※この作品はR-18です。

豊穣の王   作:イロゴト柿

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第39話『馬の骨と馬鹿親父』

 シャボンディ諸島66番GR(グローブ)――の、「上空」。

 

 劣勢なのは自分のほうだと――「人獣型」の姿でもって、足で「焔雲」を掴むことによって宙に浮かんでいるカイドウは、そう認めざるを得なかった。

 

 眼下の地上にて、悠然と佇みながらこちらを見上げている金髪碧眼――の姿()()()()()、イングナル・フレイ。

 

 自身と同じく、その筋(たたかい)の天才であることはとうの昔にわかっている()()()だったが、まさか()()()()(もの)だったのか、と。

 

 クザンやガープのまさかの護衛(こうどう)と、こちらの()()()()があったとはいえ――『覚醒』を経たことによる戦闘力の上がり幅が、こちらの予想を遥かに超えていたが故に。

 

 生涯初、と言ってもいいかもしれない。

 

 『敗北』――そして、『死』。

 

 そんな単語が脳裏にチラつき始めたのは……。

 

 他ならぬフレイ自身が、終わらせる(=殺す)つもりはないと明言していた為、後者については可能性が低いとわかってはいても、だ。

 

 『覚醒』直後の『豊穣の樹(ユグドラシル)』の奔流については何とか防ぎ切り、ビッグ・マムと同じくミイラ一歩手前のような状態にはならずに済んだものの――その後の最初の攻防においてこちらの額に当てられた手の平から、相当量の「生命力」を吸い取られ。

 

 その上、こちらの攻撃は「未来視」レベルの『見聞色』によってことごとくかわされ、防がれ、良くても技の打ち合いという有様であるにも関わらず、何故かこちらの『見聞色(それ)』だけは漏れなく無効化されるという不可解な状況。

 

 そのせいで、先の『雷鳴八卦(らいめいはっけ)』と『雷神の槌(ミョルニル)』の衝突を皮切りに、戦闘が激化してから約20分後――戦いの明暗はハッキリしつつあった。

 

 『人獣型』の特徴である青い鱗と茶色い肌のせいで少々わかりにくいが、かの龍人(カイドウ)の上半身の所々には内出血を示す青痣が出来ている他、そのダメージの深さと疲労を示すかのように本人は激しく息切れしており――その一方で、フレイはまったくの無傷だった。呼吸もまったく乱れていなかった。

 

 いくら『覚醒』による戦闘力の向上が甚だしいとはいえ、あまりにも一方的な形勢で――しかし、カイドウにはその理由がわかっていた。

 

実り豊かな君(フレイ・イン・フロージ)』――『主神の葬魂場(ヴァルハラ)

 

 先のふたつの大技の衝突から何度目かの攻防を経て、唐突にそんなことを呟きながらパンッ! と両手を合わせたフレイが、それをすぐに離して広げると同時に、彼を中心とした半径10メートル程の、半透明の黄金色且つ球状の空間。

 

 それを展開したのが5分ほど前で――その時、丁度その中にいたカイドウが「?」と疑問符を覚えるのとほぼ同時に、再び「それ」は起きた。「生命力」の吸収だ。

 

 先立っての、こちらの額に手の平を当てられた時と同様、自身が生きていく上で極めて重要な「生命力(それ)」を奪われていくような、奇妙な――それでいて恐ろしい感覚。

 

 吸収量も吸収速度もその時よりは大分劣るが、かといって意に介さずにいられる程の現象(もの)でもない! 慌てたカイドウは、『焔雲』を活用しての、宙を滑るような後方移動によって、即座にその球状の空間の外に逃れると――薄々察していたように、やはりこの球状の空間は、範囲内の敵を閉じ込めるような物質的な類のものではなく、脱出自体は容易で――途端に、「生命力」の吸収が止まった。

 

 イングナル・フレイを中心とした、一定の距離の内側にいる対象の「生命力」を、範囲内(そこ)にいる限り自動で奪い続ける。それこそが、今も眼前で展開されている半透明な黄金色の球体(くうかん)の正体だと、カイドウは即座に看破した。

 

