フェイクラバーズ 作:かえで
注)今章はFF4の続編FF4TAとその前後/しばらく毎日一話(早朝)更新
老兵は去るのみ
13年前、旅を共にした仲間のふたりが結婚することになった
仲間の男は同じ日に某国の王に即位して、女はその王妃になるという
オレは、その日が来るのをたのしみにしていた
半年ぶりに元仲間でもあり、好きな女——リディアに会えるし
数ヶ月前から立てていた計画を実行する日でもあったから
§
結婚式当日、オレはひとりで某大国の城を訪れた
永遠の愛を誓う挙式が始まってから、後ろを振り返って
遠く離れた席に座るリディアの様子を確認したら
うつむいて、泣くのをぐっとこらえているように見えた
当時リディアは、花婿の男に思いを寄せていた
その男が、目の前で自分以外の女と婚姻を結ぼうとしているのだから
心の底からは祝福出来ないだろう
それから何度も振り返ったが、リディアは下を向いたままだった
リディアはオレのことなんか、これっぽっちも気に留めていない
それがありありと見て取れて、だんだんもやもやしてくる
オレは本日の主役そっちのけで、リディアにしか目が行かないというのに…
挙式に続いて、祝宴がはじまった
リディアと会って話すことで、もやもやを晴らそうと思っていたが
未開の地と言われていた国を治める王は
こういった機会に、世界中のお偉いさんに顔を売らねばならない
あいつに会えぬまま、宴が終わる時間が迫ってくる
あいつが異世界へ戻れば、次にいつ会えるかわからない
この数ヶ月前から練っていた計画もおじゃんになってしまう
焦りを感じながら、会場内を歩き回っていたら
深紅色のドレスを身に着けたリディアをベランダで見つけた
異世界では縁がない、人混みときらびやかな空気に疲れたのだろう
§
あの結婚式は、オレとリディアの人生の転換点でもあった
あの日、リディアと再会していなかったら
あいつは今でも異世界で暮らしていただろう
かりそめの姿とは言え、オレはあいつの恋人になっていなかっただろう
それから13年が過ぎた今、オレは今年で40になるが
死ぬまで誰とも婚姻関係を結ばないと決めている
かりそめの姿で、リディアにそれを伝えたら
『恋人のままでいいじゃない』と言ってくれた
それでも、オレは時折こんな不安に駆られてしまう
……おまえ、本当は結婚したいんじゃないのか?
***
13 years later
—— —— ——
公務と後進育成に忙しい合間を縫って、恋人に会うために。
『ツクヨミ』という名のかりそめの存在で、ミストへ向かう……。
エッジはこの1年近く、幸せかつ充実した日々を送っていた。
ほんのわずかな不安を胸に抱えていたけれど。
—— —— ——
——1の月20日 午後4時過ぎ
エッジはここ数年、夕方5時までに仕事を片付けるようにしている。
本日は運よく書類が少なかった。さばき終えたそれが、床のあちこちに散らばっている。
5時から始まる修行までの時間潰しに、新聞を改めて読んでいると。
トロイアの地元紙Tの社会面のある見出しに目がついた。
「『男性デーも作ってくれ! トロイア男性の嘆き節』ねえ……」
—— —— ——
トロイアでは月に数回、『女性デー』を設ける店舗や劇場が多い。
その日は、女性客限定で割引セールや何かしらサービスをしてくれる。
このほど、国営の調査機関が調査したところ。
『女性デ-』の日は通常営業日に比べ、売上が倍以上に跳ね上がることが判明した。
経済が回っている証左だから、とてもいい傾向だ。
一方で、なぜ男性客のそれ——『男性デー』は存在しないのか。そんな疑問の声も上がっている。
—— —— ——
『男性デー』に絡めて男性差別を訴える記事を読み終え、こうつぶやいた。
「相変わらず、めんどくせえ国だな……」
トロイアは世界でまれに見る女権社会の国。あらゆる面で女性優遇が著しい。
記事に登場した男性たちに、うっかり同情してしまった。
(けど、昔のTは野郎の意見なんか載せなかったぞ?)
