フェイクラバーズ 作:かえで
本日リディアは、臨時使用人『タタラ』に変装している。
じいとザンゲツの先導で4年ぶりにエブラーナ城に入り、宮殿内でじいと別れた。
以前と変わらず、城内は活気にあふれている。
その様子を見ながら、お城の一番奥にある西の塔に入った。
——11の月中旬 午前9時過ぎ
ザンゲツとタタラの仕事場——『歴史編纂室』は塔の2階、一番奥にあった。
ザンゲツがその部屋の前で立ち止まり、扉を開ける。
「ささ、どうぞお入りください」
「……」
入室を促され、会釈してからおずおずと室内に入った。
部屋一面を見回せば、中央に机。窓を挟んだ両側の壁には、いくつか書棚が置かれている。
机の上はきれいさっぱり。床もごみひとつ落ちていない。
(これは、おじちゃんが掃除してる……!)
『タタラ』の中の人——ミゼルは、とても几帳面できれい好き。
清潔感ある室内が保たれているのは、彼のおかげだろう。
「どうぞお好きな席にお座りください」
「……【……」
窓を背にした椅子に座ってから、『防音結界』の詠唱を唱え始める。
その間に、ザンゲツがリディアの対面の席に着いた。
詠唱を終える前に、机から身を乗り出してザンゲツの肩にちょんと手をついた。
これをせねば、ザンゲツはリディアと会話が出来ない。
「……】すみません。ずっと黙ったままで……」
「いえいえ。どこまでなら会話が可能でしょう?」
「足元を見ていただけるとわかります」
「おぉ、これは素晴らしい……!」
結界の範囲は、リディアの足元を中心に床がほんのり青く光っている部分。
ザンゲツがそれを目にしながら感嘆の声を上げた。
「そんな驚かなくても……ザンゲツさんも結界張れるでしょ?」
「拙者は基礎しか張れませぬ」
「きそ?」
「外部からの侵入を防げますが、外から中の人物は丸見え、丸聞こえでしてなぁ」
「あっ、防御用なんですね」
「さよう。そもそも結界を張れる忍者はあまりおりません」
結界術は忍術でも高度な部類。
基礎はおろか、全ての結界術を使える忍者はたったひとりしかいない。
エッジも、秘伝忍術書の結界術しか使えないという。
「30分密談し放題とは……うらやましい限りですなぁ」
「エッジの結界に比べたら大したことないです」
「あの忍術は極めて特殊です。比較対象にはなりませぬよ」
ザンゲツの指摘を聞いて、おおむね納得した。
(国王さまの根気と血がないと、使えないもんね)
エブラーナ秘伝忍術を使える者は、当代の国王のみ。
術者の血を混ぜた青墨で、術者が自ら武具を作らねばならない。
知性や精神に依存する白黒魔法や召喚術とはちょっと違う。
(あっ、そうだ!)
ようやく落ち着いたところで、大事なことを思い出した。
足元に置いてあったかばんの中から、1冊の本を取り出す。
「あの……」
「はい?」
「これ、ザンゲツさんに渡すようにって言われました」
「何と……! 昨日の今日で、もう貸していただけるとは……!」
『パスタの極意』と書かれている本を手渡せば。
ザンゲツが顔を輝かせて、受け取った本の表紙を見つめている。
エブラーナで麺料理と言えば、おそばやうどん。
ザンゲツの様子を見る限り、この国にはパスタはまだ浸透していないようだ。
「ザンゲツさん、他の国のお料理に興味があるんですね」
「どちらかと言えば妻ですな。以前にタタ……ミゼル殿がパン料理の本を貸してくださり、すっかりはまってしまいまして、拙者もサンドイッチが大好きになりました」
「バリエーション多いし、おいしいですよね」
「まあ、それでも妻が握る塩むすびには到底敵いませんなぁ……!」
ザンゲツがうっとりしたような表情で、おのろけを口にした。
彼はとても親切な人。以前からそう思っていたが、一気に親近感が湧いた。
「ザンゲツさん、奥さまのこと大好きなんだ」
「はい、それはもう……!」
「ふふっ……」
(照れてる照れてる)
顔を赤くさせたザンゲツを見て、くすくす笑う。
「先日、妻がパスタを作ってみたいと言い出しましてな。昨日ミゼル殿に話したところ、本を貸すと申し出てくれたのです」
「そうだったんですね」
ザンゲツが嬉しそうな表情で、経緯をリディアに話してくれた。
ミゼルから本を渡すよう頼まれただけで、そんな裏事情までは聞いていなかった。
「あの」
「はい??」
「じいやさんもですけど、おじちゃんといつどうやって仲良くなったの?」
