※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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エッジ視点


見えない護衛

 

 

 現在地上世界には、無数の火球が降り注いでいる。

 まるでこの星の終わりを彷彿とさせる状況の中。ファルコン号を運転していたら。

 ミストの集落周辺と思われる一帯が、白い霧に包まれているのが見えた。

 しかも、不思議なことに火球がその一帯を避けて、空から落ちてくる。

 

 

——数時間後 午後4時過ぎ

 

 

 ミストの発着場と思われる場所に、やっとこさファルコン号を着陸させた。

 

「……着いたぞ」

「お疲れー。大変だったでしょ」

「まあな」

 

 エッジはルカに返事をしながら、ファルコン号のエンジンを止めると自身の肩を叩き始めた。

 

 生まれて初めて霧中で飛空艇を運転したが、隕石を避けるのと同じくらい気を遣った。

 

 —— —— ——

 薄暗い空から飛んでくる無数の隕石を何とか避けながら。ファルコン号はバロンに向かった。

 

 上空から見えたバロン城からは、バブイルの塔と同じ不気味な色の光が放たれている。

 謎の少女が城を乗っ取りました。どこからどう見ても、そう言わんばかりである。

 

 そんな城までの道のり……バロンの城下町に人は誰も歩いていなかった。

 代わりに徘徊していたのは、アンデットのモンスター。

 

 エッジたちはモンスターを倒しながら先を進み、バロン城に到着。

 ところが、城には強固な結界が張られていて中に入れない。

 結局バロンから撤退して、近くのミストに立ち寄ることにした。

 

 目的地に近付き、エッジたちはみな目を驚かせた。

 ミストの集落とその周辺は白い霧に覆われており、そこには火球は全く落ちない。

 ……ミストは無被害だった。

 —— —— ——

 

(灯りつけてもほとんど変わんねえし……)

 ミストとその周辺を覆い尽くす霧の中に入ってみれば。どこもかしこも濃白の世界。

 照明をつけても普段の夜間と違い、遠くが見えない。

 普段の倍以上も時間をかけて、慎重に舵をとりながら緩やかな速度で着陸した。

 

「っていうか、この霧……すごくない?」

「昔のミスト、こんな感じだったのかも……」

「えーと、ミストドラゴンが守ってくれてたって奴?」

「うん」

 

 ルカとその隣にいたリディアが空を見上げながら、話をしている。

 

 ふたりの会話を聞いて、エッジは過去にリディアが教えてくれたある話を脳内で振り返る。

 

 —— —— ——

 ミストドラゴンはミストの洞窟に暮らしながら、バロン方面からの侵入者を監視し、排除していた。

 同時に集落周辺に霧を発生させて、村の存在を隠していた。

 —— —— ——

 

(まさか、ドラゴンが生き返ったのか?)

 その霧は、13年前のミストドラゴンの落命と共に消えたはずなのに。

 今こうして、再びミストを覆い尽くしている。

 

「もしかしたら、ミストドラゴンの子どもが霧を起こしてるのかも……」

「えー? それならリディア、契約出来るじゃない!」

 

(そういや、たまごはまだ割れてなかったな)

 自然現象の霧では都合よく火球を回避することは不可能。

 この霧は、たまごからかえったミストドラゴンの仕業。

 リディアのそんな予想は、あながち間違いではないかもしれない。

 

「まだわからないよ。集落のぞいてみないと……」

「何にせよ、よかったじゃない。ここは被害なさそうだし」

「っ、そうだね……」

 

 おそらくミストは無傷。ルカにそう指摘されたものの。

 リディアの表情が冴えないように、エッジには見えた。

 

(素直に喜べねえわな)

 火球による被害を免れたのは、地底とおそらくミストだけ。他はそうではないからだろう。

 実際、先ほど寄ったバロンも、謎の結界のおかげでバロン城は無傷だったが。

 城下町を歩いている最中、隕石のようなものが落ちてきたし。

 屋根や壁が崩れて、ガラスが割れている家屋や店舗をいくつか見かけた。

 

