【書籍化】大司教の権力を悪用して純真無垢な聖女とセックスしたら、毎晩イチャラブご奉仕されるようになった話 作:月見ハク
マイの放った麻痺の術が止むと、ゴーゼ司教はその場でよろけた。
だが倒れ込むことはなく、また一歩、二歩と俺のほうへ近づいてくる。俺とマイの不意打ちによる挟み撃ちは成功したはずだ。だがその足取りからは、ゴーゼ司教がほとんどダメージを受けていないのが分かる。
「まさか聖女マイが発動したものだったとは……素直に驚いたよ。この法衣を着ていなければ危なかった」
カラン、と刃物が床に落ちた。俺が投擲した手投げ用のナイフだ。
「ずいぶんと豪勢な格好だな、ゴーゼ司教。まるで祭りの仮装だ」
「ぬかせ、貴様も薄汚い庶民の服など着おって。私をおびき出すために手の込んだことを」
その口ぶりには、俺に対する忌々しさがにじみ出ていた。
硬度の高い防護魔法を自分の周りに展開しながら、ゴーゼ司教の格好を分析する。
麻痺の術もナイフも効果が薄い。あの白いローブや仮面は、ゴーゼ司教の意思とは関係なく防護魔法を常時発動しているような代物なのだろう。国宝級の装備だ。
おそらく、奴の持っている魔道具はそれだけではない。
俺は体の前面、ゴーゼ司教のいる方向に防護魔法の強度を集中させる。
「リンゼ……生意気な若造め。やはり貴様は先に殺しておくべきだった」
「司教の分際で大司教を殺害したとなれば、追放や死刑では済まされないぞ」
口角を上げて挑発すると、ゴーゼ司教が仮面の下で舌打ちをした。
「貴様は賊の襲撃によってここで死ぬ。聖女をさらわれ、賊の侵入を許した貴様は、死後も教会の恥として歴史に残るだろう。いいざまだっ」
一瞬にしてゴーゼ司教の周囲に無数の光球が浮かび、俺めがけて放たれた。
ゴン、ゴンと、防護魔法に衝突する音が鳴り響く。
一発一発がひどく重い。攻撃魔法の威力を増幅させるか、もしくは攻撃魔法そのものを作り出す魔道具を持っているのだろう。後者だったら厄介だ。
「ぐ、ぅ……!」
魔力を集中させている両手が痺れだす。次々に襲ってくる光球に、防護魔法が削られていく。
「はははっ、いい眺めだ。さすがの貴様も限界が見えてきたな」
衝撃に耐えきれなくなり、俺は片膝をついた。それでもなんとか防護魔法の盾を展開し続ける。
光球が衝突した瞬間のまばゆさで、目の前がチカチカする。
温室内が明るく照らされ、聖域内にいるマイの顔がよく見えた。
彼女が目に涙を溜め、手元の短剣を握り直す。もう一度麻痺の術を使うつもりなのだろう。
(やめろ)
俺は首を横に振った。
するとマイがはっと目を見開く。
聖女である彼女にとって、あの出力の攻撃魔法を連発するのは消費が大きい。それに今、ゴーゼ司教の注意を再びマイに向けるわけにはいかない。
いくら国宝級の魔道具といえど、無尽蔵に魔法を放出するのは不可能だ。この猛攻さえ耐え凌げば勝機はある。
ゴーゼ司教の魔道具か、俺の防護魔法か。どちらの魔力が尽きるのかは賭けだが、いざとなれば俺にも奥の手――魔力増強剤がある。彼女の前では、なるべく使いたくはないが。
「マイ、そこで待っていなさい」
俺は小声でつぶやくと、表情をゆるめて笑いかけた。
マイが唇を引き結びながらコクリとうなずく。
いい子だ。
「ちっ、しぶとい奴め」
ゴーゼ司教が片手を俺に向け、直接光球を放ってきた。
視界いっぱいに光が広がり、凄まじい衝撃で体が跳ね飛ばされる。
ゆっくり、俺の体が宙を舞った。
温室の天井が見える。どうやら仰向けの状態で吹っ飛ばされたようだ。
背中が地面に叩きつけられる瞬間、俺は身をひるがえして四つの手足で着地する。
両手のひらを握るようにして土をつかむと、思いきりゴーゼ司教へ投げつけた。
「く、無駄なあがきを!」
再びゴーゼ司教の手のひらから光球が放たれる。
