フェイクラバーズ 作:かえで
——その夜 ミストでは
「それでは最後に、来月の予定を……」
月後半の寄合も、いよいよ大詰め。
司会進行役兼村長のラルフが、向こう1ヶ月の予定をお知らせしたら終了である。
「はぁーあ、やっとつまんない話が終わるわー」
「また言ってる……」
「旦那さん、褒めてあげなさいよ」
「トーク力ゼロよ? 聞くにたえなーい』
「がんばって司会してるよ? それじゃだめなの?」
ラルフが壇上で話しているにもかかわらず。
定位置——一番後ろに座るリディアとふたりの親友は、ひそひそ声で無駄口を叩いていた。
「とかなんとか言って、あんたたちも本当はつまんないって思ってんじゃないのー?」
「……」
「そんなことないもん……」
アリサの鋭いツッコミに、ライザが明後日の方を向いて答えをにごす。
リディアもうつむきながら小さな声で否定した。
(『話おもしろくないよね』なんて言えないよ)
アリサに同意したいのはやまやまだが。ラルフは彼女の夫である。
しかも、村長としても人間としても申し分ないから、正直に答えられない。
「……14日はアルベルト先生とミネルバの挙式が広場で行われます。17日の午後に公民館で子ども向け、その翌日に集落全体で避難訓練を行います」
ラルフは言い回しが堅く、事務的で面白みに欠けている。
前任のミゼルが、度々自虐的なことを言って笑いを誘っていたから。
余計そう感じるのかもしれないけれど。
「司会代わってあげたら?」
「そうだよ、口ならアリサの右に出る人いないもん」
「それがさー。まだ村のこと、なーんにもさせてくれないのー……」
アリサが大きく肩を落とす姿を見ると、ちょっぴり気の毒に思う。
—— —— ——
ラルフは今秋で、村長4年目に入った。
『僕は長くても2期8年しかやりません。その間に、次の人材を育てるつもりです』
村長について早々から、次世代の育成を掲げていたが。
公約通り、村の仕事や行事のお手伝いを若い人にやってもらっている。
その一方、妻のアリサには何も頼まない。
書状を片手にダムシアン城を訪れ、ギルバート様と面会なんてもってのほか。
—— —— ——
「あーあ、ジャンヌさんがうらやましー……」
(おばちゃん見てたらね……)
妻にがっつり依存していた前任の村長を知っているから。アリサも期待してしまうだろう。
けれど、悲しいかな。この4年どれだけ不満をこぼしてもラルフから仕事を頼まれたことがない。
「今回は地震を想定してサイレンを鳴らします。20日は広場、21日は発着場に避難してください。あとは、心臓の弱いご家族に訓練をやることを事前に伝えてあげてください」
「サイレンうっせえもんなー」
「ははっ! 訓練で死んだら本末転倒だぜ!」
—— —— ——
幽閉されていた幻獣界から解放されて、ミストに帰ってきたら。
2年近くの間に、ミストは災害に対する危機意識がとても高くなっていた。
避難訓練を年に4回行い、災害手引書が各家庭に1冊配布されていた。
1週間分の食糧を備蓄しておくよう、定期的に住民に呼びかけていた。
領収書さえあれば、経費の半額は村が負担してくれるという。
災害で家が壊れたり、崩壊の危険がある場合。公民館が避難場所になる。
そこには非常用食糧と水、毛布やランタンが保管されている。
最低限の救急用品や、バールやハンマーといった救助用品も準備されている。
ラルフは、ミスリル製の金庫が商品化されるやいなや購入。
その中に大事な村の書物や文献を全て収納してある。
広場には、防災用のサイレン——いたずら防止のため、鍵付き——も取り付けた。