こんな記事が載るようになっただけでも、トロイアはずいぶんマシになった。
将来『男性デー』も設けられるだろう……いつかは知らないが。
しょせん他国のこと。脳内で適当に締めくくり、その下の記事に視線を移した。
「……なに?」
見出しには『またもや隕石落下——今年で3回目』と書いてある。
これは見過ごせない。そう思い、続きに目を通す。
—— —— ——
17日午後、トロイア郊外〇村の集落に隕石が落下した。
民家の屋根に穴が開く、窓ガラスが割れるなどの被害が相次いだ。
なお、けが人はいない模様。
翌18日、アガルトのコリオ天文台の職員が調査に訪れた。
20個ほどの隕石を回収し、直径10センチほどの大きいものもあった……。
—— —— ——
「こんなでけえの、はじめてじゃねえか……?」
青き星の地表に落下した星や流星。または、それらのかけらを隕石と呼ぶ。
—— —— ——
通常、隕石が落下しても大した騒ぎにならない。
なぜなら、一度に落下する隕石の数はせいぜい2、3個。その大きさも小石程度。
落下の瞬間に立ち会わなければ、隕石と気付かないことが多いから。
—— —— ——
(ここにもいつ落っこちてくるかわかんねえな)
去年まで隕石の落下記事なんか、ほとんど見たことがなかったのに。
今年に入ってから頻繁に目にするようになった。
エッジはTを素早くたたみ、床にぽいっと投げてから。
足元にある大きな引き出しから分厚い書を出して、机の上で開いた。
その表紙と背表紙には『防災マニュアル』と書かれている。
—— —— ——
10年前。エブラーナはどの国よりも早く、防災対策を講じた。
気象現象や外敵からの攻撃……様々な災害から民の命を守るため。
体系化したものが『防災マニュアル』である。
マニュアルは、避難を指示する側のお城用と一般用の2種類ある。
後者は前者より薄い冊子として、エブラーナの全家庭に配布されている。
—— —— ——
しばらくお城用のマニュアルをぱらぱらとめくっていたが。
途中で手をぴたっと止めて、そのページの端から端まで目を通す。
「……こいつで代用出来そうだな」
ぼそりとそうつぶやくと、扉を叩く音が聞こえてきた。
「どーぞ」
「失礼いたします。書類の回収に参りました」
返事をすれば、老齢の側近が中に入ってきた。
毎日、お昼前と今の時間に、事務方の人間が書類を取りにやってくる。
もっとも、じいともうひとり。そのどちらかしか来ないけれど。
「ちょうどいい時に来てくれたぜ」
「はて、何かご用でも」
「これ」
「はい?」
マニュアルを開いたまま、じいに手渡した。
「隕石がたくさん落っこちてきたら、こいつで対応出来ると思ってな」
開いたページを見るよう勧めると、じいが目を通している。
「そうですなぁ……我が国は地下洞窟が多いですし、これが最も適していると思われます」
じいに見せたページの一番上には、『上空からの攻撃に対する備えと避難手段』と書かれている。
そのページには上空攻撃の恐れがある場合。もしくは、攻撃を受けた場合。
周辺の地下洞窟に避難するよう書かれてある。
「いけるな」
「はい。下手をすると爆弾と変わりないものが落ちてくる可能性もありますからな」
このマニュアルを作成したじいが太鼓判を押してくれたから、大丈夫だろう。
「ここの奴らに『隕石落下に警戒、発生時には「上空からの攻撃」に沿って行動すること』と周知。Xにも記事載せておいてくれ」
「かしこまりました。この後すぐ手配しておきましょう」
「頼むぞ」
Xは国の広報紙も兼ねており、国内では購読を奨励されている。
これで明日か明後日には、エブラーナ全土に『隕石落下に警戒せよ』と周知されるだろう。
「しかしながら、若様もついに隕石落下を気にされるようになりましたか」
「なんか、やな予感がすんだよ……」
「隕石も自然災害と同じです。備えておくに越したことはありませぬ」
外の世界を知ろうともしなかった昔とは違う。
13年前の悲劇を、二度と起こしてはならない。
エッジはその意識を忘れないよう、日々心がけている。
「セシルたちも、もう動いてんじゃね?」
「ミストにも忠告してあげた方がよろしいのでは?」
「……ラルフに書状送っとくか」
「ええ、ぜひそうしてあげて下され」
隕石は時と場所を選ばず落ちてくる。
朝だろうが、真夜中だろうが、海だろうが、山だろうが関係ない。
