※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

136 / 160
エッジ視点


なぜ? の嵐・1

 

 

 真月を脱出し、半日以上過ぎてから。魔導船は青き星に帰還した。

 事前に決めた順で各地を回り、その度に仲間を降ろしていく。

 星を守ったからと言って休んでいる暇はない。今度は復興の道を歩まねばならない。

 

 先ほど、魔導船はエブラーナに到着。

 エッジと御伽衆に加えて、リディアとマイナスの幼体を降ろしてバロンへ向かった。

 

 

——3の月4日 昼過ぎ

 

 

 真月の崩壊と共に、太陽も本来の姿を取り戻した。

 さんさんとした陽の光が、祖国エブラーナの大地を照らしている。

 

 エッジの目の前に広がる光景は、ここを離れる前とほぼ同じ。

 あの日以来、大きな被害は出ていないようだ。

 

「うれしそうだね」

「えっ」

「そんなにふたりきりになりたかった??」

「っ……」

 

 おどけたような顔でリディアにたずねられて、ぐっと息を詰まらせる。

 

(バレたか)

 現在エッジの顔は口布に加えて、右半分が隠れた状態。

 にもかかわらず、リディアは唯一晒した左目だけで表情を読み取ったようだ。

 

 —— —— ——

 魔導船が青き星に帰る直前。リディアからこんなお願いをされた。

 

『お友だちのお見舞いに行くから、わたしたちもエブラーナで一旦降りるの』

『は??』

『エッジも一緒についてきて欲しいな』

『見舞いはいいが、おまえら帰りどうすんだ』

 

(いつの間に……)

 バロンに魔導船が到着したら、ルカを降ろして再びエブラーナへ。

 今度こそリディアと幼児を乗せてミストへ向かう。

 セシルに頼んでそんな段取りにしてもらったという。

 —— —— ——

 

 そして、リディアと一緒に発着場の南にある避難所へ向かうことになり、今はその道中。

 

(一緒にいられる時間が延びたって考えたら、まあいいか)

 本来なら復興にすぐ着手しなければならない。

 しかし出来立てほやほやの恋人からの頼みとなれば、話は別である。

 

「そういうおまえはどうなんだよっ」

「わっ」

 

 デートみたいな今の状況を喜ばずしてどうする。

 リディアの頭頂部に手を伸ばして、荒っぽい手つきで翠色の髪をかき混ぜる。

 

「もう! ぐしゃぐしゃにしないでちょうだいっ」

「『あいつ』がいねえと嫌か??」

 

 『あいつ』とは、リディアが真月で引き取ったマイナスの幼児のことである。

 幼児はエブラーナに着いてすぐ、ツキノワに誘われて城下町の散策に出かけた。

 そのため、見舞いには連れてきていない。

 

「……嫌じゃないよ。ふたりきりの時間も欲しいもん」

 

 手を離してやれば、リディアが両手で髪を整えながらはにかむような笑顔を見せた。

 

「ツキノワ、後で褒めてやらねえとな」

「何かお礼しなきゃ」

「あいつはそういうの受け取らねえぞ」

「じゃあ……無理矢理押し付けちゃおう!」

「っ、強引だな」

 

 ほんの少しでいい。恋人とふたりきりになりたい。

 ツキノワは、そんなお館様の気持ちを察して幼児に声をかけたと思われる。

 

 まだ10歳になったばかりなのに。こちらから何も頼んでいないのに。

 とても気が利く子ども忍者に、心の中で感謝と賞賛の言葉を送ったのは言うまでもない。

 

「あいつら、5時に迎えにくるっつってたな」

「4時間ぐらいしか一緒にいられないね」

「……うちのが全滅してなけりゃなぁ」

 

 こういった場合、エッジがリディアたちをミストに送っていく。

 しかし、国有艇はこの度の災禍で三隻全て動かなくなってしまったため送迎出来ない。

 

「シドおじちゃんに修理頼んだんでしょ?」

「返事待ち。いつ来てくれるかわかんねえ」

「そうなの?」

「技師が足りねえんだよ。バロンとドワーフ足して20人もいねえぞ」

 

