※この作品はR-18です。

豊穣の王   作:イロゴト柿

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第38話『フレイとカイドウ』

 パチンっ! とおもむろにフレイが指を鳴らし――それと同時に、先ほどまで彼が立っていた場所のすぐ近くにあった、謎のふたつの黄金球が消失。

 

 そこから、相変わらずボロボロの状態でありながらも、何故か目立った外傷のほんとが癒えた状態のクザンとガープの両名が姿を現し――それを見たカイドウが訝しんだ。何故怪我が治っているのか? と。

 

 直後、気絶したビッグ・マムの顔の横に立っていたフレイの姿がフッ……! と煙のように消えたかと思うと、次には、キョロキョロと辺りを見渡していたふたりの海兵と向き合う位置に一瞬で移動していて、

 

「……奇妙な話だろうけど、実は、気絶している間に起きたことはある程度()()()()()――わかってるんだ。……アンタらふたりが、この軍勢からおれを守る為に必死で戦ってくれていたってことは」

 

 フレイが言った。距離は離れていても、こちらに背を向けた無防備な状況ではあったが、カイドウはあえて何もしなかった。

 

「ふたりとも、本当にあり――」

「「やめろ」」

 

 フレイの謝意を、申し合わせたように紡がれたふたりの短い言葉が遮り、フレイが思わず口を噤んだらしいのが、離れた場所にいるカイドウにも雰囲気でわかった。そして、

 

「おれはあくまでも海兵として……同時に、弟子(コイツ)の師匠として、それぞれの未来の為に、今採れる『最善』を尽くしただけだ。んでもって――」

 

 顔面にこびりついた血をグイっと白いスーツの袖で拭いながら、ガープが言った。それに続く形でクザンが、

 

「――おれは、そんな師匠(ガープさん)の判断を信じて、それに殉じただけだ。……だから、間違っても()()は言うんじゃねぇ――おれたちに対して()()()()()()()を抱いてるってんなら、尚更だ。……おれたちにも、海兵としてのプライドってもんがある」

 

 恩を仇で返す気かよ、テメェ――と、そう言ったクザンに対して、「そうだな……」と、ちょっとだけ寂しそうな声音で応じると共に小さく頷いたかと思うと、フレイは、

 

「じゃあせめて――『雷神の籠手(ヤールングレイプル)』」

 

 銀髪紅眼の短髪から金髪碧眼の長髪へと『覚醒(モデルチェンジ)』を果たし、その髪と共に黄金のオーラを全身から天に向かって立ち上らせていたかの者の両手が、ガープとクザンそれぞれに向けられたかと思うと――先ほど、ビッグ・マムの愛剣(ナポレオン)の刃を直接掴んで見せた例の黄金腕が、ふたりを()()()()()()出現。

 

「あぁっ?」

「オイ――『豊拳』! 一体……?」

「ここから先は、どうかおれひとりに任せて下さい――それを、せめてものお礼にしましょう」

 

 ふたりの内、ガープのほうに顔を向けながらフレイが言った。しかし、カイドウの記憶にある限り――クザンのほうはどうかは知らないが――ガープという海兵は、怪我の有無に関係なく、退けと言われたところで素直にそうするようなタマではなくて、案の定彼は、

 

「何のつもりだ――離しやがれ! 現役の『中将』と『大将』が、犯罪者共(オメェら)を前にして退くとでも――「ご安心を。必ず勝ちます」――いやそういう問題じゃねえ! おいっ!? くそっ! 引き剥がせねえ……!」

 

 怪我は治っても体力、膂力(りょりょく)のほうはそうではないのか、ジタバタと暴れるガープではあったが、フレイの『雷神の籠手(ヤールングレイプル)』から逃れることは叶わなかったらしくて――程なくして、ふたりを掴んだ黄金椀が移動を開始した。

 

 地上から2、3メートル程の高さに浮かび上がったかと思うと、そのまま、ヒュウウウゥゥっ……! という風切り音と共にどんどんその姿を小さくしていって、そんな中――「おいっ! 『豊拳』っ!!」――という大音声が、ガープの悪態を掻き消しながらカイドウの耳にまで届いた。クザンの声だった。