 「生命力」を奪われるということそれ自体も勿論厄介ではあったが、直接、あるいは『覚醒』直後のように、『豊穣の樹(ユグドラシル)』などを介して間接的に手で触れていなくとも、「吸収(それ)」が行えるという事実(こと)

 

 つまりは「生命力」の吸収を行いながら、「能力」や『覇気』を活用した『六式』を十全に振るえるということ。ひいては体術向上効果の大きさ――それが半端ではなくて。

 

 しかも、この鬼畜仕様の球体(くうかん)()()()()! あくまでも相手(フレイ)の現在地を中心として自動で、だ。

 

 つまり、空間(それ)の範囲外から『熱息(ボロブレス)』による遠距離攻撃で仕留めるという、こういった状況下での常套手段を採ろうにも、『(ソル)』などによって即座に距離を詰められることによって、攻撃(それ)の為のエネルギーを吸収されて強制的に技を中断させられるという事態が勃発。

 

 挙句、そうされたことで動揺したわずかな隙を突かれる形で、『嵐脚(ランキャク)』や『指銃(シガン)』およびその応用技などを食らわされることになって(しかも、それらの接触時にも、ちゃんと尋常ではない量の「生命力」をグングン吸収されるという最高のオマケつきだ)。

 

 更には前述したように、そうしたフレイの攻撃と反撃の数々を、何故か『未来視(けんぶんしょく)』によって事前に把握することがまったく出来ず、かといって安全の為にもっと距離を取ろうものなら、『見聞色』云々以前に、そもそも距離が遠過ぎるせいでシンプルに攻撃が当たらないという事実。

 

 更には駄目押しとばかりに、よくよく目を凝らしてみれば、現在、フレイの全身からは、四方八方(あちこち)に伸ばされた無数の金糸のようなものが確認できて――いや違う! とカイドウは即座に気づいた。フレイの体()()伸びているという訳ではない。アレもまた恐らく、「生命力」の吸収――球体(くうかん)内の植物や微生物からも「生命力(それ)」を奪い、その際に生じたそれらの軌跡が金糸のように見えるだけだと、殆どすぐにカイドウはそのことに気づいて。

 

 つまりは、こちらが特に何もしなくとも、時間経過に比例してより多くの「生命力(アドバンテージ)」を獲得され、結果、戦況があちら(フレイ)のほうに傾いてしまうということを意味していた。

 

 ……だからこそ、劣勢なのは自分のほうだと――カイドウは、そう判断したのだ。わかりやすく手詰まりだった。

 

 近づいても地獄。離れても地獄。

 

 こちらの動きは漏れなく「予見」される一方で、何故かこちらからの「予見(それ)」は一向に機能する気配がないという現状。

 

 攻撃の速さや手数に重きを置くことで運よく多少の損傷を与えられることがあっても、それも――恐らくは――ここまでに奪った「生命力」を治癒力に変換されることで、たちまちの内に再生させられてしまって。

 

 そうなると、再生(それ)が追いつかない程のダメージを一気に、可能なら一撃で与えるというのがセオリーだが、どうしても相応に予備動作(すき)が大きくなるそれを、発動前に潰されることなく放てるようなら、そもそも現時点でここまで苦労していないという話だ。

 

 だからこその、劣勢。

 

 敗色濃厚――なのだが。

 

「ウォロロっ……!」

 

 にも関わらず――

 

「ウォロロロロロロっ!!」

 

 ――と。

 

 カイドウは、笑っていた。

 

 大口を開けて、哄笑と言ってもいい程に――心の底から嬉しそうに。

 

 被虐万歳のマゾヒスト? まあ、そうかもしれない――カイドウは心中でそのことを認めた。あのババア(ビッグ・マム)が言っていた「死にたがり」という文句もあながち否定できないし、するつもりもなかった。他ならぬカイドウ自身が、そんな自身の死生観、その特異性を薄々察していたが故に。

 

 しかし、それでも彼は、抑えつけることができなかった。

 

 湧き上がる歓喜を。

 

 自身を八方塞がりの状況にまで追い込む程の好敵手(ライバル)の存在を。

 

 その出現を心底嬉しく思って――自分の見立てに狂いはなかった。ビッグ・マムに倣って、気絶した彼に積極的に追い打ちをかけなくてよかったと、そう思って。

 

「――金剛鏑(こんごうかぶら)』!

