フェイクラバーズ 作:かえで
エッジが『ツクヨミ』という泡沫の存在を捨てたことで。
ようやくリディアは、ご本人と恋人になることが出来た。
一夜明けて3の月1日。真月を訪れてから初めて謎の少女と邂逅。
バハムートを召喚して行く手を阻んできた少女を、苦戦の末に倒した。
リディアは、少女から解放されたバハムートと再契約。これで全ての幻獣を取り戻すことが出来た。
——3の月3日
現在は総力戦と銘打って、13年前にゼロムスを倒したセシルたち5人。
パロム、ポロム、セオドアとアーシュラの若者4人と、セシルの兄ゴルベーザ。
新旧の実力者10人の大所帯で探索に赴いている。
次元エレベーターをぐんぐん降りて、深層部の奥を目指す。
そして、本日最初のフロアに入った瞬間。
目の前に広がる光景に、リディアたちはみな驚愕の表情を浮かべて絶句した。
—— —— ——
フロアの入口と出口をつなぐ中央の通路を挟むかのように。
大きく透明なカプセルがフロア全体に縦横均等に置かれている。
どのカプセルにも、先日倒したはずの謎の少女が目を閉じて浮かんでいる。
生きているのか死んでいるのか、目視では確認出来ない。
—— —— ——
「これは一体……?」
「みな同じに見えるな」
周りを見回しながら、重苦しいような声で疑問を口にするセシルへ、カインが答えている。
リディアも遠巻きからカプセルを眺めていたが、エッジの姿が見えない。
きょろきょろ探すと、ひとりフロアの一番奥で立っているのを見つけた。
「どうしたの?」
(何見てるんだろう?)
エッジのそばに駆け寄り、顔の傷を見ないように左側から声をかける。
「……いや、なんか気になってな……」
エッジが視線を前方に向けたまま、小さな声で答えた。
リディアも一緒に恋人が向ける視線の先——カプセルを凝視する。
「この子だけ小さいね」
「ああ……」
他のカプセルに入っている少女は、みんな14、5歳ぐらいの容姿。
これまで出会った謎の少女とそっくり。
ところが、このカプセルに入っている少女は、5、6歳ほどの幼児にしか見えない。
視線を隣に移すと、エッジが何とも言えない表情でまだカプセルを見ている。
(やっぱり子ども、欲しかったよね)
幼児の姿から、終生成すことが出来ない自身の血を引いた子に対して。
エッジが何か思いを馳せているように見えて、胸が痛む。
カルミネの事件でエミールに毒を盛られていなかったら。
今頃エッジには目の前のカプセルにいる幼児と同じ年頃の子どもがいたかもしれないのに。
「……」
「……」
エッジにどう声をかけていいか考えあぐねていたら。ゴルベーザとセシルの会話が聞こえてきた。
「何者かがここで少女の分身を造り、待機させているようだな」
「本当ですか?」
このフロアの用途目的をゴルベーザがセシルに話している。
—— —— ——
もうひとつの月(本物)に謎の少女が現れた。
しかし何度倒しても、また同じ少女が現れてキリがなかった。
—— —— ——
以前ゴルベーザが正体を明かした時に、そう話していたから。
カプセルの中にいる者たちは、少女の分身で間違いないだろう。
「遠い昔、月の民もこれと似たような研究をしていた」
「何ですって?」
「理に反すると気付き、すぐに辞めたがな」
「当たり前ですよ……」
まぐわい——男と女で生殖——で子孫を残していく。それが青き星の理。
歴史上、これまで機械で人間を造った記録はない。
小説や舞台で架空の人類繁栄手段として出てくるぐらいか。
もうひとつの月で暮らす月の民も、青き星の人間と同じ倫理観を持っていたようだ。
「……ゴルベーザもはっきり言やいいのに」
「何を?」
「ここはガキどもを造る工場と倉庫だってよ」
「じゃあ、この子たちは……」
「みんな捨て駒だ」
「……!」
エッジが吐き捨てた言葉は現実味を帯びており、ごくりと息を呑む。
「こないだ戦ったガキは、それまでこん中で出番を待ってたんだろ」
「じゃあ、この子がまだ小さいのは、それから造り始めたから……?」
「たぶんな」
(一昨日戦った子の代わり……)
一昨日。このカプセルにいた謎の少女が、リディアたちを攻撃したが倒されてしまった。
その後、何者かがこのカプセルで謎の少女を造り始めた。
信じられない話だが、目の前の小さな存在がエッジのそんな言説の信憑性を高める。
「……この子たちはモノじゃない」
「全くだ。エミール並みに性質悪りぃ……!」
エッジが憎々しげにそうつぶやきながら、手を伸ばす。
そして、幼児と自身たちを阻む透明な壁に触った瞬間。
「あ」
カプセルの中にいたの両目がぱちりと開いた。
すぐに扉も開き、カプセルの中から幼児が出てきた。
「うわ、やべ……!」
「ちょっと、何やってんのっ」
「ちょいと触っただけで、オレなんもしてねえぞ!?」
エッジが珍しく慌てたような表情を見せる。
壁を触っただけで幼児が出てくるとは思わなかったのだろう。
これまでの少女のように、攻撃してくるかもしれない。
リディアとエッジがうろたえていると、幼児が無表情でゆっくりと口を開いた。
『指示を』
「は?」
「えっ?」
『指示をくれ』
幼児が柘榴色の瞳を光らせながら、リディアたちに要求してきた。
(他の子もそうだったけど……子どもらしくない……)
幸い幼児からは、過去に出会った謎の少女のような敵意は感じられない。
しかし、表情は感情がごっそり抜け落ちており、口調も機械的。
幼児を含め謎の少女たちは『捨て駒』だから、そういう造りになっているのだろうか。
「指示?」
「おまえになんか命令しろってか」
『ああ。何をすればいい』
