※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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あの夏の花火

 

 

——8の月15日

 

 

 壁掛け時計の針が、午後3時59分40秒を通り過ぎた。

 黒魔法講座の終了時間は午後4時。

 既に授業を終えたリディアと子どもたちは、じっと時計を凝視している。

 

 そんなリディアたちをよそに、秒針はじりじりと動き、55……58、59。

 そして、0に差し掛かった瞬間。

 

「はいっ! 今日はこれでおしまい!」

「やったぁ!」

「ありがとうございました!」

「みんな、帰ったらすぐに宿題済ませておくんだよ。じゃないと、夜お家に送り返しちゃうから」

「はあい」

「ったり前じゃん!」

「せんせー! また後でねー!」

 

 子どもたちが跳ねるように、次々と部屋から飛び出していった。

 夜のイベントに浮き足立ってしまうのは、子どもたちだけではない。リディアもだ。

 

 —— —— ——

 今夜はミストで、花火大会が行われることになっている。

 ミストの村史上初のお祭りだが、大掛かりな内容ではない。

 住民が夜に集まって、これでもかと集めたおもちゃ花火で遊ぶ。

 現在バロンで大人気のつめたいアイスを、最後にみんなで食べて、おしまい。

 初回は、お試し程度にとどめておいた方がいい。

 村長のそんな提案から、ごくごく内輪的なものに収まった。

 —— —— ——

 

 手早く片付けを済ませて、ミスト唯一の施設である公民館を後にした。

 上を見上げれば、雲ひとつない青空。絶好のお祭り日和である。

 そもそも、ミストでは月末の3日間しか雨が降らないけれど。

 

(あと3時間かぁ……たのしみだなあ)

 リディアの場合は花火を楽しみにしている、みんなとは少々違う。

 この企画が成功するように、みんなが楽しんでくれるように。

 運営の立場としての感情の方がやや強い。

 

 ……少しでも、ミストのお手伝いをしたい。

 この地に再び戻る前から抱いていたそんな思いは、今も変わらない。

 

§

 

 一旦自宅へ帰る途中、ある男性——ミゼルが対向側から歩いてきた。

 この男性、こんな暑い時期にもかかわらず、長袖の服を着用している。

 顔の上半分を覆うぐらい、大きな黒眼鏡を掛けている。

 変わり者だと思われても仕方がない風貌だが、これでもミストの村長である。

 

「おじちゃん!」

「やあやあ、リディアさん。今日もごくろうさん」

 

 リディアがミゼルの元へ駆け寄ると、温和な口調で声かけに応じてくれた。

 

 ミゼルは、ミストでのリディアの後見人のような存在である。

 彼とその妻は、リディアの亡き母親エスタの親しい友人だった。

 ふたりとも、火災でミストを離れるまでリディアを可愛がってくれた。

 

 ***

 

——4年前

 

 リディアがミストに帰郷した翌日。ミゼルと面談することになった。

 

 面談といってもそう固いものではない。

 お菓子をつまみながら互いの近況報告を交わす、ほぼ雑談である。

 そんな中、ミゼルがリディアにこんなことをたずねてきた。

 

「リディアさん、召喚士育てたい?」

「うん。全部元通りにはならないと思うけど、召喚士の村に戻って欲しいもん」

「そう……」

 

 ミゼルの声が明らかに暗くなったように聞こえた。

 

「だめなの?」

「だめって訳じゃない。ただ、火事を境に幻獣界とのつながりがぷっつり切れちゃってさ。一農村として再出発するつもりでいたんだよ」

「それ、あたしが幻獣界で暮らしていたから……?」

「そうです」

 

 古来よりミストは、召喚士の村と呼ばれていた。

 ところが、5年前の火災で生き残ったのは20人程度。

 当時ミストで暮らしていた召喚士、子どもは全員亡くなったという。

 

「召喚士がいないと召喚士は育てられないでしょ」

「黒魔法は?」

「召喚士の能力を底上げする名目で黒魔法を教えてたからね。召喚士を育てないなら、教える必要ない」

 

 火災で生き残ったのは20人程度。しかも、子どもがいない。

 そんな状況では村を維持するのは厳しく、移民の受け入れを決めた。

 結果、子どもも含めて多くの人たちが移住してれた。

 今もたくさんの人たちが申し出てくれている。ところが……。

 

「移民の人たちのほとんどは、召喚術の存在すら知らなかった。黒魔法も教わったことがない」

「それなのに、ここに移住してくれたの?」

「今のところ、ミストの自然に惹かれた人が多いんだよ。あとは、火事のことを聞いて助けよう!ってやる気になってくれた人や、ミストと同じような目にあって家を失った人、かな?」

「そうなんだ……」

「まあ、今は復興で魔法どころじゃないんだけどさ」

 

 今ミストで暮らす子どもは、全てミスト以外で生まれ育った移民。

 魔法や召喚術と縁がなく、ミストの召喚士の血を引いていないため。

 おそらく習得までに時間がかかる。ミゼルはそう予想しているという。

 

「おじちゃん……もしかして、あたしのこと気にしてくれてるの?」

 

(あたししか召喚士がいないのは知ってたけど……)

 今の状況から召喚士の村を復活させるには、自分がひとりでなんとかしないといけない。

 話を聞いているうちに、リディアはそう察した。

 

「昔と違って時間がかかるだろうし、きみひとりの肩にプレッシャーがのしかかってくるのは間違いないし、ぼくは『とっとと召喚士育てろ』って偉そうに言えた立場じゃないからね」

「っ、ありがとう……」

 

 この人が村長でよかった。リディアは嬉しくなった。

 

 ミゼルは魔法が一切使えない。命令や強制したくなかったのだろう。

 加えて、リディアひとりに負担がかかってしまうことを気に病んで。

 ほぼひとりで育成に携わる覚悟があるかどうか。意志を確かめてくれたとわかったから。

 

「あと心配なのが、ひとりも召喚士が育っていない段階で、きみが亡くなるか、一身上の事情できみが幻獣界に永住してしまったら、今までの苦労は何だったんだってなりそうでさ……」

