フェイクラバーズ 作:かえで
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洗って水気をきった葉野菜と、薄く切ったトマトとハム。
ゆでた卵を調味料で味付けしたもの。
油を切ったマグロの油漬けと、玉ねぎの薄切りを和えて調味料を混ぜたもの。
以上3種類の具材を、バターを塗った食パンにそれぞれ挟めば。サンドイッチの出来上がり。
これだけでは栄養も量も足りない。そう思って、レシピ本と在庫の食材をにらめっこした結果。
にんじんのポタージュまで作ってしまった。
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——午後5時すぎ
ツクヨミもといエッジが合鍵を使い、恋人の自宅にお邪魔してから2時間近くが過ぎた。
「よーし、出来た」
来て早々から台所にへばりつき、つい今しがた水仕事を終えたばかり。
改めて周囲を見渡してみれば。調理台の上には、大皿2枚にサンドイッチがででんと乗せられている。
かまどの上には、ポタージュが入ったお鍋……。
「ははっ……」
(エブラーナの奴らにゃ見せられねえな)
人生初自作料理の出来栄えの良さに、エッジは乾いた笑いを見せた。
せっせこ野菜を切って、ゆで卵を作る。
じいがそんな若様の姿を見たら、途端に気絶するかもしれない。
—— —— ——
本物の恋人として、付き合うようになってすぐ。リディアが料理指導を始めてくれた。
リディアは偽装恋人の契約を交わしてすぐ。『ごはん作って!』と言ってのけた女である。
甘えたこと言うな。
そう思って、ろくに相手にしていなかったら。リディアが幻獣界に幽閉されてしまった。
……いつ何がどうなるかわからない。エッジは空白の2年間で、それを身をもって知った。
それ以来、リディアの頼みを出来る限り聞いてあげている。
—— —— ——
料理指導を始めて1年経ち、サンドイッチだけひとりで作れるようになった。
以前リディアが『レシピ本を見たらいける』と豪語していたが、その通り。
作り方さえわかれば、他の料理も作れることに気付いた。
「あとはうさぎ切りゃいいな」
最後の仕上げとして、食後のデザートを準備するために。
手慣れた手つきで、りんごをうさぎ型に切り始めた。
—— —— ——
俗にりんごうさぎと呼ばれるそれは、飾り切りの中でも初歩の初歩。
りんごのくし切りの皮側に、V字の切れ目——うさぎの耳——を入れて。
お尻の方から耳元辺りまで皮をむいたら出来上がり。
—— —— ——
(まだ漬けとくか)
はちみつを溶かした水が入ったボウルに、りんごうさぎを8匹ぷかぷか浮かばせる。
リディアが帰ってくるまでそのままにしておくことにした。
キリがいいところで、壁掛け時計を見やれば。時刻は5時半をとっくに過ぎている。
台所を離れて、火遁のアレンジで部屋の照明に火を点けていく。
「おっせえなぁ……」
ミネルバたちの挙式は4時に終わると聞いている。
巡回艇では、バロンからミストまで30分もかからない。もう帰ってきてもいい頃なのに。
「どうせ、あいつらとくっち——!」
(やっと帰ってきた)
ぶつぶつ独り言をこぼしていたら。親しみ慣れた気配を感じて、言葉が切れた。
リディアがそばにいる。そう認識した途端にエッジは声が出せなくなる。
—— —— ——
リディアの前で声が出なくなる病は、今も続いている。
リディアに手を出した。そんな理由で、エッジの中に潜む自罰的な『白』からエッジに下された罰だ。
リディア限定という珍しい症状なので、ミストでは『仕事中に喉を怪我した』とごまかして。
住民とは、もっぱら筆談かうなずきでやりとりしていた。
—— —— ——
「ただいまー」
エッジが玄関に視線を移すと、おもむろに扉が開く。
リディアがコチョウランの花束を抱えながら、中に入ってきた。
