※この作品はR-18です。

【書籍化】大司教の権力を悪用して純真無垢な聖女とセックスしたら、毎晩イチャラブご奉仕されるようになった話   作:月見ハク

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第48話 最高の手駒

「急ぎ呼び立ててすまないな、ロレンティア」

 

「いいえ、お久しぶりです、大司教様」

 

 執務机に座る俺の正面に、ロレンティアが静かに佇んでいた。

 午前の陽光が彼女の金髪をまぶしく輝かせている。透き通るような白肌も相まって、まるで一枚の宗教画を見ているようだ。

 

 さすが王国の至宝とまで言われた元聖女。

 

 マイは民への露出を極限までおさえているから、いまだに聖女といえばロレンティアを連想する者も多いだろう。

 

(ふみ)にも書いたが、ニーナの今朝の様子を知りたい」

 

 するとロレンティアは小首をかしげ、心底ほっとしたような笑みを浮かべた。

 

「ふふ、あの子、一晩で顔色がよくなって……とてもすっきりした様子でした」

 

「悪夢については何か言っていたか?」

 

「ええ、もう悪夢は消えてしまったと。大司教様に相談する機会がなくなってしまったと残念がっていました」

 

「そうか」

 

 これで夢の共有が現実に起きたことなのは確定だ。

 

 そしてやはり、無意識に働きかけることで精神にも大きく影響を及ぼせることも分かった。

 

 実際に対話するよりも、はるかに効果的だ。

 

 深いトラウマや心の呪縛も、この術を使えばそこから解き放つことができる。

 

「大司教様が、ニーナを癒してくれたのですか?」

 

 便宜上、「夢視の術」とでも呼ぶことにする。

 この術のことは、マイにもロレンティアにも黙っているつもりだ。俺に夢を、本音を覗かれるかもしれないと知ったら、きっと嫌がるはずだ。

 

「いや、私は何もしていないな」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 ロレンティアがすべてお見通しと言わんばかりの視線を寄越してくる。

 

 相変わらず勘のいい元聖女だ。

 まあ、わざわざ呼び出して悪夢のことを聞いたのだから、何かを察するのも当然か。

 

 とはいえ、これで夢視の術の効果はある程度わかった。

 

 ニーナの様子からも、俺が実際に干渉したなどとは思っておらず、いい夢を見た程度の認識だということがうかがえる。

 

 次は、追加の検証だ。

 ニーナ以外にも同様のことを行い、同じ効果が出るかどうかを確かめる。

 

 だが、誰かに呪いを掛けて試してみるなんてことは不可能に近い。

 

 呪いは禁術だ。

 

 もちろん俺は扱うことはできないし、宮廷魔術師といえど扱える者はいないだろう。たとえ扱えたとしても、呪いを植え付けるには相当の時間と手間、技術を要する。

 

 呪いを受けた者など、そう都合よく何人も見つかるものではないのだ。

 

 本来なら。

 

「ロレンティア、君はここ最近、毎日ヌべリエのところへ通っているそうだね」

 

「ええ、大司教様」

 

 彼女は日に何度か地下牢獄へ行き、ヌべリエの体を拭いたり食事の世話をしたりしていた。

 

 そう聖騎士長から報告が上がっている。ロレンティアもそれは承知の上なのだろう。

 

「なぜだ?」

 

「……ヌべリエも、元は聖女見習いです。心を悪意にとらわれていたとしても、私は……そんな彼女を放っておけません」

 

 ロレンティアが優しく微笑む。すべてを包み込むような笑みだ。

 

 処分は覚悟の上、ということか。

 

 常に冷静に振る舞うが、実は誰よりも慈悲深い。

 俺は彼女のそういうところを、意外に気に入っている。

 

「勝手な真似をして、申し訳ございません」

 

「いや、構わない。もとよりヌべリエは重要な情報源として、生かしておくつもりだった」

 

「……ありがとうございます」

 

 微笑みかけると、ロレンティアの気丈な瞳がわずかに潤んだ気がした。

 

「それで、ヌべリエは何か喋ったか?」

 

「いいえ、なにも。彼女は……死を待ち望んでいるようです」

 

「だろうな」

 

 主人である皇帝への忠義は相当のものだ。実際に相対したからよく分かる。

 だからこそ、一つの可能性に行きつく。

 

「大司教様」

 

 ふと、ロレンティアが一歩前に進み出た。

 

