フェイクラバーズ 作:かえで
ミストを発ち、バロンへ向かうとバロン城を覆っていた不気味な光が消えていた。
……結界が解かれた。
そう判断したエッジとリディア、ルカと黒衣の男の4人は城内に突入した。
謎の少女との戦闘の末。リディアはオーディンを奪還、セシルも洗脳から解放。
更に黒衣の男の正体——セシルの兄ゴルベーザ——も判明した。
しかし、謎の少女は『この星にもう用はない』と言い残して、姿を消してしまった。
これからどうするか。その場にいた者が思案を巡らせる中。
『手はある』
ゴルベーザがそう言ってから、バロン城から出て行こうとする。
後をついていくとファルコン号の隣に、いつの間にか一隻の魔導船が置かれていた。
なぜミシディアの海に眠っている船がここに?
不思議に思う一同に、ゴルベーザがこの星に来た経緯を話し始めた。
—— —— ——
現在青き星の空に浮かぶ、もうひとつの月は13年前のそれと別。
本物——13年前に青き星のそばを離れた月——は、今も宇宙の彼方にある。
ゴルベーザはその月で、10数年もの間。フースーヤたち月の民と共に眠りについていた。
先日、月のクリスタルが狙われていると察知し、眠りから覚めた。
既に覚醒していたフースーヤと合流し、月の調査をしていると。
謎の少女が現れて、召喚術を使ってふたりを襲ってきた。
苦戦の末、ゴルベーザたちは少女を倒すと月のクリスタルに祈りを捧げて。
青き星——ミシディア付近の海の底に眠る魔導船を、月に呼び寄せた。
ところが、謎の少女がまたまた現れただけでなく。
月のクリスタルが全て砕け散り、封印されていたゼロムスの思念体が復活。
思念体のあまりの強さに、ゴルベーザたちは太刀打ち出来ず。
フースーヤが魔導船にゴルベーザを乗せて、この青き星に送り届けてくれた……。
—— —— ——
『このままでは、もうひとつの月……真月が衝突した衝撃で、青き星は消滅するであろう。真月を青き星から遠ざけるしか手立てはない』
ゴルベーザからの助言に従い、その場にいたエッジとリディアとルカ。
セシル、ローザ、セオドア、ギルバート、シド。
そして試練の山での修練を終えて聖竜騎士にジョブチェンジしたカインに加えて。
御伽衆やハル、ファルコン号で休んでいた者たちも全員魔導船に乗り込み。
青き星に迫りくる真月へと旅立ってから、早10日が過ぎようとしていた。
.
***
真月にも大気が存在し、人は普通に外を歩くことが出来た。
太陽も姿を現して真月を照らしてくれているが、青い空は拝めない。
空は一面、宇宙の闇が広がり、真月は明るい夜が延々と続く。
——10日後 2の月28日
真月を訪れたエッジたちは、毎日メンバーを入れ替えながら。地下渓谷を探索していた。
現在は、更に地下奥深くにある深層部に突入している。
本日も探索を終え、食事もすませた。もう少ししたら作戦会議が開かれる。
その待ち時間に、エッジは外で焚き火を囲みながらヤンと歓談していた。
「……セシル殿が、無事に己を取り戻して本当によかったです」
ヤンは、年配者かつ一国の王であるにもかかわらず。
家族と祖国の側近以外の相手には敬語を使うことが多い。
エッジは敬語を使われるのが好きではない。
けれど、ヤンのそれは相手をへりくだったものではないため。むしろ好ましく思っていた。
「奇声上げた時はびびったぜ」
「それだけ少女の洗脳が強力だったということでしょうな」
—— —— ——
セシルは謎の少女による洗脳が解かれてからも、戦列に加わることが出来なかった。
なぜなら洗脳の後遺症なのか、目はうつろで無表情。
話しかけても無反応。突然、奇声を発して暴れる……。
廃人一歩手前の状態が続いていたが、3日前にやっと意識を取り戻した。
これまで夫を介護していたローザと共に、昨日から戦線復帰したばかり。
—— —— ——
「あちらの手中にある幻獣は……」
「バハムートだけだが、ガキがちっとも現れねえ」
「バハムートの攻撃は、どんな攻撃や魔法よりも威力が桁違いと聞いております。あちらも手放したくないのでしょう」
一昨日リディアは、アスラとリヴァイアサンを奪還した。
ただ、最後の幻獣バハムートは謎の少女が現れない限り、奪回出来ないであろう。
§
その後も、今の戦いの情勢。ヤンの娘アーシュラのことなど。
ヤンと話に花を咲かせていたが、突然彼がこんなことを言った。
「……しかし、エブラーナも禅譲制になると知った時は驚きましたぞ」
「世襲制、ダムシアンだけになっちまったな」
「トロイアもまだですぞ」
「あそこは、そこらの貴族と変わんねえよ。ノーカンでいい」
「はは……それはさておき、ギルバート殿も良い方を見つけたようですし」
ヤンから次に何をたずねられるか察して、身体をかすかにこわばらせる。
(来るぞ来るぞ……!)
