※この作品はR-18です。

【書籍化】大司教の権力を悪用して純真無垢な聖女とセックスしたら、毎晩イチャラブご奉仕されるようになった話   作:月見ハク

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第19話 初めての嘘

 俺は部屋のベッドに腰掛けて、目を閉じていた。

 

 遠視の術を発動し、マイの姿をまぶたの裏に映す。

 彼女はベッドの上に正座して胸の前で両手を握っていた。

 

 魔法の修練だ。

 

 治癒魔法だろうか。それとも新しく覚えた浄化や催眠、もしかしたら麻痺の術を練習しているのかもしれない。

 いずれにせよ。

 

「……罰を上乗せしないとな」

 

 独り言をつぶやく。

 

 マイには、王都に戻るまで魔力の無駄遣いをしないよう言ってある。

 この帰路で万一のことがあるかもしれないからだ。

 

「こちらから呼びに行くか」

 

 俺も彼女も、村の娘が運んできた毒見済みの夕食はすでに取っている。

 後は明日に備えて体を休めるだけだ。

 

 まだ寝るには早い時間だが、修練を中断させ、俺の部屋に連れて来よう。

 マイはまだ体も清めていないようだが、こちらの部屋でさせればいい。

 

 目の前で恥ずかしそうに体を洗う彼女を想像する。

 

 股間を滾らせながら立ち上がると、まぶたの裏の映像がグラリと揺れた。

 

「なんだ……?」

 

 目を開けると、部屋がグニャリを歪んだ。

 足がふらつき、頭がぼうっとしてくる。

 

「やられたな」

 

 食事に毒を盛られたらしい。

 この症状は、睡眠作用のある薬か。

 

 いよいよ倒れそうになり、俺はベッドに体を傾けた。

 ボスンと全身がシーツに埋まる。

 

 想定の範囲内だ。

 

 想定の中でもかなり最悪な部類だが。

 

 こうなっては仕方がない。

 

(……マイ、頼んだぞ)

 

 俺は壁の向こうにいる彼女に祈ると、強制的な睡眠に沈んでいった。

 

 

***

 

 

「――さま、……て、くだ――」

 

 マイの声がする。

 

「……治癒を、……ましたから」

 

 体が軽くなり、意識が浮上していく。

 

 パッとまぶたを開けると、目の前に息をのむほどの美少女の顔があった。

 仰向けになった俺を心配そうに覗きこんでいる。長い黒髪が頬に当たってくすぐったい。

 

「相変わらず、マイは寝起きがいいな」

 

「大司教さまの修練のおかげです」

 

 マイが安堵したように、ふんわりと微笑んだ。

 

「どのくらい経った?」

 

「効き始めに気づいて、すぐにこの部屋に来たので……ほとんど時間は経っていないと思います」

 

「上出来だ」

 

 俺はゆっくり体を起こし、彼女の黒髪をポンポンと撫でた。

 

 聖女は毒を克服できる。

 

 厳密に言えば、彼女たちは一度取り込んだ毒を分解し、治癒魔法に組み込むことができれば同じ毒は二度と効かなくすることができる。

 

 教会では、聖女見習いに睡眠薬や痺れ薬、闇市で売っている媚薬を聖女見習いに飲ませ、手籠めにする司教が多くいた。ゴーゼ司教を筆頭に。

 

 だから俺はそういった薬を片っ端から仕入れ、幼い頃からマイに飲ませ続けてきた。

 

 執務室に呼び、薄めた薬を飲ませて体内で分解させ、治癒魔法に組み込ませる。

 そういう修練を繰り返したのだ。

 

 当初はよくソファーでうたた寝してしまったが、聖女になる頃にはそうした薬のほとんどは効かなくなっていた。

 

 すべてはマイを守るためだ。

 

「大司教さまの薬も治癒魔法で分解しましたが、体の調子はどうですか?」

 

「ああ、さっきよりもいい」

 

「よかったです」

 

 ほっと胸を撫で下ろす彼女をもう一度撫でながら、俺は部屋の中に防護魔法を展開した。

 

「おそらく襲撃だ。マイ、警戒しなさい」

 