しかしさっきまでの無数の光球による追撃はない。魔道具の魔力が尽きたようだ。
俺は地面の上を転がりながら光球を避けると、四つん這いのまま笑ってみせた。
「どうやら賭けは俺の勝ちのようだな」
「魔力枯れ寸前の男が何を言うっ。防護魔法の使えない貴様などただの平民と変わらん」
「なら討ってみせろ。魔道具頼りの貧弱司教」
ここまで挑発すれば、自尊心だけは無駄に大きいこの男は俺をなんとしてでも葬ろうとするだろう。
「どこまでも愚弄しおって……」
ゴーゼ司教が手のひらに魔力を集中させる。
俺は全身の力を振り絞り、生い茂った草木の中へ飛び込んだ。
「逃がすかっ」
俺のすぐ横を光球が通り過ぎ、頬が切れる。
植物をかき分けながら奥へ進むと、背後で草を踏みしめる足音が聞こえた。狙いどおりゴーゼ司教は追ってきたようだ。
またすぐ横を光球が通過し、前方にある細木に衝突する。幹は半分ほどえぐれ、土煙が舞っていた。
今の俺にはもう防護魔法を展開するほどの魔力は残っていない。ゴーゼ司教の光球は魔道具のそれより威力も小さいが、生身の人間に当たれば重傷は免れない。
「どうした? ゴーゼ司教は攻撃魔法の操作もおぼつかないのか」
再び挑発すると、直後に光球が飛んでくる。
すんでのところで回避し、草木に隠れながら奥を目指す。
「ぐぇッ」
背後でカエルの潰れたような声がした。茂みの陰からそっと見てみると、ゴーゼ司教が尻もちをついている。その片方の足先が、金属製のバネに挟まれていた。
俺が温室内に仕掛けた板バネ式のネズミ捕りだ。まんまと引っ掛かって転んだらしい。
「このような小細工をっ……リンゼ、出てこい! このような卑怯な手に何度も掛かると思うてか!」
ゴーゼ司教のしゃがれ声があたりに響きわたる。相当興奮しているのだろう、仮面の下の荒い鼻息の音が聞こえる。
「子ども騙しの罠に引っ掛かるなど、お前は下町のネズミ以下だな」
「死ねぇ!」
声を張り上げたゴーゼ司教が、こちらへめがけて光球を連発してくる。茂みに無数の穴が空き、そのうちの一つが俺の左腕に当たった。
「くっ……」
体をひねって受け流すも、骨の砕ける感覚がした。時間差で鈍い激痛に襲われる。どうも今日は左腕ばかり負傷する日らしい。
ゴーゼ司教の攻撃は止まず、目算で十数個の光球が俺の側を通り過ぎていく。
ここまで挑発しても自分で放ってくるあたり、他に攻撃用の魔道具を隠し持っているということはなさそうだ。
俺は左腕をだらんと垂らしながら、温室内で一番大きな木のふもとへたどり着く。
幹に寄りかかると、ゴーゼ司教が現れるだろう茂みの奥を見つめた。
「追い詰めたぞリンゼ。お前こそ袋のネズミではないか」
白いローブのあちこちに枝葉をくっつけたゴーゼ司教が、茂みから出てくる。肩で息をしていて、運動不足の巨体にこの追いかけっこはさぞ
「ずいぶん苦しそうだな、ゴーゼ司教。無駄打ちのし過ぎで魔力も果てたのではないか?」
「は、負け惜しみか。貴様こそ追い詰められて満身創痍だろう。なぁに、貴様一人消し炭にするくらいの魔力は残っておる」
ゴーゼ司教が、大木を背にした俺を見て笑う。ゆったりとした足取りで、まっすぐ近づいてきた。
約十歩の距離だ。普通だったら外さない位置だが、ゴーゼ司教の手のひらが不安定に揺れている。魔法の連発と急激な運動により、手元に力を込められないようだ。
かくいう俺も、背中を木の幹に預けていなければとっくに倒れ込んでいるだろう。足腰が情けなく震える。
あと九歩の距離。
八歩の距離。
「今度こそ終わりだ、リンゼよ。聖女マイを帝国に送ったら……晴れて私がこの国の大司教だ。貴様は地の底から聖女が犯される様子を眺めているがいい」
七歩の距離。ゴーゼ司教の手のひらに光球が形成される。
六歩の距離。
俺はほっと胸を撫で下ろす。
やはり、賭けは俺の勝ちのようだ。
