※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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(あの人との)幸せについて本気出して考えてみた

 

 

——翌朝

 

 

 エブラーナ城潜入から一夜明けた、休日の朝。

 ミゼルの自宅に向かう準備をしていたら。玄関の扉を叩く音が聞こえた。

 

「おはよう、リディアさん」

「あぁ、おじちゃん。おはよ」

 

 扉を開ければ、黒眼鏡を掛けた男性——ミゼルが先に来てくれた。

 

「もうちょっとしたら、そっち行こうと思ってたの」

「広場に行こう。ジャンヌさん、うちにいるから」

「いいよ。ちょっと待ってて」

 

(……ここだと、後でバレたらおばちゃんにボコられるもんね)

 ミゼルは、ひとりでリディアの自宅を訪ねる時、玄関先で話をしておしまい。

 雨が降ろうが槍が降ろうが、自宅の中に絶対入ってはならない。

 妻からそう厳しく言われているのだ。

 

 エッジの事情を知らないジャンヌが自宅にいるなら、外で話すしかない。

 リディアは急いで戸締まりをしてから、ミゼルと共に広場に向かった。

 

「昨日はありがとうね」

「なにが?」

「きみのおかげでクビが免れそう」

「……どうして知ってるの?」

 

 報告しようと思っていたクビの話を、先に振られてしまった。

 

「これ」

 

 ミゼルが小さな紙片1枚を見せてくれた。

 

 —— —— ——

 その正体は、じいからの伝書鳩での通信文であった。

 歴史編纂室が解体されること。それに伴い、タタラにクビが申し渡されたこと。

 しかし、リディアがツクヨミと会い、決裁願の提出を勧められたこと。

 ……昨日の出来事が簡潔に書かれていた。

 —— —— ——

 

「じいやさんたち、今日はお休みって言ってたけど、いつ送ってきたの?」

「昨日の夜、届いたんだよ」

「あ、そうなんだ……」

「昨日の昼過ぎに送ってくれたんだろうね」

 

 昨日のお昼。散歩を終えてから、じいとザンゲツにツクヨミと遭遇したことを報告していた。

 どうやらじいが仕事場に戻ってから、ミストに伝書鳩を飛ばしたようだ。

 

「これ、返すね」

「……っ」

 

 ミゼルがリディアから文を受け取ると、明後日の方を向いた。

 

「どうしたの?」

「……何も頼んでないのに訴えてくれてさぁ……兄冥利に尽きるよぉ……ううっ……!」

 

 ミゼルがわざとらしい泣き声を聞かせてくる。

 

 仮にタタラのクビが回避されたら、初の兄孝行になるかもしれない。

 そう思うぐらい、長年リディアはミゼルに甘えていた自覚があった。しかし、それとこれは別だ。

 

「また、うそなきしてるー」

「ははっ、バレちゃったかぁ……」

 

 リディアの呆れた声を聞くなり。こちらを振り返ったミゼルの表情がとても嬉しそうに見える。

 

「まだ取り消しになった訳じゃないよ? エッジに〇つけてもらわなきゃだめなんだからね」

「お涙ちょうだいの内容書きゃ楽勝だよ」

「うん、確かにそれは……」

 

 エッジは情に厚い男である。ミゼルもその辺をよくわかっているらしい。

 タタラの偽りの経歴も、ミゼルの経歴を改造したものだ。エッジがぐっときてもおかしくない。

 

§

 

 広場に到着したが、誰もいなかった。寒い季節だから仕方がない。

 

「あっち座ろうか」

「うん」

 

 ミゼルが指を指したベンチに、ふたり並んで座った。

 もちろん、『防音結界』を張るのも忘れない。

 

「どうだった? 昨日」

「怖かった」

「ふむ」

「国王さまだから、他の人に厳しくするのはわかるけど……こんなのエッジじゃないって思っちゃった」

 

 お城でのエッジは、周囲に壁を作っていて……孤独に見えた。

 

 国王は、お国でたったひとりしかいない。だから、孤独にならざるを得ない。

 過去にエッジ自身、何度もそれをほのめかしていたのもあって。

 頭ではわかっていたけれど、実際目の当たりにして改めて痛感させられた。

 

