運命の『ゴッドバレー事件』から11年もの月日が流れ、5歳の「幼子」だったイングナル・フレイも、今や16歳――身長180前後の「青年」となり、何もせずとも細身ながらに引き締まっていた天与の肉体は、それなりの鍛錬と経験を重ねたことで、不自然でない程度に隆起していた。
その甲斐もあってか、見た目よりも機能性を重視した革靴を履き、ネイビーのジーンズに、縫い目のついた星のマークと「crimin」という文字が入った白いTシャツを着た現在のフレイの肉体は、その上からでもわかる程の逞しさを備えており、よもや彼が、かつてはロクに食事も与えられないガリガリの奴隷として過ごしていた等と気づける者は皆無だろう。……未だ背中に残っている、竜の蹄のような「焼き印」を目にしなければ、だが。
「どうした兄ちゃん!? もっと飲め! 今夜は無礼講だ! 主役のアンタは特に!」
「ああ、いや、お構いなく……」
そんな彼は、現在、『
温暖な気候で、農業や漁業などの一次産業が盛んなだけのその村は、しかし、数時間前にはとある海賊たちの襲撃に遭っていて――偶然にも、『月歩』で上空を移動していた際にそれを目にしたフレイが、救助の為に島に向かって急降下。そして……。
◆ ◆
「くっ……離しなさい!」
「安心しなあっ! ちゃんと優しくしてやるからよおっ!」
「頭ぁ! 本当に少しは加減して下さいよ! 後でおれたちも楽しみてぇんで!」
「うるせえ! だったらとっととやるべきことをやってきやがれ! 終わった時に壊れてなけりゃあ、
「「ぎゃははははっ!」」
「……救いようのない
「つれねえこと言うなって! 大人しくしてりゃあ、命を取らないだけじゃなく、最高に気持ちよく――!?」
真っ先に目に付いたのは、波打った白い長髪に褐色の肌を持つ美女と、彼女に覆いかぶさり、その衣服を引きちぎり、犯そうとしていた大柄な男だった。女性の姿を見た途端、フレイの心臓が、何故か鼓動を一拍分すっ飛ばしたが――それを疑問に思っている暇もない。離れた位置に着地したフレイは、舞い上がった粉塵が重力に従って落ちるよりも先に突貫。その勢いを利用した回し蹴りで大男を蹴り飛ばすと、
「――っ!? 船長!?」
「誰だぁ、テメェはぁ!?」
「……っ! ちょっと待て! まさかアイツ、最近この辺りにやって来たって噂になってる、例の……」
――ッッッッッ! と。
「音なき鳴動」――『覇王色の覇気』。
幼い頃から、フレイが無自覚に扱っていた「謎の力」――だったもの。『新世界』と呼ばれる海域で、自身が行使してきたその力が、ちゃんと前例と名前がある技術だと知ったフレイは、周囲に迸る黒雷を伴うそれで、村の家々に押し入って略奪を始めていた海賊たち
「……やり……やがったなあ、テメエ……! 楽には殺さねえぞ!」
たった今蹴り飛ばしたばかりの、船長と呼ばれた大男は、そう呼ばれるだけはあって多少は「できる」らしく――白髪の女性を犯す為に下ろしていたズボンを戻しながらも、『覇王色』をすんでのところで耐えたらしい彼は、怒りで血走った両目をフレイに向けた上で、背中の鞘に納めていた大剣を抜刀。そのままフレイに向かって一気に飛びかかろうとしたところで、
「……『
「……っ!? なんだ……!?」
片足をわずかに上げながらフレイが呟くと同時に生じた「異変」。突如、彼の全身から立ち上った黄金のオーラが、大男の真上で集まって形を成し、巨大な片足を形成する。それで何をするつもりなのかを瞬時に悟ったらしい大男は、「能力者だと……!? まさか……ま、待て……!」と、今更ながらにうろたえ始めるが――もう遅い。
「『
