フェイクラバーズ 作:かえで
純白のウェディングドレスをまとったミネルバの姿を目にして。
ミストの火災以来。ずっとひとりで頑張ってきた子が伴侶を得て幸せになれる。
……そう思ったら、妻と共に涙をぼろぼろ流していた。
——1の月31日 午後4時過ぎ
ミネルバとアルベルトの挙式が終わり、参列客が次々と帰路の途につく。
そんな中、ミゼルとジャンヌも控室を出て出口に向かう。
(今日は1ヶ月で一番忙しいのに……じいやさん、ありがとうございます)
すんなり休暇をくれた老齢の上司に、心の中で感謝するばかり。
花嫁の親族としての——エスコートをつとめることが出来て、申し分ない挙式であった。
「やっと終わったな……」
「ようやく肩の荷が下りたね」
隣を歩くジャンヌが、ため息をついて肩をすくめた。
本日の主役、ミネルバとアルベルトに続いて。
今しがた、アルベルトの親族に花嫁の親族として挨拶を済ませたばかり。
貴族のみなさまのお相手は、さぞや疲れただろう。
もっともミゼルは、妻とは違ってそういったことを気にしないけれど。
「まだミストがあるだろ」
「そっちはお祭りと変わんないじゃん」
「……やかまし屋が多いからな」
「ウリエル先生たち、今日来なくて正解だったよ」
「今頃どっかの家に集まって祝杯上げてるさ」
本日ミストからは、リディアやラルフ。リディアの親友ふたりや、その子どもたち……。
計20人ほどの住民が結婚式に参列していた。
ところが、やかまし屋——酔いどれおじさんたちは全員欠席。
バロンでの挙式は、花婿アルベルトの関係で貴族がたくさんが参列する。
そんな場所で酒が大っぴらに呑めない、騒げない。だから、ミストだけでいい。
何ともおじさんたちらしい欠席理由である。
「おい、今何時だ」
ジャンヌに肘でつつかれて、一張羅のポケットから時計を取り出してから。
現在時刻を確かめてみる。
「……4時半」
「ちょうどいい時間だな」
「今から発つと、あっちは」
「——おばちゃーん、おじちゃーん」
ミゼルとジャンヌが、出口を抜けて式場の外に出た途端。
外で親友やその娘たちと一緒に、立ち話していたリディアが。
その場を離れて、こちらに近付いてきた。
「やあやあ、リディアさん」
「ふたりとも、お疲れさま」
「リディアさんもね。豪華絢爛な衣装でお疲れさまでした」
「帰ったら、ツクヨミに見せびらかしてやるんだろ?」
「うん。似合うって言ってくれ」
「——ばぁーか」
「っ……!」
リディアが自信なさげに自身の胸元を見るなり。ジャンヌに頭をこつんと叩かれた。
「言うに決まってるだろ。おまえにべた惚れなんだから」
「へへ、そうだといいね……」
今はストールで隠されているけれど。リディアは本日、ドレスを着て挙式に参列した。
そのドレスは、13年前にバロン国王夫妻の挙式に参列した時のものだと聞いている。
—— —— ——
3日前。ウリエルの診療所から自宅に帰ると。
試着と銘打って深紅のドレスをまとったリディアが待っていた。
いつもの服でもローブでもなく、地上の……それもドレスを着た、おとなのリディアを。
ミゼルたちは、この日生まれてはじめて目にした。
(これが花嫁衣装の代わりか……)
この先、そんな姿を目にすることもないだろう。
そう思ったら目頭が熱くなり、ミゼルはその場で涙をぼろぼろ流していた。
—— —— ——
「ね、ね。今からエブラーナに行くんでしょ?」
「そうだよ」
「4人で宴会するの?」
「今日は嫁と旦那で別々だ」
ミゼルとザンゲツは家族ぐるみのお付き合い。
4人で酒席を囲むこともあるが、今晩は奥様組と旦那組に分かれて呑む。
—— —— ——
じいとザンゲツが『禁・人よけ』をかけられていた頃。
ジャンヌに、ザンゲツの自宅に何度も手紙を届けてもらった。
それが縁で、彼女はザンゲツの妻と親しくなった。
ミゼルは、タタラとしてエブラーナ城で働くようになってから。
仕事帰りにザンゲツの家で飲み会をするようになった。
