フェイクラバーズ 作:かえで
だんっ!
大きな衝撃音と共にファルコン号が大きく揺れた。
「えっ? なに!?」
「まただよ!」
「赤い翼!?」
続けて似たような音と揺れが4回ほど発生して。
ファルコン号の舵を握るルカと、その隣に立つリディアが共に驚く中。
黒衣の男がリディアたちのそばに近付いてきた。
「人が落ちてきたようだ」
「ほんとだ……! 手当てしなきゃ!」
黒衣の男が指さした後ろ、甲板に人が何人か倒れている。
「あれは……!」
その中のひとりが視界に入るやいなや。リディアは目を大きく見開いた。
濃紅色のマントをまとう銀色の髪……だいすきな人とそっくり。
「——エッジ!?」
「ええ? エッジが落っこちてきたの!?」
リディアは叫び声を上げると、エッジとそっくりな男性の元へ一目散に駆けだした。
「エッ……ぅ、っ!」
うつ伏せに倒れる男性の元に駆けつけてみれば。やはり、エッジその人だった。
腰を下ろして、身体を仰向けにひっくり返した瞬間。
エッジの顔が視界に入ってきて、目を強く閉じて身体を固まらせた。
(やっぱり、まだ治ってなかった……)
すっかり忘れていた。
エッジの顔を見ると刺すような目の痛みに襲われ、息苦しくなることを。
「エッジっ!! ねえ……しっかりしてよっ!!」
症状が落ち着くと目を開き、エッジの顔を見ないように視線をずらした状態で。
意識のない身体を揺さぶりながら、何度も必死に呼びかける。
(死んじゃやだっ!!)
今の不穏な世界情勢を、エッジが放置しておく訳がない。
いずれ旅に出るだろう。いつか、どこかで会えるかもしれない。
心のどこかで、うっすらそう思っていたけれど。こんな再会の仕方なんてありえない。
このまま死んでしまうなんて、絶対に許さない。
「よ、う……リディア……」
「!」
呼びかけを続けてから、1分ほど経った頃。
かすかな声が聞こえて、揺さぶる手を止めた。……意識が戻ったようだ。
「……ごく……ねえ……な」
エッジが続けて、何か小さくつぶやきながら腕で目元を覆った。
「……あ、ああ……よかった……!」
何をつぶやいたのかほとんど聞き取れなかったが。
エッジが生きていた嬉しさで聞き返す余裕はなかった。
「……っ、他の奴ら」
「——待ってて! 見てくる!」
エッジの言葉を聞いてすぐに立ち上がり、ルカの元へ向かう。
(御伽衆のみなさん……)
ルカはファルコン号を着陸させてから、他に倒れている者たちを介抱していた。
顔見知りの忍者の中に、ひとりの少年が倒れている。
ルカからも事情を聞き、元の場所に戻れば。エッジは未だ腕で目元を覆ったまま倒れていた。
「あのね。ザンゲツさん、イザヨイさん、ゲッコウさんと……男の子の3人が落ちてきたの。一緒だった人、他にもいる?」
「……それで全員」
「そう……みんな気絶してるけど、大丈夫だから」
「っ、助かったか……」
自分だけ生き残らずに済んでよかった。
エッジがそう安堵しているように、リディアの目に映った。
「誰かに突き落とされたの?」
「……ファルコン号、パクったとこ覚えてるか」
「うん」
「そっから飛び降りた」
「あ……あんなところから!?」
けろっとしたような声で、エッジが口にした場所に耳を疑う。
さっと振り返り、バブイルの塔を見据えた。
(あ、あの人が塔に行けって言わなかったら……!?)
