※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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どうしてあんなことを言ったのだろう

 

 

 —— —— ——

 『菓子まき』の恩恵にあずかろうと、ミゼルと一緒に忍者学校校舎の竣工式に参加した。

 式を終えて、他のお客さんの後を追うように西の城下町に戻る中。

 

『戻ったら、お昼ごはん食べようか』

 

 ミゼルから提案され、リディアは小さくうなずいた。

 早くどこかに腰を落ち着けたかったのだ。

 

 城下町に戻り、某お食事処の店内に入ると、店員に角っこの席に案内された。

 そして、リディアはあんみつ。ミゼルはおそばセットを注文。

 品が席に届くまで、リディアはひたすら物思いにふけっていた。

 —— —— ——

 

 

——午後12時すぎ

 

 

 商品が届いたにもかかわらず、考えごとは止まらない。

 なかなかあんみつに手をつけられないでいたら。

 

「なあなあ」

「あ、どうしたよ」

「さっき、いくつゲットした?」

 

(この人たちもさっきいたんだ……)

 後ろの席に座る男性たちの声が、リディアの意識をそちらに向けさせた。

 

「12だな」

「うわぁ、負けた。おれ10……」

「地元じゃ、3つもらえりゃいいとこだってのによ」

「やっぱ、国営の『菓子まき』はレベルちげーな」

 

 どうやら、男性たちは地方在住のエブラーナの民。

 たまたまここに遊びにきたら、偶然竣工式があると知って参加したようだ。

 

「でもさ、いいもん見れたよな」

「……お館様、かっこよかったな」

「おれらに頭下げるとは思わなかったぜ」

「そこまでされたら、わがままきいてやらねえとな」

 

(男が惚れる男って、エッジのことかも……!)

 男性たちの意見を聞いて、心があたたかくなった。

 エッジがほめられると、一緒にうれしくなってしまう。

 

「お館様……何考えてるのかな?」

「あの言い方じゃ、男やもめになるってことよね」

 

 今度は、右側の席に座る女性たちが竣工式の話を始めたようだ。

 リディアは、彼女たちの会話についつい聞き耳を立ててしまう。

 

「リディア様のこと、本当に諦めたんだ」

「だいぶ前に、ふられたんじゃないのー?」

「おかしくないわね。お館様、とっくに適齢期過ぎてるし、リディア様も若い方がいいでしょ」

「いくらお館様でも、若さには勝てないよね」

「ふられたショックで、シビエンの女と婚約したんだよ」

「やけくそとも言う」

「それそれー!」

 

 女性たちのけらけら笑う声を聞いて、猫の半面の下で顔を歪ませる。

 

(ふってないし、エッジまだ若いもん!!)

 エッジへのよろしくない意見は、ミストで聞き慣れている。けれど、やはり気分が悪い。

 

(でも、男やもめってなんだろう?)

 知らない言葉もあった。ミゼルにそれとなく聞いてみよう。

 リディアはそう決めて、目の前に座る男に視線を向けたところ。

 

「はぁ……っ、うん……っ」

「……」

「あぁ……おいしい……!」

 

 ミゼルが2本の細長い棒——おはしを、巧みに操りながら。

 おそばと呼ばれるねずみ色の麺をずるずるすすり、至福の声をもらしている。

 

 能天気に麺をすする男に、リディアが閉口していると。

 突然ミゼルがおはしを動かす手を止めて、こちらを不審げに見てきた。

 

「体調悪いの?」

「えっ」

「あんみつ。全然食べてないじゃん」

「っ、そんなことない……」

 

 十分そんなことはあるけれど。

 慌ててスプーンを持って口に入れたが、甘さをあまり感じなかった。

 

「大丈夫?? きみが甘いもの食べないって、この世の終わりレベルでやばいよ?」

 

 その通りである。リディアの日常に甘いもの……糖分は欠かせない。

 幸せにも元気にもなれるそれを、今は味わう余裕がない。

 

「お菓子袋もそっちのけだったしさぁ……!」

「っ、すみません」

 

 ミゼルから責め口調で言われて、ばつが悪い思いで謝った。

 

「欲しくなったら、早めに声かけてよ? ぼく全部食べちゃうからね」

「はい……」

 

 竣工式に参加する。そう言い出したのはリディアだ。

 終わってみれば、しぼんだ風船のごとくテンションだだ下がり。おまけに、甘いものもろくに口にしない。

 言い出しっぺに付き合わされたミゼルとしては、たまったものではないだろう。

 

