※この作品はR-18です。

豊穣の王   作:イロゴト柿

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第37話『ダツラク』

「ウォロロロロロっ!!」

 

 ――と。

 

 心底嬉しそうな哄笑を周囲に響かせるカイドウのほうへ、ガリガリに痩せ細ったビッグ・マムが思わず視線を遣ってみれば――気でも狂ったのかと言いたくなるような狂笑を浮かべている弟分(カイドウ)の姿があって。

 

 実に愉快そうに、短い銀髪の紅眼から、長い金髪の碧眼へと変貌――「変身」、と言ったほうが適切かもしれないが――を遂げたフレイを見ながら、カイドウは、

 

「『惚れた女たちの前でカッコつけたいだけ』、ときたか――ロジャーやニューゲート、それに……おでんと似てやがるなぁ? ()()()()()()()()、どこか甘臭ェ奴ら……! 『最期』の迎え方も、ニューゲート以外のふたりと同じにならなきゃいいが……まあいい! とにかく、自分の女のことが第一な今の台詞こそが、お前の自我が乗っ取られていないことの証明になる……!」

 

 片手で担いだ金棒で、自らの肩を軽くトントンと叩きながら、カイドウはこうも言った。

 

「さっきはすまなかったな……! オメェを狙うつもりはなかった――が、それが『覚醒』のきっかけになったんなら結果オーライだ……! もしかしたら、これでようやく――「おいっ! カイドウっ!!」――あぁっ……!?」

 

 自身の口上に横槍を入れられたことで気分を害したらしいカイドウが、額に青筋を浮かばせた上でこちらを睨んできたが、当然ビッグ・マムは気にしなかった。

 

 その上で彼女は、カイドウに聞こえてフレイに聞こえないと思われるギリギリまで声量を絞りながら、

 

『……下らねェことを言ってねえで、サッサと構えな! もう一度だ――まだ、アイツが「覚醒」した能力(ちから)を十分に理解してなければ使いこなせてもいない今の内に! もう一度「覇海(はかい)」を撃ち込めば、きっと――「断る」――っ……!?』

 

 今度はカイドウが台詞を遮る番だった。短くも、これ以上なくハッキリとした拒絶で――ビッグ・マムは、思わず言葉を失ってしまった。

 

 が、それもほんの数秒だった。『覚醒』し、変貌し、自分と周囲の部下たち――弟分(カイドウ)の部下たちも含む――から奪った「生命力(エネルギー)」でもって全快したらしいイングナル・フレイ。

 

 そんな彼から確かに感じた、尋常ではない威圧感を受けて青くしていた顔色を、たちまち怒りによって真っ赤にした上でビッグ・マムは、

 

「テメェ――このクソガキ! 『死にたがり』もいい加減にしろ! いつからだ――『ゴッドバレー』の一件で、『ロックス』の奴がくたばった時からか!? 馬鹿みえェな夢見やがって……! 変な横道に逸れてねぇで、海賊だったら、やるべきことをやってサッサと――「意味がねえ」――あっ?」

 

 再び言葉を被せてきたカイドウに対して、片眉を吊り上げて見せるビッグ・マム。

 そんな彼女に対し、カイドウは続けて、

 

合わせ技(そんなこと)をしたところで意味なんかねえ――()()()()()()()()()()()()()()。無駄なことはしねぇ。……それとも、お前には()()()()()のか? どんだけ冷静さを欠いてやがる?」

 

 と言って、一顧だにしなかった。

 

 額に青筋を浮かべ、「何を……訳の分からねえことを……!」と唸りながら歯を食いしばり、全身をプルプルと震わせるビッグ・マム。

 

 再び愉快そうな面持ちでフレイへと視線を戻した弟分(カイドウ)のことを殺してやろうかとも思ったが、自重した。それよりも、死にかけの状態から復帰したばかりで、病み上がりのような状態にある(と、思われる)フレイを――『覚醒』した能力(ちから)をまだ完全にモノにできていない(と、思われる)フレイを仕留めるほうが先決だと思った。こうなったら、おれひとりだけでも()ってやる、と。