 

「間違っても負けんじゃねぇぞ!! カイドウ(そいつ)だけじゃねぇ――これからも! おれがテメェにリベンジするその時まで! 誰にも! 絶対にだ! ……わかったか!?」

 

 それに対して、フレイはかすかに微笑みながらサムズアップすることで応えた。それを見て満足したのか――ガープとは違って――それ以降、クザンの口から言葉が発せられることはなく、大人しく宙を飛ぶ黄金椀によって運ばれていった。これから、自分とフレイの戦闘が開始されても安全だと思われる程に遠くへと。

 

 やがてはその姿も見えなくなり、いまだに不本意な戦線離脱を強いられたガープの、ギャアギャアとした喚き声さえも聞こえなくなったところで――フレイが次のように言った。

 

「……そりゃ、責任重大だ。元より、愛する女たちの為にも負けるつもりはなかったけど――これで、余計に負けられなくなったな」

 

 言いつつ、気を失ったビッグ・マムを間に挟んで、10メートルほど離れた場所に立つカイドウの方へと、身体ごと視線を向けたフレイ。

 

 言葉とは裏腹に、特にそこまでの重圧(プレッシャー)は感じていないらしく、何なら、その口元には微かな笑みさえ浮かんでいて――次に彼は、首に片手を添えて、そこをコキコキと鳴らしたかと思うと、「さて、次は……」と言いながら、おもむろに右足をスッ……! と上げた。

 

 ……かと思えば、彼の全身から立ち上っていた黄金のオーラが、右足(そこ)を中心に球状に寄り集まり、それを見たカイドウは、わずかに上体を前に傾けて身構え――ドンっ! と。

 

 フレイの右足(それ)が勢いよく下ろされたのは、その直後だった。また、その寸前に彼が呟いた言葉を、カイドウの耳は確かに捉えていて、

 

実り豊かな君(フレイ・イン・フロージ)』――『目覚めよ(デリング)

 

 瞬間、地面に降ろされたフレイの右足を中心として、凄まじい速さで黄金の波動が円状に広がった。あまりの速さに、カイドウは跳び上がって避けることもできなかった。

 

 それどころか、そうした波動の拡散を『見聞色』で「予見」することさえできなくて――それも含めて、カイドウは「?」と怪訝な表情を浮かべた。特に何事もなかったからだ。気を失っているビッグ・マムにも、目に見える変化は見られなかった。

 

 が、先立ってのフレイの『豊穣の樹(ユグドラシル)』による「生命力」の吸収と、『嵐脚(ランキャク)神避(かむさり)』と共に放たれた『覇王色』によって意識を飛ばしていた周囲の者たち。すなわち増援として駆け付けた自分とビッグ・マムの部下たちについてはその限りではなかった。

 

 全員の体が、ほんの数秒、ポゥっ……! と淡い金色の光を放った――というよりは、それに包まれたかと思うと、次には「うっ……! うぅっ……!」と呻きながら、ゆっくりと目を開け始めた――意識を取り戻したのだ。

 

「……? テメェ、一体何を――」

「自分で立って歩ける程度の『生命力』を分け与えた――()()()()()。これだけ数が多いと、さっきのふたりみたいに運んでやるのは手間なんでな」

「……そういうことを聞いてるんじゃねえよ」

 

 自身の台詞を遮って的外れな答えを返すフレイに対し、カイドウは忌々しそうにそう漏らすと、

 

「どうしてテメェのほうが、『敵』であるおれやリンリンの部下を気にかけるってんだ。そんな必要がどこにある?」

「さっきも言わなかったか?」

 

 組んだ両手をんーっ……! と頭上に伸ばしながら、フレイが言った。

 

「別に、お前らを殺すつもりは――お前風に言えば、()()()()()つもりはない、って。……お前らだけじゃない。お前らの部下たちにしても同様だ。おれはあくまでも、()()()を『説得』する為に、シャボンディ諸島(ここ)でお前らを迎え撃つことにしたんだからよ」

「そんなことは知ったことか……と言ったらどうする? 戦いの前に交わした『約束』はもう無効だと言ったら?」

 