 

 喜びつつも、例の「必死」の空間――『主神の葬魂場(ヴァルハラ)』の範囲外からの、強力な遠距離攻撃(いちげき)

 

 例の身の丈ほどの金棒、『八斎戒(はっさいかい)』に覇気を込めた上で薙ぐように振るうことで衝撃波を撃ち出す遠距離技。

 

 しかしやはりそんな未来も()()()()いたのか、フレイは一切慌てることもなく、半身になった上でグッ……! と握った右拳を後ろに引き絞るように構えると、

 

()()獣厳(ジュゴン)』――牙穿(ガウチ)』!

 

 硬化させた指を高速で()()()()ことで、生身による「銃撃」を可能とする『指銃(シガン)』。

 

 それを指ではなく拳撃(こぶし)によって行う『獣厳(ジュゴン)』。

 

 それを更に、鎌風を起こす程の速度によって繰り出される蹴撃、『嵐脚(ランキャク)』と同じように“超”高速で撃ち出す(おこなう)ことによって実現する、()()()()

 

 すなわち空気砲である『牙穿(ガウチ)』。

 

 それと、カイドウの遠距離技(こんごうかぶら)が両者の間で衝突。爆散し、吹き荒れた砂飛礫のいくつかがカイドウの顔を打った。

 

 ほんのわずかな差だが、爆散(それ)が起きた位置により近いのはフレイのほう――つまりは、先に技を放ったのはカイドウのほうで、それは彼が意図的に行ったことだった。

 

 何故こちらの『見聞色』が作用しないのか? その謎をいまだカイドウは解き明かせずにいたし、解こうとする暇もなかったが――とにもかくにも、それならそれで後手に回るのは危険だと判断した。

 

 こちらの『見聞色』が利かず、しかし相手の『見聞色(それ)』はバッチリ作用しているというこの不均衡な状況では、『主神の葬魂場(ヴァルハラ)』の範囲内に身を置いて「生命力」の吸収を許すことになろうとも、積極的にこちらから攻撃し、フレイに回避と防御を優先させることで、ワンサイドゲームになるのを辛うじて防ぐこと――それが、今のカイドウが採り得る最良の戦略()だった。

 

 しかし――それはそれで十分劣勢と言ってもよい状況(ワンサイドゲーム)なのではないかと問われれば、まあ正直否定のしようもなかった。

 

 『主神の葬魂場(ヴァルハラ)』による間接的な「生命力」の吸収。その量と速度は直接手で触れられて行われる際のそれと比べるべくもないが――それでも、後10分ほどこの空間内に身を置いていたら、自分はビッグ・マムのようなミイラ一歩手前のような状態になって、身動きを取ることさえ困難な状態になってしまうだろう、と。

 

 カイドウはそう思って――しかし。

 

 それでも尚、彼は、

 

「ハァッ……! ハァッ……! ウォロロロッ……! ()い! 善いぞっ! 『豊拳』んんっ! テメェならっ……! テメェならあるいは! 本当におれを――」

 

 ――「完成」させてくれるかもしれねェ! と。

 

 そう言って。

 

 嬉しそうに。

 

 むしろ「完成(=死)(それ)」を望んでいるかのように、狂笑を浮かべながらそう言い放って――しかし。

 

 だからこその、「違和感」。

 

 カイドウは、そのことを自覚していた。

 

 全力を尽くしつつもその上を行かれ、最終的には自身を「完成」させてくれる――ロックスやロジャー、そしておでんのような、時代にその名を刻むような最期を()()()()()()()()かもしれない、イングナル・フレイという神童の『覚醒(そんざい)』。

 

 ……にも関わらず、心の中の別の部分で、()()()今の状況を打開できる術を模索している、もうひとりの自分の存在を、彼は自覚していて。

 

(……何故だ? どうして、おれは……)

 

 こういう劣勢(じょうきょう)を、望んでいたんじゃないのか……? と。

 

 そう思いつつも、次なる一手。

 

 形勢をひっくり返すことは叶わずとも、完全な決着をつけられる時間を先延ばしにする為の――自身の本懐(ねがい)とは相反(そうはん)する先制攻撃(いって)

