フェイクラバーズ 作:かえで
——2の月1日 早朝
リディアとの逢瀬を終え、ミストからエブラーナに戻る途中。
エッジは上空に浮かぶ月の隣に、もうひとつ似たような星が並んでいるのを目にした。
……13年前に消えたはずの月が戻ってきている。
急いでエブラーナ城に戻ると、入口で待ち構えていたようにじいが出迎えてくれた。
「昨夕、各地の諜報からこんな報せが届きました」
その場で、3カ国の諜報から届いた通信文を見せてくれた。
昨日だけでバロンとダムシアンの海上に火球が落下。
そして、ファブールで2メートルもの巨大隕石が落下。
通信文を読むにつれて胸に嫌な予感が広がっていく。
もうひとつの月の帰還と合わせて、この世界に暗雲……。まさか、13年前の再来か?
「っ……!」
「若様! お待ちくだされ!!」
エッジはファブールの隕石落下現場に向かうために。
外に引き返そうとしたが、じいに引き留められてしまった。
「離せじい!」
「なりませぬ!」
「この目で確かめねえと気が済まねえ!! 行かせろ!」
「お気持ちはわかりますが、お立場を考えなされ!」
「……!」
「……!」
なんだなんだと使用人が集まってくるのをよそに。
城の入口で言い争いを続ける中年と老人の前に、突然御伽衆が4人揃って現れた。
「お館様が出て行くほどのことではございませぬぞ」
「ボクたちを調査に向かわせて下さい!」
「お館様の目となり足となるのが、私たちの使命です」
「お館様、どうか某たちにご命令を」
御伽衆が口々にそう志願してきたが、「だめだ」と断った。
彼らにそんな危険な仕事をさせるつもりはなかった。
もちろん、御伽衆でない者が同じように訴えても断っていた。
「こういう時に御伽衆がいるんじゃないですか?」
「ここまで訴えてるのに無下にしたら、この人たちの立場がありませんよ……」
エッジとじいの応酬を見ていた使用人が、みんな御伽衆の肩を持つことを口にし始めた。
「若様のお役に立ちたいと、こうして訴えておるのです。彼らの気持ちを汲んであげて下され」
「……わかった……おまえらに任せる」
じいの説得と、御伽衆たちの並々ならぬ熱意。そして、数の力でエッジは根負けした。
「では、ファブールの隕石落下現場に加えて、クリスタルを守る5ヶ所のうち3ヶ所に調査に向かせた方がよいでしょう」
エッジはじいと話し合い、ザンゲツは諜報未派遣のドワーフ城へ。
イザヨイはトロイア、ツキノワはミシディアへ。
ゲッコウは巨大隕石が落下した、ファブールの現場へ向かうよう指示を下した。
「決して命を粗末にするな。——行け」
エッジから最後にそう命じられて、御伽衆4人はすぐさまエブラーナから各地へ散らばった。
そんな出来事から1週間が経った頃……。
.
***
——2の月8日 午前8時過ぎ
「若様、大変ですぞ!!」
じいが慌てて書類を抱えながら、執務室に駆け込んできた。
いつもならこの時間。
のんびりとした顔で『若様、おはようございます』と挨拶しながら執務室に入ってくるのに。
「どうした」
「今しがた、バロンの諜報より急ぎの文が届きましてな……!」
じいからしわしわの紙を受け取り、すぐに目を通す。
ところが、内容を読み進めるうちに表情が険しくなっていく。
—— —— ——
昨日、夜遅くからバロン城内で緊急の御前会議が開かれた。
昨日7日の昼間、城の内庭に大きなモンスターが出現したが。
国王セシルが自ら現場に駆け付けて、無事に駆逐した。
そんな報告に続き、セシルが参加者にこう告げた。
現在世界各地で隕石落下が多発しており、衝突で墜落する可能性を考慮して。
9日より、バロンが運営する巡回艇サービスを無期限全面運休とする。
ただし、空の安全を守るために赤い翼の移動は可とする。
緊急事態のため、当面の間バロンの全新聞社に休刊を命じる……。
以上の案件が全て『セシルの一存』で決定された。
—— —— ——
(領空権を独占する気か……昔と変わんねえ……)
それだけではない。
言論統制に通信情報遮断。帝国時代——13年前に比べて不穏な動きだ。
「っ、どうしちまったんだよ……セシル……」
信じられないとばかりに、小さくつぶやいた。
本来セシルは助け合いの精神で、他国他村との協調を図る男なのに、何があったのか。
—— —— ——
実際この月が明けてすぐ、セシルはそんな動きを見せていた。
『もうひとつの月が出現した当日。ミストの村長がバロン王に謁見。村長が、今後ミストで有事が発生した場合、バロンに支援や協力を要請。王から了承の言葉をいただいた』
(やっぱ、セシルならこうするよな)
先週バロンの諜報から届いたそんな通信文を読んで。
エッジはそう安堵していたのに、今日になってこれだ。
今後ミストで有事が起こっても、バロンからその約束を反故にされる可能性が高い。
—— —— ——
今すぐにでもバロンへ行って、人が変わったようなセシルを1発ぶん殴ってやりたい。
しかし、国王の立場がそれを許してくれない。
当時の国王——父親に甘えて好き勝手飛び回っていた、あの頃とは立場が違う。
ここで黙って指をくわえて見てるだけしか出来ない……。
「——くそっ!!」
どん!!