 間髪入れずに、カイドウが言った。フレイは伸ばしていた両手を下ろし、目を細めた。

 

「テメェ自身がさっき言ったように、テメェが気絶している間、守っていたのはガープたちだ――連中がいなけりゃ、あの時点でテメェは()()()()。おれに落とし前をつけられるか、リンリンに奪わ(とら)れるモンを奪わ(とら)れるか――『おれたちとテメェの勝負』に関して言えば、テメェの負けってことで異論はねェだろう? 仮に……万が一、億が一、兆が一、これからテメェがおれを負かしたとしても――()()()()()()()()()()()()()、おれが例の約束を守る義理はねぇ。それでも、テメェと、ヤマトたち――テメェの女たちに手を出して欲しくなけりゃ、おれを殺すしかねえが……どうする? んん?」

 

 と、そう言った後で「ウォロロロロロっ!!」と哄笑するカイドウ。

 ……ではあったのだが、

 

「……だから、殺す(そうする)つもりはないって言ってるだろ」

 

 あくまでも淡々とした口調で、フレイが言った。

 

「それでも、あくまでも殺し合い(それ)に拘るってんなら――それはもう、おれの意思の問題じゃない。()らなきゃ()られる――そう思わせる程に、()()()()()()()()()()()()()()()、っていう話だ」

「ウォロロロロロっ!! 言ってくれるじゃねぇか! ……それじゃあ、お望み通り――」

 

 再度哄笑した上で、カイドウは、例の自身の巨体(みのたけ)程もある金棒を振りかぶって見せると、

 

「――そうさせて貰うとすっかぁ!! 雷鳴八卦(らいめいはっけ)』!!

 

 そして、ついに戦闘が再開された。音さえも超えるスピードで、フレイに肉迫するカイドウ。

 

 そのまま、黒雷(はおうしょく)を纏った金棒を横に振るい、かの美丈夫の頭蓋を砕かんとするが――フレイは一切慌てなかった。

 

 どころか、避けようとも防ごうともせずに、突如、互いの間に「出現」した一対の巨大な黄金椀が、カイドウの代名詞とも言える突貫攻撃(それ)を阻んだ。

 

 ひとつはフレイの顔面に迫っていた金棒そのものを、もう片方はカイドウ本人の腹部を鷲掴みにすることによって、だ。

 

「……()()()()だ」

「チイィッ……!」

 

 フレイが冷笑し、カイドウが舌打ちした。薄々察してはいたが、やはり「覚醒技」かと、カイドウはそう思った。

 

 先ほど、『威国』を放とうとしていたビッグ・マムの愛剣(ナポレオン)の刃を直接掴んで阻んだ時と同じだ。これまでの、フレイの『雷神の籠手(ヤールングレイプル)』――を含めた、黄金のオーラを素にしたあらゆる技は、身体から放出したそれを任意の形に寄り集めてから行う必要があった為、相応のタイムラグがあった。

 

 が、今回の――というよりは、『覚醒』してから現在(いま)に至るまでの技の数々は明らかに違う。前述した、放出したオーラを任意の形に寄り集めるという過程が省かれ、まるで空気そのものを、直接任意の形の黄金のオーラに変えているかのような……。

 

 もしそうなら、「他」に影響を与えているという特性上、やはり『超人系(パラミシア)』の「覚醒技」と見て間違いないと思うが――しかし、やはり妙だ。カイドウはそう思った。

 

 ここまでは、うっかり仕留めてしまった(と思っていた)フレイが復活(かくせい)したという事実を前にテンションがハイになっていた為スルーしてきたが、そもそも……。

 

(……()()()()()「変身」は『動物(ゾオン)系』の専売特許の筈だろうが……! どうなってる……!? てっきり、『超人系(パラミシア)』かと思ったが――というより、「他」に影響を与えている以上は、間違いなくその筈だが……!? いや、それよりも……!)

