※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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エッジ視点



熱くなれ

 

 

——その頃

 

 

 裏庭の中央で仰向けに倒れている、エッジのぼやけた視界に映る光景。

 それは身体に炎をまとわせ、エブラーナ城の裏庭を縦横無尽に駆けずり回るイフリート。

 そして、炎の幻獣がぶつかった衝撃で崩れ落ちていく自城の西の塔の頂上部分……。

 

 —— —— ——

 イフリートを裏庭に引きつけることに成功した。ところが、この後がいけない。

 

『来やがれイフリート! 今度は逃げも隠れもしないぜ!』

 

 そう啖呵を切ったにもかかわらず。一撃を食らい炎を浴びて、この有り様だ。

 —— —— ——

 

「っ……しょせんオレは……口だけか……」

 

 もうろうする意識の中。死期が迫っているのを感じながら、ふがいない己を鼻で笑う。

 

 服はところどころ焦げて、手や顔がすすで黒くなっている。

 崩れゆく塔のがれきが、すぐ近くまで落ちてきたと言うのに。

 身体に力が入らず、立ち上がることもままならず、避けようもない。

 

「逃げられたよ、な……リディ……ア……」

 

 途切れ途切れにつぶやきながら、愛する女の無事を祈る。

 死の危機に立たされながらも、エッジには恐れはなかった。

 

 —— —— ——

 なぜ囮になったかなんて、リディアたちを助けるために他ならない。

 今は無理でも、いずれ復帰するであろうヤンたちと協力して、イフリートを制したらいい。

 

 無数の隕石落下による被害で誰も死んでいない。先ほど、じいからそう聞いた。

 これもひとえに『備えあれば憂いなし』をスローガンにして作られた、防災マニュアル。

 加えて、じいたち使用人のおかげだ。

 

 しかも、死に場所は生まれ育ったここエブラーナ城。

 自我を奪われ、人としても死なせてもらえなかった両親に比べたら。

 はるかに恵まれた『死』を迎えることが出来る。

 —— —— ——

 

(ここまで……だな……)

 エッジが『死』を受け入れるために目を閉じようとした、その時。

 

『——なんだ、そのざまは』

「!!」

 

 聞き覚えのある男の声に目をぱちりと開け、声の方向を見つめると。

 赤いマントを羽織った男性が、亡霊のように浮かびあがってきた。

 

「ルビ……カンテ……!!」

 

 ルビカンテの幻影との対面はこれで三度目。なんと今回は話せるらしい。

 

『私の炎に打ち勝ったおまえが、その程度でやられはしないはずだがな』

「!?」

 

(なんだと!!)

 仇敵の男に煽られて、13年前の惨事が一瞬にして頭の中に蘇る。

 

 —— —— ——

 城内で暴れまわるモンスター。

 避難した城下町の民が洞窟で肩を寄せ合う姿。

 変わり果てた姿で、目の前に現れた両親との最期の別れ。

 そして、ルビカンテに仇討ちを申し出て……。

 —— —— ——

 

 当時の怒りが身体中に駆け巡り、力がみなぎってくる。

 

「っ……ま、まだ……やられてねえ!!」

 

 この男に、ばかにされながら死ぬのはごめんだ。

 ルビカンテに言い返しながら、おもむろに立ち上がった瞬間。

 

「——エッジっ!!」

 

 どうして、ここにいないはずの女の声が聞こえるのか?

 耳を疑うエッジの視界に翠色の人影……やはり、リディアだ。

 はあはあ息を切らしながら近付いてきて、マントをぐっとつかんできた。

 

「大丈」

「——ばかやろう!! 逃げろって言ったろが!!」

「っ、そうはいかないよっ!!」

 

 大声で怒鳴りながらリディアの両手を振り払ったが、またマントをつかまれてしまった。

 

「早く逃げろ!!」

「やだっ! エッジひとり置いてけない!!」

「おまえ、死にてえの」

『——情けない奴だ』

 

 逃げろと言っても聞かない。

 そんなリディアに言い返そうとしたエッジを、ルビカンテが遮ってきた。

 

