※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

110 / 160
エッジ視点


続・白とグレーのせめぎあい

 

 

 気が付けば、視界一面に深淵のような緑の世界が広がっていた。

 仰向けに倒れているエッジを隠すように、おびただしい数のいばらが生い茂っている。

 しかも、エッジ自身も顔以外、いばらでぐるぐる巻きにされていた。

 

 そんな状態なので、ちょっとでも動けば。

 普通のとげに比べて、長く鋭いそれに引っかかり、手や身体に痛みが走る。

 動いていない今ですら、とげが腕や背中にちくちく刺さって痛い。

 

(イッて気絶したついでに、夢ん中にご案内されたか)

 エッジが自身の置かれた状況を察した瞬間。

 

『リディアに手ェ出しやがって! こんの、くそエロ野郎っ!!』

「ぐぁ、っ……!」

 

(え、偉そうなこと言いやがって……! てめえはそのくそエロ野郎の一部だろが!)

 エッジの声が聞こえたと同時に、身を縛るいばらが更に強さを増した。

 とげで身体のあちこちを傷付けてくる。

 

 —— —— ——

 エッジは、声の主を勝手に『白』と名付けていた。

 

 『白』はエッジの良心と理性の塊らしいが、自罰的傾向がめちゃくちゃ強い。

 夢の支配者でもあり、いばらを自由自在に操る。

 

 一度過ちを犯す代わりに、リディアと離れる。そう決めたくせに。

 またリディアとつながろうとするエッジを許せず。

 リディアの前で、本来の声を段階的に出させないように仕向けた張本人である。

 

§

 

 『白』がいるのだから、エッジの中には当然『黒』もいる。

 『黒』はその名の通り、薄汚い欲である。

 ジェラルダイン家特有の何かに対する愛念対象——リディアへの偏愛もそれに含まれる。

 

 こちらは『白』と違い、エッジにほとんど干渉してこない。

 エッジ自身が『黒』に染まり、グレー状態なのもあるが。

 ツクヨミでもリディアのそばにいられる現状に、ほどほどに満足しているからだろう。

 —— —— ——

 

『リディアに迷惑掛けたって、めちゃくちゃ反省してたくせに、何やってんだっ!!』

 

 いばらの縛りが止まった。代わりに『白』からまたまた怒声を浴びせられた。

 

「っ、十分反省してる……てめえが説教してくれたおかげでな」

 

(相変わらず、うぜえ奴だな……)

 『白』は、エッジがリディアに迷惑を掛けるだけでなく。

 『ツクヨミ』だろうが、リディアに近付くことを許さない。

 

 夢を見ると毎回『白』から説教をされる。しかし、当のエッジはほとほと食傷気味であった。

 

 ***

 

 ——2ヶ月前 9の月下旬

 

 その日の夕方。エッジはミストにやってきた。

 リディアお手製チーズフォンデュをいただくために、うきうき気分で公民館の廊下を歩いていたら。

 調理室方面から、アリサのこんな怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「あんたを孕ませ疑惑に追い込んで、ヤリ逃げ最低だって前から言ってるでしょーが!」

 

(リディアのことか!?)

 アリサは、ライザに比べて圧倒的にリディアに怒声を上げることが多い。

 しかも、孕ませやヤリ逃げ。仄暗いワードまで飛び出したら、気になって仕方がない。

 エッジはしばらくその場に留まり、会話を盗み聞きすることにした。

 

「そうじゃなくても、まだ2年前よー? バロン王妃さままで巻き込んで、結局何もなしってどーなのそれー?」

「……アリサも知ってるでしょ? エッジに言わないって決めたこと……」

 

 2年前、リディアに月のものが訪れなくなった。

 妊娠したと勘違いして、ローザに秘密裏で診断をお願いしていたらしい。

 

「中出しくそ野郎に幸せ見せつけて、ざまぁしてやんなさいよ」

 

 アリサがリディアにそう勧めていたが、そのくそ野郎はエッジのことに他ならない。

 

 知らない間に、リディアを不安にさせていた。

 エッジは己のそんな不甲斐なさに打ちのめされた。

 同時に、自分自身——『エッジ』に憎しみを覚えた。

 

(リディアと寝た男が、オレだって気ぃ付いたんだな……)

 当時エブラーナ城にやってきたローザが、去り際にエッジにビンタして帰っていった。

 それ以来、彼女がエッジを避けている理由にも思い至った。

 

§

 

 その夜。やけくそ状態で床についたら人生初、それも痛覚がある夢を見た。

 どうやら、以前から『白』はこうして、エッジの夢の中に現れて警告していたらしい。

 しかし、エッジは都合のいいことに目覚めた途端。すっかり内容を忘れていた……。

 

 ***

 

 それ以来、数日おきにいばらまみれの夢を見る(記憶する)ようになり、現在に至る。

 起床直後の気分も悪く、ぐったりして睡眠を避けるような生活になった。

 その原因は、エッジの心に潜むもうひとりの自分であった。

 

