※この作品はR-18です。

豊穣の王   作:イロゴト柿

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第41話『戦い終えて:上』

 世界をふたつに分断する程に長大な()()()()()()()、通称『赤い土の大陸(レッドライン)』。

 

 その山頂の「中心」には、『世界貴族』――『天竜人』たちの居住区、「聖地」こと『マリージョア』が存在し、その中でも特に豪華で巨大な建築物である『パンゲア城』のとある一室。

 

 そこから、「彼ら」は――『天竜人』の中でも「最高位」の存在、「世界最高権力」とも謳われる5人の賢人(エルダー)こと『五老星』は、()()()()()

 

 ベランダ越しに確認できる外の景色。その遥か遠方にて、「下界(した)」から「天上(ここ)」にまで殴り飛ばされた、カイドウの姿を。

 

 その老体(がいけん)にはそぐわぬ視力でもって、「獣型(せいりゅう)」から元の「人型(すがた)」に戻された――つまりは気絶させられた、敗北者(カイドウ)の姿を。

 

 ギリギリ、「死」には至っていない――というよりは、()()ならないよう「配慮」されたらしいカイドウの身から発せられている、微かな「声」。

 

 それを聞いた5人共が、思わずといった様子で、そうなるまでの過程(たたかい)を映していたスクリーンから目を離した上で、自分たちの肉眼で捉えられる程の高さにまで――標高1万メートル超の高さにまで()()()()()()()カイドウの姿を視認していて。

 

 これを受けた『五老星』の反応はというと、

 

「……やったか、イングナル・フレイ……。有言実行だな」

 

「――とも言い切れんだろう? ガープや『青雉』が味方についていなければ、恐らく『覚醒』さえも果たせなかった筈だ。……命令違反を行ったと言ってもいい、このふたりへの処罰も考えねばならんな? 貴重な戦力であるのと、より社会への危険度が高いカイドウとビッグ・マムの対処を優先させたという建前があるとはいえ……」

 

「それについては後で詰めるとして――今は、イングナル・フレイの今後を検討するべきだ。そこそこの手負いだったビッグ・マムはともかく、カイドウに関して言えば殆ど無傷――万全の奴を一対一で下したと言ってもよい結果なのだ。他の海賊(がいちゅう)たちへの『抑止力』……。『七武海』の称号を授けるには十分だと思うが?」

 

「異論はないが……。『オハラ』の件で生き残った母娘の行動制限だけは、しかと設けねばならんぞ?」

 

「わかっている……。『豊拳』の言葉を信じるならば、その点については当の本人たちも納得済みとのことだ。『歴史の本文(ポーネグリフ)』を解読できる人間ふたりの行動を制限した上で、あれ程の男を『手駒』に加えられるとあれば、そう悪い話でもない」

 

「先ほど、情報部から上がってきた報告についてはどう考える? 『九蛇海賊団』の船員と『豊拳』の女たちが共にいたという情報についてだが……?」

 

「その前には、今回の戦いのそもそもの発端と言ってもよい一件……。『豊拳』がヤリディック聖を殴った理由が、奴隷にされそうになっていた『九蛇海賊団』の船員――3人の小娘たちを助ける為だったのでは? という推測も報告されている」

 

「まあ、状況的には間違いないだろうが……」

 

「連中の故郷……『アマゾン・リリー』の人口減少問題については、近年特に深刻になってきていると聞き及ぶ。……800年前の『初代皇帝』が遺したとされる遺言からも察するに、いずれは今代の『豊穣の王』――イングナル・フレイの捜索に乗り出すことはわかっていたが……」

 

「『恋患い』……だったか? 世間一般で言われるそれとは違う、『対象』となった異性を思うあまり死に至ることもあるという、先天的且つ潜在的な疾患……。改めて口にすると、なんとまあふざけた症状だが……。『豊拳』の身に宿る能力の『前任者』とされる初代皇帝が、当時の国民(おんな)たちに授けたとされる『恩恵』の『副作用』――定期的に『豊王』と交わらなければ、それを本能的に求める()()()()()()心身に悪影響を及ぼし、最悪、死に至ることもあるという……」

 

