フェイクラバーズ 作:かえで
——11の月中旬 午前7時まえ
ついにエブラーナ城に潜入する日が訪れた。
東の空に昇る太陽に照らされながらも。冷たい空気がミストの発着場を包み込んでいる。
ただいまここには、リディアとライザ。そして、見送り人のミゼルしかいない。
3人は、エブラーナ城下町の(嘘)デート以降。
『ツクヨミの正体を知る者』として、同志めいた関係になっていた。
「今日1日、娘たちのこと……よろしくお願いします」
「いいって。気にしないで、お仕事してらっしゃい」
深々と頭を下げたライザに向かって、ミゼルが何のそのとばかりに手を上げている。
バロンで降りるが、ライザもリディアと一緒に左回りの巡回艇に乗ることになっている。
本日ミストは休日だが、ライザはお仕事。
彼女がつとめる薬草店は、裏手にある温室でアロエと呼ばれる薬草を育てている。
そのお世話をするために、いつもこの時間に家を出る。
娘のベスとユノも、先ほどジャンヌに預けてきた。
「ありがとうございます。ジャンヌさんにもよろしくお伝え下さい」
「……きみは何を言っているんだ」
「はい?」
「さっきジャンヌさんにお礼言ったばっかりじゃないか」
「あの、それは……改めてお伝えしてもらわないと、気が済まなくて……」
ミゼルから遠回しに『くどい』と言われて、ライザが戸惑い気味に弁解している。
「何度もお礼しなくていい。もっと堂々としてなさい」
「無理です」
「謙虚はきみの魅力だけど、そこまでくると卑屈に聞こえるんだよ」
「そんなことありません」
「『こいつらの面倒見てくれ』って言っても、誰も怒らないよ?」
「そっ、そんな偉そうなこと、死んでも言えません!」
「……!」
「……」
(寒いのに、ふたりとも元気だなあ……)
ミゼルとライザが言い争う様子を、リディアはぼんやり眺めていた。
今はふたりの間に割って入る気力がない。
「……もういい。好きにしなさい」
「ありがとうございます。好きにさせていただきます」
堂々としてろ、出来ません。
そんな応酬がしばらく続いたが、ミゼルが折れた格好で終わった。
「全く。変なところで強情っぱりだなぁ……」
ライザは謙虚の塊。そしてちょっぴり頑固者。
へこへこしない、いちいちお礼言わない。誰がそう注意しても、頑なに拒否する。
アリサはおろか、リディアでも無理だった。
(こういうところ、ローザと似ているかも)
ライザは性格的に、神に祈りを捧げて人をいやす、白魔道士にばっちり向いている。
……リディアがそう思っていたら。
「どうしたの? 今日は大人しいわね」
「……寒いんだよ」
震える身体を両手で抱きしめながら、小さな声でそう答えた。
リディアは本日、自宅を出た時から寒さに負けて口数が少ない。
「普段、服に甘えてる証拠ね」
「……っ」
「慣れるまで我慢しなさいな」
ライザに呆れたような顔をされて、たしなめられた。
彼女は何も間違ったことを言っていない。反論しようもなく、うつむいてしまった。
本日リディアは諸事情で、背中に湿布を貼っている。
ところが、その湿布には冷却——それも目が覚めるくらいの冷たさ——効果が備わっていた。
見えないケープで覆われた部分は冬は暖かく、夏は涼しい。
そんな幻獣界製の服を着るようになってから。
暑さ寒さをろくに体感したことがないリディアにとって、この湿布は拷問に近い。
「湿布貼ってないと、エドワードくんに会ったら気配で即バレ。——絶対はがしちゃだめだよ」
「はい……我慢します……」
クビにされるのは勘弁とばかりに。ミゼルからも、ぴしゃりと言われてしまった。
(ひやひや作用いらないよ……)
おっしゃっていることは、ごもっとも。けれど、背中限定で寒いものは寒い。
気配を消すための湿布なのに、なぜ冷却作用までつけたのか。
製作者を少しばかり恨みながら、自身の身体を更に強く抱きしめる。
—— —— ——