もう40になるぞ。結婚しないのか。そろそろ世継ぎを……。
これまでエッジに結婚を勧めてくる戦友はちらほらいたけれど。
どうやら、ヤンもそのひとりに加わるようだ。
「そろそろ、エッジ殿も誰かお相手を探さねばなりませぬな」
「……」
ヤンがもの思わしげな表情でこちらを窺ってくる。
予想がどんぴしゃで、思わず両手で頭を抱えてしまった。
「おや、どうされました」
「いやな……あんたもそんなこと言うかと思ってさ……」
「子どもが国王にならずとも、ご自身の血を継ぐ者が欲しくはないですかな?」
再び頭を上げたが、後ろめたい気持ちから、ヤンの顔をしかと見る自信がない。
代わりに、目の前で赤く揺らめく焚き火の炎に視線を向ける。
(『種なし』だから無理……死んでも言えねえ)
じいとザンゲツだけしか知らないぐらいには。
『種なし』は『ツクヨミ』と並ぶ、エッジのトップシークレットであった。
ヤンに限らず、古くから知る戦友に自ら『種なし』を打ち明ける気はない。
このまま墓場に持って行くつもりでいる。
「諦めた」
「は??」
「……もう夢見る歳じゃねえし」
タイミングを逃して、もはや手遅れ。
自嘲めいた笑みを浮かべながら、無難な言い訳を答える。
「さびしいですな」
「え」
「王が夢を見られぬ国では、民も幸せになれませぬぞ」
「……そんなもんかね」
「そんなものです。——王が民に夢や幸せを示さねば、誰もついてこなくなります」
年配者からのありがたいお言葉にもかかわらず。今一つぴんとこない。
(民を幸せにさせる方法は他にもあるはすだ……)
そもそも青き星の危機が迫っている現状では、自身の夢や幸せは後回しだ。
「話は変わりますが、そのマフラー」
「へ?」
「よく似合っておりますな」
「……ルビカンテが巻いてた奴でさ」
首元に巻かれた赤い布に視線を向ける。
炎のマフラーと呼ばれるそれは、仇敵の男——ルビカンテが巻いていたものである。
「誰の手も借りず、ひとりで立ち向かったと聞いております」
「仇でもあるが、ライバルみてえな奴だったからな」
—— —— ——
4日前、月の地下渓谷を探索していると突然ルビカンテが現れた。それも幻影ではなく実体で。
ここまでの探索で、13年前に倒した強敵が復活し、その度に行く手を阻んできた。
ルビカンテもそのひとりだったと見える。
となれば、戦い以外に選択肢はない。そこでエッジは、ルビカンテに1対1での勝負を申し出た。
『奇遇だな。私も同じことを考えていた』
『へっ、だと思ったぜ。——こいつに引導渡すのはオレだ! 誰も手ぇ出すな!!』
ルビカンテは戦いにおいて正々堂々を好む男。申し出を難なく受け入れてくれた。
『今度ばかりは容赦せぬ。どこからでもかかってこい!』
『——行くぞ!』
死闘の果て、軍配が上がったのはエッジ。敗れたルビカンテは今度こそあの世へと旅立った。
……自身の首に巻いていた炎のマフラーを置き土産に。
—— —— ——
(勝負が終わってから……あいつ、泣いてたな)
あの時のリディアの涙は何だったのだろう。
ルビカンテとの勝負に負けて、戦友が死ぬかもしれない。
そんな不安から解放されて気が緩んだのだろうか?