 近年、飛空艇を購入する個人(ただしお金持ち)が急増している。

 その一方で、技師の人数は変わらない。

 今回の隕石落下で、飛空艇が壊れた持ち主からの修理依頼が殺到するだろう。

 

「……もっと多いかと思ってた」

「使いっ走りが多いからそう見えるだけ。バロンの技師も、今どうしてっかわからねえから、シドも即答出来ねえさ」

「そうなんだね」

「最悪、明日迎えに来てもらえばいいだろ」

「みんな大変なのに、お泊まりは出来ないよ」

「遅くなったら、の話な。強制はしねえよ」

 

 本音は『ここに泊まってけ』だが、今の状況では強制出来ない。

 青き星を守り切り、リディアも早く故郷に帰りたいだろうし。

 

「でも、これから便利な時代になりそうだよね」

「ひそひ草か」

「そう! 今日配ってもらえるなんて思ってなかった!」

「ギルバートも水臭えよなあ」

「えっ?」

「いつの間に、こんなもん大量栽培してたんだか……」

 

 エッジは懐から音信植物ひそひ草を取り出し、頭上に掲げると。

 それを面白くなさそうに見上げながらぼやいた。

 

 —— —— ——

 魔導船が最初に向かったのは、ダムシアンであった。

 お別れの前にギルバートが、各地の代表者にひそひ草を配ってくれた。

 リディアもミストの代表として受け取っている。

 —— —— ——

 

「半年は枯れないようにしたって聞いたよ」

「復興に目処立ったら売り出すんだと」

「すごいじゃない……! いくらかな?」

「50000ギルってとこじゃね」

「……うわ、高いなあ」

「新商品ってのは、はじめは高い値段で売るのが基本なんだよ」

「あっ、浴槽と一緒で様子見だ」

「そういうこと」

 

 音信植物ひそひ草は、希少な上に1週間ほどで枯れてしまう。

 ひそひ草の産地ダムシアンでは、10年前から秘密裏で品種改良に着手して無事成功。

 続けて大量栽培を始めるようになって、現在は量産化一歩手前の段階にきている。

 

 栽培場は地下にあり、今回の災禍で被害に遭わなかったため。

 復興が落ち着き次第、各地のアイテム屋で販売を始めるという。

 

「すごいよねえ。ギルバート」

「あぁ?」

「お国のためにそこまで考えて……これからダムシアンはもっとお金持ちになれるよ?」

 

 感嘆するリディアを横目に、草花を懐にしまい込みながら悔しさを噛みしめる。

 

 ギルバートへの嫉妬もあるが、ダムシアンに諜報を送り込んでいたのに。

 ひそひ草関連の情報を全く入手出来なかったからだ。

 

「演奏会じゃ額が知れてるし、いずれ頭打ち。そう思ってひそひ草で稼ごうって考えてたんだろ。実際ギルバートのファン、最近あんま増えてねえしな」

「ハルさんのせい……?」

「それしかねえだろ。結婚したらまた減るぞ? あのうるせえ女もファン卒業だ」

「アリサは歌もだいすきだから、辞めないよ」

「……あの旦那も女見る目ねえな」

 

 当初からギルバートは、ひそひ草の商品化を国益稼ぎの手段として考えていたと思われる。

 演奏会はそれまでのつなぎ。もしくは、吟遊詩人としての生きがいでやっていたのだろう。

 

「ひそひ草が流行ったら、手紙なくなっちゃうの?」

「それはねえな。手紙にゃ手紙の良さがある」

「形に残るし風情があるもんね。なくなったらさびしいよ」

 

 リディアと他愛のない会話を交わしながら。脳内で『発掘作業』を今後の予定に付け加えた。

 

 エブラーナを発つ前日の夜。リディアから届いた手紙など、私物を城の裏庭の地中に埋めていた。

 その理由は(リディアを守って)死ぬつもりで旅立ったからに他ならない。

 

(無事に帰ってこれたし、今晩こっそり掘り返さねえと……)

 そう考えているうちにエブラーナの洞窟の入口を抜けて、避難所に到着していた。

 

§

 

