※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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平穏な日常の終焉

 

 

——2の月1日

 

 

 新しい月を迎えたと共に、ミストは雨期の終わりを迎えた。

 リディアがエッジを見送ってから、2時間後。

 自宅にミストの村長ラルフがやってきた。

 

「悪いね。朝早くから」

「珍しいですね。どうしました?」

「昨日も隕石が落ちたらしいね」

「ええ……Cに載ってました。最近多いですよね」

 

 昨日10数年ぶりに、火球が隕石になってバロンの海域に落下した。

 バロンの地元紙にそんな記事が掲載されていた。

 

「昨日はバロンだけじゃなかったんだよ」

 

 ダムシアンの海域に火球、ファブールに隕石が郊外に落下。

 どちらの地元紙にもそんな記事が載っていたという。

 

「ファブールの隕石は、2メートルはゆうに超えるそうだ」

「そんなに!?」

「それにね。——あれが13年ぶりに帰ってきた」

「え?」

 

 ラルフが指をさした方向を見上げる。

 すると雨上がりの空に、以前からある月の隣にかすむような白い星が浮かんでいる。

 それも、異様なまでに大きく満ちている。

 

「っ、もうひとつの月……!」

「さっき、ある住民がパニック状態で僕の家に押しかけてきた」

「不安になったんだ……」

「ダムシアン城の近所に住んでいた人だから、余計だと思う」

 

 13年前の惨事を経験している者にとっては、もうひとつの月は凶星のようなものだ。

 

「という訳で、僕はこれからアガルトとバロンに行ってくるよ」

 

 体型にそぐわず、ラルフはフットワークがとても軽い。

 

 ミストで有事が発生した場合。バロンは被害に応じてミストに援助や支援をする。

 ラルフが村長についてから、バロンとの間でそんな取り決めがなされている。

 これからセシルに、改めてそのお願いをしに行くのだろう。

 

「バロンはわかりますけど、アガルトは……?」

「天文台に書状を届けるだけだよ」

 

 アガルトのコリオ天文台へ、もうひとつの月に関する情報提供を依頼する書状を届けにいくという。

 

「コリオ天文台なら何か知ってるかもしれませんね」

「もうひとつの月といえば、確かバハムートが暮らしてたな」

「……幻獣界の様子、見に行った方がいいですよね!」

 

 幻獣神が暮らす星が、突然青き星の近くに戻ってきたのだ。

 幻獣界にも何か影響がある。

 またはこの先、青き星によからぬことが起こるサインかもしれない。

 

 —— —— ——

 昨年の夏から、幻獣界と地上との往来が再び可能になった。

 アスラたちの説得が実り、ミトラが幻獣の洞窟の結界を解いたのだ。

 

 その年の秋に、リディアも久しぶりに帰郷をした。

 アスラにお灸を据えられたからだろう。

 リヴァイアサンは終始大人しかったが、和んだ雰囲気で面会を終えた。

 —— —— ——

 

「強制はしない。ただ、帰るなら早めに僕に教えて欲しい」

「ええ、わかりました」

「頼むよ」

 

 その後、ラルフは早速アガルトとバロンを訪問した。

 セシルに今後の有事に際する協力を要請し、天文台に書状を届けてから。

 夜遅くミストに帰ってきたと聞いている。

 

(幻獣界に何もなくても、召喚する機会が増えるかもしれない。幻獣王さまたちに伝えておかなきゃ……)

 リディアも悩んだ結果、帰郷を前倒しすることを決意した。

 現在冬季のみドワーフ城で暮らすルカに、幻獣界への移動役を依頼する手紙を送った。

 

 

——2の月7日

 

 

 この日の夜、緊急で寄合が開かれることになった。

 

 寄合が始まるやいなや、司会のラルフは神妙な面持ちで。

 重要な報告連絡を数点話すと、出席者に告げた。

 

「コリオ天文台から、もうひとつの月についての回答が返ってきました」

 

 —— —— ——

 13年前に青き星から離れてからも。

 コリオ天文台では宇宙望遠鏡による、もうひとつの月の観測を続けていた。

 1年ほど経ってから、遠い場所に移動したのだろう。

 約10年以上に渡り、もうひとつの月を観測出来ない状態が続いていた。

 

 ところが、今年2の月1日。天文台は大騒ぎになった。

 まるで瞬間移動したように、もうひとつの月が、青き星のそばに戻ってきたから。

 —— —— ——

 

