シャボンディ諸島66番
劣勢なのは自分のほうだと――「人獣型」の姿でもって、足で「焔雲」を掴むことによって宙に浮かんでいるカイドウは、そう認めざるを得なかった。
眼下の地上にて、悠然と佇みながらこちらを見上げている金髪碧眼――の
自身と同じく、
クザンやガープのまさかの
生涯初、と言ってもいいかもしれない。
『敗北』――そして、『死』。
そんな単語が脳裏にチラつき始めたのは……。
他ならぬフレイ自身が、終わらせる(=殺す)つもりはないと明言していた為、後者については可能性が低いとわかってはいても、だ。
『覚醒』直後の『
その上、こちらの攻撃は「未来視」レベルの『見聞色』によってことごとくかわされ、防がれ、良くても技の打ち合いという有様であるにも関わらず、何故かこちらの『
そのせいで、先の『
『人獣型』の特徴である青い鱗と茶色い肌のせいで少々わかりにくいが、
いくら『覚醒』による戦闘力の向上が甚だしいとはいえ、あまりにも一方的な形勢で――しかし、カイドウにはその理由がわかっていた。
「『
先のふたつの大技の衝突から何度目かの攻防を経て、唐突にそんなことを呟きながらパンッ! と両手を合わせたフレイが、それをすぐに離して広げると同時に、彼を中心とした半径10メートル程の、半透明の黄金色且つ球状の空間。
それを展開したのが5分ほど前で――その時、丁度その中にいたカイドウが「?」と疑問符を覚えるのとほぼ同時に、再び「それ」は起きた。「生命力」の吸収だ。
先立っての、こちらの額に手の平を当てられた時と同様、自身が生きていく上で極めて重要な「
吸収量も吸収速度もその時よりは大分劣るが、かといって意に介さずにいられる程の
イングナル・フレイを中心とした、一定の距離の内側にいる対象の「生命力」を、
「生命力」を奪われるということそれ自体も勿論厄介ではあったが、直接、あるいは『覚醒』直後のように、『
つまりは「生命力」の吸収を行いながら、「能力」や『覇気』を活用した『六式』を十全に振るえるということ。ひいては体術向上効果の大きさ――それが半端ではなくて。
しかも、この鬼畜仕様の
つまり、
挙句、そうされたことで動揺したわずかな隙を突かれる形で、『
更には前述したように、そうしたフレイの攻撃と反撃の数々を、何故か『
更には駄目押しとばかりに、よくよく目を凝らしてみれば、現在、フレイの全身からは、
つまりは、こちらが特に何もしなくとも、時間経過に比例してより多くの「
……だからこそ、劣勢なのは自分のほうだと――カイドウは、そう判断したのだ。わかりやすく手詰まりだった。
近づいても地獄。離れても地獄。
こちらの動きは漏れなく「予見」される一方で、何故かこちらからの「
攻撃の速さや手数に重きを置くことで運よく多少の損傷を与えられることがあっても、それも――恐らくは――ここまでに奪った「生命力」を治癒力に変換されることで、たちまちの内に再生させられてしまって。
そうなると、
だからこその、劣勢。
敗色濃厚――なのだが。
「ウォロロっ……!」
にも関わらず――
「ウォロロロロロロっ!!」
――と。
カイドウは、笑っていた。
大口を開けて、哄笑と言ってもいい程に――心の底から嬉しそうに。
被虐万歳のマゾヒスト? まあ、そうかもしれない――カイドウは心中でそのことを認めた。
しかし、それでも彼は、抑えつけることができなかった。
湧き上がる歓喜を。
自身を八方塞がりの状況にまで追い込む程の
その出現を心底嬉しく思って――自分の見立てに狂いはなかった。ビッグ・マムに倣って、気絶した彼に積極的に追い打ちをかけなくてよかったと、そう思って。
「――『
喜びつつも、例の「必死」の空間――『
例の身の丈ほどの金棒、『
しかしやはりそんな未来も
「
硬化させた指を高速で
それを指ではなく
それを更に、鎌風を起こす程の速度によって繰り出される蹴撃、『
すなわち空気砲である『
それと、カイドウの
ほんのわずかな差だが、
何故こちらの『見聞色』が作用しないのか? その謎をいまだカイドウは解き明かせずにいたし、解こうとする暇もなかったが――とにもかくにも、それならそれで後手に回るのは危険だと判断した。
こちらの『見聞色』が利かず、しかし相手の『
しかし――それはそれで十分
『
カイドウはそう思って――しかし。
それでも尚、彼は、
「ハァッ……! ハァッ……! ウォロロロッ……!