 

 と、カイドウは疑問の対象を変えた。他にも――それよりも気になることがあったのだ。現在、自身の『雷鳴八卦(かなぼう)』と身体を鷲掴みにして阻んでいる一対の黄金腕。

 

 何故、自分はそれを「予見」することができなかったのか? と。間違いなく『見聞色』は展開させているにも関わらず、だ。

 

 そのように思考を巡らせているカイドウの隙を突く形で、フレイが動いた。殆ど身を屈めることもなく、綿毛のようにその場で浮き上がるかのようにしてフワッ……! と跳躍。

 

 カイドウの眼前に身を躍らせ、彼の額にポンッ……、と軽く手を当てると――()()もまた「予見」できなかったことで、カイドウは改めて驚愕に目を剥いた――同時に、フレイはこう言った。

 

実り豊かな君(フレイ・イン・フロージ)』――『捧げよ(ブロート)

 

 例によって、黄金のオーラが全身から噴出した――が、今回のそれは、いつもと様子が違っていた。

 

 具体的に何がと問えば――その「生命力(オーラ)」の噴出元。いつものようにフレイからではなく、なんと、カイドウの全身から立ち上り始めたのだ。それをカイドウは、視覚的に気づくよりも先に、突如全身を襲った疲労感――虚脱感によって気づいた。

 

 また、立ち上った――否、()()()()()()()黄金のオーラは、ある程度の高さにまで上昇したかと思うと、そのまま逆戻りし、換気扇に吸い込まれる空気よろしく、フレイの体へと吸収されていって。

 

「~~~~っ!? がっ……!? か……あっ……はぁっ……!?」

 

 疲労感――もしくは、虚脱感。

 

 否、それどころではなかった。「生命力」……命そのものを吸われているような感覚。その上、この圧倒的とも言える吸収スピード――カイドウの脳裏に、嫌でも、ほんの数分前に、フレイの『豊穣の樹(ユグドラシル)』によってミイラのような状態へと変えられたビッグ・マムの姿が浮かび上がった。

 

 吸収速度で言えば、あるいはこちらの方が上かもしれない。恐らくは、『豊穣の樹(ユグドラシル)』による「間接的」なものか、フレイ「本人」の手で直接吸収(それ)を行っているかどうかの違いだろうが――って、否!

 

 そんなことを呑気に考えている場合ではない! カイドウは焦燥した。マズイ――この吸収速度は本当にマズイ! と。

 

 故にカイドウは、

 

「ク……ソ……があああああぁぁぁ熱息(ボロブレス)!!」

 

 自身の額に手を当て、「生命力」の吸収を行う眼前のフレイに向けて口腔を露わにし、地獄の業火を噴射。

 

 自身がミイラにされるよりも先に、相手の身を消し炭にしようとするが――あまり効果はなかった。確かに、眼前の美丈夫の体は瞬く間に炭化し、肉が焼ける音と匂いを周知に放ち始めたが――それを上回る速度で、そうした損傷(やけど)の回復が行われていたからだ。

 

 炭化したかと思えば、その黒い部分がまるで役目を終えた瘡蓋(かさぶた)のようにペリっ……! と剥がれ、『熱息(ボロブレス)』の熱によって発生した上昇気流に乗って宙へと飛んでいったかと思えば、それがあった場所には、例の、磨いた真珠よろしくのツルツルの白い肌があって――結果として、イングナル・フレイは無傷だった。

 

 鉄さえも溶かす程の地獄の業火の中で、平然とカイドウの眼前に浮かびながら、相変わらず額に当てた手の平による「生命力」の吸収を行っており――いよいよもって全身が(しぼ)み始め、肋骨が浮かび上がっていくのがカイドウにはわかった。だからこそ、

 

「~~~~っ! おおおぉぉっ!」

 

 と、追い詰められた彼は、その身を、例の巨大な龍の姿へと変え――これによって、少なくとも腹部を鷲掴みにしていた黄金腕から逃れることには成功した。

 

 金棒については一旦は諦め、手を離し――上空10メートル付近で「焔雲」を展開。

 

 それを掴んで宙に身を留めた彼は、特に追撃する様子も見せず、スタッ……と軽やかに地面に降り立ったフレイを忌々しそうに見下ろすと、ぜぇっ……! ぜぇっ……! と大いに息を荒げながら、