 

軍茶利(ぐんだり)』イィ――」

「……っ! 雷神の槌(ミョルニル)』+『獣厳(ジュゴン)黄連(オウレン)――」

 

 その巨体には似合わぬ、あるいはフレイの『(ソル)』さえも上回る速度でもって彼との距離を一気に詰めながら、両手で持った上で、最大出力の『覇王色』を()()()金棒を身体ごと振り回し――回転させるカイドウに、そんな彼を見て、例の巨大な黄金椀こと『雷神の籠手(ヤールングレイプル)』を纏った両拳を、グググっ……! と後方に引き絞るフレイ。

 

 衝突は直後だった。

 

「――龍盛軍(りゅせいぐん)』っ!!

「――(ホウ)黄連(オウレン)』っ!!

 

 ――ドドガガドドガガガドギャギャギャガドガゴゴドゴゴゴンッ! ドゴドドッ! ドコドガドドドドドドガゴッ!! と。

 

 まるで、超巨大なふたつのチェーンソー。それらの駆動させた刃を重ね合わせたような――あるいは、数千台の重機を一斉に動かしたかのような、埒外の轟音。衝突音――言ってみれば破壊音。

 

 ガトリングが如き連打を実現させたカイドウの金棒と、それと同じように覇王色を纏った両の黄金腕(ヤールングレイプル)による、フレイの連続拳撃。

 

 海軍の巨大な軍艦さえも粉微塵にしてしまいそうな程の超高速且つ高威力の連撃が、すっかり荒れ果てた66番GR(グローブ)の地上において衝突――激突したことで、尋常ならざる轟音が響き渡ると同時に、途方もない衝撃波が立て続けに迸ることになって。

 

 一体それがどれほど続いたのか? ほんの数秒か、数分――体感的には、何時間も拮抗(そう)していたような感覚さえカイドウは覚えていたが、しかし、

 

「――ぐっ!? おおおぉぉっ!?」

 

 ドガアアアアアァァァンっ!! と。

 

 最終的に競り負けたのはカイドウの方だった。先述した『見聞色』の不均衡だけが理由ではない。ここまでの拳と金棒の打ち合いを『主神の葬魂場(ヴァルハラ)』の範囲内で行ったことで、そうしている最中もグングンと「生命力」を吸われ続けてしまったことが大きな要因だった。

 

 そのせいで、ほんのわずかに連打の速度を落としてしまった金棒と交差するようにして撃ち込まれた黄金腕の拳が、彼の顔面に直撃(厳密には、纏う『覇王色』に効果によって()()()()()()()()()のだが)。

 

 これによって『軍茶利(ぐんだり)龍盛軍(りゅうせいぐん)』は強制的に中断。頭の上で星を回すことになったカイドウは、その場で大きく身体をグラつかせることとなり――当然、そんな絶好の機会(チャンス)の逃すフレイではなかった。

 

 彼は、カイドウの顔面を殴り付けた左拳――とは逆の右拳を一層硬く握り込んだ上で、それの手の甲を地面に向けながら左足を前に、右足を後ろにした両膝が地面に着きそうになるぐらいに屈折させると、

 

「かっ……はっ……!?」

「おおおおおぉぉぉ――」

 

 そんな気勢の声と共に、黄金椀(+『覇王色の覇気』)を纏った右拳によるアッパーカットを敢行。

 

 狙い違わず――更には防ぐこともままならない速度でもって放たれたそれは、見事、先の顔面への一撃によっていまだに呻いていたカイドウの腹部。みぞおちの辺りに直撃――深く突き刺さることと相成って。

 

 「がっ……!?」と、カイドウの巨体が「く」の字に折れると同時に血走った両眼が出目金にように飛び出し、限界まで開かれた口内からひと塊の鮮血が吐き出された。束の間、カイドウの両脚が、腹部にめり込まされた黄金(フレイ)の右拳によって地面から浮き上がった状態で静止し――そして、

 

「――らあああああぁぁぁっ!!」

 

 両膝の引き伸ばしと連動して放たれた天に向けての一撃(アッパーカット)が、カイドウの巨躯を遥か上空へと吹き飛ばした。

 