幼児から要求を催促されて、困惑しながらエッジと顔を見合わせる。
一体何を指示してあげたらよいかわからない。
「どうしよう、エッ」
「——おまえたち、何をしている」
「!」
冷徹な男性の声が背後から聞こえてきて、エッジとふたりで後ろを振り返る。
「早く来ないと置いていくぞ」
「ああ、悪りぃ」
仏頂面したカインが先を急かしてから、部屋を出ていった。
よく見れば、ここにいるのはエッジとリディアだけ。
残りのメンバーは既にこの部屋から出てしまったようだ。
「……こ、ここで待っててくれる?」
『ここで』
「そう、ここだ。部屋から絶対出るな」
『わかった。指示に従う』
「いい子にしてろよ」
「待っててね」
『……』
エッジが幼児の頭をくしゃくしゃ撫ぜて、リディアが念押しの言葉を残すと。
既にフロアから姿を消したセシルたちの後を追った。
それ以降は、不意打ちのようにモンスターが現れてくれたおかげで。
とても幼児の話題を持ち出すどころではなくなってしまった。
§
途中のフロアで、奪われたクリスタルを回収して更に先を進む。
ようやく真月の核とも言える場所に到着すると。
がらんどうとしていたそこに、突然未知なる生命体が現れた。
その者は自らをクリエイター——創造主と名乗り、リディアたちに語りかけてきた。
『試してみよう、私の言葉を理解できるかどうか』
—— —— ——
クリエイターは遠い昔、宇宙のはるか彼方にある星に生まれた。
その星では高度な文明が栄えていたが、文明の衰退と共に種族も、星も消滅してしまった。
最後に生き残ったクリエイターは船で宇宙をさまよいながら、こう考えた。
この広い宇宙には、自分が生まれた星のように生命体が暮らす星がたくさんある。
それらの星の情報を知れば、なぜ故郷の星が滅亡したか。その理由がわかるかもしれない、と。
思い立ったが吉日とばかりに、クリエイターはふたつの物体を造り上げた。
ひとつは、宇宙を旅する超巨大船である真月。
そしてもうひとつが、星のあらゆる情報を読み取り記録する装置、クリスタル。
次にそのクリスタルを、青き星など生命体が暮らす幾多の星々に設置。
数千年後にその星々へ赴き、設置したクリスタルを回収してから、真月で星を呑み込んでいった。
並行して、集めたクリスタルから選び抜いた有益な情報を基に、実験生命体——マイナスを造り上げた。
クリエイターの娘、かつ忠実に従うしもべが生まれてから。
クリスタルの回収速度が更に上がり、このほど青き星のクリスタルの回収時期が訪れた。
青き星で暮らす幻獣と呼ばれる生命体は、今後の実験にとても有益な存在。
クリエイターはそう判断して、月の民が眠るもうひとつの月へマイナスを派遣。幻獣神バハムートを掌握した。
同時に青き星にもマイナスを差し向け、クリスタルを回収。全ての幻獣を手中に収めた。
—— —— ——
クリエイターの話から、リディアたちが謎の少女と呼んでいた存在がマイナスだったこと。
青き星で尊ばれていたクリスタルは、奇跡の産物でも何でもなかったことが判明した。
『……幻獣をまた奪われてしまったが、情報は入手してある。今後新たな実験体を作る参考にさせてもらおう。そういう訳で、もう青き星には用はない。今から真月で呑み込むことにする』
リディアたちはみな、クリエイターに怒りを露わにした。
マイナスだけでなく、宇宙の星々やそこに生きる者たちを全てモノ扱い。
己の知識欲を満たすために、誰が青き星を呑み込ませるものか。
青き星の存亡を賭けた戦いが始まったが、程なくしてクリエイターが突然暴走を始めた。
タイミングが良いのか悪いのか。寿命が尽きる時が訪れたらしい。
暴走するクリエイターに苦戦する中、突然地面が大きく揺れ始めた。
『ニゲロ……』
正気に戻ったのか何なのか。クリエイターがそう告げた瞬間。
その場にいた全員が、言葉の意味を察した。——真月の崩壊が始まった。
真月と心中するなんてごめんである。
「魔導船に戻るぞ!」
セシルの号令で、リディアたちは全員その場を離れた。
直近の次元エレベーターへ向かうため、地面がぐらぐら揺れる中。元来た道を必死で走り続ける。
「ちょっと待って!」
「どうした?」
「あ、あの子を……!」
マイナスの工場兼倉庫に入り、リディアは逃げる仲間たちの輪から外れた。
後を追ってきたエッジと一緒に、部屋の片隅で棒のように立つ幼児の元に駆け寄った。
「遅くなってごめん……!」
幼児は指示に従って、その場から一歩も動かず。
リディアたちが戻ってくるのを待っていてくれていた。
『次の指示は』
「あの……っ!?」
何かが割れるような大きな衝撃音が聞こえて、途中で言葉を切る。
音がした方向を見ると、クリエイターが部屋の扉を蹴破って中に入ってきた。
見境のない状態ながらも、リディアたちの後を追いかけてきたようだ。
「みんな! 早くエレベー……!?」
自ら囮になるために、セシルが剣を構える。
ところが、いくつかの人影が彼の前に立ちはだかった。
その正体は、カプセルの中で眠っていたはずのマイナスたち。
「きみたちは……」
『早く行け。我らがクリエイターを止める』
「全員で!?」
『我らの意思はひとつ。親の命令に従うのみ』
自分たちがクリエイターにとどめを刺す。
セシルにそう申し出たマイナスたちが、一斉にリディアの方を向いた。
彼女たちはリディアではなく、リディアのそばにいる幼児に無機質な視線を向ける。
『ただ、その子どもは幼体』
『早く産まれたせいで、心は空っぽ』
『我らと意志共有が出来ていない』
『我らの希望でもあり——未来だ』
(この子たち……!)