一連の技の名前。その由来は――実を言うと、フレイ自身にもよくわからない。奇妙な話だが、何故か自然と頭に浮かんできたのだ。初めてこの「力」を行使した際に、その具体的な使い方も含めて――いまだに、食べた実の正式な名称もわからないままでいるにも関わらず。……まるで、かつて同じ力を振るっていた「誰か」がフレイの背後に立って、技の呼称と使い方を囁いてくれているかのような、そんな感覚。
同時に、自分はまだ、この力の「本質」に気づけていないという、妙な確信もあったのだが――それはさておき。
わずかに上げていた片足をドンッ! と力強く地面に下ろすフレイ。それに連動する形で地に落ちるは、先ほど形成した巨大な黄金の足――当然、その真下にいた大男の未来は決まっていて、
「ぎゃあああああああっ!?」
ズドンッ! と。
空気を裂くような悲鳴ごと押し潰される形で、サンドイッチのハムとなった大男。いや、横向きなので、ハンバーグのパティと言うべきだろうか? とにかく、フレイが能力を解除すれば、そこには、蜘蛛の巣状の亀裂を走らせた地面の中心でうつ伏せに気絶している大男の姿があって――それは即ち、
「助かった……のか……?」
「やった……やったぞ!」
「ありがとうございます……! アンタ……この村全員の恩人だ!」
状況を徐々に飲み込んでいった村人たちの喜びの声がどんどん
「思わぬ臨時収入だな」
「え……? あ……ありがとう……」
近くに放置されていた、白髪の女性の物と思われるロングコートを、視線を向けないまま彼女に手渡しつつポツリと呟くフレイ。今回の海賊たちの討伐は、当然フレイにとっても予期していないものではあったが、かと言って、決して不都合なものでもなかった。
なんとなれば、この時の彼は、政府や海軍が指名手配した犯罪者を、「
かつて自分を奴隷としてこき使っていたのは天竜人で、その天竜人こそが、政府や海軍の元締め的な存在。故に、それらの外注業者的な存在である賞金稼ぎとして活動することに、フレイとしても思うところがない訳ではなかったが――貧しい国で生まれ、両親を筆頭とした大人たちから白い目で見られ続けてきた上に、奴隷としても売られるという過程を経た都合上、学もツテもない彼が採れる選択肢は限られており、唯一の取り柄――少なくとも、本人はそう思っている――である戦いの才能。それを活かせる賞金稼ぎになることは、ある意味必定と言えた。
他には傭兵や、いずれかの国の兵士として過ごすという選択肢もあり、実際、5年程前までは、とある軍事国家の少年兵として過ごしていたフレイではあったが、結局は、比較的自由の利く賞金稼ぎという形に落ち着いた。
モンキー・D・ガープ。
自分に「自由」を教えてくれたあの恩人が、まさにそれの体現者であったことも、理由のひとつにはあるだろう。賞金稼ぎが賞金首を引き渡す際の相手は、基本的に海兵。である以上、賞金稼ぎとして活動していれば、いずれは彼と再会できるかもしれない。そんな打算もあった。その時には、あの時言えなかったお礼を言いたいものだ、とも。
ともあれ――そうした経緯で賞金稼ぎとなったフレイは、件の海賊たちをしっかりと拘束すると、『電伝虫』という、遠距離での会話を可能とする生物を利用して、最寄りの海軍支部に連絡。からの引き渡し。その際に受け取った多額の賞金の内の何割かを、それなりの被害を受けた村の人々に与え、そのお礼として開かれた宴の席に主役として招かれて今に至る、という訳である。
◆ ◆
そして、そんなフレイは現在――
「…………っ」
と、不自然に強張った表情で黙りこくりながら、手に持ったジョッキに入っているエールをチビチビとあおっているところだった。元々が感情豊かな方ではないため傍目にはわかりにくいが、その頬を伝っている、温暖な気候とは無関係の汗は隠しようがない。
