フェイクラバーズ 作:かえで
——7の月10日
ミストの夜は、他の国や町に比べて相当早い。
農業に従事する者が多いため、ほとんどの家庭が早寝早起き。
ミストには宿屋や店が存在せず、娯楽要素がほぼ皆無なのも、夜が早い原因のひとつだ。
村唯一の施設である公民館で、毎月10日と20日に行われる寄合。
それが住民にとっての夜ふかしみたいなものである。
「……役割分担も決まったので、明日からぼちぼち準備始めて下さいね」
「今年はえれえ早く決まったなあ」
「去年は『お祭りって何したらいいんでしょうねー? みなさんいろいろ教えてくださいどうかおねがいします』って俺たちに泣きついてきたってのにさー」
「ちょ、ちょっと待ってください!? ぼくそんなになよなよしてませんってー!」
男性が披露したミゼルの声真似に、その場にいたミゼル以外の者たちはみんな大笑い。
もちろん、リディアもその中のひとり。しかし……。
(特徴はつかんでいるけど、やっぱり声が……)
身近でハイレベルな真似芸を味わい、耳が肥えているせいで。
物真似男性に対するリディアの評価は、ちょっぴり厳し目であった。
§
本日の寄合も無事に終わった。
リディアも友人のアリサとライザと、おしゃべりしながら帰り道を歩いている。
女三人寄れば、かしましい。とよく言ったもので。
しばらくすると止まっておしゃべり。また、おしゃべりしながら歩いて……の繰り返しである。
「さっそく実家に手紙書かなきゃー。ねー、ライザー」
「何?」
「花火何本ぐらい頼むー?」
「去年の倍よ」
「あら、えらく思い切ったわねー」
「子どもたちが一度にまとめて遊ぶから、すぐ減っちゃうもんね」
アリサとライザは数年前、家族と一緒にミストに移住してきた。
ライザはリディアと同い年、アリサはリディアたちの3つ歳上である。
ふたりとも既婚者で子どももいるが、3人とも似たような年頃で家の方向も同じ。
寄合が終わって一緒に帰るうちに、気心知れた友人になっていた。
ちなみに、ふたりの子どもたちはリディアの教え子である。
「リディアの言う通りよ。すぐ終わっちゃうのもつまらないしね」
「じゃあ、うちも少し多めに頼もうかしらー」
「ふたりとも発注よろしくね」
「あなたも、今年もまた甘いお仕事ゲット出来てよかったじゃない」
今年もリディアは、花火大会のアイス発注担当に自ら名乗りを挙げた。
まだ決まってもないうちから(勝手に)担当になる気でいた。
そのため、既に各地で評判の高いアイスをいくつかチョイスしてある。
これから、その中から『これ!』というものを選ぼうと考えていた。
「そうなの。誰も立候補しなくてラッキーだったよ」
「去年のアイス、すごく美味しかった。今年も期待しているわ」
「うん! 任せといて!」
ライザから期待を寄せられて、ぱあっと笑みを浮かべる。
ライザは3人の中で一番おしとやか。
衝突しがちなリディアとアリサの間に入って、仲裁役に入ることが多い。
「そういえば、アリサ」
「なーにー?」
「来週のこと、みんなに確認取った?」
「やだ! 忘れてたわー! 明日声かけなきゃー!」
「……来週?」
(何かあったっけ?)