 

「……確か、テメェはさっきこう言ってたな? 自分を、すべての『生命力(いのち)』を司る者だと……! つまりテメェの能力は、自身の『生命力』や、他者から奪ったそれを黄金のオーラに変換させて、それを更に任意の形に物質化させた上で戦闘に利用するか、あるいはそれを消費することで、治癒力を促進させることもできる……! 『覇海』をまともに食らったにも関わらずピンピンしていたり、死に体だったクザンやガープの怪我が全快していたのもそれが理由だろう? ……さっきの『熱息(ボロブレス)』でも無傷などころか、服も焼け落ちてねえところを見るに、まさか生物以外にも有効……回復可能なのか……?」

「……『武装色(はき)』で防火(ガード)しただけだよ。()()()()、な」

 

 肩を竦めながら、フレイは、何でもなさそうな軽い口調でそのように返すと、

 

「そんなことより……どうして、そんなに遠くにいるんだ? もっと近くに来いよ――()()()を返して欲しければ、な」

 

 自身の身の丈の倍以上はある金棒を軽々と片手で持ち上げ、カイドウに向かって振って見せながらフレイが言った。

 

 それを受けて、カイドウはビキィっ! と額に極太の青筋を浮かび上がらせると、次のように答えた。

 

「ほざけ……! 誰が()()()()に乗るかよ――()っ!

 

 言い終えると同時に、唐突な気合の声――に合わせて繰り出されるは、『壊風(かいふう)』という名の、いくつもの鎌鼬(かまいたち)

 

 威力よりも範囲のほうに重きを置いたらしいそれらの幾つかが、真っすぐフレイの体を両断せんと向かっていくが、しかし、

 

「……そうか? それじゃあ、おれのほうから行くか。(ソル)――」

 

 向かって行った鎌風の内のひとつがフレイの体に触れそうになったところで、彼の体と宙に浮いていた黄金腕が何の前触れもなくフッと消えた。

 

 その身を切り裂く筈だった鎌風が、残されたカイドウの金棒に当たってキイィンっ! という甲高い音を鳴らした上で、それを吹き飛ばした。

 

 かと思うと、

 

「――音無(おとなし)

 

 そんな小さな呟きが突如()()から聞こえ、カイドウは目を剥いた。()()()、と思った。

 

 予備動作も確認できなければ風を切る音さえ聞こえなかった瞬間移動が如き高速移動術――またもや、そういった『(わざ)』を繰り出そうとしていたということ。それ自体を「予見」できなかったという事実に、カイドウは狼狽を隠せなかった。

 

 地上のほうでは、フレイの慈悲によって立って歩ける程度の「生命力」を還元され、危うく『壊風(かいふう)』に当たりそうになった自身やビッグ・マムの部下たちが、悲鳴を上げながら方々へと散っていたが――現在のカイドウには、彼らを気にかける余裕もなかった。

 

(何故だ……!? 何故、さっきから『見聞色』が発動しねえ――いや、発動はしてる筈だぞ! それなのに、何故か奴にだけ利いてねえんだ……! これは、一体……!?)

 

 と、そんな焦燥に満ちた疑問を巡らせながら、慌てて上空にいるフレイのほうに顔を向けた上で大口を開ける、『青龍』の姿になったカイドウ。『熱息(ボロブレス)』で迎撃する為だ――が、相変わらず、フレイの表情には一片の動揺も見受けられなくて、それどころか、

 

「そんな馬鹿デカイ身体をやたらめったらクネクネさせやがって――誘ってるのか? 尻の軽い男だと思われるぞ?」

 

 そんなふざけたことをのたまいつつも高度を上げていたフレイの姿が、ちょうど太陽と重なり、それによって生じた逆光によって、思わずカイドウは目を細めた。

 

 何故か『見聞色』もフレイにだけは利かず、その姿までもロクに見えなくなり――そのタイミングを見計らったかのようにフレイは、相変わらず黄金色の『覇王色』。その稲光をバリバリと迸らせながら、

 

実り豊かな君(フレイ・イン・フロージ)』+『嵐脚(ランキャク)(ラン)』――『雹雷(カーラ・ロータ)』!!