「それが『遺伝』という形で、今代の国民たちにも受け継がれているという訳か……。その内、『フレバンス』にて発症すると()()()()()()、『珀鉛病(はくえんびょう)』のようなものか……」

 

()()()については、既に使()()()()()時期の目途が立っている為どうでもいいが……。()()()については、場合によっては利用する価値があるかもな……」

 

「……? 『恋患い』を、か……?」

 

「厳密には、その引き金とも言える『初代』の能力――『恩恵』と呼ばれるモノのほうだ」

 

「交わった女の身体能力を底上げし、一部、『奴ら』と同じ能力――例の、黄金のオーラを顕現させ、操ることも可能にさせるという力のことか」

 

「人の理解を超える『悪魔の実』の能力の中でも、更に稀……。他者に――既に別の能力(ちから)を持っている者に対しても追加で能力(ちから)を与えるに等しい、理外の力か……」

 

「まあ、2年前の『オハラ』に対する『バスターコール』に参加した中将たち……。正にその『恩恵』を授かったと思われる、奴の女のひとり――確か、ステューシーという名の『裏切り者』だったか――と相対した連中の報告から察するに、恐らくそれは事実なのだろうが……」

 

「……なるほど、奴に、可能な限りの女海兵や女エージェントといった『雌虫』共を抱かせて、戦力の底上げを計ろうという訳だな?」

 

「悪くない考えだ……。交わった女たちの忠誠心が、総じて『世界政府(われわれ)』からあの男に向くような危険性を無視すれば、だが」

 

「その辺りは検証が必要だな……。800年という時間のせいで、彼奴(きゃつ)の身に宿る『豊穣』の能力(ちから)についても、今となっては詳細が闇に葬られている――不明となっている部分も数多い。『恩恵(ちから)』を授ける代わりに、その心を支配するような作用があったとしても何ら不思議ではないだろう」

 

「確かに不思議ではないが――同時に、仮にそれが事実だったところで問題もないだろう。海軍であれCP(サイファーポール)であれ、雌虫(おんな)の割合は雄虫(おとこ)のそれに比べて遥かに少ない……。仮に、全ての雌虫(おんな)海兵や諜報員があの男についたとしても、残った雄虫(おとこ)共で十分に対処可能な戦力差な上、時が進めば、『ベガバンク』が研究を進めている『例の動力』も使用可能となる……。そうなれば――アレが、『あの方』が期待している通りの動力(しろもの)ならば、だが――こちらの雌虫(おんな)共を取り込んだ『豊拳』を()()できるというだけではない。永く続く()()()()に、ようやく終止符が打てるかもしれん……」

 

「その未来予想は、いささか我々に都合が良過ぎるような気もするが……。まあ、特に『豊拳』に、『世界政府(われわれ)』に対する過度な敵対心がないのは確かだ。奴が望むのは、あくまでも自分が囲っている雌虫(おんな)たちの平穏な日々だからな……」

 

「……とりあえずは、『七武海』にした奴の働き振り――我々に対する献身の程を見極めてからでいいだろう。……大体、1年ほど様子を見て――少なくとも、差し迫った反乱の意思がないようなら、予定通り手頃な雌虫共と『交配』させるということで……どうだ?」

 

「そうだな……。それが堅実だ」

 

「人選はどうする? 少なくとも最初のひとり目については、誰でもいいという訳にはいくまい?」

 

「……『ギオン』、もしくは『ホトトギス』……。いや、確かこのふたりは、数いる『雌虫』の中でも特に優秀な部類だったな……。例の『恩恵』の効果が精神にまで作用する――強制的に忠誠を誓わせるような類のものである可能性を考慮すると、流石に躊躇わざるをえん……。もっと()()()『雌虫』で試すべきだろう」

 

「……確か、『新世界』の『G―16』支部に、最近活きの良い『雌虫』が栄転してきたという話を聞いたな……。確か、『ドール』とかいう……」

 

「とりあえずは、満場一致と思われる議題だけでもサッサと『下』に通達するべきだ……。『豊拳』イングナル・フレイに『七武海』の称号を与え、その恩赦によって、奴が囲っている女たちの(とが)を無効とする――これに異議はないか?」

 

「「「「異議なし」」」」

 

