※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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勝手に決めないでよ

 

 

 —— —— ——

 幻獣を取り返す旅が始まってから、4日が経過。

 謎の少女に掌握されていた幻獣数体を奪還し、リディアは召喚術が使えるようになった。

 幻獣を奪還する度に戦友と再会し、彼らをファルコン号に連れて帰った。

 しかし、暴走した幻獣の攻撃でみんな衰弱しており、救護室で眠り続けている。

 —— —— ——

 

 

——2の月18日 午前9時

 

 

 昨夕、アガルトの島の海岸にファルコン号を停泊させて、そこで一夜を過ごした。

 本日は火球落下以来、一度も訪れていないエブラーナに向かうことになっている。

 

 ルカがいる運転席に向かい、朝の挨拶を交わした。

 黒衣の男も、今や定位置と化した運転席そばのベランダにもたれて出発を待っている。

 

「嫌な空……」

 

 ふと見上げると、太陽の光が失われた暗い空。

 リディアはそれを視界に入れながら、苦々しくつぶやいた。

 

 —— —— ——

 2の月14日。地上世界に無数の火球が降り注いだが、翌日には収まった。

 今は一筋の流れ星のように、時折どこかに落ちるのを見かける程度。

 赤い翼の飛空艇もすっかり見かけなくなった。

 —— —— ——

 

 火球は落ち着いたが、もうひとつの月による皆既日食は続いている。

 日増しに、もうひとつの月も少しずつ大きくなっている。

 今は朝だというのに空一面、夜明け前のように薄暗い。

 

「あの子に会わない限り、これがずっと続くなんて憂鬱だよ」

「火球が落ちてこないだけでもマシなのかな」

「油断禁物。またいつ降るかわかんないよ」

 

 ここまでの出来事で、謎の少女がセシルや幻獣だけでなく。

 もうひとつの月も操っている可能性が浮上した。

 あの少女を何とかしない限り。いずれこの星は滅んでしまうかもしれない。

 

「イフリートを見つけたらミストで、次がバロンかな」

「お城の中に入れるといいね」

「早くあの人に、ギルバートと会わせてあげたいなあ……」

 

 リディアが口にしたあの人とは、ダムシアン国王ギルバートの女性秘書ハルのこと。

 

 —— —— ——

 昨日、ダムシアン城に立ち寄ったら真っ先にハルが現れた。

 城の主ギルバートが、数日前にバロン城に赴いたまま帰ってこないという。

 

 それから互いにここまでの経緯を話し合ってから。ハルからこう直訴された。

 

『いずれバロン城に向かうのでしたら、どうか私も連れて行ってもらえないでしょうか? 陛下の御身が心配で……いてもたってもいられないのです……!』

 

 懇願のような志願を受け入れて、ハルもファルコン号の旅に連れていくことにした。

 —— —— ——

 

「あの人、ギルバートのこと好きでたまんないもんね」

「……ルカも気付いてたんだ」

「見りゃわかるって。ごはん配りにさっき部屋に行ったら、ギルバートのことすごく気にしてたよ?」

「そう……」

 

 同行を志願した時のハルの必死な表情が、イザヨイの主君へのそれとよく似ていて。

 ハルはギルバートを恋情込みで尊い敬っている。そう察していていたけれど。ルカも同じことを感じていたようだ。

 

「そろそろ行く準備しとこ」

「今日は先なの?」

「うん、そ」

「——待て」

 

 ファルコン号のエンジンをかけるために、舵を握ろうとしたルカを止める声。

 振り返ってみれば、エッジとその後ろに御伽衆の4人が控えていた。

 

「あれ? その人たち……?」

「これからこいつらにも運転させる。おまえ今日は休みな」

 

 エッジに親指でさされた、御伽衆がルカに向かって一礼した。

 彼らは昨日まで、エッジと同じ部屋で終日休養していたが、全員回復したらしい。

 

「本当にいいの?」

「ああ。何もなけりゃ、2日は余裕で休める」

「やった……! また楽させてもらえる!」

「みなさん、もう大丈夫なんですか?」

「はい。おかげさまですっかり元気になりました」

「よかった。ずっと姿を見なくて心配だったの」

「いやはや……リディア様のご配慮に感謝いたします」

 

