※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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エッジ視点


嫌われ者の詩

 

 

——それから数時間後

 

 

 御伽衆たちとの修行を終えて、操舵室でザンゲツが淹れたお茶をいただいてから。

 御伽衆は眠るために地下室へ向かった。

 一方エッジは、魔導船の屋根の上で寝ている。彼らとは反対に出口へ向かう。

 

「!?」

 

 外に出た途端。出入り口のそばにリディアが座っており、目が点になった。

 どう見ても、エッジを待っていたかのようにしか見えない。

 

「あ、おかえり。遅かったね」

 

 エッジに気付き、リディアが腰を上げて近付いてくる。

 

(なんでここにいるんだよ!?)

 会議が終わって女性陣と共に地下室に向かった時以来、リディアの姿を見た。

 外での修行中。リディアの気配は全く感じなかったが。

 演奏会を途中で抜けて、外のどこかに隠れて待っていたのだろうか??

 

「……何してんだ」

「エッジと話がしたくて、待ってたの」

 

 ぶっきらぼうな口調で声をかけたが、リディアはおののかなかった。

 それどころか目の前に立ち、にこりと笑みを見せてきた。

 どこか作られたような笑顔にしか見えず、警戒してしまう。

 

「疲れてんだ。もう寝かせてくれ」

「疲れてるなら、修行休めばよかったじゃない」

「っ……」

「『短眠の術』もあるし、少しぐらい遅くなってもいいでしょ」

 

 リディアにことごとく反論されて、言葉を詰まらせる。

 

 リディアは真月にいる者の中で、忍者のことに一番詳しい。

 『短眠の術』の存在を教えなければよかった。そう後悔するも、時すでに遅し。

(いや、断る理由はまだある……!)

 

「明日から、おまえも探索行かなきゃならねえんだぞ?」

「わかってるよ。会議でギルバートがそう言ってたじゃない……」

 

 明日からは総力戦。探索メンバーの人員が倍に増えることになった。

 

 —— —— ——

 セシル夫妻が戦列復帰した頃から。ギルバートは総力戦を検討していたらしい。

 自ら作戦会議で提案したが、本日増援要請があったからだろう。

 誰も異を唱える者はいなかった。

 —— —— ——

 

 謎の少女がいつ現れてもいいように。これから毎日、リディアも探索に向かうことになるだろう。

 

「わかってんなら、早く寝」

「——スリプル使うから大丈夫っ」

「おい、っ……!」

 

 早めの睡眠をリディアに勧めたが、逆にぐっと腕をつかまれてぐいぐい引っ張られる。

 

「何だよ、一体……っ!」

「もうちょっと離れたところ……あ、エレベーターの近くがいいかなぁ」

「わかった! ついてってやるから手ェ離せ!!」

「はいっ」

 

 リディアが要請に素直に従い、ぱっと腕を離してくれた。

 

「じゃあ、ついてきて」

 

 『呪淫』が解除された夜を彷彿とさせるぐらいには。

 リディアの振る舞いが強気すぎて、嫌な予感がしてたまらない。

 

(どうせ、ついてくるのを止めさせたことだろ……?)

 とっとと話を終わらせて、ぐっすり休んでもらわねば。

 リディアと共に、次元エレベーターのそばに向かいながら。

 エッジは脳内で、反論材料をこれでもかというぐらいかき集めたのであった。

 

§

 

「ここでいいね」

 

 目的地に着いた。当たり前だが、周りには誰もいない。

 魔導船からも離れているので、他人に会話は聞かれない。

 エッジはそう安堵しながら、エレベーターの壁に背を預けて、こう言った。

 

「……さっき、足手まといって言われてむかついたのか」

「そうじゃないよ」

「だったら何だ」

「バハムートをまだ取り返してないのに召喚士に死なれたら困るから、わたしを置いていったんでしょ?」

「……その通りだ」

 

 リディア自ら模範解答をすらすら答えてくれた。

 