「なんだ」

 

「望みを一つ、聞いていただけますか」

 

 俺が聖衾のお礼に、何か希望はあるかとたずねた件だろう。

 

「ああ、聞こう」

 

 ロレンティアがふっと息をつく。彼女のここまで緊張した姿を見るのは初めてだ。

 

「ヌべリエを、救っていただけませんか」

 

「尽力しよう」

 

「ぇ」

 

 さすがに予想外の回答だったのだろう。ロレンティアが目を見開いたまま固まる。

 

 彼女のこんなにポカンとした顔を見るのも初めてだ。これは、面白いな。

 

「保証はできないが、尽力すると約束する」

 

「本当……なのですね」

 

 俺の態度からそれが事実だと悟ったのだろう。

 ロレンティアの瞳から、一筋の涙が流れる。

 

「ああ、私が嘘をついたことがあったか?」

 

「ええ、何度も」

 

 彼女が小首をかしげ、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「……でも、一度した約束を、(たが)えたことはありませんでした」

 

 ロレンティアの手のひらが俺の頬に触れようとして、止まる。

 行き場を失った指先は、きゅっと握り込まれた。

 

「信じています……リンゼ様」

 

 

 ◇

 

 

 地下牢獄の最深部。

 

 そのさらに奥まったところにある牢に、ヌべリエはいた。

 壁を背にして座り、手と足にはそれぞれ頑丈な鎖が繋がれている。

 

 聖女見習いのローブはところどころ破け、色も汚い。

 だがロレンティアの世話のおかげか、露出した腕や顔は白さを保っていた。

 

「久しぶりだな、ヌべリエ」

 

 カシャと鎖が鳴り、目隠して覆われた顔がこちらを見上げる。

 

 その動きだけで、隣に立つ聖騎士長が手をかざした。攻撃魔法の淡い光をまとわせている。

 

「聖騎士長、案ずるな。この女に抵抗する力はもう残っていない」

 

「はっ」

 

 義眼の魔道具を酷使し過ぎた副作用だろう。

 彼女からは魔力を少しも感じなかった。

 

「ヌべリエ、私が来た理由が分かるか?」

 

 聞きながら、自害を防止する猿ぐつわを外す。

 

「やっと、私を処分してくださるのですね」

 

 聖騎士長が息をのむ。

 ずっと口を閉ざしていたヌべリエが声を発したことに、驚いたようだ。

 

「主人について、話すつもりはないのだな」

 

「ええ、たとえ死に勝る拷問を受けようとも」

 

「見上げた忠誠心だ」

 

「陛下のためなら、最悪の苦痛ですら最上の悦びなのです」

 

「そうか、では覚悟を問う必要はないな」

 

 俺はヌべリエの目隠しの布を外すと、その両目に指を差し入れた。

 

「大司教様っ、なにを!」

 

「聖騎士長は黙って見ていろ。嫌なら後ろを向いて構わん」

 

 やはり視神経は通っていない。なら、さほど痛みを感じないはずだ。

 現にヌべリエはいささかも動じていない。だが。

 

「少し痛むかもしれんぞ」

 

 俺は指先に魔力をまとわせ、義眼とヌべリエとの魔力的なつながりを無理やり断ち切った。

 

「あ゛ぁッ、あああぁぁぁッ――!」

 

 断末魔のような悲鳴が、牢獄内に響きわたる。

 聖騎士長も、入口に立つ聖騎士たちも、俺がさぞかし手ひどい拷問を加えていると思うだろう。

 

 実際に、想像を絶する痛みのようだ。

 

 義眼の裏側まで指を差し込み、さらにつながりを切っていく。

 最後に指を手前に引き、義眼をくりぬいた。

 

「あ゛ぅッ、う゛ぅぅッ……」

 

 少量の血が飛び散る。

 

 俺は手のひらの上の、赤と黒の義眼に意識を集中させた。

 

(やはり、眼に呪いを刻まれていたか)

 

 義眼は皇帝から授かった魔道具だ。

 

 これまで何度かヌべリエの体に魔力を通してきたが、呪いや罠が見つからなかったのもうなずける。

 呪いは、体から独立した義眼の奥に、巧妙に隠されていたのだ。

 

 ――呪いは、二つか。

 

 赤の義眼は、自分の居場所をおそらく主人に伝える呪いだ。

 

 そして黒の義眼は――。

 

「魅了の呪いか、面倒なことを」

 