 

 フレイの両脚が恐ろしい速さで連続で振るわれ、それによって幾つもの鎌風が生じ、カイドウの全身目掛けて飛んでいった。先ほどの彼の『壊風(かいふう)』と同じだ。ただし、フレイのそれ――否、それらには、ひとつひとつに、彼の象徴とも言える半物質化された黄金のオーラが纏われていて、

 

(これは――マズイっ……!)

 

 鎌風自体の威力もさることながら、その黄金のオーラに対しても本能的な危機感を覚えたカイドウは、慌ててその姿を巨大な龍から『人獣型』へと変更。

 

 フレイが目を覚ました際に行った『豊穣の樹(ユグドラシル)』による強襲。それをかわした時と同じ方法だ。形体変化に伴い、必然的に身体のサイズを何十分の一にも縮小。

 

 これによって、豪雨が如き勢いと数を伴って降り注ぐ黄金の鎌風。その大部分を回避することに成功し――それが正解だった。

 

 わずかに変身――身体の縮小が間に合わなかった、彼の左の太腿。その外側辺りにひと筋の切り傷が刻まれたことで鮮血が迸り、それを見た地上の部下(だれか)が悲鳴に近い声を上げた。

 

「ハァッ……! 嘘だろ!? カイドウ様に傷が……!? ゼェっ……!」

「数カ月前のおでんの一撃と同じ――ゲホっ――この、雨あられみてえに降り注いでる鎌鼬ひとつひとつに、そんだけの威力と『覇気』が込められているとでも――!?」

「ハァっ……! ハァっ……! 馬鹿かテメェら! 何を呑気なこと言ってやがる――さっさと逃げるんだよ! ゼェっ……! カイドウ様の楽しみ(たたかい)の邪魔だ! ……テメェらもだ! ビッグ・マムのガキ共! さっさとそのババアを連れてこの場を離れやがれ! ゲホっ……! 巻き添えを食らっても知らねえぞ!?」

「……っ! ハァっ……テメェ、クイーン……! どうしてテメェが偉そうに――ハァっ……!」

「ゲホっ――ペロリン♪ よせ、カタクリ……! 今はとにかく、ママを連れてこのまま離れるぞ……! 何とか船に運んで、その上で――ハァっ――連中の戦いに巻き込まれない所にまで移動するんだ……! あの馬鹿(クイーン)の言うことに従うんじゃねえ……! あくまでも、ママの為に……! おれたちの意志でな――ペロリン♪」

 

 そんな地上の面々の言動にはやはり一切構わず、いまだフレイが雨あられよろしく発動させ続けている黄金の鎌鼬群。

 

 それを何とかかわしつつも、カイドウは『焔雲』を利用することで一気に宙を駆け上がり、フレイとの距離を詰めた。相変わらず『見聞色』が彼にだけ利かないのが気がかりではあったが、こうして視界に収めている内は関係ない、と思った。

 

 どうして利かないのか? 気にならないと言えば流石に嘘になるが――とりあえず今は、何故かイングナル・フレイにはそういう技術(こと)が可能らしい、ということさえ頭に留めておけばいい、と。

 

 ガシィっ! と。ついにはその眼前にまで距離を詰めたカイドウの、青い鱗を纏った両手がフレイの両肩を掴んだ。

 

 その上で彼は、ガパッ……! と大口を開け――かの美丈夫の首から上を丸かじりにした上で、ゼロ距離の『熱息(ボロブレス)』を食らわせてやる……! カイドウはそう思った。

 

 が、それが実行に移されることはなかった。相変わらず、そんな状況になっても一切慌てた様子を見せない――どころか、凄惨と言っても過言ではない程に凶悪な笑みがフレイの口元に浮かぶのを見たカイドウが、考えるよりも先に彼から手を離した上で、大急ぎで距離を取ったからだ。

 

 その上で、『焔雲』を両脚で掴むことで滞空し――チッ、と舌打ちしたフレイもまた、普段から宙で動かしている黄金のオーラを両脚に纏うことで同様の滞空(こと)をした。

 