「は、はい」

 

 彼女が両手を握り、魔力を練り始める。

 

 襲撃者が部屋に侵入する前に起きることができてよかった。

 防護魔法を展開したから、もう何人たりとも部屋に入れないし、宿に攻撃魔法を撃ち込まれても問題ない。

 

 ドタドタと、廊下を走ってくる足音がした。静かな宿内に木床を蹴る音が響く。

 音の感じからして複数ではなく一人のようだ。

 

 その足音は部屋の扉の前で立ち止まると、わずかな間の後ノックをしてきた。

 

『大司教様、それと聖女様もいらっしゃいますね? 背信者の襲撃です。ご無事ですか』

 

「……君か」

 

 その声は、あの聖騎士の男のものだった。

 

「私たちは無事だ。外はどうなっている?」

 

『今、他の騎士がここを守りつつ、背信者どもの殲滅に当たっています』

 

「そうか」

 

『すみません、念のためご無事を確認しても? 私が部屋に控えてお二人をお守りします』

 

 そういえばこの聖騎士は防護魔法の心得があるのだと言っていた。

 部屋に張られた結界に気づいたのだろう。

 

「構わない、入れ」

 

 俺は防護魔法の対象範囲を聖騎士にまで広げた。

 

 扉が開き、鎧姿の男が一礼して入ってくる。

 

「失礼します」

 

 聖騎士の男は歩み寄ってくると、何かを投げた。

 

 ガキィンッ――と俺の目の前で短剣が跳ね、床に転がる。

 

「え……?」

 

 隣にいるマイが目を見開いて聖騎士を見つめる。

 

 男は恭しい態度を崩さず、ふっとため息をついた。

 

「二重掛け、していたのですね」

 

「ああ」

 

 念のため、俺とマイを覆う防護魔法も張っていたのだ。

 

 男は悔しがるふうでもなく、淡々と言葉を紡ぐ。

 

「最初から、私を疑っていたのですか」

 

「まあな」

 

 と答えてみせるが、別にこの男だけを疑っていたわけではない。

 

 俺はもとよりマイと、自分の()以外をすべて疑っているだけだ。

 

 まあ、別に最初から疑っていなかったとしてもこの男の言葉には違和感があった。

 

 他の騎士が殲滅に当たっていると言いながら、外からは攻撃魔法の音どころか誰の声もしていない。

 

 そもそも第二王子と別れたり停泊地を超えたりといった急な予定変更にも関わらず、この宿をピンポイントで襲ってきている時点で内部に裏切者がいると考えるのは当然のことだ。

 

 前回の襲撃のときも、きっとこの男が様々な証拠を隠滅したのだろう。

 

 俺は、いまだに信じられないという顔で聖騎士を見つめているマイを背後に隠した。

 

「お前の単独犯ということも分かっているぞ」

 

「……さすがです」

 

 今のはカマをかけてみたのだが、どうやら本当にこの男の単独行動らしい。

 

 他の騎士に協力者がいないのが分かり、ひとまず安堵した。

 さすがに複数の聖騎士を相手にするのは骨が折れる。

 

 だが、単独犯のわりにこの男の余裕ぶりが気にかかる。

 

「何を企んでいる?」

 

「もう手遅れです」

 

 初めて男が笑った。

 

 次の瞬間、俺たちの足下に魔法陣が出現した。

 

 罠か……!

 

 咄嗟にマイを横に突き飛ばす。

 

 同時に魔法陣から円柱状の光の柱が立ち上り、俺はその中に閉じ込められた。

 遠隔の防護魔法だ。

 

「マイ、逃げるんだ」

 

 そう叫ぶと、声が反響して響いた。

 

「無駄ですよ。その中にいる限りあなたの声はこちらに届かない。こちらの声は聞こえるようですがね」

 

 心の中で舌打ちをする。

 

 目の前の光の壁に触れてみると、バチッと指を弾かれた。

 かなり強い結界だ。内側から打ち破るのは相当の魔力を必要とするだろう。

 懐にある魔力増強剤に手を伸ばす。

 

 と、俺の前にマイが躍り出た。

 