実際、この時のフレイは緊張していた。何故? こういった宴には不慣れだから――ということではない。どちらかというと内向的な性格の彼のこと、騒がしいのは決して好きではないが、自身の行いに感謝して開かれた宴ならばそう悪い気もしないし、先に触れたように、賞金稼ぎとして活動を始めて既に5年――こうした形で感謝の気持ちを伝えられるのも決して初めてではなかった。今さら緊張したりはしない。
それでも勿論、特殊な生い立ち故に、人から感謝されることに慣れていなかった最初の内は、喜びよりも緊張や戸惑いという感情のほうが大きかったのも確かだが。
では、一体何が今のフレイをそんなに緊張させているのかというと――
「……大丈夫? 心ここにあらず、って感じだけど……。もしかして、お酒弱いの?」
「あ、いや……」
蚊の鳴くような声で曖昧な返事をするフレイ。その隣には、宴が始まった時から、ひとりの女性が座っていた。フレイがこの島に降り立った際に、真っ先に救助した女性だ――ニコ・オルビアというのが名前らしい。
改めて見ると――あまり
フレイが助ける前に多少殴られてしまったのか、その頬には大き目のガーゼが貼られていたが、そんな物では薄れようがない程の顔立ちの良さと、染みひとつない、水を弾くような質感を確信させる褐色の女優肌。
プロポーションも抜群で、スラリとした、長く細い脚に、くびれた腰、豊かな
それぐらいに見事且つ魅力的な乳房で、わずかに覗いている胸の谷間にしても、恐ろしい程に色っぽい――思わず下半身の一部の血流が良くなるのを、フレイは必死で堪えねばならなかった。何よりも厄介だったのが、そんなフレイのどぎまぎとした様子を、オルビアが明らかに楽しんで見ていることだった。もっともこれに関しては、自分とは正反対に落ち着き払っているオルビアに対する、フレイの被害妄想の可能性もあるが……。
自分はこの女性に惹かれているのだと、フレイは認めざるを得なかった。恋愛経験に乏しい――どころか、皆無と言っても良いだろう――彼でも、嫌でもわかる。自覚してしまう。不自然な程の緊張に、平常とは程遠い速さでピッチを刻む心拍。何度エールをあおっても喉はカラカラのままだし、その酒精とは無関係に頬が熱く、紅くなっているであろうことが、鏡を見なくてもわかった。
席に着くと同時に名前を教えられた時、助けたことに対するお礼を言われた時、そしてつい先ほど、ボーっとしているように見えたらしい自分を心配してくれた時――その全てで、フレイの意思とは関係なく心臓が跳ねた。
宴が始まってから既にそれなりの時間が経ったことで、その盛り上がりはいよいよ本格的なものとなり、周囲の人々は主役である筈のフレイの存在を忘れかけているようだったが、それはフレイにしても同じだった。オルビアと自分を中心とした半径数メートルの空間だけが周囲とは切り離され、そこだけが世界の中心のように感じられた。周りの喧騒も、どこか遠くから聞こえるようで、あまり耳に入ってこなかった。
それからも何度か、オルビアから言葉をかけられたような気がしたが、極度に緊張していたフレイは、「ああ」とか「うん」と言った曖昧な応え方しかできなかった。自身のコミュケーション能力の低さと恋愛経験の乏しさを、フレイは呪った。もう少し気の利いた返事を返せないのかと自己嫌悪した。
そして――なんとも不思議千万なことに、気付けばフレイは、夜の浜辺を、オルビアと並んで歩いていた。……いや、本当に何でだ? と心中で頭を押さえるフレイ。酔い覚ましも兼ねて、少し一緒に歩かない? そんなことをオルビアに言われたような気もしたが――自信がない。流石に、自分が誘ったということはないと信じたいが――何せ、隣で座っているだけでも一杯一杯だったのだから。
それにしても――フレイは無意識の内に、ゴクリと生唾を飲んだ。夜の浜辺でふたりきり。他に周囲に人気はなく、寄せては返す波の音だけが辺りに響く静かな空間。海面に
(いやいや……! 何を考えてるんだおれは……!)