リディアは幼児の両肩をぐっとつかみ、マイナスへ向かってこう叫んだ。
「心配しないで! この子はわたしが育てるからっ!!」
「リディア……」
「リディアさん!?」
「あなた、何を……」
「未婚のシングルマザー!?」
リディアの意志表明にセシルやポロムやローザ、パロムが驚きの声を上げた。
「……」
背後からも悔しそうにつぶやく男の声が聞こえてきたが、それを無視して。
無表情のマイナスたちに向かってこうたずねた。
「あなたたちと違って、この子には……自由に生きて欲しいんだよね?」
—— —— ——
滅びゆくこの真月で、マイナスたちは親——クリエイターと共に人生の幕を閉じるつもりでいる。
そんな彼女たちの唯一の心残りは、予定より早く動き出した幼体のこと。
親の命令に従わなかった幼き分身には、これからも生きて欲しい。
—— —— ——
リディアはマイナスたちの行く末や望みを感じ取り、幼児を引き取ることに決めた。
『その通りだ』
『どうか、その子を頼む』
『早く行け』
マイナスたちがリディアに同意すると、真月からの退避を促してから。
全員一斉にクリエイターがいる方へ身体を向けた。
『あなたは、私達の父……【……』
親に向かって娘たちが、最大攻撃魔法メテオの詠唱を唱え始める。
その様を幼児が何も言わず、表情を変えず見ている。
幼児だけでない。誰ひとりとしてその場を動かない。
利己的な親に捨て駒のごとく造られた。にもかかわらず、娘たちは親と心中しようとする。
そんなマイナスたちの切ない最期を見届けることが、自分に出来る精いっぱい。
みんなそう思って、詠唱を続けるマイナスたちを見つめていたのかもしれない。
程なくして詠唱が終わり、どこからともなく多数の隕石が現れた。
隕石はひゅんひゅん音をたてながら。クリエイターの身体に次々と衝突する。
『アリガトウ……』
複数のメテオを一気に食らえば、ひとたまりもない。
クリエイターはお礼の言葉を残して崩れ去った。
同時に、マイナスたちも霧のように跡形もなく消えてしまった。
§
「っ……行くぞ、みんな!!」
セシルの叫び声を合図に、みな次々とフロアを後にする。
『次の指』
「——ここから逃げて、青き星でわたしと一緒に暮らすの」
こちらを見上げて指示を要求する幼児に、リディアは早口で答えてから。
よいしょと、口にしながら幼児を抱きかかえる。
マイナスたちが消滅した瞬間も。他人に抱かれても。全く動じない。
そんな幼児の様子から、改めて思い知った。
この子どもの心はマイナスたちが言った通り、空っぽなのだと。
「大人しくしててね」
『わかっ』
「——しっかりつかまってろっ!」
「う、わぁっ!?」
走り出した途端、身体が男の叫び声と共に宙に浮く。
気が付けば、リディアは幼児を抱えた状態でエッジに横抱きにされていた。
「エッジ……?」
自分たちを運びながら、魔導船まで戻るつもりなのか。
戸惑いながら名を呼ぶと、ふっと鼻で笑う声が聞こえた。
「ガキ、落っことすんじゃねえぞ」
「……うんっ!」
何とも頼もしいエッジの声。
破顔一笑で相づちを打ち、落とさないよう小さな幼児をぎゅうと強く抱きしめる。
すぐにエッジが、リディアと幼児を抱えたまま一目散で駆け出した。
……真月を脱出するために。
§
真月の崩壊が迫っているのか。次第に揺れが大きくなっていく。
天井からも破片がぱらぱら落ちてくる。
ここから逃げ出すことが出来なければ、真月と共倒れだ。
(これから……)
そんな生と死の狭間の真っ只中にもかかわらず。
リディアは幼児とエッジとの間に、ある種の一体感と幸福感を感じながら。
あることを脳内で思索していた。
「おーい、みんなー!! リディアが姫抱っこされてるぜー!」
思索を終えて早々、リディアの耳に届いたのはパロムのおどけたような叫び声。
思わずパロムに向かって、心の中でぺろりと舌を出してやった。
(前からだもんね!)
自分たちをはやしてたてているのだろうが、パロムは知らない。
とうの前から、エッジに散々お姫様抱っこしてもらっていることを。
「なあ、あいつら付き合ってんじゃね!? エッジも水臭せーよな!」
「変なこと言わない!」
「あれ? そういや……リディアって、他のお」
「——いい加減にしなさいっ!」
がつん!!