エッジは気配察知に優れており、リディアの気配を覚えている。
タタラに変装しただけでは、お城で遭遇したら、気配で気付かれてしまう。
それを回避するのが、今背中に貼っている湿布。12時間も気配を消す効果がある。
気配を消せないお城勤が、見張りや監視を行う時に便利。
そんな理由で、武具開発部が半年前から製作を開始し、先月完成したばかり。
—— —— ——
そんな便利な湿布は、今月いっぱいエブラーナ城内でお試し期間中。
毎日複数の使用人を無作為で選び、湿布の効果を試している。
エッジもそれを知っているため、彼らの気配がなくともあやしまないという。
「エッジ様、気配だけであなただってわかるの?」
「……うん」
「エドワードくんは人数限定だけど、気配で身元を判別出来る忍者は、今4人いるよ」
「まあ……忍者ってだけでもすごいのに……!」
感嘆の声を上げたライザに見えぬよう、渋い顔を見せる。
忍者の気配察知能力は、有事や戦闘においては有効。
反面、平和な世の中では微妙な能力。リディアはそう思っていたから。
—— —— ——
数年前、エッジが運転する自家用艇に同乗していた。
地上を眺めたくて、何度もこっそりベランダに行こうとした。
その度に、気配を悟られてエッジに捕えられたことがある。
『わっ!』と叫んで、忍者を驚かせようとしても。気配を読まれて失敗間違いなし。
—— —— ——
(いつか現実教えてあげなきゃ)
ライザは、自身が使えない能力を持つ者を称賛する傾向が強い。
特に忍者は身近だからか、幻想を抱いて止まないのだ。
「お面とフードは絶対外さないようにね」
「わかった」
「あなた、運がいいわね」
「どうして?」
「ミゼルさんと体型近いから、ローブとお面だけで変装済んじゃうもの」
リディアは、本日も黒いローブの下にアスラお手製の服を着ている。
フードと、白いうさぎのお面をかぶれば『タタラ』になれる。
お面は、ミゼルが普段エブラーナ城でかぶっているものと同じものを買ってくれた。
エブラーナに着く前にかぶるつもりでいる。
「そうだね、おじちゃんひよわだし、ちょうどよかった!」
「まあ……!」
ライザが口に手をやり、呆れたような声を上げた。
ミゼルはリディアより少し身長が高いだけで、男性にしては貧弱な体型。
本当のことを言っただけなのに、そんな反応をされるとは思わなかった。
「……相変わらず、一言多いなぁ」
「じゃあ、虚弱にしておくね」
言い返してきたミゼルへ、リディアも負けじと言い返した。
ミゼルは頭がいい代わりに、体力はからっきし。走ってもすぐに息が切れるし、虚弱で十分だ。
「違う違う。ぼくみたいな人は、華奢って言うんだよ」
「っ、やだぁ! 女の人みたーい!」
「ふふっ……!」
ミゼルが胸を張り、自身の体型を別の言葉で表現した。
ほっそりした上品なお嬢さま。そう言いたげで、女性ふたりの笑い声が辺りに響いた。
(朝っぱらから冗談きついなあ……!)
それでも笑ったおかげで、凍えた身体がほんの少し温かくなったような気がした。
「エブラーナ着いたら指輪も外すんだよ?」
「あのね……」
「ん? どうしたの?」
「小指に包帯巻いてきたの」
お城に潜入する日は、ペリドットの指輪を外すように。
リディアは、ミゼルからあらかじめそう言われていた、
けれど、エッジとのつながりを切らしたくなくて。
ジャンヌに包帯を分けてもらい、自らそれを小指にぐるぐる巻いて隠してきた。
「ちょっと、見せて」
「はい」
リディアは、右手の甲をミゼルに向けた。
「また分厚く巻いたなぁ……」
白い布に覆われた右小指が、親指並みかそれ以上に太いからだろう。
ミゼルが首をかしげながら、手の甲を見ている。
「だめかな?」
「いいよ。『ナイフで切った』で行こう」
「ありがとう。誰かに聞かれたらそう答えておくね」
「……ってことは、明日から……2週間ぐらい……」
「!」
(巻きすぎちゃった!)