次の瞬間、ゴーゼ司教の足下に魔法陣が出現した。
「な、罠っ――」
魔法陣から円柱状の光の柱が立ち
この温室内に無数に仕掛けた遠隔の防護魔法だ。
「――、――ッ」
光柱の中でゴーゼ司教が仮面を外し、真っ赤な顔で何かを叫んでいる。
あいにく音も遮断しているのでこちらには聞こえない。
俺は込めていた微弱な魔力を操作し、閉じ込めている音だけを解放した。
「――ここから出せ!」
ゴーゼ司教が手のひらの光球を直接ぶつけるが、光の壁に弾かれ霧散する。
「無駄だ。今のお前の出涸らしのような魔力では、この防護魔法は打ち破れない」
「くそっ、どこまでも卑劣な男だ」
それはお前もだろう。
「自分が追う側だと思い込んでいる相手ほど、誘導しやすいものだ」
ゴーゼ司教が悔しそうに口端から涎れを垂らし、膝をつく。
「私を……ここで殺すつもりか」
「ゴーゼ司教、私がどうしてお前を泳がせていたか分かるか?」
「……知るか」
決定的な証拠を手に入れるためだ。
司教を裁くのは思った以上に難しい。
たとえ聖女見習いに蛮行の数々を告発させても、結果的に彼女たちは立場を失ってしまう。故郷に出戻ったとしても腫れ物か、下手をすれば破滅だ。そのため、司教の罪を告発しようとする聖女見習いは一人もいなかった。
俺が司教と貴族の癒着を暴いても、不正が根深いこの国では、徒党を組んだ貴族たちに握りつぶされるのがオチだ。せいぜいが、脅しのネタに使えるくらいだった。
だが目の前の男は、襲撃者とともに現れ、彼らと似たような魔道具を持ち、聖域という不可侵の場所で大司教によって捕らえられた。誰もかばいきれない決定的な大罪だ。
「ゴーゼ司教、これは教会だけでなく国に対する反逆行為だ。ただの処刑で済むと思うな」
そしてこの男はマイをさらい、乱暴を働こうとした。俺としてはその罪が一番重い。
……ここで殺してもいいのだが、情報を吐かせる必要がある。
ゴーゼ司教の背後には帝国がいる。それも国家ぐるみの策謀だ。帝国上層部、いやそのさらに上も関わっているだろう。しばらくこの男を生かすことで、刺客をおびき寄せ、帝国の尻尾をつかめるかもしれない。
聖女狩りなどという愚行でマイを狙うのなら、相手が皇帝だろうと俺は容赦しない。
彼女には、誰も触れさせない。
憎々しげに睨んでくるゴーゼ司教を見下ろす。
と、その口がわずかに開いた。
「――しもべよ、来い」
ゾクリと呪いの波動が広がる。
俺は左目を閉じて、まぶたの裏にロレンティアの姿を映し出した。
――大聖堂の中。
ロレンティアの隣で、せっせと負傷した聖騎士を癒すニーナの姿があった。
「残念だが、ニーナの呪いは私が解いた」
ゴーゼ司教の細い目が驚愕で見開く。
おそらくは切り札だったのだろう。ニーナを人質にしてマイを聖域から出させるか、油断した俺を背後から斬らせるか……いずれにしても愚劣な考え方だ。
俺と同じように。
「貴様っ……ニーナを抱いたのか!?」
「そんなことをせずとも、呪いを解く方法はいくらでもある」
「嘘を言うなっ! はは、やはり貴様も同類だったか。……で、どうだった、ニーナの味は? 肌の瑞々しさは格別だっただろう、それにあれは叩くとよく鳴いて――」
「少し黙っていろ」
俺は右腕に力を込めると、自分の体を防護魔法の対象内に設定する。
拳を振り抜くと、光の壁をすり抜けてゴーゼ司教の顎を砕いた。
「あがッ」
醜い顔が歪み、巨体がその場で沈み込んだ。
同時に光の柱が消え去る。防護魔法を発動させている俺の魔力が尽きた証拠だ。少しでも遅ければ危なかった。
魔力枯れでふらつく体を奮い立たせ、倒れたゴーゼ司教の衣服を漁る。
他に魔道具の類は持っていないようだ。
俺はその太い指から黒い指輪を引き抜くと、腰のベルトを外してゴーゼ司教を縛り上げる。
雌雄は決した。
茂みから出ると、聖域の中にいるマイと目が合った。