昨年、公民館の修復工事ついでになんと地下室まで作った。
ラルフ自ら設計して旧知の業者に頼んだおかげで、費用を抑えることが出来たという。
—— —— ——
ラルフは以前、ダムシアン城の周辺で暮らしており、赤い翼による攻撃で被害に遭っている。
幸い、本人も家族も全員無傷か軽傷で済んだ。しかし、当時の自宅は半壊したと聞いている。
そういった経験をしたからこそ、災害対策には積極的。
内容にも抜かりはないため、住民から批判の声は上がらない。
「あぁ、すみません。21日は消火訓練も行います。希望される方はこの後、くじ引きを行いますので残ってください」
「でた、バケツリレー!」
「やりてー!」
(みんな、またふざけちゃうなぁ……)
リディアは毎回子ども向け避難訓練で、子どもたちを誘導する係についている。
授業中に突然サイレンが鳴ったら。子どもたちが浮かれてきゃあきゃあ騒ぐだろう。
それでも、『備えあれば憂いなし』という言葉があるぐらいだ。
避難訓練は災難という非日常を意識づける大事な行事である。
「何かご質問、ご意見ありませんか?」
「すみません」
「はい、どうぞ」
中央に座っていた男性が挙手した。
ラルフが発言を促すと、男性はおもむろに席を立ってからこう言った。
「この間、災害手引書をいただいて全て読ませてもらいました」
「ああ、わざわざありがとうございます」
—— —— ——
災害手引書は、自然災害——火事、地震、洪水に加えて。
悪い人やモンスターが地上と上空、それぞれからミストの集落を襲ってきた場合。
合計5種類の災害ごとに、備えや対処法などを記したものである。
—— —— ——
「どうしてリディアさんの名前を入れなかったんですか?」
「リディア?」
「ええ。風や水の魔法も使えると聞いています。火事も消せるし、壊れた建物も片付けてくれそうなのに……」
男性の口からリディアの名前が出た途端。その場が一瞬ざわついた。
「今年初のクレーマーかー」
「見慣れない人ね」
「年明けに一家全員で引っ越してきたばかりだよ」
アリサが食傷気味にぼやけば、リディアも少し困った顔でライザと視線を交わした。
「リディアも他の住民と同じように災害が発生したら、状況に応じて行動します。ただ、災害もいろいろありますから、リディアがこの星の住民として動かなければならないケースも出てくるかもしれません」
「『木を見て森を見ず』にならないようにですか?」
「そうです。ですから、彼女の名前を載せていません」
「なるほど……そういうことだったんですね」
ラルフの説明に納得したのだろう。男性が感心したような表情を見せた。
リディアは特別扱いされたくない。そうしないようラルフにもお願いしている。
けれど、災害や非常事態が起こった場合はこの限りではなかった。
—— —— ——
仮にミストで災害や非常事態が発生したとしよう。
それがミストに留まらず、この星の危機だと予想された場合。
リディアは『木を見ず森を見る』とばかりに、世界に飛び出さねばならない。
だから手引書に名前が載っていない。
—— —— ——
「もし、あなたのお宅が火事に遭ったら、リディアは夜中でも駆けつけて水魔法を使ってくれると思います。——どう、リディア」
「はい、そのつもりです」
リディアは席に座ったまま、ラルフに答えた。
集落内での災害が、この星の存亡と関係なければ。
リディアは魔法使用を視野に入れて行動するつもりだ。
「もうひとついいですか」
「ええ、どうぞ」
「手引書に載っている魔法、少なくないですか?」