ライザとアリサの会話についていけなくて、きょとんとしながらふたりにたずねる。
「来週はねー、ギルバート様のバロン公演よー?」
アリサが意気揚々とした表情で、来週のイベントを教えてくれた。
ダムシアン生まれのアリサは、幼少の頃からギルバートにお熱を上げている。
それでも、人生の伴侶はギルバートとは別の人。その理由はまだ教えてもらっていない。
(もうそんな時期なんだ)
世界的に有名な吟遊詩人なおかつ、眉目秀麗なダムシアン国王ギルバートのバロン公演。
年に一度のその夜は、ミストの女性たちが一斉に村から消えてしまう。
「リディアも一緒に行かない?」
「……ごめん、遠慮しておくよ」
「そう……」
しゅんとしてしまったライザに向かって、リディアは慌てて両手を合わせる。
「ごめんねっ」
「……」
「来年また誘って? ね?」
「……ええ。期待しないでおくわね」
謝った結果、ライザは顔を上げて笑みを浮かべてくれた。
しかし、どこか納得行っていないように見える。それもそのはず……。
「あんた、今年も『また』同じ台詞じゃない。3年連続使い回しよー?」
「……はい」
「違う断り文句ぐらい考えときなさいよねー」
(記憶力よすぎる……)
アリサの指摘に、ぐうの音も出ない。
去年も一昨年も、同じ言い訳でライザのお誘いを断っていたのだ。
「ギルバート様も寂しがってたわよ?」
「手紙で誘ってるのに、来てくれないってこぼしてたわよぉー」
「……どうして、そんなこと知ってるの?」
アリサとライザに向かって、首をかしげたリディア。
(まるでギルバートから直接聞いたみたい……)
確かにギルバートとは手紙のやり取りを続けている。
手紙の文面には、観においでと誘いの文句が綴られていることも多い。
それでも、公演の最中にギルバートがそんな話をする訳なかろうに。
なぜ、アリサとライザは知っているのだろう。
「そうだわ、リディアは知らなかったわね」
「去年楽屋へギルバート様に会いに行ったら、教えてくれたのー」
「えぇっ!?」
「どーだ、うらやましかろー?」
—— —— ——
3年前、ギルバートの応援団兼愛好会、いわゆるファンクラブが設立された。
年会費を払って入会すれば、良座席の公演チケットを優先的に入手出来る。
ギルバート直筆のサインが入った葉書と会報なるものが、それぞれ自宅に年2回届く。
彼のファンなら大喜びしそうな、会員特典の中に。
なんと公演開始前、終了後どちらかに楽屋を訪れて、ご本人と会話が出来る権利がある。
—— —— ——
アリサとライザは、去年その会員特典を利用して、楽屋を訪れた。
ふたりが、『あたしたち、ミストからやってきました』と自己紹介したところ。
ギルバートが、リディアの話題を出してくれたという。
きゃあきゃあと興奮気味に、ライザとアリサが経緯を話してくれたが……。
リディアは、ぽかんと口を開けてふたりを眺めているだけだった。
「ミストで人気があるのは知ってたけど、世界中……?」
「ええ。あなた、知らなかったの?」
「全然」
「何よ、その反応ー!? ここで冷めきってるの、あんたとジャンヌさんぐらいなもんよー?」
「……仕方がないわ。ジャンヌさんは旦那さんにベタ惚れ、リディアはギルバート様と顔見知りですもの」
「ギルバート様抜きにしてもねー。あんたは引きこもりすぎなのー」
「そんなことないよ。外には出」
「——外は外でも、ミストの外っ!!」
「っ!!」
「もっと外に飛び出して、遊べまくれって言ってんのー」
「そうよ、結婚や出産したら遊べなくなるわよ?」
女性は結婚すると家事にてんてこまい。出産すると育児で更に忙しくなり、遊ぶ暇がない。
実体験に基づいたライザとアリサからのアドバイスは、至極正論だとリディアも思う。
「っ、わかってるよ。でも忙し」
「——はい、嘘! エッジ様を待ってるようにしか見えませーん!」
「ま、待ってなんかないっ!」
(嘘ついちゃった)
リディアは数年前から、時折自宅でエッジと夕食を共にするようになった。
—— —— ——
誰かと食卓を囲みたい。
リディアは、ずっと心のどこかでそう思っていたらしい。
エッジがミストにやってくると、その機会がやってくる。
気が付いたら、彼の来訪をこっそり心待ちするようになっていた。
もっとも料理に対するやる気は上がらず、献立は一向に増えないけれど
—— —— ——
そうやって待ちの姿勢を続けていたら、夜遊びどころか出不精に陥っている自覚はある。
「でも、あなたもかわいそうね。エッジ様の飯炊き係みたいで……」
「違うわよ。あれはリディアのヒモなのよー!」
「ヒ、ヒモって……っ」
「言えてる!」
(相変わらず容赦ないなあ)
アリサの言い得て妙に、リディアとライザはついつい大笑いしてしまう。
エッジはミストの女性からギルバートのような人気がない。
なぜなら、ギルバートが白馬の王子様なら、エッジは道化師。
ふたりに対してミストの女性たちが持っているイメージに剥離があるからだ。
その代わり、毒舌吐き放題なアリサを代表として親しみを持たれている。
そうリディアは考えていた。
「来年は公演に行きましょうね。それじゃ、おやすみなさい」
「今年もまだ間に合うわよー? 行きたくなったら声かけてよね。おやすみ」
「うん、おやすみ」
村の南端にぽつんと立つ一軒家。
リディアの自宅は、公民館から最も離れている。
友人ふたりと別れて、ここから先は暗い夜道をランタン片手にひとりきり。
(来年は観に行こう……!)