ミストにもいつ落ちてくるかわからない。
—— —— ——
エブラーナや他国と同じように、ミストも災害への対策が整っている。
リディアが幻獣界に閉じ込められていた頃。
エッジの元に、村長のラルフからこんな書簡が届いた。
『ミストでも災害対策を整えることにしました。貴国は対策万全だと有名です。手引書の参考にさせていただく、資料を送っていただけると幸いです』
エッジはすぐに、マニュアルの複写をラルフに送ってあげた。
その半年後。ラルフが書状でミスト独自のマニュアル完成を報告してくれた。
なお、ミストでは『災害手引書』という名で各家庭に配布されている。
一度ツクヨミとして、リディアにそれをざっと見せてもらったが。
村という小さな集合体のものにしては、言うことなしの内容であった。
—— —— ——
「こちらお返しします」
「おう。こいつら全部持ってっていいぞ」
「はい、では早速……」
机の上にマニュアルに置いたじいが、エッジの背後に回る。
そして、中腰の姿勢で床にばらばら落ちている書類を集め始めた。
「あいたたっ……」
途中、じいの声が聞こえてきて何とも言えない気持ちになる。
「おい……」
「はっ、何ですかな」
「腰、つれえなら医療部で見てもらえ」
「ははっ、またお気遣いの言葉をかけていただきまして……ありがとうございます」
じいが苦笑しながら、背筋を伸ばして腰をとんとん叩いている。
じいは、70歳をとうに過ぎている。最近よくこうやって腰の痛みを訴えるようになった。
書類の投げ捨てをやめる。もしくは、投げ捨てても後で自分で集めて机の上に載せておく。
それだけでも訴えは減ると思われるが、投げ捨ては辞められない。
じいからも『書類を床に投げ捨ててはなりません!』と、一度も注意されたことはないし……。
「つーか、他のもんが取りにこりゃいいじゃねえか。ひよわ野郎以外に人いるだろ」
じいが休みの日は、ひよわ野郎——タタラが執務室に現れる。
ところが、エッジに怯えているのか。毎回身体をぶるぶる震わせながら書類を回収している。
いらいらしてたまらない。そのため、タタラがやってきても存在を無視するようにしていた。
「じいとタタラを除いて、事務方の者はここに近付こうとはしませぬ」
「なんで」
「若様の城内と城外での振る舞いにギャップを感じて、みな怯えておりますからのう」
じいがそう答えると、再び中腰の状態で書類を集め始めた。
知らないふりして聞いてみたら、やはりじいも気付いていた。
事務方の人員は15名。男性はじいとタタラだけで、あとは全員若い女性。
……彼女たちは、エッジを敬遠している。
***
——数日前
その日の午後、書類を全て片付けてから。
じいが休みだったことに気付き、事務方の職場見学に行こうと考えた。
—— —— ——
エッジは数年前から、不定期お城徘徊を続けている。
よりよい職場環境にしたい。そんな思いと、給与賞与の査定をするために。
各部署の職場を見学したり、使用人のお悩み相談相手をつとめたりしている。
ただし、『お館様』でそれをやっても、使用人は素を見せない。
そのため、ツクヨミに扮するか、隠密状態になるか。どちらかの方法を取っていた。
—— —— ——
(じいがいなくてもきちんと仕事してんのかね……)
じいがいるから大丈夫。そう思って、実は一度も事務方の見学をしたことなかったのだ。
§
思い立ったが吉日とばかりに、エッジは『隠れみの術』を使って現場へ直行。
部屋に入ると、うさぎのお面をかぶったタタラが、同僚の女性全員にお茶を配っていた。
(茶ぁぐらい、てめえで淹れろよ……オレもやったこたねえけど)
タタラは最後に事務方に入った、いわゆる新入り。先輩に頼まれたらまず断れない。
仕方がないと思い、引き続き様子を見ていたら。
「ねえ、タタラちゃーん」
『……』
「これ、東棟の○○さんと△△さんのところに届けてきてちょうだい」
「これも医療部にお願い。あっ、この本、書庫に返してきてよ」
「信書、通信部から引き取ってきてくれない?」
「ついでに執務室の書類も!」
「……」
「……」
(どっからどう見てもパシリだな)
お茶汲みを終えたタタラに、女性たちが仕事を押し付けている。
それも、事務方の外に行かねばならないものばかり。
『……』
「ありがと。いい子ねー」
「はいはい! それじゃあ、いってらっしゃい」
「ゆっくりでいーわよー」
