耳穴のエリクシール 作:ミミナナメミミナメミナミメナメ
「先日、王立魔導学院の発表した『両性が女性の耳垢を摂取した場合における魔力の増幅量について』の論文に一部誤りがあったとの速報が入りました。論文においては『女性であれば増幅量は一律である』とされていましたが、サンプルケースを広げた結果、『特に戦闘行為を行っていない、戦闘能力の低い女性であればあるほど増幅量は高いとされ──』」
プチ。
溜め息を吐きながらテレビを消す。ニュースキャスターも、よく大真面目な顔でこんなバカげたニュースを読めるものだと思う。
ニュースの通り、先日王魔院から発表されたこのふざけた研究結果のせいで、私達女性の肩身は狭くなった。というかアウトブレイクした。周囲が。
世界には女性と両性がいる。一万年くらい前には男性なる生物がいたらしいけれど、両性の出現により瞬く間に滅んでしまったらしい。"両"性という呼称はその時の名残であり、今は別の呼び方を定着させようとしている団体もいるとかなんとか。私達には関係のない話だ。
とにかくこの女性と両性は、つい先日まで良好な関係を築いて生きて来た。当然ではある。性別が違うというだけで同じ種族なのだから、良好も何も、と。
ただ、このふざけた発表の日から、何もかもが変わった。
初めは半信半疑に。けれど実践が結果を生んでしまったが最後、対等の関係は崩壊し、狩られる側と狩る側に変貌を遂げたのである。
──無論。
両性たちとて、というかヒトとしての倫理観や法律順守の心は持ち合わせている。
だから誰彼構わず時間問わず女性を拉致って我が物に、なんてことはしないけれど、常日頃から私達に向けられる視線は……まぁ元から獣染みていたとはいえ、完全に捕食者のソレに変貌した。
学校に通っている間も登下校時も、ただのクラスメイトだったはずの彼女たちから涎の滴る幻覚を見せつけられなければならないというのは些か苦痛なところがある。
一応断りを入れておくのならば、この現状を喜んでいる者も少なからずいる。別に「耳垢をこそがれる行為」は苦痛を伴うものではなく、むしろ──やられた者曰く──とても気持ちの良いものだから、嫌がることはないと。
また、魔物や魔族の襲撃を考えれば、両性に強くなってもらうことは国民の至上命題とも言える話。女性が鍛えるより遥かに効率よく強くなれるのだから、これを行わないテはないと、この発表を喜ばしく思っている層がそれなりにいるのである。
だから、アウトブレイクはまぁ言い過ぎた。
それでも、特に私のような身持ちのいない女にとっては恐ろしいまでの「変わり様」であったことだけを認知しておいてほしい。
この発表によって。
"学校一の美人"なんて囃されている両性が、私の恋人になったこと含めて。
Ð
両性、というのは、生物としての生殖器が二つ備わっているのと、高い魔力適性を持っているのが特徴として挙げられる。女性にはないペニスという生殖器は基本秘されるものであるが、可視化される魔力波というのは個人の強さの基準として常に放出されているものであることが多い。
女性にも戦士はいるが、魔導ではなく肉体的な強さを持っているため、こういった場面に遭遇することはない。
どういう場面かって。
「──
「うるせぇよぽっと出の癖に。あたしと芹奈は幼馴染なんだよ! 幼馴染で手ぇ繋ぐことの何がおかしいってんだ!」
片や緑色の魔力波を迸らせ、全身から激怒を評している両性。
片や黄金色の魔力波を静かに滾らせ、凛とした姿勢で相手を見下している両性。
双方の言い分通り、緑が私の幼馴染で、金色が私の恋人である。
「あー。双方抑えてくれないか。青原、別にアナベルとは昔からこんな距離感だ。浮気とか奪おうとしたとか、そういうことじゃ」
「芹奈。君は両性を信用し過ぎた。仮に幼馴染といえど、あの者の目は獲物を狙うハイエナに近い。絶対に"あわよくば"と思って君と手を繋ぐことを持ちかけたぞ」
「そっ……そういうてめぇこそそうだろ! 王魔院の発表があるまで芹奈のことなんか眼中になかったくせに、あの日いきなり告って……芹奈も芹奈だ! あたしという者がありながら、んなあっさり了承しやがって!」
「おいおい私に飛び火するのか。というかアナベル、まさか私に気が合ったのか? 私は単なるゲーム仲間だと認識していたんだが……」
呆れたように問えば──アナベルの魔力波は、一層の激しさを増した。