「……なぜ、ですか?」

 

 彼女は俺を背にしながら、その手には短剣が握りしめられている。

 さっきあの男が投げたものだ。

 

「まさか……信じられないな」

 

 男が愕然とした表情でマイを見ている。

 俺もおそらく似たような顔で彼女の背中を見つめていた。

 

「人に刃を向ける聖女など、聞いたことがない」

 

 男がうわ言のようにつぶやく。

 

 魔法は使い手の精神に大きく影響する。

 

 だからこそ聖女は、人を傷つけることができない。

 そもそもそういう心根だからこそ、治癒の力を開花するともいえる。

 

 であるなら、抜きん出た治癒魔法の使い手であるにも関わらず、守るためとはいえ人に短剣を向ける彼女はいったい――。

 

「答えてくださいっ……どうして、このようなことをするのですか?」

 

 マイが声を張り上げる。その声色は涙で震えていた。

 

 男はしばらく彼女を凝視していたが、おもむろに兜を外し始める。

 茶色い髪の、精悍な顔立ちをした男だった。三十代くらいだろうか、その表情には歴戦を潜り抜けてきた強さと、聖騎士としての生真面目さが色濃く刻まれている。

 

 一見すると、悪事を働く人間には見えない。

 

 男は手のひらに魔力を集中させると、小さい光球を出現させた。

 あれは攻撃魔法だ。

 

 マイが半歩後ずさり、結界ぎりぎりのところで止まる。

 

「いやはや、こんなに驚いたのは初めてです。まさに規格外だ。その美貌もさることながら、そのお心も……あの方が欲しがるのもうなずける」

 

 男が一歩前に出た。手のひらに浮かぶ光球の魔力が増している。

 

「来ないでくださいっ!」

 

 マイが短剣をぐっと前に突き出した。

 

「本当に、あなたのような方が女の悦びを知らずに生涯を終えるなど……世の男があなたを味わうことができないなんて、もったいないことだ」

 

 男の瞳が醜悪な色に染まる。

 

「あの方はそう言っていました。大司教様もそう思いませんか?」

 

 マイの体を下から上に舐め回す男の視線には、聖騎士にあるまじき劣情が見て取れた。

 口角を歪め、顔に興奮を浮かべている。

 

 大司教を害し、聖女に色欲を向ける。

 その背信的な行為に酔っているのだろう。

 

 これが人間の本質だ。

 聖女見習いを慰み者にしていた司教連中も、こんな顔をして自らの行為を語っていた。

 

 俺もきっと、マイを犯すときは同じような顔をしているのだろう。

 

 男がまた一歩を踏み出すと、彼女の肩がビクンと震えた。

 

「お願い、来ないでっ……」

 

 それでも気丈に声を上げる。

 しかし突き出した短剣の先が震えて揺れている。

 

「ああ、そういえば聖女様の質問に答えていませんでしたね。どうしてこんなことを、ですか」

 

 男が短い茶髪を片手でかき上げる。

 

「約束いただいたのですよ。大司教様を排除した(あかつき)には、聖女様を一晩抱かせてもらえると。故郷の優遇や大きな出世も約束されましたが、そんなのは些細なことです」

 

 また一歩、男が近づいてくる。

 あと数歩でマイの持つ短剣を奪い取れる距離だ。

 

「俺は、ずっとあなたが欲しかった。聖女になったときからずっと」

 

 まるで愛の告白のように言う。

 

 その熱のこもった視線にさらされるマイがどんな表情をしているのか、ここからでは伺い知れない。

 

「さあ、聖女様はいただいていきます。彼女を閉じ込める大司教様はここで死んでください」

 

 その言葉に、マイが短剣をぎゅっと握り直す。

 

「させ、ません……そんなことをしても、無駄です。私が、告発します」

 

「それこそ無駄ですよ。あなたの口を閉じさせる方法なんていくらでもある」

 

 男が口端をペロリと舐めた。

 

「さて、十分に魔力も溜まりました。これなら大司教様の防護魔法でも防ぎようがないでしょう。あなたもさっきから魔力を溜めているようですが、無駄です。普段ならいざ知らず、今はこれを防ぎきる魔力が残っていないのも分かっています」