「大丈夫。あたし、そんな簡単に死なないから!」

「ははっ! めちゃくちゃ強くなったらしいじゃん! 病気になったり、事故に遭ったりしないように祈るよ」

「それにね。たまに幻獣界に帰るつもりでいるけど、そこで一生を終える予定ないもの!」

「じゃあ、改めて。リディアさんは、どうしたい?」

「召喚士育てたい。あたしも仲間が欲しいし、召喚士の村を復活させようよ!」

「……!」

 

 即答すると、ミゼルが両手で顔を覆ってしまった。

 

「おじちゃん? どうしたの?」

「そうか、そうか……! ありがとう……!」

 

 声からして、ミゼルが胸をなでおろしているのがよくわかる。

 リディアの帰郷を知り、召喚士の村を復活させたい。ミゼルもそう思っていたのだろう。

 

「村として、出来るだけサポートさせてもらうよ。復興が落ち着いてから、まず黒魔法の教室を作ろうか」

「移民の人たちに幻獣界のことを教える機会も作ったらどうかな? とっつくやすくなるかもしれないよ?」

「そうだね。これから大変かもしれないけど……よろしくお願いします」

 

 この話し合いを経て、復興が終わりしばらく経ってから。

 ミストで黒魔法講座が始まった。

 

 生徒はミストの子どもたち。講師はリディアがつとめている。

 4年が過ぎた現在、初級の黒魔法を使えるようになった子どもが数人出てきている。

 彼らが召喚術を使えるレベルに到達するには、まだまだ時間がかかりそう。

 

 ***

 

「子どもたちね。早く授業終わらないか、ずっとうずうずしてたよ」

「とかなんとか言って。リディアさんも一緒にうずうずしてたんじゃないの?」

「へへ、バレた?」

「きみもおもちゃ花火、初めてだよね」

「うん、すごく楽しみ!」

 

 リディアやミゼルをはじめとした、ミストの先住民は全員お祭り未経験者。

 やると決めたものの一体何をしたらいいのか、ぴんと来なかった。

 

 そこでミストの外を知る者、移民の出番がやってきた。

 各々の故郷から花火を取り寄せてくれたし、お知恵を拝借したこともある。

 彼らのおかげで、本日なんとかお祭りの体を整えることが出来たのだ。

 

「……でも」

 

 リディアは、少し不満げな表情に変えて口を尖らせる。

 

「どしたの?」

「お祭りの当日なのに、時間まで大してやることがないって、変なの」

「しょっぱなから気合入れてどうするって、何度も言ってるでしょ」

「そうだけど……」

「これから少しずつ、お祭りらしくしていけば……あれ??」

 

 ばらばらと上空から聞き慣れた飛空艇のエンジン音が聞こえてきた。

 見上げると、巡回艇並みに見慣れた飛空艇がこちらへ向かってきている。

 

「アイス、きちんと引き取ってきてくれたかな?」

「店の地図もお金も渡してあるから大丈夫でしょ。バックレたらエブラーナ訴えるよ」

「さすが、おじちゃん。抜かりないね」

 

 本日の花火大会、最後にいただくアイスの運搬役はエッジが担当している。

 ミストに来る前に、バロンのお店に立ち寄って商品を引き取ってくる予定になっていた。

 

「けど、授業が終わったすぐ登場って、タイミングよすぎ……あれ、どしたの。リディアさん」

「っ、晩ごはん作らなきゃ……」

「それ、悩むこと?」

「悩むよ。あたしひとりなら適当でいいけど……」

 

 エッジがミストに来るのが嫌という訳ではない。

 晩ごはんを手を掛けて作らないといけないのが憂鬱でたまらない。

 

(たたでさえレパートリー少ないのに……)

 最近エッジがミストにやってくる回数が増えて困っている。

 だからと言ってレパートリーを増やそう。とは思わない。

 

「作るのが面倒なら、エドワードくんに弁当持参でミストにきてもらったらいいんだよ」

「……っ、あはは! お弁当食べてる国王さま。すごく見たい!」

 

 ミゼルの何気ない提案に、思わずぷっと吹き出してしまった。

 

「ついでにきみの分もお願いしたら? 上げ膳据え膳最高じゃん」

「すごくいい考え! 後でエッジに頼んでみるよ」

 

 ミゼルはエッジのことを本名で呼ぶ、おそらく世界でただひとりの人間である。

 

 一度その理由を聞いたことがあるが、『だって、同い年だし。長同士だし』と言われただけ。

 友人のつもりで接しているのだろう。

 エッジも嫌がっていないので、ミゼルの好きなように呼ばせていた。

 

「すごいよね、あの人。たかがよその村の行事なのにやる気出しちゃうなんてさ」

「じっとしてるのが嫌いなの」

「うん、まあ……見た目からして落ち着きなさそうだもんね」

「エブラーナじゃ、こういうお仕事させてもらえないから余計かもしれない」

「そういえば、こないだ本格的な打ち上げ花火やれって、あの人からアドバイスされたな」

「っ、ごめんね。なんか押し付けがまくて……」

「別に? 若い頃、花火師に引っついて花火打ち上げたことがあるって言ってたし」

「ええっ!?」

「国王さまなのに、ずいぶん変わった経歴の持ち主だよね」

 

 リディアは驚きのあまり、それ以上言葉が出なかった。

 

 エッジは若い頃、よくお城を抜け出して国外に逃亡していたという。

 たまに本人からその武勇伝を聞かされていたが、まさか花火師の見習いまで……!

