※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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あなたをもっと知りたくて

 

 

「ツ、ツクヨミさんの正体」

「——エドワードくんでしょ」

「……!」

「はははっ! 気付いてないと思ってた?」

 

 頭を抱えたリディアをよそに、ミゼルが楽しそうにからから笑っている。

 

「おばちゃんは……?」

「知らないよ。——帰ったら教えてあげよっか?」

「!?」

 

 さっと顔を上げて首をぶんぶん横に振り、ミゼルに拒否の意を伝えた。

 

「心配しなくても言わないよ。ジャンヌさんやミストのみんなには、夢見せてあげた方がいいでしょ」

「うん……」

 

 リディアの希望とは、真逆の結果になる。

 ミゼルはそう考えて、妻にも黙っていてくれているようだ。

 

(おばちゃん、曲がったこと嫌いだもん。怒るよ……)

 ツクヨミの正体は、リディアやミストを見捨てて、他の女(犯罪者)と婚約した、某国王。

 それを知ったら、ジャンヌは激怒するかもしれない。

 

 ジャンヌだけではない。ツクヨミの正体がミスト中に知れ渡れば、みんなも怒るだろう。

 ツクヨミも、ミストに来なくなるのが目に見えている。

 

「いつ正体に気付いたの?」

「……前振りから話すかな」

 

 ミゼルが姿勢を正してからこう言った。

 

「ツクヨミさんが初めてミストに来た日、覚えてる?」

「うん。友だち出来るって喜んでたよね」

「あの頃は、エブラーナの友だちだけはいなかったからなぁ」

 

(エッジは国王さまだし、あんまり相手にされてなかったもんね……)

 その日、エッジが花火の打ち上げ役として、ツクヨミを連れてきた。

 初めてエッジ以外のエブラーナの人がやってきて、住民はみんなツクヨミに興味津々。

 中でも諸手を挙げて大喜びしていたのが、このミゼルであった。

 

「それで、アイス食べてる時に『これからきみとぼくは友だちだから、ミゼルさんと呼べ』って頼んだ」

「っ、何それ……!」

「次の年から呼んでくれたよ?」

「友だちが命令しちゃだめでしょ……!」

 

 何かを強制するような関係を、友情と呼んでいいのだろうか。

 リディアがそう思いながら、呆れ交じりで笑っていたら。

 

「でも、そのおかげで気付いた」

「!」

 

 話の本筋に入る。ミゼルがそうほのめかして、ぴたっと笑いを止めた。

 

 3年前のクリスマスの夜。

 ミゼルが、ジリアンの自宅からリディアの自宅に向かう途中。偶然、ツクヨミと鉢合わせ。

 挨拶された瞬間。以前のツクヨミと別人だと気付いたという。

 

「その日に限って、よそよそしく『こんばんは、村長さま』だもん」

「……だめだね。呼び方統一しておかなきゃ」

「『リディアさま』以外、頭になかったんでしょ」

「偽者の人も、エッジに報告しなかったんだね」

「偽ツクヨミさん。花火大会2年連続『こんな仕事やだ』って文句言ってたからなぁ」

「あぁ、裏切っちゃったんだ……」

 

 ミゼルが呆れたような顔で、エッジの詰めの甘さ——偽ツクヨミ背信疑惑——を指摘した。

 

(愚痴りたくもなるよね)

 真夏なのに、くそ暑苦しい格好をさせられる。晩ごはんは、兵糧丸だけ。

 しかも、打ち上げ花火の役を押し付けられた。お館様は何ひとつ手伝ってくれない……。

 そんなところに、ミゼルからおつかれさま代わりのアイスを渡されたら。

 偽ツクヨミがほだされてもおかしくない。

 

「『村長さま』で、すぐエッジだって気付いたの?」

「うん。ゼロのおかげかな」

 

 ミゼルが、自身の頭をちょんちょんつつきながら答えた。

 

 ゼロは生まれつき、知性と引き換えに突出した能力を与えられる。

 ミゼルのそれは、記憶力を含めた人並外れた頭の良さだ。

 

「エドワードくん、その前の年から12月だけミストにこなくなったでしょ」

「うん……」

「その年のクリスマスに、ツクヨミさんがエドワードくんの代わりにケーキ届けにきたって聞いてたしね」

 