もどかしさや苛立ち、身勝手なバロンへの怒り、今後の不安。
ごたまぜの感情に駆られて、机の上を両拳で力いっぱい叩いた。
「若様」
「なんだ!!」
「『はやきこと風の如く、しずかなること林の如く、しんりゃくすること火の如く、うごかざること山の如し』ですぞ」
威厳と落ち着きを加えたような声で、じいに諭された途端。
エッジの荒れ狂った感情はいくらかおさまった。
—— —— ——
『風林火山』とは古き時代、部族争いが続いていた頃。
どこかの部族に属する優秀な軍師が、ごくごく簡潔に表した兵法の基本。
—— —— ——
時機や情勢に応じて柔軟な動き方をしろ。今はまだ動く時期ではない。
じいはこの名句を通じて、そう言いたいようだ。
「……わかってる」
「ご理解いただけたようで感謝いたします」
ため息をつきながら、椅子の背に深くもたれて顔に手をやった。
今は『林』のように、時期が来るまで粛々と準備を進めて。
『山』のように、どっしり構えていなければならない。
そんなことぐらい頭ではわかっている。ただ、感情が追いついてこないだけで。
「巡回艇が止まるとなると、各地の新聞も国外配達が不可能になります」
「手紙も無理だな」
「そういえば、以前バロンも伝書鳩を使っておりましたな」
「……赤い翼が容赦なく撃ち落としてくるか」
「船便に切り替えるしかありませんな」
(情報は鮮度が命なのに……)
今後各地にいる諜報には船便で手紙を送ってもらわないと、ここには届かないだろう。
しかし、船便は速度が遅い。伝書鳩以上に届くまでに時間がかかる。
情報の事前入手が出来なくなってしまう。
「……こっちに帰ってくるよう、バロンの諜報に知らせろ」
「かしこまりました。この後すぐ鳩を飛ばします」
他の国や地域に、伝書鳩並びに諜報の存在を知られないようにしているが。
今のバロンに存在を察知されて、諜報が捕まってしまったら何をされるかわからない。
諜報の安全を考えて、明日までに脱出させた方がいい。
「バロン以外の諜報はこのままですかな? 封鎖されない限り、海路を使ってこちらに戻る手立てはございますが……」
「当分様子見。船便で報告届けろって全諜報に鳩飛ばしといてくれ」
「かしこまりました」
このバロンのやり方では、他国は追随しないだろう。
バロンが他国に侵略する動きを見せたら、その都度帰還命令を出せばいい。
「御伽衆も任務継続でよろし……おや?」
御伽衆と聞くなり、机に寄りかかって両手で顔を覆った。
「どうされました」
「あいつらが……一番危ねえところにいるんだがな……」
禅譲制以降宣言から、日々修行をつけているうちに。
御伽衆(約1名を除く)は、エッジにとって使用人の中でも特に思い入れがある存在になっていた。
御伽衆が派遣された場所には、13年前バロンが強奪したクリスタルがある。
バロンが再びそれを狙って襲撃したら、彼らが巻き込まれてしまうのではないか。
エッジはそれが気がかりでならない。
「御伽衆を大事にされるお気持ちはわかりますが、あの者たちが日々精進しておったのは若様を手助けし、お守りするためです。若様に可愛がられ守られるためでも、次の国王になるためでもありませぬぞ」
「それぐらいオレもわかっ」
「——最後に『命を粗末にするな』と命じて、あの者たちを送り出したのは誰でしたかな?」
「……オレ」
「おっしゃる通りです。あの者たちはむざむざ命を落とすような真似はいたしませぬよ」
じいから懇々と諭されたが、反論の余地がない。
しかも、部下の命を守りたいエッジ。上司を守りたい御伽衆。
両者の認識のズレまで、じいから指摘されて唇を噛むしかない。
(何か手がかり見つけるまで帰ってくるつもりねえだろうし……)