外は大雨だというのに、リディアは足元が少し濡れているぐらい。
昨年作成した『大きな傘の魔法』を使って帰ってきたから。それだけで済んでいるのだろう。
「あ、ちょっと待っててね」
『……』
後ろ手で玄関を閉めてから、リディアが真っ先に向かったのは居間机。
椅子の上に荷物を置き、羽織っていたストールを椅子の背に掛けると、こちらをくるりと向いた。
回転した勢いでドレスの裾先がひらりと舞い上がる。
「見て見て、ツクヨミさん」
『……』
リディアが得意満面の表情で、ドレスの裾を右手でつまみながら。
いつもと違う装いを見せてくれた。
—— —— ——
深紅色のロングフィッシュテールのドレスは、13年前にローザが準備したものだ。
翠色の長い髪は高い位置でひっつめにまとめて。
結び目にいつもの赤い飾りをちょこんとつけている。
真珠の一連ネックレスと一粒ピアスが、露わになった両肩と耳元を華やかに演出している。
どちらも、昨年のクリスマスにツクヨミとしてリディアに贈ったものである。
普段リディアは化粧をしないが、本日は両頬に薄い頬紅。唇には薄い桃色の口紅を塗っている。
親友のどちらかに、ひっつめ髪とお化粧をしてもらったと思われる。
—— —— ——
リディアは、昔も今も体型や容姿がほとんど変わらない。
ふわふわ翠色の髪が腰まで伸びて、少し顔が大人びたぐらい。
13年前、ローザが若い娘向けに仕立てたであろうドレスを。
今こうして、身にまとっても全く違和感がない。
「どう? 似合う?」
『!』
「わっ」
リディアがあどけない表情で、こてんと首を傾けてお伺いを立ててきた。
エッジは衝動に駆られて右足を踏み込み、リディアに飛びかかるように正面から抱きついた。
『……とてもよくお似合いです……』
耳元に口を寄せて、ひそひそ声で所感を述べてあげた。
(もっといい褒め言葉、考えときゃよかったぜ)
ボキャブラリーが足りない自身が少し恨めしい。
こういう時、ギルバートなら女性をもっと喜ばせるような言葉を贈るだろうに。
「そ、そう……? ありがと……」
『……リディアさまの美しさをドレスが更に引き立ててくれております……』
「え、そこまで、は……っ……!?」
耳元でひそひそと感想をささやかれて、うろたえるリディアをよそに。
両手をリディアの後頭部に手を添えると、自身の唇でリディアの半開きの唇を塞いだ。
「ぅ、っ……」
『……!』
リディアもゆるゆると自身の舌を、エッジのそれと絡ませてくれた。
背中にも両手を回してくれたことで、しばしの間、深い口付けを交わす。
『ツクヨミ』と恋人になってから。リディアはキスだけは容易に受け入れるようになった。
……それ以上先は、昔と同じく処女さながらの振る舞いだが。
「はぁっ……」
『……』
「よかったぁ、ツクヨミさんほめてくれたぁ……!」
名残惜しげに顔を離せば、口付けの余韻からか。
リディアがぽやぁとした表情から、すぐにほころぶような笑みを見せてくれた。
13年ぶりにドレス姿を拝むことが出来て、心に沁みる中。
リディアの身体から離れて、居間机の上に置いてあった筆談用のノートを手にすると。
前回の続きとなる、10ページ目を開いて見せてあげた。
「……あははっ! ツクヨミさん、奥さんみたいだね!」
ノートを見るなり、リディアがぷっと吹き出し笑いを始めた。
【先にお風呂にします? お夕食にします? それとも、僕にします?】
エッジはここに来てすぐ、出迎えの挨拶を記しておいた。
それも小説の世界では超定番の台詞を……。
(オレ的には風呂、オレ、メシの順だな!)
冗談交じりで書いたつもりだったが、結構本気だったりする。
エッジは下心丸出しの希望順が叶うように、心の中で祈りながら。
リディアの笑いが収まり、返事をしてくれるのを待ち続けるのであった。
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