「専門家が集まり、数日話し合ったそうですが『この先、あの月がどう動くか全く見当もつかない』と結論を出したそうです」

「なんだよ、役に立たねえなあ」

「そりゃあ、急にこっち戻ってきたら専門家も困るでしょ」

「ミストにもいつ隕石が落ちてくるかわかりませんね」

「今後何があるかわかりません。それでですね、先月……」

 

 ラルフ宛てに、エブラーナ国王からこんな書状が届いたという。

 

 —— —— ——

 エブラーナは、隕石落下の際に災害マニュアルの『上空からの攻撃』で対応することに決めた。

 ミストも同じ対応を取った方がいい。

 —— —— ——

 

「エッジ様が忠告してきたのか……」

「あの人、ミストのことなんかすっかり忘れてると思ってたわ」

「村長さん、エッジ様と仲良いの?」

「定期的に書状のやりとりしているだけです」

 

(いつの間に……!?)

 ミストに来なくなったにもかかわらず。エッジは現在もラルフとは連絡を取り合っている。

 ミストの住民だけならず、リディアもそれを初めて知り、驚きでしかない。

 

「エブラーナだけではありません。他の地域も同じような対応を取ると聞いています。もし落下してきた場合は災害手引書の『上空からの攻撃』項目に従い、行動してください。最後にもうひとつ。——リディアが明日、幻獣界へ帰ることになりました」

 

 前日リディアの元に、ルカから『8日に迎えに行く』と返事が届いた。

 ミストを離れる。ラルフにそう報告して緊急寄合が行われることになった。

 

「いつもより早いね」

「リディアのたっての希望です。幻獣界にも何か影響が出ているかもしれませんからね」

「また引き留められるんじゃないの?」

「いつものように当日帰ってくる予定です。ただ、現状からそう楽観的に考えない方がいいでしょうね」

「リディアちゃんが帰ってこないということは、幻獣界でも何かトラブルがあったってことだからか」

「ええ。下手をすればミストだけでなく、世界の危機につながりかねません」

「挙式どころじゃねえな」

「……そうなんです。こんな状況ですので、ミネルバとアルベルト先生の挙式は当面延期することになりました。——ふたりとも、申し訳ないっ!」

 

 言葉通り、申し訳なさそうな表情を見せながら。

 ラルフが、ミネルバとアルベルトに向かって頭を下げた。

 

「ラルフさんが謝ることではありませんよ」

「落ち着いてからでいいです。隕石にびくびくしながら挙式やりたくないもの!」

 

 アルベルトもミネルバも、延期をあっさり受け入れた。

 

 もともと挙式は、アルベルトの祖母の死で延期になっていた。

 先日その1回目を済ませたばかり。急いで2回目をやる必要はない。

 ふたりともそう思ったのだろう。

 

「みなさんも警戒を高めて備えを万全にしておいてください。お願いします」

 

 最後にラルフが真剣な表情で、出席者にそう訴えて緊急寄合は幕を閉じた。

 さすがにこの日は、いつも口うるさい親友かつ村長の妻も最後まで黙って話を聞いていた。

 

 

——2の月8日 早朝

 

 

 一夜明けて、リディアは朝早くからジャンヌやラルフ夫妻に見送られながら。

 ルカが運転するファルコン号で幻獣界に旅立った。

 

 地上の緊迫した情勢を幻獣界が何も知らない訳がない。

 昨秋と違い、和んだ雰囲気にはならないだろう。そんな悲観的な予想をしながら……。

 

§

 

 幻獣の町に到着して早々、リディアは謁見の間へ向かった。

 

「幻獣王さま、アスラさま。お久し……!?」

 

 リヴァイアサンとアスラに挨拶しようとしたが、途中で言葉を切った。

 なぜなら、3人の前に突然翠色の髪をした少女が現れたから。

 

「何者……!」

 

 侵入者に気付いたリヴァイアサンに向かって、少女が黙ったまま手をさっと上げる。

 すると、彼の姿が跡形もなく消えてしまった。

 

「幻獣王さま!?」

「リディア! 即刻地上に戻り、このことを伝……!!」

「アスラさまっ!!」

 

 次に狙われると察したのだろう。アスラがリディアにそう言い残すと。

 再び軽く手を上げた少女と共に消えてしまった。

 

「……王さま……スラさ……えっ!?」

 

 一体何が起こったのか分からず、消えたふたりの名を叫んでいる間に。

 リディアは幻獣の洞窟、地下3階の転送盤がある場所まで瞬間移動させられていた。

 

(アスラさまが……)

 少女に消される直前にアスラが術を使って、リディアを逃がしてくれた。

 そう気付くまでに時間は全くかからなかった。

 

 予測不能な事態が起こり、頭の中が混乱する。

 それでもアスラの命に従うために。リディアは幻獣の洞窟から脱出することにした。

 生まれて初めて。しかも、たったひとりで……。

 

 

——それから数時間後

 

 

「……】!!」

『ぐあああああっ!!』

 

 ブリザガをもろに食らい、モンスターが阿鼻叫喚の声を上げながら消えていく。

 

「……はぁっ……はあ……」

 

 リディアはそれを見届けてから、荒い息をつきながら先を進む。

 

(お願いだから、もう出てこないでちょうだい……!)