ここまでの会話と様子で想像するからに、エッジは死を覚悟して。
御伽衆と共に、自らバブイルの塔の格納庫から飛び降りたようだ。
ファルコン号の格納庫は、バブイルの塔の地底部分にある。
確かあの部屋は、地底から見えるバブイルの塔より、はるか上——地底の天より上——にあったはず。
普通そこから飛び降りたら、地面に叩きつけられて死んでしまう。
「無茶だよ! わたしたちが来てなかっ」
「——上にいたら、ぶっ殺されてた」
「!?」
「っ、一か八か賭けたんだよ……!」
「ちょ、ちょっと……」
エッジが顔から腕を離して立ち上がろうとする。
へっちゃらなのか、はたまた無理をしているのか。
「まだ休んでなきゃ」
「——こんな状況で休んでられっか」
「っ……」
エッジを止めようとしたら、けんもほろろに言い返されてしまった。
拒絶されたような気がして、胸が痛い。
「そういやさ」
戸惑いながら立ち上がると逆に声をかけられて、胸がどきりと高鳴る。
「な、なに……?」
「オレの顔。まだ見れねえようだな」
「……!」
(視線逸らしてたら、気付いちゃうか)
エッジの顔を見ると、目の痛みや息苦しさが起こる……。心の傷が未だ治っていない。
当の本人からそれを指摘されてしまい、咄嗟にうつむいてしまった。
「ごめ」
「——戦闘に支障ねえなら、別に治んなくていいんじゃね」
投げやりなエッジの言葉が刃のように、胸をさくさくっと抉ってくる。
(わたしに……顔、見てもらえなくてもいいんだ)
リディアを単なる駒——戦闘員としてしか見ていないように聞こえるし。
今はお面をかぶった『ツクヨミ』で、リディアと付き合っているから。
リディアが素顔を見ようが見れまいが、どうでもいいようにも聞こえる。
「……あいつら見てやんねえと」
エッジがそう独り言をこぼしながら、ルカのところへ向かった。
「ちょっと、大丈夫!?」
「ああ。おまえらのおかげで助かった」
「……何があったの?」
「いろいろ。ただ、そういった話は後でな」
「そうだね。今それどころじゃないもんね」
(ルカとは普通にしゃべるんだ……)
ルカと互いに久方ぶりの再会を喜び合っている。
そんなエッジの様子を、複雑な思いで眺めながら。
運転席のそばで棒のように立つ、黒衣の男の元に向かった。
「あ、あの……すみません」
ほぼ素っ裸の身体を視界に入れぬように。うつむいたまま黒衣の男に声をかけた。
「どうした」
「……あなたはこうなることがわかってたから、塔に行けって言ったの?」
この男に行き先を指示されていなければ、今頃エッジたちは死んでいただろう。
偶然にも程がある。
「塔に何かあるのは感じていたが、人が落ちてくるとは思わなかった」
「……偶然ですか」
「そう」
「——ちょっといいか」
無愛想ながらも黒衣の男が答える中。背後からエッジの声が聞こえた。
「……何だ」
(いつのまに、こっちに……)
エッジが男のそばに立ち、男の姿を上から下までじろじろ眺めている。
「いやな、あんたとどっかで会ったことあるような気ぃしてさ」
「気のせいだろう」
「そうかね」
「私に構っている暇があれば、部下の面倒を見てやるんだな」
「……はいはいっ、と」
黒衣の男に、そっけなくかわされてしまったからだろう。
エッジが肩をすくめながら、元いた場所に戻っていった。
「あの」
「何だ」
「あの人たちの介抱……手伝ってもらえますか」
「わかった」
「っ、ありがとうございます」
ここでぼさっと立ち尽くしている場合ではない。
黒衣の男と一緒に、御伽衆が倒れている場所へ向かいながら。
4年ぶりに再会した『エッジ』との関わりに、先行き不安を感じるのであった。
(あんな『エッジ』、いやだよ)
§
その後、ファルコン号は同じ地底世界にあるドワーフ城へ。
御伽衆が救護隊から手当を受ける間。リディアたちは夕食をとりながら。
互いの近況報告並びに情報を交換。明日バロン城に向かうことが決まった。
今晩はドワーフ城に泊まらせてもらうことになり。
リディアと黒衣の男が、それぞれ部屋を充てがわれる一方。
『御伽衆と同じ部屋で休むから、オレの部屋はいらねえよ』
エッジがそう言い残すと、ひとり先に広間を後にした。
——午後9時過ぎ
こんこん
ある客室の扉を2回叩いて、程なくしてから扉が開いた。
そこからエッジが顔を出したが、近寄りがたい気配を漂わせている。
「……こんな時間から何だ」
虫の居所が悪そうな声でエッジに用件をたずねられて、うろたえてしまう。
「……エッジと話……したくて」
「——そんな余裕ねえ」
(どうしてそんなにこわいの……?)