「おじちゃん……」

「何?」

「これから、エブラーナがどうなるか……わくわくしてるでしょ?」

「ばかなこと言うんじゃありませんよっ。エブラーナはこれから大変だよ??」

「うそばっかり。楽しそうにしか見えないよ」

「あのねぇ……! おそばはここに来ないと食べられないんだよ? 美味い美味いって言いながら食べちゃだめなの?」

「っ……」

 

 ミゼルがそう言ってから、おはしで油の揚げ物をつかんだ。

 すぐ口の中に放り込み、もぐもぐ口を動かしている。

 

(美味しそうに食べるなあ)

 おそばや揚げ物——天ぷらは、エブラーナでしか食べられない。

 お面で顔が隠れているが、ミゼルが満足げな表情を浮かべているのが容易に想像出来る。

 

「まあ、腹が減っては戦が出来ぬと言いますしねぇー」

 

(何と戦うんだろう……)

 エブラーナの行く末を憂うことを言いながら。

 エブラーナのお料理を堪能して他人事オーラを醸し出す。

 何とも矛盾した行動を見せるミゼルへ、お面の下で怪訝な表情を見せた。

 

 ***

 

——1時間ほど前

 

 竣工式の最後。国王さま——エッジがサプライズで登場して挨拶を始めた。

 含みのある出だしに、これは婚約を発表するのかもしれない。

 リディアだけならず、他のお客さんたちそう思っていたのだが……。

 

「我が国、エブラーナは世襲制を廃止して禅譲制に移行する」

 

 エッジがそう宣言して、リディアは耳を疑った。

 もちろん他のお客さんや来賓の人たち、そして司会者も……みんな驚いていた。

 

「詳しくは、明日のXを読んでくれ」

 

 会場内がざわざわする中。エッジがそう前置きしてから、話を続けた。

 

 —— —— ——

 オレはかねてから、この国には王族の血を持たなくても、この国を愛し、民を思い、守れる……。

 国王にふさわしい資質を持つ者はいくらでもいる。そう考えていた。

 数年かけて考慮した結果、オレが認めた者に次期国王として、この国と民を託しそうと決意した。

 

 来年から、国を挙げて未来のエブラーナ国王、並びに国王を支える人材を育成していく。

 北と西、そして、ここを加えた3か所を忍者教育の拠点として子どもたちに切磋琢磨してもらう。

 

 突然のことで驚き、動揺する者。

 長年続いた世襲制に終止符を打つ。そう決めたオレを無責任だと思う者も多いだろう。

 それでも、オレは国王に値する者に未来を託す日が訪れるまで。この国に身を捧げて、民に尽くす所存だ。

 

 どうか、国王としての、オレの最初で最後のわがままを許して欲しい。

 そして、これからも我がエブラーナを……見捨てないで欲しい。

 —— —— ——

 

 祖国だけは嫌わないでいて欲しい。観衆にそう訴え、エッジは最後に頭を下げた。

 会場はしんと静まり返り、反論や批判する者は現れなかった。

 

 それからエッジが頭を上げると、手短にお祝いの挨拶を済ませてから。

 

「この後、たくさん菓子ばら撒いてやっから、けんかせずに持ち帰ってくれよなっ!」

 

 くだけた口調でそう言い残すと、会場から煙のように姿を消した。

 

 その後、すぐに『菓子まき』が始まった。

 けれど、リディアはエッジが消えた跡——演台をひたすら凝視し続けていた。

 ぽいぽい飛んでくるお菓子袋に全く見向きもしない。

 その代わりとばかりに、ミゼルが10袋も受け取ってくれていた。

 

 ***

 

 これからもエブラーナ王制は続く。

 しかし、初代国王の血を汲む王族はエッジの死をもって終焉を迎える。

 それを知ったら、エブラーナの民はみな大騒ぎするはず。

 

 ところが、本日の竣工式。思ったほど大きな騒ぎにならなかった。

 観客に向かって自ら頭を下げた。そんなお館様のわがままを聞いてあげよう。

 今後ろに座る男性客たちのように、そう感じた者が多かったからだろうか?

 

§

 

「ごちそうさまでした……あっ、すみません」

「はい」

「そば湯、持ってきてもらえますか?」

「すぐお持ちいたしますね。少々お待ちください」

 

 ミゼルが近くを通りかかった店員に声をかけた。

 セットのお盆をその人に渡しながら、そば湯を頼んでいる。

 

(そば湯って何だっけ……いいや別に……)

 店内に入ってすぐ、ミゼルからそば湯の説明を受けたが。全く覚えていない。

 今も今で、そば湯のことより、エッジのことが気にかかって仕方がない。

 

(やっぱりあの話、本当だったのかも)

 自分は『種なし』。以前ツクヨミから、そう打ち明けられたことがある。

 今にして思えば、作り話も多々あったと思うけれど。エッジは子を成せない身体なのかもしれない。

 だから、エブラーナは禅譲制移行を余儀なくされたのではないだろうか??