「そのマフラーが形見のようにも見えます」
「そうかもしんねえな……」
ヤンのこぼした言葉に合わせて、感慨深げに赤い布を強く握りしめた。
13年前、ルビカンテと初めて戦ったが、全く太刀打ち出来なかった。
炎のマフラーは、やっとルビカンテから実力を認めてもらえた証。
エッジは13年前の惨劇を忘れぬためにも、終生それを身に付けるつもりでいた。
「おーい」
パロムがこちらに向かって走ってきた。そろそろ会議が始まるのだろう。
「おお、パロム殿」
「ギルバートさまがお呼びだぜ」
「会議ですな」
「……行くか」
指をくいくい動かし、水遁の応用形で焚き火を消してから。
ヤンとパロムと一緒に魔導船に戻る。
「それはそうとパロム殿、よかったのですか」
「え? 何が?」
「娘から聞きましたぞ? レオノーラ殿に『れんぞくま』の会得を譲ったそうで」
(メテオ2連続ぶっ放せるのに譲ったって聞いたらな……)
パロムにとってよだれものスキルだったろうに、なぜ譲ったのか。
ヤンがそう疑問に思っているようだ。
—— —— ——
本日の探索メンバーはエッジにセオドアとアーシュラ。パロムとポロム、そしてレオノーラの6人。
エッジ以外全員若者……まるで引率者の気分であった。
深層部で遭遇した敵を倒してから、隠し部屋を発見。
中に入ると、パロム、ポロム、レオノーラの身体が光り始めた。
驚く3人をよそに、そこにぽつんと置かれていたクリスタルから声が聞こえてくる。
『若き魔導士に……新たなる力を……』
『れんぞくま』は、魔法ふたつをほぼ同時に繰り出せるスキル。
それをクリスタルが身体が光った3人のうちのひとりにプレゼントしてくれるという。
結果、パロムとポロムの指名でパロムの一番弟子——レオノーラがスキルを会得した。
もっとも当の本人は、恐縮一辺倒だったが。
—— —— ——
「白黒どっちも使える奴が持った方がいいと思ったんだよ」
「パロム殿もテラ様のような賢者を目指していたでしょう」
「やめた。俺は白魔法と相性悪りーからな」
「なんと……!」
「それにな。『稀代の黒魔道士兼賢者の師匠』として世界に名を馳せる。——それが俺の夢だっ!」
親指でびしっと自身を指しながら、あ然とするヤンに向かってドヤ顔で夢を語る。
そんなパロムを微笑ましく思う。
パロムは長く患っていた反抗期を卒業していた。
エッジもそうだったが、彼の悪評を知る者なら今のパロムを見たらまず驚く。
***
——2の月 16日
謎の少女に操られた幻獣を取り戻すために、世界各地を巡る旅のさなか。
トロイア近郊にある磁力の洞窟を訪れたエッジたち。
そこで氷漬けにされているパロムと女性——レオノーラを発見した。
どうやら謎の少女に洗脳されたシヴァに襲われたらしい。
その後シヴァを制してから、パロムたちをトロイア城の医務室に運んだ。
(このまま置いて行くのもな……)
検討した結果、パロム(と女性)をファルコン号に連れて帰ることにした。
黒魔法を使える人間は、リディアとゴルベーザ(当時は黒衣の男)しかいない。
パロムは戦力として必要不可欠。
この前日、姉のポロムもミシディアで発見してファルコン号に引き取っていたし。