「多くの住民が使える、なおかつ災害発生後に便利な魔法が、ファイアと『薪要らずの魔法』とケアルしかありませんから」
「……召喚士の村なのに?」
「昔はそう呼ばれていたようですが、今は召喚士でない住民の方が圧倒的に多いですからね。もっとも、今後召喚士が増えても特別視しない方針です」
「そうですか……」
—— —— ——
ファイアと『薪要らずの魔法』は、ゼロでなければミストの大人も率先して覚える。
ケアルを使えるミストの大人も、現在ライザを含めて5人いる。
しかし、それ以外の魔法は使える大人がほとんどいない。
そのため手引書には、3種類の魔法しか載っていない。
—— —— ——
(もう大丈夫だよね)
ラルフの回答に、男性は全く不服そうな表情を見せていない。
仕上げとばかりに、リディアはおずおずと席を立ち、男性に向かって声をかけた。
「あの、すみません……」
「何でしょう?」
「よかったら、ご家族でファイアを覚えに黒魔法講座に来てください」
「あ、あれは子どもが習いに行くものじゃ……?」
「年齢関係ないです。暖が取れるし、マッチが濡れてしまったら緊急で火が使えます。普段も薪を使わなくてよくなります」
「白魔法講座もよかったら。夜の部は大人の生徒が多いのでおすすめですよ」
「……家族と相談してみるよ。わざわざありがとう」
リディアとアルベルトから、白黒それぞれの魔法の講座受講をお勧めされると。
男性が穏やかな表情で席についてくれた。
「よかったわねー。今日も講座の宣伝出来てー」
「うん。家族みんなで来てくれるといいな」
「やっぱり、新しい人は気になっちゃうものなのね」
「わたしたちは察するけど……」
「ミゼルさんとキロンたちの喧嘩知らないと、疑問持っちゃうみたいねー」
先ほどのような質問をする者は、ここ2年近くの間に5、6人ぐらいいた。
みんなミストに引っ越してきたばかりの人だった。
—— —— ——
災害手引書を作った人は、ラルフということになっている。
しかし、ある事情から表向きそうなっているだけで、真の作成者はミゼルである。
ミゼルは手引書を作るにあたり、リディアはいつ何時もミストに縛られる存在ではない。
それを示すために、手引書からリディアの名前を省いた。
そして魔法や召喚術一辺倒だったミストから脱却したことから。
ケアルやファイアなど必要最小限の魔法使用に留めた構成にしたという。
§
ミストの大掃除前からミストで暮らす住民は、手引書の内容に異を申さない。
リディアは災害に備えて、ミストに死ぬまで縛り付けの刑。
ミゼルがそんなこと考える訳がないことを、みんな知っているから。
ところが、近年ミストに移住した者はミストの大掃除の前後に何があったか知らない。
手引書を読んで、なぜリディアの名前を載せないのか。
召喚士の村が必要最小限の魔法依存に留めているのか。そう疑問に思ってしまうのだろう。
—— —— ——
それでもラルフが説明すれば、疑問の声を上げた人はみんな納得してしまうし。
最後に講師自ら白黒魔法講座の宣伝をしたら、毎回丸く収まる。
「では、他に意見がなけれ」
「——はい、すみませーん!」
「な、何かな……?」
アリサがラルフを遮って席を立つと、こう続けた。
「新しい人が入ってくる度に、このやりとりしてるけど、いい加減なんとかならないのー?」
「それは」
「——何事も最初が肝心っていうでしょー? 新しい人がきたら、真っ先にあんたが説明しておけば済む話じゃないのー?」
「あ、ああ……そうだね……」
早口でまくしたてるように訴えたアリサに、ラルフがうろたえている。
(これぐらい言っても許されるよ!)
