蒼い海がどこまでも広がる水平線を背に、木製の小さな船は帆を風になびかせながら進んでいた。東方を目指す旅は幾日も続き、時折襲い来る嵐や危険種との戦いを乗り越えながら、ギラとアカメの足跡は一歩ずつ未来へと刻まれていく。
その日も、夕刻が近づくころ――海中から這い上がってきた甲殻類の危険種が船に迫った。黒曜の甲羅は硬く、触手は不規則に伸びてくる。ギラは剣を携え、立ち向かう。
「……これで終わりだよ」
軽やかな斬撃が水しぶきを上げ、危険種は静かに沈んでいった。ギラの呼吸は穏やかで、澄んだ瞳にはいつもの優しさが宿る。
その背後から、アカメが近づいた。無言で立つ姿にはいつもの静けさがあったが、赤い瞳が夕陽を受けて淡く光っている。
「……葬った。次は、料理」
アカメの短い言葉は無骨だが、そこにあるのは確かな安心感だった。ギラは微笑みを浮かべ、手早く食材の処理を始める。
海風に漂う塩の香りと、甲殻類の甘い匂い。甲板の上で火を焚き、2人は無言のまま調理に取りかかった。
「シェーレやナジェンダ、みんな――元気にしてると思う?」
弱火の上で身をほぐしながら、アカメがぽつりと呟く。
「もちろんさ。あの連中が、じっとしてるはずないだろう? 戦いが終わっても、いつものように笑ってると思うよ」
ギラはクルリと振り返り、静かに言った。
想い出がゆらりと胸に漂う。
「シェーレは子供たちを守ることに忙しいだろうな。笑顔をつくって――でも時々、ふと寂しそうな顔をするかもしれない」
アカメは視線を遠くへ泳がせる。
黒髪が風に揺れ、瞳が海面の煌めきを映す。
「……ナジェンダは、あの無邪気さのまま変わらない。子供たちにからかわれて怒鳴ってるかもしれない」
ギラはくすりと笑った。その声は優しく、夜の波音に溶けていく。
「そして、僕の故郷の子供たちは――まだ『邪悪の王』ごっこを僕にせがんでくるだろうね。どこに行っても、子供たちは変わらないものなんだ」
アカメの表情が、わずかに和らいだ。
「……ギラは、本当に子供が好きだな」
「……好きだよ。だって、笑う顔は誰よりも素直だから」
二人の間に静かな時間が流れ、夕陽が海面を茜色へと染めていく。調理した食事は味噌の香りと共に、優しい温もりを漂わせている。
やがて、食事を終えた甲板で、ギラはそっとアカメに近づいた。
アカメは何も言わず、ただその近さを受け入れる。
「……あったかい」
アカメの声は、柔らかく震えた。
「君も、いつもあったかいよ」
ギラの腕がゆっくりとアカメを包み込む。強く抱きしめるのではなく、そっと寄り添うように。無言のその抱擁は、言葉以上の意味を持っていた。
アカメの肩がわずかに緩み、瞳の奥に優しい色が差す。
波音が寄せては返し、夜の帳が静かに降りていく。
翌朝。淡い光が海を白く照らし、水平線の先に大陸の影が見えた。ギラとアカメは並んで立ち、その稜線を静かに見つめている。
「……もうすぐだね。答えが、そこにある」
アカメの声は穏やかだった。旅路の重さと希望が、混ざり合っていた。
「うん。みんなにまた会える。笑って……過去を語り合える日が来る」
ギラの瞳は、未来を見据えていた。
アカメは微かに笑みを浮かべる。
「……葬るだけじゃなく、守るものもある」
彼女の言葉は、冷静で、しかし確かな決意を含んでいた。
二人の足元に波が寄せ、珊瑚色の光が揺れる。
――過去も未来も、海のように深く、広く。
そして、共に歩むという約束だけが、確かな道標となっていた。
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