逆鱗に触れた、と言わんばかりに。
「毎日毎日……あんな思わせぶりな態度取っといて、言うに事を欠いてソレかよ! あたしがどんだけ本能を理性でねじ伏せて来たのかも知らないで、無自覚とかいい加減にしろ!」
「ふむ。それについては同意を返しておこう。芹奈、君の行動はこう……一々クる。反省してくれ。そして、それら行為は私の前以外では金輪際やめてくれ」
「いきなり集中砲火のところに水を差すが、そろそろHRだ。私の行動がどうたらとかは後でちゃんと聞いてやるから、二人とも抑えて、な?」
私の名誉のために言っておくけれど、私はサブカルにも精通しているから、決して無知女のような振る舞いをしているということはない。はずだ。
……両性の視点は知らないから、何かが琴線に触れてしまっている可能性は無きにしも非ずだが。
予鈴が鳴る。
「青原、私やアナベルならともかく、生徒会長の君が遅刻というのは他者に示しがつかないだろう?」
「別に学校のルールなんてどうでもいいことではあるけれど、そうだな。私の素行不良が君のせいだとされてしまっては敵わない。ここは一度大人しく退き下がろう。──だが」
不意に、ぐい、と。
身を抱き寄せられ、彼女の顔が、いや口が、舌が私の耳に──。
「おい」
「ぶゅ」
ギリギリのところで止める。彼女の舌が掌で潰れた。
「そんなに火に油を注ぐのを楽しむのなら、やはり恋人の話は無かったことに、」
「いや! すまない! ふざけ過ぎたことを謝る! さぁ今日も元気に登校しよう!」
「お、おう。アナベルも……っていないし」
学校一の美人であることはまぁ認める。
私以外に対してはそれはもう美麗の二文字が似合う態度を取るし。
ただ私を前にすると、残念美人になるのが……まぁ、最近はちょっと、可愛く思えてきてしまっている自分が憎いのだけど。
Ð
この世には魔物や魔族というのがいる。
一万年に突如現れた種族であり、最たる特徴としては人間を襲い、連れ去る、という……分かりやすく人類の脅威である点だろう。
魔物に捕まればその場で犯し尽くされ、良くて殺され、悪くて苗床だ。
魔族はヒトガタをしている分尚タチが悪い。その場で犯される、連れ帰られて犯される、苗床にされるまでは同じだけど、最悪魔族に作り替えられるとか、魔物に改造されるとか、見た目は変えずに洗脳だけしてもっと大きな被害を齎すとか──それはもう様々。
ただ一方的に略取されるだけが人類ではない。
魔物も魔族も普通に物理攻撃が効くし、魔導も効果覿面だ。
だからこそ両性は戦場に置いて多大なる活躍をしているし、少ないながらも女性の戦士は重宝される。
とはいえ戦いのタの字もわからない私には無縁の話であるし、王魔院のソレがあってからさらにさらにと籠の鳥のように危険地帯から隔離された私達は、もう魔族や魔物の姿を見ることはないだろう。
「とはいえ、魔族学の授業に欠片も興味を示さないのはどうかと思うよ、芹奈」
「対面する奴だけが学んでいればいい授業なのは間違いないだろう」
「市街地に魔族が入り込んで来たらどうするんだ?」
「それは警備兵の職務怠慢だし、仮に目の前に魔族が現れたが最後、私達にはどうすることもできない。抗ったところで何かができるわけでもなし、逃走が成功するはずもなし」
「そうだろうか。芹奈なら持ち前の機転を生かして見事逃走を、なんてことも」
「ないない。お前達両性にはわからないだろうが、女の下限はお前たちが想像している三百倍は下なんだ。上を見れば中堅クラスには行けるやもしれないが、最底辺にいる私では太刀打ちのタの字もないよ」
女性が魔族から単独で逃げ切ったという例は、歴史を見ても一件も存在しない。隣に両性がいたのならばその限りではないが、少なくとも帰還したという報告が上がっていない以上、そういうことなのだろう。
それは戦士である女性でもそうなのだから──まぁ。
「まぁ、安心してほしい。私がいる限り芹奈には指一本触れさせないし、仮に近くに私がいなかったとしても、私の名を呼んでくれたらすぐにでも駆けつける」
「ストーカーここに極まれりだな」
「……そこは普通、私の格好良さにときめくものではないのか?」
既に学校は終わっていて、今はフリータイムだ。
部室──部活動と言える活動をしているかは怪しいが──の和室で横になって漫画を読んでいる私と、その傍らで参考書を読んでいる青原。時折その手が私の背や尻を撫でているのはまぁ許してやっている。恋人となることを了承したのだから、それくらいは許可しなければ蒙昧が過ぎるというものだろう。