「それじゃあ、行こ」

「——わたしパス」

「え、どうして……?」

「ファルコン号見ておきたいの。火球避けたつもりだけど、どこかぶつけてるかもしれないもん」

 

 ルカがファルコン号の点検のために居残り宣言した。

 

「ここなら安心して点検出来るもんな」

「そう! そういうことなんだよ!」

 

(これ、もう完全に声治ったろ)

 エッジはルカをフォローしながら、心の中で安堵する。

 ……リディアのすぐ近くで、本来の声が出せることに。

 

 —— —— ——

 数年前から、エッジはリディアの前でセシルの声しか出せなくなった。

 更に1年ほど前からは、声そのものが出せなくなった。

 

 ところが、先月。時間を巻き戻すかのように、セシルの声が出るようになった。

 ファルコン号に落下した直後から、本来の声も出せるようになった。

 

 昨日エッジは、格納庫の奈落の底に落ちながら。じきに迫る死を受け入れようとした。

 その時、心の中に潜む『白』も本体に続いたから。失声の縛りが解かれたのかもしれない。

 —— —— ——

 

「あんたはどうする?」

「よからぬものは感じぬ。私もここで待つことにしよう」

 

 ベランダに身体を預けている黒衣の男に声をかけたら。

 エッジの予想通り、ミストには行かないと答えてくれた。

 

(ここはモンスターも出ねえしな)

 黒衣の男は悪意や危険を感じたり、必要に迫られない限り、動かず黙したまま。

 バロンを発ってからここまで、全く言葉を発していなかったことから。

 ミストは安全な場所だと判断したようだ。

 

「そんじゃ、決まりだな。——おい、ルカ」

「何?」

「部屋にいるから、リディア戻ってきたら呼びにきてくれ」

「うん、いいよ」

 

 エッジも遠回しに居残りを宣言し、背を翻して運転席から離れた。

 

「ちょっと待って!!」

「……なんだよ」

 

 数歩進んだところで、背後からリディアに呼びかけられて、立ち止まる。

 

「どうして……ミスト来ないの?」

 

 誰も集落についてきてくれないことに、リディアがどこか焦っているように聞こえる。

 

「御伽衆ほっといたままでいろってか」

「あっ……」

「——じゃあな」

 

 リディアに背を向けたまま、手をひらひら振りながら再び歩き始めた。

 

 程なくして、リディアの気配が離れていった。ルカがいる運転席に戻ったようだ。

 

「エッジもわたしと一緒なんだよ」

「うん……」

「置いてかないから、行っておいで。みんなに顔見せてあげたら喜ぶと思うよ」

「っ、わかった……行ってくるね」

 

 船体部の出入り口に入る手前で、聡い耳がリディアとルカの会話を拾った。

 ルカの説得に納得して、リディアがひとりで集落に向かったようだ。

 

 —— —— ——

 リディアに会えて嬉しくない訳がない。

 地獄に向かうつもりでいたら、目の前に好きな女がいた。

 

『ここは天国か?』

 

 本気で勘違いして、そう口にしてしまったぐらいなのだから。

 —— —— ——

 

 御伽衆と自身が休む部屋に戻ったエッジ。

 御伽衆に現在の状況を簡潔に話してから、再び部屋を飛び出した。

 

『そ、そんな無茶なぁ……!』

 

 部屋の奥から、エッジとそっくりの情けない声が聞こえてきたが。もちろん無視。

 

「『隠れみの術』」

 

 廊下を歩きながら、自身の姿を消して甲板に戻ってから。

 ジャンプひとつでファルコン号から飛び降りて、リディアの後を追ったのであった。

(おまえには見えねえけど、オレもついていくぜ)

 

§

 

 リディアが灯球をふわふわ浮かばせて。白い霧が立ち込める草原を足早に進む。

 霧で視界が遮られていても、住み慣れた故郷の位置関係を大体把握しているようだ。

 

 程なくして、リディアがさくらの木のそばを通過。集落に入ったようだ。

 すると、エッジの聡い耳に誰かの話し声が入ってきた。

 