 

 ビッグ・マムの当初の目的は、フレイは叩きのめした上で生け捕りにし、彼の「種」を貰い受けることだったが、こうなった以上は殺す気でやってやる、と――そう思った。

 

 現在進行形で徐々に増していっている、相変わらずの埒外の威圧感――黄金のオーラと共に、長い金髪を天に立ち上らせているフレイのそれを考慮すれば、案外「それ」ぐらいが丁度いいかもしれない、とも。

 

 善は急げだ。ビッグ・マムは片手に持っていた愛剣(ナポレオン)の柄を両手で握り、背後へと振りかぶることで、今回の戦いの始まりを告げた遠距離斬撃――『威国(いこく)』の準備を始めた。

 

 ……と同時に、彼女はニチャリとした粘着質な笑みを浮かべた。勝算があったからだ。

 

 つい先ほど、カイドウが何やらゴチャゴチャとのたまっていたが、言われずとも、ビッグ・マムはちゃんと『見聞色』を展開していて――『未来視』のレベルにまで至っているそれで確認した限りでは、今から自分が放つ『威国(いちげき)』をフレイが避けたり防いだりする未来は確認できなかった。

 

 やはり、二重の意味で『覚醒』した直後ということもあって、ボーっとしているのだろう、とビッグ・マムはそう思った。馬鹿が、またすぐに「向こう側」へ送り返してやる、とも。

 

 そう――()()()()()()()

 

(あっ……!?)

 

 「違和感」。

 

 魚の小骨が喉に刺さったかのような違和感が、勝利を確信していた彼女の精神を蝕んだ。何故? と心中で自問すると同時に――『威国』を放つ為の力を充填しつつも、ビッグ・マムはようやくハタと気づいた。

 

 自分がこれから放たんとしている『威国(おおわざ)』を、フレイが防いだり避けたりする未来が視えない――()()()()()()()! 彼に関する「未来」そのものが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 彼に対して、『見聞色』が一切作用していないということに!

 

 馬鹿な! とビッグ・マムは思った。まさか本当に、カイドウが言ったように、冷静さを欠いているせいで『見聞色』自体が働いていないとでも?

 

 そんな焦燥に駆られた彼女ではあったが、すぐにそうではないと気づいた。現在の自分と同様、先のフレイの『豊穣の樹(ユグドラシル)』による蹂躙劇。無差別な「生命力」の収奪によってガリガリに痩せ細った自身の息子(カタクリ)や、カイドウの側近(クイーン)といった()()()の「声」はちゃんと聴き取れるが故に!

 

 ……そう、彼女の『見聞色』はちゃんと機能していて――にも関わらず、どういう訳かフレイの「声」、彼に関する「未来」だけが、ひとつとして確認できなくて。

 

 しかし、今さら『威国』を中断することなどできなかった。何度も言うように、現在の彼女は、『覚醒』直後のフレイの『豊穣の樹(ユグドラシル)』に一時捕らわれたことで、ミイラの一歩手前のような痩身に代わり果てていて――後ほんの数秒の後に放つ『威国(これ)』が、全力で放てる最後の一撃になることを、ビッグ・マムは予感……確信していた。

 

 先の「生命力」の吸収と、それよりも更に前に受けた、胸部への『六王銃(ロクオウガン)』――それが、思った以上に尾を引いている、と。

 

 だからこそ、「これ」で仕留められなければもう「次」はない。そんな強迫観念が、ビッグ・マムに技の中断という選択を採らせなかった。

 

 彼女は無理矢理不安を押し殺し、覚悟を決め、愛剣(ナポレオン)を振りかぶった両手に一層力を込めた。ビキビキと両腕に血管が浮き上がり、フレイに照準を定めている両目も、血走らせた上でカッと見開いて――そして、

 

『威――

 