うつむいた状態で用件を恐る恐る答えていたら。
エッジに遮られる形でぴしゃりと断られてしまった。
「ごめんなさい……邪魔しちゃって」
「明日朝早えんだ。さっさと寝ろ」
「……っ、おやすみなさい」
夜の挨拶をすると同時に、エッジが扉を閉めようとする。
次第に細くなる扉の隙間。その向こう側の光景に、リディアはぎょっとした。
部屋の奥で、御伽衆がそれぞれベッドに横たわっている。
その中のひとり——ザンゲツが上体を起こして歯ぎしりしながら、こちらをにらんでいる。
ザンゲツと視線が合わない。どうやら彼はエッジに視線を向けているようだ。
にらんでいることがバレたら、またエッジに怒られるのではないか?
リディアがそうザンゲツの身を案じていたら。
「あ、待てよ」
「わっ」
扉の隙間が完全になくなる一歩手前で、エッジの声。同時に扉が再び大きく開いた。
「なに?」
「おまえ、ツクヨミと付き合ってたな」
「……知ってたの?」
エッジが『ツクヨミ』の名を出した途端。胸に、もやっとしたものが沸き上がる。
そして、エッジがここまで無愛想な理由に感付いた。
「そっちの村長の手紙ん中に書いてあった」
「あぁ、だから……」
エッジの述べた理由に合点が行った。
先日知ったばかりだが、ラルフはミストで何かある度に『エッジ』に書状を送っている。
彼なら、それとなくリディアとツクヨミが恋人になった報告をしていてもおかしくない。
「まだ別れてねえだろ」
「う、うん。付き合ってるよ」
「つっても、よそに仕事出たっきりで、それ以上答えようなくてな」
「十分だよ。教えてくれて……ありがとう」
うつむきがちにエッジに薄い笑みを見せるも、もやもやが胸の内に広がっていく。
(エッジもあたしも……何やってるんだろう)
『エッジ』と『ツクヨミ』を使い分けるエッジだけでなく。
ついつい話を合わせてしまう自分自身にも呆れてしまう。
「もういいだろ」
「……うん、おやすみなさい」
「寝坊すんなよ」
ばたん!
エッジがそっけなくそう言ってから、荒っぽく扉を閉めた。
(こんな状況でも自作自演……やりすぎだよ……)
ひとり廊下に取り残されてしまい、がっくり肩を落としながら。
その場を離れて、ごたまぜの感情を抱えながら部屋に戻った。
エッジに不満に思う一方。嬉しくなる自分もいた。
『ツクヨミ』と離れ離れになったリディアを不安にさせないように。
エッジはあんな嘘をついてくれたのかもしれない、と。
——翌朝
バロン城に向かうために、リディアがドワーフ城そばに停泊中のファルコン号に乗り込めば。
既に黒衣の男が運転席近くのベランダに背を預け、出発を待っていた。
「……」
黒衣の男と目が合い、会釈したら小さくうなずいてくれた。
(介抱も手伝ってくれたし、まともな人だよね……服以外は)
異常なまでに寡黙な男だが、人としての常識は備わっているようだ。
昨夜の話し合いでも黒衣の男は、ほぼ無言。
唯一『バロン王のそばに、幻獣をあやつる少女もいるだろう』と発言したぐらいだ。
「おっはよー! リディアー!」
船体部への出入り口から威勢のいい声。ルカが走って運転席にやってきた。
「おはよう。準備終わった?」
「ばっちり! 当分ここに戻ってこなくて大丈夫だよ!」
ファルコン号へ荷物を積み込む作業が終わったらしい。
ルカを手伝っていたと思われるドワーフ兵が、次々とファルコン号から降りていく。
「朝早くから、ありがとうね」
「どうしたしまして」