うさぎは、ほとんど口が利けない状態。うなずきながら頼みを受け入れている。
程なくして、女性たちがタタラを部屋から追い出すと、その場の空気が一変した。
「みんな! 誰もいなくなったわよ!」
「休憩休憩ー!」
「いやっほうー!」
女性十数人が一斉に、歓声を上げながら1か所に集まった。
お茶と一緒に、引き出しに隠していたお菓子を持ってくる女性も多い。
女中や厨房を除く内勤の休憩時間は、正午から午後1時まで。
勤務中に数分程度、小休憩を入れてもよいことになっている。
しかし、ほぼ全員が一斉に小休憩をとる部署はこの事務方が初めてであった。
「今日も執務室行かなくて済んだわね!」
「鬼の相手は、男に任せとけばいいのよ」
「タタラちゃん超便利ー。何でもやってくれるしー」
「空気読める子でよかったわね」
「あぁ、そろそろ来月の休暇予定出さなきゃね……」
「戻ってきたら、じい様と休みがかぶらないよう言ってやりましょ」
「言うこと聞いてくれたら、今度こそおやつ分けてあげようよ」
「餌付けも必要よねー」
事務方の女どもは、鬼——エッジに会いたくないから。
普段から執務室に書類を回収しにいく仕事をじいに任せている。
じいが休みの日は、タタラに外回りの用事プラス書類回収も押し付けて。
部屋から追い出し、戻ってくるまで『みんなで』おやつ休憩をとっている。
事務方の実態を目の当たりにして、女どもの職場意識の低さに腹が立つも、話はまだ続く。
「あーあ、お館様があんな怖い人ってわかってたら、ここの試験受けなかったのになぁ……」
「ここより給金高いところ、いっぱいあったよね」
「でも、ここほど箔がつく職場ってないわよ?」
「お見合いだと破格のステータスよね」
女どもが「ねー」と相づちを打ちながら、みんなでうなずき合っている。
それからもお菓子をつまみながらお茶を飲みつつ、本音ぶっちゃけ放題。
あまりにも身勝手な内容で聞くにたえず、タタラが戻ってくる前にその場を後にした。
***
他人に都合の悪い仕事を押し付ける。今の仕事は結婚までの腰掛け……。
事務方の女どもは職業意識が足りない。
「みな結婚までのつなぎでおりますから、説得する時間がもったいのうて、ついついじいがここに来てしまうのです」
「肝心の仕事はどうなんだよ」
「それは全く問題ございません」
「……だったら怒れねえな」
「強いて言えば、残業になるとみな文句を言うぐらいですな」
「それはどこも一緒じゃねえか……」
仕事に支障がないのなら、何も言えない。
いずれ結婚して使用人を辞めるまで、じいも好きにやらせているようだ。
「いやはや、女性が徒党と組むと何とも厄介です」
「わかるぜ。ぴーちくぱーちくうっせえったらありゃしねえ」
エッジは吐き捨てるように、じいにそう答えた。
ここの女性使用人は、仕事中でなければ複数人集まってしゃべり倒している。
あのイザヨイも仲のいい女中が相手だと、普段の3倍以上口数が増える。
それはミスト——リディアも同じ。ライザとふたりの時は、まあまあ大人しいのに。
妖怪口おばけ(エッジ命名)が混ざると、途端にうるさくなってしまう。
「……して、若様」
「なんだよ。改まって」
集めた書類を抱えながら、じいが再び執務机の前に立った。
いつもなら拾い終わると『では本日はこれにて』と言い残して帰っていくのに。
首をひねっていると、じいが深々と頭を下げてから。凪のような静かな声でこう言った。
「前国王……お父上の代から若様にお仕えして参りましたが、じいも歳ゆえに、年内限りで隠居させていただきとうございます」
じいの言葉は聞き取れたが、理解出来なかった。
これまでじいとは腐るほど会話してきた。
にもかかわらず、そんな話を一度も聞いたことがなかったから。
「……今なんつった」
「今年いっぱいで『隠居』させていただきとうございます。じいはそう申し上げました」
じいが『隠居』の部分をやたら強調してくれた。それで、ようやっと現実を直視する。
ついに、じいが自ら隠居を申し出てきた。
私情からそっけない態度を取った時期もあった。
権限の一部を奪い、禁術をかけたこともあった。
そんな無茶なことをしても辞めそうになかったのに……。
「——却下」
「はいぃ!?」
「後釜連れてきたら、前向きに考えてやってもいいがな」
じいの分身のような人間、いわゆる後任がいない。
そんな現状で辞められてしまったらすごく困る。