 リディアが御伽衆の体調をうかがうと、老齢の忍者が代表してお礼を述べる。

 それから、4人揃ってこちらに一礼してくれた。

 

 —— —— ——

 現在、旅の実質的なリーダーをつとめているのはエッジだった。

 行き先、航路、王族、飛空艇の運転……。

 共通点が多いからだろう。彼とルカは、話す機会がとても多い。

 

 ところがエッジの自作自演劇、いわゆる13年前の逆転現象はまだ続いていて。

 リディアが声をかけても、エッジはそっけない態度を見せる。

 逆もしかりで、戦闘前中後の必要に迫られた時。それぐらいしかエッジから声をかけられない。

 —— —— ——

 

(みんないい人だなあ……おかしいのはエッジだけだよ)

 だいすきな人からの塩対応が続き、リディアは日増しにささくれる一方であった。

 そこに来て、御伽衆の丁寧な対応。ちょっぴり心が癒されたような気がした。

 

「きみも飛空艇、運転出来るの?」

「もちろんです。御伽衆は何でも出来て当たり前ですから」

「へえ、すごいじゃなーい」

 

 ルカが感心しながら、ツキノワの頭を撫でている。

 

(この歳から敬語話せる子、ミストにいないなあ)

 御伽衆唯一の子ども忍者が話すのを、リディアははじめて聞いた。

 とても子どもとは思えない礼儀正しさに感服してしまう。

 

「他の人たちは何するの?」

「お館様の護衛です」

「常にお側に付き従うのが天命ですから」

「わぁお! これぞ主従関係……!」

 

 ゲッコウとツキノワの答えを聞いて、ルカが目を輝かせている。

 部下としての模範解答なのかもしれないが、リディアはどうも腑に落ちない。

 

(御伽衆さん、エッジのダミーリングみたい)

 これまで部下を自身の護衛につかせたことはなかったのに。

 エッジが御伽衆を盾にして他者……。いや、この自分と『わざと』距離を置いているようにしか思えない。

 

「お館様」

「なんだ」

「お寒くございませんか? 何か羽織るものを」

「——いい」

「かしこまりました。いつでも声をおかけください」

 

 イザヨイが、エッジの背後から声をかけながら。風で乱れたお館様の濃赤色のマントを直している。

 

(エッジの奥さんみたい……)

 夫婦さながらのやりとりを目の当たりにして、胸がじりじり焼けつく。

 それをぐっと我慢しながら、ルカに視線を移す。

 

「……救護室行ってくるよ」

「あっ、わたしも行く」

 

 ルカは、現在救護室で休んでいるアーシュラ、ポロム、パロムと仲がいい。

 リディアに同行を申し出てくれた。

 

(お見舞いが終わったら、エブラーナに着くまで部屋にいよう……)

 これ以上ここにいたら、こんな場面を何度も見なければならない。

 エッジが『わざと』イザヨイの好きにさせているかもしれない。

 イザヨイもイザヨイで、上司を気遣ってあんなことをした。

 

 それが頭ではわかっていても、湧き上がる感情はまた別だ。

 イザヨイを嫌いたくない。嫉妬する自分にも嫌気が差すぐらいなら。ここにいない方がいい。

 

「寝てるとこ起こすんじゃねえぞ」

「わかってまーす」

「それじゃ……」

 

 ルカを伴い、エッジや御伽衆たちの前を通り過ぎようとしたら。誰かが目の前にぐらっと倒れてきた。

 

(ぶつかっちゃう!)

 リディアがそう思った瞬間。

 

「わっ!」

 

どん! 

 

 強い衝撃と共に尻もちをついてしまった。

 

「も、申し訳ございませぬ……!」

 

 老齢の忍者が焦ったような声で謝罪しながら、手を差し伸べてくれた。

 

「いえ、そんな……!?」

 

 ザンゲツの手を取って立ち上がると、彼の手はすぐに離れていった。

 しかし、リディアの右手の中には何かが残ったまま。

 

(これ、もしかして……?)