「聞いておられませぬか」
「気になるなら、おふたりに聞きなさいと言われたっきりです」
「では、ミゼル殿から一体何を……?」
「お城の中のこと……おじちゃんがツクヨミさんの正体に気付いた理由に……おふたりのおかげで、ここで働かせてもらっているってことぐらいかな」
「はははっ……! 本当に必要最小限のことしか教えてもらえなかったようですなぁ」
ミゼルから聞いていることを指折り数えて簡潔に話すと。
ザンゲツが苦笑しながら、あごに手をやった。
「気になることを話したら、ザンゲツさんが資料を一緒に探してくれるか、教えてくれるって聞いてます」
「こちらもそう伺っておりますぞ」
「あと、おふたりもツクヨミさんの正体を知っているから気にしないでいいって……」
「まあ、それがきっかけでミゼル殿と仲良くなれたようなものですからな」
「そうなんですね」
「その話は、また後に回しましょうかな」
「はい」
「では早速、気になる点を聞かせていただきましょうか……」
現在エッジやツクヨミに感じている疑問など……。
エッジとおとなの関係があったこと以外を、ザンゲツに包み隠さず話した。
「……これぐらいかな」
「ありがとうございます。少々お待ちを」
「?」
「……アレとアレに……アレ……」
話を聞き終え、ザンゲツが両腕を組んで目をつむってから。
ぶつぶつ独り言をつぶやきながら、何か考えごとをしていたが。
程なくして、目をぱちりと開かせてこう言った。
「……書庫と文殿にある書物と、拙者とミゼル殿で編纂した資料でほぼ事足りますな」
「ほんとですか!?」
「拝読が終わりましたら、質疑応答の時間を設けましょう」
「おっ、お願いします。いろいろ聞かせて!」
「ええ、ええ。構いませぬよ」
(忍者を引退したら書庫の主になりそう!)
話を聞いただけで、該当する資料にすぐ見当がつくとは驚きだ。
さすが、若い頃に書庫の本を読み漁っていた。それぐらい活字好きなだけある。
「では、資料を集めに参りましょうかな」
「はい」
ザンゲツが席を立ち、リディアを資料集めの旅へと促してくれた。
—— —— ——
宮殿の地下にある書庫には、エブラーナに関する古い書物が保存されている。
建国以前も含めて、各部族の歴史を記したものも何冊か残されている。
文殿は書庫より深い地下にある。
そこには代々の国王が受け継ぐ、超重要な書物が収められている。
エッジ以外に出入りを許されている使用人は、じいだけ。
ただし、ザンゲツとタタラも仕事の都合上、期間限定で入室を許されている。
—— —— ——
書庫や文殿は、エブラーナ城に潜入したら必ず行く場所。
そんな理由で、ミゼルから事前に情報を教えてもらっていた。
§
30分も経たないうちに、資料を全て集めて編纂室に戻ってきた。
全てはザンゲツが所蔵場所も記憶していたおかげである。
「お疲れ様でございました」
「はい……」
リディアは机の上に集めてきた資料を置いて席に座ったものの。
資料に手をつけようとせず、ため息をついて頬杖をついた。
「どうされましたか?」
「あ……」
「好きなだけお読みいただいて構いませんぞ?」
「……その前に、ひとつ聞いていい?」
「はい、何でしょう?」
「エッジ、いつもあんな感じなの?」
「あぁ、先ほどの……」
ザンゲツが苦笑したような表情を浮かべ、対面の席についてくれた。
潜入早々から、エッジご本人様を見ることが出来た。
ところが、リディアがイメージしていた、お館様の姿とは遠くかけ離れたものだった。
***
——つい数分前
ザンゲツとふたりで書庫と文殿で見つけた資料を抱えながら。
西の塔に戻るために、宮殿内の廊下を歩いていたら。
「何やってるんだ!」
エッジと思われる男性の怒鳴り声が聞こえてきた。
その方向を見ると、通りかかった使用人がたくさん集まっている。
(エッジの様子、見たい……)
遠巻きから眺めよう。そう考えて、ザンゲツに許可をもらい、集まりに近付いてみると。
使用人と思われる若い男性が、エッジにひれ伏していた。
「廊下は走るなって言われているだろ!」
「もっ、申し訳ございません……!」
男性の周りには、手裏剣や撒菱に丸い球——武具がたくさん散らばっている。
球はおそらく煙玉だろう。
「誰かが踏んだらどうする。早く拾え」
「はい……」
今にも泣き出しそうな表情で、男性が床に落ちている武具を拾い始めた。
