今回は少し特殊な立ち位置の方です。
そして、今回はそういう描写はありませんのでご容赦ください。
『ときのそら』の友人は数多い。後輩もたくさん増えて、ますます大きくなっていくホロライブだが、『彼女の1番の親友』といえば、皆が口を揃えて挙げるだろう存在。それがえーちゃんこと『友人A』である。そもそもそらをプロジェクトとして売り込んだのも彼女であり、まだ事務所が小さかった頃から公式番組の司会やプロデュースとして参加、徐々に明らかになった多才かつ意外な能力、ホロメンに負けず劣らずの変な一面もあり、アイドルとしてデビューしないかという声すら上がることも多々あった。しかし、彼女は一貫して裏方としての自分を大切にしており、ファンもそんな彼女の事をまた応援している。
そんな彼女だが、とにかく仕事が膨大なことでも知られる。表に出るもの出ないものを含めて彼女が抱えている物の数はもはや幾つなのか想像もつかず、徹夜や残業のことをネタとして出すこともあるが、恐らく事実も多分に含まれているだろう。後に新人が後輩としてついたが、それでもまだまだ人手不足解消には程遠い。
「……それでこのダウンですか」
「言わないでよ……、取り繕うのも限界なんだから」
「お疲れ様ですとしか言えませんよ」
合鍵を渡している彼女が、用件もなしに『今から行きます』と連絡してきたのが10分前。駅からの距離を考えると恐らく既に向かっていたのだろうという事は想像に難くない。靴も脱ぎ捨て、真っ直ぐソファに座っていた彼の膝に飛び込んできた。
「とりあえず、食べますか?それともお風呂?」
「何かあるの?」
「有り合わせの野菜炒めとご飯、インスタントの味噌汁くらいですが」
「なら先にご飯……」
彼に抱えられて起き上がり、そのままソファに座って待っている間に、目の前に並べられる料理。疲れでぼーっとしていた彼女だが、それを見てお腹が反応するのを感じた。
「……手作りなんて久しぶりだ」
「どうぞ、お風呂用意しておきますからゆっくり食べててください」
手を合わせてからモソモソと食べ始めるAを見て、彼は一安心すると浴室へと消えていった。
「……美味しい」
疲れきっていたとはいえ、まだ味覚が死んでいなかった事に感謝しつつ、手が止まらない彼女。ペースが上がってモリモリと消えていく料理。
「おお、食べきるとは」
「ごちそうさま。ホントに美味しかった」
彼が浴槽掃除から帰ってきたら、綺麗に食べきった姿があった。
「結構多めに作ったんですけどね」
「私も吃驚してる」
そう言って笑うA。
「それだけ体が飢えてたんでしょうね」
「出来合いじゃなくて温かったから、余計に手が進んだんだと思うわ」
「それなら作った甲斐がありました」
座ってていいと手で止められたので、彼が食器を下げて洗う姿をぼーっと見守る彼女。
「……どうしました?」
「ん?ああ、なんでもないよ」
視線を感じた彼が問うも、首を振るA。
彼はその様子に首を傾げつつ、とりあえず目の前の食器を洗い終えると、彼女の横へ座った。
「……ねえ、ちょっとだけワガママ言ってもいい?」
「珍しいですね?叶えられることなら」
彼の腕にそっともたれ掛かっていたAが遠慮がちに聞くと、彼は少し驚いたように返した。
「笑わない?」
「ええ。驚くかもしれませんが、笑いはしませんよ」
「……身体、お風呂で洗ってほしいなって」
「私に?」
「……うん。なんか、気だるさもあって甘えたいなって」
「おお……。分かりました」
彼は同意すると、彼女を抱き抱えて脱衣所へ。
「服はどうします?」
「自分で脱ぐわ」
「分かりました、籠に適当に入れておいてください。少し準備してからいきますから」
なにやら棚をごそごそと漁る彼を尻目に、Aは言われた通りに服を置くと、洗い場にペタンと座り込んだ。
「……」
目の前にある鏡には、目が少し死んでいる自分の顔。そしてネタとしてよく弄られる凹凸の少ない全裸の身体。
「……可愛くないなあ」
思わず呟く。彼の家に来てるのにこんなに疲れはてているのか、ふと考えてしまい泣きたくなってしまった。
「……大丈夫ですか?」
あまりにも陰鬱な雰囲気を漂わせているので、短パンタイプの水着を着て入ってきたはいいものの、思わず心配になる彼。
「ごめん、力が抜けたらどっと疲れちゃって」
「いつもご苦労様です。折角なら横になりますか?」
「んー?」
彼の方へ目を向けると、マットのような物を広げていた。
「なにそれ?」
「前にAさんが『これ使ってみたい!』ってネットでポチってた物ですよ、覚えてません?」
「……私が?」
「あの時も少し妙なテンションではありましたけど」
「……ごめん、覚えてない」
首を横に振るA。