「……まあ、『世界政府(われわれ)』に明確に歯向かわない内は、精々()()()()をさせてやるとしよう。……存分に雌虫(おんな)共を与え、交配させ、繁殖させ、それによって海軍やCP(サイファーポール)などの下部組織の戦力を底上げし……。その結果、もしも手に余ったり、『世界政府(われわれ)』に対する過剰な敵対の意思ありと判明した場合には――」

 

 

 

 

 

「――ゆくゆくは、『例の動力』によって動かせるようになると思われる『あのお方』の『裁き』によって、奴が皇帝を務めることになるに違いない『女ヶ島』ごと、()()()()()()()の話だから、な……」

 

 

  ◆          ◆

 

 

 ――と。

 

 そんな不穏な会話が、上空1万メートル超の『聖地(マリージョア)』にある『パンゲア城』の一室にて行われてから、数十分後の地上。

 

 件の激闘の舞台となったシャボンディ諸島、66番GR(グローブ)の状況はどうなっているのかと言うと、

 

「……おい、『豊拳』。今、センゴクの奴から連絡があったぞ。クズ――もとい、『五老星』の連中が、お前の『七武海』就任を決定したらしい。引き受けるなら、そこの『オハラ』の母娘(おやこ)を含めたお前の女たちの罪を無効にする『恩赦』を与えた上で、今回の騒動の発端にもなった、ヤリディックとかっていうゴミ――んっ、んんっ……! 『天竜人』をブン殴った件をチャラにしてやる、って――まあ、大体そんな感じだ。もし引き受けるなら、後日正式に、就任式の日取りを記した『電書バット』を送るっつってるが――了解って返してもいいよな?」

 

「――っ!! ひゃっ……はいっ! わきゃりました! どうかそれで――ありがとうございましゅっ!」

 

「何、わかりやすくキョドってんだお前……。それよりガープさん、他に連絡はなかったのか? その……おれたちは本来、アンタが今言った『天竜人』への暴行――その下手人である『豊拳(こいつ)』を捕らえに来た立場な訳で……。それをブッチした挙句、ビッグ・マムとカイドウのふたりに気絶させられたコイツが『覚醒』するまで守ったりもしちまった、おれたちへの処罰とかは……?」

 

「ん……? ……あー……確か、数ヶ月の減給だとか降格だとか雑用仕事だとか、何か色々言ってたような……? まあ、気にする必要はねぇだろっ! ぶわっはっはっは!!」

 

「必要ねえ訳ねえだろ!? ……まったく、何言ってんだアンタは――最終的には流されたおれが言うのも何だけどよ……。しっかし……『天竜人』に関する命令を反故にしておきながら、その処罰内容(ツケ)がその程度とは……。センゴクさんやゼファー先生辺りが動いてくれたのか……? それと――確か、ゼファー先生に関しては、ガキの頃の『豊拳(あいつ)』に借りがあるとかって話を、いつか聞いたような……?」

 

「大スクープ……! 大スクープだ! まさか本当に、あのカイドウとビッグ・マムを倒しやがるとは……! んで、この後は、チラッと言ってた例の『同盟』だろ!? しばらくの間――確か20年、だったか――は、無駄な争いはしないでおこう、っていう……。さて、見出しのタイトルはどうするか……!」

 

「ちょっとモルガンズ! 『同盟』なんて書いたら間違いなく、折角の『七武海』内定の話が流れるわ! これからカイドウとビッグ・マムにフレイが持ちかける話については伏せるか――せめて、『休戦協定』という表現(こと)にしなさい! 恐らくそれを結ぶ条件として、ビッグ・マムが、今回の戦いに参加した娘たちの内の何人かを、フレイに嫁がせようとするでしょうけど――それについても慎重な表現を使うこと! 可能ならヤマトの存在についてもね……。もしもこれを反故にするようなら……わかってるわよね?」

 

「わ、わかってる……! そんなマジな目で脅すなって……!」

 

「……? ステューシー? 何の話だ? ビッグ・マムが娘を差し出すとかどうとかって……?」

 

「まあ、見てなさい。私の見立てなら、ビッグ・マムは間違いなくそうするでしょうから……。アレの()()()()()手腕は、現存する海賊の中では一番という説もあるし……。というか――フレイ? 背中にあった『タイヨウ』の焼き印はどうしたの?」