それらを床に転がる3つの大きな箱へ種類ごとに入れてから。また拾うの繰り返し。
「効率考えずに、一度で持ってこようとするからこうなるんだ」
(つまずいてこけちゃったんだろうな)
箱を3つまとめて抱えた状態で、男性が廊下を走っていたら。箱の中身をぶっちゃかしてしまった。
ちょうどその場面を、エッジが見ていたようだ。
「仕事するなら、もっと頭を使え。——わかったか」
「……はい……っ、以後……気を付けます」
「おまえらも手伝うなよ」
厳しい口調で男性に叱責。最後に観衆へ手出し無用を命じると。
エッジはその場を去り、執務室へ戻っていった。
***
「リディア様は、お館様が民に接する時と雰囲気が違うのがお気に召さないのですな」
「ええ、ミストでも見たことなくて……」
普段からエッジは、あんな厳しい態度をとっているのか。
リディアはそう気がかりに思いながら、この部屋に戻ってきた。
「あの使用人の不手際ですから、怒られても仕方がありませぬ」
「あんなに怒鳴らなくてもいいと思います。手伝いもだめって厳しすぎるよ」
「お気持ちはわかりますが、普段からお館様は使用人へ厳しい態度をとっておられますぞ」
「……舐められちゃうから?」
「さようです。ここは国の中枢ですからなぁ。使用人となあなあではいられないと一線を引いておられるのでしょう」
エッジは立場上、お城の中では『大人しく厳しいエッジ』にならざるを得ないようだ。
ザンゲツの話を聞いて理解出来ても、どうも納得出来ない。
(国王さまって、難しい立場なんだ……)
リディアは国王さまらしからぬ、ざっくばらんなエッジが大好き。
けれど、『大人しいエッジ』は、よそよそしくて好きではない。
そこに『厳しい』まで付け加えられてしまったら尚更。
「ご安心下され」
「え?」
「さすがのお館様も、じい様の前では素を見せておるようですから」
(お互いに信頼してそうだもんね)
じいは、エッジよりはるかに年上。
エッジが小さな頃から、側に仕えており、身内に近い存在だ。
「よかった……じいやさんにまで、あんな感じだったらどうしようかと思ってた」
「まあ、お館様もそこまで心は狭」
「——じゃあ、ザンゲツさんは?」
「せ、拙者ぁ!?」
ザンゲツがすっとんきょうな声を上げて、驚いているように見える。
「エッジより年上で古くからお城で働いているし、じいやさんと一緒でしょ?」
「い、いやぁ……拙者は……そのぉ……」
「??」
ごにょごにょと言い淀んでいるザンゲツを見て、リディアは首をひねる。
「ま、まずは気になることを解消された方がよろしいかと存じますぞ??」
「あっ」
資料を読むよう促されて、はっと我に返った。
ザンゲツの言う通りだ。お城に来た目的を忘れてはならない。
もやもやが解消出来たら、改めて質問してみることに決めた。
「拙者はお茶を淹れて参ります。どうぞ好きなだけお読み下され」
「はい」
思考を切り替え、山積みの一番上にある書物を手に取った瞬間。
こんこん
「ザンゲツ、そこにおるか」
部屋の扉を叩く音と聞き慣れた声が聞こえてきた。
ザンゲツが扉を開けると予想通り、そこにはじいが立っていた。
「昼にはまだ早いですぞ」
「違うわい。若様がそなたたちをお呼びだ」
「……タタラ殿も? 一体何の用でしょう?」
「わからぬ」
じいたちの会話は、リディアにも聞こえてきた。
エッジに呼ばれる理由に見当がつかないのか。ザンゲツが首をかしげながら、席に戻ってきた。
「リディア様」
「はい」
「じい様がああおっしゃっておりますが、よろしいでしょうか」
「調べものの最中でしょうに、誠に申し訳ないです……」
じいが途中で言葉を切り、こちらに申し訳なさそうな顔で頭を下げてくれた。
(エッジの命令なら仕方がないよね)
気配と声対策は万全。あとは、かぶっているお面——うさぎ——のように。
ザンゲツの少し後ろで大人しくして、エッジの顔を見なければいい。
「わかりました。うさぎやります」
「ああ、ありがとうございます……!」
「じゃあ、行きましょ」
席を離れ、出口に向かおうとしたら。じいが「おやおや、リディア様」と声をかけてきた。
「何か足元が光っておりますぞ」
「あっ……!」
じいに指摘されて、床を見てみれば。
リディアを中心に、1メートルほどの円形状に青く光っており、はっと気付かされる。
(エッジにあやしまれちゃう!)