 

 見透かしたような視線を送ってくる男を、睨み返す。

 

 確かに、この男の言うとおりだ。

 あの手のひらに浮かぶ光球を今の俺では跳ね返せない。

 

 おそらくこの結界を解き、マイを横に押しのけて光球を叩き込んでくるのだろう。

 今までの気色の悪い独白は、魔力が溜まるまでの時間潰しといったところか。

 

 対抗策は、ある。

 

 懐の魔力増強剤を飲めば、あの攻撃魔法を防ぐことは可能だ。その前に内側からこの結界を打ち破ることもできるだろう。

 寿命が一気に縮むリスクはあるが、そんなことはどうでもいい。

 

 問題なのは援軍の存在だ。

 

 この男は単独犯だと言ったが少なくとも、もう一人いる。

 それも防護魔法の使い手が。

 

 この結界は遠隔でも操作できるが、自動的に発動するものではない。どこかで視認し、タイミングを見計らって発動する必要がある。

 

 しかも結界の維持には大量の魔力を消費する。結界から離れすぎると魔力の通りも悪くなる。

 

 つまり――。

 

「マイ」

 

 俺は彼女の背中にささやいた。

 

 声は外には届かない。しかしマイは何かを察知したように俺のほうをチラリと見た。

 

 その横顔は青ざめ、瞳には涙が浮かんでいる。

 

 彼女にこんな顔をさせていたのか。

 目の前の男は。

 

「なにをこそこそと――」

 

 男が一歩、二歩と近寄ってくる。

 

 俺は懐の小瓶を取り出すと、迷わず中身を半分飲んだ。

 カッと体が熱くなり、心臓がぎゅうと締め付けられる。

 

 マイに視線を送ると、彼女が見つめ返した。

 それだけで意思が通じ合っているのが分かる。

 

「麻痺の術、窓の外だ」

 

 俺の言葉にマイがうなずく。

 

 短剣を片手で握りながら、もう片方の手を窓へと向ける。そして。

 

 ――麻痺の術。

 

『ぎぁっ……!』

 

 外からくぐもった男の声が聞こえた。

 

 その瞬間、目の前の光の壁がふっと消える。

 

「なに!?」

 

 男が光球を放つより先に、特大の魔力を放出した。

 

 ――防護魔法。

 

 一瞬にして広がった半円球の魔力が男を弾き飛ばす。

 

「かはっ……」

 

 甲冑ごと壁にぶち当たった男が血ヘドを吐く。

 

 木造りの壁に当たった程度では致命傷にはならないだろう。

 だが。

 

「兜を外したのは間違いだったな」

 

 俺は防護魔法の対象範囲に壁を設定し、さらに魔力を放つ。

 際限なく広がる防護魔法と壁との間に男が挟まる。

 

「うがっ、ぁぁぁぁっ……!」

 

 甲冑を着ている胴体はともかく、生身をさらす頭部はこの圧迫に耐えられないだろう。

 男の頭がめり込み、壁がミシミシときしんでいく。

 

 ――ずっとあなたが欲しかった。

 

 男の言葉を思い出す。

 俺と同じ、マイに魅了された一人なのだろう。

 

 ――聖女になったときからずっと。

 

 笑わせる。

 その程度の執着で、彼女を手に入れられるわけがないだろう。

 

 俺は魔力をさらに強めた。

 

「ぁ、ぐぁっ……!」

 

 バキィッ、と木の割れる音がして壁に穴が開き、男がその向こうへ吹っ飛んでいった。

 

 

『何事だ!』

『聖女様はっ』

『安全を確認しろっ!』

 

 外から聖騎士たちの声が近づいてくる。

 

 どうやら終わったようだ。

 

 防護魔法の範囲を、俺とマイを包む程度にまで狭める。

 

「ご無事ですかっ!」

 

 部屋の入り口まで走ってきた聖騎士に、俺は即座に指示を出した。

 

「聖女も私も無事だ。先に背信者を捕らえろ。そっちの部屋でのびている。窓の外にも、もう一人いるはずだ」

 

「はっ」

 