 時間を掛けて相手の心を、自分の虜にする。

 きっと皇帝は何度もヌべリエを抱き、愛をささやき、呪いを定着させていったのだろう。

 

 違和感はあった。

 いくら司祭や司教に裏切られ、穢されたからといって、皇帝の寵愛を受けたくらいで平気で人を殺めたり、聖女を害したりしようとするなど、本来はあり得ない。

 

 なぜならヌべリエは、聖女見習いだからだ。

 

 昨晩の夢でのニーナとの対話で、俺は改めて確信した。

 

 聖女や聖女見習いは、この世で最も清らかな存在なのだ。

 たとえ穢されたとしても、その心根までが失われることは決してない。だからこそ俺は自然と、彼女たちに惹かれ護ろうとしてしまう。

 

 心根が歪んでしまったとするなら、それは呪いの類いしか考えられない。

 

「いやだ……返して、私と……あの方の、大切な……」

 

 ヌべリエが取り乱したような声を上げる。

 

 つながりを断ち切ったはずなのに、彼女の体が、出がらしのような魔力が魔道具へと引き寄せられていた。

 

 だから魅了の呪いは厄介なのだ。

 切り離しても、片割れを探すように呪いを求めてしまう。

 

「聖騎士長、これを持っていてくれ。壊すなよ」

 

「え、ひっ……は、はいっ」

 

 聖騎士長に義眼を手渡すと、俺はヌべリエのローブを引き裂いた。

 

「だ、大司教様っ」

 

 聖騎士長が慌てて静止しようとする。

 

「ヌべリエを呪いから解き放つ。聖騎士長、いざとなったら君の魔力も借りるかもしれない」

 

「は……はっ!」

 

 こういうとき、聖騎士長は説明せずとも従ってくれるから助かる。

 

 俺は露出したヌべリエの胸元に手を当て、顎を上向かせた。

 

「お願い、大司教様……私の救いの証を返して」

 

「残念ながら、その救いはまがい物だ」

 

 彼女の唇に唇を重ね、直接魔力を注ぎ込む。

 

「ん゛ぅッ――!」

 

 密着した唇から、肌に触れた手のひらから、一気に膨大な魔力を送る。ヌべリエの空っぽになった体に、俺の魔力を浸透させていく。

 

「ん゛ぁっ、あぁぁっ……ッ」

 

 ニーナの時とは違い、完全な魔力の書き換えにはこちらも相当の魔力を消費する。

 だが聖女の力を得た今の俺なら、たやすい。

 

「んッ、はぁっ……あついっ、あぁッ……ん゛ううぅぅっ――ッッ!」

 

 ヌべリエの体がビクンと跳ね上がり、さらに何度か痙攣する。

 

 しばらくして、彼女の体から力が抜けた。

 濃い魔力を流し込まれたショックで気絶してしまったらしい。

 

 ヌべリエの体の中が、俺の魔力で満たされているのを感じる。

 

 だがこれは荒療治に過ぎない。

 時間と共に彼女の魔力が回復してくれば、また呪いを求めてしまうだろう。

 

 手を打つには、一時的に呪いから解放されている今しかない。

 

 俺はヌべリエに自分のマントを被せると、呆然と立ち尽くす聖騎士長の肩を叩いた。

 

「ロレンティアに治癒を頼んでおいてくれ。両目から出血している」

 

「大司教様は、どちらへ?」

 

「私は仕上げにかかる」

 

「はっ」

 

 やはり、聖騎士長はつべこべ言わなくて済むからいい。

 

 

 ◇

 

 

 地上へ戻った俺は、一直線に別棟へと向かっていた。

 

 聖女や聖女見習いが寝起きする、男子禁制の建物。

 本来は大司教といえど無闇に立ち入るのは禁忌に抵触するが――。

 

「だ、大司教様っ、あの、こちらはっ……」

 

 中に入ると、出くわした聖女見習いが慌てふためく。

 

「緊急を要するのだ。聖女マイはいるか?」

 

「あ、はいっ、お部屋にいらっしゃるかと」

 

「分かった」

 

 ずんずんと廊下を進み、聖女見習いたちの驚愕に満ちた視線を浴びながら、階段を上る。

 

 三階のつきあたり、向かって右側。そこがマイの個室だ。

 

「聖女マイ、私だ。開けてくれるか」

 

 扉を叩きながら呼びかけると、中から「え」と高い声が聞こえた。

 

