※この作品はR-18です。

【書籍化】大司教の権力を悪用して純真無垢な聖女とセックスしたら、毎晩イチャラブご奉仕されるようになった話   作:月見ハク

43 / 53
第43話 切り札

「大司教様、また階段です。足下に気をつけてくださいっ……」

 

「ああ、すまない」

 

 ニーナの腕をつかみ、速い足取りで階段を下っていく。

 

 地下迷宮の聖域。

 

 それは地上の聖域とは比べものにならないほど魔力の密度が濃く、また範囲も広い。聖域の本体ともいえる場所だ。

 

 古の民はこの聖域を覆い隠すように丘を作り、その上に教会神殿を建てた。

 

 神殿と、地上の聖域は、この本体を守るための偽装ともいえる。

 

 そのためいつしか忘れ去られ、歴代の大司教すらも存在を知らない。

 

 大司教となり、禁書庫にある古文書を解析し、初めてこの場所にたどり着いたときは心底驚いた。

 

 以前ロレンティアを連れてきたときも、普段は冷静な彼女が目を丸くしていたのを覚えている。

 

 知られざる禁域。

 聖女を隠すなら、ここしかない。

 

 

『大司教様、温室の奥にヌべリエを追い詰めました』

 

 交戦中の聖騎士長が思念で報告してくる。

 

『ヌべリエはどんな様子だ』

 

『……笑っています』

 

 まずいな。

 

『聖騎士長、彼女の義眼は魔道具だ。赤は魔力放出、黒は視界を奪う。黒を絶対に見るな』

 

『はっ』

 

 思念が途切れる。他の聖騎士に注意喚起をしているのだろう。

 

『――ッ、大司教、さ……』

 

『聖騎士長、どうした』

 

『この女、予想以上にやる――』

 

 プツリと糸が切れたように念話の術が途絶えた。

 

 嫌な予感がする。

 

「ニーナ、急ぐぞ」

 

「は、はいっ」

 

 肌寒い廊下をひたすらに歩く。

 

 地下聖域への道は二つある。別棟の隠し扉から行く方法と、今俺たちがいる迷宮を進んでいく方法だ。

 

 そして、後者のほうが遠回りになる。

 

 万に一つも、ヌべリエが別棟からの道を知っていたらまずい。

 

『大司――さ……』

 

 再び聖騎士長から思念が送られてくる。

 

『聖騎士長か、ヌべリエは?』

 

『逃げられました』

 

『どこへ向かった』

 

『別棟です』

 

 本当に、俺の悪い予感はよく当たる。

 

 温室にマイがいないと見るや、すぐに地下聖域にいると思い至ったのだろう。

 大聖堂にかくまっている可能性もあるから、ヌべリエとしてもどちらへ向かうかは賭けだったはずだ。

 

 そして最悪なことに、彼女はその賭けに勝っている。

 

『聖騎士長、報告を続けろ』

 

『あの女、赤の義眼を使いました。大量の魔力放出により温室は半壊。そのまま我々のほうへ突っ込んできて、突破されました。申し訳――』

 

『謝罪はいい、被害状況は?』

 

『はっ、聖騎士十名が負傷。五名は針にやられ、四名は降り注いだ温室のガラスにより……ですが死人は出ておりません』

 

『負傷者の残る一名は聖騎士長か』

 

『……面目ありません。ヌべリエとやり合った際に』

 

 やはり相当の使い手だ。

 

 近接戦闘で聖騎士を突破したとすると、俺では歯が立たないだろう。

 

『大聖堂にいる聖女見習いのもとへ負傷者を運ぶんだ』

 

『いえ、我々はあの女を追います』

 

『だめだ。おそらくヌべリエは別棟から地下へ潜った。迷宮は複雑に入り組んでいる。今から追っても遭難するのがオチだ。万全な者だけで別棟を包囲しておけ』

 

 念話の術で聖騎士長たちを地下聖域へ誘導することはできる。だが手負いの聖騎士が何人来ても、ヌベリエ相手では正直足手まといだ。

 

 俺も、今は念話の術ではなく、別の術式に魔力を割いたほうがヌベリエを倒せる確率は上がる。

 