「ぼくと感想一緒か」

「おじちゃんも?」

「ここの人が見たら、みんな一緒のこと感じるでしょ」

「アリサは……『冷血漢』『鉄仮面』って、あだ名付けちゃいそう」

「『朴念仁』かもしれないね」

 

 アリサがどういった命名をするか、容易に予想出来る。

 それぐらいには、ミストの住民がエブラーナ城でのエッジを目にしたら。

 ただの一青年だったミストでのエッジと比べ、大きなギャップを感じるのは間違いなし。

 

「エッジは、お城で素が出せないんだね」

「あえて一線引いてるんだよ。慣れ合いはいいことばかりじゃない」

「同じこと、ザンゲツさんも言ってた……」

 

 以前からミゼルは、エブラーナの事情に明るかった。

 それが、タタラとして働き始めて歴史にまで詳しくなった。

 しかも、エッジの抱える様々な事情をじいやザンゲツと共有しているため。

 こうして話がすぐ通じるのはありがたい。

 

「じいやさんとザンゲツさんぐらいしか、気を許せる人いないって寂しいよ……」

「じいやさんたちも、結局は上司と部下の関係でしかない」

「そんな……!?」

「昨日、聞いたでしょ? 2年前、おふたりがエドワードくんに何されたか」

 

 ミゼルとザンゲツたちが仲良くなった。その理由も、昨日ザンゲツから教えてもらった。

 

 ***

 

——2年前

 

 ある夏の日。エブラーナ城にミゼルがやってきた。

 彼はエッジの面会を希望したが、エッジは事前予約なしの来客を異様に嫌う。

 じいとザンゲツが、まずミゼルに会うことにした。

 

「エドワードくん、いやエブラーナにトロイアの会社の調査をお願いしようと思い、ここにやって参りました」

 

 なぜかエッジのことを『エドワードくん』と呼ぶわ。

 当時口コミでしか広まっていなかった、便利屋業務の存在を知っていたわ……。

 あ然とする、じいとザンゲツをよそに。ミゼルは施政者としてのエッジを褒めちぎってから、こう言った。

 

「あの人はどう思ってるかは知りませんけど、ぼくはエドワードくんのことを友だちだと思っています」

「何と……!!」

「と、友だちですかぁ!?」

「はい。あれ? もしかして、不敬罪に当たりますか?」

「い、いえ、罪には問われません」

「そうですか。ならよかったです」

 

 じいたちはとても驚いたが、ミゼルはけろっとしていた。

 

「……そんなに驚くようなことですか? ぼくは思ったことを言っただけですよ」

「い、いえ、そういったことをおっしゃる方は、とても珍しいと思いましてなぁ」

「えっ? リディアさんやバロン王、ファブール王など……お友だち、たくさんいるじゃありませんか」

「その方々は特別です」

「少なくとも、国内にはほとんどおりません」

「あぁ、やっぱりそうなんですね。国王でなければ、今頃もっとたくさんお友だちがいたんだろうなぁ」

 

 それを聞いて、じいたちはおいおい泣き出してしまった。

 

 —— —— ——

 じいたち含めて、エブラーナの民にとってのエッジは尊きお方。

 『友だちになりたい』と口にする者はほとんどいない。

 リディアたち——戦友と出会っていなければ、エッジには友人はいなかったかもしれない。

 —— —— ——

 

 そんな中、お館様の友人を自ら希望する人間が現れた。

 同時に、国王という孤独な立場をも理解してくれたことに心打たれて。

 じいとザンゲツは、ミゼルと意気投合。エッジとの面会を実現してあげた。

 

 エッジは、ミゼルの訴えを聞いて依頼の受け入れを決めてから。

 一緒に昼食を共にして、お館様自ら倉庫や城下町を案内……。

 突然の訪問客にしては破格の待遇を受けて、ミゼルは帰っていった。

 

§

 