 

「一度、カイドウに全身の殆ど――内も外も――グズグズに焼かれたからなぁ……。その際に当然、焼き印があった背中の皮膚も『焼失』したんだろ。んで、そっから『再生の女神(グルヴェイグ)』で再生させたことで、結果的に何の焼き印(マーク)も押されてない、綺麗な背中に戻れた、っていう。……ざっと20年振りぐらいか……? まあ、結果オーライってヤツだよ。少なくとも惜しいとは思わない」

 

「そう……。まあ、あなたがそれでいいなら……」

 

 ――という、闇に包まれた意識の外側から、そういった台詞の数々を聞き受けたことで、カイドウは「……っ」と急速に意識を覚醒させると、仰向けに地面に横たわっていた体勢から上体だけを起こし――そんな彼に対して、今まですぐ傍で様子を看てくれていたらしい、見知らぬ痩身の大男が次のように言った。

 

「お、おおっ――ゴホッ……! カイドウさん……! よかった……! 目を覚ましたか……!」

「……? お前……?」

 

 覚醒直後の為いまだ意識がハッキリとせず、額に手を当ててフルフルとかぶりを振った後で、カイドウは訝し気に、痩身の男を注視した――まったく見覚えがなかったからだ。

 

 しかし、よく見てみると……逆三角形のサングラスに、いくつものボールを連ねるような形に結った金髪。また、その右手には、自分に代わって回収してくれたらしいカイドウの得物である『八斎戒(はっさいかい)』が握られており――そして、白黒のサロペットを着たこの大男は、もしや……。

 

「……クイーン、か……?」

「ああ、そうだ――ゴホッ! ゴホッ……! あえて痩せないタイプのおれがウッカリ痩せちまって、すぐにはわからなかったか? よかったぜ……! 大事なさそうでよ……! それどころか、()()()()()()()()()()()()()! いくらアンタでも、空島に届くんじゃねえかってくらい――1万メートル近い高さから落ちてくるのを遠目に見た時には、流石にタダじゃ済まねえだろうと肝を冷やした上で、部下を引き連れて慌てて戻って来たが……杞憂だったみたいだな! ムハハハハ――ゴホッ! ゴホッ……!」

「…………っ」

 

 咳き込むクイーンを無視しつつも、カイドウは、己の身体のあちこちをペタペタと触った。

 

 確かに、クイーンが言う通り、骨の一本も折れておらず――どころか、間違いなく各所に見受けられた筈の、内出血を示す青痣も何故か消えていて――カイドウとて、自身の常識外れな頑丈さについては自覚するところではあるが、流石にこれは異常が過ぎる。何か外的な要因によって治されたとしか思えない。

 

 具体的には、何らかの「能力」によって治癒力を促進させられたとかだ。そして、治癒力の促進という表現で真っ先に思い浮かぶのは、

 

「……オメェの仕業か、『豊拳』」

 

 いつの間にか、クイーンのすぐ隣にまでやって来ていたフレイ――相変わらず、例の黄金のオーラによって生成したらしい、乳白色の衣服(キトン)に身を包んだ彼に対して忌々し気な視線を向けながら、カイドウが言った。

 

 そんな総督の言葉によって、遅れながらもフレイの存在に気づいたらしいクイーンが「て、テメェッ!?」と言いながらも、銀髪紅眼の姿に戻っていたフレイに対して、握った右拳を上段に構えたが――それを、カイドウが視線も向けないまま手を上げて制した。クイーンは電流でも流されたかのようにビクッと身体を震わせたかと思うと、すぐさま不承不承といった様子で拳を下ろした上でわずかに後ずさり――そんな彼には一切の興味関心も示さぬまま、フレイは、

 

「……言ったろ? 終わらせるつもりはない、って。……『豊拳衝突(ユングヴィインパクト)』でお前を殴り飛ばした際に拳に纏っていた、例の『黄金の覇王色』――おれの『生命力』がふんだんにブレンドされたソイツを、お前の『体内』に叩き込んだんだ。……お前が意識を失った後に、自動的に『再生の女神(グルヴェイグ)』が発動して体を癒やすように念じた上で、な。……正直、土壇場での思いつきで、実際にその通りになるかはかなり賭けだったが――なんとか、うまくいったみたいでよかった」