 先ほどまでカイドウの体があった場所には、彼の開いた右手が突き出されていて――あの手がヤバい……! とカイドウは戦慄した。

 

 先ほど、彼の右手(それ)を額に当てられた時のあの異常な感覚――最後の一滴まで「生命力」を奪われそうになった際に覚えた、あの絶望感と吸収速度。

 

 やはり――恐らく間違いない。カイドウはそう思った。恐らく、フレイ本人との距離が近ければ近いほどに、より速く、より多く吸収(そう)されてしまうのだろう、と。

 

 もっとも、先立ってミイラのようなガリガリの体にされたビッグ・マムの姿を想起するに、『豊穣の樹(ユグドラシル)』のような技で「間接的」に捕らわれただけでも恐らくは致命的だろうが。

 

(とりあえず、もう『獣型(りゅう)』の姿にはなれねえな……!)

 

 焦燥しつつも、冷静に戦況を分析したカイドウはそう思った。既に、さっき額に手を当てられた際に、「生命力」を相当ゴッソリ持っていかれている。

 

 とあれば、わざわざこちらから獣型――巨大な『青龍』の姿になることで、吸収(そう)される可能性を高くする必要もないだろう、と。

 

 そう思いつつもカイドウは、

 

「――熱息(ボロブレス)』!!

 

 改めて、地獄の業火を口内から放出。

 

 それによって与えるダメージよりも、炎それ自体による目くらましが目的で――吐き散らかした業火がフレイの身をちゃんと焼いたのかどうか? それさえも確認せずに、恐ろしい速さで急降下。

 

 ズンッ……!! と大地を揺らしながら着地すると、先立ってフレイに奪われ、自身の鎌風によって弾いてしまった、7メートル近い己の金棒『八斎戒(はっさいかい)』を回収――したはいいものの、

 

「……()()()()だって、さっき言わなかったか?」

「っ!!」

 

 カイドウは瞠目した。相変わらず『見聞色』による「予見」が無効になっているというだけではない。とにかく大急ぎで金棒を回収することに意識のリソースの全てを割いていたせいで、「その先」で、拳を構えて待ち構えているフレイの存在に気づけなかったのだ。

 

 このままでは、また――否!

 

 『白ひげ』や『ビッグ・マム』を含めた、他の大海賊――次代の『海賊王』に最も近しい猛者たち。その内のひとりとしての矜持が、彼自身が思考するよりも先に、カイドウの体を動かした。

 

 いつまでもやられっ放しでいる訳にはいかなかったのだ。考えるよりも先に身体が動いていた。気づけば、大急ぎで地面に着地した勢いを利用して上体を前に傾け、金棒を持った両手が後ろになる――ちょうど、振りかぶったような体勢を作ると、次にはボゴンっ! と両腕の筋肉を膨張。更にはバリバリと黒雷(はおうしょく)を迸らせた。

 

 すべてが一瞬の出来事で――それを見たフレイの顔に、彼が『覚醒』して以降、初めて驚愕の表情が浮かんだ。

 

 が、それも一瞬で――彼もまた、思考する過程を省いたとしか思えぬ速さでもって右拳を後ろに引き、更にはそれを纏うようにして例の黄金腕(ヤールングレイプル)および、それと同色の覇気を纏って見せると、

 

「『大威徳』――」

「『雷神の籠手(ヤールングレイプル)』+『獣厳(ジュゴン)』――」

 

 『獣厳(ジュゴン)』という技を、カイドウは知っていた。一部の政府の諜報員や海兵が使う体術――『六式(ろくしき)』。

 

 その内のひとつである、全身の力を人差し指に集中させて、硬化した(それ)で電光石火が如き突きを放つ『指銃(シガン)』。それと同じ要領(そくど)で繰り出される拳撃のことだ。

 

 技の性質上、『指銃(シガン)』の発展、応用技というよりは、恐らくはそれを習得する過程で覚える技ではないかと推察されるが――なんて、そんなことは至極どうでもよくて。

 