「そういった者が見つからぬので、こうして働いておるのですぞ!」
「だったら、ずっとここで働いてくれよ。オレはいくらでも許すぞ?」
「いや、ですから歳がですなぁ……」
寄る年波には勝てない。これは誰もがみな通る道だ。
じいの気持ちはわかるし、身勝手なことを言っている自覚もある。
それでも、後釜がいないまま辞められたらやっぱり困る。
「ひよわ野郎、ひとりにさせんのかよ」
「それは……」
「つーか、あんな挙動不審なうさぎ。よく引き取ったな」
「何をおっしゃいます!? 若様も決裁願に○を付けたではありませぬか!」
—— —— ——
一昨年の暮れ。エッジは、ザンゲツとタタラを執務室に呼びつけた。
ふたりに編纂室の解体を告げると、タタラに解雇を通告した。
しょせん臨時で雇っただけ。編纂室がなくなれば雇う理由がない。
それから数時間後。お昼休憩中にツクヨミで城内をうろついていたら。
偶然タタラと出会い、『クビはいやだ』と打ち明けられた。
それを皮切りに、心情を短く汚い字で黒板に綴り、こちらに何度も見せてくる。
ルビカンテの襲撃で大火傷を負い、臨時使用人として雇われるまでひきこもり生活。
そんな事情を知っていたため、無下にも出来ず。
決裁願を提出するよう勧めることで、決断を先延ばしにした。
その翌々日。執務室にタタラ直筆の決裁願が届いた。
字は汚いままだったが、前々日の黒板筆談と打って変わって流暢な文章で。
『給与は据え置きで構いません』。そんな無欲アピールを含めて。
解雇を再考して欲しいという訴えが綴られていた。
解雇か、転属させるか。決断を迷っていたら。
『タタラは事務方で引き取ります。違う職場になりますが、本人は喜ぶでしょう』
じいのそんな申し出を聞いて、○を付けて返却してしまった。
—— —— ——
(このまま、じいが辞めちまったら……)
事務方の男がタタラしかいなくなる。あの女どもの好き放題ではないか。
「金か酒、包んでもらったか」
「……どういうことでしょう」
「ザンゲツから、ひよわ野郎を残すよう頼まれたんだろ?」
○を付けた自身を棚に上げて、椅子にふんぞり返りながら。
タタラのクビ回避の責任をじいとザンゲツに押し付けた。
—— —— ——
昨年の秋。ツキノワが御伽衆の一員に加わった。
同時に次期国王候補にザンゲツとイザヨイ、ゲッコウが指名された。
それ以来、御伽衆4人には国王候補にふさわしい実力をつけてもらっている。
御伽衆の朝は早い。
朝の5時から、お館様と一緒に朝の修行(3時間)。
それから夕方まで、忍者学校で生徒に指導。もしくは、城で帝王学の個別授業を受ける。
夕方5時から、お館様と夜の修行(3時間)をして、1日が終わる。
休日はエッジの休日に出来るだけ合わせているので、月に3日あればいい方だ。
そんな超過密スケジュールでも、御伽衆は文句を言わない。ザンゲツを除いて。
ザンゲツは御伽衆唯一の妻帯者、なおかつ愛妻家だからだろう。
エッジへの忠誠心が高いが、どこか醒めている。
—— —— ——
(嫁と一緒に過ごす時間が減って寂しい寂しいって、うさぎによく愚痴ってるしよ……)
タタラが辞めたら、じい以外に愚痴る相手がいなくなる。
わいろの有無はさておき、タタラを残すようにザンゲツがじいに泣きついた。
そう思っていたエッジに、じいが苦笑しながらこう言った。
「確かにザンゲツからは頭を下げられましたが、じいがタタラの能力を買ったのです」
「は?」
「タタラには会計を任せております」
「な……マジかよ!?」
じいの言葉を耳にして、思わず身を乗り出してしまった。
普段から女どものパシリをしながら雑務をやっている。そんな予想と、まるっきり逆。
「いつからだ」
「昨年の年明けからです」
「引き取ってすぐ……?」
「ようやく、数字から解放されました」
会計は昔で言うところの勘定方。国のお金の収支を帳簿に付ける仕事である。
毎日そろばんはじいて伝票をめくり、何冊かの帳簿とにらめっこ……。
事務方の中でも超重要な業務を、じいがずっとやっていたのに。
いつの間にかタタラに代わっていた。
「あいつ、ただの歴史マニアじゃなかったのか」
「タタラは書物を読めば、すぐ理解して記憶してしまうのです。実務を数度こなせば、怖いものはございませぬ」
「!?」
「仕事を覚えるより、そろばんを使えるようになるのに時間がかかりましたなぁ」
(じいといっしょ……?)