使用人の中でも、御伽衆は一際エッジへの忠誠心が高い。
危険という理由で帰還命令を出しても、手ぶら状態だと彼らは拒否するだろう。
「……が……」
「若様?」
「……いなくなったら……タツミに頼むか……」
エブラーナ最後の切り札となり得そうな男の名を、思わずつぶやいてしまった。
(マジでこれからどうすっか決めねえといけねえな)
エッジはこの月に入ってから、エブラーナの今後を検討し始めていた。
もし御伽衆が全員落命したら、次期国王の候補にタツミを据えること。
その上でエッジまで……となった場合に、タツミに祖国を託すことを。
—— —— ——
昨年の春。タツミの父親であるイヌイが自害した。
その3日前に『呪淫』が解除されており、直筆の遺書が見つかったことから。
イヌイは後妻と娘の悪行を知り、責任を取ったと思われる。
それ以来、タツミは人が変わったように領地経営に精を出すようになった。
現在はお館様の犬と揶揄されながらも、シビエンきっての名当主と評判が高い。
—— —— ——
(オレが死んだら殉死しねえように禁じておけば、後を引き受けてくれるだろ)
タツミは遁術が全く使えない。しかし、近年の実績からして、政治手腕は高い。
そんな男なら、エブラーナ全土を治めるぐらい余裕だろう。
「どうなされました?」
「いや……なんでもねえよ」
じいに怪訝そうな顔でたずねられたが、軽く首を横に振った。
「では、こちら本日の書類です。何かございましたら、鈴でお呼びくだされ」
「ああ」
「失礼いたします」
じいが胸に抱えていた書類の束を机の上に置くと、執務室から出ていった。
—— —— ——
これまでお城勤が、見えない護衛として交代で執務室や私室の天井裏に張り込んだり。
事務方にいるじいや他の使用人への連絡役をつとめてくれていた。
しかし2の月から緊迫した情勢に入り、エブラーナ城の見張り役を大幅増員。
それに伴い、見えない護衛制度を一時停止した。
—— —— ——
現在は武具開発部が考案した特殊な鈴を使い、事務方にいるじいを呼び出す方式をとっている。
その鈴を振れば、事務方に置いてある同じものが光るようになっている。
見えない護衛が今後必要なさそうなぐらいには、とても便利のいいものであった。
じいもいなくなり、仕方なく書類を片付けようと。
紙束の山の一番上に置かれた白い封筒を手にした。
「まさか……!」
宛先にツクヨミの名が入っているのを目にするなり、さっと裏返す。
予想通り、リディアの名前が小さく書かれていた。
(じいの奴、わざと一番上に置いたな!)
荒っぽい手つきで封筒を開け、便せんに目を通してみると。最後にこう綴られていた。
—— —— ——
……8日に幻獣界に帰郷することになりました。
こんなご時世だから、その日のうちに帰ってこれるかどうかわかりませんが。
ミストに帰ってきたら、またお手紙送ります。
どうか、お体ご自愛ください。 リディア
追伸 次に会うまでに死んだらだめだよ。
—— —— ——
(この時間だと、もう着いてるな……)
本日リディアが幻獣界に発つ。昨日届いたラルフの手紙にそう書いてあったが。
リディア本人も『ツクヨミ』宛てにわざわざ報せを送ってくれた。
仮に幻獣界にも何か影響が出ているなら、日帰りは厳しいかもしれない。
ラルフも先の手紙で、そう綴っていた。
「オレのいねえところで……死ぬんじゃねえぞ……!」
リディアに会うまで絶対に死ねない。
両手で手紙を強く握りしめながら、愛する女の無事を祈るのであった。
(あいつを守れるなら、死んだっていい)
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