ちなみに、彼女は割と大人なネタも話せるタイプの女性だが、好みの中にリンパマッサージものがあるのは有名である。彼もそれは知っているが、今の彼女の様子を見て詳しく語るのは控えた。
「まあ、あるものなら折角なので利用しようかと。床に直接だと身体痛めちゃいますから。先に身体洗ったら、少しほぐしますよ」
「うん、お願い……」
ノロノロと椅子に座り、背後の彼に寄りかかるA。
彼も優しく受け止めると、彼女の身体を洗い始めるのだった。
「……人に洗ってもらうってなんか新鮮ね」
「昔の王族とかならありそうですけど」
「ふふっ、苦しゅうないとでも言えばいいかしら」
「ははーっ」
気持ちよさと安心感から蕩けた顔をしているA。
「お湯、流しますよ?」
「うん」
ざばーっとかけられ、汗や汚れが泡と共に流れ落ちるような感覚があった。されるがままに彼に身を任せているA。
「なんというか、すごく張ってるのは分かります」
「これでも身体緩んでるんだけどなあ……」
一通り流したあと、彼の持ち込んだマットにうつぶせて横になるAを、優しく揉んでいる彼の言葉。
「……なんか思い出したわ。これ、元々の使うのは逆じゃないっけ?」
「まあいいんじゃないでしょうか?お風呂屋って設定という意味なら間違ってはないですから」
身体がほぐれてきて頭が少し回ったのか、マットをツンツンとつついて言うAに苦笑する彼。
「私の好きなマッサージって、こういう本格的なものではないはず……」
呟くAだが、彼の手が自身の疲れを癒してくれているのは事実。浴室の程よい温かさと、血の巡りが良くなったことによる体温上昇により、親友にも見せたことの無い脱力しきった顔でのびていた。時折際どい部分に手が触れていることもあったが、彼相手に今さら遠慮するような仲ではないので全然気にしていなかった。
「……あんまりやりすぎると、揉み返しが怖いので、一旦この辺で。明日は御休みですか?」
「うん。緊急用件がない限りは」
「なら、また明日起きたら少し弛めますから。とりあえず湯船入れますか?」
「大丈夫、ありがとう」
そっと背中を撫でていた彼の手が離れたのを感じて、少し寂しさを覚えるも、彼の言うとおりに湯船に入ってぷかぷかと浮かぶ。
「先に出てますから、何かあれば呼んでくださいね」
「うん、何から何までありがとう」
にっこり笑うと、彼はマットを担いで出ていった。
「……極楽って案外近くにあるんだなあ」
Aはそう呟くと、身体をしっかり温めるために身体を湯に沈めるのだった。
「……さっぱりしたわ」
「それはよかったです」
彼の家に置いておいた着替えがいつの間にか準備されていたので、それを着て部屋に戻れば、小さなカップに入れられたホットココアが置かれていた。
「……ありがとう」
「今日はもう寝るだけですよね。ノンカフェインにしておきました。といっても最近は暑いことも増えてきているので、ぬるめですけど」
「嬉しい。ホッとするわ」
量も適量で、喉の渇きがちょうど癒される。あまりにも完璧すぎて、申し訳なさも薄れる程だった。
「お布団どうしますか?狭いようなら僕はソファで寝ようかと思ってましたが」
「……隣にいてほしい。折角来たのに1人で寝るのは寂しいよ」
「分かりました」
飲み終えたカップを下げて、彼の手を握ると、優しく引かれて寝室へ。
「……今日はごめんね。ホントに急に来た上にお世話になりっぱなしで」
「気にしないでください。むしろ、疲れ果てた時に頼っていいと思ってもらえていることが分かったので、十分幸せですよ」
先に横たわったAが、隣にすっと入ってきた彼に抱きついて謝ったが、彼はむしろ嬉しそうに笑った。
「……明日は、だらけてもいいのかな」
「御休みなんですから、むしろ気合いを入れてだらけましょう」
「だらけるのに気合いって必要だったかな……」
彼の言い方にクスリと笑う。
「貴方もお休み?」
「少し片付けることがありますけど、家で出来ることなので、ここにいますよ」
「……なら、明日は」
そういうと、少しだけ身体を起こして彼の首元にキスをするA。
「……こういうこと、してもいいのかしら」
「……Aさんが元気なら」
「……期待してた?」
「……少しだけ。でも、ゆっくりしてほしいという方が大きかったです」
「私の身体なんかで喜んでくれるのは貴方くらいだと思うけど……、でも、そう言ってくれて嬉しい」
少し顔を赤くしたAが、彼の肩口に顔を埋めると、その手を彼はぎゅっと握った。
「明日のことは、起きてからで。まずは、身体を休めてください」
「……うん、ありがとう」
彼女もそっと手を握り返すと、そのまま目を閉じた。
「……おやすみなさい」
すぐに寝息をたてるA。その顔は本当に安心しきって幸せそうであった。