 所持していたなけなしの回復アイテムを使いながら、ようやく洞窟1階まで戻ってきた。

 

 モンスターが出なくともダメージ床のおかげで、歩く度に体力ががんがん減っていく。

 リディアはそれを体感しながら、思い知らされる。

 自分という人間は、これまで幻獣界からどれだけ破格の待遇を受けていたのか、と。

 

「ちょ……ちょっとだけ……」

 

 休憩とばかりに、洞窟の冷たい壁に寄りかかる。

 

(ミストは備えあれば憂いなしの精神だったのに……!)

 回復アイテムをあまり所持せず、ここに来てしまった。

 自身の備え不十分さに呆れながら、息を整えていると。小指に光る指輪がふと視界に入った。

 

「いつも……ここ……通ってくれてた……」

 

(エッジ……!)

 指輪をだいすきな人に見立てて、左手で右手を握りしめる。

 

 —— —— ——

 リディアは幻獣界の幽閉を解かれて、ミストに帰ってから。

 ラルフやミストの住民からこんなことを教えてもらっていた。

 

 リディアが幻獣界に幽閉されていた2年間。

 ツクヨミがミストを訪れた帰りに、この洞窟にも立ち寄っていたことを……。

 

 理由はすぐ思い至った。

 地下3階にある転送盤が再び稼働していないか確かめるためだ。

 —— —— ——

 

「……そ、外に出ないと……」

 

(早く、ルカと合流しなきゃ……!)

 左手で右手を強く握りしめて気合いを入れてから。壁から離れて再び先を進み始めた。

 

(片道だけで弱音を吐いてどうするの!?)

 浮遊魔法レビテトを使えば、ダメージ床による体力減少を回避出来る。

 けれど、リディアもツクヨミも白魔法を使えない。

 それなのに、ツクヨミは2年もの間。この道を往復して地下3階の奥まで足を運んでくれていた。

 そんな彼に比べたら、自分はマシだ。

 

 そう自身を叱咤しながら、遭遇したモンスターを倒しつつ。

 先を進んでいるうちに、外の光が差し込んできて洞窟の中が明るくなってきた。

 

(やっと出口……えっ!!)

 リディアがそう安堵したのもつかの間。目の前に広がる光景に、思わず目が点になる。

 

 なぜなら、出口の手前で赤いローブを羽織った人物——幻獣界の番人ミトラが横たわっていたから。

 

「ミトラさん!?」

 

 ミトラは普段リディアがいないと姿を現さない。

 しかも、つい先ほど町に転送してくれたばかりなのに。一体何が起こったのか。

 リディアは慌てて、ミトラの元に駆け寄る。

 

「ミトラさんっ、ミトラさんっ!」

「……ぁ……リディア……」

 

 何度もミトラの身体を揺さぶり、声をかけると。

 ミトラの意識が戻り、大きなフードでも隠し切れない口を。

 おもむろに動かしながら返事してくれた。

 

「大丈夫!?」

「ああ、死にはしないよ……」

「一体何があったの?」

「っ……侵入者……排除出来なかった……」

「!?」

 

 その言葉で一体何があったのか。概ね察することが出来た。

 

(あの子だ!!)