『ですが!』

 

『安心しろ。策はある。その代わり包囲は頼んだ』

 

『大司教様っ――』

 

 俺はそこで念話の術を解き、遠視の術に切り替えた。

 

 暗い視界に、マイの姿を映し出す。

 

 

 ――光柱の中で、静かに祈りを捧げる聖女と元聖女。

 

 ふとロレンティアのまぶたが開き、入口のほうを見つめた。別棟からの道が続いているほうだ。

 

「……大司教、様?」

 

 ロレンティアのつぶやきに、隣にいるマイも薄目を開く。

 

 すると小さい入口の陰から、すっと一人の女が姿を現した。

 

「ヌべリエさん……」

 

 彷徨(さまよ)うようなマイの視線に、ヌべリエがにんまりと笑う。

 

「ヌべリエ姉さまとは、呼んでいただけないのですね」

 

 聖域のまばゆい光に、ヌべリエの姿が照らされる。その左目、赤の義眼からは血が流れていた。

 

 なるほど。赤はヌべリエ自身の魔力を蓄積して放つ魔道具のようだ。

 それももう、枯れる寸前に見える。打ててもあと一発。それも先ほどのような高出力の攻撃魔法は無理だろう。

 

 ロレンティアが立ち上がり、心配そうな声で呼びかける。

 

「ヌべリエさん、その目は……どうしたの? それに、どうしてここへ……」

 

 さも驚いたような顔を作っているが、彼女はさりげなくマイを背に隠した。

 

「うふふ、ロレンティア様は知っていたのでしょう? 私が背信者であることを」

 

 マイが「え」と声を上げる。

 だがロレンティアは諦めたように目尻を下げた。

 

「……ええ、大司教様からその疑いもあると聞いていたわ」

 

「やっぱり。……でも凄い、ロレンティア様の魔力からは少しもそんな気配がしなかった」

 

 心底賞賛するような表情を浮かべ、ヌべリエがひたひたと近づいてくる。彼女は裸足で、赤い足跡が床に続いていた。

 温室での戦闘でサンダルが脱げ、降り注いだガラスで足裏を切ったのだろう。

 

 目と足から血を流すヌべリエに、マイが下唇を噛む。

 

 眼前のけが人を放っておけないのだろう。

 だが裏腹に彼女は、修練服の腰のあたりを押さえた。短剣を隠し持っている場所だ。

 

「ヌべリエさんの、目的はなんですか?」

 

 マイが辛そうに問う。

 本当は聞きたくないだろうに、時間稼ぎのためだろう。

 

 俺が、助けに来るまでの。

 

「ああ……そんな悲しそうな顔を浮かべて……安心なさってくださいマイ様。あなたを皇帝陛下のもとへ連れていくだけです」

 

「皇帝、陛下……」

 

「ええ、古代の王の血を引く者は、聖女と交わることで膨大な力を得るのです。人も、魔獣ですらも統べることができる力を。そうして本物の王のもと、この歪んだ世界が矯正される。その隣で人々に祝福を与える聖女様……ふふ、なんて素晴らしい光景なのでしょう。まさに女神の光が全てを照らす、美しい世界」

 

 ヌべリエが酔ったように声を上ずらせる。

 

 絶大な王の力をもって争いは消え、秩序に支配された世界が訪れる……そう信じているのだろう。

 

 だが古の時代、そんな理想郷は実現しなかった。

 

 実際には王の意にそぐわない者たちへの粛清と、王に取り入った者たち――特権階級による圧制が横行したのだ。

 

 王の自我は肥大化し、力を行使することそのものが快楽となる。絶大な権力を手に入れた者の末路だ。

 

 そして聖女は、人々が虐げられる様子に心を痛めながら、夜ごと王に犯される日々を送る。

 

 自由を求めた古の民は、血で血を洗う戦の果てに聖女を解放し、王を(ほふ)った。

 

 これが大陸の真の歴史だ。

 

 

「大司教様、どうしようっ……行き止まりです」

 

 前を歩くニーナの足が止まる。

 

 おそらく目の前には、崩れた石壁があるはずだ。

 

「ここでいい。よく連れてきてくれた」

 