去年あたりからうすうす気付いていたが、先ほどの反応で確信を得た。
ライザは家事育児に忙しく、夜遊びする機会はギルバートのバロン公演の日だけ。
そんな貴重な夜に、リディアとお出かけがしたいから、めげずに誘ってくれている。
「……でも、本当の理由は言えないなぁ」
ぼそりとつぶやいたリディアの足元に、そう小さくない石がひとつ。
右足でそれを蹴り飛ばすと、進路方向へころころっと転がっていった。
歌を聞きたくなったら、ギルバートに会いに行って頼んだらいい。
だから、わざわざ公演を観に行く必要ないだなんて……。
もし、ふたりに話したら、贅沢、特権乱用、ずるい、と怒られそうで言えずじまい。
§
林の中の細い一本道に入った。
ここを抜ければ、リディアの自宅がやっと見えてくる。
「あと1ヶ月かぁ、たのしみだな」
去年に引き続き、花火大会が無事に行われることが決まった。
ミストは月終わりしか雨が降らないため、天気の心配は無用。
エッジも楽しみにしてくれているに違いない。
ミゼルと結んだ、花火大会裏方5年契約の1年目だから。
そういえば、エッジが最後に遊びにきたのはいつだった……?
「……】」
(誰かいるのかな?)
人、それも複数人の声が聞こえたような気がして、立ち止まった。
この時間帯に、この森に人がいるとは珍しい。
ランタンの小さな灯では、周囲までははっきり見えないため。
つい先日、開発したばかりの灯球魔法の詠唱を始めようとしたところ……。
「ぁ……!?……!!」
(沈黙!?)
喉元に左手を添えて、あー、うーと絞り出しても全く声が出ない。
『この間、ミシディアの魔道士を狙ってた、大きな誘拐団が捕まった。他にもまだうろついてるみたいだから、今後も身辺に気を付けてちょうだい』
油断は禁物だよ、そう一言添えられたミゼルの忠告を思い出した。
あくどい輩が召喚士の力を狙って、ここで待ち伏せしていたのだろうか。
がしゃん
強烈な睡魔に襲われ、身体がふらついてランタンが手から滑り落ちる。
地面に落ちる音を耳にしながら、その場に倒れてしまった。
(どうしよう……!)