 ――国』、と言うと同時に愛剣(ナポレオン)を振るおうとするビッグ・マムではあったが、結論から言うと、それは叶わなかった。

 

 ガシィッ! と。

 

 突如、何者かが、背後からナポレオン(それ)の刀身を鷲掴みにしたことで、放たれんとしていた『威国(わざ)』を強制的に中断させたからだ。

 

 ビッグ・マムは戦慄した。まさか、聞かん坊のカイドウ(クソガキ)が――こちらの提案を蹴るだけでは飽き足らず、ついには技の妨害まで!? そう思ったが、違った。数十メートルほど離れた場所に立つ、現在の自分の驚愕の表情を鏡映しにしたようなそれを浮かべているカイドウの姿を、視界の端で捉えたが故に。

 

 それでは一体誰が――ガープか? クザンか? そう思いつつもビッグ・マムが反射的に視線を後ろに巡らせてみれば、そこには、

 

(……っ!? ()()は……確か……!)

 

 『雷神の籠手(ヤールングレイプル)』。フレイの得意技のひとつ。顕現させた黄金のオーラを虚空で凝縮、巨大な腕の形で物質化させたそれが、今まさに振り払われんとしていた愛剣(ナポレオン)の刀身を、ガッチリと掴み取っていたのだ。

 

 馬鹿な、とビッグ・マムは今一度焦燥した。黄金のオーラを「素」とした、あらゆる形状の「物質」を生成する能力――それがフレイの力のひとつであることは、当然ビッグ・マムにとっても既知のことではあったが、それをする際には、虚空に漂わせたオーラを寄り集めて任意の形に留めるという工程を挟む以上、どうしたって多少のタイムラグがある筈だ、と。いくら背後での出来事とはいえ、そんな現象(こと)が起きれば自分が気づかない筈がない、とも。

 

 いやもっと言えば、基本、そういったオーラの物質化は、今ほど距離を離した位置では行えない筈だと、ビッグ・マムはそう思って――しかし。

 

 そのような疑問に、グルグルと思考を巡らせている暇もなく。

 

 ()()()、いた。

 

 ゾクゥッ! とした悪寒を覚えたビッグ・マムが、自身の身体の正面へと視線を戻してみれば――いつの間にか、そこにいたのだ。

 

 長い――とてつもなく長くなった、滑らかな金髪を(なび)かせたイングナル・フレイの姿が、眼前の虚空(そこ)にあった。右足を大きく後方へ振りかぶった状態で、だ。

 

「はぁっ!?」

 

 思わずといった様子で驚愕の声を響かせつつ、あともう少しで鼻先が触れそうなほどの至近距離にあるフレイの相貌――そこにある、瞠目した自身の顔が映っている碧い(まなこ)を見た途端、ビッグ・マムはとてつもないさ寒気を覚え、首筋の髪の毛が逆立つのを感じた。

 

 なぜ、今のフレイの姿を、自分は『見聞色』で()()することができなかったのか? という当然の疑問もそこそこに――『死』。

 

 49年という、これまでの人生の中でもっとも強く、ハッキリと「それ」を予感した彼女は、覇気(ちから)の充填が不足していることを理解しつつも、迎撃の為に不完全な『威国(いこく)』を放とうとしたが――無駄だった。

 

 背後に突如「出現」し、愛剣(ナポレオン)の刀身を直接掴んだ『雷神の籠手(ヤールングレイプル)』の握力は凄まじいのひと言で、とてもではないが、それを無視して正面のフレイを切り裂くことなど不可能だった。

 

 それを、緊張と恐怖によって、極限にまで圧縮された時間の中で確信したビッグ・マムは、すぐに考えを改めた。別の迎撃策を採ることにしたのだ。故に彼女は、

 

「~~~~っ! 『ゼウス』! 『プロメテウス』! 何ボケっとしてやがる!? またおれ諸共(ごと)でも構わねえから、サッサとこいつを――」

 

 ――ぶっ殺せ! と。

 そのように言葉を続けようとするビッグ・マムではあったが――またもや、叶わなかった。何故か?