「……余計なことをしやがって」

 

 吐き捨てるようにそう言ったカイドウは、現状を把握する為にも、グルリと周囲に視線を巡らせた。

 

 クイーンがいることから大体予想はついていたが、今回の戦いの為に連れてきたはいいものの、フレイの『豊穣の樹(ユグドラシル)』によってミイラ同然の、骨と皮だけのような姿にされた挙句撤退に追い込まれた筈の、自身の情けない部下たちの姿がそこかしこに散見されていて。

 

 大幹部(クイーン)ほどタフではない彼らのこと、全員が立っているのも辛いと言わんばかりに、思い思いの場所で腰を下ろしていたが――否、自分の部下たちだけではない。

 

 カイドウは訝し気に眉をひそめた。フレイからの慈悲に甘える形で共に撤退した筈の、ビッグ・マムの部下たちの姿もあるではないか。ひとり66番GR(ここ)に残ってフレイと戦ってい総督(じぶん)を迎えに来たこちらの手下たちとは違い、フレイの『神避(かむさり)』によってリタイアさせられた船長と共にトンズラしたと思われる『ビッグ・マム海賊団(かれら)』には、わざわざ(フレイ)がいるこの諸島に戻る理由などない筈だが?

 

 そう思ったカイドウは、部下たちと同じように再度66番GR(ここ)に上陸し、自身とほぼ同等の体格(9メートル前後)であるが故に嫌でも目につく姉貴分(ビッグ・マム)に目を留めると――すぐに得心した。

 

 ギリギリのところで意識を保つのがやっとのように見える、グッタリとした様子で座り込んでいるビッグ・マムの背中から、例の『豊穣の樹(ユグドラシル)』が()()()()()()()()。丁度、「寄生元」であるビッグ・マムの身の丈と同じぐらいの長さで――まるで冬虫夏草のようだ、とカイドウは思った。

 

 白目を剥き、わずかに開けた口の端から涎を垂らしつつも、「あ……あぁっ……」というゾンビのような呻き声を上げている彼女の様子はまさしく悲惨のひと言で、一般的な薬の処方や外科手術などでどうにかなるような状態でないことは、火を見るよりも明らかだった。

 

 だからこそビッグ・マムの部下たちは、その「大元」であるフレイに能力を解除して貰う為に、彼女を伴って戻ってきたのだろう、と。

 

「……元々、()()()()()()を作ることが目的のひとつだったからな。アイツにも、『神避(かむさり)』を食らわせた時に布石を打っといたんだ」

 

 カイドウの視線に気づいたらしいフレイがそう言い、それを受けたカイドウが「布石だと……?」と疑問を呈すると、

 

「お前にしたのと一緒だよ。あの時、振り抜いた右足に込めていた『黄金の覇王色』――おれの『豊穣(のうりょく)』のエネルギーを、ビッグ・マムの身体に()()()()()()()()()。おれのほうから任意のタイミングで発症させられる、一種のウイルス兵器みたいなもので――お前との決着をつけた頃に『豊穣の樹(ユグドラシル)』が時間差で発動するよう、強く念じて上で、な。戦う前に言ったように、お前らを『説得』する為には――顔を合わせて話をするには、あのまま『万国(トットランド)』までトンズラされても困るだろ? だからだよ。まあ、あんなミイラ一歩手前の状態から更に『豊穣の樹(ユグドラシル)』なんか発動したら、それが『トドメ』になって話し合いどころじゃなくなるんじゃないか、って肝を冷やしたことは確かだが……流石は、『ビッグ・マム』――お前の姉貴分だ。あんな状態でも、ギリギリのところで命を保ってやがる」

「……やめろ、その『姉貴分』ってのは……。向こうが勝手におれを弟扱いしてるだけだ……」

 

 憎々し気に答えつつも、カイドウは改めて周囲に視線を巡らせた。よくよく見れば、かつて同じように『ロックス海賊団』に所属していたバッキン――のクローンと思われるステューシーに、例の『歴史の本文(ポーネグリフ)』が読める母娘および、確か『日和』という名のおでんの娘と、おでんたちと戦った際にもその姿を見かけたような気がするくのいち(しのぶ)に、ヤマト。