ラルフをデ(略)と呼ばない限り。リディアとライザはアリサの発言を止めない。
なぜなら、村長の嫁が村のことで村長に口を出せるのが、この寄合しかないから。
「あーあ、村長かわいそー」
「また嫁からダメ出しされちゃってるよ」
「嫁が夫立てねえで、どーすん」
「——ここじゃ、嫁も旦那も関係ないわよっ!!」
「村長の嫁こえー」
「くるぞくるぞ……!」
笑う住民にアリサが怒鳴ったことで、会議室内は一瞬しんと静まり返るも。
他の住民がそうささやいた直後。アリサが壇上に向かって、びしっと指をさした。
「——ちょっと! ぐずぐずしてないで、早く採決取んなさいよー!」
「は、はいっ……」
妻の圧力に屈したかのように、ラルフがおどおどしながら。
出席者に採決を取った結果。賛成大多数でアリサの案は可決された。
(採決取るようなことでもないんだけどね……)
アリサもラルフも知らない。
村長の嫁は、寄合での最強(最凶?)クレーマー。そう暗に揶揄されていることを。
村長の嫁のかかあ天下ぶりを見物するのが、寄合出席者の密かな楽しみだということを。
§
程なくして、1の月下旬の寄合も滞りなく終了。
バケツリレー参加者のくじ引きのために、壇上に集まる住民たちを横目に。
リディアたちはいつものように椅子を片付けて、帰路の途についた。
リディアが灯球を浮かばせて『防音結界』を張れば。おしゃべり第二部のはじまりである。
「……ツクヨミさん、次はいつ来るの?」
「31日だよ」
「あら、ミネルバさんの挙式にも参列するの?」
「ううん。さすがに、そこまでは……」
「そりゃそーでしょー。あんなうさんくさい奴が参列したら、バロンのお貴族さまもびっくりよー」
アリサのツクヨミへのとげのある物言いに、胸がさくさくっと抉られてしまった。
ライザもまたか……とばかりに、顔をしかめている。
そんなふたりをよそに、アリサの攻撃ならぬ口撃はまだまだ続く。
「何なら、しもべも参列してそこで正体ばらしちゃえばいーのにねー」
「ツクヨミさんはそんなことしないっ!」
「えー? 式の余興にちょーどいいかもしれないわよー?」
「アリサ……もうやめなさいって……」
この忍者、実はエブラーナ国王です!
挙式中にそんな発表をすれば参列客は驚くだろうが、ツクヨミがそんなことする訳がない。
「……ツクヨミさんは、あたしが参列させないもんっ!」
ツクヨミは正体をばらせばいい。
アリサは事あるごとにそう煽ってくるけれど、リディアは断固反対だ。
正体がバレたら『ツクヨミ』は二度とミストに来なくなってしまう。
***
——半年前
ツクヨミと『本物の恋人』として、お付き合いを始めたものの。
親友アリサが、ツクヨミを一介のお城勤だと思い込んだままなこと。
リディアはそれが気がかりでならなかった。
(……いい加減、打ち明けた方がいいよね)
ツクヨミの正体を知れば。アリサが『別れなさい!』と迫ってくるのが目に見える。
それでも、親友にずっとひた隠しにしているのは心苦しい。
リディアは半年あまり悩んだ結果。アリサに告白しようと思い至った。
そして当日。ライザ抜きでアリサを呼び出し、恐る恐る事情を全て話した。
「いろいろ訳アリなのねー……」
アリサが所感を述べてから。表情を険しくさせて吐き捨てるようにこう言った。
「あいつが中途半端なへたれ野郎ってことも、よーくわかったわ」
「へ、へたれ……」
早速カウンターを食らい、おののくリディアをよそに。アリサが続けてこう言った。
「あんたも知ってるでしょうけど、ギルバート様はあんなことがなかったら、アンナさんと駆け落ちする気でいたのよ?」
「アリサ知ってたの?」
「当たり前じゃない。ダムシアンじゃ、あのふたり超有名だったもの。ギルバート様は悩んだ結果、国を捨ててアンナさんを選ぼうとした。だから、あたしはラルフと結婚してあげたの」
「……そうだったんだ」
「まさか、お亡くなりになるとは思わなかったわ」
以前からアリサがエッジに厳しかった理由が、この時ようやくわかった。
「エッジのこと。国王さまとしては認めるけど、男としては認められないってことだよね……?」
国と好きな女、どっちを選ぶ?