――「完成」させてくれるかもしれねェ! と。
そう言って。
嬉しそうに。
むしろ「
だからこその、「違和感」。
カイドウは、そのことを自覚していた。
全力を尽くしつつもその上を行かれ、最終的には自身を「完成」させてくれる――ロックスやロジャー、そしておでんのような、時代にその名を刻むような最期を
……にも関わらず、心の中の別の部分で、
(……何故だ? どうして、おれは……)
こういう
そう思いつつも、次なる一手。
形勢をひっくり返すことは叶わずとも、完全な決着をつけられる時間を先延ばしにする為の――自身の
「『
「……っ! 『
その巨体には似合わぬ、あるいはフレイの『
衝突は直後だった。
「――『
「――『
――ドドガガドドガガガドギャギャギャガドガゴゴドゴゴゴンッ! ドゴドドッ! ドコドガドドドドドドガゴッ!! と。
まるで、超巨大なふたつのチェーンソー。それらの駆動させた刃を重ね合わせたような――あるいは、数千台の重機を一斉に動かしたかのような、埒外の轟音。衝突音――言ってみれば破壊音。
ガトリングが如き連打を実現させたカイドウの金棒と、それと同じように覇王色を纏った両の
海軍の巨大な軍艦さえも粉微塵にしてしまいそうな程の超高速且つ高威力の連撃が、すっかり荒れ果てた66番
一体それがどれほど続いたのか? ほんの数秒か、数分――体感的には、何時間も
「――ぐっ!? おおおぉぉっ!?」
ドガアアアアアァァァンっ!! と。
最終的に競り負けたのはカイドウの方だった。先述した『見聞色』の不均衡だけが理由ではない。ここまでの拳と金棒の打ち合いを『
そのせいで、ほんのわずかに連打の速度を落としてしまった金棒と交差するようにして撃ち込まれた黄金腕の拳が、彼の顔面に直撃(厳密には、纏う『覇王色』に効果によって
これによって『
彼は、カイドウの顔面を殴り付けた左拳――とは逆の右拳を一層硬く握り込んだ上で、それの手の甲を地面に向けながら左足を前に、右足を後ろにした両膝が地面に着きそうになるぐらいに屈折させると、
「かっ……はっ……!?」
「おおおおおぉぉぉ――」
そんな気勢の声と共に、黄金椀(+『覇王色の覇気』)を纏った右拳によるアッパーカットを敢行。
狙い違わず――更には防ぐこともままならない速度でもって放たれたそれは、見事、先の顔面への一撃によっていまだに呻いていたカイドウの腹部。みぞおちの辺りに直撃――深く突き刺さることと相成って。
「がっ……!?」と、カイドウの巨体が「く」の字に折れると同時に血走った両眼が出目金にように飛び出し、限界まで開かれた口内からひと塊の鮮血が吐き出された。束の間、カイドウの両脚が、腹部にめり込まされた
「――らあああああぁぁぁっ!!」
両膝の引き伸ばしと連動して放たれた
その勢い――速度たるや凄まじく、腹部からの激痛によって混濁したカイドウの視界に映るフレイの姿は、既に米粒程度の大きさになっていて。
しかし、それもほんの数秒。フレイは一旦、その場でグググッ……! と身を屈めた――ように、カイドウには見えた――かと思うと、自身で天へと殴り飛ばしたカイドウを追うようにして、跳躍。
地面に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせる程の脚力でもって行われたそれによって、彼との距離をグングンと詰めていくと、
「ハァっ……! ハァっ……!
またもや手離してしまった金棒が、自分を追って上昇するフレイとすれ違うようにして地面へと落ちて行き――しかし、カイドウは、それを回収する気にもなれなかった。それほどのダメージを負ってしまったというのもそうだが、むしろ精神的なそれのほうが大きかった。
こちらがどんな手を講じ、繰り出そうともその上を行く神童――イングナル・フレイ。
『覚醒』を経て真の怪物と成った彼の力を前にしたカイドウの心が、いよいよもって諦観に侵され始めたのだ。
元より、ロジャーやロックスのような「人の完成系」――すなわち「死」――を望んでいた彼だ。完敗だな、もうこれぐらいでいいだろう、という気持ちが芽生え始めていて。
にも関わらず――その一方、心中のどこかで、相変わらず逆転の一手を模索している、もうひとりの自分の存在。
それをカイドウはハッキリと自覚していて――いずれにせよ、無駄なことだ。どことなく清々しい心持ちで、カイドウはそう思った。
しかし、
「――終わらせるのは、あくまでこの戦いだけだ! お前の命じゃない! 日和の母親……トキさんの命懸けの
己の拳で殴り飛ばし、四肢をダラリとさせた状態で天へと登っていく自分――よりも尚速いスピードで上昇しながら、決着の一手を繰り出す為にグッと右拳を引き絞りながら紡がれた、イングナル・フレイの次の言葉。
「――何より!