「なんだと!」

『ここに来て、痴話げんかとは……!』

「うるせえっ!! 外野は黙ってろっ!!」

 

 呆れたように頭を抱えるルビカンテに虫酸が走り、思わず言い返した。

 

「……ねえ、誰に怒ってるの?」

「ルビカンテ」

「ええっ!?」

「オレにしか見えねえようだが」

 

 バブイルの塔で、ルビカンテと両親の幻影と出くわした時。一緒にいた御伽衆には見えていなかった。

 幻影は良し悪し抜きに、縁がある者にしか見えないのだろう。

 

『茶番はもう終わりだ』

「何だと……」

『今すぐ思い出させてやろう。——その身に刻まれた真の炎を!!』

 

 エッジとリディアの逃げろ逃げない攻防戦が落ち着いたからか。

 ルビカンテの幻影が炎を操るマントをひらりと翻し、姿を消した。

 

「うわあぁ!!」

「きゃあっ!!」

 

 幻影の代わりに激しい赤い炎が現れて、エッジとリディアの四方を取り囲む。

 

 炎の勢いは止むどころか、じりじりエッジたちに近付いてくる。

 ジャンプしても越えられないぐらい、炎が高く燃え上がっており、逃げ道もない。

 

「……っ!」

 

 迫りくる炎を消すため、急ぎ印を結び水遁を繰り出すも。炎はおさまるどころか更に勢いを増した。

 

「エッジだめ! 水じゃむり!」

「っ、イフリートと一緒か……!!」

 

 燃える油など、勢いが強すぎる炎は水で消せない。イフリートが繰り出す炎も同じだった。

 ルビカンテは、それらと同様の炎を置き土産に残してくれたらしい。

 

(『その身に刻まれた真の炎』……そうか!)

 一体どうすればいい。そう考えあぐねていたら。

 ルビカンテの幻影の言葉が頭に浮かび、水がなくても炎を消せる方法を思い出した。

 

「へっ……最初っから口で言いやが」

「——エッジ! 『向かい火』だよ!」

「!?」

 

 リディアが叫んだ消火方法に、驚きを隠せない。

 同じことを考えていただけでなく、『向かい火』を知っているとは思わなかった。

 

 —— —— ——

 野原や山で草木が燃えて進んでくる火に対し、火勢を弱めて延焼を食い止めるために。

 こちらから点ける火のことを『向かい火』と呼ぶ。

 —— —— ——

 

 炎にやられたら同じ炎で対抗し、風の圧で水では消せぬ炎を消してやればいい。

 これならイフリートが繰り出す炎も無効化出来る。

 

「……よく知ってたな」

「それより、あたしが竜巻起こすから。エッジは」

「——最大級の火遁だな!」

「おねがいっ! 【……」

「っ……待ってろよ! イフリート!」

 

 詠唱を唱え始めたリディアに続き、エッジも両手で素早く印を組む。

 

 程なくして、リディアが繰り出したくるくるはやい竜巻により、エッジが起こした激しい炎が、大きな竜と化す。

 火炎の竜は一瞬にして、ふたりを取り巻いていた豪炎を消し去ってくれた。

 

 

——それから数分後

 

 

 イフリートの身体をまとっていた炎が、しゅううと蒸発するかのように消えていく。

 炎が完全に消えた。それと同時にイフリートがその場に倒れたが。姿を消さず倒れたまま。

 それは、幻獣が謎の少女の呪縛から解放された証でもあった。

 

「エッジ、もうこれで安心だね!」

「おまえら……どうして……」

 

 エッジは声をかけてきたルカと、黙したままその場に佇む黒衣の男を交互に見やる。

 まさか、このふたりも駆け付けてくれるとは思わなかった。

 

 —— —— ——

 風と火の合同技『かえんりゅう』(エッジ命名)を会得したエッジとリディア。

 ルビカンテが繰り出した炎をかき消した直後、黒衣の男とルカが合流。

 4人で仕切り直しとばかりに、イフリートと対峙した。

 

 イフリートが繰り出す炎を『かえんりゅう』で打ち消して。

 黒衣の男が使うブリザガ、そしてリディアが召喚したシヴァ。

 最大冷気の重ねがけで、イフリートを制することが出来た。

 —— —— ——

 