青い光は結界の範囲。じいも一目見て気付いたぐらいだ。
このまま執務室に向かったら。エッジに『タタラ』の正体がバレてしまうかもしれない。
「す、すみません! もう1回張り直します」
「まさか範囲を自由に変えられるのですかぁ!?」
「はい。ちょっと待っててください【……」
驚くザンゲツをそのままに。慌てて『防音結界』をかけ直す。
結界範囲を極狭——自分専用にすれば、光る部分は足元だけ。それなら長いローブで隠せる。
—— —— ——
『素晴らしい……! 何と汎用性の高い……!!』
『おい……ソイに作って……』
『そうですな……旦那の……楽勝……』
『これで気にせず……を……というものよ……』
『会合……部屋サイズで……』
『……』
『……』
—— —— ——
(何をしゃべってるのかな??)
リディアが詠唱を唱えている間。じいとザンゲツがこちらを見ながら、ひそひそ声で会話をしていた。
しかし、声が小さすぎた上に、途切れ途切れにしか聞こえず。内容までは把握出来なかった。
§
じいとザンゲツの後に続き、リディア扮するタタラも執務室に入った。
(エッジの顔も見たかったなあ……)
だいすきな人との久しぶりの再会に胸が高鳴る。
しかし、今は別人としてここにいるので声をかけられない。
「……早速だが」
そして『大人しいエッジ』が、お堅い口調で話を切り出してから、本題に入った。
「歴史編纂室を解体する」
「な、何ですとぉぉぉ!?」
驚き悲しみ入り乱れたような、ザンゲツの大声が部屋中に響き渡った。
隣に視線を向けると、彼の顔色がみるみるうちに青ざめていく。
「そ、それはいつの話ですか……」
「書類上は来月末だが、業務は半ばまでだ」
(愛想悪いなぁ)
エッジが解体日を告げたが、淡々とした事務的な声で。リディアはお面の下で顔をしかめてしまう。
「なにゆえ、そんな中途半端」
「——年の瀬だぞ」
「あぁ、そうでしたなぁ……」
「おまえが助太刀しても足りないんだよ」
ザンゲツが、がっくり肩を落としている。
(年末年始は忙しいって言ってたもんね)
ザンゲツは毎年その時期、お城勤の手伝いをしているようだ。
業務を2週間も早く終わらせるのは、それが原因だと思われる。
「タタラ殿は、来年からどうなるのですか」
「業務が終わり次第、解雇する」
「そんなぁ……!?」
あっけなく解雇——クビを申し渡されて、思わずうつむいてしまった。
(おじちゃんが聞いたらショックだろうなぁ……)
タタラは臨時使用人。部署がなくなれば、クビになるのは致し方ないかもしれない。
しかし、明日ミゼルにどう話を切り出せばいいのやら。
「若様、そういった話はもっと以前より」
「——臨時なら、これでも早い方だ」
「いや、まぁ、そうですがなぁ……」
タタラがクビになることを、じいも聞かされていなかったようだ。
困惑したような声でエッジに声をかけるも、有無を言わせてもらえない。
すげない言い方から、『臨時』使用人は軽い存在。
エッジがそう思っているように感じられて、胸が痛くなる。
「タタラ」
「……!」
「長い間、そいつのわがままによく付き合ってくれた。——礼を言う」
「……」