「こっちも終わったぜ」
程なくして、エッジも運転席にやってきた。
未だ臥せっている御伽衆の4人を、ドワーフ兵に部屋まで運んでもらっていたようだ。
「それじゃあ、もう出発出来るね」
「ああ」
エッジは朝食も部屋でとっており、本日顔を合わせるのは初めてであった。
「おはよう、エッジ」
「……おはよ」
うつむちがちにエッジに挨拶したが、たった一言だけしか返ってこず。
心にすきま風がぴゅうと吹いた。
(物足りない……)
昔は挨拶に続いて『お、寝ぐせついてるぞ』『頭ぼっさぼさだなぁ』などと。
余計な一言も付け加えてくれていたのに。
「ねえエッジ」
「なんだ?」
「部下の人たち、本当に連れてっても大丈夫なの?」
「ああ、休んでりゃ治るだろ」
エッジがルカに声をかけられ、愛想よく返事している。
それを見てふたりに気付かれぬよう、子どものように口をとがらせた。
(なにこれ……露骨すぎない??)
ルカとリディアとで、エッジの態度が明らかに違う。
ルカがそれに気付いていなさげなのは、リディアとエッジの事情を何も知らないから。
なおかつ、彼女が大抵のことをプラス思考に捉えるドワーフ精神の持ち主だからだろう。
たかが挨拶ひとつで、寂しさを感じていたところにこれだ。
無視されないだけでもまし。贅沢な悩みだ。
頭ではそうわかっているけれど、ますます寂しさが募ってしまう。
「エブラーナ帰りたいって、誰も言わないの?」
「言うかよ。あいつらはオレと一蓮托生だからな」
—— —— ——
昨日エッジと御伽衆が『偶然』ファルコン号の甲板上に落下してきた。
エッジはほぼ無傷だったが、御伽衆は全員身体を動かせないほど弱っている。
御伽衆は2の月に入ってすぐ、調査のために世界各地に派遣されていた。
そして、昨日バブイルの塔でエッジと合流。
疲労がたたっていたところに、落下の衝撃がとどめとなったようだ。
そんな状態でも全員エッジに同行を志願したため、連れて行くことにしたという。
—— —— ——
「すっご……! それもう恋愛じゃん……!」
「ま、それに近いかもしんねえな」
エッジと御伽衆の固い主従関係を知り、ルカが感嘆の声を上げている。
彼らの関係を、ルカが恋愛に例えたのは一理あると思った。
エッジたち5人は、エッジの希望でファルコン号の1室を充てがわれている。
もちろん御伽衆唯一の女性、イザヨイも彼らと同じ部屋。
自分たちの間に他者は介入してくるな。エッジがそうアピールしているように感じる。
(だ、だめもとで聞いてみよう!)
そんな状況では、どうせ断られるかもしれないけれど。
エッジにあるお願いをすることに決めた。
「ねえ、わたしでよかったら御伽衆のみなさんに付き添」
「——いらねえ」
「……そう」
「あいつらは自分らで何とか出来る」
(やっぱりだめか)
ザンゲツをはじめに顔見知りが多い御伽衆に、挨拶も兼ねて付き添いしてあげたい。
そんなお願いは、お館様のすげない一言であっけなく拒否されてしまった。
「残念だったねぇ」
「ルカ……」
「部外者に立ち入られて、尊い主従関係崩されちゃたまんないんだよ」
ルカに肩を叩かれて、冗談交じりで慰められた。
彼女はエッジたちの恋愛のような主従関係を尊重するらしい。
「……エッジに任せておいた方がいいね」
「そうそう!」
返事と裏腹にちっとも心は晴れず。誰にも見えぬように唇をきつく噛む。
(あたしとザンゲツさんを会わせたくないんだ……!)