「リ……大司教さま、どうしたのですか!?」

 

「すまない。君に緊急で頼みたいことがあって来た」

 

「な、中へお入りください」

 

 促されて部屋に入る。

 

 ベッドと棚、それに机が置いてあるだけの殺風景な空間。遠視の術で何度も覗いてきたが、実際に足を踏み入れるのは初めてだ。

 

 だが今はそんな感慨に浸っている暇はない。

 

 ベッドに座ると、マイも当然のように隣に腰を下ろした。

 

「今すぐ、俺を眠らせてくれないか」

 

「え?」

 

 禁忌を破ってまで来たというのに、口にした頼みがこれでは驚くのも無理はない。

 

「多くを説明することはできないが、ヌべリエを救うためなのだ」

 

 今を逃がせば、二度と機会は訪れないかもしれない。

 

 彼女が起きたときにはもう、心を固く閉ざしてしまっている可能性がある。最悪、心が壊れてしまうことだってあり得る。

 

 今しかない。

 今、ヌべリエを救うことができれば。

 

 俺たちの命運をも左右する、強力な駒が手に入るかもしれない。

 

「……わかりました。術を使えばいいのですね」

 

「ああ、だが面倒なことに、まったく眠くないんだ」

 

 ただでさえ聖女の力で全身が冴えわたっているのに、昨晩はぐっすり寝てしまった。おそらくあと数日は眠気に襲われない自信がある。

 

「大丈夫です。安心してください、リンゼさま」

 

 マイは優しい笑みを浮かべると、自身の膝をトントンと叩いた。

 

「ここに頭を乗っけてください」

 

「ああ……」

 

 素直に横たわり、彼女の膝に頭を乗せる。甘く、落ち着く匂いに包まれ、柔らかい膝枕の温もりが眠気を誘う。

 もう術は発動しているようだ。

 

 するとマイが子守歌を口ずさみ始めた。

 

「やさしい風が麦をなでるよ、ふわふわ、ふわふわ。今日は、たくさん遊んだね」

 

 さらさらと頭を撫でられ、心地よさでまぶたが重くなっていく。

 

「愛しい……リンゼさま、私はここに、いるからね。優しい春が、あなたを包んで――」

 

 柔らかい髪が、頬をくすぐる。

 まぶたの先で、マイが顔を近づけてくるのが分かった。

 

「少しだけ、おやすみなさい、リンゼさま」

 

 ふわりと唇が重なった感触がして、俺の意識は薄れていった。

 

 

 

 

 ――暗闇が、あたりを覆っている。

 

 ヌべリエの魔力を探すと、目の前にぼんやりと情景が浮かび上がってきた。

 

(ここは……教会か?)

 

 どうやら司祭の寝室のようだ。

 

 窓際にあるベッドの上に、紫髪の少女が寝ている。

 

 よく見れば少女は生まれたままの姿で、床にはローブや下着が散乱していた。状況的に強引に脱がされたのだろう。

 

 少女の紫色の瞳からは大粒の涙が流れている。そして彼女の上には、禿げ上がった男が覆い被さっていた。

 

「……やめて、許してください、司教様……」

 

 ベッドがぎしぎしと唸り、全裸の司教が腰を振っている。

 

(この司教の顔、見覚えがあるな)

 

 部屋には男がもう一人いた。一糸まとわぬ姿で下半身を勃起させている。この男が司祭なのだろう。

 

 ヌべリエは司祭との姦通を疑われ、その証明のためにと視察に訪れた司教に処女を奪われ、挙げ句、司祭にも犯されたと言っていた。

 

 その場面が、これなのだろう。

 

 彼女が治癒の力を失った、最悪の記憶だ。

 

「おお、中の具合も最高ではないか、こんな片田舎まで来たかいがあったわ。司祭よ、これほど美しい聖女見習いは初めて見たぞ」

 

「ええ、アンの器量の良さはこのあたりでも評判なのですよ。それに、年のわりに体のほうも格別でしょう?」

 

「ああ、この芸術品のように繊細な肌つや、美しく実った乳房、どれをとっても()()()好みだ」

 

 司教が興奮に鼻息を荒くしながら、腰の動きを速める。

 

「アンといったか、ふふ、初めての悦楽は俺が刻んでやろう。司祭も控えているからな、最初は手早く済ましてやる」

 

「おねがいします、どうか、お赦しを……」

 