§
パロムとレオノーラはすぐに意識を取り戻した。
しかし、衰弱仕切っていてろくに身体を動かせない状態。
「いきなりシヴァが暴れ出してよ……何が何だかさっぱり……」
「ポロムもミシディアで弱ってたの」
「ファルコン号で今休んでるよ」
「そっか……」
パロムたちはトロイア以外の事情がよくわかっていなかった。
現在世界で起こっている危機的状況を、リディアやルカがパロムたちに教える中。
「ミンウはどうなんだ?」
「重病。ずっと寝たきりだ」
「何だって!?」
エッジはツキノワから事前にもらっていた情報を教えた。
するとパロムが勢いよくベッドから起き上がった。
「ミ、ミシディアに行く! つーか連れてってく……あっ!?」
エッジに『影縛りの術』をかけられ、パロムがベッドから落ちて床に転がった。
気持ちはわかるが、今はそんなこと言ってる場合ではない。
「パロム様!?」
「おいこら! 何すんだ!」
「エッジ、やりすぎだってー……」
「そうだぞ! 怪我人に普通術かけるか!?」
その場に倒れたパロムが文句を言ってくる。
ルカがエッジをとがめる一方で、リディアが黙っていたのが不思議だった。
—— —— ——
パロムと顔を合わせたのは、約1年半ぶり。
エブラーナ城に押しかけてきて、『ツクヨミ』の正体を探ろうとした時以来だ。
それ以前からパロムは思春期をこじらせており、セシルにまで反発。
誰にも手がつけられない状態で、魔道士界隈でも悪評が広まっていた。
—— —— ——
(また荒療治か……)
この数年、エッジはパロムと顔を合わせる度に『わざと』悪者役を買って出ていた。
誰にも頼まれていない。自らの意志で。
大人に反抗するパロムが若い頃の己とそっくりで、ほっとけなかったのだ。
「この、人でなし」
だんっ!!
「ひっ!?」
音が出るぐらい片足で床を強く叩きつけると、パロムが顔を青ざめさせている。
まあ、そんな反応を見せるだろう。『わざと』倒れているパロムの顔面すれすれに踏み込んだら。
「う、っ!」
「まんまと術かけられて……情っさけねえ奴だなぁ、おい」
パロムの胸ぐらをつかみ、悪人まがいの口調で罵った。
「っ、だから怪我」
「——身の程を知れ! そんな身体でミシディア行って、何が出来んだ! ミンウが喜ぶと思ってんのかっ!」
これまでパロムに対して悪役を演じてきたが、怒声を上げたのは、この日がはじめてだ。
「ポロムもだが、おまえにもこれからやってもらいてえことが腐るほどあんだ。大人しくファルコン号に連れてかれて、さっさと身体治せ。——わかったか」
最後に会った2年前にも、今と似たようなこと——村雨を突き付けて説教した。
その時パロムはブチ切れて『死んじまえ』と捨て台詞を吐いて、その場から消えた。
それ以来、エッジはおろかエブラーナ城にも近寄ってこなくなった。
(これでも目が覚めねえようなら、見放すか)
まだ反抗するようなら、レオノーラと一緒にミシディアに送り届けて遠回しに戦力外通告してやろう。
エッジがそう思っていたら……。
『っ、わかったよ……』
なんと意外なことに、パロムは旅の同行をあっさり受け入れた。
(女の前だからかっこつけてんのか?)