(なんだよ、きちんとわかってんじゃねえか)

 相手が謎の少女でない限り。リディアの死のリスクを回避するには、ああするのが最適。

 そう考えて、今日の夕方リディアを連れて行かなかった。

 

 —— —— ——

 真月の戦いの鍵を握っているのは、幻獣神バハムート。

 リディアはそのバハムートと心を通わせ、使役出来る。

 足手まといどころか、貴重な戦力と言っても過言ではない。

 

 ミストと幻獣界の交流も未だ実現できていない。

 そのためにも今後リディアの存在は必要不可欠。

 

 エッジは一度目のミスト訪問以来。奪回した幻獣と契約を交わすリディアの姿を見てきた。

 その度に、青き星の今や未来において召喚士リディアの重要性を改めて思い知らされると共に。

 例え身に盾にしてでも、愛する女を護ると。

 過去にアスラやリディアに立てたそんな誓いをますます強固なものにしていった。

 —— —— ——

 

 幻獣絡みや星の行く末が決まる大勝負。それ以外、リディアは庇護される側にいる。

 これはエッジだけでなく、真月に来た大半の者たちの共通認識でもある。

 だからギルバートが、リディアを連れて行かなかったことではエッジを責めなかった。

 

「わかってんなら、なんで追っかけてきた」

「エッジがきちんと説明せずに、ごまかして逃げたから。——わたしを置いていった理由、それ以外にもあったでしょ??」

「はあ??」

「それはね。エッジは今でもわたしのことが好きで、守りたかったから」

「……!」

「わたしに、赤ばら4本贈ってくれたじゃない。あれ、今も変わってないでしょ?」

 

(くそ……! ウルキの野郎!!)

 エッジは平静を装いつつ、心の中で薬草園の女主人へ恨みつらみを叫ぶ。

 

 ずいぶん前に買ってあげた麦わら帽子に、ぶっ刺した赤ばら4本の花言葉。

 『あなたを愛しています』『死ぬまで思いは変わらない』を。まだリディアは覚えていたようだ。

 

 エッジはまだリディアが好き。リディアがそんな発想に辿り着かないように。

 再会して以降、ここまで嫌われ役を演じていたのに。全てが水の泡になりかけている。

 繁忙期にかかわらず、あの日ばら園にやってきたウルキが全部悪い。

 

「くっだらねえ。花言葉なんか信じてたのかよ」

「だめなの?」

「……たったひとりの召喚士だからだ。理由はそんだけ」

「じゃあ、イフリートの時にそう言ってくれたらよかったじゃない。どうして言ってくれなかったの?」

「……」

「どうしてゲッコウさんに頼んでまで、わたしを止めたの?」

 

 エブラーナ城での出来事を蒸し返し、質問攻めしてくるリディアに。

 エッジは己の目論見が外れたことに気付かされた。

 

 —— —— ——

 エブラーナ城でイフリートを制した直後。リディアから、ビンタを食らった。

 自身を囮にして、リディアたちを逃がそうとしたことに腹を立てたと思われる。

 

『二度とあんなことしないでちょうだいっ!』

 

 こんこんと説教された最後に、そう訴えられたが。

 

『……気ィ付ける』

 

 エッジは『はい』でも『いいえ』でもない。あいまいな返事をするしかなくて……。

 —— —— ——

 

 その時のやりとりが、今リディアを攻めに転じさせて、エッジを窮地に追い込んでいる。

 

「イフリートの時もさっきも、死んでもいいって思ってるようにしか見えなかった」

「……気のせいだろ」

「ルビカンテの時は、そうじゃなかったよ」

「死んでる奴にやられたら、笑い話にもならねえだろ」

「それもあるけど、あの時はわたしを守る必要なかったもん。ルビカンテは1対1の対決で、見物人に攻撃するようなひとじゃないから」

「……」

「エッジは……わたしが絡むと……死ぬ気満々なんだよ」

 