「大司教さまっ」
彼女は立ったまま両手で短剣を握りしめ、その瞳から大粒の涙を流した。
「すべて片付いたよ、マイ」
「よかった、ご無事で……」
マイのもとへ向かおうとしたとき、温室の入り口から聖騎士長の声がした。
「大司教様、聖女様、ご無事ですか!」
よく見れば温室の外に、他の聖騎士たちの影もある。
ゴーゼ司教が派手に光球を打ちまくったのだ。光や音に気づいて駆けつけてきたのだろう。
「聖騎士長だけ特別に聖域へ入ることを許可する。そこの奥に首謀者が倒れているから運び出してくれ」
「は、はいっ……承知しました」
おそるおそる入ってきた聖騎士長が、下を向いたまま茂みの中へ消えていく。修練服姿のマイを見ないようにする配慮だろう。やはり聖騎士長は信用できる男だ。
ややあって、ゴーゼ司教を引きずりながら聖騎士長が戻ってきた。
「これは……大司教様が昏倒させたので?」
「ああ、君との体術訓練のたまものだ」
「お役に立てて光栄です。こっそりお教えしてきた甲斐がありました」
「また頼むぞ。……ああ、私は聖女の無事を確認するから先に行きなさい。全員牢に入れておくんだ」
「はっ、では失礼いたします」
聖騎士長は地面に視線を固定させたまま、聖騎士たちを引き連れ去っていった。
彼らの気配が消えたところで、俺はマイのほうへ向き直る。
近づいていくと、彼女の視線が俺の左腕に向けられた。安堵の笑顔を浮かべていた彼女の顔がみるみる曇っていく。
光柱の目の前まで来ると、ついには唇を噛み下を向いてしまった。
「マイ、今夜は疲れただろう。もう休んで――」
「……な、さい」
マイが何事かをつぶやいた。涙声で、その華奢な肩を震わせている。
「とりあえず神殿に戻ろう。もう
手を差し伸べると、彼女は光柱の中で半歩後ずさった。
「ごめんな、さい……全部、私のせい……なんです」
マイが下を向いたまま涙を流す。輝く地面にポタポタとこぼれ落ちた。
ゴーゼ司教が口にした事実を気に病んでいるのだろう。村を焼かれたのは自分のせい、今日聖女見習いたちを危険にさらしたのも、俺が負傷したのも自分のせいだと。
「君のせいじゃない。悪いのは……すべては聖女を狙う卑しい者たちのせいだ」
「私がいたら、私が……聖女だから。だから、みんなが傷つく」
いつしか涙声は嗚咽になり、ついには泣き出してしまった。マイのこんな悲痛な姿を見るのは初めてだ。
「私、なんて……」
――いないほうがいい。
その決定的な言葉は、幸いにも嗚咽にかき消えた。
だが、彼女がこれまでにないほど自分を否定しようとしているのは分かる。きっと、心のどこかではずっとくすぶっていた思いなのだろう。
司教に手籠めにされた聖女見習いたちも、こんなふうに泣いていた。
「違う。君は皆に必要とされている。多くの人に求められ、救う存在なのだ」
対処には慣れている。ゆっくり時間を掛け、慰め、いかに自分が尊い存在なのかを理解させる。
だが、今のマイに俺の言葉は届いていない気がした。
一人聖域の中で、心を閉ざそうとしている。
俺は、光の壁の向こうで胸を震わせ泣き続ける少女を見つめた。
(小さいな)
この小さい体で、なんと大きな罪悪感を背負おうとしているのだろう。
自然に体が動く。
俺はゴーゼ司教から回収した黒い指輪を、自分の指にはめた。
一歩前に出ると体が光の壁をすり抜ける。
そのまま、縮こまって泣いているマイを優しく抱き締めた。
「ぇ……」
彼女の柔らかい体が震え、戸惑い声が漏れる。
「マイ、俺には君が必要だ」
「大司教さま、なんで聖域に――」
「とても辛いだろう。だが自分がいないほうがいい存在などと、思わないでくれ」
マイの体は冷えきっていた。それを温めるように強く抱き締める。
胸元に埋まる黒髪に、俺は思うままの言葉を降らせた。
「どうしても罪を背負うというなら、俺も一緒に背負おう」