レオノーラの前で醜態を晒したくない。だから大人しく言うことを聞いていただけ。
この時はそう思いながら、パロムを担いでそのままファルコン号に連れて帰ったのだが……。
§
それから数日後。真月に向かうために、荷物の積み込みなど出立の準備をする中。
パロムは他のメンバーに頭を下げて、こんなお願いをしていた。
『レオノーラ連れてっていいだろ? 戦いってもんをそばで見るだけでも、いい経験になると思うしさ』
エッジにはお願いしにこなかったが、それをこっそり聞いて、しみじみしたものだ。
(弟子の存在が起爆剤になったか)
シヴァに氷漬けにされて、鼻っぱしをへし折られたこと。
パロムを(恋情込みで)師事する弟子をゲットしたこと。
この1ヶ月近くの出来事が、パロムの精神的な成長を促したとわかったから。
***
「なるほど。ポロム殿とおふたりでレオノーラ殿を賢者として育成するおつもりなのですな」
「そーいうこった」
賢者になりたい。召喚術覚えたい。幻獣界行きたい……。
日頃からパロムはそう訴えていたが、レオノーラを賢者として育てる道に切り替えたようだ。
おかげで彼女は真月に同行し、本日レアスキルまで習得出来た。
ポロムも『れんぞくま』を授受するようレオノーラに勧めていた。
双子特有の不思議な力で、弟の狙いを察知していたのかもしれない。
「パロム殿はまだまだお若いですからな。いずれその二つ名を名乗ることが出来ますぞ」
「へへっ! さっすが年の功。いいことおっしゃってくれますなぁー?」
「エッジ殿もそう思いませぬか?」
「そうだな……信じてりゃいつか花開くんじゃね?」
「……」
年配者として真っ当なことを言ったつもりなのに。パロムがじと目でこちらを見てくる。
「なんだよ。何か文句あんのか」
「じじくせーなー……」
「何だと?」
「エッジなら愛人やハーレム作っても許されるのに、女そっちのけで修行修行修行また修行……おっさん通り越して、もう『枯れ木』かぁ?」
「!?」
せせら笑いながらパロムに年寄り扱いされて、頭にかっと血が上る。
精神的に成長しても、くそ生意気な口を叩く癖は治らなかったようだ。
「ああ……何と的確かつ辛辣な……」
何気にヤンもひどいことをつぶやいている。結婚を諦めた話をしたばかりだから余計か。
「何だとぉ! この野郎っ!!」
「っ、やべ、逃げろっ!!」
「言ってるうちに、てめえも枯れ木だっ!」
怒りをにじませて声を荒げると、パロムがぴゅいっと駆け出した。
忍者でもないのに、なぜか逃げ足は早い。
「おい! 待ちやがれ!」
「やなこったぁー」
「ははは……エッジ殿もまだまだ血の気が多いですなぁ」
高笑いするヤンの声を背景に。パロムを追いかけながら、魔導船へと戻ったのであった……。
§
魔導船の中に入ってすぐに操舵室。短い廊下に続いて大広間……。
ここまでは前回と一緒だが、いつの間にか地下室が出来ていた。
そこには、前回も利用した睡眠装置が5台置かれていた。それも、回復機能が追加された状態で。
それらは全てゴルベーザが、青き星に戻ってくる移動中に改造したという。
月の民の技術力にすごいを通り越し、少々恐ろしさを感じてしまう。
なお、前回物置き代わりに使っていたデブチョコボの姿はなかった。
§
作戦会議は、毎夜魔導船内の大広間で行われている。
机や椅子がないので、みんな地べたに座っており、会議とは程遠い。
その場で立っているのは、進行役のギルバートと秘書のハルだけ。
主従関係を通り越して、夫婦にしか見えない。そんなふたりをからかう者はここにはいない。
「それでは、明日の探索メンバーを……」
ギルバートが本日の収穫や探索状況を報告し終えたら。会議もいよいよ佳境。
明日探索に赴く者を発表するのみとなった。