 その材質を感触で瞬時に判断して、エッジに悟られぬよう強く握りしめる。

 

「大丈夫?」

「うん。平気だよ」

「いやはや、老いぼれかつ病み上がりで……どうも足元が」

「——何やってんだ!! 早く運転しろ!」

「ぎょ、御意……」

 

(相変わらず、当たりきついなあ……)

 上司に怒鳴られて、ザンゲツがおどおどしながら運転席で舵を握っている。

 リディアはそれを不安げに見届けてから、「行こう」とルカを促し、その場を離れた。

 

§

 

 救護室に着いたが、全員眠っていたため、すぐ部屋を後にした。

 動力室に向かうルカと廊下で別れて、自身の部屋に戻るやいなや。

 備え付けの書机に向かい、ここまで固く握りしめ続けていた右手をそっと開いた。

 

「やっぱり手紙だ……!」

 

 親指大ほどに小さく折りたたまれた紙。それを目にして、思わず声を上げた。

 少し緊張しながら開いていけば、用紙1枚に達筆な文字で書かれた手紙であった。

 ザンゲツが、リディアにぶつかった風に見せかけて渡してくれたのだ。

 

「えーと……『ドワーフ城での、お館様のぶしつけな振る舞いをどうかお許しください』……ザンゲツさんが謝るようなことじゃないのに」

 

(エッジのフォローまで……大変だなあ)

 ドワーフ城での突撃エッジのお部屋訪問で、ザンゲツが出入り口をにらんでいたが。

 やはりエッジに対するささやかな反抗だったようだ。

 

「……『先日ミストに立ち寄った際、お館様は部屋に行くと嘘をつき、リディア様の後を追って集落の様子をのぞきに向かいました。おそらく「隠れみの術」を使っ』——ばっかじゃないの!?」

 

だん!!

 

 リディアは怒りのあまり、手紙読みを途中で辞めて大声で叫びながら。

 紙をつかむ両手を机の上に叩きつけた。

 

(最初っから、素直についてこればいいじゃない!)

 ミストの集落に帰ったリディアの後を、こそこそついて歩いていたなんて。

 エッジに腹立たしさを覚えてならない。

 

 忍術は『隠れみの術』をはじめ、目的次第で姑息な手段にも利用出来るものが多い。

 それを容易に使える忍者というジョブを、改めて恨めしく思いながら。

 今度は声に出さずに、手紙の続きを読み進める。

 

 —— —— ——

 我ら御伽衆は、昨晩お館様から御身の護衛に付くよう命じられました。

 正直なところ、お館様には護衛は必要ないと思いますが、命令に従うしかございません。

 

 お館様がリディア様に冷たい態度をとっておられるのは、『ツクヨミ』との差別化を図るため。

 何ともばかばかしい話ですが、拙者はそう推測しております。

 今後、御伽衆はその名目でお館様と他者、特にリディア様の壁となるでしょう。

 —— —— ——

 

(あたしと同じこと考えてる!)

 『エッジ』の印象を下げるためなら。部下や忍術……使えるものは何でも利用する。

 エッジのそんなやり口を、ザンゲツも不本意に思っているようだ。

 そして、手紙にはまだ続きがあった。

 

 —— —— ——

 あいにく拙者は、お館様に物言い出来る立場ではありません。

 リディア様にこうして事実を伝えることしか出来ず、大変申し訳なく思っております。

 今後もご迷惑をお掛けすると思いますが、なにとぞご理解賜りますようお願い申し上げます。

 

 追伸 読み終えたら、この文を処分して下さいませ。

 —— —— ——

 

 追伸に従い、紙をびりびり小さく小さく破りながら。安堵の表情で、こうつぶやいた。

 

「……ザンゲツさんがいてくれて、よかった……」

 

 こんな時まで、エッジとの関係を気にかけてくれた。しかも、事実を包み隠さず伝えてくれた。

 そんなザンゲツに、心の底から感謝しかない。

 