 

 ドンッッッッッ!! と。

 

 今一度『覇王色』が周囲に迸り、それと同時に生じた()()()()()のいくつかが、ビッグ・マムの身体を貫いたからだ。

 

 発生源は言うまでもなく、眼前のイングナル・フレイ――より正確には、彼が後ろに振りかぶった右足。その足首より下の部分で。

 

 ビッグ・マムだけではなかった。バリバリバリっ! と。閃光と共に幾筋もの稲光が迸り、これと共に周囲に拡散された『覇王色』が、いまだ『豊穣の樹(ユグドラシル)』に捕らわれたままの、周囲の「役立たず」たち――少し前に遅れて加勢に来た、自分やカイドウの部下たちに直撃し、その内の大半の意識を闇に落とした。

 

 殆どの者たちが、如何にイングナル・フレイが格別の「才」を持って生まれた「神童」であろうと――そこから更に「覚醒」に至っていようとも、本来ならば、彼の『覇王色』()()で簡単に意識を奪われたりはしないような剛の者たちではあったが、当然、現在のビッグ・マムと同様、例の黄金樹によって限界近くまで「生命力」を奪われた彼らのコンディションは、とても平時のそれとは程遠く。

 

 何なら、ビッグ・マムとて無事では済まなかった。束の間、意識が遠退き、自分がどこで何をしているのかも忘れてしまったのだ。

 

 それでも完全に気を失ったりはせず、何なら、時間にしてもほんの刹那というべきそれではあったが――その「刹那」が、あまりにも致命的だった。

 

 大気を震わせ、(まばゆ)い閃光でこちらの視界を埋め尽くすほどに膨大、且つ高密度な『金色の覇王色』を纏った右足を振りかぶった、イングナル・フレイ。

 

 彼を目前にした現在の状況下では――あまりにも。

 

嵐脚(ランキャク)』――

 

 ポツリと呟くようなフレイの言葉を受けて、ビッグ・マムの意識が現実に引き戻され、同時に、彼女が事前に指示を出していた――厳密には最後まで言い切ることは叶わなかったが、それでも、彼女の意図を十分以上に汲んだらしい――「擬人化された雷雲(ゼウス)」と「擬人化された太陽(プロメテウス)」が、「「ママ~~~~っ!!」」と雄叫びを上げつつ、上空からフレイに急降下。

 

 主人を守る為にかの美丈夫へ突貫したものの――前述したように、遅過ぎた。

 

 ()()イングナル・フレイに対しては、あまりにも。

 

(……どうして……)

 

 ――と。

 

(どうして、『見聞色』が――!?)

 

 先に触れたように、極限にまで圧縮された時の中で、再度、そのような疑問をビッグ・マムが抱くのとほぼ同時だった。

 

 フレイが、その技の名を呟いたのは。

 

 

 

 

「――神避(かむさり)』……!

 

 

 

 

 

 ……静かな。

 

 本当に、静かな――ひと言。

 

 にも関わらずその声音(こわね)は、自分だけではなく、周囲の連中の耳にも届いた筈だと――そう、ビッグ・マムが、反射的に確信してしまう程に透き通っていて。

 

 衝撃は、直後だった。

 

 先立って、強烈無比な『六王銃(ロクオウガン)』を受けた胸のほぼ中心。ちょうど心臓が収められているその部位に寸分違わず放たれた、『王の資質』を纏った蹴撃(いちげき)

 

 それが、まるで吸い込まれるように直撃し――同時に、音が消えた。

 

 蹴撃を放ったイングナル・フレイも、それを受けたビッグ・マムも、そんなふたりを見つめる周囲の面々も――全員が、束の間、絵物語のワンシーンを切り取ったかのように硬直。

 

 当事者のふたりを中心にブワッ……! とした円状の波動が静かに広がり、それから2、3秒ほどは、まるで音という概念までもがこの世から消えたような気がして。

 