「っ、痛ってぇ!!」
注意しても言うことを聞かない弟に腹を据えかねたのか。
双子の姉ポロムが杖でパロムの後頭部を思い切り殴った。
「おいこら! 何すんだっ!」
「生きるか死ぬかの瀬戸際なの! 黙って走りなさいっ!」
「……はいはいっ、わかりましたぁー」
状況が状況だけに、さすがに空気を読んだのだろう。
それからパロムは黙って走り続けていた。
……時折にやにやしながら、リディアたちを見てきたけれど。
パロムは唯一仲間内で、リディアが『ツクヨミ』と付き合っていたことを知っていた。
けれど、泡沫の忍者はもう二度と現れない。
魔導船に戻った後に詮索されるかもしれないが、適当に答えておくことに決めた。
—— —— ——
恋人同士になったが、リディアとエッジは総力戦に向けて。
お互いに『共に青き星を守って生きて帰る』を最優先。
仲間たちに報告どころか、探索中は離れて行動していた。
思いが通じたその夜から。毎晩魔導船の屋根の上で眠っていたエッジの隣で眠るようになった。
それぐらいが恋人同士と呼べるような行いだったため。
ふたりがそんな関係になった。仲間たちはちっとも気付いていなかった。
—— —— ——
パロムのおかげで、仲間の幾人かが先を急ぎながらも。
疑問や好奇に驚きなど、様々な視線をこちらに向けてくる。
そんな中、ある女性の姿がリディアの視界に入ってきた。
(……エッジに怒ってる)
エッジに鋭く冷たい視線を送る彼女から、後で何か言われるかもしれない。
けれど、答えはもう決まっているので気にしないことにした。
§
到着して早々に次元エレベーターの扉が開き、全員乗り込む。
ここから地上に戻るまで数分かかる。
小休止とばかりに息をつく者、座り込む者……。みなが疲労や不安を露わにする中。
エッジが幼児とリディアを横抱きしたまま。だだっ広いエレベーター内の隅に陣を取った。
「重いでしょ? 降り」
「——いい」
(すごいな……ふたり抱っこしながら走ってたのに)
リディアがそう言っても、あっさり断ってきたぐらいには。
エッジは全く疲れた素振りを見せない。
「ね、ひとつ聞いていい?」
「ああ」
「もしかしてエッジも……わたしと一緒のこと考えてた?」
幼児を引き取る。リディアがマイナスたちにそう宣言した直後。
後ろにいたエッジが『くそ、先越された……!』とつぶやいていたのだ。
「ったり前だろ。こんなちっせえガキ、見捨てられっか」
「やっぱり……!」
エッジも同じことを考えていた。それがわかり、嬉しさのあまり胸が熱くなる。
(あたしが好きになっただけある!)
今すぐエッジに口付けしたくなる衝動が湧き上がり、ぐっと我慢していると。
重苦しい気配が上から漂ってきた。
「けどよ……」
「何?」
「おまえが申し出てくれて、すげえほっとしてる」
沈んだ声でエッジから心情を打ち明けられて気付いた。
「それって、お城じゃなくて……」
「ああ。オレはこいつを特別扱い出来ねえ」
エッジは立場上、よほどの理由がない限り。
血のつながりがない子どもをお城に引き取ることは出来ない。
孤児院に預けるなら、幼児に思い入れがあるリディアが引き取った方がいいと思ったのだろう。
「気にしなくていいの。わたしがこれから」
「——急に母親だぞ?」
「え」
「ひとりで……面倒見れんのか」
頼りなさげな声でエッジからそうたずねられた。
突然リディアが母親になったことが不安なのかもしれない。
今は顔が見れないから、確かめようがないけれど。
「大丈夫、大丈夫」
「なんだ、えれえ自信あんな」
「頼れる人、ミストにいっぱいいるし、エッジもいるから」
「……オレ?」
「うん。続きは魔導船に着いてからね」
リディアが思いついた提案を聞けば。エッジも喜んで快諾するに違いない。
もっとも今は、そんな話をしているどころではないため。
エッジは、幼児には欠かせない存在。そうほのめかす程度に留めておいた。
§
「みんな、もうすぐ着くよ」
セシルの声がエレベーター内に響くと、他のメンバーが最後のひと踏ん張りに向けて準備に勤しむ。
「ラストスパート、がんばって」
「おう」
「途中でへたらないでよ?」
冗談交じりにエッジの尻を叩いてあげた。
忍者の頭領さまが、ちょっとやそっとではへたる訳がない。
「へっ、オレを誰だと思ってんだ……よっ!」
(エブラーナの国王様で、わたしの恋人。それから、この子の『 』だよ!)
エッジが鼻で笑うと同時に、次元エレベーターの扉が開いた。
みなが一斉に外へ出ていく中。エッジもリディアと幼児を抱えてエレベーターを飛び出した。
§
揺れる真月の大地を駆け抜け、探索メンバーが続々と魔導船に入っていく。
全員の帰還を確認し、すぐに魔導船は真月を離れた。
その後、みんなで真月の様子を窓からのぞいてみると。
既に地表に大きなひびが無数に入っており、数分も経たないうちに。
砂の城のごとくこなごなに崩れていった。
星に見せかけた大きな宇宙船が跡形もなく消えたことによって。
1ヶ月近くに渡った戦いに終止符が打たれ、青き星は滅亡を免れたのであった。
——数時間後
魔導船が青き星に到着するまでに、半日はかかる。
つい1時間ほど前から、セシルたち国王さま4人組とルカとパロム。そして、ゴルベーザ。
以上各地の代表者7名が、操舵室で今後の予定について話し合いをしている。
なお、ゴルベーザはかねてから故郷——もうひとつの月に戻る。そう意思表明している。
§
一方、地下室ではリディアがローザとポロムと共に雑談していた。
「……ん?」
胸元からすうすう音が聞こえてきた。
その方向へ視線を向ければ、胸に抱き抱えている小さな子どもが寝息を立てている。
子どもは謎の少女——マイナスの生き残り。
これから娘として育てるために、リディアが魔導船に連れて帰ってきた。
「……寝ちゃいましたね」
「疲れたのかも」
「生まれたばかりで、赤ちゃんと変わらないのよ」
「でも、リディアさんのこと……本当に大好きなんですね」
「そりゃあ、お母さんですもの」
隣に座るローザとポロムの会話を耳にしながら。
幼児の頭をそっと撫でてあげると、少し短い翠色の髪がさらりと揺れた。
それでも、幼児が目を覚ます気配はない。
—— —— ——
幼児は言葉を話せる。しかし、喜怒哀楽——感情や、自身の意志と言ったものがほとんどない。
生まれて間もなく言葉を交わしたからだろう。心を開く相手はリディアとエッジだけ。
ローザやポロムとも、言葉どころか視線をろくに交わさなかった。
そんな幼子に配慮して、それ以外のメンバーたちは大広間で休んでくれている。
—— —— ——
(ひなの刷り込みって、こういうことを言うのかな?)