 現在ファルコン号には、エッジとリディアの関係を知る者はザンゲツ以外誰もいない。

 事情を知り、わかってくれる人がいるだけで心強くなれる。

 

 正面の窓を開けて、隙間から小さな紙片を全て投げ捨てた。

 無事に証拠隠滅を終えてから、机の上に突っ伏す。

 

「お返事、書きたいなあ……」

 

 実はリディアも、ザンゲツに教えてあげたいことがある。

 ……彼が親しくしているミゼルの現況を。

 

(まずエッジがおじちゃんのこと興味ないし)

 あの日、エッジもミストに潜入したなら会話を聞いているかもしれない。

 しかし、ザンゲツがいる御伽衆にミゼルのことを話すとは思えない。

 

 ***

 

——数日前

 

 ミストの一時帰郷は驚きの連続だったが、ずっとそこにはいられない。

 母エスタやラルフたち住民に別れを告げて、集落を後にする直前。

 リディアは、やっと気付いた。……ミゼルがどこにもいない。

 

「ねえ、お母さん」

『なあに?』

「おじちゃんに会った?」

 

 例え期間限定でも、幼なじみが帰ってきたのに。なぜミゼルは、この場にいないのか。

 身体を貸してあげるほど、ジャンヌはエスタとの再会を喜んでいるのに。

 あの男は一体何をしているのか?

 そんな疑問を持ったリディアに、ラルフが何とも言えない表情でこう言った。

 

「ミゼルさんは、今ミストにいないんだ」

「えっ」

「君が幻獣界に帰った日に旅に出てね」

「旅!?」

 

 旅とラルフは口にしたが、ミゼルがどこへ行ったのかすぐ思い至った。

 

(エブラーナ城しかないじゃない!!)

 ミゼルにとってのエブラーナは、移住するなら第1希望。それぐらいには大好きな国である。

 身元を偽りながらも使用人として、真剣にお仕事に取り組んでいる。

 ミストが大変なので、当分仕事休みます。という訳には行かず、ひとりでエブラーナに渡ったのだろう。

 

「僕とジャンヌさんには、事前に打ち明けてくれたんだ。ずっと姿を見せないから、ここのみんなも、もう知ってる」

「わたし、何にも聞いてません……」

「申し訳ない。きみが幻獣界から戻ってくるまで口止めを頼まれてたんだ」

「……おばちゃん置いてミストから出てっちゃうなんて、勝手すぎるよ……!」

『そんなに怒らないであげて。ジャンヌは快くミゼルを送り出したんだから』

「えっ」

『たまごがなかったら、ジャンヌも一緒に旅に出ていたかもしれない。でも、ジャンヌはたまごがどうしても気になって、ミゼルの誘いを断ったの』

 

(おばちゃんがおじちゃんについて行ったら、今ミストはこうなっていなかったかもしれないけど……)

 ラルフやエスタの説明を聞いても、夫としてのミゼルの行動だけは理解出来なかった。

 エブラーナに行くのはいい。しかし、妻をひとり残して旅立つとは……。

 

『ミゼルはジャンヌやミストが嫌になった訳じゃないの。そこは誤解しちゃだめよ?』

「……わかった。もし見つけたら、引きずってでも連れて帰ってくるよ」

 

 リディアはぶすっとしながら、発見次第ミスト強制連行を提案したが。

 薄い笑みを浮かべたエスタに、こう言われてしまった。

 

『ほうっておきなさい』

「……どうして? おばちゃんひとりじゃかわいそうじゃない」

『ジャンヌも「死なないからほっとけ」って中でわめいているから、好きにさせておけばいいの』

「それ、いつもの勘?」

『たぶんね』

 

(おばちゃんがそう言うなら、何も言えないじゃない)

 ジャンヌの肩を持つエスタに、リディアは開いた口が塞がらない。

 ふたりとも、ミゼルのことが心配ではないのか??