 ところが、その後がいけない。

 ミゼルを事実上エブラーナ城に出入り禁止。城内にそんなお触れを出すわ。

 じいから信書の検閲権限を、強引に取り上げるわ。じいとザンゲツに、へんてこな忍術を使うわ。

 エッジは、3人が伝書鳩や手紙はおろか。接触すら出来ないよう分断工作を図った。

 

 それでも、じいの機転で秘密裏に連絡を交わすことになり、分断は免れた。

 後年ミゼルも使用人として働くようになり、じいやザンゲツと更に懇意の間柄になったという。

 

 ***

 

(原因ははっきりしないけど……たぶんあたしが関係してる……)

 話を聞いて、じいやザンゲツがひどい目に遭っていたと知って、ショックを受けたものだ。

 それを思い出せば、エッジとじいたちが完全に信頼関係を築いているとは言いがたい。

 

「おじちゃんはあの日、アガルトに行ったと思ってたよ」

「キロンさんたちの悪事を暴くには、エブラーナ……忍者の協力が必要不可欠でね。ただ、キロンさんたちに知られたら癒着って言われかねないから隠してたんだ」

「……それ、エッジにも同じこと頼まれたんじゃないの?」

「そうだよ。だから、これからもみんなには内緒にしておいてちょうだい」

「うん……」

 

(やっぱりひけらかさない……)

 エッジは善意をひた隠しにする傾向が強い。

 ミストの大掃除にエブラーナが関わっていたことを隠すのは、彼らしいと思う。

 

 けれど、リディアは複雑でならない。

 ミストの住民がその事実を知ったら、エッジを見る目が多少なりともいい風に変わるだろうに……。

 

「ザンゲツさん、なんかかわいそうだよね」

「……サンドバックか。昨日もなんかあったの?」

「エッジから殺気飛ばされてたよ」

「ははっ。歴史編纂部がなくなるって聞いてキレちゃって、逆ギレされたんだな」

「エッジ、じいやさんにはそんなことしないのに……」

 

 —— —— ——

 もう大分前の話になる。

 エッジとお城の地下室で宝探しをしていた時。リディアは古い日記を見つけたことがある。

 使用人が書いたと思われる、その持ち主はわからないままだったが。

 昨日ザンゲツが、日記の主だと自ら告白してくれた。

 —— —— ——

 

 日記もザンゲツも、一人称が『拙者』だったこと。年齢的にもぴったり合うこと。

 日記の内容からして、エッジ(幼少期)から、あまりよくない扱いをされていた。

 それを知っていたから、リディアは一切疑わなかった。

 

「後継者が出てくるまで、エドワードくんはうかつにじいやさんに手を出せないよ」

「……じいやさんがいなくなったら、ミストに来る暇なくなっちゃうか」

「まあ、それ以前の問題かな。ザンゲツさんは超お人良しで、昔からエドワードくんの影武者や、最初のツクヨミさんもやってた優秀な忍者だし」

「それ、都合のいい人ってことじゃない!?」

「残念ながら、そういう人はサンドバックになりやすいんだよ」

 

 エッジは、お城勤——現場忍者のベテランでもある点も考慮して。

 ザンゲツを自身の手駒として自由に使える御伽衆に選んだ可能性が高い。

 ところが、当のザンゲツはジレンマを抱えているという。

 

「ザンゲツさんはたまに事務方も手伝いに入ってたことがあるし、本当は現場より内勤の方が好きなんだよ」

「本を読めるし、奥さんと長い時間一緒に過ごせるもんね」

「歴史をまとめるお仕事は、念願の内勤職だったけど、いつかは終わるからなぁ……」

 

 編纂作業が一段落。もしくは後任が育ったら、また現場に復帰しなければならない。

 いつその日が来るか。ザンゲツは日々、戦々恐々としていたという。

 

「御伽衆の中で家庭持ってるの、ザンゲツさんだけだよね」

「うん。お城勤になる前に奥さんと出会って一目惚れしたんだって」

「浮気や離婚危機は一度もないって、昨日ものろけてたよ」

「そういうね、旦那さんのお仕事に理解がある人と結婚するか、独り身でいる覚悟を持たないと、現場忍者は長く続けられないんだよ」

 