 しかし当然、そんなことが永遠に続く筈もなく――ドォンッッッッッッッッッッッッッッッ!! と。

 

 フレイの蹴撃を受けたビッグ・マムの胸元を起点とした、突然の爆発――大爆発。

 

 それと共に、数分前、フレイが戦線復帰した時から通算して、3度目となる衝撃が周囲の大気を震わせることになって。

 

 当然、拡散されたのはそれだけではなかった。例の、「黄金の覇王色」。幾筋もの稲光という形で視覚化されたそれらもまた周囲に迸り。

 

 それが、ここまで何とか意識を保ってきた、ビッグ・マムとカイドウの部下たちの中でも、選りすぐりの者たち――『カタクリ』や『クイーン』といった面々が、ついに泡を噴きながら意識を落とす要因となった。

 

 ほぼ無傷のカイドウでさえ、「ぐぅっ……!?」と短く呻きながらもわずかにグラついた程だった。それでも気を失わないのは勿論のこと、片膝さえ着かなかったのは流石と言えたが。

 

 主人を助ける為にフレイに殺到していたゼウスとプロメテウスも無事では済まなかった。元々質量的にはそれほどでもない、自然現象を「擬人化」させた彼らのこと、大気を轟かせる程の衝撃によって、既にその身は彼方にまで吹き飛ばされており――「「うわあああああぁぁぁっ!? マ、ママ~~~~っ!?」」という情けない悲鳴が、周囲に木霊した。

 

 そして、それらの要因となった、異次元の威力を誇る蹴撃(わざ)を胸に受けたビッグ・マムはと言うと……。

 

「……かっ……はっ……! あ、あぁっ……!」

 

 無残な姿だった。ただでさえ、フレイが二重の意味で「覚醒」すると同時に再展開された『豊穣の樹(ユグドラシル)』。これによって生命力を限界近くまで吸われたことで、ガリガリのミイラのような様相を呈していたビッグ・マムが、今は、全身を黒く焦げ付かせた上に、白目を剥き、口からは「ゲホっ……!」とした灰色の煙を立ち上らせていて。

 

 『雷神の籠手(ヤールングレイプル)』が消え、これにより――先の一撃の余波によって物言わぬ状態となってしまった愛剣(ナポレオン)

 

 それを握っていた両手がダラリと身体の脇に力なく垂らされ、それから数秒ほど、ビッグ・マムは、その場で危なっかしく身体を前後に揺らしていたかと思うと――程なくして傾倒。

 

 仰向けにゆっくりと倒れ込み、ズウゥンっ……! という音と共に大地を震動させた。その上で彼女は、

 

「……グ……ゾ……っだれ……! ブ……レイ……!」

「……いや、意識あるのかよ……。どんだけタフなんだ……? 流石にちょっとショックかも……」

 

 ビッグ・マムの顔の横にスタン……と、軽やかに着地しながらそのようにのたまうフレイには構わず、彼女は更に、

 

「デ、メェ……! 今のば……いっだい……? どうじ……で……げんぶんじょぐ……が……?」

「……悪いが、今はまだ言えない。これから戦うことになる『アイツ』に、カラクリを聞かれる訳にはいかないんでな」

 

 立ち上る粉塵と煙によって、現在、ふたりの周囲はろくに視界も利かない状態になっていたが――その一点の向こう側を親指で示しながら、フレイが言った。

 

 畜生、と心中で毒づきながらも、ビッグ・マムはゴフッ! とひと際大きな血塊を吐き出し――同時に、彼女は3つのことを確信していた。

 

 ひとつ目は、自分(ビッグ・マム)という「雌」が、イングナル・フレイという「雄」に完全に敗北したということ。

 

 ふたつ目は、そんな自分が意識を保っていられる時間は、あと数秒も残っていないということ。

 

 そして、最後の3つ目は――。

 

「ブ……レイ……!」

 