そうたずねられたら、国を選ぶか、どっちつかずでやり過ごす。
ギルバートと違い、好きな女と共にする覚悟もない中途半端なへたれ野郎。
アリサには、エッジという男がそう見えているようだ。
「そーよ。そんな奴にあんたは妥協して、ミストの人たちもまんまとだまされちゃって……全然フェアじゃないでしょ」
「わたしは気にしないよ。むしろ、エッジが国王さまじゃないといやだもん」
リディアは、エッジが国王さまでなければ嫌だ。
国王やめました。だから付き合いましょう。それだけは未だ受け入れられない。
「だったら、あの宣言通り。お国と心中させてあげたらいーじゃない」
「……」
「見捨ててやればいーのよ」
エッジの禅譲制以降発言は、当時各地の新聞で報じられた。
どこの記事にも『男やもめ』と書かれていなかったが、あれは永久独身宣言でもある。
アリサは記事を読んですぐに、そう見抜いていた。
「……ツクヨミさんも結婚しないって言ってるし、わたしも結婚する気ないよ」
「それが理解出来ないわね。どーして、いつもしもべ前提でもの考えてるの?」
「わたしは、ツクヨミさんでもいいから……エッジと一緒にいたい。それだけだよ」
「あんたのこと好きって以外、キャラ違うのに?」
「エッジの味方でいてあげたいの。エッジが息抜き出来るなら、ツクヨミさんのまま」
「——あんたは、あいつの母親じゃないでしょ!」
「っ!」
「何度言ったらわかんのよっ! 惚れた弱みだからって、なんでもかんでも許してたらキリないって!! あたしがあんたなら、あいつにビンタかましてるって!!」
「やらない!」
「それぐらいやれっ!」
「!?」
「あんたはあいつの恋人だろ!? 怒ってやらないでどうすんだよ!」
(あのお嬢様といっしょ!?)
今はバロンの牢獄にいる、某国の元お嬢様を彷彿とさせる口汚い言葉遣いで。
アリサから怒鳴られてしまい、一瞬ひるんだ。けれど、ここで折れる訳にはいかない。
「っ……絶対いやっ!! みんなに言いふらしたり、お城に乗り込んで暴れたりして、ツクヨミさんミスト来なくなったらどうしてくれるの!? エッジとつながり切れちゃうじゃない!!」
リディアは思いの丈をアリサにぶつけた。
ツクヨミとしてリディアとお付き合いする。それがエッジの今の精いっぱい。
そう思っていたから、エッジに怒る気もツクヨミに正体を追及する気も全くない。
リディアを好きなくせに別れようとするなら、ビンタしてでも止めるつもりでいるけれど。
「もしアリサが、ツクヨミさんの正体を本人に暴いたら、あたし許さないっ! 絶交っ! 死ぬまで口利かないっ!……あっ」
リディアは叫び終えると同時に、我に返った。
(どうしよう、死ぬまでって言っちゃった……!)
絶交をちらつかせてまで、アリサにモノを申したのはこれが生まれて初めて。
「はぁー……」
つい感情に任せて啖呵を切ってしまい、うろたえていると。
アリサがため息をついてから意外なことを口にした。
「ついに本音が出たわね」
「えっ」
「あんたと絶交なんて死んでもいやよ。だから、しもべには何も言わないわ」
「ほんと……?」
「ええ。宙ぶらりんのあんたを見続けなきゃならないけど、あんたがそれで満足してるってなら、もうどうしようもないじゃない。好きなようにしなさい」
たかがエッジのことで縁切りなんてばかばかしい。そう思ったのだろう。
アリサはリディアの意志を優先して、口止めを受け入れてくれた。
***
「あなたとツクヨミさんが話してると、いつもひやひやしちゃうのよ」
「しもべって呼んでるだけだしね……」
ギルバートとラルフ以外の男性は、ちりも同然。
そんなアリサにしては、ツクヨミは珍しく好感度が高い男性だった。
けれど、正体を知った途端。手のひらを返してツクヨミへの言動が厳しくなった。
『エッジ様』と呼び名を変えたら、以前と変わらない。
「あっちは喜んでるんじゃないのー? かりんとうのパシリから解放されてー」
アリサは、エブラーナ名物かりんとう愛の持ち主である。