「あれ、せんせーじゃない?」

「……あんな火の玉浮かばせてんの、せんせーしかいねえよな」

「うんうん」

「っ、よし! おまえら行くぞ!」

 

 声の主は、悪ガキ3人組。彼らがよくこの周辺を徘徊しているのを、エッジは知っていた。

 

「リディアせんせー!!」

「わっ」

 

 オリバたち悪ガキが、リディアのそばに駆け寄ってきた。

 

「おかえり! せんせー」

「せんせー生きてたー!」

「よかったー!」

「オリバ、みんな……!」

 

(こいつらが元気ってことは、やっぱミストは無傷なんだな)

 しばしの間、教師と生徒がお互いの無事と再会を喜び合っている。

 

「……お父さん元気?」

「元気元気。公民館にいるから連れてってやるよ」

「せんせー絶対驚くし、喜ぶと思うぜ」

「まずかーさんが、ぎゃーぎゃーわめくって」

「ぎゃははは!」

「それなぁー!」

 

 悪ガキたちに公民館に連れて行かれるリディア。

 その後を追いながら、エッジは彼女たちの会話を盗み聞きした。

 

 —— —— ——

 リディアが幻獣界に発ったが、その日に帰ってこなかった。

 幻獣界で何かあったのか。もしくは、幻獣界にまたまた幽閉されたのか……。

 不安に思ったオリバやベスが、翌日ラムウやシルフを何度も召喚するも現れない。

 ならばチョコボをと召喚を試したが、無理だった。

 

 リディアは帰ってこない。召喚術も使えない。

 やはり、幻獣界に異変が起こったのかもしれない。

 ちょうどこの頃。バロンが不穏な動きを見せ始めたこともあって。

 ラルフの一存で、更に警戒レベルを高めた。

 現在ミストのほとんどの住民が、公民館に避難しているという。

 —— —— ——

 

「あとは公民館に行ってからのおたのしみなっ」

 

 オリバが含みを持たせて話題を締めたところで、当の公民館が見えてきた。

 リディアたちが門を潜り抜ける。

 すると、何と偶然にもライザとアリサが何か話しながら入口から現れた。

 

「ちょーどいいところに来たね」

「かーさーん! ライザおばさーん!」

「せんせー帰ってきたぜー!」

「えっ?」

「何ですってぇーー!!」

「たっ、ただいま……アリサ、ライザ……」

 

 リディアがおずおずと悪ガキたちの後ろから、親友たちの前に現れる。

 すると、ライザやアリサが表情を一変させて、悲鳴を上げながらリディアの身体に飛びついた。

 

「よかった……っ、もう会えないかと……思って……!」

「わたしも……」

 

 ライザがリディアの肩に顔を付けて、身体を震わせている。おそらく泣いている。

 

「あぁっ、足ついてるー!?」

 

 美しい友情を微笑ましく眺めていると、そばから突拍子もない声が聞こえてきた。

 

「幽霊じゃなくてよかったわぁー!」

「ばかっ……! 人のこと、勝手に殺さないでよっ!」

 

(こんな時でも、妖怪口お化けかよ)

 息子たちの予測通り。アリサが感極まった表情ながらも、大声を上げながら。

 リディアの身体をべったべた触って、生存を確かめている……。

 

「リディア帰ってきたってマジか!!」

「ほんとだ! あれリディアちゃんだよ!」

「よかった……! 死んでると思ってたわ」

 

 アリサのでかい声を聞きつけたのだろう。

 屋内から多くの住民がわらわら出てきて、リディアたちのそばに集まってくる。

 

「す、すみませんっ……! ちょっとどいてもらえますか……!」

 

 集まる住民たちの間を縫って、ラルフが慌てたように飛び出してきた。

 

「おかえり、リディア」

「ラルフさん……!」

「無事で本当によかったよ……!」

 

(ずいぶんやつれてんな……)

 リディアが帰ってきたことに安堵したのだろう。

 ラルフが笑みを浮かべるも、顔色はあまりすぐれない。

 2の月に入ってからめまぐるしく動く情勢に、精神的疲労が溜まっているように見える。

 