 

「ここで立ち話しててもしょうがない。早く発着場に行ってあげな」

「あっ」

「リディアさんお待ちかねのお仕事だよ」

 

 エッジが引き取ってきてくれたアイスを、ブリザガでかっちかちに冷凍しておく。

 これがリディアの本日唯一の仕事と呼べるものだ。

 

「公民館に運んでおけばいい?」

「うん。事務室で冷やしといて」

「わかった。じゃあ行ってくるね」

「行ってらっしゃい。——また、『夜』にね」

 

 ミゼルの別れ際の挨拶が、胸にちくりと痛みが刺さった。

 しかも、いつもと同じ朗らかな表情だったのが余計につらい。

 

 あの日から5年ほど月日が流れて、焼け野原だったミストは生まれ変わった。

 それでも……。

 

 

——午後4時半

 

 

 一仕事を終えて、リディアはエッジを連れて自宅へ帰ってきた。

 現在、居間(兼台所兼食事室)でお茶汲みの真っ最中である。

 

「……】」

 

 リディアが短い短い詠唱——ブリザドの応用魔法——をつぶやき終えた。

 その途端、突き出した指から、小さな氷の塊が次々と現れる。

 氷はトレイに置かれた、ふたつの空っぽコップの中に転がるように入っていく。

 

から、からから……

 

 氷とグラスがぶつかり合う音が、涼しげで心地いい。

 

「……いつ見てもすげえ便利だな」

「お茶やコーヒーの氷を出せるように出来たら言うことないのになあ」

「なんで」

「ただの氷だと、溶けちゃったら味が薄くなっちゃうじゃない。だから……」

 

 いつの間にか、エッジが隣にやってきてリディアのやる様を眺めていた。

 味付きの氷を出したい理由が気になるのだろうか?

 

「こうやって……お茶を濃いめに作らなくても済むでしょ?」

 

 8割ほど氷が継ぎ足されたふたつのコップに、熱いお茶をそれぞれ注ぎ入れる。

 身体に悪そうなぐらい真緑色のそれが、氷と混ざり合って程よい抹茶色へと変わった。

 

「あっ!?」

 

 ところが、あまりにも勢いよく注いでしまって、コップからお茶があふれてしまった。

 トレイの上は一面水浸しならぬ、お茶浸しだ。

 

「それよか、もーちょい丁寧に入れること先覚えた方がいいんじゃね?」

「ぐっ……!」

 

 エッジが呆れたような表情で、トレイを拭き始める。

 

(お姑さんって、こんな感じなんだろうなぁ。あー、やだやだ……!)

 エッジに先を越されてしまい、友人の日々の愚痴を思い出した。

 神経質な姑が、自分のやることなすことにダメ出ししてくると……。

 

「べっ、別にいいでしょ! 全部こぼしてる訳じゃないもん!」

 

 あっち行ってよ! と言いながら、エッジを席に追いやってから。

 両手で持ったトレイを、そーっと机まで運ぶ。

 机の上にそーっとトレイを静かに置いて、やっと席に着くことが出来た。

 

「……どうぞ」

「サンキュ。黒魔法使えて本当よかったな。冬も困んねえし」

 

 エッジが一気に冷茶を飲み干している。一方で、リディアはため息ひとつ。

 移動中、お茶をこぼさないようにめちゃくちゃ気を使った。

 そのせいでどっと疲れが押し寄せてきたのだ。

 

「うはぁ、冷てえー!」

 

 そう言いながら、エッジがどんと大きな音を立ててコップを机に置いた。

 頬杖をつきながらそれを眺めていたリディアは、またまたため息をついた。

 

「本当によかったって、こっちが聞きたいくらいだよ」

「どういう意味だ」

「エッジは本当に落ち着きがなくて、何でもやりたがりで、すぐ顔を突っ込みたがる人だって、わかってるけど」

「ひっでえ言われよう」

「だからって、火付け役までやらなくていいじゃない」

「おまえ、まだ気にしてたのか?」

 

 —— —— ——

 先ほど、リディアがエッジを連れて自宅に帰ってくる途中。

 再びミゼルと顔を合わせたが、彼はエッジにこんなお願いをした。

 

『おもちゃの打ち上げ花火も、たくさんあるんだ。きみにその点火役をお願いしたいんだけど、だめかな?』

 

 住民には出来れば、見て楽しんでもらいたいから。

 子どもからの受けがよく、住民ではない人がいい。

 その条件にまるまる当てはまる人物が、エッジだという。

 

『いいぜ。大人しく花火で遊ぶだけじゃ面白くねえしな』

『ありがとう。準備は奥さんがやってくれるから頼むよ。——はい、これお礼!』

 

 ミゼルが紙袋——お礼をエッジに渡すと、その場を去っていった。

 袋の中には、おもちゃ花火が数十本入っていた。

 おもちゃ花火の取り合いに巻き込まれないよう、配慮してくれたのだろう。

 —— —— ——

 

「だって……エブラーナのみんながこんなの見ちゃったら、お館様に何させてるんだって怒りそう」

 

 村長自ら裏方を頼むぐらいだ。

 エッジのことを畏れる、ミストの住民はほとんどいない。

 みんなエッジに対する態度や言動は、一般民へのそれとほぼ同じ。

 必要最低限の敬意からか、仕方なしなのか。愛称に『様』を付けるぐらいだ。

 

「ここはエブラーナじゃねえし、オレが好きでやってるんだから文句言わせねえぞ」

「でも」

「——オレは裏方でも何でもやりたい。ミストは火が簡単に使える人手が欲しかった。持ちつ持たれつじゃねえか」

「もうっ……!」

 

 エッジに何を言っても無駄。

 ついに諦めて、エッジの空いたコップに指を向けて氷を継ぎ足してあげた。

 

「降参したか」

「さすがに、そこまで言われちゃったらね……」

 

 今度はエッジがポットを手に取って、自らお茶を注いでいる。

 それをぼおっと見ていたが、ずいぶん手際が良い。

 もちろんグラスからお茶があふれて、机が水浸しになることもなかった。

 

「ほんとおかしいよね」

「何が」

「たかが一村の行事の裏方をやりたがる国王さまって、この世界でエッジぐらいしかいないでしょ」

「極上レアもんだな」

「ステーキみたいだね」

「ミストの奴らは思う存分味わえる。どーだ、参ったか?」

「エッジのお肉……っ、固くて、すっっごく不味そう! みんなおなか壊しちゃうよぉ!」

 

 リディアはけらけらと笑い続ける。

 

 何かと気に病む時もあるが、結局こうしてエッジに全く敬意を表さない態度を取るのだ。

 ミストの住民が『自分もタメ口でいいや』と、リディアを見習うのは当たり前。

 そう。当の本人は気付いていないけれど、こんな現状を招いていたのはリディア自身のせい。

 

「なんつう失礼なこと言いやがる! めちゃくちゃ美味いに決まってるだろ!」

 