リディアとライザがミスト不在だった2年の間に。
指定のかりんとうセットを、ツクヨミに度々買ってきてもらっていた。
それぐらいには、彼とまあまあ仲良くなっていた。
当時ツクヨミの正体を知らなかったから、まあそうなるだろう。
「かりんとう、あとどれぐらい買わなきゃだめなの……?」
「2年半ー」
「長いよ……あと1年に短縮」
「——文句言うなら、3年もハブんじゃないわよっ!」
「すみません」
「ごめんなさい……」
アリサからものすごい剣幕で怒鳴られ、リディアとライザはうなだれて謝罪した。
彼女は何よりも、ハブ——仲間はずれにされるのが大嫌いなのだ。
—— —— ——
ツクヨミの正体を知ってから、アリサはリディアとライザにもめちゃくちゃ怒った。
ふたりからすぐに正体を教えてもらえず、3年も騙されていたからだ。
『罰として、あたしをハブにしていた年数分、あんたたちふたりで自腹切って、月に一度かりんとう詰め合わせセットを献上しなさい!!』
献上品は、それまでツクヨミに頼んで買ってきてもらっていたものと同じ商品。
某老舗銘菓店製の、かりんとう5種詰め合わせセットである。
チョコ、抹茶、はちみつ、牛乳、黒糖。計5種類の小袋が入っている。
—— —— ——
「でも、かりんとうだけで、アリサの心が癒せるなら安いものよね……」
「そうだね」
「そーよ? あたしの心は海より広いのー。——残り2年半、頑張って完済しなさいよっ」
「はーい」
「ええ、わかってるわ」
(普通、心が広かったら献上させないよね?)
リディアとライザは、胸を張って自身の寛容さを誇るアリサへ、改めて完済を約束してから。
お互いに顔を見合わせて苦笑したのであった。
§
「そういえば31日。晩ごはんどーするの? バロンでおかず買って帰るのー?」
「へへっ、それがねぇ……」
にたぁと笑みを浮かべてから、アリサにこう自慢した。
「その日はツクヨミさんに、ごはん作ってもらうことになってるの!」
「やだ、あいつ料理出来るのー!?」
「サンドイッチだけは作れるようになったよ」
アリサが信じられないと言った表情で驚きの声を上げた。
以前『エッジ』がごはん作りをリディアに丸投げしていたことを知っているからだ。
本物の恋人同士に昇格して早々。リディアはツクヨミに料理指導を始めた。
ところが、ツクヨミは以前と違って月に2回ほどしかミストにやってこない。
そのため習得速度は遅く、昨年末にサンドイッチだけひとりで作れるようになった。
「よかったわね。これからお料理作ってもらえるじゃない」
「そうなの。野菜や果物切るのもわたしより上手なんだよ」
「キャラ使い分けちゃって、なんか腹立つわねぇー」
「ふふっ、上げ膳据え膳、成功……!」
「うんうん」
アリサが悔しそうに歯ぎしりする一方で、ライザがくすくす笑っている。
ツクヨミの正体を、アリサも知ってから半年ほどが経つが。
相変わらずエッジの時と同様、ふたりは真逆の反応を見せてくれる。
§
「……あら、もう9時半」
「ステラ、もう寝てるかな」
「たぶんねー、夕方お風呂に入っておいて正解だったわー」
ライザが腕時計を見やり、現在時刻を口にした。
普段ならお風呂に入って寝る時間だ。しかし、誰ひとりとして早く歩こうとしない。
リディアたちはミゼルとジャンヌの自宅に向かっている、
アリサとライザは、娘たちをジャンヌに預けて寄合に参加しており、迎えに行かねばならない。
「ミゼルさんも、もう帰ってきてるかもね」
「あの人、今日も寄合来なかったわねー」
「仕事忙しいんだって」
「にしても、人前にもめっきり出なくなっちゃってさー、村長辞めただけでそこまでやらなくてもいーのにー」
ミゼルは現在もタタラとして、エブラーナ城で働いている。
—— —— ——
歴史編纂室解体後。ミゼルはじいと一緒の部署——事務方に異動した。
それに伴い、臨時から正規雇用に変更。出勤日が増えて残業もある。
そういった事情から、寄合とお墓掃除以外の行事はジャンヌにお任せ。