 俺はニーナの肩を優しく叩くと、二歩前に出る。

 

 迷宮に侵入者があったとして、万が一にも地下聖域へたどり着けないよう入口を潰しておいたのだ。

 

 積み上がった石に手を当てる。

 防護魔法を展開して吹っ飛ばせば、マイのもとへ駆けつけられる。

 

(ここからは化かし合いだ)

 

 俺は懐から魔力増強剤の小瓶を三本取り出すと、すべてのフタを開けた。

 

「大司教様、それは?」

 

「マイには内緒にしておいてくれるか」

 

「え?」

 

「バレると、彼女に叱られてしまうんだ」

 

 ゴクリと、三本の魔力増強剤を全て飲み干す。

 

 体の内から湧きあがる魔力を練る。心臓がドクドクと脈打ち、今にも力が暴走しそうだ。

 

 視界の中で、マイが静かに口を開く。

 

「……そんな世界、私は美しいと思えません。人の営みは、それ自体が女神様に祝福されるもの。誰かが支配し、独占していいものではないはずです」

 

「ああ、聖女マイ様……大事に大事に、聖女になるべく清らかに育てられてきたマイ様は、この汚物のような世界がそう見えるのでしょうね。ええ、ええよいのです。慈愛に満ちたあなたは、そんなものを世界を知らなくていい」

 

 まったく同感だ。

 

 これ以上、マイに汚い世界を見せる必要はない。

 

 理不尽に村を焼かれ、両親を殺され、それでもまっすぐ聖女であろうとする彼女に、これ以上の悲しみは無用だ。

 

 古文書には、権力欲と色欲に狂った王が聖女をいかにむさぼっていたかが、ありありと書かれていた。

 

 城の一角に監禁され、儀式以外のときは休まず王の慰み者として抱かれる。それは想像を絶する苦痛だっただろう。

 

 俺は、正直世界の様相がどうなろうと、興味はない。

 

 ただマイが、俺以外の男に弄ばれるのは絶対に許さない。

 

 

「ヌべリエさんは、見てきたのですね」

 

「え……?」

 

 マイが、悲しそうに微笑んだ。

 

 それは同情でも憐れみでもなく、思いを共有しようとするような眼差しだった。

 こらえるように下唇を噛むマイに、ヌべリエの赤と黒の瞳が見開かれる。

 

「マイ様、あなたも――」

 

 瞬間、ドンと爆発音が鳴り響いた。

 

 油断していたヌべリエは一寸遅れて振り返り、飛んできた石をすれすれで避ける。

 だが着地した場所に魔法陣が浮かび上がった。

 

「あら」

 

 立ち上った結界を、ヌべリエはまるでステップを踏むように避ける。

 

「……この罠はもう見ました。大司教様」

 

 彼女の視線の先、土煙の舞う大穴に俺が立っていた。

 

 汗だくで手をかざし、荒い呼吸で肩を上下させている。

 

 なるほど、今の俺はこう見えるらしい。

 

「ヌべリエ、君の語る理想は凡庸だな。勝手な偶像をマイに押し付けないでくれるか」

 

 再び彼女の足もとにある魔法陣を発動するも、軽やかに避けられる。

 さすがの魔法察知だ。せっかくいくつも設置しておいたのだが、もう通用しないだろう。

 

「大司教さまっ……」

 

 光り輝く聖域の中で、マイがこちらを見つめていた。

 

 今朝抱いたばかりだというのに、ずいぶん久しぶりに会った気がする。

 

「マイ、待たせたな。ロレンティアもよく聖女を守ってくれた」

 

「ええ、大司教様」

 

 ロレンティアが待ちくびれましたと言わんばかりに眉を上げる。

 

「目を奪ったのに、見えるのですね。切り札がこうも効かないとは、ふふ、大司教様を侮り過ぎていたようです」

 

「ヌべリエ、投降しろ。その義眼の魔道具もほとんど力を失っているのだろう? 聖域にいる聖女も君は手出しができない。逃げたとしても出口の先は聖騎士が包囲している。袋のネズミだ」

 

「ふふ、そうなのでしょうね」

 