自身と同類だからか。じいの話しぶりから、タタラを信頼している感がひしひし伝わってくる。
「あいつもゼロだったのか?」
「いえ、違います。怪我で修行を辞めたので忍者ではないというだけです」
「っ、そうだったな……」
じいの話を聞いて、苦渋に満ちた表情でつぶやいた。
(アレがなけりゃ、なりたかった職につけたろうに……)
13年前、ルビカンテがエブラーナ城を襲撃。
城下町も被害に遭い、大人だけでなく、子どもや若者の命が多く失われた。
助かってもタタラのように大きな傷を負い、忍者になれなかった者。
希望していた職につけなかった者も少なからずいる。
「タタラはミスがほとんどなく、残業もすすんでやります。しかし、口が利けませぬから、じいの後釜は絶対に無理ですぞ」
「そこまで言ってねえぞ」
「……一瞬食いついたように見えましたが」
「女どもからパシられてるようじゃ、魑魅魍魎の相手は出来ねえよ」
じいにひらひら手を振りながらそう答えた。
魑魅魍魎の相手——陳情対応は、タタラには出来ない。
—— —— ——
エッジは、じいに丸投げしている仕事がとても多い。陳情対応もそのひとつ。
日々エブラーナ城には国内の有力者、いわゆる魑魅魍魎が陳情——お願いに訪れる。
国や領地や民のことを考えてのものならさておき。私利私欲丸出しのものも、そこそこ目立つ。
じいは国王名代として、魑魅魍魎どもに会ってお願いを聞いてあげている。
会議に提出するか、拒否するか。その場で瞬時に判断して回答。
相手が結果に不服を申してきたら、とことん納得させてから。穏便に帰っていただいてもらっている。
—— —— ——
魑魅魍魎どもは、揃いも揃ってがめつい。
うさぎがそんな者たちの相手をしたら彼らの言いなり。傀儡にされるのがオチだ。
「そんなに後任が欲しいのでしたら、若様自らお探しになればよいではありませぬか」
「……オレが?」
「じいは生まれてこの方、一度もこの国から出たことがありません。国外で誰かいらっしゃらないのですか?」
国外と聞くなり、某村の黒眼鏡の男が脳裏にぱっと浮かんだ。
(一瞬だけ、後釜にちょうどいいと思ったがな……)
あの男は、じいと同じゼロ。とても頭がよく、人徳のなせる業か人脈もある。
陰湿な元権力者と長年対峙して、最終的にミストから追い出した実績もある。
それでも、あの男は自他ともに認めるリディアの保護者。
仕事中にもかかわらず、リディアのことでちくちくお小言を言われそう。
エッジは秘書が欲しいのであって、小舅はいらない。
「……いたら、とっくに連れてきてる」
(ミストに行っても最近見かけねえし)
男の存在を脳内からぱぱっと消して、いないと遠回しに答えた。
「さようですか。でしたら、もう後任探しは諦めましょう」
「いや、だめ」
「——この国を愛し、若様を慕い、家庭をあまり顧みず、一度で人の5倍働き、若様に怒られても動じない。若様にとって都合のいい者は、この世でじいぐらいしかおりませぬからなぁ」
「それ自分で言うのか!?」
「事実を述べただけです」
「っ……」
「そもそも、若様に物申せるのは、ここではじいとザンゲツぐらいしかおりませぬしなぁ」
「狸じじいじゃねえと、じいの後釜は出来ねえぞ」
(あいつは雑な扱いにしておくのがちょうどいいや)
ザンゲツはじいほど頭がよろしくない。人が良すぎて要領も良いと言えない。
じいの後任には明らかに向いていない。
「おっしゃるとおりでございます。僭越ながら、ここでひとつ提案がございます」
「……言ってみろ」
「『干し草の中から針を探す』よりも、事務方をなんとかした方がよいと思われます」
「改革すんのか」
「さよう。今から手掛ければ、年内に間に合いましょう」
「もう考えてあんのかよ」
「魑魅魍魎の相手が出来る者は他の部署におります。ここにつとめていなくとも、各々の分野で一芸に秀でた者たちの目星も既につけてあります。使用人の異動や増員をお許しいただけるよう、なにとぞお願い申し上げます」
(分業制に変えるつもりか)
エッジは即位後に、城の人事体制を新しく作り変えた。
事務方だけは時代に取り残されていたが。ついに体制を変える時期が訪れたようだ。
新しく作り変える。じいがそう申し出てくれたからちょうどいい。
「いいぞ、やってみろ」
「ああ、ありがたき幸せ……!」
「1年後、じいがいなくても滞りなく仕事が回るような職場にしろよ」
「かしこまりました。逐一、進捗状況を報告させていただきます」
(助かった!)