心中で激しくかぶりを振るフレイ。オルビアが自分を連れ出したのはあくまで酔いを覚ます為で、それ以上の意味は何もない――いやでも、それだけでは自分を誘う理由にはならないのでは? 都合の良い考えをするもうひとりの心の自分がそんなことを囁いたが、それもすぐに、思い上がるな、という別の激しい声にかき消された。
昼間にあんなことがあって、危うく体を汚されそうになったのだ。自分の手から逃れた海賊の残党が潜んでいる可能性もゼロではないし、いざという時の為のボディガードとして連れ出されただけに決まっている、と。
それにしても――フレイは、隣を歩いているオルビアにチラリと視線をやった。ただでさえ常識外れの美しさを持つオルビアではあったが、月明かりを照らす夜の海面と砂浜を背景にしたその姿は、もはや神がかり的でさえあった。白い長髪もまた月明かりを受けて美しく、且つ妖しく輝き、その向こう側の海面で斑に光る月光もあって、その体からは白い粒子が立ち上っているかのようだった。全てが幻想的だった。
「月明かりが綺麗……。ねえ、少し歩き疲れたから、ここらで座って休憩しない?」
不意に、オルビアがそう言った。あなたのほうがずっと綺麗だ――そんなきざったらしい台詞が頭に浮かんできたが、言うまでもなく、それを口に出せるフレイではない。「あ、うん……」という、相変わらず、自分でも嫌になるような間の抜けた返事をした後で、背後の森と正面の砂浜、その間にある草が生えた領域に、オルビアに続く形で腰を下ろし――いや近い近い近い! フレイの心臓のピッチが更に早まった。彼が腰を下ろすや否や、オルビアが一気に距離を詰めてきたのだ。それこそ、手が触れそうな程に。
どうして? 何度目かもわからないカラカラとした喉の乾きを覚えながら、フレイは疑問に思った。この魅力的過ぎる夜の散歩に誘ったこともそうだが、先ほどから、オルビアからのアプローチがやたら積極的なように感じるのは気のせいだろうか? ……肉体的にも精神的にも。
いや、馬鹿な――フレイは、心の中でかぶりを振った。思い上がるな、と。……これほどの美人が、会って数時間程度の男に対して、そう簡単になびく筈がない。例えそれが、あわや暴漢に犯される寸前で、間一髪救助してくれた男であっても、だ。
しかし、これがよくなかった。お陰様でフレイは、自分が制圧した海賊の船長が、オルビアを犯そうとしていたワンシーンを思い出してしまった。具体的には、彼女の服が引きちぎられた時のことを……。露出面積を一気に増やした乳房。服が破られた際に生じた運動エネルギーによってそれがプルリと震え、それより少し視線を上に向ければ、怒りに顔を歪めながらも、同時に抱いたであろう羞恥によって頬を紅くしたオルビアの姿があり――って、馬鹿馬鹿馬鹿! フレイは激しくかぶりを振った。やはり心の中で、だが……。何を思い出しているんだ、と。
本当に、今の自分がわからない。フレイは焦燥した。これが、一目惚れというやつだろうか? 仔細を求めたところで、恋愛は理屈ではないと言われてしまえばそれまでだが――それだけが理由なのか? フレイは疑問に思った。ここに来るまでに、既に何度も繰り返してきた疑問を……。
そのまま、互いに何も喋らないまま数分が過ぎてしまった。マズイ――フレイは冷や汗をかいた――気まず過ぎる。いや、そう感じているのは自分だけかもしれないが。とにかく、何か話さなければ――でも、一体何を? フレイは困り果てた。そういった焦燥を顔に出さないでいることが、今の彼にできる最大限だった。
「――ありがとう」
「へぇっ?」
オルビアからの唐突な感謝の言葉。不意を突かれたことでフレイは間の抜けた声を返してしまい、即座に後悔した。この女性の前では常に格好いい姿、格好いい態度でいたいと思ったが、やはり至難の業だった――1ダースの『億越え』を纏めて相手取るほうがまだマシだと思った。
「さっきのことよ。……もし、あの時、あなたが助けてくれなかったら、私は……」
言って、自らの身体を抱くオルビア。フレイはというと、その際にわずかに形を変えた母性の象徴に思わず注いでしまいそうになる自らの視線を、渾身の自制心でもって彼女の顔に固定するのが精一杯で、返事をするのも困難な状態だったが――それでも、なんとか彼は、
「ああ……いや、まぁ……当然だろ……。あんな状況なら……その……男として……」