(だめだ、隠し切れねえ……)

 リディアの苦渋に満ちたようなつぶやきを聞きながら。

 エッジは何も答えず、目を閉じて策を巡らせ始めた。

 本心を明かす。その上で『エッジ』が悪役になるには、一体どうすればよいかを。

 

 —— —— ——

 

『おまえは好きではない』

『おまえのために死ぬ気満々な訳がない』

 

 しょせん嘘では、リディアを納得させられない。

 このまま嘘を貫き通しても。こうして、リディアから攻められ続ける未来しか見えない。

 

 気持ちを隠し続けて、早10年以上が過ぎた。ここらがもう限界なのかもしれない。

 それでも、今のリディアの恋人は『ツクヨミ』だ。

 

 本心を打ち明けるにしても、一度敷いたレールを戻る訳にはいかない。

 この真月から運良く生きて帰った後のことを考えれば。

 『エッジ』は『ツクヨミ』の引き立て役。いわば悪役に徹しなければならない。

 —— —— ——

 

「ねえ……何とか言ってよ」

 

 長い沈黙の中。思案し終えて目を開けば、リディアが返事を催促してきた。

 

 これから思案した策——リディアに嫌われる作戦を実行に移すため。

 小さく息を吸ってから、苦々しい口調でリディアにこう告げた。

 

「……オレが出来ることっつったら……『ツクヨミ』やミストの奴らのために、おまえに命賭けるぐらいしかねえからな」

「やっぱり、わたしのこと好きだったんだね」

 

 愛の告白とは程遠い言い回し。それでも、しっかり伝わったようだ。

 ……今でもリディアに思いを寄せていると。

 

「——女々しくて、悪かったな」

「!?」

 

 わざと表情を険しいものに変えて。一歩前に踏み出し、リディアの両手首をつかむと。

 リディアがうつむいたまま身体をびくりと震わせた。

 

「痛い……離して……」

「オレのことより、あっちに残してきた恋人の心配してやれよ」

「……」

「あ? もしかして、オレと会ってどうでもよくなっちまったか?」

「……」

「黙ってるってことは、図星か」

 

 悪どい口ぶりで責め立てるも、リディアはうつむいたまま何も答えない。

 

(なんで黙ったまんまなんだよ)

 約1ヶ月前の真夜中。リディアは『ツクヨミ』と愛の誓いを交わした。

 あれは真っ赤な嘘だったのか?

 そんな疑念を持ちながら、リディアの両手首をつかんだまま耳元に口を寄せた。

 

「それなら、オレがおまえを抱いても構わねえってことだよな」

「っ!?」

 

 『ツクヨミ』からリディアを寝取る。

 犯罪者ばりの低く重い声で口にすれば。リディアが息を呑む音が聞こえた。

 

「冗談だ」

「……」

「好きな女の幸せ、ぶち壊すような真似はしねえよ」

 

 リディアの耳元から離れてせせら笑うように言った。抱くつもりはなく、煽っただけである。

 

「その代わりっちゃなんだけどさ」

「っ……」

「こいつ」

「!?」

「『ツクヨミ』からもらったらしいじゃねえか」

「っ……やだ!! やめて……っ」

 

(いくらでも恨め)

 リディアを力ずくで抑えながら。右小指にはめられたぺリドットの指輪を素早く強引に引き抜くと。

 背を向けて、懐の中に入っていた銀貨と指輪を入れ替えてから。銀貨を目いっぱい遠くに投げた。

 

「あぁっ……!」

 

 背後にいるリディアが、驚き失望入り交じりの声を上げている。

 狙い通り、指輪を捨てられたと思ってくれたようだ。

 

 リディアに『好きだ』の一言すら言えないくせに。

 リディアから『エッジ』を引き離すためなら、こうも強気になれるとは。

 そんな自分の歪んだ心を、エッジが嘲笑していると……。

 

「最っ低っ!!」

 