 エブラーナの友だち欲しさのあまり。初日から(偽)ツクヨミに干渉していた。

 ミゼルが早い時期からツクヨミの正体に気付いたのは、それが原因だろう。

 

「だからツクヨミさんにお面外してって頼んでたんだ」

「あの日は散々だったなあ。あれからジャンヌさんに腹パン食らって、ケーキもほんのちょこっとしか分けてくれないし、ワインも気が付けばなくなってたし……」

 

(ねちっこいなあ)

 3年も前の出来事を、ミゼルがぶつぶつ愚痴っている。

 リディアには、その様が女々しく見えて仕方がない。

 

「顔の傷見せなきゃよかったんだよ。おばちゃんも姑息って言ってたじゃない」

「ぼくが見せたら、見せてくれるって思ったんだよ」

「……わたしには絶対見せてくれないのに、エッジには、顔見せるんだね」

 

 リディアはミストの火災発生以降、ミゼルの素顔を一度も見たことがない。

 いくらお願いしても、見せてもらえない。

 

「あの人はいいんだよ。そういうの見慣れてるし。でも、きみはそうじゃない」

「わたしが泣くから、見せてくれないの……?」

「そうです」

 

 ミゼルは11年前——ミストに帰郷した時のことを、今も引きずっているようだ。

 

 —— —— ——

 ミストに到着し、ジャンヌたち先住民と再会した。

 ところが、ミゼルは黒眼鏡を掛けて、肌を見せないような服装。以前の面影は見る影もなかった。

 ミストの火災でひどい大火傷を負い、傷を隠している。

 それが目に見えて明らかで、リディアはミゼルの目の前でわあわあ泣いてしまった。

 —— —— ——

 

「これからも、お断りだから。——よろしく」

「はい……」

 

 今ここでお面を外してもらったとしても、泣かない自信が全くない。

 死ぬまで、彼の素顔は見せてもらえないようだ。

 

「その時からエドワードくんと誰かが、架空の忍者をWキャストで演じているってにらんでてね」

「エッジがミストに来なくなってからは、エッジがずっとツクヨミさんを演じてると思う……」

「だろうね。その頃から、きみに近付いてきたもん」

「偽物の人は、アリバイ工作に利用されちゃったんだね」

「あらかじめミストの人たちにツクヨミさんの存在を植え付けて、好感度を上げておいたんじゃないかな」

 

 エッジは未解決事件の犯人で、自分たちは探偵。そんな気分で、ミゼルと言葉を交わし続ける。

 

「計画的犯行か……動機は?」

「あの人が自白しない限り、わからない」

「おじちゃんでもわかんないの?」

「はっきりしてるのは、きみが関係してるってことぐらい」

 

 エッジが用意周到な準備をしてまで、ツクヨミになりすます。

 その理由だけは、さすがのミゼルでも見当がつかないようだ。

 

「じゃあ、次はきみの番だね」

「え? まだ途中じゃない……」

「当事者の話、聞かなきゃ先進まないでしょ? 早くしないと結界切れちゃうよ?」

「っ、だったら。張り直せばいいんでしょ……!」

 

 ミゼルに煽られるように、リディアは再度『防音結界』を張った。

 

 それから、ツクヨミの正体に気付いた経緯。

 ここ最近、彼から感じるわずかな違和感のせいで、胸に抱えるいくつかのもやもや。

 エッジが子を成せない体質かもしれないこと。これから、どうしていきたいのか……。

 

 おとなの話——孕ませ疑惑も含む——を除いて、ほぼ全てをミゼルに打ち明けた。

 その間に、食欲も戻り、手つかずだったあんみつも完食していた。

 

§

 

 

 情報交換を終えると、ミゼルがお茶をずずっとすすってからこう言った。

 

「どうしてもやもやするのか、わかるよね」

「……エッジが、何か隠しごとしてるから」

 

 エッジはどうごまかしても、リディアが違和感を覚える何かを隠している。

 だから、もやもやするのだ。

 

「そうだね。さっきの演説でも『子どもが出来ない身体だから、世襲制を諦めた』って言わなかったし」

「っ、どうして知ってるの!?」

 

 リディアは思わず声を荒らげた。

 エッジの隠しごとのひとつに、不妊体質も入っている。ミゼルがそうほのめかしたから。

 

(ライザがおじちゃんに言う訳ないもん!)