 聖騎士は部屋に入ることなく、踵を返して隣の部屋へ向かった。

 他の騎士も呼び、男の拘束を始めたようだ。

 

「……マイ」

 

 かたわらで、荒く息をしている少女に声を掛ける。

 

「マイ、短剣を離しなさい」

 

 硬く握られた細腕に手を伸ばす。

 

 握り込んだ指を一本一本剥がしていくと、その手から短剣がこぼれ落ち、カランと音を立てて床に転がる。

 

「大丈夫か?」

 

「大司教、さま……私」

 

 彼女の全身が、小刻みに震えていた。

 それは襲撃にさらされた恐怖というよりも。

 

「私、人をっ……」

 

 人に刃を向け、麻痺の術を浴びせた自分に怯えているようだった。

 

「こんな……これじゃ、私……」

 

 ――聖女じゃない。

 

 マイが顔を引きつらせ、手元を凝視する。

 強く握り込んだせいだろう。その小さい手のひらが赤くにじんでいた。

 

 彼女の表情には見覚えがある。

 

 かつて司教に手籠めにされた聖女見習いにも、こんなふうに取り乱す者がいた。

 体を穢され、心を乱された自分は聖女にはなれないと。

 結果、そのほとんどは治癒魔法が使えなくなった。

 

 大丈夫。

 君は聖女だ。

 

 そう言ってやるのが正解なのだろうか。

 

 だが、俺は奥底からこみ上げる感情を抑えられなかった。

 

 誰かを守るためには剣を握る。

 そんなのは、聖女とはいえない。

 

 聖女などという言葉にマイを当てはめていいわけがない。

 こんなに、俺の心を夢中にさせる女を。

 

「君は、それでいい」

 

 思いが口からあふれる。

 

「大司教、さま……?」

 

 俺は床に落ちている短剣を拾い上げ、彼女に差し出した。

 

「大丈夫。君は誰よりも優しい。その優しさで、また私を守ってくれ」

 

 マイの金色の瞳が見開く。

 

 口が何かを発しようと閉じたり開いたりし、でも言葉が見つからないようだ。

 

 やがて彼女の目から堰を切ったように涙が流れ出す。

 

「……はい、大司教さま」

 

 黒髪が、トンと俺の胸板をつついた。

 

 俺の手が自然と彼女の頭を撫でる。

 

 胸元で、マイは静かに泣いていた。

 

 

***

 

 

 夜明け前。

 

 空が白み始めたころ。

 

 俺は馬車の前で、聖騎士から説明を受けていた。

 

「――宿の外に背信者の気配はありませんでした」

 

「逃げたようだな。馬か?」

 

「はい、付近にそれらしき(ひづめ)の跡がありました」

 

「逃げた方角は?」

 

「王都とは逆方向です」

 

「ではすぐに発つ。急ぎ王都へ帰還だ」

 

 逃げた敵に援軍を呼ばれる前に、王都へ戻る必要がある。

 

 おそらく、窓の外にいたのはゴーゼ司教だ。

 あそこまでの防護魔法の使い手は司教にもそうそういない。

 

 王都と逆方向へ向かったのなら好都合だ。

 準備をして、奴を迎え撃つことができる。

 

 馬車に乗り込むと、目を真っ赤に腫らしたマイが待っていた。

 

「マイ、すぐに出発することになった。魔力はまだ残っているね」

 

「大丈夫です。あ、あの、大司教さま」

 

 ガタンと馬車が揺れ、動き出す。

 

 俺はドサリと座席に腰を埋めた。

 

 魔力増強剤のおかげで魔力はまだ半分ほど残っている。

 強力な防護魔法で馬車を包んでも、王都までは十分もつ。

 

「大司教さま、あの」

 

「マイ、助かったぞ。君のおかげで魔法を無駄打ちせずに済んだ」

 

 彼女が麻痺の術で敵の結界を解いてくれなければ、大量の魔力を消費していただろう。

 

「大司教さま!」

 

 マイが大きな声で叫んだ。

 ここまで彼女が大声を上げたのは、喘ぎ声以外では初めてかもしれない。

 