御伽衆に属しながら、唯一『ツクヨミ』の事情を知る老齢の忍者がいるから。
エッジはお願いを断ったと思われる。
—— —— ——
ザンゲツは控えめだが、御伽衆はみんなエッジを神さまのように崇めている。
エッジが『オレ以外の奴らと接触するなよ』と命じれば。彼らはそれに従う。
—— —— ——
(エッジのことだから、部屋に鍵をかけてきたかも……)
などと、頭の中でエッジの行動予測をしているうちに。
エッジの運転でファルコン号はドワーフ城から離陸していた。
「ねえ、リディア」
「なぁに?」
「昨日『も』あまり寝てないでしょ」
「……」
「ほら、やっぱり」
図星を突かれて黙ったままでいると、ルカから沈黙は肯定とみなされてしまった。
幻獣たちが消えてから、リディアは幻獣たちのことが心配で、眠れない日々が続いている。
しかし、更に昨日から不眠の一因が増えてしまったとは、とても言えない。
「今更、思いついたんだけどさ」
「何を?」
「自分にスリプルかけたら?」
「あ……!」
ルカの提案に虚をつかれた。
「全然思いつかなかった……」
自分自身に睡眠魔法スリプルをかければ、一応睡眠を確保できる。
身の危険が迫らない限り、黒魔法は人に使わないことしていたため。
これまでそんな発想をしたことがなかった。
「出来る限り体力温存するには、魔法利用もアリだよ」
「そうだね……」
「わたしも楽させてもらえるようになったしー」
この人のおかげとばかりに、ルカがおどけたような表情でエッジを指さした。
—— —— ——
ファルコン号は旧式の飛空艇。自動運転機能はついていない。
運転中は立ちっぱなしだし、運転は思った以上に集中力を使う。
ルカの疲労を軽減するために、エッジが提案を持ちかけたことで。
今後ファルコン号の運転は、エッジとルカで折半することになった。
—— —— ——
「善は急げっていうし、部屋で休んでおいでよ」
「今から?」
「バロン着いたら目覚まし時計使って起こしてあげる」
「……それじゃあ、お言葉に甘えるね」
エッジも黒衣の男も口を挟まない。リディアはルカの勧めに従い運転席を離れた。
数歩進んだところで一度立ち止まり、後ろを振り返る。
そして、現在運転席にいるリディアの不眠の一因でもある男の背中を軽くにらんでから。
自身の部屋がある船体部に向かった。
(何よこれ……挨拶ぐらいさせてくれたっていいじゃない)
部屋に戻る途中。御伽衆たちが休む部屋に寄ってみると、予想通り、鍵がかかっていた。
抜かりないというか。必死というか……。
エッジの用意周到さに辟易しながら、自身の部屋に戻ったのだ。
§
ベッドの端に腰を下ろし、上体を後ろに倒して目を閉じれば。
昨日からのエッジの姿が否応なく脳裏に浮かんできて、胸がきしむ。
(あたしが演技に騙されてるって思い込んでるから……)
エッジは一人二役を続ける気でいるようだ。
リディアにやさしい『ツクヨミ』の逆、リディアに冷たい『エッジ』として。
「……わかってたけど……」
エッジは『ツクヨミ』でないと、リディアとろくに話す気がないことを。
それでも、ああまで塩対応されるとは思わなかった。
—— —— ——
13年前、月での最終決戦の間。
エッジは惚れた女性——リディアから、すげない態度を取られ続けた末に。
別れの挨拶を雑に済まされて、異世界に帰られてしまった。
—— —— ——
(あの時のばちが当たったのかも)
自業自得とはいえ、当時エッジは胸中複雑だったに違いない。
13年経った今。その立場に立たされたリディアも、何とも言えない思いでしかないのだから。
「寝よう……【……」
身体を起こして再び仰向けになってから。睡眠魔法スリプルの詠唱を唱え始めた。
(エッジのこと考えてる場合じゃない)
この青き星を脅かそうとしている、謎の少女を。
少女の傀儡にされているであろう、セシルを止めなければ。
リディアは改めて心にそう誓いながら、詠唱を終えると。
意識を強制的に夢の世界に落としたのであった。
§
じりじりじり……!