 リディアは昨日、御伽衆の事情もザンゲツから教えてもらっていた。

 

(イザヨイさんは結婚しないから、御伽衆に選ばれたんだろうな)

 ザンゲツと他2名……ゲッコウとイザヨイとでは意識のズレがある。

 ふたりは年若く、独身。エッジへの忠誠心も、ザンゲツ以上に高い。

 

 ゲッコウは結婚願望を完全に捨てきれないでいるらしいが。

 家庭を持つことで仕事が疎かになるぐらいなら、一生結婚しない。

 ふたりとも、周囲にそう打ち明けているという。

 

「家庭とエッジの二択なら、ザンゲツさんは悩んで悩んで後者って答えるよね」

「ゲッコウさんとイザヨイさんは、即答でお館様だなあ」

「……おじちゃん。これからもザンゲツさんの愚痴、聞いてあげてね」

「もちろん。はじめてのエブラーナの友だちだからね」

 

 他の使用人が、ザンゲツの存在をありがたむようになったこと。ミゼルやじいという愚痴相手がいること。

 何と言っても、塩むすびを作ってくれる愛する奥様がいるから。

 ザンゲツは仕事を辞めずにがんばっているという。

 

「まあ、ザンゲツさんところは死ぬまで奥さんとラブラブだろうけど、エドワードくんはあんな感じでひとりで生きてくんでしょうなぁー」

 

 ひとり、と聞いて胸がきしむ。

 

「そんなのやだよ……」

「やだって言っても、これから御伽衆をばんばん鍛えるから、女にうつつを抜かしてる暇ないでしょ。——表向きは」

 

 王妃を娶れば、エッジはお城の中で孤独から解放されるだろう。

 しかし、お館様は独身で一生を終えるつもりでいる。エブラーナ国内ではそんな噂が広まっている。

 

(……そうだ)

 今ここで、ミゼルにどうしても聞いておきたいことがあった。

 

「ねえ、おじちゃん」

 

 リディアは姿勢を正しながら、ミゼルに声をかけた。

 

「どしたの、改まって」

「昔からおじちゃん、エッジと友だちになりたがってたけど……それ、同じ年だからってだけじゃないよね?」

「あー……」

 

 質問したら、ミゼルがばつが悪そうに明後日の方を向いてしまった。

 

「エブラーナが好きになったり、『タタラ』さんで働いたり……どっちもエッジの影響でしょ?」

「……」

「おじちゃんなら、他にもお友だちになってくれる人はたくさんいるよ? どうしてエッジにこだわるの?」

 

 —— —— ——

 それは昔から持っていた疑問だが、特に知りたいとは思わず、長年放置していた。

 

 ところが、先日ミゼルが変装してまでお城で働いていると知った途端。

 なぜそこまでエッジにこだわるのか。妙に気になってしまった。

 

『ミゼル殿も、拙者やじい様と同じように、お館様とリディア様が結ばれるように祈っているのですよ』

 

 ザンゲツからいろいろ話を聞いてから。ミゼルは、エッジのことをとても気にかけている。

 そう改めて確認したが、本人からどうしてもその理由を聞きたかった。

 —— —— ——

 

「ねえ」

「……」

「言えないことなの?」

 

 この話題に入ってから、リディアが一方的に話すだけ。ミゼルは何も答えてくれない。

 

 彼はあまり過去の話をしたがらない。しても、二度と話さない。

 今の機会を逃せば、次いつ答えてくれるかわからない。

 

「……きみにはあんまり言いたくなかったんだけどな」

 

 ミゼルがそう言いながら、こちらを向いて更にこう続けた。

 

「エドワードくんは、ニクスとそっくりなんだよ」

「ええっ!?」

「ちょ! 中身だよ中身!? 見た目は全然違うから!」

「あっ、そうだよね」

 

 よくよく考えてみたら、エッジの風貌がリディアの父ニクスと似ている。

 これまで、そう言及した先住民は誰もいなかった。

 