(前は、5人でいろいろやらなきゃならなかったが……)
ありがたいことに、今回エッジは戦いに集中させてもらっている。
作戦会議の進行役。毎日探索に向かうメンバーの人選。渓谷や深層部内の地図作りなど。
ギルバートが探索に行かない代わりに、ハルと共に裏方仕事を引き受けてくれているからだ。
「明日の探索はセシル、ローザ、ゴルベーザとセオドアにカイン、以上5名で。伝令役はゲッコウさんにお願いしようと思います」
明日の探索メンバーが発表されて、思わず苦笑を浮かべる。
(がっちがちじゃねえか)
セシル本人に、兄と妻と息子。セシルの親友でもあり、好敵手でもある聖竜騎士……。
ギルバートは、毎日探索に向かっていたエッジを外して、全てセシルの身内で固めてきた。
ちなみに御伽衆は敵に遭遇しても、けむりだまで簡単に逃亡出来る。
そのため戦闘には参加せず、伝令役として毎日交代で探索メンバーに付き添っていた。
「異議のある人、いますか?」
みなを見回しながらギルバートがたずねるも、静まり返ったまま。
役割が違うパラディンがふたり、騎士がひとり。黒魔法を使える者も白魔導士もいる。
ほどほどにバランスがいい陣容だからだろう。誰も物申す者はいなかった。
「いないようなので、これで今日の会議は終わります。——セシル」
「うん……みんな、今日もお疲れ様。明日も頼むよ」
セシルがその場で立ち上がり、みなに一礼しながら締めの挨拶を口にした。
ギルバートは会議で最後を締める役を、一昨日からセシルに任せている。
セシルは真月にやってきた者たちの精神的支柱。リーダーの顔を立てているのだろう。
§
会議が終わり、その場で座っていた者が次々と腰を上げる。
御伽衆は全員、魔導船の外に出るため操舵室へ。
女性陣とセオドア、ゴルベーザは、この部屋の隅にある階段を降りて地下室へ。
セオドアは小さな頃から、ギルバートの歌を聞き慣れている。
ゴルベーザは歌ではなく、回復装置で休むのだろう。
そして、大広間に残されたのは全員男性。
……当のギルバートを除き、歌に興味がない者ばかりだ。
「……さっき、大人しかったな」
「あぁ?」
「てめえやレオノーラを入れろって文句言わなかったじゃねえか」
ふいに隣に座る男と視線がかち合い、所感を述べれば、男が不敵な笑みを浮かべた。
「分をわきまえる。——それが大人ってもんだろ?」
「生意気言ってんじゃねえぞ。若造」
「そっちもな。おっさん」
パロムと互いに苦笑しながら、憎まれ口を叩き合っていると。
かつんかつんと、階段を登る音が聞こえてきた。
「陛下、そろそろ……」
「みんな待ってる?」
「はい。下にお越しいただいてもよろしいでしょうか」
ヤンと雑談していたギルバートに、地下室から戻ってきたハルが声をかけている。
「わざわざ見に行ってくれたんだね。ありがとう」
「い、いえ……」
ギルバートから柔らかい笑みを送られて、ハルが顔をぽっと赤く染めている。
ギルバートは、エッジと似たような歳にもかかわらず。
渋さを少し上乗せしたぐらいで、眉目秀麗は変わらない。
そんな風貌を持った上司から笑みを向けられたら、喜ばない訳がない。
「それじゃ、行こうか」
「お供いたします」
「……」
リュートを抱えて地下室に降りていくギルバートの後に、ハルも続く。
そんなふたりを、カインが苦虫を噛みつぶしたような表情で見送っている。
「……平和な奴だ」
「おまえさんにはギルバートがそう見えとるんか」
「こんな大変な時に歌を歌っている場合ではないだろう」
カインが表情を変えず、淡々とした声でシドに答えている。
「歌ぐらい、別にいいじゃないか。ギルバートもみんなも疲れてるんだ」
「あいつはろくに戦っていないではないか」
(裏方も大事だぞ??)