 避難所はエブラーナの坑道内にある。

 ルビカンテがエブラーナ城や城下町を襲撃した際。じいやザンゲツが民を誘導した場所だ。

 あらゆる災害に備えて、1ヶ月分の食料や救助用具、医療品などを納めた備蓄倉庫。

 重傷者が休む病室。軽傷無傷の者たちが休む大広間。以上3区画に分けられている。

 

「そんで、ダチはどこで休んでんだ」

「そのうちわかる……あっ」

「お館様だ!!」

「帰ってきたー!」

「お帰りなさい」

 

 大広間に入ると、そこで休んでいた数多の避難民が歓声を上げながらこちらに集まってきた。

 

 無事平和を取り戻した。もう安心するように。

 ひとりひとりにそんな言葉をかけてあげれば、みんな安堵の表情を見せてくれた。

 

「行くか」

「うん」

 

 民への労いが一段落ついて、待ってもらっていたリディアへ先を促す。

 

「待たせて悪かったな」

「どうして謝るの?」

「そりゃあ、時間食っち」

「——みんなを安心させるのも、エッジのお仕事じゃない」

「!」

 

 さもや当然とばかりにリディアが発した言葉に、はっと気付かされた。

 

(もともとこういう奴だったじゃねえか……!)

 昔からリディアは、エッジの『公』——国王の立場を尊重し続けてくれている。

 

 長きに渡るミスト通いと、エッジに思いを寄せてくれたおかげだろう。

 つい数時間前。隣にいるこの女は、ローザにこう言い切っていたではないか。

 国王の身分を抜きにした『私』の立場や時間も大事にしてあげたい、と。

 

「みんな喜んでくれたし、生きて帰ってこれて本当によかったね」

「ああ……」

 

 嬉しそうに白い歯を見せたリディアに、胸にぐっと込み上げるものを感じる。

 リディアが恋人でよかった。そんな感傷に浸っていたら。

 

「こっちだよ」

「……!」

 

 当の恋人に声をかけられて我に返ると、大広間を抜けて病室がある区画に入っていた。

 

「そいつ怪我してんのか?」

「うん。命に別条ないけどね」

 

 廊下の両側にずらりと並ぶ病室の扉を視界に入れながら、リディアの後に続くも。

 次第にエッジの胸がもやもや黒い雲に覆われていく。

(ダチって、まさか野郎じゃねえだろうな……!)

 

 —— —— ——

 友人とやらは一体何者だ。

 エッジが何度そう聞いても、リディアは何も答えてくれない。性別すら教えてもらっていない。

 

 そもそも、リディアのエブラーナでの友人知人と言えば、御伽衆の3人。

 そして薬草園の管理人夫婦ぐらいしかいないはず。

 

 薬草園ついでに城下町に寄り、甘味屋の店員や店主と話すことはあっても。

 新たな知り合いが出来るとは思えない。

 —— —— ——

 

 ここまで大人しくついてきたが、もしその人物が若者かつ男性だとしたら、はっきり言おう。

 大人の対応を見せる自信が全くない。

 下手をすれば殺気を飛ばすか。殴りかかるか……。

 

「すみませーん」

 

 嫉妬に駆られて大人気ないことを考えていたら。

 リディアがある病室の前で立ち止まって、その扉を叩いた。

 

「はぁい……」

「ただいま。ソイさん」

「ああっ! お帰りなさーいっ!」

 

 扉が開き、そこから現れた女性——タツミの妻ソイがリディアに抱きついた。

 それも、エッジそっちのけで。

 

(なんでここにいるんだ??)

 ソイはエブラーナ大陸北部の大部族、シビエン家に嫁いだはずなのに……。

 そっちのけにされたことより、なぜソイがここにいるのか不思議でならない。

 それでも様子を見る限り。ソイがリディアの見舞いの相手ではないことだけはわかる。

 

「真月はこなごなになったから、もう大丈夫ですよ」

「よかったわぁ、一体どうなるかひやひやしてたの」

「これからまだまだ大変だと思いますけど……」

「何とかなるわよっ。お互い頑張りましょうね」

「はいっ」

「よう」

 

 入口で女ふたりがきゃあきゃあ再会を喜び合う中、エッジは蚊帳の外状態。

 ほとぼりが冷めたのを見計らい、声をかけると女ふたりの動きがぴたっと止まった。

 

「あら、お館様。いたんですか」

「……」

「お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」

 

 ソイがじと目でこちらを見ながら、棒読みの挨拶で出迎えてくれた。

 リディアには愛想がよかったのに、エッジへはなぜか塩対応。

 

(オレになんか恨みでもあんのか!?)