 

「リディアさん」

「なに……?」

「防音。これぐらいで頼むよ」

 

 ミゼルが、自分たちが座る席の周りを指でくるっと囲みながら。

 この席を範囲にして『防音結界』を張ってくれと頼んできた。

 

「【……」

 

(ここじゃ聞かれたらいけない話をするってことは……)

 この男が何を話す気でいるのか。大方見当がつき、『防音結界』の詠唱を唱え始めた。

 

 鋭い質問が飛び出すかもしれない。そう不安に思いながら。

 詠唱を口にしている間に、店員がそば湯なるものを運んできた。

 

「……】張ったよ」

「ありがとう」

 

 無事に結界を張り終えて、ミゼルがお礼を口にしてくれたが……。

 

「——あんみつどころじゃないよねっ」

「……!」

 

 席から身を乗り出してきたミゼルに合わせるかのように。

 リディアも思わず背すじを伸ばしてしまった。

 

「エドワードくんがあんなこと言っちゃって、そればーっか気にしてるでしょ」

「……」

「かれこれ10年近く我慢してたけど、ちょうどいい機会だ。エドワードくんのこと、いろいろ教えてもらおっかなぁー?」

 

 ついにやってきたと言うべきか。

 ミゼルが生まれてはじめて、リディアの聖域——色恋話に踏み込んで来た。

 

 10年近くもリディアの近くにいながら、一度もツッコまずにいられるとは……。

 ミゼルの異常なまでの我慢強さに、ある意味感服してしまう。

 

「あの人のこと好きなの?」

「……」

「それとも、古くからの戦友かな?」

「うん、そうな」

「——もしかして、あの人は今状態??」

 

 白い湯気が立つ『そば湯』に未だ口をつけず。

 ミゼルが両手で頬杖をつきながら。リディアに答える隙も与えず。

 矢継ぎ早に質問を浴びせてきた最後に、首をこてんと傾けた。

 

(そのお面、反則でしょ!)

 猫のお面をかぶり、媚びたような仕草を見せたミゼルが、うっかり可愛く見えてしまった。

 そんな自分自身に、ちょっぴりいらっとしてしまう。

 

 何にせよ、エッジに恋情を寄せているなんて言いたくない。

 かといって、エッジは過去の人でもないので、答えはひとつしかない。

 

「昔からの友だ」

「——それなら、今頃あんみつは完食してるでしょ」

「っ……」

「未だにツクヨミさんと偽装恋人のままなのは、エドワードくんに殉じてるから……違う?」

 

 答えあぐねて黙り続けるリディアにやきもきしたのか。

 ミゼルが頬杖をついたまま、大きなため息をついた。

 

「答えたくないか……ぼくはきみから全く信用されてないってことだな」

「そういう訳じゃないよ」

「いいんですよ? 無理しなくて? どうせ、ぼくはジャンヌさんのおまけですしぃー」

 

 おどけたような表情で、ミゼルがぷいっと明後日の方を向いてすねた。

 

(これ、もう気付いてるでしょ!?)

 何ともまあわざとらしい仕草である。この男、既にお見通しなのではないか。

 リディアはそう感じながらも。黙ったまま、ほぼ手付かずのあんみつを見つめ続ける。

 

 ***

 

——昨夜

 

 ミゼルも帰り、後片付けも全て終わってライザの自宅を去る直前。

 ライザがリディアにこう言ってきた。

 

「ミゼルさん。ツクヨミさんの正体気付いてるかもしれないわね」

「えぇ! どうして!?」

「ここで、あなたたちのことに興味ない人。あの人しかいないじゃない」

「あ……」

「他人ごと装って、あなたたちを様子見しているのかしら?」

 

 ライザの言う通り。リディアは幻獣界から戻ってきてから。

 アリサやジャンヌから『ツクヨミと結婚(略)』と迫られるようになった。

 ふたりだけではない。そんなミストの住民が大多数を占める中。

 唯一ミゼルは無関心を貫いていた。

 

 そもそもミゼルは週の半分以上、どこかに出かけていて。

 朝から晩までミストにおらず、以前と比べて顔を合わせる機会も減っていた。

 

「おじちゃん賢いし、あり得るかも……」

「一度あの人に、ツクヨミさんとエッジ様のこと打ち明けてみたら?」

「そんなのやだよ!」

「わたし相手にガス抜きしても、何も変わらないわ。ツクヨミさん本人に向かって正体暴く訳でもないし……」

「それでもやだ」

 