「と……ところで、芹奈」
「うん?」
「その……今度の土日、予定は入っているか?」
「いや、特には。なんだ、デートの誘いか?」
「先に言わないでくれ……。そうだよ。友人があるホテルを予約していたのだけど、急な体調不良で行けなくなってしまってね。キャンセル料が高くなってしまうから、どうせなら私達に、と。丁度、二人分……」
「丁度すぎるな」
「ここ、これは本当だぞ! 合わせてなどいない!」
「わかったわかった。今週の土日だな。……一応聞いておくが」
「他意はない! 決して手は出さないと誓う!」
「わかったよ。じゃあ準備しておく」
「やった!」
うん。
可愛い、と思ってしまっている自分がいる。
……いやでも、本当におかしな話ではある。アナベルの言う通りなのだ。
王魔院の発表があるまで私の名前も知らなかっただろう青原が、あの発表の後からそれはもう激しいアプローチを仕掛けてきている。
順当に考えるのなら、やっぱり私の耳垢が狙い。青原は既に学生においては最強に名高い実力を持っているけれど、それはやっぱり学生という範疇ではの話。青原がさらに上を目指すというのなら、両性にとって高い栄養素となり得る私の耳垢を狙うのが当然。
その供給源の確保として、一回きりの使い捨てでなく、私を恋人として依存させてしまうのが最も効率が良い。
けど、こうして私の隣で一喜一憂している青原を見ると……こういう勘繰りが無粋なものに思えてきてしまう。
本心。……見透かせたのならどんなに良いことか。
「室内プール付きだから、水着も持ってきてほしい」
「……本当に他意はない、んだよな?」
「ももも、勿論だとも!」
まぁ。
彼女の狙いが私の耳垢オンリーだとするのならば、身体の心配はする必要ないか。
旅行など久しく行っていないから、羽休めもできそうだし。
果たして。
Ð
それはフラグだった、と。
「芹奈。決して私のそばから離れないように」
「わかっている」
あまりにも物語性のある、あまりにも出来過ぎた展開だ。
まさか旅先のホテル──なぜかラブホテルに近しい雰囲気だった──に魔族が潜んでいて、隙をついて私を攫わんとし──既のことで青原が止めに入って、そのまま戦闘に突入、なんて。
おかげでゆっくりする暇も羽を休める暇もなかった。勿論"他意"をする暇も。
「げっひゃっひゃっひゃ! いや、いやまさか! くっそ下らねえ潜入任務の先で、こんな上玉二人を見つけられるとは、俺様にもようやく運が回って来たってことかぁ!?」
「おや、まさか君は、自身が上位にいるとでも思いこんでいるのかな。ふふふ、それは勘違いだ。なんせ私は──」
まるで大気が地割れを起こしたのではないかと錯覚する。
それほどの魔力波。それほどの闘気。魔力波の色から神々しささえ感じさせる彼女の出で立ちは、ああ、成程──カッコイイ、と思えるもの。
「……三等級、ってところか。ハン、ガキにしちゃすげーよ。だがなぁ!」
魔族。白い日本角の生えた魔族が、黒曜石を思わせる爪で青原に斬りかかる。
青原は青原で魔導剣を練り上げ、それに対応する──が。
「なにっ!?」
「げっひゃっひゃ! 強度が足りねえよ、オジョウチャン!」
魔導剣も、そして彼女の衣服も――否、それに飽き足らず、その白い肌までもをざっくりとやられる青原。
悟る。
無理だ。小物染みた言動をしていても、魔族は魔族。
学生の身で勝てる相手ではない。
「──逃げろ、芹奈!」
「馬鹿が」
「バカがよ、んなことさせるかって……あん?」
奇しくもハモった言葉に魔族が怪訝な表情を浮かべる。
そうだろう。だって彼女を罵倒したのは、他ならぬ逃がされんとした私なのだから。
「先日言ったばかりだろう。女性を舐めるなよ、両性。私の足では青原の足止めで稼げる時間をどれだけ長く見積もった所で逃走可能範囲など知れている。何より恋人を置いて逃げろとは、私にトラウマを背負わせたいのか?」
「おーおー、なんだこの嬢ちゃん。肝が据わってやがる。そんでもってその通りだ、三等級。お前がいくら頑張ったって、お前もこの嬢ちゃんも等しく俺様のモンだよ。諦めな」
「そして、次はお前に言おう。馬鹿が。諦める理由など何もない」
「ア?」
呼吸の浅くなっている青原に近づく。