 

「お母さん……おじちゃんに会えなくてもいいの?」

『私はもう死んだ人ですよ』

「……」

『どうしたの?』

「っ、そんな寂しいこと……言わないで……」

 

 子どもミストドラゴン(仮)が誕生すれば。エスタは消えてしまう。

 次にミストを訪れたら、本当にお別れせねばならない。

 改めてそう気付かされて、うつむいてしまった。

 

『普通、生者と死者はこうやって会えないし、話せないの。魂があの世に行ったら、ジャンヌでも見ることすら出来ないの』

「っ、知ってる……」

 

 エスタがリディアの両肩に両手を乗せながら、こんこんと言い聞かせるように話した。

 

『ミゼルはジャンヌと違って、生死の線引きが出来てる。わたしと会えなくても笑って済ませるわよ』

 

(おじちゃんは未来や今を見て、おばちゃんは過去……)

 何があっても、エブラーナで働き続けたかったミゼル。

 亡きエスタを感じるたまごを、ほうっておけなかったジャンヌ。

 

 お互いやりたいことを優先した結果が、今。

 だからミゼルは、自分に会えなくても後悔しない。エスタはそう言いたいようだ。

 

『もし見かけたら、ミストは何もないことだけ教えてあげたらどう? あの子も安心するでしょう』

「『あの子』!?」

『あらやだわ。つい昔のくせが出ちゃった……』

 

 エスタがくすくすと忍び笑いしている。

 

(小さい頃は頼りなかったのかな?)

 まるで自身の弟のようにミゼルのことを呼ぶ母親が、ここまで言うなら……。

 リディアはエスタを信じることにして、ミストを後にしたのであった。

 

 ***

 

 ちなみに『旅に出た』は、ミストの住民用の理由。

 ラルフはミゼルからミストを当分離れると報告されたついでに。

 近年エブラーナ城で働いていることも打ち明けられた。

 アリサがそんな裏事情を、公民館からミストの発着場に向かう途中で教えてくれた。

 

「大丈夫かなぁ……?」

 

(おばちゃんの勘、外れないよね)

 エスタ(とジャンヌ)のおかげで、ミストのことはあまり心配しなくてよくなった。

 けれどミゼルの安否は気になる。

 これから訪れるエブラーナ。その国のお城で、元気でいてくれるといいのだが……。

 

 

——数十分後

 

 

 窓の向こうに、エブラーナ大陸が見えてきた。目的地まではもうすぐ。

 そう思い、部屋を出て廊下を歩いていたら。ルカと鉢合わせ。

 ふたりで甲板に戻ったものの、飛び込んできた光景にぎょっとした。

 

(ザンゲツさんの手紙通りだ!)

 エッジをぐるりと囲む御伽衆が。エッジのダミーリング——リディア除け——にしか見えない。

 

「わぉ、ガードかたーい……!」

「あれじゃ近付けないね」

 

 驚くルカと相反して、冷めた口調でぽつりと所感を述べた。

 

「国王さまの護衛って、あんなにすごいんだ……」

「何言ってるの。ルカも王女さまでしょ」

「ドワーフは身分あんまり関係ないし、あそこまでしないよ」

 

(エッジも昔はそうだったんだよ)

 ルカの言う通り、ドワーフ族はみんな根っから明るい。

 国王さまや王女さま関係なしに、みんな家族のように和気あいあいとしている。

 王女さまどころか、国王さまにも護衛を付けない。

 だからこそ、ルカの目にはエッジたちの主従関係がより新鮮に映るのだろう。

 

「エッジも嫌がってないみたいだし、好きにさせておいたらいいよ」

「そうだね。わたしたちは邪魔しちゃだめだめー」

 

 ……特にエッジとイザヨイを視界に入れぬように。ルカと、しばらくベランダから地上を眺めていた。

 ところが、エブラーナ城周辺の光景が視界に入るやいなや。

 人間ダミーリングのことなどどうでもよくなってしまった。

 

§

 

「なにこれ……」

「ここが一番ひどいかも」

 

 エブラーナ城下町の多くの建物が、がれきと化している。

 ところどころで建物から火が上がり、黒い煙が空へと舞い上がっている。

 数年がかりで復興を遂げて活気づいていたそこは、いまや見る影もない。

 

