フェイクラバーズ 作:かえで
——それから数時間後 正午過ぎ
正午になり、休憩と共に昼食の時間が始まった。
リディアのお昼ごはんは、ライザが作ってくれたサンドイッチ。
一方、ザンゲツは塩むすび3つ。
彼はそれを口にしながら、なんとも幸せそうな表情で求婚秘話を話してくれた。
そして、お昼ごはんをすませ終える直前に。じいが部屋に現れた。
「……聞いておられましたか」
「すみません。ツクヨミさんとしてですけど……こないだ、ミストでパロムとやりあってたので……」
パロムとエッジの執務室でのやりとりを立ち聞きした。
リディアがそう報告すると、じいがふうと息をついてから、こう話した。
「若様も気付いておられませぬ。お気になさらず」
「パロムと普通にしゃべってるようには聞こえませんでしたけど……」
「おっしゃる通りです。パロム殿に村雨を突きつけておりました」
「やっぱり!」
「ああ、いやいや。若様は本気ではござらぬので、そこは誤解なきよう」
リディアは勢いよく席を立ったが、じいが座るように促してくれた。
「パロム殿のよからぬ噂が広まっているのはご存知でしょうか」
「ええ。ミンウ様やお姉ちゃんが頭を抱えているって、前から魔導士界隈で有名です」
「でしたら、話は早いですな。——1年ほど前、パロム殿がバロン国王夫妻に注意を受けたという情報を、独自に入手したのです」
1年前、リディアは人生空白期間真っ只中。そのような出来事があったことも初耳であった。
「……ふたりの言うこと、パロムは聞かなかったんだ」
「そういうことにござります」
—— —— ——
パロムはセシルを兄のように慕っている。一方で、ローザを鬼のように恐れている。
その話は仲間内でも有名であった。
以前なら、ローザがむちのごとく厳しく叱責した後。セシルが、あめのごとく優しくなだめたら。
パロムはしばらくの間だけでも、大人しくなったものだ。
—— —— ——
(セシルたちでも無理なら、誰の言うことも聞かないよ……)
今のパロムはガキと言われただけでキレてしまう。大の大人嫌い——反抗期真っ盛り。
ローザはともかくセシルも、その大人の中に入っているのだろう。
「それを知って以来、若様はパロム殿にあえて厳しく当たるようになられたのです」
「そうだったんですね……」
(よかった……)
じいの話を聞いて、リディアは胸をなでおろした。
塩を通り越して鬼のような対応。あれはエッジなりのパロムへの愛のむちだったのだ。
「若様は、今のパロム殿とご自身の若い頃が似ているとよくおっしゃっております」
「エッジはあそこまでわがままじゃ……」
「挫折を経験されていない点に、思うところがあるのでしょうな」
「……!」
プライドがずたずたになるぐらいの出来事に遭わない限り。いつまで経ってもパロムは成長しない。
エッジが、以前そうこぼしていたという。
(エッジも、ご両親を亡くされるまでは……)
お城を襲撃されるまで、エッジも自由きままに生きていた。そう聞いたことがある。
あの出来事は、彼の人生初の挫折経験。そして、大きく意識が変わった人生の転換点だったはず。
今の平和なご時世で、そんな出来事が今後起こるかどうかはわからないけれど。
エッジが自身の経験則に基づき、パロムの今後を案じているのはよくわかった。
「あの……」
「は、何か」
「外の空気、吸ってきていいですか?」
「どうぞどうぞ」
「黒板を持参してくだされ」
「はい。ありがとうございます」
気分転換に散歩を申し出たら、じいもザンゲツも許してくれた。
ふたりは、リディアが『防音結界』を張っているのを知っている。
何を話しても相手には聞こえないし、よほどでないとバレない。そう思っているのかもしれない。
§
城壁の外周を一周しよう。そう決めて、西の塔から外に出た。
黒板を抱えながら、ゆったりとした足取りで城門に向かう。
(午後はほとんど質問タイムになりそう……!)