「いつの間にか、エッジのことエドワードくんって呼んでたけど、いつからお友だちになりたいって思ってたの?」

「きみがミストに帰ってくるちょっと前」

「エッジ、その頃からミストに来てたの!?」

「そうだよ。あれ、いつだったかなぁ……」

 

 驚くリディアをそのままに、ミゼルがエッジとの初対面話をしてくれた。

 

 —— —— ——

 この頃ミストでは、既にバロン王セシルの支援の下、復興作業が始まっていた。

 ある日、ミゼルが集落内を歩いていたら。見知らぬ男性に声をかけられたという。

 —— —— ——

 

「その人がエッジ……」

「暇そうにしてたから、声かけやすかったんだろうねぇ」

 

 ミゼルの答えがどこか自嘲めいていて、むっとしてしまう。

 

「ばかなこと言わないでちょうだい」

「えっ」

「いろんな人とお話してくれていたじゃない」

 

(謙遜しすぎだよ)

 リディアも帰郷直後、復興のお手伝いをしていた。当時、ミゼルが何をやっていたか見て知っている。

 

 —— —— ——

 リディアや他の住民が、みんな復興に向けて忙しなく動く中。

 ミゼルはひとり集落を散歩しながら、少しずつ増えてきた移民の話し相手となったり。

 作業の手伝いにきてくれた外部の人間に声をかけたりしていた。

 —— —— ——

 

(ただでさえ運動神経がないのに、怪我をして身体を動かしづらかったから……)

 ミゼルは諸事情から、みんなと同じ仕事をやって足を引っ張るよりも。

 対外的な役目を一手に引き受けてくれていたのだ。

 

「移民が増えたり、その人たちが引っ越さずにミストに今も暮らし続けてくれてるのは、おじちゃんのおかげなんだからねっ」

「……そう言ってくれるとありがたいな」

「会っただけで、お父さんとそっくりって思ったの?」

「もちろん、続きがありますよ」

 

 —— —— ——

 マントがなければ、とても寒そうな格好。

 そんな若者が、集落を歩いていたミゼルに声をかけてきた。

 

『おい、ここの村長呼んできてくれねえか』

『ぼくが村長ですけど、どちら様ですか』

『オレ? エブラーナで国王やってる』

『国王!?』

『ほれ、バロン王からの手紙だ』

 

(どうしてエブラーナの国王が、バロン王の使者みたいなことをやってるんだ!?)

 エッジが自己紹介してから、ミゼルに書状を渡してくれた。

 

『どうもありがとうございます』

『読んでみろ』

『……ここでですか!?』

『いいから、早く』

 

(強引な人だな。他の国王さまはそうじゃなかったぞ?)

 エッジに急かされて渋々書状を開いてみたら、目が点になった。

 なぜなら、1週間後にリディアがミストに帰郷する。そう書いてあったから。

 

『ほ、本当にミストに帰ってきてくれるんだ……! よかったぁ……!』

 

 復興が始まる直前、リディアが生きていると教えてもらった。

 ところがミストに帰ってくる気配が全くない。

 嫌な思い出があるミストに別れを告げて、新しい世界で生きていくのだろう。

 ミゼルはそう思い込み、再会を諦めていたのだ。

 

『おまえ、リディアのこと知ってんのか』

『ええ。あの子の両親と幼なじみでしたから。それにで』

『——敬語やめろ』

『はい?』

『オレに敬語使わなくていいっつってんだ』

 

 エッジからきつい口調でたしなめられて、ミゼルはきょとんとした。

 

(国王にしては、ずいぶん変わってるな……)

 この数週間前。ミゼルは復興支援のお礼を伝えるために。

 バロンやダムシアン、ファブール城に足を運んだ。

 もちろん、どこの国王さまとも丁寧な言葉遣いで話をした。

 彼らからも『敬語話さなくていいよ』と一言も言われなかった。

 

『……なんだよ』

『あなた、国王陛下であらせますよね?』

『さっき自己紹介したろ。聞いてなかったのか』

『でしたら、敬意を払わ』

『——ここの国王じゃねえんだから、タメ口でいいだろが』

『!!』

 

