フェイクラバーズ 作:かえで
気が付けば、視界一面に深淵のような緑の世界が広がっていた。
仰向けに倒れているエッジを隠すように、おびただしい数のいばらが生い茂っている。
しかも、エッジ自身も顔以外、いばらでぐるぐる巻きにされていた。
そんな状態なので、ちょっとでも動けば。
普通のとげに比べて、長く鋭いそれに引っかかり、手や身体に痛みが走る。
動いていない今ですら、とげが腕や背中にちくちく刺さって痛い。
(イッて気絶したついでに、夢ん中にご案内されたか)
エッジが自身の置かれた状況を察した瞬間。
『リディアに手ェ出しやがって! こんの、くそエロ野郎っ!!』
「ぐぁ、っ……!」
(え、偉そうなこと言いやがって……! てめえはそのくそエロ野郎の一部だろが!)
エッジの声が聞こえたと同時に、身を縛るいばらが更に強さを増した。
とげで身体のあちこちを傷付けてくる。
—— —— ——
エッジは、声の主を勝手に『白』と名付けていた。
『白』はエッジの良心と理性の塊らしいが、自罰的傾向がめちゃくちゃ強い。
夢の支配者でもあり、いばらを自由自在に操る。
一度過ちを犯す代わりに、リディアと離れる。そう決めたくせに。
またリディアとつながろうとするエッジを許せず。
リディアの前で、本来の声を段階的に出させないように仕向けた張本人である。
§
『白』がいるのだから、エッジの中には当然『黒』もいる。
『黒』はその名の通り、薄汚い欲である。
ジェラルダイン家特有の何かに対する愛念対象——リディアへの偏愛もそれに含まれる。
こちらは『白』と違い、エッジにほとんど干渉してこない。
エッジ自身が『黒』に染まり、グレー状態なのもあるが。
ツクヨミでもリディアのそばにいられる現状に、ほどほどに満足しているからだろう。
—— —— ——
『リディアに迷惑掛けたって、めちゃくちゃ反省してたくせに、何やってんだっ!!』
いばらの縛りが止まった。代わりに『白』からまたまた怒声を浴びせられた。
「っ、十分反省してる……てめえが説教してくれたおかげでな」
(相変わらず、うぜえ奴だな……)
『白』は、エッジがリディアに迷惑を掛けるだけでなく。
『ツクヨミ』だろうが、リディアに近付くことを許さない。
夢を見ると毎回『白』から説教をされる。しかし、当のエッジはほとほと食傷気味であった。
***
——2ヶ月前 9の月下旬
その日の夕方。エッジはミストにやってきた。
リディアお手製チーズフォンデュをいただくために、うきうき気分で公民館の廊下を歩いていたら。
調理室方面から、アリサのこんな怒鳴り声が聞こえてきた。
「あんたを孕ませ疑惑に追い込んで、ヤリ逃げ最低だって前から言ってるでしょーが!」
(リディアのことか!?)
アリサは、ライザに比べて圧倒的にリディアに怒声を上げることが多い。
しかも、孕ませやヤリ逃げ。仄暗いワードまで飛び出したら、気になって仕方がない。
エッジはしばらくその場に留まり、会話を盗み聞きすることにした。
「そうじゃなくても、まだ2年前よー? バロン王妃さままで巻き込んで、結局何もなしってどーなのそれー?」
「……アリサも知ってるでしょ? エッジに言わないって決めたこと……」
2年前、リディアに月のものが訪れなくなった。
妊娠したと勘違いして、ローザに秘密裏で診断をお願いしていたらしい。
「中出しくそ野郎に幸せ見せつけて、ざまぁしてやんなさいよ」
アリサがリディアにそう勧めていたが、そのくそ野郎はエッジのことに他ならない。
知らない間に、リディアを不安にさせていた。
エッジは己のそんな不甲斐なさに打ちのめされた。
同時に、自分自身——『エッジ』に憎しみを覚えた。
(リディアと寝た男が、オレだって気ぃ付いたんだな……)
当時エブラーナ城にやってきたローザが、去り際にエッジにビンタして帰っていった。
それ以来、彼女がエッジを避けている理由にも思い至った。
§
その夜。やけくそ状態で床についたら人生初、それも痛覚がある夢を見た。
どうやら、以前から『白』はこうして、エッジの夢の中に現れて警告していたらしい。
しかし、エッジは都合のいいことに目覚めた途端。すっかり内容を忘れていた……。
***
それ以来、数日おきにいばらまみれの夢を見る(記憶する)ようになり、現在に至る。
起床直後の気分も悪く、ぐったりして睡眠を避けるような生活になった。
その原因は、エッジの心に潜むもうひとりの自分であった。
「孕ませ疑惑は『オレ』だが、あいつとさっきヤッたのは『ツクヨミ』だ。分けて考えることも出来ねえのかよ」
『屁理屈こくな。どっちもてめえじゃねえか!』