 先ほど、リディアを幻獣の町に転送した直後。

 侵入者——正体不明の謎の少女にやられてしまい、姿隠しの力が解除されてしまったようだ。

 

「……!」

 

 ミトラが唇を噛んで黙り込んでいる。

 

「どうしたの?」

「幻獣王も……アスラ様も……幻獣たちが誰もいない……!」

 

 程なくして、ミトラが落胆するような声でそうつぶやいた。

 

 ミトラは感知能力がとても高い。

 幻獣界内限定だが、幻獣や住民がどこにいるか瞬時に把握出来る。

 そんなミトラへ、ここまでの出来事を簡潔に話した。

 

「それで……モンスターと戦おうと思って召喚しても、みんな出てきてくれなくて……」

「シルフもかい?」

「うん……」

 

 ここまでの道のりで回復しようと思い、シルフを召喚しようとしたが、失敗していた。

 嫌な予感がして、他の幻獣の召喚も試したが、誰も姿を現すことはなかった。

 

「もしかしたら、あの女の子に……連れ去られたのかも……」

「っ、信じられない……!! こんなこと、幻獣界が出来てから初めてだよ……!!」

 

 ミトラが苦々しい声で心情を吐露した。

 

(悔しくてたまらないよね……)

 幻獣界の番人なのに、侵入者を撃退出来なかった。

 おまけに、王様女王様をはじめに全ての幻獣を連れ去られてしまったのだから。

 

「すぐに幻獣界から追い出されちゃったから、他のみんながどうなっているかわからないの……」

「住民は……みんな大丈夫だよ……」

「ほんと?」

「ああ」

 

(よかった……)

 あの少女の狙いは幻獣だけだったようだ。

 ミトラの返事を聞いて、ほんの少し胸をなでおろした。

 

「あの侵入者、人間ではないな」

「え?」

「ここの者とも違う……異質な気配をまとっていたよ」

「じゃあ、一体どこの人なの?」

「そこまでは、わからない……っ……!」

「っ、ミトラさん!?」

 

 ミトラが辛そうな表情で上体を起こしてから。光が差す出口に向かって指をさした。

 

「早く地上に戻ってバロン王に協力を仰ぐんだ。あの王なら何とかしてくれるだろう」

「でも、幻獣界は……」

「幻獣が目的なら、侵入者はここにはもう来ないだろう。私も町に戻るよ」

「……わかった」

「みんなを助けてあげてくれ。——頼むよ、リディア」

 

 ミトラはそう言い残すと、お得意の瞬間移動を使って幻獣界に帰っていった。

 それを見届けてから、すぐにリディアも洞窟の外に出たのだが……。

 

 

——それから3日後 2の月11日

 

 

「はぁ……」

「いい運動……だけどさぁ……」

「先は遠いね……」

 

 リディアとルカは平原を西へ西へと歩き続ける。

 しかし、時間を追うごとにふたりの表情は険しさを増すばかり。

 息も上がり始めて、足は棒のように重くなってきた。

 

「ちょっと休憩しようか」

「そうだね……」

 

 ちょうどいいところに大木の木陰を見つけた。

 満場一致でそこに向かい、腰を下ろすと。携帯していた水筒を開けてお茶を飲み始めた。

 

 —— —— ——

 3日前、2の月8日。

 幻獣の洞窟から脱出して、無事にルカと合流することが出来た。

 その直後、ものすごい轟音が地底中に響き渡った。

 音の方向を見れば、十隻ほどの飛空艇が上空からドワーフ城を攻撃している。

 

 リディアたちがファルコン号に乗り込むと同時に。飛空艇集団は地上に去っていった。

 ドワーフ城を訪れると、城内は大騒ぎ。

 赤い翼と見られる飛空艇から爆撃を受けた。

 そのどさくさに紛れて、城で保管していた闇のクリスタル4個のうち3個を何者かに奪われたという。

 

 残りの闇のクリスタルを守るために、急いでルカと封印の洞窟へ向かった。

 ところが、幻獣界でリヴァイアサンたちを消した謎の少女とまたもや遭遇。

 闇のクリスタルを奪われた。しかも、ルカの大事な自動人形カルコとブリーナまで破壊されてしまった。

 

§

 

 ドワーフ城で一夜を過ごしてから、2の月9日。

 ルカが運転するファルコン号でバロンに向かっていたら。なんと赤い翼が攻撃してきた。

 しかも、艇内に保管していたカルコとブリーナが暴走。

 ファルコン号は制御不能になり、どこかに不時着した。

 その瞬間、あまりの衝撃の大きさにリディアとルカの意識は途切れた。

 

§

 

 再び意識を取り戻すと、10日の朝になっていた。

 地底につながる火山があることで、不時着先はアガルトの島と判明した。

 リディアもルカもけがはなかったが、ファルコン号は大破していた。

 

 巡回艇でバロンに向かおう。

 そう考えてアガルトの発着場に向かったが、『9日から全便運航中止』という張り紙……。

 ふたりは泣く泣く不時着先に戻るしかなかった。

 

 それからルカがファルコン号を改めて調べたら、動力部分の損傷が激しかった。

 直すには、この島にある鉱山の洞窟奥深くに眠る特殊金属、アガルトタイトが必要だという。

 —— —— ——

 