「いろいろあって、ご心配おかけしました」

「召喚術が使えなくて大変だっただろう?」

「それもありますけど……今、ミストの外が……」

 

 リディアから外の状況を聞かされるうちに。ラルフや住民の表情が険しくなる。

 

 現在非常に濃い霧がミストを覆いつくしており、外の状態は何もわからない。

 隕石が今なお、地上に降り注いでいることや。もうひとつの月による常時日食状態も知らなかったようだ。

 

(生まれ故郷がどうなってるか気になるわな)

 話を聞いて、その場にいたほぼ全員——大半は移民——が黙り込んでしまった。

 

「霧がなかったら、ミストもやられていたのか……!」

 

 ラルフが神妙な面持ちで、霧に包まれた白い空を見上げている。

 

「ミストドラゴン、とうとう生まれたんですね?」

「いいや、まだだ」

「じゃあ、この霧は……?」

「そのことで君に会ってもらいたい人がいるんだ。まだ時間いい?」

「ええ」

「じゃあ、僕についてきて」

 

 ラルフがそう言って、リディアを連れてその場を離れた。

 

(ここの奴らも、オレも野次馬か)

 集まった住民も、リディアとラルフの後をぞろぞろついていく。

 妙な一体感を覚えながら、エッジも後を追うと。辿り着いた先は公民館の裏庭だった。

 

「——すみません」

『はーい』

 

(誰だ?)

 ラルフが屋上を見上げて声をかけると、のんびりとした女性の声が聞こえてきた。

 

「リディアが帰ってきました。下に降りてきてもらえますか?」

『わかりました』

 

 その直後。屋上から何者かが鳥のように軽やかに飛び降りて、リディアの目の前に立った。

 

「えっ……?」

『久しぶりね。リディア』

「お、おかあ……さん?」

 

 翠色の長い髪を風になびかせながら。白いワンピースを着た女性に向かって。

 リディアが感極まったような表情で、正体をたずねている。

 

(リディアとそっくりじゃねえか!!)

 エッジは女性の正体にすぐ気付いた。

 まさか、ここでリディアの母親エスタの姿を拝めるとは。

 

『そうよ。まあ、まあ……すっかり大きくなっち』

「——お母さぁんっ!!」

 

 いらっしゃいとばかりに、エスタが両手を横に広げた瞬間。

 リディアがエスタの身体に飛びつき、胸に顔をうずめて泣き出した。

 

『会いたかったわ……』

「っ……うっ、っ……あたしも……」

『ふふ……やっぱり、今でも甘えん坊さんなのね』

 

 例え幻影でも、母親と再会出来た。そんなリディアに、エッジも、心から深い共感を覚えた。

 

(よかったな。おふくろに会えて……)

 エスタのことは、リディアの思い出話でしか知らないが。

 未だに墓参を欠かさないぐらいには。リディアが母親を慕っていることを知っていたから。

 

「っ、よかったね……リディア……」

 

 死に別れた娘と母親が、13年ぶりに再会を果たした。

 そんな場面を目にして、ミネルバが泣き出しただけでなく。

 ライザをはじめに、すすり泣く住民まで出てきた。

 

 エッジも姿を隠した状態ながら、リディアとエスタの抱擁を。

 微笑ましく眺めていたが、ふとある疑問が湧いてきた。

 

(死んだ奴には触れられねえはずだ。つーか、なんで他の奴らにも幻影見えてんだよ?)