 吐き捨てるように言ったエッジの言葉に衝撃を受けた。

 同時に目の前の男性から、亡き親友の姿を思い起こさせて呆然としていた。

 

『おい、返事は』

『あっ、は……』

 

 条件反射で『はい』と答えようとしたら。エッジからにらまれてしまった。

 

『……わかったよ』

『それでいい。——リディア帰ってくんの、楽しみにしとけよ?』

 

 言い直した途端。エッジは機嫌を直して、そのまま目の前から去っていったという。

 —— —— ——

 

「次にあの人を見かけたのは、1週間後だ。それで、きみのことが好きなんだろうなって察した」

「それだけで……?」

「あの人が、きみを幻獣界まで迎えに行って、ここまで送り届けてくれたでしょ」

「うん」

「その前にバロンの書状をここに届けにきたのは、きみが心置きなくミストで過ごせるかどうか、現地調査も兼ねてたんだなあって」

「えぇ……!?」

「きみのこと好きじゃないと、そこまでやらないよ」

 

(あたし……どれだけ鈍感だったの!?)

 当事者よりも、ずいぶん先にエッジの恋情に気付いていたとは。

 それでも過去の話を聞いて、ミゼルがエッジを気にかける理由に思い至った。

 

「お父さんは身分にとらわれない人だったって、前におじちゃん言ってたよね」

「ニクスも、エスタと一緒。小さい頃からミストや周りにうんざりしてた」

「純血だから?」

「それしかないでしょ……」

 

 ニクスは純血。将来は召喚士になる。

 周囲から勝手にそう期待されて、持ち上げる者が多かった。

 一方、ミゼルはゼロで父親もいない。

 周りからも唯一の肉親——母親からも冷たい目で見られて、どこにも居場所がなかったという。

 

「7歳の時かな……ニクスは『こんな村もうやだ』ってむしゃくしゃしてた時に、子どもたちにいじめられてる子どもを見かけて、助けた」

「それがおじちゃん……」

「うん。けど、その後ぼくから噛みつかれた」

「どうして噛みついたの?」

「しゃくに障ったんだよ。その時は、ニクスが純血ってことしか知らなかったから」

「お父さんは、立場的にいじめる側だったから……」

「そう。いい人ぶるなって言ったらブチ切れられて、そこから取っ組み合いのけんか」

 

 立場が高い子どもに助けてもらい、ミゼルはなけなしのプライドが傷ついた。

 ニクスはゼロ関係なしに助けた子どもから、偽善者呼ばわりされて怒った。

 もっとも喧嘩の最中。互いに心情を吐露して誤解はすぐ解けたという。

 

「ニクスやエスタと仲良くなったのは、それからだよ」

「けんか、どっちが勝ったの?」

「……ニクスに決まってるでしょ」

「ふふっ……!」

 

(運動神経ゼロだもんね)

 ミゼルがそっぽを向いてつまらなさそうに答えて、くすくす笑った。

 

「身分や立場が高い人が、みんな現状に満足しているとは限らない。エッジからも、それを感じ取ったんだ」

「そうです。もっとも、あの人はニクスとは違ったけどね」

「友だちになるの諦めちゃったの??」

「……お城、出禁にされたし、ツクヨミさんでも嫌いオーラぷんぷんさせてるし、さすがに心折れちゃったよ」

 

 ミゼルはエッジにあからさまに嫌われている。

 ニクスとそっくりそのまま同じ関係を築くことは出来なかったようだ。

 

(相性もあるんだろうけど……報われないなあ)

 エッジは、ミゼルの馴れ馴れしさに耐えられる人間ではなかったのだ。

 邪険にする気持ちもわからないでもないけれど。

 過去の話を聞いたせいで、ミゼルがちょっと不憫に思える。

 

「で、でも。エブラーナ城で働こうって思ったの、エッジのせいでもあるよね?」

「まあね。あの人がお国でどんな仕事してるか、一度この目で見たかったってのもあるよ」

 

(また『一度この目で』って言ってる……)

 もはや聞き慣れたワードを耳にして、思わず眉をひそめる。

 なぜミゼルは死に急ぐようなことを言うのか。この時のリディアは不思議でならなかった。

 