 

 更には大柄な鮫の人魚族といった、フレイが囲っているらしい女たちに、雰囲気から察するに同じく()()だと思われるシャッキーと、久方振りに見るグロリオーサを始めとした、『九蛇海賊団』と思われる女戦士たち――何故彼女らがここにいるのか、カイドウには皆目見当もつかなかったが――トドメとばかりに、元『ロックス海賊団』の「見習い」だった彼にとっては『海賊王(ロジャー)』の次に因縁があるかの男の右腕、『冥王』ことシルバーズ・レイリーの姿もあって。

 

 海賊、海軍、『オハラ』の生き残りと、それを匿っている元賞金稼ぎの賞金首(イングナル・フレイ)。実に混沌とした面子で――しかしながら、誰ひとりとして、現在の空気を暴力によって壊そうとしない、奇妙な状況が出来上がっていた。

 

 そして、その立役者とも言えるイングナル・フレイ。

 

 彼が囲っている女たちの内のひとりである自分の息子(ヤマト)は――きっと、憧れのおでんが所属していた海賊団の船長と、ライバル関係にあったという理由からだろう――何やら、胸の前で両手を握った上でキラキラと目を輝かせながら、ガープに対して何かをしきりに質問しており。

 

 それを受けて、普段の彼らしくもない狼狽えた様子を見せているガープの隣では、手配書とは違って大人の姿となっているニコ・オルビアの娘――確か、ロビンという名前だったか――と対面したクザンが、震える指で彼女を指差しながらあんぐりと口を開けて驚いていた。

 

 少し前、フレイに連れられる形で『鬼ヶ島』を出奔したヤマト――何故か大人の身体を手に入れた彼女を初めて見た時の自分も、恐らくはあんな感じだったのだろうな、と。

 

 カイドウは、まだ若干ぼんやりとしている頭でそう思った――ところで、

 

「……オイッ! 『豊拳』!」

 

 そう遠くない位置から聞こえてきたそんな怒声を耳に受けて、カイドウが、声の主がいると思われる場所に視線を向けてみれば、そこには、例によって痩せ細った身体に成り果てた、ビッグ・マムの息子――の中でも『最高傑作』と言われ、カイドウもその顔と名を認知している『シャーロット・カタクリ』の姿があって。

 

 手に持った三叉槍(確か、『土竜(もぐら)』という名前だったか)の先端の刃を、太陽の光でもってギラリッ……! と不吉に輝かせつつも、彼は、

 

「さっさと、ママの背中から生えてる、あの気色悪い樹を消した上で、可能ならママを元の体型(すがた)に戻しやがれ! さもないと――「なんだよ?」――っ……!」

 

 思わずといった様子で、カタクリが口を噤んだ。彼の台詞を遮ったフレイの全身から、『覇気』とは違う、ヒヤリとした不吉な何かが発散されているのがカイドウにもわかった。

 

 彼を慮っていたクイーンがゴクリと生唾を飲み込んだ上でフレイから一層距離を取り、実際に「それ」を向けられたカタクリの顔――口元をファーによって隠したそこの全体からは、大量の冷や汗が噴き出すことになって。

 

「さもないと――なんだよ?

 

 フレイが反芻した。あくまでも静かな口調だったが、有無を言わさぬ迫力があった。間違いない、とカイドウは思った。自分とビッグ・マムというふたつの『巨星』を下した――否、()()()()ことで、それに見合うだけの「格」が備わりつつある、と。

 

「……っ。おれたちはともかく……! ママがあんな……! 植物人間みたいな状態のままじゃ、『説得』も何もないだろうが……! それじゃあお前も困るだろ……!」

 

 絞り出すような口調でカタクリが言った。()()フレイを前にして、あれだけ物申せるだけでも大したものだ、とカイドウは思った。将来有望だな、と。

 

 対してフレイは、強がっているのが見え見えなカタクリを嘲るかのようにフンッ、と一度鼻を鳴らすと、

 

「強がりやがって……。でもまあ、確かにその通りだな……。再生の女神(グルヴェイグ)――からの、目覚めよ(デリング)

 