需要があると主張するセシルに、カインが反論している。
カインは一度も探索に行ったことがない者が、演奏会を開くのが不満のようだ。
ルカやシドも、カインの批判対象に当たるだろう。
ふたりは朝から晩まで操舵室にへばりついている。
飛空艇の更なる性能向上のために、魔導船の内部構造をのぞいているのだ。
「普段と違うとこで詰めてんだ。嫌でも気ィ張るっての」
「風呂もねー、ベットもねー。そんな生活、ストレスたまってしょーがねーよ」
カインがぎろっとこちらをにらんできた。
エッジはおろかパロムにまで言い返されたのが面白くなかったらしい。
「贅沢言うな。有事ならそれが当たり前」
「——13年も山にこもっとった奴は、ここにはおまえしかおらんぞ」
「くっ……!」
年配者かつ旧知の間柄であるシドの言葉が、とどめとなったようだ。
カインはそれきり黙り込んでしまった。
(ここにいるのは、おまえみたいな軍人気質の奴ばっかじゃねえんだよ……)
実は真月に来てから眠れない者が増えている。
探索に行く行かない関係なしに、普段と全く違う環境に神経が高ぶるせいだ。
ギルバートの歌声は、スリプルより睡眠の質が良い。
そのため演奏会は真月での戦いでの睡眠誘導、並びにいやしの時間となっていた。
『……』
程なくして、地下室で演奏会が始まったらしい。
この部屋の端に設けられた、地下室に続く吹き抜け階段から。
リュートの音と共に、ギルバートの歌声が聞こえてきた。
「便利だよなー。ここにいても眠くならねーし」
「わしらは、あいつから客とみなされとらんからのう」
ギルバートの歌声が大広間に響き渡るも、エッジたちには眠気は訪れない。
—— —— ——
平時なら、劇場内の客。今は地下室にいる女性陣とセオドア……。
ギルバートの歌声は、彼が歌を聞かせてあげている相手——客にしか効果がないという。
—— —— ——
『……美の女神に呪われたプシケ……この世で彼女を愛してくれる者は誰もいない……♩』
「おいおい、今日もくっさい歌詞だなー」
「女はこれでイチコロだぞ? 理解できねえが」
「男でよかったぜ……」
「言えてる」
情感たっぷりの歌声と歌詞内容に、顔を歪ませるパロムに大いに賛同した。
砂を吐くような甘ったるい歌詞。
男どもはギルバートの才能を認めているが、女々しい感性にはついていけない。
だから地下室に行かない。
「『愛は疑いと一緒にいられない』か……ギルバートの名作だね」
「えっ、あんちゃん知ってんの?」
「トロイアの神話がベースでね。ローザのお気に入りなんだ」
「へー、トロイアねー」
「……」
「……??」
(一通りしゃべったし、そろそろ行くか)
パロムとセシルが、本日の楽曲の話題で盛り上がり始めた。
そんなふたりを横目に腰を上げて、その場で大きく伸びをする。
「なんじゃ、今日も修行するのか」
「ああ。あいつらもやりたいって言うしな」
「忍者は動かねーと死ぬ病気にでもかかってんのかよ」
「ばぁーか。そんな病気ねえわ」
「精進に励むのは立派ですが……無理はせぬように」
「明日に響かない程度にね」
「ああ、わかってる」
エッジは毎日作戦会議が終わってから、外で御伽衆たちとの修行に励んでいた。
怪訝そうな顔を見せたシドや、悪態をついてきたパロムには適当に答えたが。
身を案じてくれたヤンとセシルには、苦笑を浮かべて見せた。
「そんじゃ、また明日なぁ」
修行が終われば、外で一夜を過ごしているため。挨拶を残して、その場から去った。
(また『枯れ木』って言われちまうな)
何人かがエッジに不満そうな視線を向けている。
それを背中でびしびし感じる。しかし、こんなこと今日に限った話ではない。
どうせみんな『修行のやり過ぎ』と思っているだろうから、毎日無視していた。
§
短い廊下を抜けて操舵室に入った途端。思わず立ち止まる。
その部屋の端でお茶を淹れているローザの姿を見つけたから。
「よう」
「……どうも」
渋々声をかけるとローザが振り返り、険しい表情で返事したが。