その寄合ですら、ここ最近欠席が続いている。
一方、ジャンヌは体育教師と言う名の棒術の先生をつとめており、集落にいる時間が増えた。
彼女はもともと子ども好き。自らライザやアリサに娘たちの面倒を申し出てくれる。
—— —— ——
ジャンヌのおかげで、リディアたちはこうして今でも3人揃って寄合に参加しておしゃべり出来ている。
「14日が終わったら、また当分みんなの前には現れないわね」
「白魔法も辞めちゃったし……」
「もったいないわねー。本当に白アドニスになって、どーすんのかしらー」
ちょうど1年前。昨年の年明けにミゼルは白魔法講座を辞めた。
—— —— ——
初心者用のライブラとサイトロ。唯一相手を殺傷出来るホーリーを除いて。
白魔法は回復治癒、補助、状態異常の3系統に分かれている。
—— —— ——
(魔法使うぞって脅したことはあったけど……)
ミゼルは住民から『白アドニス』と揶揄されている。
理由は、彼が回復治癒そっちのけで状態異常魔法ばかり習得していたから。
もっとも、アドニスのように魔法を人に使ったことはない。
「……来週、新聞に白魔法の記事が載るらしいわよ」
「白魔法?」
「ええ……それがまた……」
珍しくライザが話を切り出したが、火球で照らされたその表情はあまり冴えない。
—— —— ——
バロン在する白魔道士団が10年近くに渡り、調査した結果。
白魔法に関しての使用条件や適性が明らかになった。
白魔法は、意志と神への信仰心が何より重要。
神を信じていない者や大罪を犯した者、いわゆる悪人は白魔法を全く使えない。
例え神を信じて罪を犯していなくても、並々ならぬ苦悩、行き過ぎた嫉妬。
世の中や何か、誰かへの怒りや恨み……。
心に大なり小なり闇を抱えた者は、完全に白魔法を習得出来る可能性は低い。
人によってさまざまだが、攻撃を除く3系統のうち、1ないしは、2系統の魔法を使えない。
もしくは、初心者魔法しか覚えられないか、それすらも習得出来なかった者もいたという。
—— —— ——
「そ、そんなに厳しいの!?」
「人格判定されちゃうみたいで気分悪ーい。覚えなくて正解ねー」
「殺人や大罪を犯したら、それまで使えた白魔法を全て使えなくなった人もいたそうよ」
「やる気なくしちゃう人、出てくるかもしれないね」
「どうかしら……? 改心したら使えるかもしれないし……」
「改心ってそう簡単に出来ないわよー?」
(試練の山に行かないと厳しいよ)
過去のセシルや、今のカインのように試練の山に赴き、闇の己に勝たない限り。
白魔法を使えるようにはなれないだろう。
「バロン国王さまも、昔は白魔法を全く使えなかったのよ。そうよね、リディア」
「うん」
暗黒騎士だったセシルもそうだ。
国王(偽)の命に従って人をたくさん殺め、心に闇を抱えて苦しんでいた。
「っていうかー。あんた、どーしてそんな特ダネ知ってるのよー?」
「ミゼルさんが講座を辞めた理由、先週アルベルト先生から教えてもらって、その時に……」
なぜミゼルが突然講座を辞めたのか。ライザは前々から気になっていた。
先日、特別授業の際にアルベルトに聞いてみたら理由を教えてくれたという。
「ミゼルさんは、アルベルト先生からさっきの情報を教えてもらったから講座を辞めたの」
ライザは神妙そうな表情で、リディアとアリサに続けてこう話してくれた。
***
——1年前
ある日、アルベルトの元にミゼルが相談にやってきた。
それは相談というより泣きが入った愚痴のようなものだったらしい。
「先生のアドバイスに従ってここまでがんばってきましたが、いくらなんでも白アドニスはないですよぉ……」
ライブラとサイトロは、スムーズに習得出来た。
ところが、次にケアルを覚えようとしたが鳴かず飛ばず。
ひとまずケアルは置いて、先に他の魔法をいくつか覚えたらいい。
アルベルトのそんな助言に従い、ミゼルは状態異常魔法を習得することにした。