 意識を失う前に、「これ」だけは言っておかなければ。そう思ったビッグ・マムは渾身の精神力でもって彼の名を呼び、自身の顔の横に立った状態でこちらを見つめる、サファイアが如き双眸を見つめ返しながら、

 

「おれば……あぎらめねェがらな……! ゴホッ……! がならず……いづが……がならず……!」

 

 ここに至って確信したこと、最後の3つ目。

 

 それは――やはり、自分の「生涯の夫」は、この(おこと)でなければならないということ。

 

 息を飲む程に美しい容姿。

 愛する女の為ならば、どんな困難にも立ち向かって見せるという気概。

 そして何よりも、自分を相手に勝ちを拾えるほどの、圧倒的な実力(つよさ)

 

 惚れ直すには、十分過ぎた。圧倒的且つ絶対的で、言い訳のしようもない、完膚(かんぷ)なきなでの敗北――しかし、()()()()()、ボロボロの状態で仰向けに横たわる彼女の内心は、自分でも驚く程に清々していた。

 

 無論、悔しいという感情が微塵もないと言えば流石に嘘になるが、それを遥かに上回る、一種の達成感のようなものがあるのも確かで。

 

(……マ……ザー……!)

 

 急速に薄れてゆく意識の中で思い浮かべるのは、かつて親に捨てられた自分を拾い、育ててくれた養母(マザー)のこと。

 

 その時に抱いた「夢」――「世界中の人種が家族となり、全員が同じ目線で食卓を囲む」という宿願(ねがい)

 

 しかもこれは、一般的な「立場などに関係なく」という意味ではなく、「物理的」に全員が同じ目線の高さになればいいのに、というもので。

 

 幼い頃から、巨人族に迫るほどに図抜けた体格を持っていた彼女(ビッグ・マム)の、極めて利己的で自分勝手な野望(わがまま)

 

 しかしながら、今のところそれが叶う気配はなく、そこまでの道筋さえわかっていないというのが実状で。

 

 そんな中――期せずして現れた、ひとりの男。

 

 イングナル・フレイ。

 

 「オハラ」の一件の後に全世界に発行された手配書。それを見た時に、彼を次の夫にすると決めた自分の選択は間違いではなかったのだと、事ここに至ってビッグ・マムは確信した。

 

 正直、当初は、少し見た目がよくて腕も立って、何よりまだ若く将来性も十分だからという理由で見初めただけだったのだが――やはり、彼でしかありえないと。

 

 自分と同じ目線――どころか、こちらを見下ろす、つまりはこちらの視線を一方的に下げてしまう程の実力を備えた「極上の雄」。

 

 今までのような、使()()()()()ことが前提で、また実際にそのようにしてきた「雑魚雄」共とは違う、真の旦那様(おとこ)

 

 そんな彼――霞んでゆく視界の中で、氷のような冷たさを湛えながらもこちらを()()()()碧き双眸(イングナル・フレイ)と視線を重ねながら、ビッグ・マムは戦慄と恋情によってゾクゾクと全身を震わせ。

 

 その上で、

 

(ああ……見つけちまったよ、マザー……! オレの……()()()、旦那様……! コイツなら……! いや、この人と、この人とおれの間に生まれた子供たちなら、きっと……!)

 

 以下のように――続けた。

 

「……がならず! デメェを『おっど』にじてやる……! デメェとげっごんじで……! まいにぢのようにごづぐりじで……! まいどじのようにごどもをうんで……! づぐっでやる……! ぼんどうの――」

 

 ――『万国(トットランド)』を、と。

 

 そのように述べたビッグ・マムに対してフレイは、あくまでも冷ややかな視線を向けつつも、フッとした微笑を浮かべると、

 

「お前が――自分の子を政略結婚の道具にするのをやめた上で、罪のない人間を害するような『海賊稼業』から手を引くのなら、な……」

「マ~……ゴホッ! ハァッ……ハァッ……! ハハハハハァっ……! ばが……いえ……!」

 