ふん。これが用意されたシナリオだというのなら、三流も良い所だ。
だがまぁ、そのシナリオに乗ってやるのも一興だろう。それが私のファーストペンギン。踏み出すための勇気の一歩なのだから。
「舐めろ、青原」
「っ! だ、だが」
「よし、やはり馬鹿だな青原。魔族がそう悠長に待ってくれるわけがないだろう。だから」
今でも疑問に思うことではあるけれど。
今でも違和感を覚えまくりではあるけれど。
自分の耳の穴に指を突っ込んで、爪で耳壁をこそいで──それを青原の口に突っ込む。
「!?」
「あー。なんだ、死に際の特殊なプレイか? げっひゃっひゃ、まぁいいぜ、それくらいは許してやる。生物ってのは死に際に生存本能で性欲が上がるモンだからな。なんならそのふたなりチンポをそっちの嬢ちゃんにぶち込んでくれてもいいぜ。敵前で盛る猿を見るのは、中々オツなもんだか、ら?」
魔族が首をかしげる。
おかしい。そう気づいたのだろう。
果たして、自らの身体はこんなにも風通しが良かったか。こんなにも視界が左右に別たれていたか。
「ア──エ──」
「……ここは芹奈に倣って、馬鹿が、と罵っておこう」
「なぁんつって! げっひゃっひゃ、ガッコで習わなかったか!? 魔族ってのは心臓も脳も関係ないんだよ!」
「コアを潰されない限り死なない。だろう?」
「ヒャ?」
縦に割断された魔族。
その表皮の硬さは鋼鉄をも超えていると言われているほどなのに、易々とそれを切り裂いた青原は、さらには神速の突きで魔族のコアを刺し貫いていた。
魔導剣。自らの魔力で編むその武器は、何も一本しか出せないということはない。彼女ほどともなれば、全身の至る所から練り上げることが可能だ。
「断末魔さえ耳障りだ。疾く死ね」
言葉の通り、何かを発する間もなく細切れになる魔族。
ふぅ、と。
青原は一息を吐き──その場にどさ、と座り込んだ。
「……」
「お、おい。そこは『大丈夫か!?』とか言って駆けつけてきてくれるところじゃ」
「いや、傷塞がっているの見えていたし。しかし、成程。世の中の両性が耳垢を欲しがるわけだ。魔力の増幅のみならず、身体能力や自然治癒力まで向上するのか」
「……というより、両性の身体能力や自然治癒力が魔力に依存している、という方が正しいよ。だから魔力が増幅すれば、その二つも比例して上がる」
諦めたようにスクと立ち上がる青原。心内評価点はマイナス一点だ。こういう命の危機に類する場面でふざけたことは減点対象である。
……それと。
「……」
「やめてくれ。そんな……まじまじと見られると、余計にガチガチになってしまう」
それ。
だからまぁ、両性特有の生殖器、ペニス。両根とも言われるソレが、私の腕と同じくらいの太さで、私の下膊と同じくらいの長さで──屹立していた。衣服の前を切り裂かれてしまっているから、亀頭部分含む上部が見えてしまっているのだ。
呼気が荒い。
魔族学の授業は真面目に受けていないけれど、その他の身を守るための知識は──特に両性から身を守るための知識はそれなりに持っている。
だから、知っている。
この状態になってしまった両性は、どうにかして発散をしないと、いずれは手当たり次第に女性を襲うようになる、と。
「た、多分、芹奈の耳垢を舐めたから……いつもより張りが強くて、苦しい」
「……それで。私に何をさせる気だ」
「なにか、してくれるのか?」
希望に満ち溢れた、パァっと花開くような表情の青原。
ふむ。
そう一呼吸おいて。
「見ていてやろう」
「……それは、どういう」
「だから、お前がソレを自ら扱き、発散する様を見ていてやる。別に自身で処理できるんだろ? 両性の性欲発散において、必ずしも女性に挿入しなければならない──なんてことはなかったはずだ。だから、見ていてやる」
「まさかとは思うが、そういう言動を今まで他の娘たちに取っていたりはしないだろうな……?」
「別に、ただの性欲発散だろう。私には幼馴染が幾人かいるが、皆両性だ。だからその辛さや生理現象はわかってやれているつもりだ。アナベルのなんかは幾度となく見ているしな」
「ああ……すまない、アナベルさん。私は君に同情するよ……」
それじゃ。
「部屋に戻ろう、青原。そこでじっくり見ていてやる」
「あ、ああ。……なんだかすごい子を恋人にしてしまったのかもしれない……」
私のことをロクに調べもせずに告白してくるからそうなるんだ。
自業自得だよ。