※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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序
プロローグ ※


 

 

 

 —— —— ——

 雨は嫌いじゃない むしろ好き

 暗く分厚いカーテンのように

 不健全なわたしたちの戯れを隠してくれるから

 —— —— ——

 

 

9 years later

 

 

 険しい山々に囲まれた、召喚士の村ミスト。

 この村では、なぜか雨が降る日が決まっている。

 月が終わる3日前から月明けにかけて、毎月3日間だけ。それも大雨。

 裏を返せば、その3日を除けば天気はずっと晴れ。

 

 そんな不思議な現象を、この村の住民は問題視することはなかった。

 なぜなら、洪水に遭ったこともなければ。

 雨不足で農作物や畜産に悪影響を及ぼしたことは一度もない。

 突然の夕立や雷に振り回されることもないから。

 

(そろそろかなあ)

 本日は、6の月最終日。

 ミストで暮らす召喚士リディアは、自宅で雨音を耳にしながらぼんやりしていた。

 既に夕食をとり、入浴も済ませた。あとはあの男がやってくるのを待つだけ。

 

どんどんどん

 

(来た!)

 扉を3回叩く音とほぼ同時に勢いよく席を立ち上がり、玄関へ向かう。

 回数と叩き方で扉の向こう側にいるのは、あの男だ。間違いない。

 

「いらっしゃい」

「……」

 

 扉をそっと開ければ、上から下までほぼ真っ黒黒の人物。

 やはり、待ちかねていた男であった。

 

 —— —— —— 

 この男とは、かれこれ9年来の付き合いになる。

 この自宅の常連客で、最多訪問回数と最長滞在時間の記録を持っている。

 村の子どもたちとよく遊んでくれる。住民から『リディアのヒモー』などと茶化されている。

 行事にも裏方として参加してくれるほど、ミストで最も顔の知れた異国人だ。

 —— —— —— 

 

 そんな男は、毎月最後の日の夜になると、必ずリディアの自宅にやってくる。

 

「早く入って。風邪引いちゃう」

 

 扉を大きく開くと、男が挨拶もなく中に入ってきた。

 

 黒い雨合羽に黒いフードを目深にかぶっている男の姿は、まるで不審者。

 今日も走ってきたのだろう。黒いブーツが泥で汚れている。

 男が歩く度に、雨合羽の裾や袖から水滴がぼたぼたと床に流れ落ちていく。

 

(どうして、いつもこうなのよぉ……)

 そんな男の姿を見て、今月もリディアは頬をふくらませる。

 自宅にやってきたばかりの男は、普段と打って変わって人が変わる。

 毎月陰鬱な気配を醸し出し、挨拶はおろか口も利かない。

 普段が太陽なら、今はブラックホールか? とツッコみたくなる。

 

「それ、脱いだらこっちにちょうだい」

 

 男が扉のそばで立ち止まり、フードを外してから雨合羽を脱いだ。

 リディアがうつむいた状態で手を差し出すと、びしょ濡れの雨合羽を手渡された。

 

「もう、どうして傘使わないのかなあ……いっつも言ってるのに……」

 

 返事がないにもかかわらず、ぶつぶつつぶやきながら。

 雨合羽を壁に取り付けられたフックに引っ掛けた……まではよかったが。

 

「ちょっと!?」

 

 引っ掛けたばかりの雨合羽を、男が外そうとしている。

 がんばって丁寧に掛けた努力を否定された気がして、かちんときた。

 

「わたしきちんと掛けたでしょ!? どうしてわざわざ直すの!?」

『っ……!』

 

 笑いをこらえているのか、男が身体を震わせながら雨合羽を引っ掛け直した。

 綺麗な見栄え、しかもすぐ乾く。

 ぐうの音も出ない干し方を見せつけられて、改めて自分の不器用さを認識させられた。

 

 もっとも、こんな屈辱的な思いをするのは雨の日に限った話ではない。

 悔しいやら、恥ずかしいやら、腹立たしいやら。

 

(来月から、もう掛けてあげないっ!)