 勢いよく席を立ち上がったエッジが、こっちに向かってきそうな気配を漂わせている。

 リディアも立ち上がり、おどけるようにきゃあと叫んで台所に逃げた。

 

(ずっと続いたらいいのになあ)

 なんだかんだ言いながら、この現状を密かに喜んでいるのも、他ならぬリディアなのだ。

 

§

 

 トマトと玉ねぎを適当に刻んだものを鍋に放り込んで、適当に味付けして煮込む。

 そんな適当なトマトオニオンスープに、パンを付ければ夕食の出来上がり。

 

「……なんで、そんなもん持ってこなきゃならねえんだ」

 

 食事中、エッジに弁当の持参を勧めてみたが、めちゃくちゃ嫌がられてしまった。

 たぶん断られてしまうかもしれないが、リディアはめげない。

 

「そっちで作ったものの方が食べ慣れてるでしょ」

「頼んだ時点でオレが脱走するってバレちまうじゃねえか」

「エッジ、国王さまでしょ? バレないように頼めないの……?」

 

 楽をしたいから。

 そんな狙いを悟られないように、何とか上げ膳据え膳路線に持っていこうとしたが……。

 

「オレはおまえのメシで十分満足してんだ。弁当なんか持ってこねえぞ? 」

「そんなあ!」

「オレが今まで、おまえの作ったメシまずいって言ったことあったか?」

「……なかったと思う」

 

(美味しいって言われたこともないけど)

 エッジが立ち上がると空いた皿を片手に、台所へと向かう。

 

 男性は食するペースが早い。おかわりするのだろう。

 そう思っていると、台所からエッジが大きな声でこう叫んできた。

 

「おまえのメシ残したことあったか!?」

「……ありません」

 

 残すどころか、毎回こうして鍋に残っているものをさらえてくれる。

 エッジに現実を突きつけられて、劣勢に追い込まれいく。

 

「単におまえが手ぇ抜きたいだけじゃねえか。普段、晩メシ食わねえ日もあるんだってな」

「……どうして知ってるの!?」

「料理や食事への意気込みが、全部お菓子に吸い取られてるって、みんな心配してたぞ」

「もうっ……! これだから村社会って……!」

「何でもいいから晩メシ作って食え。最低でもオレが来た日は絶対そうしろ」

「う……」

「わかったか」

「っ、はい……」

 

(けち!)

 勝ち誇ったような顔を見せるエッジに腹が立って仕方がない。

 本人に直接向けられない憎しみを八つ当たりするかのように。

 リディアは何の罪もないパンをびりびり引きちぎり、口に放り込むだけ。

 

 上げ膳据え膳計画は、見事失敗に終わってしまった。

 

 

——午後7時すぎ

 

 

「みんなはしゃいじゃって、楽しそう」

 

 花火大会が始まり、リディアとエッジは村の中央にある広場に向かった。

 既にたくさんの住民が集まり、おもちゃ花火で遊んでいた。

 

「……いつの時代もやるこた変わんねえな」

「何が?」

「あれ見てみろよ」

 

 エッジがくいっと首で示した方向を見やった。

 ひとりの子どもがわあわあ声を上げながら、火花を散らしている。

 明らかに、周りの人たちの火花よりも大きく、勢いが激しい。

 

「もしかして、2本まとめて……?」

「火花の勢いが増すから、ガキに受けがいいんだよ」

「もうっ、ただでさえ、本数限られ」

「——こら! あんたたちー!! これ以上喧嘩するなら、おうちに帰すわよー!」

「うわあ……」

 

 別の場所から、友人(3児の母)の怒声が聞こえてきた。

 花火の取り合いの末、けんかを始めた子どもたちを怒っているようだ。

 

「まだまだ可愛いもんだな。オレなんか二刀流で暴れてたってのによ」

「花火も二刀流なの??」

「みんな両手にそれぞれ花火2、3本持って、ぶんぶん振り回すんだ。んで最後まで消えなかった奴が勝ち」

「呆れた。危ないことしちゃって……」

「しゃあねえ。ガキは刺激的なもんに弱いからな」

「ふーん……」

「じゃ、オレたちもやるか」

「うん」

 

 リディアとエッジも、遊ぶ場所を確保せねばならない。

 広場のはしっこ、水が入ったバケツが近い場所に移動する。

 地面にランタンと、昼間ミゼルから渡された紙袋を置いてから腰を下ろした。

 

「ほれ」

「ありがと」

 

 エッジから手渡されたおもちゃ花火の棒先には、細長い紙がひらひら揺れている。

 

「ちょっと、ランタンの火で点けないとだめじゃない」

 

(みんなランタンの火を使っているのに……)

 火遁の応用なのか。エッジが指先に出した小さな炎で、リディアの花火の棒先部分に火を点ける。

 

「ちょっとぐらい構やしねえよ」

「もう……きゃっ!」

 

 エッジに再度注意しようとした、その矢先。

 リディアの花火から、ぼっと火花が飛び出して、驚きの声を上げた。

 

「うわあ……綺麗」

「すすき花火だな」

 

 赤から白、青に緑……花火が次々に色を変えて、ほうきのように火花を上げる。

 花火初体験のリディアは、その様に見とれていた。

 しかし、数分も経たぬうちに、火花がしゅううと音を立てて消えていった。

 

「ああっ、消えるの早すぎるよ!」

「花火って、そんなもんだぞ……」

 

 不満をもらすリディアをよそに、エッジが紙袋の中をごそごそと漁っている。

 

「30本は余裕で入ってんな。これなら長い間楽しめるぞ」

「今日は二刀流ごっこ、やらないでよね」

「そんなガキくせえこと、誰がするか。——ほれ」

「っ、ありがと」

 

(さすがに、30すぎのいい大人がやるわけないよね)

 吐き捨てるようなエッジの言葉に、胸をなでおろしたのも束の間。

 

「やいエッジ!」

「なんだおまえら?」

「オレたちと勝負しようぜ!」

 

 エッジのところへ男の子たちがわらわら集まってきた。

 ミストの子どもたちも大人たちと同様に、エッジを国王さまだとは思っていない。

 特に悪ガキと呼ばれる数名の男の子は、エッジを呼び捨てにしている。

 

 そんな子どもたちの様子を見て、リディアはぎょっとした。

 みんな両手に、それぞれ3本ずつ花火を持っている。

 二刀流を知る大人の誰かが、『あの人、絶対やったことある』などと、子どもに耳打ちしたのかもしれない。

 

「あぁ? オレに勝てると思ってんのか?」

「負けねえぞー」

「だからさっきまで練習してたー」

「ちょ、ちょっと!? 本当にやるの?」

「やるに決まってるだろ。男なら、勝負を受けて立たねえとな」

 

(さっきやらないってって言ったばかりじゃない!)