ランタンの火が何かに移りでもしたら、6年前の繰り返しになってしまう。
そう焦ったが、ぼんやりする視界にある場面が入ってきた。
……何者かが、落としたランタンを拾っている。
それを見届けてから、意識は黒一色に染まってしまった。
§
目が覚めると、リディアはベッドで寝かされて手足を拘束されていた。
つい1週間前、ミゼルから忠告されたばかりだというのに、早速これとは……。
非力なリディアでは、拘束を解くことは出来ない。
唯一動かせる首を回して、今どんな場所にいるのかざっと確認してみた。
(アジトってこんな感じなんだろうな)
だだっ広く、がらんどうとした空間。
白い床と白い扉以外、岩盤をくり抜いた自然の天井壁で構成されていた。
小説に出てくる盗賊の隠れ家のイメージとぴったりだ。
(どうしよう……)
落としたランタンのせいで、ミストがまた炎に包まれていたら。
いや、放火目的なら、すぐ火を点けているのではないだろうか。
それに、落としたランタンを誰かが拾っていたのを、最後に見たではないか。
「……っ……」
(だめだ、まだ声出ない)
沈黙は魔法や召喚を使う者にとって、致命傷とも言える状態異常である。
詠唱を知っていても、口をぱくぱく動かすだけでは魔法は発動されない。
声が出せない以上、今のリディアは召喚や黒魔法を一切使えない。
「!?」
ミストを案じながら、脱出方法を脳内で模索していると、こつこつ足音が聞こえてきた。
誰だろう。
「ごきげんよう。召喚士リディア様」
「……!」
足音の方向に首を向けた瞬間。
視界にエッジとそっくりな顔の男性が入ってきて、身体をびくりと震わせた。
男性はエッジから愛嬌や明朗快活さを根こそぎ削ったような顔立ち。
さらさらした銀色の長い髪に、瞳の色は左が濃茶色で右が碧色。
オッドアイの時点で、エッジではない。
「エミールと申します。以後お見知りおきを」
(あたし、カルミネに連れてこられたの!?)
胸に手を当てながら一礼した男性が口にした名に、リディアは目を見開いた。
「きみにここに来てもらったのは他でもない。エブラーナ王をここに呼び寄せるためでね」
「!?」
(エッジを殺す気?!)
この男は、エッジを殺してエブラーナの領土を手に入れるつもりか。
囮に利用されてしまった悔しさを噛みしめていると、ある可能性が浮かんできた。
(もしかして、この人。本物のエミール……?)
エミールの個性ともいえる海の底のような碧い瞳は、片目だけだが健在。
村雨を手放すまで続いた、過去のエブラーナ王家の悲劇……。
リディアは妖刀の呪いを信じているせいで、普通ならあり得ない仮説を捨てられない。
「眠れる森の美女という童話を、読んだことがあるかな?」
「……」
(知ってるけど、こんな状況でする話じゃないでしょ?)
訳が分からない。そう文句を言いたいのに声が出せない。
代わりに、きっとにらんでやると、エミールがベッドへ近付いてきた。
「……っ!」
エミールに両肩を押さえられる。
起き上がれないようになのか。ベッドに沈んでしまいそうなぐらい強く。
痛いのに、リディアは声を上げられない。
「王子が延々といばらに囲まれた城で眠る王女を助けて、めでたしめでたしという話だ」
エミールが冷ややかな目で、こちらを見下ろしながら話し続ける。
この男からは、人としての温かみが全く感じられない。
背筋が凍りついて震えるリディアにかまわず、エミールが顔を近付けてきた。
「しかし、この物語の結末は大間違い……王子の正体は実は魔物だったのだ」
(目を逸らせない!)
エミールの碧い瞳を見続けているうちに、息苦しくなってきた。
暗く、冷たく、身も心も圧し潰されそうな圧迫感は、海底に沈んでいるかのようだ。
目を合わせなければよかった。そう後悔したが、遅かった。
やがてリディアは、禍々しさを秘めたエミールの碧に惹きつけられていた。
童話の話なんか、もうどうでもよくなるぐらいには。
「目が覚めた王女は王子のふりをした魔物に地獄へ連れられ、二度と戻ってこなかった。これが正しい結末だ」
「……」
視界が、みるみるうちに碧一色に染まっていく。
冷たい海の底のような闇へ、意識がずるずる呑み込まれていく。
「じきに魔物がここに現れる。王女のきみに、奴を地獄へ追い払う方法を授けてあげよう……」
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