 そんな訳で、本日ふたりはアガルトタイトをいただくために。

 朝から鉱山の洞窟に向かっているところである。

 

(遠いなあ……)

 小さな島の中に鉱山があるのだから、すぐに着くだろう。

 そう思っていたが、見た目以上に距離が離れていて、まだまだ辿り着けない。

 

「足がぱんぱんだね」

「わたしもだよー」

「ルカはまだいいでしょ。わたしなんか……」

 

 リディアは棒状態の両足をもみながら、ばつが悪そうに答えた。

 

 ミストの集落は狭いから走り回らない。ミストを出る時は飛空艇を常に頼る。

 リディアは運動とはほとんど縁のない日常を送っていた。

 ゼロムスの戦いから13年。今日まで、どれだけ楽に暮らしていたかがよくわかるというもので……。

 

「そんなことないって、鍛えられたのは腕っぷしだけだよ」

 

 移動手段は飛空艇ありきのルカも徒歩の旅がきついらしい。

 普段工場の中を動き回っているだけでは運動にならないようだ。

 

「……これから山に入ったら、もっときつくなるなあ」

「はぁー、ゆううつー!」

 

 この先は登り道一辺倒とわかり、耐えられないとばかりに。

 ルカがその場でごろんと寝そべってしまった。

 

(洞窟に回復の壺ないかなぁ……だめリディア! 期待しちゃ!)

 山に入っても、険しい上り坂を超えた先に洞窟がある。

 おそらくモンスターがうようようろついているだろう。

 アガルトタイトまではまだまだ遠い。バロンなんて夢のまた夢。

 

 ここまでの道中、ほとんどモンスターが現れないことが救いかもしれない。

 何せルカもリディアも白魔法が使えず、回復役が誰もいない。

 アガルトの村で各種回復アイテムを買ったが、出来れば目的地に入ってから使いたい。

 

「ルカは山登り初めてだよね?」

「そうだね。地底は海はあるけど山はないから」

「あの海は泳げないでしょ」

「そう! 命がけの水泳大会!」

「やだもう、っ……冗談きついって!」

「話題振ってきたリディアが悪いよー!」

 

 しばしの間、リディアとルカは笑い合う。

 ここ数日、気が休まる時間がなかった。ずいぶん久しぶりに笑っている気がする。

 

「はぁ……」

 

 しかし、笑いがおさまった途端。お互いにため息をついた。

 こうやってため息が出るぐらいだ。ふたりとも無理に笑っていたことに他ならない。

 

「大丈夫?」

「……カルコとブリーナ?」

「うん、つらかったでしょ?」

「そうだね……」

 

 のそりと起き上がったルカが、表情を更に暗くさせたのには訳がある。

 

 —— —— ——

 封印の洞窟で、カルコとブリーナが謎の少女に破壊されて止まってしまった。

 翌日ファルコン号でバロンに向かう途中、ふたりは突如暴走。ルカやリディアを襲ってきた。

 このままではファルコン号まで破壊されてしまう。

 結果ルカは、大事な大事な自動人形を自ら破壊する決断に追い込まれてしまった。

 —— —— ——

 

(ルカにとっては家族のようなものだし……)

 ルカはモノを大事にするドワーフ族の王女さま。なおかつ、カルコとブリーナは幼少時からの宝物。

 身の安全を守るためと言っても、苦渋の決断だったに違いない。

 

「ファルコン号と一緒に作り直すよ!」

 

 ばらばらになったカルコとブリーナの部品を出来る限り回収してある。

 ルカは鉱山から戻り次第、その部品とアガルトタイトを使ってファルコン号と自動人形を修理するという。

 

「また動くようになるの?」

「なるなる。飛空艇の技術使ってるしね。っていうか、わたしよりリディアの方がよっぽどつらいと思うよ?」

「っ……」

「昨日、また泣いてたんじゃないの? きちんと寝てる?」

「……知らないうちに寝ているから大丈夫だよ」

 

 ルカの指摘に、今度はリディアが表情を暗くさせてうなずいた。

 

 嫌な予感がして、何度も幻獣神バハムートの召喚も試したが。

 他の幻獣と同様、呼びかけに応じてくれなかった。

 友人や家族のような存在が一斉に消えてしまい、安否も確認出来ない。

 リディアはあの日以来、毎夜泣きながら眠りについていた。

 