 もやもやを抱え続ける現状を少しでも打破するため。

 ライザがそう勧めてくれるのはわかったが、どうしてもその気になれない。

 

「どうして?」

「え、男の人だから……」

 

 リディアはミゼルという人間を信頼してはいるが。

 男性ということもあって、恋愛関連で頼る気は一切なかった。

 

 —— —— ——

 リディアは自身の服装を除けば、恥じらいの念が強い。

 エッジやツクヨミのことについては、おとなのただれた関係が絡んでくる。

 特にエッジの場合。経緯からして、そういった話題は避けられない。

 

 そんなリディアと相反して、ミストには身もふたもない者が多い。

 子どもの多くは、キスを持ち出してちゅーちゅー言ってくる。

 男の人の多くは、キス以上のことを平気で口にする。

 

『おい。もうツクヨミとヤッたんだろ??』

『あいつ、前と後ろのどっちが上手いんだぁ?』

 

 ミストのおじさんたちから、からかい混じりにそうたずねられる。

 その度に、『知らないっ!』『セクハラやめてよっ!』と怒っていた。

 —— —— ——

 

 ミゼルはおじさんたちのように、あからさまなことを言わないと思う。

 けれど、男性という時点でアウト。打ち明ける気になれない。

 

「あの人は、あなたのお兄さんのような人でしょう? いろいろよくしてくださったじゃない」

「それはそうだけど……」

「あの人がいなかったら、わたしたちもここに帰ってこれなかったのよ?」

 

 —— —— ——

 リディアが幻獣界に幽閉された直後。

 ミゼルは幅広い人脈を駆使して、ライザたちの居場所をつきとめた。

 離婚のサポートをしてくれる専門家まで、ライザに紹介。

 周到な計画を立てて、それを実行するようライザたちに勧めた。

 

 結果、時間はかかったが、ライザは(元)主人と離縁が成立。

 ベスとユノを連れて、ミストに戻ってこれた。

 —— —— ——

 

 今のライザにとって、ミゼルは恩人のような存在になっている。

 だから強く勧めてくる気持ちはわかる。わかるけど……。

 

「やっぱりいや」

「……仕方がないわね。あなたがそこまで言うんですもの」

 

 リディアは気乗りすることないまま。お片付けを終えて、ライザの自宅を去ったのであった。

 

 ***

 

 一夜明けても、リディアの意志は変わらなかった。

 ミゼルに知らぬ存ぜぬを貫き、ここからミストに帰るつもりでいた。

 ……先ほどの竣工式に、エッジが現れるまでは。

 

(このままでいいのかな……)

 これからも、もやもやガス抜きのために。ライザに愚痴る日々を送り続けるのか?

 おとなのあれこれだけ避けて、話せばいいだけではないか?

 聡いミゼルのことだから、言わなくても頭の中で勝手に察するだろうし。

 

「ぼくがツクヨミさんにチクるかもしれないし、エドワードくんが好きって……言えないか」

 

 目の前で何か話しているミゼルに返事をせず。

 打ち明けるべきか、打ち明けないべきか。踏ん切りがつかないでいたら。

 

『あの人に話して損はしないわ。気が向いたら相談してみなさいよ』

 

 昨夜の帰り際に、親友のそんな言葉が脳裏にふと浮かんできた。

 

(ライザを信じよう……!)

 ここでミゼルに打ち明けたら、何か変わるかもしれない。

 結果マイナスにならなければいい。

 もしマイナスに転じたら、今後ミゼルと口を利かないことにする。

 逡巡を終えて、リディアは意を決した。

 

「おじちゃん」

 

 スプーンを机の上に置いてから。猫の顔したミゼルを改めて見据える。

 

「何?」

「あのね……」

「トイレは外だよ」

「もう! そうじゃないったら!」

「なんだ、違うのか……」

 

 自身の見当が外れたからだろう。

 おもしろくなさそうに『そば湯』をすするミゼルに、心底呆れてならない。

 

(そういうとこが、エッジにうざがられるの!)

 話の流れからして、トイレに行くと言うとでも?

 いい意味でも悪い意味でも、場の空気をぶち壊す。その癖、どうにかならないのか?

 

「だったら何?」

「あの、おじちゃんは……」

「ぼくがどうしたの」

「ツ、ツクヨミさんの正体」

「——エドワードくんでしょ」

「……!」

 

 ミゼルから即座にエッジの名が出た瞬間。

 リディアは両手で頭を抱えて、こう邪推したのであった。

 

 —— —— ——

 この男は、こうなることを全てわかっていた。

 その上で、本日ここに連れてきたのではないか?

 —— —— ——

 

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