幼児が母親と認識してくれていることに、リディアが感慨にふけっていたら。
「ところで、リディア」
ローザに呼びかけられて、現実に引き戻されてしまった。
「なぁに?」
「あなた……エッジとお付き合いしているの?」
(来た!!)
険しい表情でこちらを見据えるローザに、思わず身構える。
幼児が眠るまで、エッジの話題を出すのを控えていたようだ。
—— —— ——
リディアは気付いていた。
真月に来て以来。ローザがエッジに対してあからさまに嫌悪感を見せていたことを。
リディアたちを抱えながら魔導船に向かうエッジに、冷たい視線を送っていたことを。
—— —— ——
そんなローザがこれから何を言ってくるか、大方見当がついている。
「付き合ってるよ」
「そう」
「でしたら、リディアさんは将来エブラーナのお妃さまですね」
「あ、結婚はしないの」
「えっ?」
「……どういうことかしら」
「あのね——」
婚姻関係は結ばないと告げられて、更に険しい表情に変わったローザ。
そして、きょとんとしたような顔を見せるポロムに。
リディアは今後のエッジとの関係について話した。
「いいと思います。この子もエッジさんに懐いてますしね」
「——わたしは反対です」
ポロムは素直に喜んでくれたが、ローザの言葉にその場がしんと静まり返った。
(言うと思った……)
予想通りの反応に困惑していると、ポロムがすっと立ち上がる。
「どうしたの?」
「上の様子、ちょっとのぞいてきますね」
これからリディアとローザが込み入った話をする。
そう予想して邪魔にならぬように、ポロムが退席するつもりでいるのが一目瞭然。
「ありがとう。そうしてくれると助かるわ」
「ごめんね……」
「いえ、気にしないで下さい。——それじゃあ」
リディアたちに軽く会釈して、ポロムが場を離れて階段を上っていく。
(何言われても、エッジとは別れない!)
相変わらず、気配り上手な若き白魔導士に甘えることにして。
エッジとの交際を頑として認めないローザと対峙するために。
抱える幼児を起こさぬよう、リディアは背筋をすっと伸ばしたのであった。
——数分後
「わかりました。あなたがそこまで言うのなら、もう口出ししません」
「あ、ありがとう、ローザ……」
残念そうな表情で白旗を上げたローザと相反して。
リディアは、ぱあっと表情を明るくさせてお礼を述べた。
「何かあったら、すぐ手紙を寄越しなさい」
「うん。でもそうならないようにふたりで努力するから、変なことは起こらないと思うけどね」
「……本当に?」
「本当だよ。お互い好きな人に強がるのはもうやめたの」
「それならいいけど……」
その後もしばらく、今後について改めてローザと話をしていたところ。
階段を降りる小さな足音。——ポロムが戻ってきた。
「戻りました」
「お帰りなさい」
「会議、どうだった?」
「ええ。とっくの前に終わったとセシルさんが」
「ありがとう。意外と早かったわね」
「それで……」
「どうしたの?」
困ったような表情でこちらをちらちら見るポロムへ、続きを促した。
「その、エッジさんが……広間でお待ちでした」
「うわぁ……」
しどろもどろに答えたポロムに釣られて、リディアも顔をひきつらせた。
(聞かれてたかも!)