 その勢い――速度たるや凄まじく、腹部からの激痛によって混濁したカイドウの視界に映るフレイの姿は、既に米粒程度の大きさになっていて。

 

 しかし、それもほんの数秒。フレイは一旦、その場でグググッ……! と身を屈めた――ように、カイドウには見えた――かと思うと、自身で天へと殴り飛ばしたカイドウを追うようにして、跳躍。

 

 地面に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせる程の脚力でもって行われたそれによって、彼との距離をグングンと詰めていくと、

 

「ハァっ……! ハァっ……! ()()で終わりだ! カイドウ! ……んでも、安心しろ――!」

 

 またもや手離してしまった金棒が、自分を追って上昇するフレイとすれ違うようにして地面へと落ちて行き――しかし、カイドウは、それを回収する気にもなれなかった。それほどのダメージを負ってしまったというのもそうだが、むしろ精神的なそれのほうが大きかった。

 

 こちらがどんな手を講じ、繰り出そうともその上を行く神童――イングナル・フレイ。

 

 『覚醒』を経て真の怪物と成った彼の力を前にしたカイドウの心が、いよいよもって諦観に侵され始めたのだ。

 

 元より、ロジャーやロックスのような「人の完成系」――すなわち「死」――を望んでいた彼だ。完敗だな、もうこれぐらいでいいだろう、という気持ちが芽生え始めていて。

 

 にも関わらず――その一方、心中のどこかで、相変わらず逆転の一手を模索している、もうひとりの自分の存在。

 

 それをカイドウはハッキリと自覚していて――いずれにせよ、無駄なことだ。どことなく清々しい心持ちで、カイドウはそう思った。

 

 ()()()()に打てる手は全て打った。それでも駄目だった。……ということは、()()()こそが『ジョイボーイ』――自分の「旅の終着点」なのだろうと、そう思って。

 

 しかし、

 

「――終わらせるのは、あくまでこの戦いだけだ! お前の命じゃない! 日和の母親……トキさんの命懸けの遺言(ことば)を無下にする訳にはいかないし、何より――」

 

 己の拳で殴り飛ばし、四肢をダラリとさせた状態で天へと登っていく自分――よりも尚速いスピードで上昇しながら、決着の一手を繰り出す為にグッと右拳を引き絞りながら紡がれた、イングナル・フレイの次の言葉。

 

 ()()を聞いた瞬間、諦観という言葉に心を侵され始めていたカイドウは、カッと両目を見開くこととなった。具体的には、

 

 

 

 

 

「――何より! ()()()()()()()()()()()()()、言わなきゃいけないことがあるからなぁ!」

 

 

 

 

 

 というもので――『ヤマト』。

 

 自身の血を継いだ、たったひとりの「息子」。

 

 ……で、ありながら、おでんの生き様に感銘を受けたことで自分に反目し、それが理由で幽閉していた10歳(とお)にも達していない聞かん坊。

 

 そこを、共に幽閉されていた3人の大名(サムライ)たちと、現在眼前にて、バリバリバリッ! と、引き絞った右拳を中心に黒雷(はおうしょく)を迸らせながら迫って来る、イングナル・フレイ――の尽力によって救い出され、そのまま彼について行く形で出奔した挙句、何故か大人の肉体を与えられた上で手籠めにもされていた()()の姿を反射的に思い浮かべたカイドウは、何やらハッとしたような表情を浮かべた上で、前述したようにカッと両目を見開くと、

 

拳骨(ギャラクシー)――」

 

 決着の一撃を繰り出さんとするフレイの動きが、まるでスローモーションのように感じられた。この男になら引導を渡されてもいい。そんな()()()()()()を考えていた自分が跡形もなく消え去り、それによって生じた心の空白を埋める形で、ヤマトと、先ほどから、現在の窮地を何とかする方法を考えていた、もうひとりの自分の意識がグングンと大きくなっていった。

 

 大きくなるだけではなく、逆転の一手(それ)を導き出さんとする脳の回転も、さながらハリケーンよろしくその速度を増していって――そして。

 

 元『ロックス海賊団』の「見習い」にして、現在は『百獣海賊団』の総督――()()()()()

 