 リディアは過去にエッジから、『ツクヨミ』として『種なし』と告白されたことがある。

 その話は、ライザにしか打ち明けていない。

 

「ある人から教えてもらった」

「誰から?」

「こうやって話してたらわかるよ」

「ええ……?」

 

 なぜすぐに教えてくれないのか。リディアが脱力していたら。

 ミゼルが「話戻すよ」と言って、こう続けた。

 

「ジャンヌさんも精神的に参ってた時期があったから、あの人も落ち込んだろうね」

「みんなには……言えないよね」

「王族の存亡以前に、男として不適格って言われるようなもんだからなぁ」

 

 ミゼルがそう言ってから、息をついて椅子の背にもたれかかった。

 

 子を成すことが出来ない妻がいて、他人事とは思えないからだろう。

 エッジを案じているように見える。

 

 —— —— ——

 ステラが産まれた直後。

 エッジ扮する『ツクヨミ』は、ミストの広場で『種なし』と打ち明けてから。

 リディアの右手を握りしめたまま。しばらくベンチでうずくまっていた。

 

 この忍者は、自身の体質——子を成せない——に強い劣等感を抱いている。

 リディアは当時そう思っていた。

 けれど、あれはツクヨミとしての演技ではなく、中の人の本心だったのだ。

 —— —— ——

 

(あの時、泣いてた……)

 そうとわかれば、先ほどの竣工式。エッジが『種なし』について一切触れなかったのもわかる。

 国内外にそれを秘匿した状態で、この世を去るかもしれない。

 

「他にも隠していること、まだあると思うんだけど……」

「手袋やサングラスは、不妊と別だろうね」

「このまま黙って見てるしかないのかなあ……」

 

 ツクヨミに聞いてもかわされる。

 エッジに会って直接たずねてみたい。しかし、会ってもらえるかどうかわからない。

 もやもやの原因を突き止めるにはどうしたらいいのだろう。

 

「ちょっと聞いていい?」

「いいよ」

「もし……もしもだよ? ぼくが知ってるって言ったらどうする?」

「——教えてちょうだいって頼む」

「おぉ、返事早っ!」

 

 突然の質問にも、リディアは動じなかった。ミゼルがのけぞってまで驚いている。

 

 もやもやを消すために、エッジの特殊な背景を知る覚悟はあるか。

 ミゼルがそう言いたいように聞こえた。けれど、既に答えは決まっていた。

 

 リディアは、エブラーナや、エブラーナ城に何度も足を運んだことがある。

 その度に、この国の知られざる情報を入手したことがある。

 

 ほんの一部にしか過ぎないけれど、そのおかげでツクヨミの正体に気付くことが出来た。

 だから、知るのが怖いとは思わない。むしろ……。

 

「エッジのこと、もっと知りたいの」

「どうして?」

「それがきっかけで、エッジに何か出来ることがあるかもしれないもん」

 

 エッジがミストに来なくなっても、ミストから見守ろう。遠くから応援しよう。

 リディアは、当初そう考えていた。

 ところが、ツクヨミの正体を知ってしまい、方針を転換。

 ミストの大掃除後に解除される予定だった、偽装恋人契約を継続して、今に至る。

 

「たまに晩ごはんを一緒に食べるだけじゃ、物足りなくなった?」

「うん」

「さっきも、一生『男やもめ』ってほのめかしてたもんなぁ」

「っ、その、やもめってどういう意味?」

 

 さっきから気になっていた言葉の意味を、ミゼルにたずねた。

 

「妻に先立たれた男性か、独身男性。エドワードくんは後者だね」

「……そうなんだ。でも、さっき決めた訳じゃないよ」

「へえ、いつ?」

「幻獣界に迎えに来てくれた時にね。ツクヨミさんでもいいから、エッジに何かしてあげたいって……えっ?」

 

 話している最中にもかかわらず、突然ミゼルが腕を伸ばしてきた。

 

「どうしたの?」

「成長したなぁ……!」

「わ、わっ」

 

 ミゼルが感慨深そうな表情で、リディアの頭を撫でてきた。

 彼が親のような仕草を見せたのは、復興最中のミストに帰郷した時以来である。

 