エッジは犬並みの聴覚を持っている。集中したら、広間から地下室の会話を余裕で拾うことが出来る。
リディアとローザの会話に聞き耳を立てていたかもしれない。
「どうやらわたしたちはお邪魔みたいね。戻りましょう」
「はい」
ローザが平然としたような表情で、ポロムを促しながら立ち上がった。
話し合いが終われば、青き星に到着するまで自由時間。
これからローザは、操舵室にいるであろう伴侶と過ごすのだろう。
一方ポロムは……弟子兼彼女が出来た双子の弟か。密かに思いを寄せる聖竜騎士か。
どちらと過ごすか気になる。けれど、野暮なことは聞かないでおいた。
「名前、決まったら教えてね」
「うん」
「ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとう」
「それじゃ……」
ローザとポロムの姿が消えて、ほんの1、2分経ってから。
がん、がんと階段を降りる荒っぽい足音が聞こえてきた。
地下室に現れたエッジの顔は、左目しかない状態。
リディアが傷をうっかり見ぬように、上の階で額の布を巻き直してきたようだ。
「……」
ただでさえ鋭い、エッジの目つきが邪悪に見えて察してしまう。
上の階でローザからすれ違いざまに、ちくりと言われたのかもしれない。
「おつかれさま」
「ああ」
「ここで休む?」
「……そのつもり」
リディアの隣でエッジがあぐらをかくやいなや。
寝息を立てている幼児の顔を、左目を細めてのぞき込んだ。
「……寝ちまったか」
「疲れたんだよ」
「生まれたてだし、いろいろあったからな」
「話し合い、どうだった?」
「自分とこが落ち着いたら、みんなうちの手助けしてくれるとさ」
「よかったじゃない……! 早く復興終わるよ」
「ったく、どこもかしこも手一杯ってのに……」
青き星に戻れば、エッジには自国の復興が待っている。
真月に向かう直前。エブラーナ……特に城周辺はどこよりも深刻な被害に遭っていた。
前回と同じく立て直しに相当時間がかかるだろう。
「甘えたらいいの。今頃ミストもお手伝いに行きたい人集めてるよ」
「……うちに縁ある奴いねえだろ」
「『ツクヨミ』さんのおかげで、興味持った人多いんだよ」
エスタとミストドラゴンの庇護のおかげで、ミストは火球落下を免れた。
今後金銭だけでなく、人道支援も視野に入れて。
エブラーナを中心に各地の復興を支援しようと思っている。
リディアがミストを離れる前に、ラルフがそう教えてくれた。
「ミストは物好きしかいねえのか」
「別にいいじゃない。わたしも、お手伝い行き」
「——おまえはこいつの面倒見なきゃだめだろが」
「っ、そうだね……」
両腕に抱く子どもを見やりながら、リディアは申し訳なさそうに言葉をもらした。
(この子連れて、こっそりお手伝いに行こうかな)
本当はエブラーナへ復興の手伝いに行くつもりでいたのだ。
しかし、幼児を引き取る。そう決めたことで予定は霧散した。
「ほうびも当分おあずけだな」
「うっ……」
幼児を引き取ったことで、恋人昇格兼青き星を守った記念に。
エッジに提示した『ごほうび』も延期になってしまった。
内容が内容だけに、幼児が物心ついた歳になるか。
一晩だけ幼児がどこかにお泊り出来るようにならない限り。実現は難しい。
「ごめん……まさかこうなるって、思ってなかったから」
幼児を引き取ることを決めたことを後悔していない。
ただ、言い出しっぺのくせに『ごほうび』を延期にさせたことを申し訳なく思う。
「気にすんな」
「え……」
「それ以上のほうびもらえたんだ。延期ぐらい屁でもねえよ」
切れ長の左目に慈しみを漂わせながら。武骨な手で幼子の髪を梳くエッジを目の当たりにして。
胸が喜びで埋め尽くされていく。
—— —— ——
真月から連れて帰ってきた幼児は『ごほうび』以上のごほうび。
幼児の母親がリディアなら。父親はエッジ。
……公表も書類上の手続きもしないけれど、3人は家族になった。
真月から魔導船に戻る最中。エッジとの今後についてあることを思いついた。
魔導船に戻り、操舵室での話し合いが始まるまでの間に。
リディアは提案を持ちかけ、エッジも快諾してくれた。
—— —— ——
(あたしの提案……やっぱり間違っていなかったんだ!)
世間一般的に言われるような家族の形でないのは、重々わかっている。
けれど、誰にも迷惑を掛けるわけでもなし。
自分たちは家族。3人がそう認識していればいいのだ。
「それなら、この子は神さまからの『ごほうび』だね」
幼児はゼロムスの戦いで肉親を亡くして以来。
ひとりものの自分たちに、神さまがくれたごほうび。リディアはそう思っている。
「違うわ。女神がくれたんだよ」
「っ……おおげさ」
とんとエッジに額を軽く小突かれて、うつむいてしまった。
女神と称されるとは、なんともこそばゆい。
(確かに言い出しっぺはあたしだけど、女神って……)
恋人になってからのエッジは、きざなことを平気で口にするようになった。
それだけ自分に惚れてくれている証なのかもしれないが。
『エッジ』からは言われ慣れていないため、恥ずかしい。
「ほうびは、こいつがでかくなるまで待つさ」
「それまで我慢出来るの?」
「楽勝。それまでヤレねえって訳じゃねえし」
「えー? もう40だし、その頃には朝まで保たないと思うよ?」
「何だと……!?」
「もしかしたら、枯れ果ててやる気すらなくなっ」
「——ばか」
ぱちんっ
「痛っ」
数年ぶりにエッジに額を指で弾かれたが、やはり全く痛くなかった。
「スタートライン立ったばっかだぞ!? あと20年は余裕だ!」
「やだな、冗談だよ……!」
「いいや、ガチで言ってた」
「そんなことないっ……やだ、もうっ……! この子起きちゃう……!」
冗談を本気にしたエッジに、ぐしゃぐしゃっと乱雑に頭を撫ぜられる。
男の威厳が損なわれることを言われて、確かに面白くないかもしれない。
しかし、エッジはもう40歳。いつ枯れてもおかしくないお年頃だと思うのだが……。
また不思議なことに、エッジが大きな声を上げたにもかかわらず。
幼児は全く目を覚ます気配がない。
(ステラも赤ちゃんの時、起きなかったなあ)
母親に抱かれていると、何をしても子どもは起きないのだろうか?