 後ほんの数秒の後に、「伝説の英雄(ガープ)」のそれに劣らぬ拳撃を繰り出してくるであろう、眼前の、どこの馬の骨とも知れない男(イングナル・フレイ)によって手籠めにされてしまった「愛娘(ヤマト)」。

 

 その「父親」であるカイドウは、気づけば、少し前から打開策を必死になって模索していた、もうひとりの自分の声に従う形で、『熱息(ボロブレス)』を発動した。その姿を「獣型」――巨大な「青龍」のそれに変えながら、だ。

 

 ただしそれは、迫りくるフレイに吹きつける為のものではなく、己の身を護る為で――口の両端から噴き出した、溶岩が如き火炎(それ)を全身に伝播(でんぱ)。自身の肉体を一回り大きくしたかのような、地獄の業火による即席の鎧を形成し。

 

 そして……。

 

 

  ◆          ◆

 

 

「いけーっ! フレイーっ! そのままちゃっちゃえー!」

 

 時を数秒だけ遡らせた上で場所も変わり、20番GR(グローブ)

 

 モルガンズの手の者たちが事前に仕掛けた、送信用の小型映像電伝虫――複数のそれらから送られてきたフレイとカイドウの戦いの光景(えいぞう)を、リアルタイムで映している超大型モニター。

 

 それを、何とか遠目で確認することができるその海辺(ばしょ)では、件のヤマトが興奮した面持ちでモニター(それ)に向かってブンブンと拳を振り上げながら、歓声を轟かせていた。

 

 フレイが二重の意味で『覚醒』した直後は、その姿の変わり様に他の面々と同じく驚いていたものの、感じ取れる「声」の波長から、自分たちが愛する男(イングナル・フレイ)であることを確信。

 

 その後は、「生命力」の吸収を始めとした「覚醒技」の数々でもって、ことごとく馬鹿親父(カイドウ)の上を行って見せるフレイを目の当たりにしたことで――少し前までの焦燥はどこへやら――すっかりフレイの勝利を確信した様子で、ハンコックを含めた何人かの『九蛇』の戦士(おんな)たちと共に歓声を上げていた。

 

 ……のだが、しかし。

 

 そこから数メートルほど離れた場所で、同じように、遠方の超大型のモニターに映されている戦いを見守っているフレイの右腕的な存在にして、参謀的な立ち位置にいるフワフワ金髪の碧眼の美女、ステューシーはというと、

 

「…………」

 

 と、実に難しそうな表情を浮かべながら件のモニターを見つめていて。

 

 そんな彼女の様子にやきもきしたらしいヤマトが、次のように言った。

 

「――んもうっ! ステューシーったら! 何をそんなに難しそうな顔をしてるのさ!? レイさんや、シャッキーさんや、グロリオーサさんまで――もう、間違いなくフレイの勝ちだよ! ()()()()()フレイの勝ちだ!」

 

 しかしながら、それでも依然としてステューシーたちは難しい表情を浮かべたままだった。

 

 無論、フレイが二重の意味で『覚醒』したこと。それによる戦闘力の大幅な上昇と、ビッグ・マムをたった一撃でリタイアさせたことに端を発する()()()()()逆転劇は、ステューシーたちにとっても驚くべきこと且つ嬉しいことであり、だからこそそれ自体は大いに構わないのだが――しかし。

 

(……()()カイドウが、このまますんなりやられるとは思えない……!)

 

 結局は、そういうことだった。

 

 殆ど同格と言えるビッグ・マムが先立って一撃で倒されたこともあって、必ずしもそうした危惧が的中するとは限らないし、無論ステューシーたちにしても、そうならないほうが好都合であることは間違いないのだが――それでも。

 

 それでも、ステューシーは確信していた。先にヤマトが述べた、自分以外の3人にしても同様だろうと思った。相応の実力と、それでもって数々の修羅場をくぐり抜けてきた自分たちだからこそわかる、『見聞色』によるそれとはまた別の「予見」。膨大な経験値を背景に抱くに至った「確信」。

 

 「カイドウの仔」という出自に違わぬ、世界でも有数の才覚を持つヤマトではあったが、実年齢はわずか9歳。圧倒的に実戦の経験値が不足しており、その為、彼女のほうは特に何も察することはできなかったらしいが――とにかく。

 

 ステューシーは、嫌な予感を拭えずにいた。ヤマトと同じように、もう殆どフレイの勝ちで決まりだという確信に近いモノは確かにあるのだが――その一方でステューシーは、こうも思った。

 

(フレイが()()だった……! 本来なら勝てる筈のない戦いに臨んで、一度は敗れて……。だけど、そんな状況をひっくり返す為に『覚醒』して……! 事実、ひっくり返す(そうする)ことに成功して……! でも、それなら――)

 

 ――それなら、カイドウは?