 リディアは心に固く誓うも、怒りのあまり気付いていない。

 明日になれば、誓いのことなどすっかり頭から抜け落ちてしまい。

 1ヶ月後の今頃、また同じことを繰り返してしまうということを。

 

 今度はテーブルへ向かい、そこに置いてあった大きめのタオルを手にした。

 

「はい」

 

 男の背後に近付き、タオルを差し出す。

 男は背を向けたまま、右手を伸ばして手探りでタオルをつかみ、足元を拭き始めた。

 

「ね、身体冷えてない?」

『……』

「あったかいお茶でも飲む?」

 

 男はリディアの問いに何も答えず、黙々と拭き作業を続ける。

 その数秒後、使い終わったのかタオルを投げた。

 布は放物線を描いて、部屋の隅の洗濯かごに入っていく。

 

『……』

 

 それを見届けてから、男は背を向けたまま黙って首を横に振った。

 お茶を淹れて飲む時間があれば、さっさと寝室に行きたいようだ。

 

「っ、ですよね……」

 

 男の反応を見て、がっくり肩を落とす。

 

 今月も『気遣い出来る大人の女性』アピール作戦は失敗した。

 更に追い討ちを掛けるかのように、男が下がりに下がった肩を指でつついてきた。

 

「はいはい」

 

 無言の命令に従い、くるりと背を向ける。

 男がリディアの目元に長い布を巻き始めて、視界はすぐ真っ暗になった。

 

 この男の目隠し作業は、やたら時間がかかる。

 リディアの長い髪を何度も手ぐしで整えながら、器用に布を巻いているようだ。

 見栄えをよくするために手間暇かけているのかもしれない。

 しかし、目隠しされている当の本人は、毎月心の中で『どうでもいいから早く終わってくれ』と思っていた。

 

(毎月毎月お茶も飲まずに、すぐ目隠し……どれだけ『盛ってる』……あれ??)

 リディアの『おとなの教科書』は、ミストでほぼ毎週開かれる女性陣の井戸端会議。

 そこで繰り広げられる恋人や夫婦生活談義は、ただれたネタの宝庫だ。

 

 たまに清い乙女を装い、会議に顔を出して夜の営み話を聞く。

 その度に、みんなと一緒に声を上げながら少しずつおとなの知識を吸収していた。

 

(『盛ってる』は、いつどんな場所でも何回でもヤる……なんか違うなぁ)

 ほぼ月に一度のペース、いつもの場所でしかヤらない。

 毎月リディアはこの夜を楽しみにしているし、男も同じことを思ってくれているだろう。

 だから、『盛ってる』は間違い。正しくは『うずうず』だ。

 

 そうこう考えているうちに、後頭部に強い圧迫感。

 続けて、背後にいる男から両肩を軽く叩かれた。

 無駄に手が込んでいると思われる、目隠し作業が終わった合図である。

 

『よし出来た。隣行こう』

「うん」

 

 少し高めの柔らかい男性の声に素直にうなずいた直後。

 身体がふわりと宙に浮いたような感覚を受け、ゆらゆら揺れ始めた。

 男がリディアをお姫様抱っこ——横抱きして、隣の寝室へ移動を始めたと思われる。

 

 歳を取るか、太ってしまうと、お姫様抱っこしてもらえなくなる。

 今のうちに堪能しておこうの精神で、リディアは毎月徹底的にされるがまま。

 

「ねえ」

『何だい?』

 

 結果は見えているが、交渉するなら今しかない。

 思い切って男に話しかけると、相手が立ち止まった。

 

「いい加減、演技や声を変えるの、もうやめ」

『——だめ』

「けち!」

『ルールだからだめだって、毎月言ってるじゃないか』

「うっ……」

『あ、名前を呼ぶのもだめだから』

「知ってた? 今の時代、なんでもだめだだめだって自分の子どもに言っちゃう人は『毒親』って呼ばれてるんだって」

 