「わたしたちもすぐに、リディアの後を追うつもりだったんだけど……」

 

 エッジが謁見の間を離れてからの状況を、ルカが説明してくれた。

 ここまでイフリートを諫めるのに必死で、経緯を聞いている暇がなかったのだ。

 

 —— —— ——

 駆け付けたお城勤が、怪我をした使用人を運んでくれた。

 しかしお城勤の数が足りず、じいと使用人ひとりが残された。

 

 使用人は片足しか動かせない状態でじいに肩を貸してもらい、逃げようとしていたが。

 それを見かねた黒衣の男が、その使用人を肩に担いだ。

 みんなで出口へ向かおうしたら、リディアまでエッジの後を追ってしまった。

 

 じいと使用人を残して、ルカと黒衣の男がリディアの後を追える訳がなく。

 4人で城を出ようと先を進んでいたら……。

 —— —— ——

 

「エッジの部下のおじいさん……えーと、名前……」

「ザンゲツか」

「そう! その人がふたりを預かってくれたから、引き返してきたんだよ」

「その者が、使用人はこれで全員避難したと話していたな」

「そうか……!」

 

 ルカが得意気に、黒衣の男が至極冷静な表情で答えてくれた。

 ふたりはどちらにせよ、じいと怪我人を外に連れ出したら。ここにくるつもりでいたらしい。

 

(全部片付いたら、ザンゲツに1週間休みやるか)

 ザンゲツがルカたちの元に駆け付けてくれてよかった。

 御伽衆残りの3人、特にイザヨイとツキノワは敬愛するお館様の身を案じるあまり。

 ルカたちに逃げるよう勧めて、自身たちがエッジの元に駆け付けていたかもしれない。

 しかし今の御伽衆の実力ではイフリートの炎を回避出来ても、制することは出来なかったと思う。

 

「リディア、やったね! イフリート取り返したよ!」

「うん……」

 

(オレに怒ってんな)

 ルカが大喜びでリディアの元に駆け寄ったが、思った以上に反応が暗い。

 それを見てこの後、彼女がどんな行動を見せるか大方の見当がついてしまった。

 

「……!」

 

 リディアがずかずか荒っぽい足取りで、目の前にやってきた。

 

「何」

「——ばかっ!!」

 

ばちん!

 

「っ……」

 

 予想的中。リディアに頬を引っ叩かれてしまった。

 

(ローザに比べたら、ちっとも痛くねえな)

 そうぼんやり考えながら。叩かれた右の頬を押さえる。

 

「どうしてひとりで勝手に突っ走るの!?」

「……悪かった」

「エッジはひとりじゃないの。ここの人たちも、御伽衆さんも……わたしたちもいるの! 二度とあんなことしないでちょうだいっ!!」

 

 怒張めいた声でリディアに責められたが、はじめに謝っただけ。

 後は黙って訴えを聞いていた。

 

(『オレ』は、もう仲間のひとりでしかねえもんな)

 わたし『たち』という複数形が、胸に引っかかった。けれど、仕方がない。

 今のリディアには、『ツクヨミ』という恋人がいるのだから……。

 

「……気ィ付ける」

 

 リディアへあいまいな返事しか出来なかった。

 本音は『無理』と答えたかったが、反発されるのが目に見えている。

 かといって、『もう二度とやらない』と答えられる訳がない。

 

「本当に、もうやらない?」

「……」

 

 リディアは誰かが犠牲になるのを嫌う。けれど、エッジはそうではない。

 そもそも、なぜエッジが囮になったのか。彼女には理解出来ないと思う。

 

 一体どう答えたらいいのか。エッジが思考を巡らせていると。

 意識を取り戻したイフリートが、こちらに向かってくるのが見えた。

 

「おい、イフリート起きたぞ」

「あ……」

 

(ちょうどいいところに来てくれたぜ)

 今からリディアはイフリートと契約するだろう。矛先を逸らせる。

 そう思いながら、リディアの問いを無視し続けていると。

 なぜかイフリートは、リディアではなくエッジの前で立ち止まった。

 