 ここへきてもまだ、ヌべリエは余裕の笑みを崩さない。

 

「ニーナ、下がっていろ」

 

「は、はいっ」

 

 ニーナは人質になる可能性が高い。

 ヌべリエは人質を使って、マイを聖域の外に出そうとするだろう。

 

 逆に言えば、ニーナさえいなければヌべリエは聖女に手を出せない。

 

 ニーナが大穴の奥に引っ込んだのを確認しつつ、俺は地面に散らばった石へ防護魔法をぶつけた。

 弾かれた石が次々にヌべリエへ飛んでいく。

 

 近接戦闘で敵わないなら、遠距離から攻撃し続けるのみだ。

 

「なんと、防護魔法にそのような使い方が。素晴らしい」

 

 曲芸のような身のこなしで避けきった彼女は、最後に聖域の前へ着地した。

 

「私も、攻撃魔法が使えればよかったのですが」

 

「なに?」

 

 陰の者でありながら攻撃魔法が使えない。

 

 その言葉に、最悪の予感が脳裏をよぎる。

 

「長居するのは危険ですね。参りましょうか、聖女マイ様」

 

 ヌべリエが光柱に近づき、手を伸ばした。

 

 咄嗟にロレンティアが声を上げる。

 

「いけません、治癒の力を持たない者が――」

 

「――聖域に入ると、体がひねり潰されるのでしょう?」

 

 ヌべリエの腕が、すうっと光の壁をすり抜けた。次いでその体も通り抜ける。

 

「ヌべリエさん、あなた……」

 

 まったく、俺の悪い予感は必ず当たる。

 

「ええ、私も昔は、聖女見習いとして修練に励んでおりました」

 

 違和感はあった。

 

 聖女狩りの頭目から情報を引き出す際、ヌべリエが口づけをした途端、あの男はいきなり活力を取り戻したように見えた。

 

 俺の芋粥を平らげたくらいで、消耗した人間が急に回復することなどない。彼女があのとき治癒の魔力を流し込んだとすると合点がいく。

 

(これは、できれば取っておきたかったのだがな)

 

 俺は魔力を集中させると、()()()の発動準備を始めた。

 

 

「どうして聖女見習いが、このような」

 

 ロレンティアは困惑しながらも、すっとマイを背中に隠す。

 

「はぁ……聖域は心地のいい空間ですね。それに、修練服姿のお二人は本当に美しい、心が洗われるようです。もっと見ていたいですが……ロレンティア様、そこをどいてくださいな」

 

「どきません。マイは私の可愛い妹です。連れていくのなら私を……私も、元聖女です」

 

 ロレンティアが両手を広げる。マイを絶対に守るという意志表示だ。

 

「だめです、ティア姉さまっ、私が――」

 

「ロレンティア様では条件に合わないのです。聖女とは、選別の儀で大司教に選ばれし乙女。それに陛下も、個人的にマイ様をご所望です」

 

 聖女とは、大司教に選ばれし者。

 俺が選ぶという行為によって、聖女を聖女たらしめる魔法的な拘束力が発生するのだろう。

 

「大司教様、そこでじっとしていてください」

 

「ちっ」

 

 ヌべリエが毒針をロレンティアへ向ける。

 

 足音を消して近づこうとしたが、その予備動作だけで気づかれてしまった。

 

 ロレンティアが俺に向かって小さくうなずく。

 自分は傷ついてもいいと言わんばかりだ。

 

 本当に、彼女たちは平気で自己を犠牲にしようとする。

 

 俺としても、無闇に突っ込んでロレンティアが傷つく姿をマイに見せたくはない。

 

 これはあくまで、俺にもう打つ手がないと思わせるためのブラフだ。

 

「ロレンティア様、身を挺して聖女様を守るお姿も本当に麗しい。あなたも私の憧れでした」

 

「な……んぅッ、んっ……!」

 

 ヌべリエがロレンティアの頬に触れ、無理やり口づけをした。

 

 ぷは、と唇を離したロレンティアが、その場にガクンと膝をつく。

 

「ヌべリエさん、なに、をっ……」

 

「安心してください、特別に濃縮したお酒です」

 