ミゼルが、ぶつぶつつぶやく内容を耳にして。はっと目が覚めた。
指全体に何重にも巻いたのは大失敗だ。
「何してるの」
「……巻き直そうと思って」
「もういい。そのままで」
「えー?」
包帯を外そうとしたリディアを、ミゼルが手で制止してきた。
「そろそろ巡回艇が来るしね」
「……でも、当分お仕事しづらくなるよ?」
リディアはミゼルの顔色を窺う。
指を切ったのに、2、3日で包帯を外したら周囲に怪しまれる。
しかも、タタラの仕事は机に向かって文字を記す作業が多い。
ミゼルは明日から2週間近く、太っとい包帯を巻いて物書きせねばならない。
「なんとかなる」
「……本当にいいの?」
「アリバイ工作のためなら、これぐらいどうってことない。外しちゃだめだよ」
昨日の打ち合わせもそうだったけれど。さっきの湿布と言い、今と言い。
ミゼルがクビになりたくないのがありありと見て取れる。
(今のお仕事、本当にだいすきなんだ)
エブラーナでの(偽)デートの帰り。ミゼルからこう言われた。
リディアを潜入させるために、お城で仕事してる訳ではない。勘違いしないで欲しい、と。
その時の言葉は本当だったようだ。
「外出る時は、黒板抱えて歩くんだよ。筆談するときは短めでいいからね」
「うん」
「あとは『防音結界』を張って、何かあっても」
「——うさぎのようにおびえる」
「そうです。暴れたらアウトって心積もりでよろしく」
注意事項を話してくれたミゼルにうなずくと、空から機械の音。
「来た来た……!」
ミゼルが上空を見上げて、楽しそうにそうつぶやいた。
東の上空から現れた巡回艇が、だんだんこちらに近付いてくる。
側面が青く塗られているから、左回りの巡回艇。
リディアとライザは今からそれに乗るのだ。
「じゃ、行きましょうか」
「うん。——おじちゃん、いってくるね」
「気を付けてね。本、渡しといてよー!」
着陸した巡回艇に乗り込むため、その場を離れたリディアとライザへ。
ミゼルが大きく両手を振ってくれた。
——それから約1時間半後
巡回艇に乗って早々、30分ほどでバロンに到着。
ライザがそこで降りてしまい、リディアのひとり旅に変わった。
バロンからトロイアを経由してエブラーナまで、1時間半近くもかかる。
暇つぶしに持参した文庫本(推理もの)を読み続けていたら。
『まもなく、エブラーナに到着いたします』
「!?」
(寝過ごさなかった……!)
館内放送が流れた途端、勢いよく顔を上げてから。かばんの中に本をささっとしまいこむ。
うさぎのお面をかぶり、巡回艇を降りるため乗降口へ向かった。
§
程なくして、巡回艇が発着場に到着。リディアがタラップを降りると。
ミゼルのエブラーナでの友だち——ザンゲツ。そして、じいも到着を待ってくれていた。
「おはようございます」
「おはようございます。朝早くからご足労を掛けましたな」
ふたりの前で頭を下げて挨拶すると、ザンゲツが挨拶と共に会釈してくれた。
「今日は1日お世話になります。よろしくお願いしますっ」
「申し訳ありません。本当ならば、こちらからお迎えに上がらねばならぬのに」
「いえ、とんでもな」
「——ううっ……!」
「じいやさん?」
「っ、どれだけ、この日を待ちわびたことか……!」
ここまで黙っていたじいが、突然感極まった表情で声を上げた。
涙を必死でこらえているように見える。
「わしは、もういつ死んでも……っ、ううっ……!」
「あの……」
じいがミゼルと同じことを言ってから。ハンカチで目元を覆い、むせび泣きを始めた。
(朝から泣き癖始まっちゃった……)
どう声をかけていいのかわからず、リディアは困惑してしまう。
「じい様」
「ぅぅっ……!」
「じい様っ」
「っ!?」
「リディア様が引いておられますぞ……」
「あ、あぁ……」
困っていたのは、リディアだけでなかったようだ。
ザンゲツが、じいの身体を肘でつつきながら、泣きやむよう遠回しに伝えると。
じいがハンカチで、自身の目元をごしごしこすっている。
「……朝早くから取り乱してしまい、大変申し訳ございませぬ」
「いえ、気にしてませんから」
「本日はこちらのザンゲツが、リディア様のお世話を終日担当いたします。何なりとこき使ってやってくだされ」
「わかりました」
じいが本日のリディアのお世話役として、改めてザンゲツを紹介してくれた。
(じいやさんは忙しいもんね……)
じいはお昼休みに、ザンゲツとタタラの仕事場に顔を出す。
それ以外はエッジのいる執務室と、事務のお仕事場の往復。そうミゼルから聞いていた。
「ここで立ちん坊していても、仕方がございません。参りましょう」
「はい、よろしくお願いします」
ザンゲツの号令を皮切りに、3人は発着場を後にして、発着場とお城を結ぶ大通りに入った。
すると、目的地である大きなお城が見えてきた。
エブラーナ城は、身分——リディアとエッジを阻む——という名の壁が取り囲む『いばらの城』。
そう比喩していた時期もあった。それなのに、今は普通のお城にしか見えない。
(前はどうしてあんなに腰が引けてたのかな……)
過去と今とでは見えるものが変わっている。
そう気付いたリディアは、お面の下で苦笑を浮かべながら。
『タタラ』として、じいとザンゲツの少し後をついていくのであった。
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