自分の仕事ぐらい自分で片付けろ。
じいからそう言われなかったことに、心の中で万歳三唱した。
エッジの仕事の半分程度を肩代わりしてくれている。
そんなじいがいなくなると、リディアに会う時間が本当になくなってしまう。
じいが辞めても仕事量の現状維持は譲れなかった。
「最後にこちら、来月の予定表です」
「明日でいいか」
「十分でございます。——では、本日はこれで失礼いたします」
「おう、お疲れ」
じいが1枚の用紙を机の上に置いて、執務室を後にしてから。
椅子をくるりと回転させて、窓の向こう側を見つめる。
「とうとう、じいもいなくなっちまう、か……」
一面グレーに覆われた空から降り注ぐ雪を眺めながら、さびしい声でつぶやいた。
仕事が増える心配がなくなったとわかった途端、気付いてしまった。
この城で気安く話せる上に、心を開ける相手が誰もいなくなってしまうことに。
—— —— ——
じいは、最も信頼の置ける側近で身内に近い存在でもある。
事務方と並行して、エッジ(当時王子)の側近についてから早40年近く。
若様からの怒声も報復も恐れず。耳の痛い話も言ってくれた。
この者がそう言うなら、1000歩譲って許してやるか。
エッジがそう思える使用人は、後にも先にもじいしかいなかった。
—— —— ——
(しょうがねえよな)
国王は孤独な立場。長年じいがそばにいてくれたことをありがたく思わねば。
「……予定、書くか」
椅子を回して机に向かい、来月の予定表を手に取った。
2の月1日から、末28日までの日付が書かれている。
以前は隔週で手渡されていたが、今は月に一度に変わっている。
「午前は遅刻……」
ペンをとると、真っ先に2の月14日の午前と午後。
そして、翌15日の午前の欄に公務なし、仕事入れるなを意味する×印を入れた。
—— —— ——
14日は、ミストの女教師ミネルバと白魔法講師アルベルトの挙式。
ツクヨミとして参列するために、朝からミストに向かうから×。
それが終われば、恋人の家に泊まって朝帰り。だから、15日の午前も×である。
—— —— ——
(あとは、月末にお泊まりだな)
最後に2の月28日の午後に×印を入れたら、いつでも提出出来る状態になった。
「あーあ……」
(もう1ヶ月近くも会ってねえ……)
エッジは情けない声を上げながら、机の上に突っ伏した。
恋人——リディアと最後に会ったのは、昨年末のクリスマス。
—— —— ——
現在エッジは、リディアと交際中の身である。
……ただしエッジではなく、『ツクヨミ』としてだが。
いつからかは知らないが、リディアはツクヨミとお付き合いしたかったらしい。
一昨年のある冬の夜。
ツクヨミはリディアが仕掛けた罠にはまってしまい、『呪淫』が発動してしまった。
隆起した下半身を触ってきたり、キスをしてきたり……。
性欲上げ上げ状態のツクヨミをリディアがこれでもかと煽ってくる。
エッジの頃には、とても考えられなかったことだ。
『呪淫』事情まで白状させられてから、リディアがこう訴えてきた。
自分を抱いて『呪淫』を解除しろ。自分と恋人になってくれ、と。
好きな女の頼みを断るばかがどこにいる。
ツクヨミは訴えを受け入れ、リディアと2年ぶりにセックスした。
無事『呪淫』は解除。その日から交際も始めることになった。
唯一の難点は、リディアの前で『のみ』声が出なくなってしまったこと。
リディアとセックスしたことで、エッジの中に潜む『白』がキレたせいだ。
『あたしは死ぬまで……! ツクヨミさんのこと気が済まないんだからっ!』
リディアに事情をそれとなく話したら、『白』にめちゃくちゃ怒ってくれた。
声が出ない。そんな理由で交際解消に至らず、『白』の目論見は大外れ。
その日を境に大人しくなり、いばらの夢も見なくなった。
未だにリディアの前で声を出せないけれど。
筆談で意思の疎通は図れている。どうということはない。
—— —— ——
(あと11日か……長げえなあ)