 エッジが昨日出会った、両親やルビカンテの姿は幻影。いわゆる幽霊だった。

 触ろうとしても、その姿を通り越してしまい触ることが出来ない。

 それなのに、今のエスタは生きた人間のごとく娘とぎゅうぎゅう抱きしめ合っている。

 そもそも幻影は、当事者にしか見えないはずなのに。

 

「……あれ?」

『……』

「も、もしかして生き返ったの!?」

 

 エッジが感じた疑問に、リディアも気付いたらしい。

 顔を上げて、真っ赤に腫らした目をそっちのけで。

 エスタの身体を、ぺたぺた触って生身かどうか確かめている。

 

「エスタさんは今、ジャンヌさんの身体を借りてるんだよ」

「おばちゃん……? あっ、ほんとだ」

 

(憑依してるのか)

 ラルフの言葉を聞いて、リディアがエスタの左手をとるとすぐに手を離した。

 彼女の薬指にはまっているヒスイの指輪で、身体はジャンヌのもの。そう気付いたようだ。

 

「きみが幻獣界に向かった次の次の日から霧を起こして、たまごとミストを隠してくれているんだ」

 

 エスタが、亡きミストドラゴンの代わりをつとめているため。ミストは隕石による被害を免れていたようだ。

 

「お母さん、今までどこにいたの?」

『たまごといっしょに眠っていたのよ』

 

 エスタは過去を懐かしむような表情で、これまでの経緯をリディアに話し始めた。

 

 —— —— ——

 契約者は、ミストドラゴンを召喚出来る女性のこと。

 一時代にひとりしかおらず、ミストドラゴン直々に指名されることもあって。

 ミストの中で、最も栄えある立場……崇められていた。

 

 契約者は、儀式やら仕事をいろいろ任されていたが。

 その中に、年に一度ミストの洞窟に足を運び、ミストドラゴンと直接交流を図る機会もあった。

 その内容は、相手が上層部だろうが血縁者だろうが。他者に一切明かしてはならなかったという。

 —— —— ——

 

『ミストドラゴンと契約してから、5年経った頃かしら……』

 

 その日、エスタが1年ぶりにミストの洞窟を訪れたら。

 突然ミストドラゴンから『たまごを宿した。私はもう不死ではない』と告白されたという。

 

『そのたまごを守るように頼まれて……私が死んだら、魂をたまごに留める術をミストドラゴンにかけてもらったの』

「ミストドラゴンが生きてる間に、たまごが割れてたかもしれないのに……わざわざ?」

『念には念を入れてでしょうね』

 

 ミストドラゴンはたまごを宿してから、いろいろ考えたらしい。

 不死を解かれただけで、簡単には死なないにしても。たまごが割れぬうちに、自身が殺されれば。

 たまごは取り残される上に、エスタも死んでしまう。

 

 仮にそうなった場合、エスタに死後たまごを守ってもらいたい。ミストドラゴンは、そう思い至った。

 エスタも『あくまで念のため』という認識で了承し、特殊な術をかけてもらったという。

 

『まさか人に倒されて本当に死ぬなんて、ミストドラゴンも私も予想していなかったのよ……』

 

 その数年後。ミストドラゴンは侵入者——セシルとカイン——に倒されて、命を落としてしまった。

 契約者のさだめによって、エスタは命が潰えた瞬間。生前掛けられていた術が発動。

 それ以来、ほんの数日前まで、たまごと一緒に眠っていたという。

 

『幻獣たちが一斉に消えたことで目が覚めて、ジャンヌに身体を貸して欲しいってお願いしたの』

 

(『備えあれば憂いなし』が功を奏したのか……!)

 どんな状況が起こってもいいように、前もって用心することがいかに重要か。

 エッジはここまで話を盗み聞きして、それを深く思い知らされた。

 

「どうして、おばちゃんの身体を借りたの? たまごがおばちゃんのおうちに置いてあったから?」

『それもあるけど、ジャンヌは「魔力の持ち腐れ」だからよ』

「あっ……!」

『ミストドラゴンのように霧を24時間継続するには、私の力だけじゃちょっと足りなかったの』

「……おばちゃん、今どうしてるの?」

『中でこちらを見てる。あなたが帰ってきたから、すごく安心してるわ』

 

 ジャンヌは生まれつき並外れた知性と精神の持ち主である。

 その影響で勘や直感といったものがとても鋭く、霊感も強い。

 エスタはそれを知っていたため。目覚めてすぐに憑依させて欲しいとお願いしたという。

 

