朝のHR前の教室に、よく通る大きな声が響く。
「おっはよー!思ったより朝早いんだねー!」
それは、席に着いている俺に話しかけてきた、
姦しさで言えば、
エネルギッシュな、活力に満ち溢れた振る舞いに気後れしつつ、視線を声の主のそれに合わせる。
「……あれ
今朝は
「いや、そりゃ別に四六時中一緒に居るわけじゃねえし。
って、ああ、ええと――?」
そうして、挨拶を返そうとして、初めて相手が誰であるかを認識した。
そこそこ、見覚えはある顔だった。
確か、高校に上がってからの鈴音の友達で、割とよく話していた
その声の大きさ故か、教室の端からでも二人の会話の内容がこちらにまで届いてくる事はざらだった。
「へー、ここんとこいつも一緒にいたのに、珍しいねー!」
リボンで纏めたミディアムのポニーテールの先端を弄りながら、目の前の彼女はけらけらと笑う。
名前は……すぐに出て来ない。
性格ゆえか、向こうは気安く接しては来るが、別に俺個人とそこまで仲がいい訳じゃないからな。
みず、みず……何だっけ?
記憶の奥底から、情報を引きずり出すきっかけを求めて、目の前の
野生動物を思わせる、凛とした強気さが滲み出る整った顔立ち。
うっすらと褐色に焼けた肌。
胸部のサイズもさることながら、運動部だけあって、スカートから覗く足はすらりとして引き締まっており、何というか、色々と目に毒だ。
……いやどこを見ているんだ俺は。
兎にも角にも、中々目の前の彼女の名前が思い出せず、言い淀んでいたところ、
「ん?……三村君ひょっとしてあたしの名前、また忘れた?
うわーひっでーの。あのね――」
と、目の前の彼女が眉間に皺を寄せ、呆れたように大仰に嘆いて、何かを言いかけた丁度次の瞬間。
がらり、と教室のドアを開けて入ってきたのは、恐らくこのクラスで俺と最もなじみの深い顔だ。
肩まで伸びた艶やかな黒髪のセミロングと、ぱっちりとした愛らしい瞳を備えた少女へ、教室にいる
「ごめん、みーくん。
呼び止めてきた先生の話長くってさ。
さっき、やぁっと終わったよー……」
自らに注がれる
ぎちぎちと、紺のブレザーの制服に閉じ込められた大きさの
なぐさめてー、と足早に、こちらに駆け寄ってきた、が。
「……って、ミズちゃんだ。おはよ!」
途中で、目の前のミズちゃん(仮)に気付くといつも通り、片手を上げていつもの気安い快活な調子での挨拶。
「あーやっと来た、おっはよー鈴音!
ちょっと
そして、それに大きな手を振って、先程と同じくキンキンと響く声で返すミズちゃん(仮)。
高く澄んだ声ではあるが……こうも身近で、でかい声を出されると、少しばかりやかましく感じでしまう。
というか、そのまま目の前で、笑って話し始める二人を眺め、さっきの倍は五月蠅くなったな、とげんなりしていたところ、
「三村君……そろそろ、同じクラスに……
なった
囁くような、途切れ途切れの調子でありながら、不思議と耳に残る声がした方向に、振り返る。
いつ近寄ってきていたのか……
俺の隣に、小動物を思わせる、物静かな雰囲気の表情のない少女がそこにいた。
「いや、すぐに出て来なかっただけだしよ。
顔は覚えてたんだがなあ……」
こちらも先の幼馴染に次いで馴染みの深い、見覚えがある顔だ。
鈴音と共通の、中学時代からの
――
「砂村。えーと……さっきぶりか?」
砂村とは校門の辺りでばったり出くわしたのが、本日最初の顔合わせだ。
その後は、鈴音と一緒に、
彼女は、ん、頷いてから、心なしか咎めるような調子で続けてきた。
「そういえば……私の時も、そう……だった。
三村君……中々、名前……覚えて、くれなくて」
「……いや中学の時の話だろ、それ」
砂村は、ショートの黒髪を僅かに揺らしつつ、首を傾げて詰めて来る。
大人しくしていれば、その容貌は人形の様に可憐で、こういった仕草も可愛らしい。
「じゃあ……あの娘の……名前、だけど。
今……言える?
『また』、って言ってたし……少なくても……一回は、忘れてる」
砂村の表情は相変わらず動きが無いままだが、心なしか、視線が冷たい様にも感じるのは気のせいだろうか。
問われて――俺はうっ、と言葉に詰まる。
みず、までは出てきたのだがそれ以降が思い出せない。
鈴音の呼んだ綽名からして、方向性は間違ってはいないと思うのだが……
「
み・む・ら・み・ち・ゆ・き・君!」
「あはは……ミズちゃん、みーくんってちょっと天然なとこあるからさ。
それ以上は勘弁してあげて」
「ん、三村君は……前に同じ」
話が一段落したのか、こちらの会話に割って入ってきた――水守と鈴音。
更には二人へ追従する砂村。
水守の言葉の調子はふざけ半分ではあるが、幾らか嫌味も籠っていたように思うのは、被害妄想がすぎるだろうか。
流石に次は忘れないようにしよう、とも思いつつ――時計を見て、切り上げ時かと、話を打ち切る事にする。
「誰が天然だ誰が。
ってか……そろそろ時間じゃねえか?ほら、先生来るぞ」
「げ、うわマジ?」
「はーい♪」
「……ん」
三者三様の
教室内を見渡せば、他の
ほどなくして、担任の教師がやってきて、朝のHRが始まった。
今日も特に何事もないように始まる、いつも通りの日常。
けれど俺は、その裏側に、
というか、他でもない俺自身が、
それが最終的にどのような形に落ち着くのかは、まだ、わからなかった。