それが一段落して、再びケアル習得に戻ったものの。
やはり覚えられそうにない。使えそうにない。そう感じたらしい。
住民から白アドニスと揶揄されることにも、少し不満を持っていたようだ。
「でしたら、補助やケアル以外の回復治癒を習得しましょう。レビテトを使えるようなれば、リディアさんがいなくても強い方と同伴でなら、幻獣界に足を運べるようになりますよ?」
「ぼくは回復治癒が本命なんです」
「あぁ、そうでしたね……」
「そもそもケアルが無理なら、他の回復治癒魔法は習得無理でしょ? もしかして、ケアルを使うために何か条件でもあるんですか?」
「っ、それは……」
「あ、やっぱり何かあるんですね」
アルベルトは秘密厳守を条件に。既にこの時、元同僚から入手していた情報を教えてあげた。
「なるほど、神が回復魔法の使用をお許しにならないのか……補助も無理かもしれないな」
「まだ決まった訳ではありませんし、みながみなそうとは限りません。諦めてはなりません」
「確かに、絶対は絶対にないですけどね」
おそらくケアルの習得は無理。そうわかったからだろう。
ミゼルはその日以来、白魔法講座に来なくなってしまった。
***
「その頃から、調査結果出てたのー?」
「ええ。去年でちょうど10年分の結果が出ていたから……」
「そういえば先生、元白魔道士団だったね」
「元同僚の方が情報を流してくれたんですって」
(お城での仕事が増えたから焦ったんだ)
ミゼルが白魔法講座を辞めたのは、タタラが事務方に異動した時期とかぶっている。
そのことから、ケアルを早く覚えねば。そう思ってアルベルトに相談したのかもしれない。
「まー、ミゼルさんは闇だらけでもおかしくないわねー」
「そうだね……」
「せっかく覚えようとしたら白アドニスって、オチが皮肉すぎるわー」
ミストの大掃除や、若い先住民が昔のミストの話を時折教えてくれていたから。
アリサが言った『闇だらけ』がすとんと腑に落ちた。
「だから、おじちゃんはお仕事に熱を入れるようになったんだね」
「そうだと思うわ」
「でも、わざわざ身元偽って働かなくてもいーのに」
「え、すごく楽しそうだよ?」
「そうね、村長の時より充実してるように見えるわ」
クビ回避直後、神さま仏さまリディアさまとばかりに。
ミゼルからトロイア名物ザッハトルテ1ホールをお礼にいただいたぐらいだ。
ミゼルと顔を合わせるけれど、忙しいにもかかわらずいきいきとしている。
タタラの正体がバレるまで、お城の仕事に精を出すつもりでいるのだろう。
(エッジにずっとバレないといいね)
そう思いながら歩いていると、アリサが両手を頭の後ろで組みながらこう口にした。
「あたしも身元偽って、エブラーナ城で働こーかしらー?」
「!?」
「また、そういうこと……」
「アッ、アリサは絶対だめっ!!」
リディアは慌てて、アリサにつかみかかった。
エッジに『あんたしもべでしょー?』と迫るのが目に見える。
「ばかねー。冗談に決まってるでしょー」
「やだ、もう……心臓に悪いよ……」
呆れたような顔でアリサが答えて、胸をなでおろした。
(口は悪いし、我が強いし、俺様何様あたし様だもん……)
よくよく考えたら、アリサほど演技に不向きな人間もいない。
「へんなことばかり言って、本当にリディアに嫌われても知らないわよ?」
「だーかーらー! 冗談って言ってるじゃない!」
ライザにたしなめられてアリサが、リディアたちをきっとにらんできた。
「誰があんな奴の下で働くか!! ばーか!!」
最後に空を見上げて叫んだアリサを見て。リディアはライザと互いに顔を見合わせて苦笑した。
(アリサは昔に戻っただけなんだよね)
アリサが『防音結界』の中で、リディアにちょっかいをかける理由。
それは、やきもきしながらリディアとツクヨミを見物しているうちに。
嫌でも溜まってしまったストレスを発散するためなのだと。
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