 まるで『だめ』のキャッチボールみたいな交渉も、毎月恒例となっている。

 理由が理由なので、リディアの希望は一度も叶ったことはない。

 それでも今日は、心変わりしてくれるかもしれない。

 そんな期待をもって、毎月毎月めげずに同じ交渉を持ちかけていた。

 

『知ってるけど、リディアはぼくの子どもなの?』

「……ちがう」

『全然関係ないよね』

「う……」

『じゃあ、この話はもう終わり』

 

 男が再び歩き出し、リディアの身体も揺れ始めた。

 交渉は今月も失敗に終わった。

 悲しいかな。この先どれだけ訴えても、男は一切応じてくれない。

 

「ああん、もうっ!! ちょっとぐらいわたしの言うこと聞いてくれたっていいじゃないっ!」

『毎月毎月、懲りないね。罰として今日は朝までぶっ通しだな』

「な……!? 無理だよ! 身体保たない!」

『腰が立たなくなるぐらいでしょ。それにさ、実は楽しみにしてるくせに』

 

 男はよく『リディアは好きモノの部類に少しずつ近付いている』と口にする。

 そうさせられつつあると言った方がいいと思うが、どちらにせよ当たっている。

 

『違う?』

 

 小さくうなずいて男へ返事すると、すぐに小刻みの振動が身体に伝わってきた。

 

「ちょっと……! 今、笑ってるでしょ!」

『いや?……ははっ! 身体は正直だから、仕方がないよねっ……あははははっ!!』

 

 本性の一部を見せてしまうぐらいツボにハマったらしい。

 男が高笑いを始めたが、声だけはここまでと変わらず、別人のものであった。

 

 —— —— ——

 毎月最終日の夜。

 男は目隠し作業を終えると、某友人男性の仮面をかぶる。

 もちろん、その男性と声や話し方がそっくり。おそらく身振り手振りも。

 —— —— ——

 

 例え演技中でも、男が昼間のようにぺらぺらしゃべってくれると気分は悪くない。

 一方、家にやってきた直後は、なぜ挨拶はおろか口も利いてくれないのか?

 それは、この関係が始まってから約3年が経過した今も、謎に包まれていた。

 

ぱたん

 

 身体の揺れが収まった。同時に寝室に入ったようで、扉が閉まる音が聞こえた。

 

 —— —— ——

 自分たちの関係をどう表現していいかわからない。

 男と友情で結ばれているのは、間違いないけれど。

 快楽を共有するセフレのような、軽々しい間柄ではないと思う。

 だからと言って、両思いや恋人同士のような完成された関係でもない。

 —— —— ——

 

 へんてこルールも強いられるし、目隠しもされる。

 文句がないのは、お姫様抱っこされている間とヤッている最中ぐらい。

 そんな月に一度の夜の逢瀬にもやもやしながらも。リディアは男を手放せなくなっていた。

 

『はい、着いたよ』

 

 布の感触から、ベッドの上に降ろされたようだ。

 そう察したものの、すぐに男に身体を倒されてしまい。

 もやもやは一瞬にして、どこかに吹っ飛んでいってしまった。

 

『——じゃあ、始めようか』

 

 男の顔が、徐々に近付いてくる気配を感じる。

 本当に朝までヤるつもりなのか? そう思ったのが最後。

 リディアは男を受け入れる態勢を整えるために。唇を薄く開けて雑念を取っ払った。

 

 

——2時間後

 

 

 大粒の雨がざあざあ音を立てながら、窓や家屋や大地を叩きつけるように降っている。

 時折雨音に混じって、ごろごろと轟音が鼓膜に届く。

 

(……珍しいなあ、雷なんて)

 嵐のような雨の音で、おぼろげだったリディアの意識は少し鮮明さを取り戻した。

 息を整えるため、胸いっぱい深呼吸しようとしたその時。

 

『まだ終わってないよ』

「ひゃっ!?」

 

 ただでさえ敏感な耳元に、男の優しい声と吐息が降り注がれる。

 