 吐血しつつも、ビッグ・マムは一笑に付した。例え敗北の憂き目に遭おうとも――()()()()()()、「それ」について考えを改めるつもりはなかった。

 

 だから、

 

叶えだい夢(ぼじいもの)をだぎょうずるがいぞぐがどごにいる……!? ボレは、ゆずるづもりはねぇ……! ボレのやりがだも……! デメェも――ゴホッ! ハァッ……! ハァッ……!」

「……そうか、()()()()()()()()?」

 

 何かを悟ったような奇妙な表情を浮かべながら、フレイが言った。彼は更に、

 

「じゃあ……今はとにかく、少し休んでおけ――これから、メインイベントの時間なんでな。お前を『説得』している時間はない」

「……グゾッダレが……!」

 

 前座扱いかよ……! と言葉を続けようとしたビッグ・マムだったが――これもまた、叶わなかった。遂に限界が来たのだ。

 

 壊れかけの電球のように明滅する視界。思うように回らない口。極限まで萎んだ意識が、自分の体と地面をすり抜けて下へ下へと落ちてゆくような奇妙な感覚――わずかな悔しさと、それを遥かに上回る恋情を自覚しながら、彼女は改めて決意した。

 

 必ず、この(おとこ)を自分の「生涯の夫」に()()()()()()()

 

 生涯をかけて、その種を絞り取ることで孕み続け、産み続けてみせると。

 

 歴史上もっとも強く美しい伴侶と生涯を共にした、歴史上もっとも幸せな女になってみせると――その上で、こちらからは一切妥協しないと、そう決意した。

 

 その直後に、ついには暗転。

 

 かつては世界中の『巨人族』の心にこれ以上ない程の怒りと恐怖を植えつけ、『ロックス』の一員としても活躍し、今となっては、政府や海軍でさえ手に負えない程の女海賊、『万国(トットランド)』という広大な国家(なわばり)を持つにまで至った女傑は――しかし、自分よりも20歳以上若い男の蹴撃によって敗北。その意識を闇に落とされることと相成った。

 

 生まれて初めての本当の初恋(こい)と、それを断られたという失恋(じじつ)を噛み締めながら……。

 

 

  ◆          ◆

 

 

 5人の超人による、シャボンディ諸島66番GR(グローブ)での闘争。それが始まってから1時間7分32秒。

 

 大海賊『ビッグ・マム』ことシャーロット・リンリン――「恋落(だつらく)」。

 

 

  ◆          ◆

 

 

 ……そして。

 

 後に残されたのは――

 

「……ウォロロロロロっ! これで、邪魔者は消えたな? いつの間にか、ガープやクザンの姿も見えなくなってるし、連中の余力がどれぐらいかは知らねえが、仮に退()いてなかったところで、大した脅威にはならねえだろう……! 実質、おれとお前の『1対1(サシ)』だ。……さあ、存分に――」

 

 ――()()()()()……!! と。

 

 そう言いながら、相変わらず世にも恐ろしい狂笑を浮かべるカイドウの相貌を、あくまでも冷静、いや冷徹と言ってもいい視線で見詰め返しながら。

 

 イングナル・フレイは、

 

「……終わるつもりも、終わらせるつもりもねえよ。トキさん……日和(つま)の母親の遺言(よげん)にケチをつける訳にはいかないし、おれには、あの6人……いや、7人以外にも、まだまだ、幸せにしなきゃいけない女たちがいる()()()んでな……!」

 

 と、そう言って。

 

 遂に、身に宿した『悪魔の実』の真価を発揮するに至った今代の『豊穣の王』は、ニヤリと笑った。

 

 残された両雄(ふたり)

 

 『豊拳』イングナル・フレイと、『百獣のカイドウ』。

 

 最後の戦いが――今、始まる。




 「恋落」と書いて「だつらく」と読むのは、言うまでもなく原作でサイがラオGを倒した話からの引用です。こうした表現はとても自分では思いつけませんね……。尾田先生は神。
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