 少女の悲痛な懇願に、司教はニヤリと口角を歪ませた。

 

(もう、いいだろう)

 

 必要最低限の情報は手に入った。

 これ以上、醜悪な凌辱を見ていても意味がない。

 

 俺は手のひらに魔力をこめると、司教と司祭に放った。

 

「あがッ、ががががッ……」

 

 男たちの体がいびつに曲がり、消えていく。

 

 再び暗闇が戻る。

 

 残されたのは、ベッドに座り込んだ紫髪の少女――ヌべリエだけだった。

 

「君の本名はアンというのだな」

 

「陛下、助けにきてくださったのですね……ずっとお待ちしていました」

 

「申し訳ないが、私は陛下ではないよ」

 

「……ああ、大司教様」

 

 ヌべリエが寂しそうに苦笑する。

 

 その肩には、先ほど俺が牢で被せたマントが乗っていた。

 

「君はこんな目に遭っていたのだな。辛かっただろう」

 

「ええ、それはもう、世界を憎んでしまいたくなるほどに……ふふ、ですが心配はいりません。陛下が私を救い出してくださいましたから」

 

 彼女の紫色の瞳が愉悦に染まる。

 

「ほう、帝国の皇帝はこんな顔をしているのか」

 

 いつの間にか、ヌべリエの側に甲冑に身を包んだ大男が立っていた。

 

 筋骨隆々な、褐色肌の男。

 黒髪の短髪で、彫りの深い顔立ち。

 獰猛そうな笑みを浮かべるその出で立ちからは、気迫と威厳を放っている。

 

 四十前後だと思うが、若々しい雰囲気のせいで年齢が読めない。

 

 この男が帝国の現皇帝か。

 

 先代皇帝の遠縁でありながら、その武力によって皇帝の座を奪い取り、貴族たちを根絶やし、平民上がりの兵士たちを重用した改革者と聞いている。

 

 そして裏では帝国中から聖女見習いをかき集め、慰み者にし、それでも飽き足らずに周辺の国々へ聖女狩りを放っていると噂される男。

 

 ついた俗称が――好色帝。

 

 執拗にマイを狙う、背信者だ。

 

「初めまして皇帝陛下。私は王国で大司教の任を預かっている、リンゼ・ヤロワーツです」

 

 うやうやしい挨拶をしてみる。

 

 だが皇帝は俺に見向きもせず、ヌべリエの頬に手を添えていた。

 

 無視、という感じではない。

 おそらく俺と皇帝の間に接点がないせいだろう。これはあくまでヌべリエの夢。彼女の中に俺と皇帝が対話をするイメージがないのだ。

 

「助けに来たぜ、アン。こんな腐った教会さっさと燃やして、俺たちの城へ帰ろう」

 

「はい、ガリオン様……」

 

 ずいぶんと気安い皇帝の話し方に、少し驚く。

 

 気づけば、目の前で教会が燃えていた。

 

 ヌべリエは両目から血を流し、燃え盛る建物をぼうっと眺めている。その背後から、皇帝が彼女を抱き締めた。

 

「どうだ? 腐った奴らが炭になっていく様は」

 

「気持ちのいいものでは、ありませんね。それどころか、さっきから震えが止まりません。心が砕けてしまいそうです」

 

「それはな、アン。憎悪が心を蝕んでいるんだ。絶望と憎しみの炎が、お前の内側を浸食しているんだよ」

 

「……そうなのですね。ふふ、私はもう、聖女見習い失格です。純潔を奪われ、穢され、治癒の力も失ってしまいました。代わりにこの身に宿ったのが憎しみだというのなら、私はもう」

 

「アン、お前はそれでいい。穢されようが憎しみにとらわれようが、俺はお前がほしい」

 

「……ふふ、皇帝陛下は、お優しい方なのですね」

 

「事実を言ってるだけだ。――アン、俺がお前に新しい目をやる。だから新しい人生を俺のために捧げろ。憎しみも絶望も全部ひっくるめて俺が受け入れてやるよ」

 

 気づけば、ヌべリエの目には赤と黒の義眼がはめ込まれていた。

 

「俺の寵愛をくれてやる。その快楽に溺れろ、アン」

 

 皇帝の骨ばった手が、ヌべリエの胸元へ差し入れられていく――。

 

(とんだ茶番だな)

 

 俺は魔力をめいっぱい練ると、皇帝に向けて放った。

 