午前中のうちに、ほとんどのもやもやが芋づる式に晴れてしまった。
昼からは、執務室で抱いた数々の疑問をはじめに。ザンゲツに聞いてみたいことがいっぱいある。
「……」
「……」
午後から何を質問しようか。そう思案を巡らせながら、城門に向かって歩いていたら。
女性の声が耳に入ってきて、リディアは思わず足を止めた。
「——週に一度休みあるかないかぁ!?」
「しっ、もっと小さな声で話せ」
城門近くの生け垣のそばで、『御伽衆』のひとりであるイザヨイ。
そして、着物の袖をたくし上げている女性……おそらく女中だろう。
女性ふたりが生け垣に身体を向けて、何か話している。
気配消しの湿布のおかげで、ふたりはリディアが近くにいることに気付いていない。
「信じられない! また休み減っちゃうじゃない!」
「仕方がない。お館様のご命令だ」
リディアたちの前か後かはわからないけれど。
イザヨイも執務室に呼ばれて、来年からの御伽衆について説明を受けたようだ。
「やだよ。ごはんいつ食べにいくのぉ……?」
(遊び盛りのお年頃だもん。お休みないと嫌だよね)
女中はイザヨイの友人だと思われる。
イザヨイの休みが減り、一緒に遊ぶ時間がなくなってしまうのが不満なようだ。
「ばかだな、ハツイ」
「え?」
「休日に行けば済む話じゃないか」
「せっかくの休みなのに……いいの?」
「休みはそのためにあるんだよ」
「……ぃ、やったぁぁぁ!」
「お、おい。おまえも一緒に休み取らないと無理だぞ?」
「取る取るっ! 一緒に休むっ!」
女中——ハツイが、両手を上げてまで大喜びしている。
淡々と話すイザヨイと対照的に、ハツイは感情豊かな女性のようだ。
イザヨイを慕っていることが、ありありと感じられる。
「でも、よかったね」
「何がだ?」
「お館様だよ。お互い独身同士で生涯を終えられそうで」
「……そうだな」
ハツイの口ぶりからするに。イザヨイは今でもエッジに思いを寄せているらしい。
(イザヨイさんも、誰とも結婚しないの……?)
エッジに殉じて、死ぬまでひとりで生きていく。
イザヨイも、リディアと同じ人生を歩むつもりでいるようだ。
「イザヨイ、ずっとここで暮らすんでしょ?」
「ああ、お役目を終えるまではな」
引退するまで、エブラーナ城——エッジと同じ場所で暮らす。
そんなイザヨイの話を聞いた瞬間。リディアの胸がじりっと焦げた。
「もうさ。いっそのこと、お館様の部屋に忍び込んで目を」
「——ばかっ」
「ゔゔっー!」
イザヨイが慌ててハツイの口を塞いでいる。
その途端。リディアは一目散に駆け出して、その場を離れた。
(エッジのそばで、エッジを支えることが出来るなんて……うらやましい……!)
走っている最中も、じりじり胸の焦げ付きが止まらない。
それで、イザヨイにやきもちを焼いていることを自覚した。
§
気が付けば、城門とは反対側の裏庭にやってきていた。
(ここは……誰もいない……)
リディアは目についた大きな木に近付く。そして、右手をついて幹に寄りかかった。
「はぁ……はぁっ……」
深呼吸を繰り返し、息を整えているうちに苦しさはなくなっていく。
(もし、イザヨイさんが……エッジの目を見てしまったら……)
しかし、頭の中では、イザヨイとその友人の会話が何度も繰り返されている。
『そんなところで何をしてらっしゃるのですか??』
「!?」
胸の痛みがおさまらず、木に寄りかかっていたら。
慣れ親しんだ声が聞こえてきて、身体をびくりと震わせた。
(ツクヨミさん……!)
恐る恐る振り返ってみたら。
ミストでおなじみの全身真っ黒忍者が、こちらに近付いてくる。
『体調が悪いのでしたら、医務室へ……』
「……」
その必要はないと、リディアは首を横に振ってから。
黒板にチョークで文字を書き始めたが、字が歪んでしまう。
小指に何重にも包帯を巻いているせいで、上手く力が入らない。
一瞬焦ったが、歪んで汚くなってしまう方がいい。そう思い直した。
エッジが筆跡も覚えているかもしれない。
ミゼルもそれを察して、このままでいいと言ってくれたのかもしれない。
自分自身を納得させながら文字を書き終えると、小さな板をツクヨミに見せてあげた。
【あなたは】
『申し遅れました。お城勤のツクヨミと申します。あなたは確か……』
ツクヨミが胸に手を当てながら、おじぎをしてくれた。
タタラは一度も、お城でツクヨミと会ったことはない。
ミゼルから事前にそう聞いていたが、本当だったようだ。
リディアは文字を消してから、新たに文字を記して黒板をまたツクヨミに向けた。
【タタラ ザンゲツさんのおてつだい】
『あぁ、あなたがタタラさんですか。お噂はかねがね伺っております』
「?」
首を大きく横に傾けて、ツクヨミに話の続きを促した。
タタラの噂の内容は、大まかながらも知っている。
けれど、ツクヨミ——エッジが、タタラをどんな風にとらえているか。少し気になった。
『最低賃金にもかかわらず、真面目にけなげにお仕事に励んでいるとの噂です』
「……」
タタラは悪く思われていなかった。
リディアは安堵しながら、首を何度もうなずかせた。
—— —— ——
火事で大やけどを負い、長年引きこもっていたけれど。
ようやく立ち直り、社会人デビューを果たした。
—— —— ——
タタラのそんな境遇は、ミゼルの境遇を少し脚色したものだ。
そのためタタラは、他の使用人から同情の視線を向けられることが多い。
エッジも『ツクヨミ』として、タタラの評判を入手していたらしい。
『ところで、何か嫌なことでもあったのですか?』
「……」
ツクヨミから本題を切り出され、首を縦に一度だけ振った。
(これが、歩くお悩み相談室……!!)