 リディアが大声を上げながら、指輪——銀貨が飛んで行った方向へ一目散に走っていった。

 

 恋人からもらった指輪を邪険にされたら、怒るのは当たり前。

 エッジはしばらくその場に留まり、様子を見ることにした。

 

(何だよ……やっぱ『ツクヨミ』のことが好きなんじゃねえか……)

 リディアに嫌われる策が順調良く進んでいる。

 そう安堵しながら、『ツクヨミ』が好きだとわかる行動を目の前で取られて。

 自身が演じる『ツクヨミ』に嫉妬しながら、リディアの様子を遠巻きから眺めていた。

 

§

 

 指輪を投げてから、5分ほど経った頃。エッジはようやく歩き始めた。

 歩を進めるにつれて、視界に映るリディアの姿が大きくなる。

 

(どっからどう見ても、指輪を探してんな……)

 リディアがきょろきょろ地面を見ながら、さまよっている。

 

「どこかな……?」

「エッジのばか……!」

 

 近付くに連れて、そんな独り言まで聞こえてくる。

 

「あっ」

 

(早かったな……)

 突然リディアがその場に座り込む。銀貨を見つけたらしい。

 

 真月の地面は、クレーターと呼ばれる凸凹部分が目立つが。

 一面、黒みがかった鉛色に覆われているため。銀色の硬貨が落ちていたらすぐにわかる。

 

「な、なにこれ!?」

 

 驚きの声を上げながらリディアが立ち上がっている。指輪ではなかったことに気付いたようだ。

 

「これだろ、探しもん」

「!?」

 

 リディアの背後から声をかけると、さっとこちらを振り返った。

 きっとこちらをにらむような表情から、かなり怒っているのは見て明らか。

 

「悪かったな」

「……!!」

 

 謝罪を口にしながらリディアに指輪を差し出す。

 すると、奪うように指輪を取って再び右の小指にはめている。

 

「久しぶりに、いたずらしたくなっちまってな」

「……に……して」

「は?」

「いい加減にしてって言ったっ!!」

 

 悪びれもなく言い訳を口にしたら、顔を真っ赤にさせたリディアに大声で怒鳴られた。

 

 後はリディアが『大っ嫌い!』と叫び、ここから去れば策は成功に終わる。

 エッジは本気でそう信じていた。……この時までは。

 

「そうムキになんなよ。いたずらしただけ」

「——これはエッジがツクヨミさんに変身して、あたしに贈ってくれた指輪じゃないっ!!」

「!!」

 

 リディアが右手の甲を見せつけながら、怒気をはらませた声で叫んだ。

 それを聞いて、エッジの頭は真っ白。

 

「この指輪を使って、あたしに嫌われようとするなんて……! 何考えてるのよっ!!」

「……!」

 

(なんでバレてんだ……)

 ツクヨミの正体だけでなく、策まで見破られていたとは。

 茫然自失の状態でその場に立ちすくんでいると、リディアがつかみかかってきた。

 

「そんなに、あたしに嫌われたいの!?」

「……」

「あたしのことが好きだったら、普通に相手したらいいじゃない!! そんな簡単なことが、どうして出来ないの!?」

「……」

「どうして、あたしに嫌われるようなことばっかりするのっ!?」

 

 身体を揺さぶりながら、リディアが責め立ててくる中。

 ショックのあまりに上手く働かない思考を必死で巡らせる。

 

(どうしたらいい……!)

 『エッジ』が嫌われるならまだしも。『ツクヨミ』の正体が暴かれて、使えなくなった。

 青き星に帰れたら、新たな泡沫の存在で、1からまたリディアと関係を構築し、恋人にならなければならない。

 

「ねえ」

「……」

「何とか言ったらどうなの??」

 

 リディアから返事を催促されて、ちょうど思考がまとまった。

 エッジは両手で印を結びながら。からからに乾いた喉を振り絞るようにある呪文を唱えたのであった。

 

「『……の術』」

 

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