 おそらく奥歯に仕込んでいたのだろう。女の暗殺者が毒殺によく用いる手だ。

 

 ヌべリエが座り込んだロレンティアの頬に手を添える。それだけでロレンティアは全身を震わせた。

 

 酒は、聖女にとって強力な媚薬となる。

 それも特別に濃縮したものだ。効き目は第一王子が持っていたもの以上だろう。

 

「やめ、て……マイを、どこにも……」

 

「はぁ、あぁっ……私も(たかぶ)ってきてしまいました。これは聖女見習いである私にも諸刃の毒ですね……」

 

 ヌべリエが熱い吐息を漏らしながら、マイに手を伸ばす。

 

 するとマイは一度まぶたを閉じ、覚悟を決めたように目を開いた。

 

 修練服の腰もとから短剣を取り出し、ゆっくりと刃先をヌべリエに向ける。

 

「ティア姉さまから、離れてください」

 

「そんなっ……マイ様がそんな……刃物を、人に向けるだなんて」

 

 初めて、ヌべリエの声に動揺が混じる。

 

「お願いです、聖域から、出てっ……」

 

 手が震え、切っ先が揺れていた。

 それでもマイは苦しそうな顔で、ヌべリエに短剣を向ける。

 

「マイ様も、私と同じだったのですね。嬉しい」

 

 ヌべリエは抱きつくように迫ると、マイの手から慣れた動きで短剣を奪う。

 背後に回り込むと、マイの首元に刃を突き付けた。

 

「ぅっ……」

 

「大司教様、そこから動かないでくださいね。マイ様を傷つけたくはありません。ニーナさんを連れて退いてください」

 

「くそ」

 

 俺は悔しそうな顔を浮かべ、舌打ちをしてみせた。

 

 ヌべリエはマイを人質にして逃げるつもりだ。

 地上に出て、包囲しているだろう聖騎士たちにこの姿を見せつけ、同じように退かせるのだろう。

 

 彼女たちが聖域を出た瞬間に、俺が防護魔法を放っても間に合わない。

 この距離だったら防護魔法が届く前に、マイを抱えて出口へ到達できる。

 

 ――そう、ヌべリエは思っているのだろう。

 

「膠着状態が続いても、意味がないですよ」

 

 ヌべリエの左目、赤の義眼が淡く光り出す。

 

 聖域を出て、万が一俺の防護魔法が届いた場合に備えているのだろう。

 

 その判断は正解だ。

 

 魔力増強剤で強化された防護魔法は、おそらくヌべリエに届く。それを一瞬でも弾かれたら終わりだ。

 

「ちっ」

 

 再び舌打ちをしてみせる。

 

 ヌべリエの口角がにんまりと上がった。

 

(化かし合いは、俺の勝ちだ)

 

 ヌべリエが聖域を出て、防護魔法を弾いたその瞬間。

 俺は、切り札を発動する。

 

 守護転換の術。

 

 生涯に一度だけ膨大な魔力と引き換えに、自分と聖女の場所を()()()()()ことができる。

 

 遠視の術を授かったとき、この術の存在も自ずと理解した。

 

 むしろ遠視の術は副産物に過ぎない。

 聖女がどこにいようと、いついかなる危機に見舞われようと、即座に自分を身代わりにできるよう監視するための術なのだ。

 

 俺の防護魔法を弾いて生じたわずかな隙に、マイと位置を入れ替えて、直接防護魔法を撃ち込む。

 

 

「ヌべリエさん、どうして……?」

 

 刃先を向けられながらも、マイが懸命に時間稼ぎを試みていた。

 俺が魔力を練っているのに気づいたのだろう。

 

 そんな彼女の思惑を分かっているのか、ヌべリエがマイの頬に口づけをした。

 

「んっ……いやっ……」

 

「ああ、マイ様の肌はすべすべしていて、本当に穢れがない……私も、以前はそうでした」

 

 チュ、チュと何度も唇を鳴らしたヌべリエが、手のひらをマイの肩に滑らせる。修練服の肩紐の内側へ手を侵入させ、感触を確かめるように乳房へと下ろしていく。

 

「んッ……」

 