「次の働き先が心配なら、ここにいるじいに相談しろ」
「……」
エッジが先ほどより柔らかい口調で、タタラに話しかけてくれた。
(あたしはおじちゃんじゃないし……)
勝手に、はいいいえを答えるのはどうなのか。
リディアはそう思い、終始うつむいたまま。首を縦にも横にも振らなかった。
「拙者、納得行きませぬ……!!」
「何がだ」
「お館様が拙者に命じたのですぞ!? ばらばらになった資料や史実を、ひとまと」
「——黙れ」
「っ!?」
反論しようとしたザンゲツに、エッジが冷徹な声で言い放つと。
ザンゲツの身体がびくりと大きく揺れた。
「まだ自分の立場をわかってないようだな。——おまえは御伽衆だぞ」
「くっ……!」
ザンゲツが苦しそうな表情で、歯を食いしばり、拳を握っている。
既視感のあるそれに、リディアは目を見開いた。
エッジが話をしながら、ザンゲツに向けて殺気を放っているのだ。
「どんなことがあろうが、命令に従ってもらう」
「……!」
(そこまで怒る必要ある……!?)
ささやかれる度に、背筋が凍りついた『あれ』を彷彿とさせる、エッジの声に。
リディアは怯えながらも、殺気に耐えるザンゲツの身体を支える。
—— —— ——
御伽衆は、お城勤以上の忍術の才を持つ、エッジ直属の精鋭部隊。
現在は、ザンゲツとゲッコウ。そして、イザヨイの計3人が所属している。
彼らはエッジの命が絶対。なおかつ、じい並みかそれ以上の権限を持っている。
—— —— ——
お城に来るまでの間に、じいからそんな説明をされていた。
御伽衆ゆえにザンゲツは、エッジの命令に必ず従わねばならない。けれど……。
(ザンゲツさんが言ったこと、間違っていないのに)
突然の歴史編纂部閉鎖は、エッジの気まぐれからくる独り決めにしか見えない。
そもそも文句を少し言っただけで、殺気を飛ばすのがまずあり得ない。
「若様、おやめください!!」
ここまで黙っていたじいが、エッジの身体をつかんで止めに入った。
「こやつは、若様のサンドバッグではありませぬぞ!」
(前にウルキさんも、奴隷って言ってた……)
叱責に近いじいの言葉で、リディアは察した。
日々たまるストレスのはけ口として、エッジはザンゲツに辛く当たっているのだと。
「それにですな。まだ説明せねばならぬことがございますでしょう」
「……わかった」
「っ!? はぁ、はぁっ……!」
じいの説得に折れて、エッジが殺気を止めた。
その途端、ザンゲツが身体を緩ませて、その場で荒い息をつき始めた。
(すごい、ザンゲツさん……!)
気絶も倒れもよろめきもせず、ずっと殺気に耐えていた。
さすが、御伽衆に選ばれるほどの実力の持ち主。リディアにそう思わせてくれた。
「っ、残念でなりません……ようやく、作業が折り返し地点に入ったところでしたのに……」
「だったら途中までの資料と、これまでの資料を保管すればいい」
「それで大丈夫ですか? また焼失する可能性が」
「——心配ない」
ばさり
「っ!」
まだザンゲツは編纂室解体を諦めきれずにいる。
そんな彼に向かって、エッジが机に置いてあった新聞をぶん投げた。
(優しく手渡し出来ないの??)