 そう言いつつも、フレイがパチンと指を鳴らした直後だった。ビッグ・マムの背から生えた『豊穣の樹(ユグドラシル)』がひと際強い黄金の光を発したかと思うと、まるで、植物が成長する過程を逆戻りさせたかのように、それがみるみる内に彼女の背中――身体の中へと潜り込んでいって。

 

 それと並行して、変化前の面影も見られぬ、ミイラ一歩手前の状態となっていたビッグ・マムの身体が、徐々に元の体型を取り戻していった。

 

 『豊穣の樹(ユグドラシル)』が潜り込んでいった背中を始めとして、胸、腹、臀部、脚部、腕部、首、頭部――と、空気を入れ始めた風船よろしく、徐々に失われた肉と水分を取り戻していって。

 

「……ん? アレ……?」

 

 フレイが素っ頓狂な声を上げ、驚きつつも見守っていた面々も目をパチクリとさせた。カタクリも、カイドウもだ。

 

 結論から言うと、ビッグ・マムは『元の体型(すがた)』には戻らなかった――が、『昔の体型(すがた)』には戻っていた。

 

 具体的には、9メートル近い長身に違わぬ、巨大過ぎる胸と臀部のボリュームは基本そのままに、それ以外の部位は殆どが細く、スラリとした状態に変わっていて。

 

 顔も、見るからにシュッとした輪郭で、絵物語に出てくる悪い魔女のようだった大きくも丸っこかった鼻も、小さく、スッキリとしたそれに変わって――否、戻っていた。

 

 要するにそこには、『ロックス海賊団』に所属していた頃のそれと違わぬ、9メートルという埒外の長身を除けば、出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んだ、男好きのする恵体を備えた、紛うことなき『美女』の姿があった。ミイラのような姿になる前のふくよか過ぎる外見からは想像もつかない、『女』としての隆盛を誇っていた頃のビッグ・マムの姿が。

 

「……『豊拳』? お前、気が変わったのか……?」

 

 何だかんだでかの女傑からの強引過ぎる「求婚」に応えることにしたフレイが、自身の好みに合うように体型の()()()()を「調整」したのでは? と勘繰ったカイドウが、固い口調でそのように問えば、

 

「えっ? あ、いや、ち――違う! おれにもわからねえ……! どうしてこうなったのか……!」

 

 と、先ほどまで、カタクリに見せていた強者然とした態度はどこへやら――思わぬ結果に狼狽える美丈夫の姿がそこにあって。

 

「あなたの能力で『生命力』を吸った時に……ついでに、色々な『悪い物』も吸い取った、ってことなのかしら……? 過剰な脂肪とか……。でも、ある程度……というより、一見太っているように見えて、大部分は筋肉だったと思うけど……。よくわからないわね……?」

 

 いつの間にかフレイのすぐ傍に移動した上で、彼の肩に手を置いたステューシーがそのような推測を述べれば――そうしている間にも、ビッグ・マムが早速「ん……? あ、ああ……?」と、フレイの能力によって目を覚ますことと相成って。

 

 当然のように自身の体型の急激過ぎる変化(シェイプアップ)に気づいたらしい彼女は、「ん~~……?」と、頭上でいくつかの疑問符を(おど)らせながら、しばらくの間は、自身の身体のあちこちに手を当てたり這わせたりしていたかと思うと、

 

「……流石に、少しやつれたか……?」

「「「いややつれたなんてレベルじゃねえだろ!?」」」

 

 フレイ、カイドウ、クイーンのツッコミが綺麗にハモった。奇跡の一幕だった。




 感想欄で何度か示唆してきた伏線をようやく回収できました。まあ察しのいい読者の皆様には普通にバレバレでしたね。以下タイトルボツ案。

 『フレザップ』
 『結果にコミットする……つもりはなかったのに』

 どっちにしようか割とマジで数日ほど悩みましたが、ある日突然「……うん! どっちもないな!」と正気に戻ったので、無難に「戦い終えて:上」としました。次のタイトル末尾が「中」になるか「下」になるかは、まあやはり文章量に依りますね。ただ、これまでに投稿してきた話の文体と文字数を顧みると、ど~も嫌な予感がしてなりません……。しかも、まだプロットさえできていないというね……。

 ……頑張れ! 明日からのおれ(仕事の都合上朝が早いので、今日はもう頑張れねえっス……)!
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