「……ィア……!」
「う……」
夢の世界の沼底にいたはずが、けたたましい音と共に。
誰かが自身の名を叫びながら、身体を大きく揺さぶってくる。
「リディア!! 起きてっ!!」
目覚めを自覚して目をゆるゆる開ければ、ルカの顔。
どうやらバロンに着いたようだ。
「あぁ、ル」
「——上来て!」
「っ!?」
ルカに腕を強く引っ張られて身体を起こされた。
そう思っているうちに、あれよあれよとベッドからも引きずり降ろされた。
しかも、腕をつかまれたまま、部屋から連れ出されてしまった。
ルカが血相を変えて、リディアの腕をつかみながら廊下を走る。
「も、もうバロンに着いたの?」
「全然!」
「まさか、また赤い翼が来たの!?」
「それも違う! もうむちゃくちゃなんだよ!」
(赤い翼でなければ、一体何だろう?)
なぜルカがこうまで慌てているのか、思い至らないまま。
彼女に引っ張られ続けているうちに、甲板につながる出口が見えてきた。
「見てよ、あれ!」
「!?」
船体部から甲板に出ると同時に、ルカが叫び声を上げた。
彼女にならい、空を見上げた途端。目を大きく見開いた。
(こんなの……見たことない……)
膨大な数の光が、ひゅうひゅう音を立てながら。暗い空から地上に向かって、雨のように降り注いでいる。
流れ星にしては明るく大きいものが、いくつか空から落ちるのも見えた。
「……あれ、隕石?」
「なんだけど、あれだけ明るいと火球だよ」
「あんなに!?」
「さっき、アガルトの島にある森が燃えてたよ」
「うそ……」
「空一面これだし、アガルトだけじゃないと思う」
運転手のエッジと黒衣の男がいる運転席に向かいながら。
隣を歩くルカから、状況を聞かされて故郷がどうなっているか。
ミストを発って以来、はじめて心に不安が生まれた。
「宇宙に散らばっている隕石を、あの月が引力で呼び寄せているようだ」
「あのガキが本気でこの星、潰しにきたんだよ」
運転席に戻れば、リディアとルカの会話を聞いていたのだろう。
黒衣の男が冷静に、エッジが憎々し気に、リディアへ答えてくれた。
(こんなの防ぎきれないよ。ミストも、みんなもどうなるか……)
リディアの胸がますます不安で埋め尽くされていく。
ミストには災害手引書なるものがあるが。
今の状況は手引書の被害想定をはるかに超えている。
エッジの表情を見る限り、エブラーナも想定外だったに違いない。
いや、ミストやエブラーナだけではない。
こんな状況に陥るなんて、誰も予想していなかったのではないだろうか?
「火球だけじゃないよ」
「え……?」
「見てあれ」
「……っ、皆既日食……?」
ルカが指さした東の空を見る。
すると、黒く真ん丸な星の淵から指輪のように光が漏れている。
朝なのに、日の出前のような暗い空の理由はこれだと気付いた。
「あの月、大きくなったように見えない?」
「!」
ルカの一言にはっとして、もう一度日食に視線を向ける。
太陽を覆い隠すもうひとつの月が、昨日と比べて一回り大きくなっているように見える。
「もしかして、この星に近付いてるの……?」
「いずれ、この星に落下するかもしれぬな」
「あんなもんが落っこちてきたら、この星はこっぱみじんだ」
「そんな……!?」
「早くバロン行って、奴らを止めねえと……!」
地上世界はたった一夜で、この世の終わりと言わんばかりに。すっかり様変わりしてしまった。
(おねがい……みんな、無事でいて!!)
そんな惨状を目の当たりにしながらも。バロンに向かう飛空艇の上から。
故郷とそこに住まう親しき者たちの無事を祈る。
今のリディアに出来ることは、それぐらいしかなかったのだ。
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