 マイは顔を背け、いやらしい愛撫に耐えていた。

 

「私も地方の教会で修練を積んでいました。ですが司祭との姦通を疑われ、その証明のためにと視察に訪れた司教に処女を奪われ、挙げ句、司祭にも……」

 

 なるほど。

 聖女狩りの頭目に言って聞かせていた話は、実際彼女の身に降りかかったことだったらしい。

 

「今思えば、最初から彼らはそのつもりだったのですね。まんまと利用され、搾取された。田舎の聖女見習いに降りかかる、よくある不幸の一つ。……そうして治癒の力を失い、絶望した私を拾ってくださったのが我が主、皇帝陛下だった」

 

 ふふ、と微笑んだヌべリエの手が服の中で、マイの上乳を愛おしそうに撫でる。

 

 まるで俺に見せつけるような愛撫に、腹奥から怒りが沸き立つ。

 

 だが、我慢だ。

 

「心の内に芽生えてしまった憎悪に戸惑い、苦しみ、自分を否定するばかりだった私に、陛下は寵愛をくださいました。そのままでよいと、言ってくださったのです。私を闇の底から救い出してくれた。再び治癒の力が戻ったとき、私がどれほどの喜びを感じたことか……。マイ様にも味わってほしい。同じ寵愛を受けてほしい。あなたのような方が、その幸せを知らないなんて……もったいない」

 

 うっとりとした顔を浮かべながら、ヌべリエがマイの乳房を揉む。修練服越しに柔らかい胸が形を変え、浮き出た突起がつままれる。

 

「うっ、んんッ……いや、ですっ……私は、ここでっ、この国の、聖女です」

 

「……そう、そうなのね。マイ様も……」

 

 何かを察したような、残念そうな顔を浮かべたヌべリエが俺を見る。

 

「こんな私を、ありのまま認めてくれたのは陛下だった。マイ様、あなたもそうなのでしょう? マイ様のありのままを包んでくれたのは……大司教様?」

 

 ヌべリエがマイの耳元へささやく。

 

 マイはその言葉に、ふんわりと俺を見つめた。

 

「……はい」

 

 情愛のこもった瞳が、俺に何かを問いかけている。

 

 俺が、この場を打開してくれると信じて疑わない目だ。

 

「……それは、残念ですね……さあ行きましょう」

 

 ヌべリエはマイの顎を、くいと自身のほうへ向かせた。

 

「少し大人しくしていてください、マイ様」

 

 ロレンティアに与えたのと同じ媚薬を飲ませるつもりだ。仕込み酒は一つではなかったらしい。

 

「よせ」

 

 心からの声が漏れる。

 

 俺との度重なるセックスで性感に慣れているはずのロレンティアですら、足腰が立たなくなるほどの媚薬だ。

 

 しかも酒の効き目は、聖女の魔力量が多いほど高まってしまう。

 

 つまりマイが飲んでしまったら。

 

(もう、戻ってこれない)

 

 俺は瞬時に作戦を変更する。

 

 撃つために練っていた防護魔法を、自分の身にまとわせた。

 

「マイ様、私とひとときの快楽に溺れましょう」

 

 ヌべリエが唇を無理やりに近づける。

 

 マイは顎をつかまれたまま、横目を俺のほうに向けた。

 虹色の瞳が、俺の指示を待っている。

 

 まったく。

 ヌべリエには最後の最後まで手こずらせられる。

 

 今切り札を使ったら。

 結局、マイに辛い思いをさせてしまう。

 

 きっと叱られてしまうな。

 

(ああ、頼む)

 

 俺は小さくうなずいた。

 

 ――麻痺の術。

 

「あ゛ぅッ、そんなっ、攻撃魔法を……!?」

 

 ヌべリエが驚愕するのも無理はない。自分と同じだと思っていたマイが、自分にも成し得なかったことをしてみせたのだから。

 

 ヌべリエの手から短剣が滑り落ちる。

 その隙に、マイがロレンティアに駆け寄ろうとした。

 

 だがヌべリエは歴戦の陰の女だ。マイの術では一瞬体が痺れる程度だろう。またすぐに拘束される。

 

