「……それで?これは何?」
「ご、誤解だっ!俺のじゃないって!」
冷たい女性の声と、慌てる男性の声が響く。
3Dのお仕事のために来日し、ウキウキ気分で交際中の彼の家へと訪れたのは、オーストリア在住の不死鳥であるホロライブEN1期生の『小鳥遊キアラ』。宿泊用の荷物を受け取った彼に連れられて家へと上がり、彼が飲み物を用意している間に部屋を眺めていたキアラ。
「あら、ジャケット置きっぱなし?」
「あ、ごめん。昨日の夜遅かったから、脱いでそのまま寝てしまった気がする」
「大変ね。とりあえずクローゼットに掛けておくわ」
「ありがとう。適当にぶら下がってるの使って」
ソファに掛けられた彼のジャケットに気づき、折角だからとハンガーに掛けてあげようとしたキアラ。
「……ん?」
その時、胸の辺りに硬い感触を感じた彼女が取り出そうとした所で、冒頭である。
「……なるほど。クラブ『ブルーバード』ねぇ。ここ、キャバクラって言うんでしょ?ちゃんと知ってるわ」
「そ、そうだけど!」
「まあ?私普段はオーストリアにいるし、貴方も男だもん。溜まるものもあるわよね。……私はちゃんと我慢してたんだけど」
「ま、待って!ホントに違うから!」
ジトーっとした目を彼に向けているキアラ。口調も棒読みなのが彼の恐怖を煽っている。
「だって、こういうお店ってお持ち帰りが付き物なんでしょう?私勉強したわよ?」
「微妙に偏っている上に、間違ってるとも言い切れないけど、俺は違うから!」
「まぁ私達はその辺あんまり気にしないけど、貴方はそういうの潔癖かと思ってたんだけど?」
ちなみに、オーストリアという国は世界的に見ても、1人の性の経験人数がトップクラスに多い国で、非常に奔放なお国柄といえる。付き合う前に身体の相性を試してみるのは当たり前、それどころかワンナイトもコミュニケーションと捉えており平気で行われる。ちなみに結婚後も性交渉は積極的であり、セックスレスがそのまま離婚沙汰に繋がるとまで言われていたりする。キアラ自身はそうではないものの、気にしないと言えるのは周りの環境故である。
「あの、せめて話を聞いていただけませんか……」
「Hum……,all right. 弁解があるのかしら?」
彼の敬語による必死の懇願に、組んでいた腕を解いて話を聞く姿勢になるキアラ。ちなみに日本語ペラペラな彼女は彼との普段の会話も日本語がメインだが、感情が高ぶったときなどは英語が漏れることもある。
「その店は、上司の行きつけなんです。だいぶ入れ込んでる嬢がいるらしくて」
「……続けて?」
「何を話したかは知らないけど、突然俺達職場の人間を連れて行くって言いだして。俺みたいな彼女持ちどころか、結婚してて奥さん居る人とかもいるから、断ろうとしたんだ」
「それで?」
「何をどうやったか、その場に社長まで連れて行くってなったから、扱いがただの飲み会から完全に接待になっちゃって、断りきれなかったんです……」
彼は苦々しい表情でそう語った。
「その名刺は、俺含む断った組が居た席についてくれてた新人嬢が固定客欲しさにみんなに配ったものです。特定個人を狙ったものとかでもないし、そもそも俺は丁寧に断ったから、誰かが後で要らないって勝手に渡してきたものだと思います」
「……つまり、お持ち帰りもしてないと?」
「そもそもいわゆるアフターって簡単じゃないから……。ホントに太客の、さらにお金を落としてる人じゃないと無理だから、来店初日の俺がいきなり出来るような事ではないです……」
「ふーん……」
名刺を眺めながら考え込むキアラ。
「正直、昨日は酔ってたしその辺ちゃんと管理してなかったのは悪かったです。でも、ホントに何もなかったのは信じてください……」
頭を下げる彼を見て、しばらく黙っていたキアラ。だが、
「……プフッ」
堪えきれない様子で吹き出した。
「……キアラ?」
「アッハッハッ!ホント、貴方はこういう所が可愛いわね!」
名刺をそっとテーブルに置くと、そのまま彼の持ってきたコーヒーに口をつけた。
「心配しなくても何も疑ってないわ。私からナンパした時にあれだけキョドってた人が、そんな事するはずないじゃない」
「な、懐かしい事言うね……」
キアラの様子に少しだけホッとした彼も、彼女の向かい側に座った。
「会社の付き合いって面倒よね。断れない事も多そうだし」
「う、うん。ホントに嫌だったから結構頑張ったんだけどね」
「そもそも貴方、クラブとかホールとか好きじゃなさそうだもんね」
思い出したくもないというような彼を見て、クスクスと笑うキアラ。
「でも夜遅くまで飲んでたってことは、案外楽しかったのかしら?」
「断った組が同じ席だったから、愚痴言ってるのは楽しかったよ。上司達は酔っ払ってて聞こえてないだろうし」
「女の子達は?」
「まあ綺麗ではあったし、基本的に全肯定だから話すのは楽だけどね。でも、俺にはキアラが居るから」
「あらそう?嬉しいわ」
彼の言葉に嬉しそうに微笑む。
「まあでも、こういうのはちゃんと管理しなきゃダメよ?私が気にしないのは本当だし、貴方がそんな事しないし出来ないってことも信じてたけど、それでも変に疑われたくないでしょ?」
「はい、肝に銘じます。ホントにすみませんでした」
「ふふっ、許します」
名刺をツンツンと指さしているキアラは、彼が再び頭を下げたのを笑って受け入れた。
「んー、でもお詫びに今日は美味しいご飯が食べたいかしらね!」
「今日はハンバーグ作る予定だよ。パンもあるし、ハンバーガーにも出来るようにするから」
「Amazing!貴方ってやっぱり素敵よ!」
喜びの声を上げるキアラに彼もようやく笑うと、すっと立ち上がった。
「そろそろ支度始めるから、ゆっくりしてて。シャワーとかも使っていいから」
「んー、折角なら作るの手伝うわ。その後一緒にシャワー浴びましょ?」
「一緒に?」
「さっき言ったでしょ?『私はちゃんと我慢してる』って」
キアラは少しだけ意味深に笑うと、彼の側に寄り添ってすすーっと彼の体を撫でた。
「ハンバーグもいいけれど……、目の前に1番のご馳走が置いてあったら、すぐに食べたくなるじゃない?」
「……そりゃ、俺もキアラに久しぶりに会えたし、滾ってはいるけど」
「フフッ、暫くはこっちに居るし、楽しみましょうね♡」
美貌を僅かに上気させて笑うキアラだった。