道具にするのをやめた上で、罪のない人間を害するような『海賊稼業』から手を引くのなら、な……」
「マ~……ゴホッ! ハァッ……ハァッ……! ハハハハハァっ……! ばが……いえ……!」
吐血しつつも、ビッグ・マムは一笑に付した。例え敗北の憂き目に遭おうとも――
だから、
「
「……そうか、
何かを悟ったような奇妙な表情を浮かべながら、フレイが言った。彼は更に、
「じゃあ……今はとにかく、少し休んでおけ――これから、メインイベントの時間なんでな。お前を『説得』している時間はない」
「……グゾッダレが……!」
前座扱いかよ……! と言葉を続けようとしたビッグ・マムだったが――これもまた、叶わなかった。遂に限界が来たのだ。
壊れかけの電球のように明滅する視界。思うように回らない口。極限まで萎んだ意識が、自分の体と地面をすり抜けて下へ下へと落ちてゆくような奇妙な感覚――わずかな悔しさと、それを遥かに上回る恋情を自覚しながら、彼女は改めて決意した。
必ず、この
生涯をかけて、その種を絞り取ることで孕み続け、産み続けてみせると。
歴史上もっとも強く美しい伴侶と生涯を共にした、歴史上もっとも幸せな女になってみせると――その上で、こちらからは一切妥協しないと、そう決意した。
その直後に、ついには暗転。
かつては世界中の『巨人族』の心にこれ以上ない程の怒りと恐怖を植えつけ、『ロックス』の一員としても活躍し、今となっては、政府や海軍でさえ手に負えない程の女海賊、『
生まれて初めての本当の
◆ ◆
5人の超人による、シャボンディ諸島66番
大海賊『ビッグ・マム』ことシャーロット・リンリン――「
◆ ◆
……そして。
後に残されたのは――
「……ウォロロロロロっ! これで、邪魔者は消えたな? いつの間にか、ガープやクザンの姿も見えなくなってるし、連中の余力がどれぐらいかは知らねえが、仮に
――
そう言いながら、相変わらず世にも恐ろしい狂笑を浮かべるカイドウの相貌を、あくまでも冷静、いや冷徹と言ってもいい視線で見詰め返しながら。
イングナル・フレイは、
「……終わるつもりも、終わらせるつもりもねえよ。トキさん……
と、そう言って。
遂に、身に宿した『悪魔の実』の真価を発揮するに至った今代の『豊穣の王』は、ニヤリと笑った。
残された
『豊拳』イングナル・フレイと、『百獣のカイドウ』。
最後の戦いが――今、始まる。
「恋落」と書いて「だつらく」と読むのは、言うまでもなく原作でサイがラオGを倒した話からの引用です。こうした表現はとても自分では思いつけませんね……。尾田先生は神。