「昔はお母さんにひっついて離れなかったのになぁ」

「もう子どもじゃないもん」

「ニクスとエスタも、あの世で喜んでるよ」

「……そうだといいね」

「ぼくもこの目で見ることが出来たし、もう思い残すことないなあ」

「!?」

 

 明後日の方を向いて話すミゼルを見て、口をへの字に歪ませる。

 

 今日の朝もそうだったが、ミゼルはミストの大掃除が終わってから。

 もう死んでもいい。思い残すことはない……などと、縁起でもないことをよく言う。

 

「おじちゃんのばかっ!」

「えー? どこがばかなの……?」

「もうすぐ死ぬようなこと言わないでっ!」

「ははっ。あと30年は死にはしないって」

 

 笑うミゼルに向かって、ぷうと頬を膨らませる。

 

「で、これからどうするの?」

「エッジが隠していること……エブラーナの図書館で調べようかな」

「普通はね。今回ははずれだけど」

「だったら、国王さまつながりでセシルたちに聞いてみる」

「いい手だね。けど、知ってるとは限らないし、やめた方がいいんじゃない?」

「ええ……? じゃあ、どうしたらいいの……?」

 

 どれもこれも曖昧ながら、はずれだと言われる。

 リディアが降参とばかりにたずねると。ミゼルが口の端を歪めた。

 

「エブラーナ城に潜入するんだよ」

「うそ……」

 

 湯のみを傾かせてそば湯をあおる、ミゼルの様子をぽかんと凝視する。

 

「お城には、図書館にはない重要な資料があります」

「ちょ……」

「エドワードくんの様子も、遠巻きからなら」

「——ちょっと待ってよ」

「何だよー、人がせっかく話してたのにさ」

「エッジが変装して、ミストに来るのと訳が違うんだよ?」

「そりゃ、ミストは無防備だし、忍者なら潜入ちょろいでしょ」

「そうだよ。お城はミストと違うもん。そう簡単に入れないよ」

 

 お城の書庫で記録を探ったら。エッジが隠していることを見つけられるかもしれない。

 けれど、エブラーナ城には門番をはじめに、厳重な警備が敷かれている。

 そんなところに、どうやって忍び込めと言うのか。

 

「それが、出来ちゃうんだよなぁー」

「うそばっ」

「——今、エブラーナ城で働いてるんだ」

「何ですって!?」

「ぼくの代わりに忍び込めばいいよね?」

 

(だから、ミストにろくにいないんだ!)

 ミゼルが楽しそうに話してくれたが、驚かずにはいられない。

 

「エッジ、それ知ってるの!?」

「バレたらクビだ。『タタラ』って名前で、お面かぶって働いてます」

「……どうしてエブラーナ城なの? 働きたかったら、バロンでいいじゃない」

 

 感服よりも呆れの方が先に立ち、ミゼルに渋い表情を見せた。

 

 ミストのかたつむりを無事に卒業した。

 ミストに戻れるよう、ライザたちを支援したり。亡きジリアンの息子を探して、親子再会を実現させたり……。

 村長の枷を外してからの、ミゼルの行動力は目を見張るものがある。

 しかし、なぜエブラーナ城で働こうという気になったのか。

 

「臨時使用人募集って、新聞に書いてあったら応募するしかないじゃん」

「どんなお仕事?」

「お国の歴史をまとめる手伝い」

「あ……」

 

 ミゼルの話を聞くなり、リディアの脳裏にある人物が思い浮かんだ。

 その人と以前、歴史について話したことがあったから。

 

「ザンゲツさんと一緒に働いてるの?」

「そうです。面接担当でぼくの上司」

 

 即採用してくれた上司と、とても仲良くなった。

 エッジの知られざる情報——不妊体質——も教えてもらったという。

 

「他の仕事でも応募してたよ? お城勤や料理人は無理だけど」

「……エッジに素顔は見せなくていいの?」

「エドワードくん、お城勤以外はじいやさんに丸投げなんだよ」

 

 お城勤を除く全ての使用人の人事は、じいが全て取り仕切っている。

 真面目に仕事をやっていれば干渉してこないという。

 

「ミストのみんなも……おばちゃんも、このこと知らないよね?」

「さすがにジャンヌさんは知ってるよ」

 

 現在ミゼルは、昼間ミストにほとんどいない。

 リディアはおろか、住民と顔を合わせる機会もずいぶん減った。

 