というもので――『ヤマト』。
自身の血を継いだ、たったひとりの「息子」。
……で、ありながら、おでんの生き様に感銘を受けたことで自分に反目し、それが理由で幽閉していた
そこを、共に幽閉されていた3人の
「『
決着の一撃を繰り出さんとするフレイの動きが、まるでスローモーションのように感じられた。この男になら引導を渡されてもいい。そんな
大きくなるだけではなく、
元『ロックス海賊団』の「見習い」にして、現在は『百獣海賊団』の総督――
後ほんの数秒の後に、「
その「父親」であるカイドウは、気づけば、少し前から打開策を必死になって模索していた、もうひとりの自分の声に従う形で、『
ただしそれは、迫りくるフレイに吹きつける為のものではなく、己の身を護る為で――口の両端から噴き出した、溶岩が如き
そして……。
◆ ◆
「いけーっ! フレイーっ! そのままちゃっちゃえー!」
時を数秒だけ遡らせた上で場所も変わり、20番
モルガンズの手の者たちが事前に仕掛けた、送信用の小型映像電伝虫――複数のそれらから送られてきたフレイとカイドウの戦いの
それを、何とか遠目で確認することができるその
フレイが二重の意味で『覚醒』した直後は、その姿の変わり様に他の面々と同じく驚いていたものの、感じ取れる「声」の波長から、
その後は、「生命力」の吸収を始めとした「覚醒技」の数々でもって、ことごとく
……のだが、しかし。
そこから数メートルほど離れた場所で、同じように、遠方の超大型のモニターに映されている戦いを見守っているフレイの右腕的な存在にして、参謀的な立ち位置にいるフワフワ金髪の碧眼の美女、ステューシーはというと、
「…………」
と、実に難しそうな表情を浮かべながら件のモニターを見つめていて。
そんな彼女の様子にやきもきしたらしいヤマトが、次のように言った。
「――んもうっ! ステューシーったら! 何をそんなに難しそうな顔をしてるのさ!? レイさんや、シャッキーさんや、グロリオーサさんまで――もう、間違いなくフレイの勝ちだよ!
しかしながら、それでも依然としてステューシーたちは難しい表情を浮かべたままだった。
無論、フレイが二重の意味で『覚醒』したこと。それによる戦闘力の大幅な上昇と、ビッグ・マムをたった一撃でリタイアさせたことに端を発する
(……
結局は、そういうことだった。
殆ど同格と言えるビッグ・マムが先立って一撃で倒されたこともあって、必ずしもそうした危惧が的中するとは限らないし、無論ステューシーたちにしても、そうならないほうが好都合であることは間違いないのだが――それでも。
それでも、ステューシーは確信していた。先にヤマトが述べた、自分以外の3人にしても同様だろうと思った。相応の実力と、それでもって数々の修羅場をくぐり抜けてきた自分たちだからこそわかる、『見聞色』によるそれとはまた別の「予見」。膨大な経験値を背景に抱くに至った「確信」。
「カイドウの仔」という出自に違わぬ、世界でも有数の才覚を持つヤマトではあったが、実年齢はわずか9歳。圧倒的に実戦の経験値が不足しており、その為、彼女のほうは特に何も察することはできなかったらしいが――とにかく。
ステューシーは、嫌な予感を拭えずにいた。ヤマトと同じように、もう殆どフレイの勝ちで決まりだという確信に近いモノは確かにあるのだが――その一方でステューシーは、こうも思った。
(フレイが
――それなら、カイドウは?
初見殺し的な攻撃であっという間に倒されたビッグ・マムはともかくとして、ここまで、あるゆる手を尽くしても、『覚醒』したフレイを相手に勝機を取り戻すことができずにいるかの傑物が、このまま成す術もなく順当に倒されるなど――そんな都合の良過ぎる話があるだろうか? と。
「素」となった同名の
(気のせい……? いえ、間違いない……! 間違いなく、フレイの勝勢で……! にも関わらず、どんどん空気が重くなっていく……! フレイ自身は気づいていないの……!?)