ミストに戻ったらアリサたちに聞いてみよう。
ぼんやりそう考えていたが、頭を撫ぜられる手が止まった途端。
脳裏にローザの姿が浮かび、表情を曇らせてエッジの顔を見やった。
「急にどうした」
「さっき……わたしたちの話、聞いてたよね」
「ああ、全部な」
「ビンタされたって本当なの?」
「……」
「ごまかさないで」
「っ、そういうこともあったかね……」
天井を見上げながら、間延びした声で答えたエッジに。
どうして早く言ってくれなかったのか、とは言えなかった。
その頃エッジは『エッジ』ではなく、『ツクヨミ』としてミストに現れていたから。
***
——つい数分前
これからリディアとエッジと幼児の3人は家族。……ただし、非公式で。
リディアの事後報告を聞いて、ローザが真っ向から反対。
ポロムが地下室を後にして、早速こう切り出した。
「あなたは精神的にも経済的にも自立してるじゃない。この子とふたりで生きていけばいいの」
「そんな」
「——例のお相手」
「っ!?」
「エッジでしょう?」
「っ、はい……」
「やっぱりそうだったのね」
ローザが呆れたような顔を見せた。
例のお相手とは、リディアと性的関係を結び、妊娠疑惑をもたらした男性のことだ。
そんな男性。後に先にもエッジしかいないのだが。これまで、ずっと隠していた。
「どうしてわかったの?」
「どうもこうも、エッジがあなたのことが好きだと気付いたのは……あの人が旅の一行に加わって間もなくですもの」
「そんな早くから!?」
「でも、どうせ旅の間だけでエッジは他の女の人と結婚すると思っていた。あなたもその頃セシルに思いを寄せていたし、戦いが終わってからも男の人に興味がないようだったから、放っておいたの。——それが悪かったのね」
「悪かったって、まさか……」
ある夏の日。突然リディアから悩みを打ち明けられた。
妊娠したかもしれない。それを聞いてローザは秘密裏に医師を手配。
リディアにバロン城に来てもらい、診察を受けてもらった。
「……結果、妊娠していなくてほっとしたわ。けれど、あなたを追い詰めた相手に腹が立った。なのに、相手が誰なのかあなたにたずねても頑なに言わなかったから……」
「そこでエッジが相手だって気付いたんだ」
「そうよ? それから仕事でエブラーナ城を訪れて、エッジを問い詰めたわ。そうしたら、あの人はあなたのことを仲間だと言い張るし、その頃、Gの一面を飾った方と婚約するって言い出したの」
(『青ばら』の人……)
Gの一面でエッジに堂々と求婚宣言した(当時)エブラーナのお嬢様のことだ。
しかし、エッジは好きで婚約したのではないと裏が取れている。
ローザには言わないけれど。
「あなたが悩んでいるのに何も知らないなんて、だめな男の人の典型よ。だから、あの人に張り手して帰ってから、今の戦いが始まるまで、あの人には会わないようにしていたの」
ローザの話を聞いて、リディアは自分自身が情けなくなった。
エッジがローザにビンタされたこと。ふたりの間にひびが入っていたことも。
当事者より先に、ローザがエッジの思いに気付いていたことも。何も知らなかったから。
「あの人は国王として素晴らしい方ですけど、女性関係に関して全く信用ならないのよ。結婚するまでずっと監視しておけばよかった。それが悔やまれてならないわ」
「そんな……監視だなんて、あれは黙ってたわたしが悪いんだよ?」
「前にも言ったと思うけど、大なり小なりそういった問題で最終的に傷付くのは、圧倒的に女性の方が多いの。あなたもあの時、思い詰めていたじゃない」
「うっ……」
「エッジが何もかも悪いのよ。立場やそういう可能性があることを考えずに、好き勝手やっていたんですもの」
「完璧な人なんていない。それは国王さまも一緒だよ」
ローザがエッジへの不満をこぼす度に、胸がきしむ。
ローザの男性の基準は、夫セシルである。この世の男性は夫のように誠実であるべきだと考えている。
しかも、彼女はゼロムスの戦い以降のエッジの歩みや、エッジが抱える事情をよく知らない。
だからこうも厳しいことを言うのだろう。
「あなたたちと家族になるなら、エッジはあの宣言を撤回して、あなたたちをエブラーナ城に迎え入れるべきよ」
「エッジは宣言撤回しない。まず、わたしがそんなことさせないもん」
エッジは道理を重んじる。民への宣言を覆すということは、民を裏切ることになる。
本人が禅譲制移行並びに、男やもめ宣言を撤回する気がない。
リディアもエッジのそんな意志を尊重してあげたい。
「だったら、見捨てておやりなさい」
「!?」
「宣言に則って、ひとりで生きていけば」
「——いい加減にして!」
これまで抑えていた感情をついに爆発させて、ローザを遮る。
(わたしに肩入れしすぎだよ!)