「孕ませ疑惑は『オレ』だが、あいつとさっきヤッたのは『ツクヨミ』だ。分けて考えることも出来ねえのかよ」

『屁理屈こくな。どっちもてめえじゃねえか!』

「つーか、さっきは合意だぞ!? あいつからけしかけてきたの、オレん中から見てねえのか!」

 

 『呪淫』をかけられ、不可抗力でリディアとヤルのは卑怯。

 エッジはそう思い、時間切れで術が解除されるまでリディアに手を出す気はなかった。

 ところが、偶然リディアが目を見てきて術が発動。

 事情を話したら、リディア自らヤりたいと申し出てくれたから、受け入れた。

 それなのに、なぜ文句を言われなければならないのだろう。

 

『んなことどうでもいい! リディアに手ェ出した時点でアウトだアウト!』

「据え膳食わぬは男の恥って言うだろ! オレは修行僧じゃねえぞ!」

 

 エッジは『白』に怒鳴り返してやった。

 好きな女——リディアから言い寄られて、乗らない訳がなかろう。

 

 —— —— ——

 一度卑怯な手で穢したのだから、二度とリディアに近付いてはならない。

 ガラスケースの人形のごとく、死ぬまで遠巻きから愛でながら。リディアを外敵から守り続ける。

 それが『白』の愛し方。エッジとは違う。

 

 『白』が言わんとしていることもわかる。

 だから、エッジはけじめとしてリディアの関係を切った。

 

 孕ませ疑惑で困らせたし、今後も『エッジ』としてリディアのそばに近付かない。

 『ツクヨミ』の好感度を上げて、リディアやミストの住民から。『エッジ』を切り離す努力も続ける。

 —— —— ——

 

『忍者は忍び耐えるもんだ。その頭領が、エブラーナの奴らに示さねえでどうするんだよ』

「他のことで示せばいい。こないだオレのこと褒めてたじゃねえか」

 

 禅譲制移行を宣言した直後。夢に現れた時、『潔い、よくやった』と。

 『白』は珍しくエッジの行いを褒めていたくせに……。

 

『ったく、おまえをただの男にさせちまってよ。ジェラルダインの血はうぜえったらありゃしねえ……!』

「オレは満足してるぞ。あいつのこと死ぬまで愛せるんだ。幸せでたまんねえよ」

 

 ジェラルダイン家が持つ特性へ、不満をぶちまける『白』に言い返した。

 リディアへの思いを増長させてくれる。

 そんなジェラルダインの血、いわば『黒』をエッジは大歓迎している。

 

 —— —— ——

 エッジはリディアのことになると、他者に対して非情になれるし、臆病にもなる。

 恋や愛ひとつで心が揺れる、どこにでもいるただの男に成り下がってしまう。

 

 リディアを愛する自信はいくらでもあるのに。

 カルミネの事件で受けた毒の影響で、リディアを幸せに出来る自信がなくなってしまった。

 その結果、リディアからも、ミストからも逃げてしまった。

 

 そんな『エッジ』は、リディアにとって過去の男。

 これからは『ツクヨミ』として、出来る限り長く……。いや、死ぬまで一緒にいるために。

 みっともない姿を晒そうが、リディアのそばでリディアを守り支え続ける所存だ。

 —— —— ——

 

「そもそもな。てめえの理想が高すぎなんだよ。国王は神でもなんでもねえ。——人の子だ」

『っ……』

 

 白は一度黒に染まってしまうと、完全な白には戻らない。ようして白に近いグレーだ。

 そう何度も言っているのに、『白』は大概諦めが悪い。

 

「手ェ出したのが『エッジ』じゃなかっただけ、ありがたく思えよ」

『……それでも、罰はしかと受けてもらうからな』

 

 今度リディアに手を出したら、罰を下す。

 エッジは『白』から毎回そう脅迫されていた。

 この後、目が覚めたら既に変化は起こっていると思われる。

 

「ああ、好きにしろ」

『っ、リディアにみっともねえ姿晒せんのか!?』

「『ツクヨミ』なら、いくらでも出来る」

『……!』

「それにな。リディアはちょっとやそっとじゃ『ツクヨミ』から離れねえぞ」

『何だと!?』

「別れるって聞いたら、あいつがどんな反応するか、目ェ覚めたらてめえに見せてやるぜ」

 

 リディアは『呪淫』を解除するために、自身を犠牲にしてくれた女だ。

 エッジが不貞を働く以外、離れることはない。

 もっとも、そんなことする気はこれっぽっちもないけれど。

 

『この野』

「——オレん中で、黙って指くわえて見てろ!」

『っ、くそっ!』

 

(ばぁーか! 二度と出てくんな!)

 『白』が捨て台詞を吐いて撤退した。

 いつもならいばらで首を絞められるところなのだが。

 脅しに屈しなかったエッジに動揺したのだろう。

 『白』が消えれば、夢も終わり。次第に意識が薄れていく。

 

(前と変わんねえが、紳士的って設定にしとくか……)

 そんな中、エッジは今後ツクヨミとしてリディアをどう抱けばよいか。

 何とも不埒なことを考えながら、現実の世界に戻っていった。

 

.

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。