 

 初見殺し的な攻撃であっという間に倒されたビッグ・マムはともかくとして、ここまで、あるゆる手を尽くしても、『覚醒』したフレイを相手に勝機を取り戻すことができずにいるかの傑物が、このまま成す術もなく順当に倒されるなど――そんな都合の良過ぎる話があるだろうか? と。

 

 「素」となった同名の女性(じんぶつ)の遺伝子に宿る記憶がそうさせているのか――そうした危惧を抱いたからこそ、ステューシーは、

 

(気のせい……? いえ、間違いない……! 間違いなく、フレイの勝勢で……! にも関わらず、どんどん空気が重くなっていく……! フレイ自身は気づいていないの……!?)

 

 だから、とステューシーは思った。

 

 だから――お願い。()()なる前に早く終わって、と。

 

 殆ど祈るようにして彼女がそう思った、その時だった。

 

 突如、何度目かの「獣型」、すなわち巨大な「青龍」の姿に変身したカイドウが、それと同時に、口の両端から噴き出した轟炎(ボロブレス)。それを、さながら即席の鎧のように全身に纏ったのは。

 

 ……そして。

 

 トドメを刺す為に跳び上がった勢いそのままに、「そこ」に突っ込んでいってしまったフレイはというと――

 

 

  ◆          ◆

 

 

「――ぐあああああぁぁぁっ!?」

 

 カイドウが身に纏った炎の鎧にゾクリとしたものを感じたフレイは、即座に宙を蹴って移動する『六式(わざ)』――『月歩(ゲッポウ)』を、「前方」に向けて発動。

 

 それをブレーキ代わりにすることで、文字通り「飛んで火に入る夏の虫」になる未来を寸前で阻止しようとしたが――少し、遅かった。伸ばしきる直前に引っ込めはしたものの、右腕の肘から先の部分が例の灼熱の鎧に埋没することとなり、これによって深手を負ってしまったのだ。

 

 先の苦悶の叫びは、その際に迸ったものだ。更には『纏う覇王色』もまだ十分に展開できていなかった為か、それら地獄の業火が右腕の皮膚は勿論のこと、筋肉、果ては骨まで()()()()()こととなって。

 

(クッソが……! 勝ちを確信したせいで、『未来視(けんぶんしょく)』を怠っちまった……! おれもまだまだだな……!)

 

 ……否、深手どころではなかった。何せ、該当の部分が消失――もとい、「焼失」していたのだから。

 

 ゾッとするような光景だった――あまりの熱によって、溶けてなくなってしまったのだ。直接炎に触れなかった部分もタダでは済まず、「そこ」から肩、そして顔の右半分ほどに酷い火傷を負うことになり――あまりの激痛のせいで、フレイは地面への着地をし損なってしまった。

 

 「着地」どころか、後頭部から叩きつけられるようにして「墜落」した上、そのまま何度か地面をバウンドすることになり――それでも何とか体勢を立て直し、片膝を着きながら、キッ……! と遥か上空の炎龍(カイドウ)を睨みつける豊王(フレイ)

 

 そんな彼に対して当のカイドウはというと、

 

「……ワリィな、『豊拳』……! おでんの時と同じだ……! 別に、今ので殺されてもよかった――『百獣海賊団』の総督、『百獣のカイドウ』としてなら、な……!」

 

 ギロリッ……! と、例の轟炎の中から地上のフレイを()め下ろしつつ、

 

「さっきのオメェの言葉のお陰で、土壇場で気づけた……! どうやらおれは、()()である以前に――おれが思っている以上に! あの『馬鹿息子』の父親(おや)でいてぇらしい……!」

 

 ニヤリ、とした笑みを浮かべた上で――次のように言った。

 