 リディアの制止も何のその。

 エッジが「こいつで同時に火ぃ点けるぞー」と号令を掛けた。

 子どもたちが一斉に、ランタンの元に集まり花火をかざす。

 しゅわしゅわ大きい音を上げたら、勝負の始まりだ。

 

 リディアは少し離れた場所から、エッジと子どもたちの競争を眺めていた。

 危ないといえ、大きく上下左右に火花が舞う様はやはり美しい。

 何より、わあわあ騒ぐ彼らが楽しそうで、ちょっぴりうらやましい。

 自分が子どもだったら、勝負の輪の中に入っていたかもしれない。

 

 ……子どもたちとの勝負は、エッジの勝ちで終わった。

 花火を少しずつずらして持てば、ずらした分だけ火花が散り続ける。それが勝利の秘訣。

 自慢げにそう語ったエッジに、呆れてものが言えなかった。

 

(ほんとずる賢いんだから!)

 

§

 

 火を点けて、火花の散りざまを楽しみ、残骸を捨てて、また新しい花火に火を……。

 幾度となくそれを繰り返し、花火あそびを楽しんでいた。

 しかし、紙袋の中の花火は残りわずか。

 そんな中、エッジがきょろきょろ辺りを見回して落ち着かない挙動を見せる。

 

「どうしたの?」

「いや、ミゼルがいねえと思ってさ」

「……お留守番」

「だめだろ。肝心の村長が家ん中にいたら」

「アイスが出てくるまで、ここには来れないんだよ」

「は?」

「火に近付けないし、見れないの。ランタンも怖くて持てない」

「おい、まさかそれ……」

 

 互いに持っていた花火が、ほぼ同時にしゅうと音を立てて消えた。

 ふたり分の残骸をエッジが捨てに行き、新しい花火を2本携えて戻ってきた。

 手渡された花火を受け取ると、エッジがまた火遁で火を点けてくれた。

 手にしている花火から、しゅわしゅわ火花が噴き出す。

 リディアは暗い表情で、花火の光の点滅を見つめながらこう話した。

 

「ミストが燃えた日に大火傷を負ったの。もう少しで死ぬところだったって」

「くそ暑いのに、長袖着て変だと思ってたが……傷隠してんのか」

「顔もね」

 

(昔はかっこよかったのに……)

 ミストに帰郷してすぐにミゼルと再会したが、変わり果てた姿に驚きを隠せなかった。

 しかし、中身は小さい頃から知っている温厚で優しいミゼルのまま。

 やり場のない怒りや葛藤もあっただろうに、ミゼルはリディアや他の住民にそういう面を一切見せない。

 

「あたしもミストを離れて旅を始めた頃、火事の夢を見て、目が覚めたことがよくあったの。怖くて、ファイアも使えなかった……」

「らしいな。オレは後で聞いただけだが」

「最初は無理、出来ないって諦めてた。でも、すごく切迫詰まってたから、ファイアが使えるようになったの。今思えば、いい機会だったと思うよ」

「今も夢、見るのか」

「ほとんど見ない。だから今は大分楽。でも……」

「でも、なんだよ」

「おじちゃんは、そんな機会ないし、ずっとこのままなのかなあって。それに、ミストにはまだ傷が残ってるんだって……」

 

 新しい家が建っても、昔以上に人が増えても。

 ミゼルの姿を見れば、村が炎に包まれた事実を再認識させられる。

 リディアが思いを馳せていると、突然火花が消えて、はっと我に返った。

 

「あっ、ごめん。こんな時に暗い話しちゃっ」

「——おまえら、なにいちゃいちゃしてんだ」

「あぁ、おばちゃん……」

 

 後ろを振り返ると、ミゼルの妻ジャンヌが仁王立ちしていた。

 どこか不満げにリディアを見下ろす表情には、心当たりがある。

 

「こら、おばちゃんって呼ぶなっていつも言ってるじゃないか」

「へへっ、ごめんなさい」

「そこの王様と同い年だってのに。なんで、あたしは……王様、そろそろ出番だよ」

 

 エッジは、おもちゃ用の打ち上げ花火の点火役を任されている。

 出番が近付いてきて、ジャンヌが呼びにきてくれたようだ。

 ちなみに、ジャンヌはエッジのことを『王様』と呼んでいる。

 夫も変わった呼び方をしており、似た者夫婦である。

 

「早ぇな、もうそんな時間か」

「予想以上に大好評でね。残りの花火が少なくなっちまってきてる」

「……行くか」

「すぐに花火が出せるようしてある。頼んだよ」

「ああ」

 

 よっ、とエッジが声を上げながら、腰を上げた。

 残骸をバケツに放り込むと、すたすた広場の中央に歩いていった。

 エッジの代わりにジャンヌがリディアの隣にしゃがんで、ふたりで様子を眺めることにした。

 

「おーい、おまえら!! 今からいいもん見せてやっからこっち見てろ!!」

 

 その場にいた者たちが、なんだなんだと一斉にエッジに注目する。

 火遁を使うのは、子どもの教育上よろしくないと思ったのか。

 エッジがろうそくで、いくつか並べられた花火の導火線に火を点けると……。

 

ぱ、ぱん! ぱん!