「なんだよ」

『……すまぬことをした』

「謝らなくていい」

 

 イフリートが身を縮こまらせながら、破壊行動を詫びてくれたが。エッジはそれを拒んだ。

 

『何を……この有り様にしたのは我』

「——好きでやった訳じゃねえだろ」

『それは……』

 

 これまで奪回した幻獣が、みんなこう話していた。

 

 —— —— ——

 謎の少女に掌握されている間。自分が一体何をさせられているか。

 意識の片隅から見て聞いていた、と。

 —— —— ——

 

 ……エミールに操られていたリディアと同じ状態だ。

 イフリートも例外ではなく、罪悪感に駆られてエッジに謝罪してくれたのだろうが。

 あの少女が何もかも悪いのだから、その必要はない。

 

「それより、早くリディアと契約してやれ」

『……』

「こいつはあのガキとは違う。私利私欲やおまえらが嫌がるようなことで喚ばねえ」

 

 召喚士としてのリディアを、イフリートに売り込んだ。

 10年以上も前。このエブラーナ城で、リディアと交わした何気ない会話を振り返りながら。

 

 —— —— ——

『あのなあ、邪魔ってのはな。イフリートとか喚んで城ん中で暴れたりすることを言うんだぞ?』

『あたしがそんなことする訳ないでしょ!?』

 —— —— ——

 

 冗談交じりの言葉に本気で食って掛かってきた女が。私利私欲目的で幻獣を使役する訳がない。

 せいぜい『ツクヨミ』とヤッて恋人になるために、マインドフレアを召喚したぐらいだ。

 

『そなたの言う通りだな……』

「そうだろ? 壊れたもんはまた作り直しゃいいんだ」

『……』

「ほら、早く契約してやれ」

『……そうさせていただこう』

 

 リディアと再契約するようイフリートに再び促すと。その場を離れて、ルカと黒衣の男の元に向かった。

 

§

 

「幻獣たちも一段落ついたね」

「今日中にゃ、ミストドラゴンとも契約結べるだろ」

「それからバロン城行くんだよね?」

「そうだな……結界消えてっかもしれねえし」

 

 イフリートとの契約を交わすリディアを視界に入れながら。ルカと今後の予定を話し合う。

 地上で暴れていた幻獣は、イフリートが最後だった。

 5体も幻獣がいれば、ミストドラゴンのたまごも割れるだろう。

 

「消えてなくても、バロンでずっと待ってたらいいじゃん」

「……ゾンビだらけのとこでかよ」

「あんなの楽勝でしょ? 燃やすか、ポーション大盤振る舞いしたらいいだけじゃない」

 

 白い歯を見せるルカに、エッジは苦笑した。

 長年に渡り、一癖も二癖もある老技師の下で働いているからか。

 とても一国の王女とは思えない豪快ぶりである。

 

「でも、その前に……」

「なんだよ」

「いつ戻ってこれるかわかんないし、お城の人と話し合いした方がいいよ。このままエブラーナほっといたまま、ミストに行けないでしょ」

「……!」

「わたしたち、ファルコン号で待ってるから」

 

 ルカの勧めに少し驚き、返事に詰まった。

 

 さっきまで、師匠と同じような豪快さを見せていたのに。

 国を治め、民を思う側の立場……王族ならこう考える。そう言わんばかりのことを、突然言い出したから。

 

 正直なところ、城下町が予想以上の被害に遭ったのもあって。それ以外の地域の被害状況も気になるところだ。

 短時間でもいいから、じいと話をすり合わせしておきたいと思っていた。

 

「まだお昼前だし、それ終わってからでもミストやバロンは十分間に合うよ」

「……だったら、そうさせてもらうかね」

 

 技師見習いでも、やはりルカは生まれながらの王女さま。

 エッジは改めてそう気付かされて、ご厚意に甘えることにしたのであった。

 

 

——午後1時すぎ

 

 

 話し合いを終えて、エッジと御伽衆はファルコン号に戻った。

 甲板上にはいるのは、ルカひとりだけ。リディアも黒衣の男もそれぞれ部屋にこもったらしい。

 

「帰ったぜ」

 