エブラーナ1の月は新年に伴い、特別な催しや行事が盛りだくさん。
なかなか休みが取れず、次にミストに向かうのは、今月の末日。
突っ伏していても、リディアに会える訳でもなし。
エッジはのろのろ上体を起こしてから、正面の引き出しを開けて1通の手紙を取った。
白い封筒の表にはツクヨミの名。裏面にはリディアの名が書かれている。
3日前に届いた、リディアからの手紙だ。
禅譲制への移行に伴い、公務が増えて月に2、3回しか会えないのに。
リディアは不満を言うどころか、自宅の合鍵を渡してくれた。
時折こうしてツクヨミ宛てに、手紙も寄越してくれるようになった。
封筒から便せんを取り出して文面に目を通す。
—— —— ——
……31日は、4時に式が終わる予定です。
材料を準備しておきます。
サンドイッチを作って、わたしの帰りを待っていてください。 リディア
追伸 ドレス、楽しみにしていてね。
—— —— ——
「……楽しみにしてるぜ」
薄い笑みを浮かべながら、リディアに見立てた手紙に返事をした。
—— —— ——
かねてからミネルバとアルベルトは、ミストで同棲生活を送っていた。
2年前、リディアが幻獣界から帰ってくると知って婚約を決めた。
ふたりの挙式は、昨年の秋にミストとバロンの2ヶ所で行われる予定だった。
ところが、直前にアルベルトの祖母が急逝。喪に服するため半年ほど延期されていた。
来月14日のミストの挙式では、新郎新婦以外は私服参列。そんな取り決めになっている。
一方、今月31日のバロンの挙式はアルベルトの出自——上流貴族の次男坊——もあって。
参列客も礼装を身に着けなければならない。
ミストとバロンどちらの挙式にも参列する。
昨年リディアからそう聞いてから、エッジはいいことを思いついた。
『バロンの挙式に参列されるのなら、ドレスを贈ってさしあげます』
『……ごめんね。ドレスはもう間に合ってるの』
リディアからやんわり断られて気付いた。
13年前のセシルとローザの挙式で着ていた、深紅色のドレス。
どうやらリディアはそれを着て、バロンの挙式に参列するつもりでいると。
—— —— ——
(ワインレッドも似合うが、白いドレスも見てえなぁ……)
純白のドレスに身を包んだリディアの姿が、ふと脳内に浮かんできて。
しばらくにやにやしていたが、突然ふっと表情を暗くさせた。
「悪りぃな……」
手紙に向かって、謝罪の言葉をぽつりとつぶやいた。
(ウェディングドレス……着させてやれねえ)
ミネルバは相手の実家から、豪華な花嫁衣裳を準備してもらったはずだ。
かたやリディアはどうだ。『エッジ』『ツクヨミ』どちらからも結婚してもらえない。
—— —— ——
『ツクヨミ』として、リディアと交際するようになってから。公私ともに万事快調。
そんな中、唯一エッジが抱える不安要素が結婚問題であった。
ツクヨミと『死ぬまで恋人』でいられるなら、もう十分。
リディアはそう思っているようだ。エッジも普段は気にならない。
しかし、よそ様の結婚式の話題が上がる度に。
リディアは強がってるだけではないか? そんな不安に駆られてしまう。
死ぬまで誰とも結婚しない。そう決めたのは、エッジ自身だと言うのに。
心の底ではリディアと結婚したくてたまらないし、花嫁衣裳も見たいから。
勝手に不安を抱いている。そんな自覚は一応持っている。
—— —— ——
(『オレ』とは、ろくに文通したことなかったのにな)
リディアに会えない不安やさびしさは、こうして手紙を見返すことでしのいでいた。
それでも足りない時は、リディアに手紙を送るようにしていた。
「……時間か」
かりそめの姿でなら、容易にリディアと手紙のやり取りが出来る。
自嘲めいた笑みを浮かべながら、便せんを封筒の中に戻すと。
正面の引き出しにしまい込み、執務室を後にしたのであった。
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