「つーか、さっきは合意だぞ!? あいつからけしかけてきたの、オレん中から見てねえのか!」
『呪淫』をかけられ、不可抗力でリディアとヤルのは卑怯。
エッジはそう思い、時間切れで術が解除されるまでリディアに手を出す気はなかった。
ところが、偶然リディアが目を見てきて術が発動。
事情を話したら、リディア自らヤりたいと申し出てくれたから、受け入れた。
それなのに、なぜ文句を言われなければならないのだろう。
『んなことどうでもいい! リディアに手ェ出した時点でアウトだアウト!』
「据え膳食わぬは男の恥って言うだろ! オレは修行僧じゃねえぞ!」
エッジは『白』に怒鳴り返してやった。
好きな女——リディアから言い寄られて、乗らない訳がなかろう。
—— —— ——
一度卑怯な手で穢したのだから、二度とリディアに近付いてはならない。
ガラスケースの人形のごとく、死ぬまで遠巻きから愛でながら。リディアを外敵から守り続ける。
それが『白』の愛し方。エッジとは違う。
『白』が言わんとしていることもわかる。
だから、エッジはけじめとしてリディアの関係を切った。
孕ませ疑惑で困らせたし、今後も『エッジ』としてリディアのそばに近付かない。
『ツクヨミ』の好感度を上げて、リディアやミストの住民から。『エッジ』を切り離す努力も続ける。
—— —— ——
『忍者は忍び耐えるもんだ。その頭領が、エブラーナの奴らに示さねえでどうするんだよ』
「他のことで示せばいい。こないだオレのこと褒めてたじゃねえか」
禅譲制移行を宣言した直後。夢に現れた時、『潔い、よくやった』と。
『白』は珍しくエッジの行いを褒めていたくせに……。
『ったく、おまえをただの男にさせちまってよ。ジェラルダインの血はうぜえったらありゃしねえ……!』
「オレは満足してるぞ。あいつのこと死ぬまで愛せるんだ。幸せでたまんねえよ」
ジェラルダイン家が持つ特性へ、不満をぶちまける『白』に言い返した。
リディアへの思いを増長させてくれる。
そんなジェラルダインの血、いわば『黒』をエッジは大歓迎している。
—— —— ——
エッジはリディアのことになると、他者に対して非情になれるし、臆病にもなる。
恋や愛ひとつで心が揺れる、どこにでもいるただの男に成り下がってしまう。
リディアを愛する自信はいくらでもあるのに。
カルミネの事件で受けた毒の影響で、リディアを幸せに出来る自信がなくなってしまった。
その結果、リディアからも、ミストからも逃げてしまった。
そんな『エッジ』は、リディアにとって過去の男。
これからは『ツクヨミ』として、出来る限り長く……。いや、死ぬまで一緒にいるために。
みっともない姿を晒そうが、リディアのそばでリディアを守り支え続ける所存だ。
—— —— ——
「そもそもな。てめえの理想が高すぎなんだよ。国王は神でもなんでもねえ。——人の子だ」
『っ……』
白は一度黒に染まってしまうと、完全な白には戻らない。ようして白に近いグレーだ。
そう何度も言っているのに、『白』は大概諦めが悪い。
「手ェ出したのが『エッジ』じゃなかっただけ、ありがたく思えよ」
『……それでも、罰はしかと受けてもらうからな』
今度リディアに手を出したら、罰を下す。
エッジは『白』から毎回そう脅迫されていた。
この後、目が覚めたら既に変化は起こっていると思われる。
「ああ、好きにしろ」
『っ、リディアにみっともねえ姿晒せんのか!?』
「『ツクヨミ』なら、いくらでも出来る」
『……!』
「それにな。リディアはちょっとやそっとじゃ『ツクヨミ』から離れねえぞ」
『何だと!?』
「別れるって聞いたら、あいつがどんな反応するか、目ェ覚めたらてめえに見せてやるぜ」
リディアは『呪淫』を解除するために、自身を犠牲にしてくれた女だ。
エッジが不貞を働く以外、離れることはない。
もっとも、そんなことする気はこれっぽっちもないけれど。
『この野』
「——オレん中で、黙って指くわえて見てろ!」
『っ、くそっ!』
(ばぁーか! 二度と出てくんな!)
『白』が捨て台詞を吐いて撤退した。
いつもならいばらで首を絞められるところなのだが。
脅しに屈しなかったエッジに動揺したのだろう。
『白』が消えれば、夢も終わり。次第に意識が薄れていく。
(前と変わんねえが、紳士的って設定にしとくか……)
そんな中、エッジは今後ツクヨミとしてリディアをどう抱けばよいか。
何とも不埒なことを考えながら、現実の世界に戻っていった。
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