その席には、じいが混ざることもしばしばである。
—— —— ——
「いいなあ……わたしも久しぶりに、ザンゲツさんの奥さんに会いたい」
リディアがうらやましそうな表情で心情を吐露した。
(またザンゲツさんが聞いたら、ボロ泣きしそうなことを……)
リディアも昨年、ジャンヌと一緒にザンゲツの自宅を訪れた。
いわゆる女子会に参加して、ザンゲツの奥方と仲良くなっている。
もちろん、エッジには内緒である。
それを知れば、彼は『密談』『密会』と激怒すること間違いなしだから。
「じゃあ、ぼくたちと今から一緒にエブラーナくる?」
「だめ。ツクヨミさん、おうちで待ってるもん」
「そうなんです。あの人がきみに会いに来ないと、ぼくたちはいつまでたっても飲み会出来ないんですよ」
「うっ……」
リディアもエブラーナ城や御伽衆の事情に詳しい。ばつが悪そうな表情でうつむいてしまった。
—— —— ——
ミゼルとザンゲツは、エッジがミストに向かう日に合わせて、酒席の機会を設けていた。
2週に一度ペースの歴史編纂室時代に比べて、今は回数が大幅に減ったけれど。
現在、御伽衆の就業時間は朝5時から夜の8時まで。
ただし、エッジがミストに行く日は夕方5時に仕事が終わる。
更にリディアの自宅に泊る時は、翌朝の仕事始まりが8時になる。
リディアのおかげで、御伽衆はちょっぴり楽をさせてもらえている。
—— —— ——
エッジがリディアと別れて、ミストに足を向けなくなったら。
御伽衆の就業時間や日数が更に増えるかもしれない。
「春になったらまた遊びに行くか」
「うん、女子会しよう! 楽しみだなあ……!」
「……」
「……」
リディアとジャンヌの会話を眺めながら、ミゼルは思い悩む。
(いつまで飲み会、続けられるかな……?)
時期は不明だが、いずれ自身に大きな転機がやってくる。
それからもザンゲツとお酒を呑む機会が続けばいいのだが。
「ちょっとリディアー!!」
「あっ」
「早くしないと巡回艇1本逃しちゃうわよぉー!?」
少し離れたところから、甲高い女性の大声が聞こえてきた。
「待って! すぐ行くー!」
「やかまし屋がせがんできたな」
「うん、そろそろ行かなき」
「——リディアさん、リディアさん」
「どうしたの?」
ミストのやかまし屋の一端を担うアリサに呼ばれて。
その場を離れようとしたリディアをミゼルは呼び止めた。
これだけは言っておかねばならない。
「ツクヨミさんに何か聞かれたらさ……」
「あ、『バロンに残ってディナー』でいいよね?」
「うん、それで十分。頼むよ」
「わかった」
「偉いじゃないか。空気読めるようになって……!」
「へへっ……」
よしよしとばかりにジャンヌから頭を撫でられて、リディアが照れくさそうに笑っている。
—— —— ——
エブラーナ城潜入を経て、エッジ扮する『ツクヨミ』と恋人になってから。
リディアも口裏合わせを容易に受け入れてくれるようになった。
当初はミゼルとリディアとライザしか『ツクヨミ』の正体を知らなかったが。
ここ1年ほどの間に、人数が少し増えた。
まさかそんな状況になっているとは露知らず。
エッジは今頃、リディアの自宅で恋人の帰宅を待ちながら。
ツクヨミの姿で、せっせこ夕食の準備をしていると思われる。
—— —— ——
(文句言ってるの、アリサくんぐらいだし……)
約1名を除いて、リディアも誰も怒っていない。
エッジは『ツクヨミ』なんかとっととやめて、正式にリディアと交際したらいいのに。
ミゼルは、ついついそう思ってしまう。
「それじゃあ、先に帰るね」
「ああ、気ィ付けてな」
「うん、ザンゲツさんと奥さんによろしくね」
リディアと互いに手を振り、別れてから。
ミゼルとジャンヌは左回りの巡回艇に乗り、エブラーナに向かったのであった。
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