 村長の重圧から解放されて、外に遊びに出かけているのだろう。

 ミゼルは住民から、もっぱらそう言われている。

 

「エッジと同じ職場なのに、よく怒られなかったね」

「『亭主元気で留守がいい』から、何も文句は言いません」

 

 ミゼルは火災で片眼を欠損。障害を負ったことで、バロンから賠償金をもらった。

 死ぬまで生活の保証もされていて、毎月バロンから生活費が届く。

 

(おうちでだらだらされたり、無駄遣いされたりするよりマシかな)

 例え、その職場に好きではない人物がいたとしても。ミゼルには外で働いてもらった方がいい。

 ジャンヌはそう前向きに捉えたのだろう。

 

「エッジやツクヨミさんと、お城で会ったことないの?」

「うん。タタラは超下っ端だからね」

 

 週3、4回勤務で定時帰り。賃金も使用人の中で最も少ない。

 そんなぺーぺー臨時使用人の存在を、エッジは認識すらしていないという。

 

「あっ、一度だけエドワードくんと廊下でぶつかったな……」

「えっ!?」

「けど、クビになってないからバレてないよ」

「……エッジなら、気配で気付くと思うけど」

「きみじゃあるまいし、ぼくの気配なんか覚えてないよ」

「うっ……!」

「それに、念には念を入れてます」

 

 お城で働くと決まってすぐ。ミゼルは何も頼んでいないのに。

 ザンゲツが特殊効果を持つ指輪を準備してくれた。

 エブラーナ城では、必ずその指輪をはめるようにしているという。

 

「どんな指輪なの?」

「はめている人物の気配を別人のものに変えるんだよ」

 

 気配を判別出来る忍者の協力で、効果は実証済み。

 よほどへまをしない限り、正体に気付かれないという。

 

「便利なものを作れる人がいるんだね……!」

「ただ、ぼく専用だからきみに貸しても意味がない」

「あぁ、そう」

「——心配しなくても大丈夫! 気配を消せる湿布を貼っておけばバレないよ」

「……」

 

 リディアが潜入する前提で、いろいろ準備しています。

 ミゼルがそう言いたげで、ひとつの可能性に辿り着いた。

 

「エッジが隠していること、おじちゃん知ってるの?」

「うん」

「じゃあ、教えてよ」

「だめです」

「そんなぁ、お城行かなくて済むじゃない」

「だめだ、だめだ。お城行って自分で調べなさい」

「っ、なによ! おじちゃんのけちっ!」

「はぁ……」

 

 首を横に振って拒否してきたミゼルへ、条件反射のごとく大声で叫ぶ。

 すると、ミゼルが大きなため息をついてから、頭を抱えてしまった。

 

「情けない……きみは教師を何年やってるんだ……!」

「はい??」

「生徒から、この問題わかりませんって聞かれたらすぐ答え教えちゃうの??」

「!?」

 

 怒りと呆れが混じり合ったような声で、ミゼルに言われた途端。

 数年前の記憶が、リディアの脳内で蘇った。

 

 —— —— ——

 4年前。公民館での授業時間が変わった。

 その際、午前中に行われる『学習』の教師のお手伝いをやりたい。

 ミネルバにそう申し出て、快諾してくれた直後。

 ミネルバが『ひとつ注意があるの』と前置きしてから、こう言った。

 

『子どもたちに聞かれても、すぐに答えを教えないでね』

『どうして?』

『考える癖がつかないからよ。自分から動かない「指示待ち人間」になるかもしれないじゃない。ヒントを出したりして、出来るだけ自分で答えを出せるように導いてあげてほしいの』

『……どうしても無理だったら、教えてあげてもいいよね?』

『うん。そこは適材適所。リディアのさじ加減に任せるよ』

 

 —— —— ——

 

「ぎりぎりまで教えない……」

「でしょ? 子どもにそうさせてるのに、自分は楽しようってどうなのさ」

「……」

 

 リディアは、居心地の悪さを感じて頭をうつむかせてしまった。

 

 すぐ人に頼る、上げ膳据え膳体質。恋愛面における行動力のなさ……。

 ミゼルから遠回しに『指示待ち人間』。そう指摘されてしまったから。

 

「人間は楽をしたがる生き物だけど、恋愛や人間関係でもそのノリはいただけない」

「そうですね……」

「楽をするなら掃除や料理、身の回りのことぐらいにしておきなさい」

「っ、はい……」

 