「はぁ、っ……あぁああ、っ!」

 

 下半身の熱はまだ治まっていないのに、やや乱暴な抽出が再び始まった。

 男の楔がリディアの奥と入り口を行き来する。

 そんな中、とうに知られた弱い部位も絶妙な圧でつつかれる。

 

「ちょ……っと、待って……ぇっ……!」

 

 制止の言葉はただの気休め。何の歯止めにもならない。

 次々と与えられる快感に溺れ、はしたない声を上げながら身体を大きく震わせる。

 

『ずるいな、先にイッちゃって』

「……っ、もう……こ、れ以上イ、イッ、たら、あああんっ……!! おかしく……なっちゃう……っ」

『なっていいよ。そういうリディア、もっと見たい』

 

 くすくす笑われながら、男に耳元でささやかれた。

 

(ずるいよ。あたしだって……)

 この身体に欲望を吐き出す瞬間の男の顔を、見たくてしかたがないのに。

 

 けれど、毎月夜の逢瀬の日は必ず目隠しされるため、一度も望みが叶ったことはない。

 そもそもの話、男の顔が見たいと望みながらも、しかと直視出来る自信もない……。

 

「はぁ……ね、ねえ……おねがい……これ、外しても」

 

 男に阻止されてしまうのは目に見えている。

 それでも、気が変わって『いいよ』と言ってくれるかもしれない。

 めげないリディアは右手をゆるゆると動かし、目隠しを外そうと試みた。

 

『だめ。本当懲りないね』

「あっ……」

 

 右手だけでなく左手まで取られてしまい、互いの両手がシーツの海へ沈んだ。

 普段の男から想像もつかないほどの優しい手付きで、指と指を絡ませられる。

 

(今月も……全敗だった……)

 リディアは心の中で白旗を上げながら口を開き、男の唇を受け入れた。

 

 くちゅくちゅと互いの舌を絡ませあう音。

 男が腰を動かす度に、下腹部からぐじゅぐじゅと蜜がこぼれる音。

 互いの肌がぶつかってぱつんぱつんと弾けるような音。

 

 外から聞こえる、何もかも洗い流すような激しい雨音。それとは対照的に、室内にはみだらな音が響き渡る。

 

 こうなってしまうと、リディアは甘い声を上げながら腰を揺らすだけ。

 今月も何ひとつ希望が叶わなかったことは、もうどうでもよくなっていた。

 

『く、っ……今度は……一緒に、っ……リディア……!」

 

 行為中にもかかわらず口がよく回っていた男も、声からして余裕がない。

 言葉も途切れ途切れになってきた。

 

(そろそろ……かな)

 男がもうすぐ限界を迎えるかもしれない。

 リディアがそう察した矢先。熱く昂ぶる楔で強く激しく身体の奥を貫かれた。

 その瞬間、近くで雷が落ちたのか。閃光が走るのとほぼ同時に、雷鳴の轟く凄まじい音が外から響き渡る。

 

「ああぁ……! あ、あたし、すき、『   』が……ぁああ、だ、だいすきっ!……あぁああああっ!」

『——っ!!』

 

 頭の先から足の先まで、これまでにない快感が走る。

 そんな中、リディアは甲高い嬌声を上げながら。

 うわごとのように、男への告白を口ずさんでいた。

 

(雨と……安全日が重なってて……よかった……)

 気が付けば、生まれて初めて胎内で男の熱を受け止めていた。

 意識が徐々に朦朧としてくる。

 そんな中、お互いに達した、つい先ほどの出来事を振り返る。

 

 ついにルールを破って、行為の最中に男の真の名を呼んでしまった。

 あとで男に怒られるだろうか?

 それとも、本心から出た言葉に喜んでくれるだろうか?

 

(喜んで、くれるといいなあ……)

 歪んだ関係の正常化への期待。禁忌を破ってしまった少しの不安と後悔。

 それらを胸に抱えながら、リディアの意識は暗く深い沼の底に沈んだ。

 

.

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