「おばちゃんが魔法をろくに覚えなかったのって、霊感のせい?」

『そうなの。小さい頃は制御出来なくて、嫌でも見えるし聞こえるから「こわい、こわい」ってよく泣いてたのよ』

「うそ……想像出来ない……!?」

 

 望まずして、血まみれの人間などグロいものが見えたり。

 『こっちにおいで……』などと、おどろおどろしいささやきが聞こえたり。

 子どもの頃からそんな状態が続けば、精神的にやられてしまうだろう。

 

『ジャンヌのおじいさんが、棒術を教えるようになってから制御出来るようになったけど。今度は男勝りになっちゃったのよね……』

 

 当時泣き虫だった親友を思い出したのだろう。エスタが笑みをこぼした。

 

(マジで仲良かったんだな……)

 エスタとジャンヌの友情の深さを思い知らされる。

 突然現れた幻影から『身体貸して』と言われて、簡単に応じる者はそうそういない。

 

 ジャンヌは親友エスタの死に目に会えずじまい。

 それが原因で、未練を残し続けていた。以前リディアからそう聞いたことがある。

 それぐらい思い入れのある親友の気配を、たまごから感じ取っていたから。

 エスタの要請を難なく受け入れたのだろう。

 

§

 

 こうなった経緯を、おおむね説明し終えたからだろう。

 

『あなたに、どうしてもやってもらいたいことがあるの』

 

 エスタが表情を硬くすると、娘の肩に両手を添えながら更に続けた。

 

『今幻獣たちは何者かに操られて、意志と無関係に地上のあちこちで使役されているの。だから』

「——解放してあげたら、いいんだね」

『ええ。それが終わったら、幻獣たちの力を借りてミストドラゴンを誕生に導くから……またここに戻ってきて欲しいの』

「たまご、今すぐ割っちゃだめなの?」

『まだ早いのよ。ミストドラゴンからは10年でたまごがかえると教えてもらってたけど……』

「それでも、10年かかるの!?」

「幻獣界ではね。ただ地上は……」

 

 エスタと話し合って結論を出した。

 ラルフがそう前置きした上で。ある仮説をリディアに話した。

 

 —— —— ——

 動物や魚のたまごの飼育には、適切な温度や日光が必要不可欠なように。

 幻獣界に属する者が宿したたまごには、世間一般的に力と呼ばれる知性や精神が必要になる。

 

 幻獣界はたまごの飼育に適した環境にある。理由は幻獣たちが暮らしているからに他ならない。

 彼らの身体からは常に、強大かつ収まり切れない量の力があふれていて空気中に漂っているからだ。

 

 一方、地上はたまごの飼育環境に適していない。

 現在幻獣が住んでおらず、空気中に漂う力の量はほぼゼロに近いから。

 —— —— ——

 

「だから、ミストドラゴンのたまごは割れるまでに時間がかかっているんだ……」

『あの日から13年経ったって聞いた時、もうびっくりしちゃったわ』

「初めての事例ですから、ミストドラゴンも一般的な年数しか、エスタさんに答えようがなかったんだと思います」

 

(異例まみれだな)

 数年前にラルフから届いた書状に記されていた、雨期の成り立ちにしても。

 先ほどエスタやラルフが立てた仮説にしても。

 ミストドラゴンという幻獣は、幻獣界において極めて異質な存在だった。

 エッジにますますそう思わせてくれた。

 

「もうひとつ、きみに見て欲しいものがあるんだ」

 

 ラルフがそばにあった窓に近付き、外から開けてリディアに室内を見せている。

 エッジも住民の隙間をくぐりぬけて、室内をのぞいてみた。

 

 机や椅子が取り払われた会議室内の床に、魔法陣が大きく書かれている。

 その中央で、たまごを抱えて座っているのはベスだ。

 

 大人が6人、ベスを取り囲むようにして、魔法使いさながらにロッドを手にして座っている。

 大人たちはロッドの先端についている赤い石を、ベスの身体に当てて何か祈っているように見える。

 

「あれは……?」

 

 まるで儀式のようなそれを、窓から見ていたリディアが。そばにいるラルフやエスタにたずねた。

 