 ミゼルに珍しく耳の痛い話を言われて、情けなさを感じていたところ。

 

「話は変わるけど」

「え?」

「こないだ、すごくいいこと思い付いたんだよ」

 

(アリサとそっくり……)

 ミゼルが軽快な口ぶりに戻して、すぐさま話題を変えてきた。

 この男も、大概切り替えが早い。

 

「どんなこと??」

「それがさ……」

 

(まるで悪人みたい)

 そう思いながら話を聞いていたが、表情をぱあっと輝かせた。

 

 ミゼルの発案は、ミストお出かけ行事の計画であった。

 現時点では、それが実現されるかどうか不透明。されたとしても、数年先の話だろう。

 それでも、リディアの協力がどうしても必要だという。

 

「す、すごい……理想のミストってそういうのなんだよ!」

「だと思った。——手伝ってくれる?」

「うん!!」

 

 協力の要請に難なく応じたことで、気付きを得た。

 

「……っ、1日だけでいいから、お城に見聞広めに行った方がいいって言いたいんだね」

「そういうことです」

 

 座学で知識を得るより、実際に経験する方が、より早くものごとを理解出来る。

 ミゼルの計画は、それを体現している。

 彼は計画をリディアに打ち明けることで、エブラーナ城潜入を勧めてきたのだ。

 

「エドワードくんも長年続けてるよね」

「……!」

「すっかりライフワークになっちゃってさ。名誉村民の称号、あげとけばよかったなぁ」

 

(もしかして……幻獣界にも……)

 たった数時間だろうが、姿を変えようが。リディアとのつながりを切らさないように。

 エッジも忙しい時間の合間を縫って、ずっとミストに通い続けてくれている。

 リディアやミストのことをたくさん頭の中に入れているはず。

 

「ま、『何事も経験がものをいう』って言いますし、あの人のことを知りたいなら1日潜入をおすすめします」

 

 ヒントを与えて、道筋をつけてあげた。あとはリディアの目で見て、聞いて、感じろ。

 ミゼルが、そう言いたいのが伝わってきた。

 

「……うん、お城に行くよ」

「よしよし。いい決断したね」

 

(ライザ、ありがとう!)

 心の中で、この男への相談を勧めてくれた親友に感謝した。

 彼女のおかげで、もやもや解消への道が開かれた。

 

「今回は出血大サービスとして、こちらで準備をしてあげまし」

「——わざとらしいっ!」

「えー……そんなことない」

「嘘ばっかり! エッジが演説するって情報つかんだから、あたしをここに連れてきたんでしょっ!?」

「……っ、ははっ! ばれちゃったかぁ!!」

 

 まるで、『てへぺろ』のごとく笑いながらミゼルが自白した。

 反省の欠片もなさそうな、その姿にいらっとする。

 

(何が『気になるな……ちょっと聞いてくる』よ!!)

 風向きが変わったことは喜ばしい。ミゼルが手伝ってくれるのも、ありがたい。

 しかし、今日の出来事が仕組まれていたことはちっともおもしろくない。

 

「この後のお買い物、全部おじちゃん持ちだからねっ」

「いいよ。全部買ってあげる。——あと、これもあげる」

「あ……」

 

 ミゼルが、隣の空いた席に置いてあった袋を手に取った。

 そして、袋を机の上……リディアの目の前に置いた。

 中に入っているのは、個包装のお菓子。

 呆然としていたリディアの代わりに、ミゼルが取った『菓子まき』の戦利品だ。

 

「全部、甘いものだったよ」

「……っ、ありがとう」

「いえいえ。エドワードくんもこれと一緒ですよ」

 

 これからはエッジのことについても、甘味のように攻めに転じましょう。

 そう言いたげなミゼルに、リディアは何も言い返せなかった。

 

 エッジ、もしくはツクヨミがやってくるのを、ミストで待つばかり。

 日々受け身で過ごしていた自覚がたんとあったから。

 

 —— —— ——

 お食事処を出てから、ミゼルとふたりで城下町のお店巡り。

 昼のおやつも、自分用やアリサやライザ用のおみやげも。全部おごってもらうことで。

 リディアは、ミゼルにしてやられたうらみを晴らしてから、ミストに帰ったのであった。

 —— —— ——

 

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