 運転席で何かいじっているルカの元に近付き、声をかけた。

 

「あ、おかえりなさい」

「待たせて悪かったな」

「そっちはもういいの?」

「ああ。出来る限りのことはやってきた」

 

 ルカの問いに、エッジは胸を張って答えた。

 

 —— —— ——

 イフリートを奪回後。エッジはリディアたちと別れて、御伽衆と城下町の様子を視察。

 

 その後、じいや一部のお城勤。そして、部署の長たちにエブラーナ城に集まってもらった。

 改めて被害状況を報告してもらったが。本日の襲撃で多数のけが人が出たものの、現時点では死者はいないという。

 

 そして、エッジは思いつく限り、じいたちにたくさん指示を出した。

 全ての元凶——もうひとつの月が見えている間。いつ無数の隕石が落ちてきてもおかしくない。

 それまで避難を解除せぬように。

 最後にそう言い残して、ここに帰ってきたのであった。

 —— —— ——

 

 全てが終わるまで、ここに戻ってくることはないだろう。もう思い残すことはない。

 

(今日中にバロンに行けそうだな)

 懐から懐中時計を取り出し、時間を確認してみれば。まだお昼を過ぎたばかり。

 

「そんじゃ、ミスト行くか」

「待って。——リディアがまだ戻ってきてないよ」

「は?」

「ここに帰ってくる途中で別れたの。避難所行くって言ってた」

「何だと!?」

「もうすぐ戻ってくると思うけどなぁ」

 

 『ツクヨミ』のことがバレるのを恐れて、リディアに他国にいると告げてあったのに。

 ひとりで一体何しに行ったのか??

 

「……探してくる」

「お館様!?」

「お待ちください! おひとりでは……」

「某たちも共に!」

「いい! おまえらはそこで待ってろ!!」

 

 ついてこようとする御伽衆たちに叫んでから。その場で高くジャンプ。

 ファルコン号から降りて、発着場がある南方面へと向かった。

 そこから更に南に下った先に、地下避難所へとつながる坑道の入口があるのだ。

 

 城と発着場を結ぶ大通りを駆け足で進む。

 火球の飛来か。暴走したイフリートのせいか。大通りの両端に並んでいた樹々の多くが黒墨と化している。

 そんな荒れ果てた道の中間あたりで。小さい翠色の人影が見えた。

 ……ちょうど今、リディアが発着場から出てきたらしい。

 エッジは更に速度を上げて、リディアの前で立ち止まる。

 

「あ、エッジ……」

「何やってんだ。——ツクヨミは、ここにいねえっつったろが」

 

 エッジはどすのきいた低く重い声で、リディアを出迎えた。

 いない奴を探しても、時間の無駄だというのに。

 

「ごめんなさい。お友だち……探して……少しお話してた」

 

 リディアはエッジの顔が見ることが出来ない。うつむいたまま、ぼそぼそと謝ってくれた。

 

(いつの間に、エブラーナでダチ作ってたんだ?)

 心の中で首をかしげる。リディアからそんな話を『ツクヨミ』で聞いたことがなかったのだ。

 

「みんな、もう待ってる。——行くぞ」

「うん……」

 

 エッジが背を向けた際、リディアの目元がちらりと見えた。

 

(泣いてたのか)

 まるで泣きはらしたような赤い目をしている。嘘は言っていないようだ。

 そう判断してそれ以上リディアに追及せず、元来た道を戻る。

 

 リディアも後ろからついてきたが、歩く速度を上げる気配がない。

 どうやらエッジと肩を並べて歩く気はないらしい。

 

「あのさ」

「……なに?」

「なんで『向かい火』なんか知ってた」

 

 リディアに歩幅を合わせても、どうせずらされる。

 そう考えて、前を向いたまま。少し気になっていたことをたずねてみた。

 

「ミストの災害手引書に載ってたんだよ」

「!」

 

 『向かい火』は、山火事や草原の草木が燃える火災現象に有効。

 ミストは山に囲まれているし、発着場もだだっ広い草原。

 ミストの手引書に『向かい火』を載せておいて損はない。

 