 だが、その一瞬で十分だ。

 

 聖域内であれば魔法が通用することも証明された。

 

 マイの切り札によって生じたこの好機に。

 

 今度は俺の切り札を使う。

 

 ――守護転換の術。

 

 俺は一気に術式を解放した。

 

 

「……なぜ」

 

 次の瞬間、ヌべリエの目の前に俺の背中が現れる。

 

 俺が元いた場所には、マイの後ろ姿があった。

 

 手のひらに魔力を込め、ヌべリエのほうへ振り向く。

 その間際、マイがこちらを振り向こうとするのが見えた。

 

 信じられないようなものを見るような目だ。

 

 その視線から逃げるように、俺は体ごとヌべリエへと振り返る。

 

「このっ……!」

 

 するとヌべリエが溜まり切っていない魔力を放出しようとした。

 

 近接戦ではなくそちらを選んだのは悪手だ。

 

 俺は体勢を屈め、彼女のみぞおちに手を当てる。

 

「すまないな、ヌべリエ」

 

 ――防護魔法。

 

「あ゛ぁッ!」

 

 三重掛けにした防護魔法が直撃し、ヌべリエの体が吹っ飛ぶ。

 

 聖域をすり抜け、くの字型に飛んでいった彼女は石壁に当たり、ずるりと倒れ伏した。

 

 

 最後の背信者は討った。

 

 だが――。

 

「ぐっ、うぅっ……!」

 

 ずしりと、体が圧迫されて四つん這いになる。

 

 増強剤で強化した防護魔法をもってしても、聖域の重圧には一瞬しか耐えられないらしい。

 

 無限に湧き上がる大地の力が、体を外から押し潰し、中から引き裂こうとする。

 

 全身が粉々になってしまうような痛みだ。

 

「大司教、様」

 

 近くにいるロレンティアが、俺のほうへ手を伸ばす。視界の中で、その指先がぼやけていく。

 もう遠視の術も維持できないらしい。

 

 意識が、消え失せていく。

 

 

 

 

「リンゼさまっ!」

 

 ドン、と何かが体に当たった。

 

 ふわりとした浮遊感。

 全身が石床に叩きつけられる痛み。

 

「リンゼさま、今治癒をっ……」

 

 体の芯がぼうっと熱くなる。

 

 この温もりは、マイの治癒魔法だ。

 

 彼女が聖域から俺を出してくれたのだろう。

 

「……マイ」

 

「リンゼさま、話さないで」

 

 喉が詰まり、鉄の味が逆流する。

 内臓のあちこちが出血しているようだ。

 

 もう言葉を発することができない。

 

 俺は魔力の搾りかすを使い、念話の術を発動した。

 

『聖騎士長、頼みがある』

 

『大司教様、ご無事でっ――』

 

『背信者を倒した。じきにロレンティアがそちらへ行くはずだ。彼女の案内で地下へ来てくれ。ヌべリエを拘束するんだ』

 

『はっ』

 

『ああそれと、温室の修繕費は王族へ請求してくれ』

 

『大司教様、なにを……』

 

『いろいろとすまないな。今度また……遠乗りに行こう』

 

『だいし……リンゼ殿――』

 

 プツンと念話の術が切れる。

 

 魔力が枯れたらしい。

 

「――どうしようっ、大司教様の腕と足の骨が」

 

 この声は、ニーナか。

 相変わらず言葉遣いがなっていない。

 

「ニーナ、慌てないで。ここでマイと治癒を掛け続けて。私が聖騎士長を連れてくるから、そうしたら一緒に聖衾(せいきん)へ運びます。必ず治すわよ」

 

 ロレンティアの足音が遠ざかっていく。

 さすがの聡明さだ。言わずとも、自身のやるべきことを瞬時に実行できる。

 

 自分だって、媚薬に侵されて辛いだろうに。

 

 

 マイ、は。

 

 どこに。

 

 もっとこっちへ来てくれ。

 

 

「リンゼさま、私はここにいます」

 

 マイ。

 

「ずっと、そばにいますから」

 

 ああ、そうだったな。

 

 

 愛おしさに胸を満たされたまま、意識が底へ沈んでいった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。