 お城勤と思われる忍者が、お城や城下町を縦横無尽に飛び回っている。

 消火作業や怪我人の運搬をしているようだ。

 

 この数日間、世界各地で隕石による被害状況を見てきたが。

 最も被害が大きいのは、このエブラーナ城周辺だった。

 

「復興してまだ、10年も経ってないのに……」

「エッジ、つらいだろうね」

「うん……」

 

(どうしてエブラーナ……エッジばっかり……)

 少し離れたところに視線を移せば。エッジがベランダから地上を見下ろしている。

 運転手のザンゲツ以外、表情を失くした御伽衆3人に囲まれながら。彼らと同じ表情で。

 

 以前と違い、怒りや悔しさなど感情を露わにしない分。

 エッジのやるせない思いが、痛いほど伝わってきた。

 

§

 

 程なくして、ファルコン号はエブラーナ城のそばに着陸。

 エッジが、お城勤の援護に回るよう御伽衆に命じると。4人は一斉に各地に散らばる。

 そして、リディアたちもファルコン号から急いで降りた。

 

 エブラーナ城の城壁はところどころひび割れを起こしていた。

 東西の塔の天辺も崩れかかっている。

 荒廃寸前のお城の門に待機していたお城勤からの情報で。

 リディアたちは、じいがいると思われる謁見の間に向かった。

 

 城内に入ると、使用人の姿は全く見当たらない。

 まるで大地震が起こった後か。攻め入られた後のような崩壊部分が目立つ。

 天井や床、壁に亀裂が入っており、崩れかけた天井から何かがぱらぱら落ちてくる。

 

§

 

 目的地に辿り着くと、じいが玉座の隣に座っていた。

 じいの表情は暗く、数日前の異常な天変地異もあってか。やつれているように見える。

 

「——大丈夫か! じい!」

「若様……よくぞ、ご無事で……!」

 

 若様の叫び声を聞くなり、さっと立ち上がり、主君の前にひざまずく。

 

「一体何があった」

「30分ほど前、この城に幻獣と思われるものが出現しましてな……」

「っ、イフリートか……!」

 

 エッジが忌まわし気に、実行犯の名を口にした。

 

(あの子に命令されたんだ!)

 炎を操るイフリートは、タイタン並みの巨体で馬力もある。

 主犯——謎の少女が、イフリートにエブラーナ城を破壊させようとしているようだ。

 

「ご覧の通り、縦横無尽に暴れ回ってくれましてな。おそらく今頃、城下町に……」

「ここの奴らは」

「ほとんどは避難所へ。しかしながら……」

「怪我人か」

 

 エッジが首をくいと振った先に、視線を移す。

 すると、崩壊した壁や天井の一部が足や身体にぶつかったのだろう。

 動けぬ怪我を負った。そう見られる使用人が、10数人横たわっている。

(ここにいないよね? もう避難してるよね……?)

 

「さようです。じきお城勤がここに戻り、この者たちを運ぶ手はずになっております」

「……っ!?」

 

 じいの話を聞きながら、倒れている使用人に目を凝らしていたら。

 ある人物を見つけて息を詰めた。

 

 黒いローブをまとい、うさぎのお面をかぶった人物が、仰向けの状態で倒れている。

 

(おじちゃん!)

 タタラの正体は、ここまで安否不明だったリディアの兄代わりの男性。

 頭に何かぶつかったのだろう。

 タタラのフードは外され、右のこめかみを中心に。

 既視感のある栗色の髪の大部分とお面が赤く染まっている。

 足にも何か当たったのか。足元の床に赤い液体が広がっている。

 

(大丈夫なように見えない……! 声、かけたい!)

 リディアはタタラと面識がない(設定)。声をかけたくても、かけられない。

 すると、何も事情を知らぬルカが、タタラのそばにひょいと近付き腰をかがめた。

 

「ねえ、あんた大丈夫?」

『……』

「お面、外した方がいいと思うよ?」

『……!!』

 

 ルカが血まみれのお面に触った瞬間。

 タタラが両手でお面を押さえながら、首を横に振っている。

 

(エッジにばれちゃう!)