 

 少し高い上空に、色とりどりの星が弾けて、おおおっとその場がどよめいた。

 さすが、おもちゃ用。たちまち火花がぱらぱらと消えていく。

 

「すごーい! 今までのと全然違う!」

「おもちゃとは言え、大したもんじゃないか」

「……おじちゃんは?」

「公民館連れてかなきゃならないからね。これが終わったら迎えに行くさ」

 

 ミゼルは火を直視できない。よって、ジャンヌが火にまつわるものを一手に引き受けている。

 ランタンを持った妻同伴でないと、ミゼルは夜の移動もままならない。

 

(あたしたちだけ楽しんでるよね……)

 事情を知るリディアは、ミゼルに申し訳なさを感じて、うつむいてしまった。

 

「暗い顔するんじゃないっ!」

「うわあっ」

 

 ジャンヌが強引にリディアの肩を組み、寄りかかってきた。

 そのおかげで、沈みかけた気持ちは霧散された。

 

 会場の中央では、小さな打ち上げ花火の競演が繰り広げられいる。

 しばらくそのままの姿勢で眺めていたら、ジャンヌがふいに口を開いた。

 

「あいつはこんなミストが見たかったからね。夢が叶って今頃泣いてるよ」

「おじちゃんも、泣くんだ」

「冗談だよ。あいつが泣く訳ないだろ」

「なんだ……」

「それでも、村長に立候補したのはこういうのがやりたかったからでね。おまえがここに戻ってきて更にやる気が出た結果が、ご覧の通りだ。大喜びしてるんじゃないか?」

 

 住民が一体となって騒いだり、笑ったりする光景を見ているうちに。

 胸がじんわりあたたかくなってきた。

 その一方で、不思議に思う。

 なぜこれまで、ミストではお祭りをやらなかったのか、と。

 

 静かに穏やかに過ごすのが当たり前。

 そう思いながら、リディアは7歳までミストで暮らしていた。

 しかし、セシルたちと旅をするようになり、外の世界を知った。

 そのおかげで、価値観が少し変わった。

 

 どんな理由で、ミゼルがこの光景に憧れていたかは知らない。

 けれど自分と同じ思いを持った彼が、ミストの長でよかったと思う。

 

「これで終わりじゃないよね?」

「そうだよ。ミストはまだまだ発展途上だ。明日からまたほどほどに頑張らないとな……っ!」

「いたっ!」

 

 ジャンヌに背中を強く叩かれてしまい、叩かれた箇所がじんじんする。

 彼女はエッジと違い、上手く力加減してくれない。

 

「……ふふっ、おばちゃんの言うとおりだね。あたしもほどほどに頑張らなきゃ」

 

 背中の痛みが引いていくのを感じながら、思わず笑ってしまった。

 

 ジャンヌは男勝り。口の利き方や挙動や仕草が荒っぽいが、女性に対して慈悲深い。

 リディアは誰よりもその恩恵を受けている。

 それをわかっているから、ジャンヌに手を出されてもほとんど怒ったことがない。

 

「だーかーらー! おばちゃんじゃないって言ってるだろ!?」

 

 今度は額をぺちりと叩かれてしまった。

 ジャンヌなりに手加減してくれているだろうが、やっぱり痛い。

 

「っ、ごめんごめん」

「全く! それさえなけりゃ言うことないのに!」

「だって、もう癖になっちゃって……」

 

 リディアはばつが悪そうに、ぼそぼそ言い訳する。

 

 —— —— —— 

 ジャンヌには申し訳ないが、小さな頃からの呼び方はそうそう変えられない。

 

『そうねぇ……私がお母さんだから、ミゼルとジャンヌはおじちゃんとおばちゃんでいいわよ!』

 

 恨むなら、小さなリディアにそう言ってくれた、母エスタを恨んで欲しい。

 —— —— ——

 

 おもちゃの打ち上げ花火を全て使い切ってしまい、激しかった光も音も消えてしまった。

 その代わりに、会場の中央がざわつきはじめた。

 子どもたちとエッジが何か話している。

 

「えー、もうおわりー?」

「もうねえっつってるだろ? 何度言やわかるんだ」

「じゃあ、代わりに忍術でなんかやってよ!」

「おお、やってやろうじゃねえか。——火遁でアイス全部溶かしてやる!」

 

 子どもたちから容赦ない要求を突きつけられて。

 エッジも負けじとばかりに言い返している。

 

「うわ、マジかよ!?」

「そんなのやだー!」

「ひどいぞー!」

「それが嫌なら、今から残りの花火ぱーっと全部使い切れ。そうしねえとマジでアイス溶かすからなっ!」

 

 そう吐き捨てながら、エッジがこちらに歩いてくる。

 子どもたちとの掛け合いに一段落ついたようだ。

 

「はははっ! ずいぶん大人気ないことを言うもんだ!」

「っ、脅迫と変わんないよぉ……!」

「終わったぜ」

 

 その場にいる者たちがみんな大笑いしている。

 リディアやジャンヌも笑っていたら、エッジが戻ってきた。

 

「おかえり。面白かったよ」

「ご苦労さん。よくやってくれた」

「あれでよかったか?」

「笑いも取ったし、言うことないね。あいつにもそう伝えとくよ」

「おう、大盛況って言っといてくれ」

「そうさせてもらうよ。——それじゃ、残りの時間楽しんどくれ」

 

 エッジに労いの言葉をかけて、ジャンヌがその場から去っていった。

 紙袋の中の花火は残りわずか。

 リディアとエッジも、おもちゃ花火遊びを再開して花火を使い切ることにした。

 

「いつか……この花火も、幻獣界のみんなに見せてあげたいなあ」

 

 棒先から、赤青緑……。

 三彩の光を放つ花火を感慨深げに見つめる。

 

「今からみんな喚べば済む話じゃね?」

「喚べ喚べって簡単に言わないでよ。一度に2、3体がやっとなのに」

「あー、MPが足りねえか」

「それにね。みんなが望んで見にきてくれないと意味ないの」

「……そうだな」

「今日の花火大会は、その第一歩なの。ミストだけでも、幻獣界ともっと交流が出来るようになればいいんだけどなあ」

 

 これはリディアだけではなく、ミストの民意のひとつでもある。

 話し終えると、花火のおかげで本日は今ひとつ冴えない夜空を見上げた。

 

「……やっぱ、底に埋もれてたか」

「なあにそれ?」

「ほれ。これで本当に最後だ」

 