「リディアしか召喚士がいないんだから、あんまり無理しちゃだめだよ?」

「召喚士はいないけど、チョコボやシルフを喚べる子やラムウと仲がいい子はミストにもいるよ」

「あっ、そうなんだ」

 

 リディアが幻獣界から帰ってこない。幻獣界どうなっている。

 悪ガキトリオやベスがそう思って、ラムウやシルフを召喚しているかもしれない。

 

「チョコボやシルフも喚べないだろうから、ミストのみんなもおかしいって気付いてくれてると思う」

「しばらく、ミスト帰れないね」

「それよりバロンに行かなきゃいけないし、幻獣のみんながどうなってるかわからないのに、ミストでのうのうとしていられないよ」

 

 ファルコン号が直ったら、すぐにバロンに向かわねばならない。

 ルカの言う通り、ミストに当分帰れそうにない。

 そんな現状にもかかわらず、故郷のことはさほど心配していなかった。

 

(おじちゃんやラルフさんのおかげで、こっちに集中させてもらえる……!)

 世界規模で危機的状況に陥った場合。リディアがミストのことを気にかけなくて済むように。

 そんな目的から、ミゼルが災害手引書を作り、ラルフが防災体制を敷いてくれたおかげだ。

 

「師匠、元気してるかなあ……?」

「おじちゃんは叩いても落としても死なないよ」

「それは知ってるって」

「だったら……」

「——変なもの作らされたりしてたら、大変じゃない」

「!」

「師匠よほどじゃないと、セシルさんの命令に逆らわないもん」

 

(そうだ……!!)

 過去に読んだ、ある空想小説の場面が脳裏に浮かんだ。

 

 —— —— ——

 優秀な科学者と娘が、悪の組織に誘拐されてしまった。

 

『我々の命令を拒否するのか? 娘がどうなってもいいんだな?』

『!? た、頼む! 娘の命だけは……!』

『だったら早く作れ。逃げようとしたら娘を殺すからな。ククク……』

 

 父親が組織のボスに脅迫されて、泣く泣く化学兵器や。

 悪の組織に都合のいい装置を作らされていた。

 —— —— ——

 

 それは小説のあるある展開。あくまでもフィクション(非現実)だ。

 けれど飛空艇を発明したシドほどの技師なら、現実にありえなくもない。

 この星をめちゃくちゃにする兵器を作れなどと、命令されるかもしれない。

 

 問題は、ここまで起こった出来事からして、シドにそんな無茶なことを命じるとしたら。

 セシルしかいないこと……。

 

「セシル、どうしちゃったんだろう……」

「誰かに操られてるんじゃないの?」

「そうじゃなきゃ、赤い翼で好き放題しないよね」

 

 セシルは争いを好まない人間だいうことを。リディアも、ルカもよく知っている。

 

(セシルがあんな命令、赤い翼にする訳ない……!)

 バロンの飛空艇団赤い翼の存在理由は、空の安全を守るため。他国の侵略や脅かすためではない。

 そのことはセシルが一番よくわかっているはずなのに……。

 

「よしっ!!」

 

 リディアがぼんやり思案にふけっていると。

 突然ルカが大きな声を上げて、勢いよく立ち上がった。

 

「ぐずぐずしてられないっ。休憩終わりっ!」

「うん、行こう」

「アガルトタイト早くゲットして、バロンに行かなきゃ!」

「そうだよ。ファルコン号直さなきゃ」

 

 相づちを打ちながら、リディアも腰を上げる。

 すると、ルカが空に向かってびしっと指をさした。

 

「そしてバロンに損害賠償請求っ!」

「えぇ!?」

「城を壊した弁償してもらわなきゃ。お付き合いは続けるから大丈夫」

「……ちゃっかりしてるなあ」

「やられた分はきっちり返してもらう。これ、国同士のお付き合いの基本だからね」

 

 にししと白い歯を見せた笑うルカに。リディアもつられて、笑みを浮かべてしまった。

 

(ルカがいてくれて、よかった……)

 この数日間。ルカの明るく前向きなドワーフ精神にずいぶん助けられている。

 

「それじゃあ、しゅっぱーつ!」

 

 ルカの威勢のいい掛け声と共にふたり並んで、アガルトの鉱山に向かって再び歩き出した。

 そんな中、だいすきな人の行く末を心の中で案じる。

 

(エッジ……どうしてるかな……)

 緊急寄合開催が決まった日。ツクヨミ宛てに手紙を送った。

 もしかしたら、ツクヨミの中の人もお城を飛び出して、今頃世界のどこかにいるかもしれない。

 

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