§

 

「で? きみはこれから何してあげるか考えたの?」

「もう決めたよ」

「お、早いじゃん」

「エッジはツクヨミさんじゃないと、わたしに干渉する気がないから……」

「今はね」

 

 エッジは今、『ツクヨミ』として動いており、リディアやミストと『エッジ』を分断している。

 リディアがエブラーナ城に押しかけても、会ってももらえないだろう。

 そんな現状では、『エッジ』とお付き合いするのはとても厳しい。

 

「だから、ツクヨミさんと正真正銘、本物の恋人としてお付き合いしようって思ってるの」

「契約変更か……知らないふり、続けられる?」

「続けるよ。逃げられちゃうもん」

「まあ、死ぬまでツクヨミさんってのもどうかと思うけど、今はそれがベターか……」

 

 お付き合い出来ません。そう言われたら、悲しいけど諦める。

 しかし、エッジはともかくツクヨミではそんなこと絶対に言わない。

 リディアはそんな妙な確信を持っていた。

 

「あと……」

「まだ何かあるの?」

「『アレ』、解除してあげたい」

「っ……はははっ……!!」

 

 もうひとつの決意を口にしたら。ミゼルが、ぷっと吹き出し腹を抱えて笑い出した。

 『アレ』だけで、リディアが何をするかわかったらしい。

 

「いいじゃん、いいじゃん……大賛成。くくっ……!」

「ちょっと! 本気で考えたのに笑うなんてひどいよっ」

 

 未だ笑い続けるミゼルに向かって、リディアはぷうと頬を膨らませる。

 今までの及び腰から一転して、そんなことを決めたのだから。

 驚くかもしれないが、それにしても笑い過ぎである。

 

「あの人に、首輪とひもを付けたくなったか……デートに誘って正解だったな」

「エッジは犬じゃないもん」

「何言ってんの。きみも似たようなこと言われてたじゃないか」

「あぁ……っ……」

 

 2年前の出来事を思い出して、両手で頭を抱えてしまった。

 

 —— —— ——

 以前にこの広場で、リディアはツクヨミにお姫様抱っこされたことがある。

 そして、こう言われた。

 

『何度言っても聞かないようなら、誰かに取られないように、首輪をつけて鎖でつないでおかねばなりませんね』

 

 同じ場所にいた『マダム』たちに、それを聞かれていた。

 そのおかげで、瞬く間にミスト中に噂が広まってしまった。

 —— —— ——

 

 ペット扱いするなんて、ひどい人。当時はそう思っていたけれど。

 あれはリディアへの独占欲の現れだったのだ。

 

「ミストの大掃除で、すぐ噂が消えてよかったね」

「もうっ、おじちゃんなんかきらいっ!」

「なんでぇー!? ほんとのこと言っただけじゃないかぁー!」

 

 茶化してきたミゼルへ向かって大声で叫び、ぷいとそっぽを向いた。

 しばらくいじけていたが、再び前を向いてこうつぶやいた。

 

「でも……エッジには、悲劇のヒーローは似合わないよ」

「そうだよ。今度はきみが幸せのお手伝いする番だね」

「うん」

 

 辛い出来事に立ち向かえる強さや、幸せになれる力を持っているのに。

 『自分はこれでいい』。そうどこか諦めているようなエッジなんて見たくない。

 

 それでも、エブラーナ城での他者を線引きした態度は。

 エブラーナの者でも何でもないリディアには変えられない。

 それならミストに来ている間ぐらい、幸せな時間を過ごさせてあげたい。

 そのためには、本物の恋人になることが一番の方法だと思った。

 

「あの人、次いつ来るの?」

「30日」

「月末か……まあ、あの人に気付かれないような作戦立てなよ」

「そのつもり」

「何かあったら声かけておいで。出来ることなら手伝ってあげるから」

「うん、ありがとう……!」

 

 この日の話し合いの終了後。

 リディアは月末にかけて、数人の協力を得ながら。

 ふたつの願いを叶える作戦を練る日々を送ったのであった。

 

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