ローザは戦友の中で、特にリディアに目をかけてくれている。裏を返せば、甘い。
仮にリディアに落ち度があっても、批判の矛先を全てエッジに向ける。
それがどうしても我慢出来なかった。
「っ、リディア……?」
「エッジは24時間365日、国王さまでいなきゃならないの? 国王さまってことを忘れる時間あげちゃだめなの? セシルは息抜きしないで、ずっと国王さまやってるの?」
「それは……」
「エッジも普通の人でいたい時だってあるんだよっ!」
呆然とするローザに反論する隙を与えないよう、これでもかとまくしたててからこう言った。
「わたしとこの子で、エッジのプライベートな時間を作ってあげたいの」
—— —— ——
これまでも、そしてこれからも。
ただの男の人……一個人として、エッジとお付き合いしたい。
例えほんのひと時でも、リディアと家族に加わった幼児のふたりで。
エッジが孤独な立場と重圧を忘れられる時間を作ってあげたい。
現実逃避だ。サボりではないか。国王さまなのに……。
ローザをはじめに周りの人は、そう批判するかもしれない。
けれど、国王だって人の子だ。
少しぐらいエッジに息抜き出来る時間を与えてもいいではないか。
—— —— ——
いずれリディアたちは、ミストからエブラーナに移り住む予定でいる。
そうなれば、物理的に距離がぐっと近くなり、エッジと共に過ごす時間も増える。
3人の人生が更に豊かなものになる。リディアはそう信じている。
「あの人は……それを受け入れたのね……」
「そうだよ。だから、ローザに何言われても別れないっ」
たった一度きりの人生。
結婚出来ない、しないだけで遠い場所から見守る愛で妥協したくない。
リディアのそんな熱意に負けたのか。
ローザは渋々ながら、エッジとの交際を認めてくれたのであった。
***
エッジは子どもが成せない身体。
そう打ち明けたら、ローザもすぐ折れてくれたかもしれない。
けれどリディアにはその選択肢はなかった。
なぜなら交際を認めてもらうために、ひた隠しにしていることを打ち明けたくない。
それなら、相手に誤解されたまま。嫌われたままでいい。
エッジがそういう男だと知っていたから。
「エッジばっかり悪く言われて、もうやだ……」
リディアの周囲は、リディアに肩入れしてエッジを悪者にする人が多い。
それが不満でならない。
ミストの住民もだが、極めて顕著なのがローザやアリサだ。
—— —— ——
もともとアリサは口が悪い。エッジへの批判に毒が混ざっている。
ローザはアリサ以上に、エッジという男を知っている。
そのせいで、言葉ひとつひとつにずっしり重みを感じさせてくれる。
—— —— ——
アリサが切れのいいナイフなら。ローザはさびついたのこぎりのようだ。
「小姑ってのはそんなもんだ」
「えっ? 普通は逆じゃ」
「——いいんだよ。好きに言わせときゃ」
「さっき、ローザから何か言われた?」
「おまえらに迷惑掛けたら、今度こそオレの頭ぶち抜くってよ」
「そう……」
「ポロムがすげえびびってたぜ」
当時の様子を思い出したのだろう。くつくつ笑うエッジの様子から余裕を感じる。
ローザから、半ば脅しともとれる忠告をされたにもかかわらず。
リディアが恋人になったことで、二度とそばから離れない。
エッジはそんな確信を得て、自信が持てるようになったからかもしれない。
「ミスト帰ったら覚悟しとけよ」
「何を?」
「小姑どもがローザみてえに、オレのことぼろっかすに言うぜ」
「……何言われたって別れないもん」
自信がつき、精神的余裕が出来たのはリディアも一緒。
みんなが敵に回っても、自分だけはエッジの味方でありたい。
かねてよりそう思っていたが、エッジ本人と恋人になれたことで、更に自信がついた。
エッジの二大天敵——ローザとアリサを説得出来たのだ。
他の人たちから何を言われてもなんとかなる。
§
「そういえば、あっちに戻ってから回る順番って決まった?」
「ああ……まずダムシアンだろ? 次ファブールでミシディア、トロイアは無視」
「レオノーラ、トロイア帰らないの??」
「もう居場所ねえから、ミシディアでパロムたちと一緒に暮らすんだとさ」
「はぁー……」
「ポロムも小姑だな」
(恋の力ってすごいなあ)
パロムの一番弟子であり、恋人——レオノーラは、もともとトロイアの神官候補。
ところが、パロムと出会い、賢者を目指すために神官候補を辞退した。
そこまでは知っていたが、まさか故郷をあっさり捨ててしまうとは。
「そんで、エブラーナとミスト寄って最後がバロン。1泊してからゴルベーザは魔導船乗って月に帰るんだと」
「そうなんだね……」
(セシル、ありがとう!!)
これからの行程を知り、セシルに心の中でお礼を述べる。
ミストより先に、エブラーナに寄ってもらったりするなど。
セシルにこっそりいろいろお願いしていたのだ。
—— —— ——
エッジは何も知らないが、リディアはエブラーナに到着後。
お互いの事情を打ち明ける暴露大会を開催することにしている。
恋人になることを最優先して先延ばしにしていたが、青き星を守り抜いたことだ。
青き星で日常を再開する前に、過去のもやもやは出来る限りすっきりさせておきたい。
—— —— ——
(びっくりするだろうなあ……!)
何はともあれ、エブラーナでは『あの人』が待っている。
『あの人』に会った時の、エッジの顔を想像したら……。笑いが込み上げてくる。
「おい」
「えっ」
「何にやにやしてんだよ」
笑いを我慢していた(つもりだった)のに、エッジにバレていたようだ。
リディアはエッジと違い、演技力は高くないから仕方がない。
けれど、ここで白旗を上げて『実は……』とはネタばらしをするのは嫌だ。
「してないよ?」
「いーや、にやにやしてた」
「してないってば」
「まさか……まだなんか仕掛けてんじゃねえだろうな……!」
「ないない。もう弾切れだよ」
とぼけるリディアを信じず、エッジが左目を更に釣り上げてにらみんでくる。
それでも、しれっとした表情を意識しながら真っ赤な嘘をついた。
「……ならいいけどよ」
エッジが頬杖をつきながらそうぼやいた。
どうやら諦めてくれたようで、リディアはほくそ笑む。
暴露大会は、ふたりでこれから幸せになるための仕掛けだ。
別れるようなものでないのだから、最終的には許してくれるだろう。
「それより、エッジ」
「ん? どした」
「そろそろ、この子の名前……決めてあげよう?」
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