 もう空っぽとばかり思っていたのに、花火をエッジから手渡された。

 それを見て、リディアは眉を寄せる。

 それは、もはや棒ですらなく、よれよれの短いひも……。

 

「これも花火? すぐちぎれちゃいそう」

「線香花火ってんだ。地味だがなかなか風流だぞ」

 

 エッジが、指からぼうっと小さな炎を出すと。

 リディアと、自身が手にしているそれぞれの線香花火に火を点けた。

 すぐにそれが、ぱちぱちと小さな火花を散らし始めた。

 時間経過と共に、火薬がはち切れんばかりに大きく膨らんでいく。

 橙色の光を放つ火薬玉が、まるで沈む前の夕陽のように見えた。

 

「ふふっ、ぼてぼてしててかわいいねぇ」

「落ちないように、すげえ我慢してるみたいでさ。これを見るのがこいつの楽しみ方……」

 

 突然、一陣の風がぴゅうと吹いた。

 エッジが持っていた線香花火の火薬球が、ぼとりと地面に落ちてしまった。

 

「あー、落ちちゃったあ」

「な? こうやっていつかは終わりがきちまう」

「……!」

「毎年これ続けてりゃ、いつかあいつらも地上やミストに興味持ってくれるさ」

「うん……ほんと、そうなるといいね」

 

 エッジの言葉が、時折不思議に感じることがある。

 色とりどりの花火のように、リディアに様々な知識や知らない世界を教えてくれる。

 そうかと思えば、ささいな不安やわだかまりを和らげてくれる。

 

「あたしのは、まだまだ大丈……あっ」

 

 破裂しそうなほど膨らんだリディアの火薬球が、ついに地面にぼてっと落ちてしまった。

 今は無風。重力には逆らえなかったらしい。

 

「そっちはよく保ったな」

「……それちょうだい。捨ててくる」

 

 花火の残骸をエッジから渡されると、力なく立ち上がってバケツに近付く。

 その中に、残骸をぽいっと投げ入れた。

 

(そのうち終わっちゃうのかな……)

 何の予告もなしに、火薬球が突然落ちた場面。

 それが、いつかやってくるであろう、自分たちの友情の終焉に見えた。

 

「……ずっと続く訳、ないよね」

 

 エッジとの友情が少しでも長く続けばいい。ちょっと前までそう望んでいたのに。

 今では、もっと続いて欲しい。出来れば、終わって欲しくないと思うようになっていた。

 

「おい、リディア」

「……なあに」

「ちょいと発着場に行ってくる」

「え、何しに行くの?」

「知りたきゃ、ついてきて構わねえぞ」

「じゃあ、行く」

「へえ、アイス食いっぱぐれるかもしれねえけどな?」

「ええ……?」

 

 ひどく楽しそうな声で、エッジが目を細めた。

 何か面白いことをやるのかもしれないという期待。

 巷で大人気のアイスを食する、せっかくの機会。

 

 リディアは究極の選択——好奇心と甘味欲——を迫られる羽目になってしまった。

 

§

 

 広場から徒歩で10分。

 集落の南にある、ミストの飛空艇発着場に到着した。

 発着場といっても、一度に飛空艇が5、6艇停められるほどの、だだっ広い草原である。

 

 エッジが「すぐ戻る」と言い残して、停めてあった自家用艇に戻っていった。

 忍者は夜目が利く。闇の中でも比較的自由に行動が出来る。

 数分後、エッジが何やらたくさん荷物を持って、リディアの元に戻ってきた。

 

「じゃ、始めっか」

「今から何するの?」

「まあ見てろって」

「わっ」

「ちょっとだけ、それ持っててくれ」

 

 エッジが左脇に抱えていた、大きな筒を地面に置いた。

 すると、右手に持っていた球体をリディアに押し付けてきた。

 

「火気厳禁だ。ファイア使うなよ」

「わかった……」

 

 さほど大きくないその球体を、リディアはしげしげと見つめる。

 2センチほどの輪っかがついており、そこには長いひもが通されている。

 

(……これ、もしかして)

 昼間のミゼルの話と、自身が持つなけなしの花火の知識を総合した結果。

 この男が、今から何をしようとしているのか気付いた。

 

 エッジが筒の中から、筒より長めの木杭4本と謎の布袋に、柄が長い木槌を取り出す。

 それらを地面にぽいぽいっと放り投げて、中を空っぽにさせた。

 

 リディアの足元に置かれたランタンの灯りを頼りに。

 エッジが適当な位置に木杭を力を込めて、ぐさりと深く突き刺した。

 続けざまに、木杭を倒れないぐらいの深さまで、木槌で何度も叩く。

 2本目の木杭も、同じように木槌を使って地面にぶっ刺すと。

 刺さった木杭に沿うように筒を立てて、3本目の木杭を打ち込み始めた……。

 

「もしかして、今から花火を打ち上げるの?」

「ああ。1発お見舞いしてやろうって思ってな」

「やっぱり、若い頃……」

「あ? おまえに話したこと……ミゼルか」

「うん。今日、聞いたばかりなの」

「10年ぐらい前に、トロイアの花火大会で世話んなってな。こないだ遊びにいったら、まだじいさんが生きててさ。一番小さい奴と火薬を譲ってもらったんだよ」

 

 エッジが楽しそうに作業を進めるうちに、木杭の打ち込みが最後の4本目に突入した。

 材料的に身体を使いそうな作業は、これで終わりだろう。

 

 諸々の事情で、エブラーナ城の訪問を自粛してから約1年。

 代わりに、エッジがミストに顔を出すことが増えた。

 ミストでのエッジは、まるで水を得た魚のようにいきいきとしている。

 彼にとってのミストは、絶好の気分転換の場所なのかもしれない。

 そして……。

 

「あたしは、そのおまけかな……?」

 

 エッジの肉体作業を微笑ましく眺めながら、小さな独り言を風に乗せた。

 

 エッジにとってのリディアは、ミストのついでのようなものかもしれない。

 つい、そんな錯覚を覚えてしまったのだ。

 

 仮にそれが現実だとしても、こうして両手に余るほど楽しませていただいている。

 だから、おまけでも何でもいい。

 即座にそう結論を出して、それ以上考えないようにした。

 