その様子を見てリディアは、お面の下で口をへの字にしてしまった。
ザンゲツが新聞を容易に受け止めたからまだよかったけれど。
言い終えてないのに、突然新聞を投げつけるなんてひどい上司である。
「二面読んでみろ」
「はぁ……」
「朱墨で囲ってある」
エッジの指示に従い、ザンゲツが新聞を開く。
そして、リディアが見えるように新聞を傾けてくれた。
(あたしが読みやすいようにわざわざ……)
ザンゲツの心遣いに感動しながら、リディアも文字の羅列を追う。
「こ、これは……!」
(動揺してる)
ザンゲツが突然声を上げて、新聞を持つ手を小刻みに震わせた。
新聞がぐらぐら揺れる中。赤く囲ってある記事を必死で読み進めていく。
—— —— ——
ミスリルの村は、特殊な物質ミスリルが採掘出来る。
この村では、ご当地物質の新たな活用法を探すために。数年前から様々な実験を続けていた。
そして先日、ミスリルが防水、耐火、断熱性にとても優れていることが判明。
今後は建物の屋根材や金庫など、特質を生かした製品を開発する予定だという。
—— —— ——
(金庫が出来たら、ミストの文献も保存出来るよね)
ミスリル製の金庫が販売されたら、ラルフに購入を勧めてあげよう。
記事を読み終えて、そう考えていると。
ザンゲツが気落ちした表情で新聞を折りたたみ、机の上に置いた。
「わかっただろ。編纂する必要はもうない」
「そのようですな……」
「文殿も四方ミスリルで囲えば、大抵はしのげる。文殿の隣にもミスリルで囲った部屋を新たに作るしな」
「金庫の部屋版ですか……」
「そういうことだ。おまえの頭の中に残ってる史実だけ、全部書き起こしておいてくれ」
「御意でござる……」
ザンゲツが、なんとも弱々しい声でエッジに答えた。
ミスリルの新たな利用法に反論を潰されてしまい、ついに諦めてしまったようだ。
「年明けから忙しくなるから覚悟しとけ」
「はいぃ?」
「この間、禅譲制に切り替えると発表したが……」
数日後に、追加事項を発表することにした。
エッジがそう前置きした上で、なおも話を続ける。
「次期国王候補の育成には時間がかかるからな。将来オレが正式に候補を指名するまでの間、おまえら御伽衆を次期国王候補に置く」
「せ、拙者たちが……候補ですとぉ!?」
「オレが死ぬか、公務を継続出来なくなったら、御前会議で次の国王を御伽衆4人の中から決めてもらう」
御伽衆は暫定的な次期国王候補。
エッジにそう言い渡されて、ザンゲツがまたまた驚愕の声を上げた。
(御伽衆は、今3人しかいないはずなのに)
4という数字が気になっていると、じいが「お待ちくだされ」とエッジに声をかけた。
「なんだ」
「若様のおっしゃりようですと、御伽衆にもうひとり補充されるようですが、誰を……」
「ツキノワ」
「何と……まだ10にも満たない子どもをですか……?」
「ああ」
エッジが口にした名に、ザンゲツが呆然としたような声でつぶやいた。
年齢が一桁の子どもが、超エリート職に出世。しかも、暫定とは言え国王候補とは……!
リディアも驚きのあまり、声を上げてしまいそうになるが、我慢した。
「じいもザンゲツと同意見です。御伽衆への昇進は10歳になってからの方がよろしいと思われます」
「断る。あいつはオレの手足となるにふさわしい実力がある。誰から言われても撤回しない」
これだけエッジが高く評価するのだ。ツキノワという子どもは、よほど優秀な忍者のようだ。
「おまえら御伽衆3人で、年明けから面倒見てやってくれ」
「御意に……」
「僭越ながら、若様」
「なんだ……まだ文句があるのか」
「昇進はさておき、ツキノワを次の国王候補に立てるのは、やはり時期尚早と思われます」
「理由は」
エッジが厳しい口調で、じいに話の続きを促した。
「確かに若様のおっしゃる通り、御伽衆に見合う実力はあるでしょう。しかしながら、人として、忍としての経験年数が圧倒的に足りませぬ」
(次期国王候補にするには若すぎるよね)
リディアも心の中で同意していると、更にじいがこう続ける。
「仮に、今のツキノワを暫定でも候補にすれば、若様と血が繋がっていないだけで、世継ぎと何ら変わりはございませぬ。あの宣言は何だったのかとみなが呆れて、誰も国王を目指そうと思わないでしょう」
「……なら、成人するまでは3人で」
渋々折れたエッジに、じいが深々と頭を下げる。
「進言を受け入れていただき、恐悦至極に存じます」
「来年から、御伽衆は全員忍者学校で指導にあたってもらう。それ以外の時間は、勉強かオレと修行な」