 パンッと小気味いい音がして、褐色肌の大男が破裂する。

 

「また邪魔をなさるのですね、大司教様」

 

 ヌべリエがため息をついて俺のほうを見る。

 

「皇帝の下手くそな三流芝居にも飽きたからな」

 

「……陛下を、侮辱するのですか?」

 

「事実を言ったまでだ。ヌべリエ、君が抱いていた感情は本当に憎しみか?」

 

「ええ、そうです。私は、私を穢した者たちを恨みました」

 

「そう皇帝に植え付けられたのだろう? 君は誰かに憎しみを抱くような人間ではないはずだ」

 

「分かったようなことを……大司教様は私の苦しみを知らないでしょう」

 

「知らないな。だが、聖女見習いのことは誰よりも分かっている。彼女たちは、君は、どんな目に遭おうとも人を憎むことなどできない。そういう清らかな心の持ち主でないと、そもそも聖女見習いにはなれないんだよ」

 

「……」

 

「おおかた心酔した皇帝に言われるがまま、憎しみだと思い込んだのだろう? あの男は、女をたぶらかすのに長けているようだ」

 

「大司教様の、妄想です」

 

「君にはまだ言っていなかったが、皇帝が授けた義眼の魔道具、あれには魅了の呪いが掛けられていたよ」

 

「……」

 

「その様子だと、君も無意識下では気づいていたようだな。まったく周到なやり口だ。皇帝は以前から君に目を付けていたのだろうな。かりそめの憎しみで人を殺めさせ、元来の優しさによって治癒の力を持ち、聖域にも侵入できる都合のいい駒。それを生み出すのが狙いだったのだろう。君が選ばれたのは……皇帝の趣味か。美しい聖女見習いには目が無いというからな」

 

「……長々と戯言を……どこにそのような証拠が」

 

「君を襲った司教、あれは皇帝の手駒だよ。君を犯しているとき、()()()の好みだと言っていたからな」

 

「そんな、ことで」

 

「まだある。あの司教は、少なくとも生きている。いや、正確には生きていた。皇帝はあの男を燃やさなかったんだよ。聖女見習いの情報を届ける間者(スパイ)として、その後もずっと生かしていたんだ」

 

「……嘘、です」

 

「事実だ。その証拠に、最近私が粛清した者たちの中に、あの男もいた。背信者と繋がりがあるとして捕らえられ、今ごろは処刑されている頃だろう」

 

 送られてきた背信者のリストの中に、確かにあの男の絵姿があった。

 俺は名前を憶えるのは不得手だが、一度見た顔は絶対に忘れない。

 

 仮に、絵姿の男が俺の記憶違いだったとしても問題はない。

 重要なのはこの場で、俺がそう信じ切っていることだからだ。

 

「……」

 

 ヌべリエは再び口をつぐんだ。俺が事実を言っていることが分かるのだろう。

 この夢の世界では、決して嘘がつけない。

 

「つまり君は、皇帝の身勝手な欲望を満たすために穢され利用されたんだ。哀れなことにな」

 

 俺を見据える彼女の義眼には、もう光が宿っていなかった。

 追い打ちをかけるなら、ここだろう。

 

「だがヌべリエ、君も最初は疑っていたのではないか?」

 

「……」

 

 すごいな。

 本音をさらけ出してしまうこの空間で、彼女は沈黙を貫いた。

 

 だが、その沈黙こそが答えた。

 

 一度芽生えてしまった皇帝への疑念は、時間とともに不信へと変わり、呪いのように心を蝕んでいく。再び信頼している相手に裏切られたのだという絶望とともに。

 

「……大司教様、私は、何を信じればいいのでしょう」

 

「君を本当に信じてくれる人を、信じればいい」

 

「難しいことをおっしゃるのですね」

 

「そうでもない。今も、君の目覚めを待ってくれている者がいる。まずは彼女を信じて……いや彼女に、挨拶でもしてみるといい」

 

「挨拶、ですか……それなら、できそうです」

 

 人の心は、そう簡単には変わらない。

 皇帝への不信を抱きながらも、ヌべリエの中には当分、皇帝の寵愛を受けたときの気持ちが残ってしまうだろう。

 

 そういう聖女見習いを、たくさん見てきた。

 

 だが変わるのではなく、元来の心優しい性質に戻るだけなら、そう時間は掛からない。

 これまで見てきた聖女見習いたちも皆、そうだった。

 