「……なんか言ったか?」

「え? エッジは国王さまやめちゃっても、花火のおじさんで生きていけるなあって」

「ばぁーか。おじさんにはまだ早ぇえよ、お兄さんだ」

 

 軽口を叩いているうちに、4本の木杭に隙間なく囲われて、筒が立てられた。

 よほど強い風が吹かないと倒れることはなさそう。

 

 今度は布袋の中身を筒の中に流し込み始める。

 小さな石のようなものが大量に、ざあぁーと音を立てながら中に入っていく。

 

「何入れてるの?」

「火薬。こいつ入れねえと空に飛ばねえの」

「すごいね。一瞬ぱっと光るためにここまで手間暇かけるんだ……!」

「花火は奥が深けえんだよ。——それ、こっちにくれ」

 

 すぐに音が消えて、エッジへ手に持っていた火薬を渡してあげた。

 エッジがその玉を、ひもで吊された状態で筒の中に降ろしていく。

 

 程なくして、火薬が底に到達。エッジがひもをするする引っ張って回収した。

 

「準備完了……っ!」

「うわっ!?」

「暑いかもしんねえが、そいつ頭からかぶっとけ」

 

 突然、ばさっと布のようなものを頭から掛けられた。

 よく見れば、エッジが着ていたマントだった。

 

「どうして?」

「火の粉がもろに落ちてくる」

「あっ」

「火傷しても知らねえぞ?」

 

 ……熱いのは嫌だ。

 ふるふると首を横に振りながら、マントをぎゅうと強く引っ張る。

 

「この際だ。おまえ、火ぃ点けてみるか?」

「あたしでも出来る?」

「炎をこの筒の中にぶち込めばいい。ブリザドでちっせえ氷作れるならファイアもいけるだろ」

 

(もったいないなあ、エッジがやればいいのに)

 たった1発のためだけに、あれこれ手間を掛けたのに、それでいいのか?

 

「どうする?」

「……やる!」

 

 エッジの誘いに一瞬躊躇したが、すぐ考え直して好意に甘えることに決めた。

 大役を他人に譲りたくなければ。リディアをここにこさせなかっただろうから。

 

「筒のそばは危ねえ。もうちょい離れろ」

 

 指示に従い、じりじり後ずさりを始める。

 

「ああ、その辺でいいや。いつでもぶち込んで構わねえぞー」

「わかったー」

 

 マントに隠していた右手を前に出すと、短い詠唱を唱える。

 すると、小さな炎の球が人差し指の先から出てきた。

 球は自ら意志を持つかのように、ふわふわ宙を漂いながら筒の中に入っていく。

 

 その数秒後。大きく弾けるような音と共に、火薬が筒から飛び出した。

 ひゅるるる……と音を上げながら高い上空へ。

 

どーん!

 

 その場が揺れるのではないかと言うぐらいの轟音が響いた。

 マントを持ったまま、そっと上空を見上げる。

 視線の先では、緑色の光の粒が広がって丸く大きな華を咲かせていた。

 

「うわあ……!」

 

 一瞬にして光の粒はきらめきを小さくして、次々と夜空に消えていく。

 

 もうすぐ夏も終わり。

 そう思わせるぐらいには、どこか切なさを秘めた緑星の散り際……。

 リディアはその最後のひと粒が消えるまで見守った。

 

「おつかれさん。言うことなしだな」

 

 エッジが親指で示した西の方角には、花火会場である広場がある。

 

 その方向から歓声と拍手の音がかすかに聞こえてきた。

 花火大会が大成功のうちに終了したのだ。

 

「……っ、よかったぁ……! うっ、っ……」

 

(みんな喜んでくれてる……きっと、おじちゃんも……)

 安堵と達成感から、潤いを増した両目からぽろぽろ涙がこぼれてきた。

 

「また泣いてんの。相変わらず涙腺弱えな」

「うっ、嬉し泣きだからいいんだも……っ……!?」

 

 目元をごしごしこすっていたら。何やらいつもと感触が違う。

 恐る恐る、手を離してみると……。

(やだ、どうしよう!)

 

「ごめん、エッジ……」

「何が」

「これで涙、拭いちゃったぁ!」

「……ははっ! ほんと面白れえ奴だな!」

 

 ついついかぶっていたマントで、涙を拭いていたことが判明しても。

 エッジは文句ひとつ言わず、頭を撫でてくれた。

 

 各方面からの支えのおかげで、ミストが再び独り立ちして早2年。

 こうして新しい道を歩もうとする瞬間に立ち会えることは。

 リディアにとって何者にも変えがたい至福のひと時だった。

 

§

 

 火災防止のためにエッジが発着場一面に、水遁で水をばしゃばしゃ振りかける。

 それが終わった直後。ミゼルとジャンヌが発着場にやってきた。

 

 リディアは心を躍らせたのは言うまでもない。

 なぜなら、ジャンヌの手には、ふたり分の赤色紙で包まれた棒状のアイス。

 わざわざここまで届けにきてくれたとわかったから。

 

 溶けないうちにアイスをかじってみると、程よいいちごの酸味と濃厚な練乳。

 絶妙な混ざり具合に思わず舌がとろけそうだ。

 来年もまた、趣味と実益を兼ねたアイス発注の仕事に立候補しよう!

 改めて、リディアはそんな決意を固めた。

 

 一方、既に食べ終えたエッジは、ミゼルたちと何やら話をしている。

 リディアはアイスを味わうことで必死。彼らの会話など右から左へ状態である。

 

「どうだ。きれーだったろ」

「ああ! みんなもう大喜び! 本当にありがとうっ!!」

 

 ミゼルが明るい声で、エッジとがっちり握手している。

 

 エッジの声から、底意地の悪さを感じ取って。

 リディアは呆れる一方で、ほんのちょっぴり期待していた。

 

 なぜなら次にミゼルが何を言い出すか。それにエッジがどう反応するか。

 どちらもなんとなく予想がついたから。

 

「来年から日当払うからさ! うちと5年契約結ばない?」

「乗った!」

 

(これから5年間、花火大会に来てくれる!!)

 当面の間、エッジとの友情関係が保証された瞬間であった。

 

 *6年後につづく

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