パロムが話していたことは本当だった。
エッジはツクヨミとして城の中を回り、使用人の悩みを聞いているようだ。
『まさか、ザンゲツさんにいじめられているのですか?』
(あの人はそんなことしないよっ!)
ザンゲツからいじめられていた。そんな話、ミゼルから聞いたこともない。
「……!!」
リディアは首を横に何度も振り、否定した。
ここで冗談でも縦に振ったら、エッジが後日ザンゲツにぼろかす怒るのが目に見える。
『では、一体……』
ザンゲツのいじめ以外、心当たりがない。そう言いたげに、ツクヨミが首をかしげている。
(何よ、とぼけちゃって!)
相変わらず、演技が上手だ。そう思いながら、黒板に文字を綴って見せてあげた。
【ことしでクビといわれた】
『あの部署、なくなるのですか?』
「……」
(白々しいなぁ。そう決めたの自分じゃない!)
エッジが『ツクヨミ』として、知らぬふりをした。
リディアはうなずきながらも、心の中で不満を募らせる。
『仕方がありませんね。あなたは臨時雇いですから……』
「……」
ツクヨミが慰めの言葉をかけてくれたが、うつむいてしまった。
臨時雇用は正規雇用と比べて、お給料が少ない。
年に一度か二度もられるボーナスも、もらえない。
普通の会社やお店なら、上の人の気まぐれでいつクビになってもおかしくない。
ミゼルもザンゲツもそう話していたけれど。やはり、この世は厳しい。
『お館様は他に何かおっしゃってましたか』
「……」
リディアは首を縦にうなずかせると。
目の前にいる本人から、午前中に言われたことを思い出しながら。
黒板に向かって簡潔な表現で記して、また黒板を見せてあげた。
【つぎのしごと さがしてやるといわれた】
『よかったですね。臨時扱いでそこまでの計らいをしてもらえる職場はそうそうございませんよ』
「……」
『あなたの働きを、お館様がお認めになったということですしね』
明日から仕事来なくていい。今すぐここから出ていけ。
かねてからリディアは、『クビ』にそんな厳しいイメージを持っている。
(言いたいことはわかるけど……)
次の働き先を探してくれる上の人は、とても珍しいと思う。
その反面、次の働き先が見つかれば。解雇ぐらいどうってことはない。
ツクヨミとしてではなく、エッジ本人がそう思っているように感じられて。
リディアはちょっぴり悲しくなってしまった。
薄給にもかかわらず、ミゼルはこのお城でたのしそうに働いているのに。
危険を承知で、こんな機会を設けてくれた恩を仇で返したくない。
(だめもとで、訴えよう!)
リディアは意を決してチョークを手に取り、黒板に字をがりがり刻み。
書いた面をツクヨミにさっと向けた。
【クビはいやだ】
『……あの』
戸惑ったような表情を見せるツクヨミをよそに。
黒板消しで文字をささっと消して、新たに文字を書く。
【おやかたさまといっしょのばしょで】
【エブラーナのためにおしごとできることを】
【ぼくは ほこりにおもっている】
【ここはみんないい人ばかり】
【べつにいまのしごとじゃなくてもいい】
【おそうじ お皿あらい なんでもいい】
【できればずっと ここで はたらきたい】
【ぼくは やめたくない】
(お城に残れるなら、おじちゃんは掃除やお皿洗いもやるはず!)