「も、もしや残業も……!?」
「早出残業は当たり前だ。休みも週に一度あればいいと思え」
「御意……」
ザンゲツが沈痛な声で返事した。
エッジからの命令は、彼にとって酷なものばかり。心中穏やかではないだろう。
「代わりに特別手当と残業手当をつける。嫁も喜ぶだろ」
(お金の問題じゃないのに……)
エッジがお給料アップを持ち出したが、ザンゲツは黙ったまま。
「返事は」
「御意に……ござります……」
エッジから苛立ったような声で催促されて、小さな声で承諾の返事をした。
そんなザンゲツに、リディアはいたたまれない思いでいっぱいになる。
今以上に国王候補に相応しくなるよう、早く御伽衆を鍛えなければならないのだろう。
エッジやお国の事情はわかる。わかるけれど、ザンゲツがとても妻を愛しているのも知っている。
そのせいでエッジがわざと夫婦仲を裂こうとしているように見えて仕方がない。
「話は以上。ふたりとも戻っていい」
「はい、失礼いたします……」
とぼとぼ出口に向かうザンゲツの後に、リディアも続く。
がちゃ
「——おい、エッジっ!!」
ザンゲツが扉を開けた瞬間。
よく見慣れた少年が、リディアたちと入れ替わりに執務室に入り、扉を荒っぽく閉めた。
(パロム、本当に来ちゃった……!)
リディアは立ち止まり、執務室の扉を不安な表情で見つめる。
—— —— ——
つい1週間ほど前。屋外授業中にパロムが突然現れた。
リディアをからかい、ツクヨミを煽った結果。
ツクヨミから殺気攻撃を食らい、地面に投げ飛ばされていた。
屈辱的な扱いをされて、ブチ切れたのだろう。
エッジに訴えてやる。ツクヨミの化けの面をはがしてやる。そう捨て台詞を残して去っていった。
そして、有言実行とばかりに本日お城にやってきたようだ。
—— —— ——
(ちょっとだけなら……)
リディアはザンゲツの身体をつついて、扉を指さした。
彼がうなずいてくれたので、扉のそばの壁に近付いて聞き耳を立てる。
それから、1分も経たないうちに……。
どん!!
「うわっ!」
(こけちゃったのかな?)
大きな物音に続いてパロムのうめき声が聞こえてきた。
「お、おい……俺を切るのか!?」
(そこまでするの!?)
会話を聞いて、リディアは耳を疑う。エッジがパロムに刀を突き付けているようだ。
「若様!! ご友人に無礼な真似はお辞めくだされ!!」
「こいつは不法侵入者だぞ?」
「いや、それでもですなぁ……」
「今日の門番と見張り。全員再教育に回しとけ」
「……かしこまりました」
パロムはこの城によく遊びにくる。以前エッジからそう聞いたことがある。
それが今は、犯罪者扱い。しかも、刀を向けるとは……。
止めたいのに止めに入れず、リディアがもどかしく感じていると。
がつん!!
今度は、何かがぶつかったような大きな音が聞こえてきた。
「っ……」
「ここはおまえの遊び場じゃない」
エッジが問い詰めるも、パロムは返事をしない。いや、出来ないのかもしれない。
(お昼休みにじいやさんに聞いてみよう……!)
エッジがパロムの身体を押さえつけているように思えるが。
立ち聞きでは、中の様子をはっきり窺い知ることが出来ない。
「今度、連絡なしでやってきたら不法侵入で捕縛する。前にそう言ったろが。どうしてのこのこやってきた」
「っ……ツ、ツクヨミって奴……ここで……働いてるだろ」
パロムが途切れ途切れにそう答えた。
やはり、先日の捨て台詞通り。ツクヨミへクレームをつけにきたらしい。
「それがどうした」
「あいつ……なにもんだ? たまに『歩くお悩み相談室』……っ、やってるって、ここの奴から聞いたけどさ」
「オレの部下だが」
「そういう意味じゃねーって! 奴の本名や顔とか……正体が知りてーんだよ!」
身体の自由を解かれて、刀も納めてもらったのだろうか。
気が付けば、パロムがいつもの達者な口ぶりに戻っている。
一方、パロムの来城目的が判明しても、エッジが動じた様子は感じられない。
「知ってどうする」
「リディアに教えてやるんだよ。あいつ、自分の恋人の正体知らねーみ」
「——教えない」
「なんで!?」
「オレ以外の奴に、個人情報をばらさないよう契約交わしてるんでな」
(こんなこわいエッジ……いやだ)
リディアには、今のエッジの話し口調が冷酷に感じてしまう。
気心知れた相手には、気さくで人当たりがよかった。そんなエッジを身近で知るせいで。
「エッジは……いいのかよ、このままで」
「何が」
「リディアのこと、好きだろ?」
(余計なこと言わないでちょうだい!!)