 いや、今の俺だからうるさく聞こえるのかもしれないが。

 

「……なんだ」

 

「毒を、飲んだのですね」

 

 毒、か。

 

 魔力増強剤は確かに寿命を大幅に縮める。

 人間には負荷が大きすぎる薬だ。

 

 現に、今も心臓を握られたみたいに苦しい。

 激しい動悸で呼吸するのも困難だ。

 神経が過敏になり、マイの美声ですら耳にきつい。

 

「毒ではない。一種の薬だ」

 

「これが、薬ですか?」

 

 彼女が小瓶を手にしていた。

 いつの間に俺の懐から。

 

 いや、抜き取られるのが分からないほど俺の意識が混濁しているのだろう。

 

「薬だ」

 

「私が、解毒します」

 

「やめろ」

 

 思わずマイの腕をつかむ。

 

 この手の薬は修練でも試したことはない。

 万が一にも彼女に副作用が出たら、王都までの道のりが危なくなる。

 

「大丈夫です」

 

「だめだ」

 

 つかんだ手の力を強める。

 しかし彼女は小瓶を手放そうとしなかった。

 

「大丈夫です、私なら分解できます」

 

 だめだ。

 

 そう言おうとして、口をつむぐ。

 

 マイが今にも泣きそうな、怒りだしそうな顔をしていたからだ。

 眉間にシワを寄せ、その瞳には絶対に譲らないという固い意思がこもっている。

 

 彼女のこんな顔を、初めて見た。

 

「大司教さま、私を信じてください」

 

「……わかった。だが一口飲んで無理だったら止めるんだ」

 

「はい、無理はしません」

 

 その表情がゆるみ、ふわりと微笑む。

 

 それは聖女でも、出会ったころの少女でもない、彼女の笑顔だった。

 

 マイが小瓶に口を付け、コクリと飲み込む。

 

「うっ、くぅっ……」

 

 綺麗な顔が苦しそうに歪む。

 

「んッ……」

 

 彼女がお腹のあたりに魔力を集中させているのが分かる。

 体内で治癒魔法を発動し、成分を分解しているのだろう。

 

 やがて美しいまぶたが開く。

 

 その目端には涙がにじんでいた。

 

「分解、できました」

 

「見事だ」

 

 後は俺に治癒魔法を掛ければ解毒完了だ。

 

「では、あの……治癒を掛けますね」

 

「なぜ、顔を近づける?」

 

 マイの美少女顔が寄ってきて、鼻先で止まる。

 

「こ……こうしないと、解毒、できないのです」

 

 彼女の瞳が泳ぎ、慌てて目を伏せる。

 

 マイが、嘘をついた。

 

 聖女は嘘が付けない……はずだ。

 それなのに。

 

(まったくこの子は)

 

 本当に、愛らしい。

 

「ん……っ」

 

 唇に柔らかい感触があり、俺は静かに目を閉じた。

 

 彼女のしっとりとした唇に何度かついばまれ、ふんわりと密着する。

 初めてのマイからのキスは、ぎこちないものだった。

 

「んっ、ん……大司教さま、開けて……ください」

 

 甘く(とろ)けるような声に促され、素直に唇を開く。

 小さい舌先がうかがうように唇の裏側を舐め、熱く火照った舌が口内に滑りこんできた。

 

「んッ……は、ぁっ、大司教さま……」

 

 いつから彼女は、こんな誘うような声を出せるようになったのだろうか。

 

 ゆっくりと舌先同士が触れ合い、溶けていく。

 

 俺の手に彼女が指を絡めてきて、ゾクゾクと脳髄に快感が走る。

 

 ブルリと震えた俺に気をよくしたのか、マイは体を密着させてきた。

 どこまでも柔らかい彼女の腰のあたりに、鉄の硬さを感じる。

 

 俺が渡した短剣。

 彼女のお守りだ。

 

「ん、ぁっ……んっ、ん……ぇぁ……」

 

 まぶたの裏に明るさを感じる。

 どうやら日が昇り始めたようだ。

 

 もう体内の毒は消え去った。

 

 それでも俺たちは、夢中で唇を重ねていた。

 






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