筆談かつ小さな黒板では、記す文字数が限られる。
もどかしさを感じながらも、ツクヨミの反応を一切無視して。
文字を消し、また言葉を記して、黒板を見せる……。
何度もそれを繰り返し、ミゼルの希望——解雇拒否——を代弁した。
『そんなにここが好きなのですか??』
「……」
『そうですか……』
2回強くうなずくと。ツクヨミが両腕を組んで黙り込んでしまった。
何か考え事でもしているのだろうか? それとも、そういう演技をしているだけか?
リディアは固唾をのんで、ツクヨミの答えを待つ。
『……それでしたら、決裁願でお伺いを立ててみてはいかがでしょう?』
「??」
(聞いたことない……)
ツクヨミに向かって首を大きくかしげる。
『決裁願は、ここで働く使用人が、意見や要望などをお館様に届ける時に使われる書類です』
「……」
『タタラさんの場合は、そうですね……「どんなお仕事でもいいので、引き続きここで働かせてください」と記して提出すれば、お館様が可否欄に、〇か×どちらかの印をつけて返事をしてくれるでしょう』
(やったよ、おじちゃん!)
ツクヨミの中の人——エッジに訴えが通じて、首の皮が1枚つながった。
それがわかり、お面の下で感極まった表情を見せた。
『じいや様に頼めば、書類がもらえます。だめもとでもやってみる価値はあると思いますよ』
「……!!」
ツクヨミ——エッジが、臨時使用人に救いの手を差し伸べてくれた。訴えが通った。
リディアはお面の下で嬉しそうに首を縦に振ってから、黒板に文字を記した。
【ありがとうございました】
『とんでもございません。解雇が取り消しになるようお祈りいたします』
「……」
背を翻して去っていくツクヨミを、しばらく見送ってから。
その場を離れて、気付かれぬように後を追いかけた。
(確かめてみよう!)
このまま執務室に戻るのか。他にも悩める使用人に声をかけるのか。
休憩が終わるまで、まだ時間がある。
こういう時に気配消しの湿布を利用しないでどうする。
そう思いながら内庭を通り抜け、東の塔につながるトンネル状の通路の前で足を止めた。
(懐かしいな)
ここは生まれて初めて、エッジ先生の授業——カルミネのこと——を受けた場所。
昼間でも薄暗いそんな通路で、若者が壁にもたれてうずくまっている。
そして、ツクヨミが何か若者に声をかけている。
リディアは気付かれぬよう、ツクヨミたちのそばに近付き、聞き耳を立てる。
『……で、何かあったのですか?』
「仕事……辞めようかと思って……」
(朝の人だ!)
弱々しい声を聞いて、若者が午前中エッジに怒られていた男性だとわかった。
『それだけでですか? もったいないですね』
「……お館様の下で働きたくて、ここに入ったのに……」
『あなたは、ここで働き始めてまだ間もないように見えますが』
「補充要員で……この夏から……」
若者が絞り出すような話し声で、仕事を辞めたい理由を吐露している。
若者はエッジにあこがれを抱き、同じ職場で働き始めたばかり。
ところが、当の本人から叱られてしまい、自信がなくなってしまったようだ。
『それでしたら簡単です。頭も使わねばなりませんが。何くそ今に見ていろとお館様を見返すような気持ちで働けばよいのです』
「えっ?」
『不満がなければ、ふぬけて気が緩みがちにもなりますよ』
お館様への反骨精神をもって、仕事を続けたらいい。
ツクヨミが若者にそうアドバイスしている。
(悲しみや悔しさ、怒りをばねにして……ってよく言うもんね)
負の感情も時として、モチベーション維持などに役立つこともある。
「確かに、浮かれていたのは否めませんね……」
『ちょうどいい機会ですし、意識を変えてお仕事に取り組んでみてはいかがでしょう?』
「そ、そうですね……!」
ツクヨミ——エッジの助言により、元気を取り戻したような若者の声を聞いてから。
リディアはその場を離れた。
(自分を悪者にしてまで、アドバイスしてあげるなんて……)
お館様が姿を変えて、目の前に現れて励ましてくれた。
あの若者がそれを知る日は、おそらくやって来ないだろう。
それは、午前中にお城にやってきたパロムも同じ……。
§
「っ……!」
西の塔へ向かう途中、ふいに空を見上げると。
太陽が放つ、まばゆい光が目に飛び込んできて目をつむってしまった。