すぐに前を向き、茶器をトレイに乗せる作業に戻った。
(また露骨だな)
この度の戦いで、数年ぶりにローザと再会したが。
1対1で顔を合わせる度に、こうして嫌悪感を露わにされていた。
「お茶淹れてんのか」
「ええ」
「毎日ご苦労なこった」
「……好きでやっていますから」
この旅において、ローザは毎日お茶汲みを自ら買って出ていた。
13年前の月の探索では、飲み物は水だけ。
ローザはそれを根に持っていたようで、真月へ向かう前に。
人数分の茶器と大量の茶葉を魔導船に持ち込んだぐらいだ。
「そうか……」
「——自分で淹れてくれる方がいるから、だいぶ楽をさせてもらっています」
ローザに遮られて、思わずかちんときた。
(嫌味言わねえと気が済まねえのかよ)
食事と作戦会議とその前後以外。エッジと御伽衆は他のメンバーとほぼ別行動。
バロン王妃直々に淹れて下さるお茶を、あえてこちらから固辞していた。
ローザから遠回しに『エブラーナの方は、協調性がないわね』と言われているように聞こえたのだ。
さっさと立ち去るが良し。そう思い、出口に向かおうとしたら。
ローザが茶器を載せたワゴンを押して、こちらにやってくる。
そしてエッジの前でぴたりと立ち止まり、きっとにらんできた。
「なんだよ」
「今は有事ですし、目をつぶってますけど。——リディアにあまり近付かないでちょうだい」
リディアに関するローザの忠告は、真月にやってきてからはじめて。
廃人一歩手前状態だった夫の介助から解放されて、余裕が出来たからだろう。
「……おまえが心配するようなことは何もやってねえし、これからもしねえよ」
ローザのすげない忠告にいらっとしたが、表情を変えずつとめて冷静に答えた。
リディアとは、真月でも相も変わらず事務的な会話に留まっている。
空き時間もふたりきりになったことは一度もない。
「それならいいの」
「……」
「失礼」
(保護者面しやがって……!)
エッジの横を通り過ぎてローザが操舵室を出て行く。
その姿を、肩越しからにらみつけながら心の中でごちった。
あの男は危険。リディアによからぬ影響を及ぼす。
ローザはこの近年、エッジに対してそんな印象を持っていると思われる。
—— —— ——
数年前。リディアが妊娠したと勘違いし、ローザを頼ったことがあった。
ローザはすぐに、相手——リディアと寝た男——がエッジだと気付いたらしい。
その数日後、エブラーナ城にやってきた帰り際にエッジにビンタを食らわせて以来。
バロン城を訪れても、一度も目の前に現れなかったぐらいには、エッジを避けていた。
—— —— ——
それでもローザは他に誰かいる時、露骨な態度を見せない。
大人の対応をとってくれるだけでもありがたいのだが……。
直接嫌悪感を示されたら、やはりいい気はしない。
『……愚かなプシケには……罰が下された……それは愛する人を失った計り知れない苦痛……♩』
ローザへの憤りもおさまり、出口に向かおうしたところ。
ギルバートが歌い終えると共に、リュートを優雅に鳴らす音がかすかに聞こえてきた。
本日の歌は男女の色恋。それも悲恋ものらしい。
『……プシケが罰から逃れるには……抑えられぬエロスへの憧れの炎で……我が身を焼き尽くすしかない……♩』
(どっかで聞いたことあるような……)
プシケやエロスとかいう名に一瞬既視感を覚えたが、それより歌詞内容が気になる。
「つーか……これのどこが罰なんだよ……」
独り言のように、ぼそぼそ歌詞にけちをつけてやりながら。
魔導船を後にして、外で待つ御伽衆の元に向かったのであった。
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リディアへの憧れの炎で、我が身を焼き尽くせるなんて。罰どころか、この上ないごほうびではないか。
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