だから、とステューシーは思った。
だから――お願い。
殆ど祈るようにして彼女がそう思った、その時だった。
突如、何度目かの「獣型」、すなわち巨大な「青龍」の姿に変身したカイドウが、それと同時に、口の両端から噴き出した
……そして。
トドメを刺す為に跳び上がった勢いそのままに、「そこ」に突っ込んでいってしまったフレイはというと――
◆ ◆
「――ぐあああああぁぁぁっ!?」
カイドウが身に纏った炎の鎧にゾクリとしたものを感じたフレイは、即座に宙を蹴って移動する『
それをブレーキ代わりにすることで、文字通り「飛んで火に入る夏の虫」になる未来を寸前で阻止しようとしたが――少し、遅かった。伸ばしきる直前に引っ込めはしたものの、右腕の肘から先の部分が例の灼熱の鎧に埋没することとなり、これによって深手を負ってしまったのだ。
先の苦悶の叫びは、その際に迸ったものだ。更には『纏う覇王色』もまだ十分に展開できていなかった為か、それら地獄の業火が右腕の皮膚は勿論のこと、筋肉、果ては骨まで
(クッソが……! 勝ちを確信したせいで、『
……否、深手どころではなかった。何せ、該当の部分が消失――もとい、「焼失」していたのだから。
ゾッとするような光景だった――あまりの熱によって、溶けてなくなってしまったのだ。直接炎に触れなかった部分もタダでは済まず、「そこ」から肩、そして顔の右半分ほどに酷い火傷を負うことになり――あまりの激痛のせいで、フレイは地面への着地をし損なってしまった。
「着地」どころか、後頭部から叩きつけられるようにして「墜落」した上、そのまま何度か地面をバウンドすることになり――それでも何とか体勢を立て直し、片膝を着きながら、キッ……! と遥か上空の
そんな彼に対して当のカイドウはというと、
「……ワリィな、『豊拳』……! おでんの時と同じだ……! 別に、今ので殺されてもよかった――『百獣海賊団』の総督、『百獣のカイドウ』としてなら、な……!」
ギロリッ……! と、例の轟炎の中から地上のフレイを
「さっきのオメェの言葉のお陰で、土壇場で気づけた……! どうやらおれは、
ニヤリ、とした笑みを浮かべた上で――次のように言った。
「『
「今さら父親面かよ……!? つうか、ひっくり返すも何も――」
顔を歪め、痛みを和らげる為にギリギリと歯を噛み締めながら――それでも、まだまだ戦意が十分の双眸でもって上空のカイドウを見上げながら、フレイは、
「――おれが『覚醒』した時点で、形勢はずっとこっち側だっての! 『
そんなフレイの叫びと共に、いま一度彼の全身が黄金色に
同色のオーラを噴出させたかと思うと、それが即座に火傷を負った部分を覆った上で、欠けた右腕を再構築するかのように寄り集まり――時間にしてほんの2、3秒だった。たったそれだけの時間で、フレイは「焼失」した筈の右腕を取り戻し、更には、火傷ひとつない綺麗な体を取り戻す――もとい、「再生」させることに成功していて。
「……っ!
忌々しそうに呻く上空のカイドウに向けて、フレイは更に、
「……子離れができない馬鹿親父と、そいつの娘を貰おうとする
と、そう言いながら、立っていた場所の地面が砕け、その欠片が宙に舞い上がる程の勢いでもって跳躍。全てを焼き溶かす炎の鎧などなんのその、今一度上空のカイドウに肉迫しつつ、再生させた右拳を引き絞った上で、そこを中心に改めて『覇王色』を迸らせながら。
イングナル・フレイは――次のように続けた。
「……もう一度だ! カイドウ! どうせ、
「何、さりげなく『親父』呼ばわりしてんだクソガキぃっ!? 『降龍』――」
「――『
「――『
……これが、最後。
直後。
惚れた女たちの前でカッコつけたいだけの『
その内のひとりである娘の父親として、
否――激突し。
天を覆い尽くす程の、幾筋もの
……そして。
その果てに、勝ち名乗りを上げたのは――。
「『実り豊かな君(フレイ・イン・フロージ)』――『主神の葬魂場(ヴァルハラ)』」
――ではなく、
「
と、フレイ君に言わせたいのを終始我慢しながら書いてました。マジで。
次回でようやく決着です。