 リディアは慌てて、タタラとルカのそばに駆け寄った。

 

「勝手なことしちゃだめだよ」

「どうして? 顔見なきゃ様子わかんないじゃない」

「この人、すごく嫌がってるもん。——ね、嫌ですよね」

『……』

「じゃあ……しょうがないか」

 

 他人のふりしたリディアからたずねられて、タタラが首を何度もうなずかせる。

 

(よかった……)

 それを見たルカがあっさり諦めてくれて、お面をはがす、はがさないの攻防戦は終わった。

 しかし、エッジとじいの話し合いはまだ続いている。

 

「……数日前から城下町並びに、他地方の女子供と非忍者の住民は既に避難。念のため現在お城勤には、城内や城下町を回って怪我人を見つけ次第、避難所に連れていくよう命じております」

「死亡者は」

 

 エブラーナの現状で頭がいっぱいなのだろう。

 エッジはタタラがいることに、全く気付いていないようだ。

 

「昨日の時点ですが、まだひとりも出ておりませぬ」

「そうか……」

 

 隕石落下による死者は出ていない。

 それを知り、エッジがエブラーナに着いてから、はじめて安堵するような声をもらした。

 ミストと同様、エブラーナも13年前のことがあったからだろう。

 非常時に対する動きは万全だったようだ。

 

「とはいえ。このままでは、われらが城……」

「!!」

 

 じいの悲壮な声と同時に、リディアは身体をびくりと震わせた。

 強大かつ慣れ親しんだ気配が、ぐんぐんこちらに近付いてくる。

 

「——イフリートがこっちにくるっ!」

「くそ! 城ぶっ壊しにきたか!!」

 

 リディアの叫びに続き、エッジも憎々し気に叫んだ。

 

 敵意の塊と化した状態のイフリートが戻ってくるとなれば。

 今度こそ、お城は崩壊してしまうかもしれない。

 

 イフリートをここで迎え撃つかどうか決めるのは、暫定リーダーのエッジだ。

 リディアたちが指示を待っていると、数人のお城勤が謁見の間に入ってきた。

 

「じい様っ! お待たせしました!」

「おお、待っておっ」

「——奴はオレが引き受ける! 全員城から退避しろ!!」

「エッジ!?」

「若様、何を!?」

 

 エッジの叫び声を聞いて、耳を疑う。

 自ら囮になる。彼がそう言っているようなものだったから。

 じいとタタラたち怪我人は退避するのはわかる。しかし、なぜ自分たちまで逃げなければならないのか?

 

「あんた何言ってんの!?」

「やめて! ひとりじゃイフリートは無」

「——じきにここは崩れる! 早く行けっ!!」

「待ってよっ! エッジ!」

 

 リディアやルカの制止する声に聞く耳持たず。

 エッジが玉座の隣にある扉から、宮殿の奥へと飛び出していった。

 お館様の指示に従い、お城勤が怪我人をひとりずつ抱えて、次々と謁見の間から出ていく。

 

「……これじゃあ……前と同じじゃない……」

 

 エッジが消えた後を見ながら、リディアがつぶやいた。

 その声は、天井からぱらぱら何かが落ちてくる音や。お城勤とじいの声でかき消された。

 

(どうしてひとりで行っちゃうの!?)

 エッジの去り際は、13年前シドやヤンが取った捨て身の行動を。

 リディアに思い起こさせた。

 

 御伽衆がいても、イフリートや謎の少女に手出し出来なかったと聞いているのに。

 幻獣と遭遇する度に、4人でやっとの思いで幻獣を制して奪還しているというのに。

 エッジがひとりでイフリートに太刀打ち出来る訳がない。死に急いでいるようにしか見えない。

 

「……どうしましょう、じい様」

「ああ、ひとり余ってしまうのう」

「今から行って戻って間に合うかどうか……」

 

 置いてけぼりを食らい、その場に佇むリディアたちをよそに。じいとまだ残っていたお城勤が、何やら話している。

 ここを訪れたお城勤の数が足りずに、タタラだけ余ってしまうようだ。

 