再び目を開けて、太陽を見ぬよう視線をずらすと。
エブラーナの大地に、お城に……そして、この自分に。暖かな日差しが降り注いでいるのを感じる。
「……エッジ……」
リディアは空に向かって、だいすきな人の名を小さな声で呼んだ。
—— —— ——
エッジは、太陽とそっくり。
自身が放つ光と熱で、地上の生きとし生けるものに分け隔てなく恵みを与えてくれる。
一方で、何人何物も寄せ付けない。近付くことが出来ない。
そんな偉大ながらも……孤独な星に。
—— —— ——
そう思った途端、視界が水面のようにゆらゆら揺れ始めた。
「う、っ……」
視線を前に戻せば、あふれ出るしずくが頬を伝い、ぽろぽろ地面に落ちていく。
涙をぬぐいたくても、お面をかぶっているせいでぬぐえないまま。
リディアは涙をこぼしながら、仕事場に戻ったのであった。
——それから数時間後 午後5時過ぎ
タタラの就業時間は、毎日午後5時まで。
リディアも5時にエブラーナ城を後にして、ザンゲツとじいに発着場まで送ってもらった。
ふたりとも明日はお休み。
これからザンゲツの家で、朝まで酒を酌み交わすと聞いている。
「——本当にありがとうございました」
「いやいや、気になられていたことは解消されましたかな?」
「はい」
午後のほとんどの時間は、ザンゲツへの質問に費やされた。
このお城のことや、エッジの普段の振る舞いはともかく。
タタラの仕事ぶりや、ミゼルがじいやザンゲツと懇意になった経緯などを知ることが出来た。
それに伴い、ザンゲツがツクヨミのWキャストの片割れだったこと。
数年前に城下町で、ライザに青い撒菱を託したその人だったことも判明した。
「ミストに帰ったら、ミゼル殿に報告してあげてくだされ」
「ええ。お昼のことも、明日には必ず」
明日はタタラ——ミゼルもお休み。
お礼も兼ねて、本日のことを報告するつもりでいた。
「解雇撤回になれば、リディア様のおかげですなぁ」
「そんなことないですよ」
タタラの首の皮一枚をつなげてくれたのは、決裁願と呼ばれる書類だった。
ツクヨミはクビを取り消すつもりで、あの書類の存在を教えてくれたのかもしれない。
「決裁願が通らずとも対策を練っております。ご心配なさらぬよう」
「はい。おじちゃんのこと……これからもよろしくお願いします」
実質ナンバー2でもあるじいからも、こうして太鼓判を頂けたことだ。
仕事内容は変わるかもしれないが、タタラのクビは回避されるだろう。
「ええ、ええ。もちろんですとも」
「拙者も同」
「——そなたはタタラがいなくなると困って仕方なかろうな」
「うっ……」
返事しようとしたザンゲツを、したり顔のじいが遮った。
おまけに図星を突かれたのか、息を詰まらせている。
「わしももう先が見えておる。愚痴をこぼせる相手が見つかってよかったのう」
「っ、くうぅぅっ……!」
「ふふっ」
「ははははっ……!」
腕を顔に当ててむせび泣きを始めたザンゲツを、リディアとじいが笑う。
(タタラもじいやさんもいなくなったら、仲のいい人いなくなっちゃうもんね)
ザンゲツは、お城ではタタラと部下と上司の関係にある。
しかし、彼にとってタタラ——ミゼルは、人生初の異国の友人かつ良き相談相手。
じいも70歳を超えている。あと何年働くことが出来るかわからない。
相談相手不在の環境になるのが、ザンゲツは嫌でたまらないのだ。
『間もなく、右回りの巡回艇が出発いたします』
停まっていた巡回艇の乗員の声が聞こえて、リディア笑いを止めてから。
じいとザンゲツに一礼して巡回艇に乗り込み、エブラーナに別れを告げた。
§
太陽は既に西の空へと沈んでおり、空は黒一色。
リディアは夜景を見ることもなく。防雨スペースの中に入り、空いた席に腰を下ろした。
エブラーナ城への潜入を終えて、もやもやという名の違和感を晴らした。
お城でのエッジの様子も垣間見ることも出来た。
そこで見た、聞いた、感じた結果を踏まえて。これから自分はどうすればいいか。
おこがましいと思うけれど。ツクヨミを通して、エッジに何かしてあげられることがないか。
(アレだけは何としても……!)
巡回艇がミストに到着するまで。リディアは、エッジとの未来を模索し続けたのであった。
.