 問題は、一瞬の内に、眼前の美丈夫の右肘から先を覆うようにして生成された黄金腕。更には例の黄金の稲光(はおうしょく)を迸らせているそれが、弾丸と変わらぬ――否、それ以上の速度を伴って繰り出されたという事実のほうで、

 

「――『雷鳴八卦(らいめいはっけ)』!!」

「――『雷神の槌(ミョルニル)』!!」

 

 ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!! と。

 

 横向きに振るわれた金棒と、直線的に突き出された黄金椀が、両者の中間で()()()()()()()衝突。

 

 超高レベルの『覇王色』の特徴である()()()()攻撃――轟音と衝撃が周囲の大気を震わせると同時に、それが相克した部分を中心として漆黒と黄金の『覇王色』が拡散。

 

 攻撃を放った両者はほんの数秒ほど、まるで時が止まったかのように、攻撃を繰り出し、衝突させた体勢のまま静止していたが――間もなくして、2度目の轟音と共に、両者共に後方へと弾き飛ばされた。

 

 まるで無理矢理近づけた同極の磁石のように、凄まじい速度で地面と水平に宙を飛んでいき――それぞれの遥か後方にあったヤルキマン・マングローブの幹に直撃。

 

 そのあまりの威力に、1個の「島」を形成する程に巨大な天然樹が2本。共にバキバキバキっ……!! と不吉過ぎる音を立てながら、衝突した部分を起点に倒れ始めた。

 

 それを遠目で見ていた、あるいは避難が遅れていた――というよりは、まさかこんな遠方にまで戦闘の余波が届くとは思ってもみなかったらしいシャボンディの住民たちが悲鳴を上げた。

 

 それを掻き消すような轟音と共に、遂には折れた巨大樹が地面に衝突。ブワァっ……! と、広範囲に及ぶ土煙が宙に舞い上がった――かと思うと、それをボフゥっ! と四散させて飛び出した影がふたつ。

 

 言うまでもなく、金髪碧眼の姿に『覚醒(へんしん)』していたフレイと、青い鱗に茶色い皮膚、そして頭部から生えた6本の角が特徴的な『人獣型』に姿を変えていたカイドウ。

 

 稀代の神童と、歴戦の覇者。

 

 世界的に見てもトップレベルの猛者が、改めてバリバリとした稲光(はおうしょく)を纏いながら、先程と殆ど同じ場所で衝突する――その直前。

 

 ヒリつくような緊張感と、限界まで研いだ刃物のように研ぎ澄まされた集中力。

 

 それによって成し得る極限にまで圧縮された時間の中で、ふたりは、

 

「……ハっ! ハハハハハっ……! なあ、カイドウ――」

「……ウォロロロロロっ……! おい、『豊拳』――」

 

 まるで、両手を広げる父と、その胸に飛び込まんと駆け寄る子供のように。

 

 あるいは、悠久の時を経て再会した恋人のように。

 

 爛々と目を輝かせ、笑みをこぼし、その上で今一度、巨大な黄金の籠手のようなオーラを纏った右腕と、『覇気』によってより深い漆黒に染まった金棒。

 

 それぞれの獲物を後方に引き絞り、突貫し合いながら――ふたりは同時に、こう言った。

 

「「――楽しいな……!!」」

 

 直後に――再びの轟音。互いの攻撃が衝突した虚空。その真下の地面を境目とした深い、新しい亀裂が66番GR(グローブ)巨大な根(だいち)に刻まれることになって。

 

 『豊拳』イングナル・フレイと『百獣のカイドウ』。

 

 後の歴史にその爪痕を刻むことになる程の世紀の一戦。今回の騒動の締めくくりとなるふたりの戦いは、まだ始まったばかり――。




 女神転生VVが楽し過ぎてプレイし過ぎてそのせいで執筆時間が削れてツラい。仕事のほうも忙しくなってきて一層ツラい。まあ前者については普通に自業自得ですね。でも、今日でとりあえず1週目をクリアして若干熱も収まった……ような気がしますので、また明日から鋭意執筆していきたいと思います。

 ……あ、エルデンリングのDLCとマイクラのアップデート――は、流石に本作を完結させてからにしましょう。VV以上に嵌まってしまいそうな気配が半端ないですしね……。
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