「どう、して……そんなこと、わた……私が、聖女だからですか?」
「俺が、そうしたいからだ」
胸元でマイが息をのんだのが分かった。
体の震えが落ち着き、おずおずと細腕が俺の腰に回される。
ゆっくりと、彼女の顔が上向く。
頬には涙の跡があり、目元は赤く腫れている。だが、もう泣いてはいなかった。
「大司教さま、どうして……?」
金色の瞳が求めるように揺れた。この期に及んでまだマイは理由を聞いてくる。もっと直接的な言葉がほしいのだろう。
ここは俗世とは隔絶された聖域だ。
だから、何を言っても許されるだろう。
「マイ、君が俺のすべてだからだ」
瞳が見開かれる前に、俺は彼女の唇を塞いだ。
「んっ……ぁ、……っ、ん……」
口づけを通してマイの唇を温める。絡ませた舌から魔力を送り、彼女の体内へ浸透させていく。次第にその全身が熱を帯びていくのを感じた。
唇の密着を離していくと、マイの手が左腕に触れる。
――治癒魔法。
優しい魔力に包まれ、腕の鈍痛が癒えていく。
動かせるようになった手のひらを彼女の頭に乗せると、ポンポンと撫でた。
「ありがとう。治ったよ」
「……はい。きっと……私もです」
マイがふんわりと口角を上げた。聖女でもあり一人の少女でもある彼女の、素直な笑顔だ。
「大司教さま、その格好」
マイが気づいたように俺の服装を見つめる。
「ああ、商人の正装だ。少し着慣れないのだが、どうかな?」
「ちょっぴり、おかしいです……大司教さまじゃないみたい」
「そうか」
彼女がいたずらっぽく微笑む。
ここが聖域の中だからか、どうも遠慮がないようだ。
「……マイ、今回も君にはとても助けられた。何か望みはあるか? できるだけ叶えよう」
「望み、ですか?」
マイは目を伏せてしばし考えると、再び顔を上げた。
「大司教さまと、お出かけがしてみたいです」
「お出かけ? どこにだ」
予想外の望みに少し戸惑う。
「どこでも……できれば、下町に……屋台の串焼きがおいしいと、聞いたことがあります。あと、大司教さまの生まれ育ったお家も、見てみたいです」
「そうか……ならそのときは、おすすめの食堂へ案内しよう」
聖女と大司教という立場である以上、平民のように下町をうろつくなど許されない。お忍びで出かけるなど、叶わない夢だ。
彼女も、それは分かっている。
だが今だけは、聖域の中でだけなら、叶わぬ望みに思いを馳せてもバチは当たるまい。
食堂のメニューについて話を弾ませていると、薬指にはめた指輪がカタカタと震えだした。魔道具の限界が来たのだ。
「マイ、そろそろこの指輪の時間切れだ。一緒に戻ろう」
「はい……」
彼女は寂しげに笑うと、差し出した手を握った。
マイの手を引いて聖域から出る。
その瞬間、黒い指輪が砕け散った。
「大司教さま、指輪が……よいのですか?」
「いいんだ。聖域に侵入できる魔道具など、この世から消し去ったほうがいい」
手をつないだまま歩き出すと、ガクンと体が傾いた。
「大司教さまっ」
「心配ない、ただの魔力枯れだ」
前のめりに倒れ込むと、マイが回り込んで抱きついてきた。
彼女に支えられながら、二人でその場にへたり込む。
「マイ、重いだろう。聖騎士長を呼びなさい」
「大丈夫です。私が運びますから」
それはさすがに無理だろう。
そう口にしようとしても、全身が脱力して声が出せない。
「うん……そうやって体重を掛けてください。私、慣れてますから……」
声色に艶っぽいものを感じたが、股間に熱が集中する間もなく意識が遠のいていく。
「今夜は私に守らせてください……リンゼさま」
子守歌のような優しい言葉に誘われて、俺はまぶたを閉じた。
ここまで読んでいただき有り難うございます。第一章・完となります。第二章は書き溜めでき次第アップ予定ですので、今少しお待ちいただければ幸いです…!