「昔はミストドラゴンに頼りっきりで、そんなの知る必要なかったけど……」

 

 以前のミストは、災害対策という意識がまるでなかった。

 災害が発生してもミストドラゴンのおかげで、すぐ収拾がついたからだ。

 

「でも、13年前に火事が起こった時は……」

「確かミストドラゴンが死んだ後だったか」

「わたしはセシルと一緒に逃げたけど……なすすべもなかったってみんなから聞いてる。だから、手引書にはミストドラゴンやわたしに頼らない方法がいろいろ載っているの」

「で、そん中に『向かい火』があったんだな」

「うん」

 

 ミストドラゴンがいない状態で火災が発生し、無抵抗無対策のまま。多数の死者が出てしまった。

 ミストの手引書は、その時の反省を生かして作られたようだ。

 

「村長やるじゃねえか」

「……ラルフさん?」

「ああ。あいつが手引書作ったんだろ」

「違う。ラルフさんじゃなくて、おじちゃんが作ったの」

「……何だと?」

 

 災害手引書の完成と配布はラルフが村長就任後。だから、ラルフが作成したように思われがちだが。

 ミゼルが村長を辞める前から作成に着手していたため。ラルフに引き継がず、そのまま完成させたという。

 

「エッジ、知らなかったの?」

「ああ。んなこと、一っ言も書状に書いてなかったんでな」

「そう……」

 

 ちょっと考えたら、すぐに考案者がミゼルだと思い至るのに。

 無関心だったせいで、気付かなかった。

 

 ミゼルは相当頭が切れる。しかも、改革思想——過去のミストを覆す——の持ち主だ。

 あの男なら、ミストドラゴンに依存しない方法を思いつくのは容易だろう。

 

「なんで隠してたんだか……」

「そんなこと、わたしに言われても困るよ」

「……おまえは村長じゃねえもんな」

 

 リディアから困惑したような声で言い返されてしまった。

 エッジは前を向いたまま余裕ぶって答えるも。心の中に、霧のようなものが広がっていく。

 

(ずいぶんご機嫌斜めだな……)

 リディアを迎えにきてから、以前のような明るい声を一度も耳にしていない。

 泣いていたぐらいだ。怪我をした友人の状態がよほど悪かったのか。

 それとも、そっちが無愛想なら、こっちも無愛想でいい。そう学習したのか。

 

「聞いておいてくれは、なしだからね」

「おい……」

「そんなに気になるなら、おじちゃんかラルフさんに聞いてみたらいいじゃない」

「いや、そこまでは……」

「御伽衆さんもみんな元気になったもん。一緒にミストに連れてこれるでしょ?」

 

 リディアから、立て続けに突き放すような言い方をされた。

 これから立ち寄るミストの集落におまえも来い。彼女はそう言いたげ。

 

「お館様!」

 

 返答に詰まっていると、御伽衆が口々にそう叫びながら、こちらにやってきた。

 お館様たちの姿が見えて、出迎えにきてくれたのだろう。

 

「……それじゃあ」

 

 リディアは、エッジと御伽衆のそばには近付かない。

 エッジたちを抜かすと、歩く速度を上げて先にファルコン号へと戻っていく。

 

(オレほど身勝手な奴もいねえよな……)

 何ともそっけない去り際に、エッジは心の中で自嘲した。

 こうなるように仕向けたのは、この自分なのに。

 いざその時が訪れてみれば、胸にすきま風。……寂しくなるとは。

 

「お館様」

「何だ」

「もしミストに足を運ばれるのでしたら、ぜひ某たちを」

「お館様の向かうところ、どこへでもついていきます」

 

 ゲッコウとイザヨイが立て続けに、ミストへの同行を申し出た。

 

 前回は言い訳——御伽衆の看病があったが、そのカードはもう使えない。

 いよいよ『エッジ』として、ミストに足を運ばざるを得ないのか……?

 

「……考えとく」

 

 エッジは返事を先延ばしにして、ファルコン号に向かいながら。

 ミストの集落に『エッジ』として、行くべきか否か。この後の行動を思案することで。

 胸に沸いた複雑な感情にふたをしたのであった。

 

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