パロムのど直球な質問にリディアは焦るも、エッジは何も答えない。
「他の野郎にあっさり取られちまって……悔しくねーのかよ」
パロムがそう言い終えるなり。エッジが「はっ」と鼻で笑う声が聞こえてきた。
「おまえら『ガキ』の相手なんかするかよ」
「っ、何だと!?」
パロムだけでなく、リディアも『ガキ』。
嘲り笑うかのように答えたエッジに、リディアの胸がつきりと痛む。
(違う……これはエッジの本心じゃない……)
リディアはそう信じている。信じているけれど。
面と向かって、エッジに同じことを言われたら泣いてしまいそう。
「他人の色恋に首つっこむ暇があったら、弟子のひとりぐらい育ててみろ」
「……」
「いつまで、ミンウやポロムに甘え続け」
「——うるさいっ!!」
がっしゃーん!!
説教に腹を据えかねたのか。パロムが大声で叫んだ直後。
陶器が割れたような大きな音が聞こえてきた。
「はあぁぁ……何と言うことを……!」
「ちょっと先に生まれたからって、偉そうにすんなっ! だから大人って奴は」
「——能書き垂れるなら、よそでやれ」
「っ!」
「牢屋にぶちこまれたくなかったら、早くここから出てけ……!」
部屋の中に置かれていた何かを、パロムが投げつけて割ったようだ。
じいが何とも言えない声を上げる中。エッジは淡々とした声で、パロムに退室を命じている。
(昔は仲が良かったのに……)
パロムの自業自得なのはわかる。
しかし、ここまでのエッジの口ぶりに他人行儀のような冷たさを感じた。
とても長い付き合いの間柄とは思えない。
「っ、わかったよっ! お言葉通り出てってやるよ!!」
ばたーん!
扉が勢いよく開いた。
「——リディア寝取られても知らねーからなっ!!」
廊下に飛び出してきたパロムが、捨て台詞を吐いてから。
憎々しげな表情で、足で扉を蹴飛ばして閉めた。
(そんなこと言わなくていいから……!)
恥ずかしくなるようなことを言われて、お面の下の顔がかあっと熱くなる。
「エッジなんか死んじまえっ!」
リディアたちが近くにいるのに、全く気が付かないまま。
パロムが不穏なことを叫びながら、猛ダッシュで廊下を駆けていった。
このままエブラーナ城を出て行くのだろう。ミシディアに帰るかどうかは微妙だけれど。
(いつまでもここにはいられないもんね……)
半ば呆然に少年の姿を見送っていたら。ザンゲツにぽんと肩を叩かれて。
こくりとうなずいてから、ふたりでその場を離れた。
§
10分程度しか執務室にいなかったのに。
ザンゲツに聞きたいことが盛りだくさんになってしまった。
「はぁ……」
(天国から地獄行き……)
仕事場へ戻る途中。
隣を見れば、ザンゲツが重いため息をつきながら、肩を落として歩いている。
—— —— ——
友だちと一緒に歴史をまとめるお仕事は、あと1ヶ月足らずで終わる。
同時にその友だちはクビ。お城からいなくなる。
しかも、年明けから『御伽衆』は過酷を極める。
……愛する奥さまと過ごす時間や趣味に費やす時間は、ほぼないだろう。
—— —— ——
(なんとかしてあげたいけど……あたしはエッジに進言出来る立場じゃない……)
来年からザンゲツは高給取り。そして、次期国王候補という輝かしい立場につく。
その代わりに、さまざまなものを手放さなければならない。
本人もそれがわかっているのだろう。まるでこの世の終わりかのような雰囲気を漂わせている。
そんなザンゲツに、どう声をかけていいかわからないまま。リディアは西の塔へ戻ったのであった。
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