「たまごに力を送ってあげたら、早くかえるかもしれないと思ってね。エスタさんに相談して、あのやり方を考えていただいたんだ」

『たまごだけど、残された幻獣はあの子だけ。今の状況では、割れるまで待っていられないのよ』

 

 オリバやベスをはじめ、リディアの指導の下で召喚術の修行に励む子どもたちが。

 交代交代で魔法陣の中央に座り、たまごに力を送っている。

 そうでない子どもや大人も交代しながら。魔法陣の中央に座る子どもに各々の力を送っている。

 昼も夜も、ほぼぶっ通しで続けているため。現在住民の大半は公民館で寝泊まりしているという。

 

「みんなで……たまごを……!」

「反対する人。ほとんどいなかったよ」

『召喚術を教わっていないから、たまごに干渉出来ないだけで、みなさん多かれ少なかれ力は持っているもの』

「これもミストの理想形のひとつだと思うんだけど……リディア、どう思う?」

 

 村を挙げての、たまご孵化作戦の説明を聞かされた最後に。

 ラルフに問われたリディアが、戸惑うような表情で周囲を見回し始めた。

 住民たちの表情を窺っているのだろう。それが終わるやいなや、表情をぱあっと明るくさせた。

 

「……賛成! みんなが出来ることを出来る範囲でやればいいんです!」

「きみならそう言ってくれると思ったよ」

『昔のままなら、こんなことさせてもらえなかったわね……』

 

 エスタが苦笑交じりで口にした一言と、ラルフの意気込みから。前任の村長を思い起こさせた。

 

(あいつがラルフを村長に推したのはこういうとこか……!)

 ミゼルもラルフもゼロ。過去に自身の無力さをエッジやツクヨミに悲観しつつ。

 力のある者——ミストではリディア——に依存しがちなミストの環境を憂いていた。

 ミゼルの幼なじみでもあり、同志的存在でもあったエスタなら。

 ラルフのやり方に反発どころか、協力にするに決まっている。

 

「ただね。僕があれをやると、すぐへろへ」

「——あんたより10分長持ちした、あたしの勝ち―!」

「っ……」

「見た目にそぐわず、へなちょこなんだから。そんちょー、しっかりしてよねー?」

「は、はい……」

 

 得意げな表情のアリサに悪態をつかれて、ラルフが巨体を縮こませる。

 すると、その場がどっと笑いに包まれた。

 

 それからもリディアがラルフやエスタと何か話している。

 その様子を遠巻きから窺いながら、エッジは思う。

 

(立ち寄ってよかったぜ……!)

 バロン城に入れず、この先どうするか不透明だったところに。

 幻獣奪回と共に、2代目ミストドラゴンの誕生という新たな目標が出来た。

 

 謎の少女は様々な特殊能力を持っているが、攻撃は幻獣召喚に頼りきり。

 リディアが幻獣を奪回すれば、少女の力を削ぐことが出来る。

 リディアがファルコン号に戻り、説明すれば黒衣の男も同意するに違いない。

 

§

 

「ミストは何も心配いらないからね。身体を大事にするんだよ」

「はいっ。ラルフさんたちも無理しないで下さい」

『気を付けて行ってらっしゃい。無事を祈ってるわ』

「うん。それじゃあ、行ってきます!」

 

 発着場まで送って行く。そう申し出た親友ふたりを伴って。

 リディアは、ラルフやエスタや多くの住民に見送られて、公民館を後にした。

 

「……」

「……!?」

「……」

 

 発着場までの道中。後ろからついて歩くエッジの耳にリディアたちの会話は届かない。

 親友同士でのお約束。防音魔法をリディアが使ってくれたようだ。

 このまま後をついていても仕方がない。

 

(その前に……)

 先に帰ることに決めて、リディアの背中をじいと見つめる。

 

『               』

 

 過去にアスラやリディアに立てた誓い。

 エッジはそれを改めて声に出して、言霊の力で誓いをより強固なものにさせてから。

 駆け足でリディアたちを抜かして、ファルコン号に帰ったのであった。

 

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