「優しいのね」
クスリと笑ったオルビアが、今の今まで月明かりを照らす海面に向けていた視線を、不意にフレイの顔へと向けてきた。もはや何度目かもわからない不自然なビートを心臓が刻み、フレイは、そういうことをする時は事前に言って欲しい、と思った。同時に、この程度のことでいちいち動揺している自分に対して、わずかな怒りを覚えた。我ながら、どうしてもっと堂々としていられないんだ? と。
「私、この島の人間じゃないの」
「え?」
不意な話題の転換に、先ほどまでとは別種の動揺を覚えるフレイ。そんな彼に視線を向けながら、オルビアは、
「とある考古学の探索チームの一員でね。
そこまで言ったところで、一旦視線を伏せるオルビア。そんなわずかな目線の動きひとつとっても、フレイからすれば、歴史的な名画のワンシーンのようで――思わず見とれてしまっていた彼に対して、オルビアは次のように続けた。
「だから、あなたには感謝してるの。あなたのお陰で、私も、私の仲間たちも、酷い目に遭わずに済んだ。勿論、どんなことをされようとも、命がある限りは旅をやめないつもりの心持ちで海に出た訳だけど……。それでも、そんな目に遭わずに済むならそれに越したことはないし……。あなたは、本当に勇敢だったわ。私が今までに出会った中でも、特に勇敢で素敵な人……」
ビリビリとした奇妙な感覚が、背筋から始まってフレイの全身を駆け巡った。「勇敢」だなんて――「素敵」だなんて――興奮、歓喜、羞恥。それらがブレンドされた形容しがたい感情を覚えるフレイ。こんな魅力的な女性からそのような賛辞を贈られるなんて、もしやこれは夢なんじゃないのか? そう思った。だから、
「……何か、お礼ができればいいんだけど」
そんなことを言い出したオルビアに対して、フレイは、
「い、いや、そんな……」
そんな大それたことはしていない。フレイは本心からそう思った。実際、
だが、オルビアはそう思っていないらしく、
「駄目よ。少なくとも、私は納得してないわ。だから……」
突然――少なくとも、フレイにはそのように感じられた――オルビアの顔が急接近した。気づけば、不自然に熱を帯びた彼女の瞳しか見えない。それと同時に自らの唇が、驚くほどに柔らかく幸せな感触で包まれて――って、
「……? ……! ……っ!?」
目を白黒させるフレイ。突然過ぎる行動に出たオルビアを突き飛ばさなかったのは奇跡と言えよう。まあ、単にショックで動けなかっただけかもしれないが……。それからオルビアが顔を離すまでの数秒が、フレイには永遠に感じられた。とんでもない
「一体――」
――どうした? と、フレイは言葉を続けることができなかった。彼の身体を軽く押して横たわらせたオルビアが、そのまま覆いかぶさるような姿勢を取ってきたからだ。フレイの心拍は、もはや肋骨を突き破って飛び出さんばかりで、瞠目しながらも、金魚のように口をパクパクと開閉させることしかできない。オルビアの長く美しい白髪が、自分の顔のすぐ横に垂れている。美しい星空を背景に、妙な熱に浮かされた彼女の顔が、自身の視界の大半を占めている……。このまま時が止まってしまえばいいのに、とフレイは思った。
「……誰に対しても、こういうことをしてる訳じゃないのよ? 例え、借りができた相手でもね。でも……どうしてかしら? あなたには……あなたになら……」
ゆっくりと、オルビアの顔が近づいてくる。それを止めるという選択肢は、フレイにはなかった。ある筈もなかった。そして――
「……経験は?」
何に対する「経験」なのか? 問い返すまでもなかった。「……いや」と、短くか細い答えを返すのが、この時のフレイにできる精一杯だった。オルビアが柔らかく微笑んだ――ような気がした。もはや、フレイの目には、彼女の瞳しか映っていなかった。これまでに目にしてきたどんな宝石よりも美しい、黒曜石のような瞳……。
「……じゃあ、私が教えてあげる。それが、お礼ということで……」
言って、再びフレイと唇を合わせるオルビア。しかも今度は、舌を差し込んできた。今一度フレイの全身を駆け巡る、甘美の電流。既に隠しようがない逸物の膨張は、盛り上がったジーパンが、オルビアの同じ部位を圧迫する程で、それを感じ取ったらしい彼女が、そこをグリグリを擦り合わせてきたのだから、もう、たまらなかった。
長い夜が、始まろうとしていた。