火龍大炬(かえんダイコ)……とでも名付けるか……! オメェのその、小癪な空間に対抗する為に編み出した技だ……! 触れた相手は勿論、ある程度近くにまで寄った相手も焼き尽くす灼熱の鎧! 今、お前自身が嫌でも()()しているように! おれがその小癪な空間に入って「生命力」を吸いつくされるよりも、オメェの(からだ)のほうが()けて無くなるほうが早ェだろう! つまり! 今度は、テメェのほうが近づけなくなる番だが――どうだ!? ()()()()()おれを相手に、もう一度形勢をひっくり返すことができるかぁっ!? もしもそれができねェようなら――諦めろ! そんな軟弱な野郎に、おれの子供(ガキ)()()()()()つもりはねぇっ!!」

「今さら父親面かよ……!? つうか、ひっくり返すも何も――」

 

 顔を歪め、痛みを和らげる為にギリギリと歯を噛み締めながら――それでも、まだまだ戦意が十分の双眸でもって上空のカイドウを見上げながら、フレイは、

 

「――おれが『覚醒』した時点で、形勢はずっとこっち側だっての! 実り豊かな君(フレイ・イン・フロージ)』――『再生の女神(グルヴェイグ)』!!

 

 そんなフレイの叫びと共に、いま一度彼の全身が黄金色に(まばゆ)く発光。

 

 同色のオーラを噴出させたかと思うと、それが即座に火傷を負った部分を覆った上で、欠けた右腕を再構築するかのように寄り集まり――時間にしてほんの2、3秒だった。たったそれだけの時間で、フレイは「焼失」した筈の右腕を取り戻し、更には、火傷ひとつない綺麗な体を取り戻す――もとい、「再生」させることに成功していて。

 

「……っ! ()()()()()までできるのかよ……!」

 

 忌々しそうに呻く上空のカイドウに向けて、フレイは更に、

 

「……子離れができない馬鹿親父と、そいつの娘を貰おうとする馬の骨(おとこ)がすることなんか! どうせいつの時代の、どんな場所でも同じに決まってるよな――だからっ!」

 

 と、そう言いながら、立っていた場所の地面が砕け、その欠片が宙に舞い上がる程の勢いでもって跳躍。全てを焼き溶かす炎の鎧などなんのその、今一度上空のカイドウに肉迫しつつ、再生させた右拳を引き絞った上で、そこを中心に改めて『覇王色』を迸らせながら。

 

 イングナル・フレイは――次のように続けた。

 

「……もう一度だ! カイドウ! どうせ、()()()()()()、『今の状態』は長くは続けられねェだろうから――だから! コレで最後だ! 今! おれが出せる『覇気』のすべてを、この一撃に込めてやる! もしもそれでおれが競り勝った暁には――話ぐらいは聞けよ!? この馬鹿親父っ! 拳骨(ギャラクシー)』――

「何、さりげなく『親父』呼ばわりしてんだクソガキぃっ!? 『降龍』――

 

 

 

 

 

――『衝突(インパクト)』オオォッ!!

――『火焔八卦(かえんはっけ)』!!

 

 

 

 

 

 ……これが、最後。

 

 直後。

 

 惚れた女たちの前でカッコつけたいだけの『豊穣の王(うまのほね)』の黄金拳と。

 

 その内のひとりである娘の父親として、()()()()()()()を張ることに決めた『最強生物(バカおやじ)』の、ズラリと並んだ牙――の形をした炎龍の開かれた口蓋が、互いに()()()()()()衝突。

 

 否――激突し。

 

 天を覆い尽くす程の、幾筋もの稲光(はき)が炸裂。シャボンディ諸島全体の上空を覆いつくし、すべての大地(じゅもく)を震わせる程の轟音と衝撃を生み出すことと相成って。

 

 ……そして。

 

 その果てに、勝ち名乗りを上げたのは――。




「『実り豊かな君(フレイ・イン・フロージ)』――『主神の葬魂場(ヴァルハラ)』」

 ――ではなく、

()()()()――『主神の葬魂場(ヴァルハラ)』」

 と、フレイ君に言わせたいのを終始我慢しながら書いてました。マジで。

 次回でようやく決着です。
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