「ところで大司教様、あなたは聖女見習いは清らかだとおっしゃいましたね」

 

「言ったな」

 

「こんな私も、そう見えますか?」

 

「ああ、君も清らかで美しい、聖女見習いの一人だ」

 

「ふふ、嬉しいことをおっしゃいます」

 

 それは心が洗われるような、朗らかな笑みだった。

 きっと、これが彼女の本質なのだろう。

 

 穏やかに目を閉じたヌべリエが、ぼんやりと透けていく。

 

 そろそろ夢が終わる頃合いのようだ。

 

 あたりが暗闇に包まれ、意識が浮上していく。

 

 

 ――気づけば、俺は目覚めていた。

 

 後頭部に、マイの膝の温もりを感じる。さらりと前髪を左右に分けられ、戻された。

 マイが俺の髪をいじくっているらしい。

 

 彼女にも同じことをしたくなるが、我慢する。

 

(果たして、うまくいったか)

 

 俺はまぶたを開ける前に、遠視の術を発動した。

 

 視界の中に、ロレンティアの姿を映し出す。

 

 薄暗い牢の中で、彼女はヌべリエの目に手をかざし治癒魔法を掛けていた。

 

 ピクリと、ヌべリエのまぶたが震える。

 ゆっくり顔を上げると、ロレンティアが微笑んだ。

 

「ヌべリエさん、おはようございます。目の具合はどう?」

 

 心配そうな表情を浮かべる彼女に、ヌべリエがふっと口角を上げる。

 

「痛みはありません」

 

「ぁっ……そう、それはよかったわ」

 

 ヌべリエに話しかけられ一瞬驚いたロレンティアだったが、心底ほっとしたように胸を撫で下ろした。

 

「確かに、難しいことではないかもしれませんね」

 

 ヌべリエが蚊の鳴くような声でつぶやく。

 

「え? あ、ごめんなさい、聞き取れなくて……」

 

「いえ……おはようございます、ロレンティア様」

 

 まだその表情は硬い。だがヌべリエはロレンティアに、わずかながら心を許したようだ。

 

 彼女の絶望は、ロレンティアの慈愛が癒してくれるだろう。

 

 そうして俺は。

 

 ヌべリエという最高の手駒を得る。

 

 

「――リンゼさま……起きたのですか?」

 

 不意に、マイの美声が頭上から降ってきた。

 

 どうやら、心の中でほくそ笑んでいたつもりが、つい顔にも出てしまっていたようだ。

 

 まぶたを開けると、目の前に絶世の美少女の顔があった。

 つい無言で見惚れてしまう。

 

「えっと、リンゼさま?」

 

「ああ、おはようマイ。最高の目覚めだよ」

 

「あ、それはよかったです。よく眠れたのですね」

 

 俺の言葉が通じていない。相変わらず無垢で純真な子だ。

 

 なぜだか無性に、マイが愛おしく感じる。

 

「君のおかげで、ヌべリエを救うことができそうだ」

 

「そうですか……それは、ティア姉さまも喜びます」

 

 マイは、特に説明を求めなかった。

 

 俺のことを、心の底から信頼しているのだろう。ふんわりとした笑顔から、それが伝わってくる。

 

 今すぐ押し倒したいところだが、ここは男子禁制の別棟で、神聖な聖女の個室だ。おまけに特段の口実もない。

 

 だが今は、こうして彼女の膝枕に甘えているだけでも、十分に思える。

 

「マイ、追加で頼みがある」

 

「なんですか?」

 

「明日からも、私をこうして眠らせてくれないか。当分の間だけでいい」

 

 今回のやり取りだけで、ヌべリエを呪いから解放できたとは思えない。

 彼女がロレンティアに心を開ききるまで、夢での対話を続けるべきだろう。

 

 ヌべリエがいつ眠るかまでは読めないので、日中は聖騎士長に見張らせることにする。

 聖騎士長には面倒な任務だろうから、今度何か労いの褒美を与えるとして――。

 

「あの、リンゼさま」

 

「ん、なんだ」

 

「当分の間でなくて、いいです」

 

「どういうことだ?」

 

「ですからあのっ、当分、だけじゃなくて……その、毎日でも」

 

「……それは、この上ないな」

 

 俺は今にも襲い掛かりたい衝動を抑えながら、マイの柔らかいお腹に顔を埋めた。

 




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