「先に行け」

「え?」

「こやつはわしが連れていく」

 

 自らタタラを連れて、ここから脱出する。

 じいの言葉を聞いて、最後に残ったお城勤が驚いている。

 

「む、無茶ですよ。じい様はもうお歳」

「——それぐらい、まだ出来るわい!」

「っ!!……わ、わかりました。どうかご無事で!」

「タタラ、逃げるぞ」

『……』

 

 最後のお城勤を見送ってから、じいがタタラを起こして肩を貸している。

 

 タタラがじいに寄りかかり、共に謁見の間の出口へ向かって歩き出した。

 ところが、もう片方の足を動かせないのか。タタラは片足でちょんちょん歩き。

 

(さすがにじいやさんは、おじちゃんを抱っこ出来ない……)

 これでは退避する前にお城が崩れてしまうかもしれない。

 そう不安に思っていると、じいとタタラのそばに黒衣の男が近付いた。

 

「私が運ぼう」

「あぁ、かたじけない……!」

 

 黒衣の男が、じいからタタラを引きはがした。

 先ほど若いお城勤に怒鳴っていたが、じいも御年80手前。

 たくましい身体だと一目でわかる、黒衣の男からの申し出を拒まなかった。

 

「行くぞ」

 

 男がタタラを自身の肩に担ぎ、早足で謁見の間の出口に向かおうとする。

 

「ちょっとおじさんっ!」

「どうした」

「エッジ見捨てて逃げる気なの!?」

「老人と怪我人を見捨てよと言うのか」

「っ……」

 

 ルカが黒衣の男の後を追いながら、激しい口調で責めるも。

 逆に淡々とした声で正論を突きつけられて、肩を落として後に続いた。

 

 その様子を見てリディアも彼らの後をついていくも、足取りは重い。

 途中で止まって振り返り、また止まって……を繰り返す。

 

(どうしよう……)

 エッジから『逃げろ』と言われてしまったが、後を追いたい。

 そんな裏腹な気持ちを抱えながら。黒衣の男に運ばれる、タタラのそばに小走りで近付いた。

 故郷の無被害だけは伝えておかねば。そう思ったのだ。

 

「あ、あの……」

『!!』

 

 声をかけた瞬間。黒衣の男の背にぐったり寄りかかっていたタタラが、突然上体を起こした。

 

どん! 

 

「っ!」

 

 タタラに身体を強く押されて、リディアは後ろによろめくも、なんとか踏み留まった。

 

『……!』

 

 タタラが手を上げて、ある方向を指で示しただけでなく。何度もその方向を、びしびし指さしている。

 

(おじちゃん……!)

 それを目にして、リディアの揺れに揺れていた心は、ぴしりと固まった。

 

「ありがと、行ってくるね……」

『……』

 

 リディアが小さな声で、タタラの耳元でささやくと。彼はこくこく二度うなずいた。

 それから、力尽きたかのように再び黒衣の男の背中に寄りかかった。

 

(おばちゃんの勘は当たる! おじちゃんは死なないっ!!)

 死にゆく者が、お面を外されそうになって嫌がる訳がない。

 タタラのことは、イフリートを諌めてからでいい。

 ルカも黒衣の男もいるから、逃げ遅れることもないだろう。

 

「みんな! 先に行っててっ!!」

「リディア様!?」

「待ってよ! リディア!」

 

 ルカと黒衣の男に向かって大きな声で叫ぶと、背中を翻して一目散に駆け出した。

 じいが驚き、ルカが呼び止める声もそのままに。

 

 タタラが指で示していたのは、進行方向とは逆。エッジが向かった先だった。

 タタラに扮するあの男が、エッジの後を追うか迷っていたリディアの背中を押してくれた。

 

(エッジは……絶対に死なせない!!)

 自分がやっていることが、正しいかどうかわからない。

 駆け付けたら、エッジに怒鳴られるかもしれない。

 それでも、リディアは心の赴くままに。エッジが向かった場所へ、無我夢中で走り続けるのであった。

 

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