 ソイからあからさまに嫌悪感をむき出しにされて、顔を大きく歪ませる。

 ただ、現在晒している部分は左目だけ。リディアもソイもエッジの表情に気付いていない。

 

「……おまえの実家、こっちだったか」

 

 リディアの前でいちいち怒っていたらみっともない。平静を装い、ソイにたずねた。

 

「ええ。心配で帰ってきて、ここで手伝いを」

「前にね。お見舞いきた時に知り合ったんだよ」

「旦那はどうした」

「タツミなら、幻獣がお城に現れたと報せを聞いてから、毎日じいやさんのお手伝いをしておりますよ?」

「何だと!?」

 

 当然とばかりに答えたソイに、目を見開いて大声を上げた。

 

(じいの手伝いするなんて一言も聞いてねえし、言ってねえぞ!?)

 現国王並びに、次期国王候補全員が死亡した場合。タツミが次期国王に即位する段取りにしてある。

 エッジはエブラーナを発つ前、じいからそう聞いただけだ。

 

「……何かご不満でも」

 

 タツミの現状を知り、驚いているとソイが怪訝な表情でたずねてきた。

 

「なんであいつがここにいるんだよ」

「あら、いたらだめなんですか?」

「当主が領地ほっといたらだめだろ」

「シビエンよりここの方が被害が大きかったのに、手伝ったらだめなんですか??」

「いや、それでも」

「——シビエン家を見くびらないで下さいっ! タツミも時々様子を見に戻ってますっ!」

「っ……」

「あの人はお館様の犬ですけど、一応人間なんです。少しぐらい意志を尊重してあげてください」

 

 夫を擁護する妻の言葉が、矢のようにぶすぶす突き刺さる。

 

(くそ……!)

 エブラーナ王家よりも金銭面において裕福。

 独自で強固な体制を敷いているシビエン家を盾にされたら、何も言えない。

 

「あの、ソイさん……」

 

 反論出来ぬまま、ソイとの応酬の幕が下ろされると。

 それまでやりとりを黙って見ていたリディアが、ソイに恐る恐る声をかけた。

 

「あっ、ごめんなさい。あの人に会いにきたのね」

「はい。今、大丈夫ですか?」

「えーと……ちょっとだけ待ってて!」

 

 ソイがそう言い残して扉を閉めた。患者を起こしているのだろう。

 それから3分も経たないうちに、扉が再び開いた。

 

「お待たせ。何かあったら大広間にいるから呼んでね」

「はいっ、ありがとうございます」

「どうぞごゆっくり」

 

 ソイと入れ違いで、リディアが病室に入った。エッジもその後に続く。

 壁三方それぞれに火が点いたランプが置かれているが、何せここは洞窟の中。

 ちょっと薄暗い部屋の中央に、ベッドとサイドテーブルが置かれている。

 

(こいつ、なんか見たことある気がするぞ?)

 患者にもかかわらず、頭から目元まで黒いフード。猫の半面をかぶっている。

 そんな状態でシーツにくるまって寝ている人物に、既視感を感じていたら……。

 

「タタラさーん」

「!?」

 

 リディアがベッドで横たわる人物の名を呼び、耳を疑った。

 なぜなら、その名がじいの手下でエッジもよく知る男のそれだったから。

 

「リディアだよ。帰ってき」

「——おいっ!!」

「え、何?」

「おまえのダチってこいつ!?」

 

 驚きのあまり、背後からつかみかかってまでリディアを問い質す。

 

「そうだよ? エッジもよく知ってるでしょ?」

「……いつの間に知り合ってたんだよ!?」

 

 リディアとタタラの接点は、ほぼなきに等しい。

 このふたりが仲がいい。そんな発想すらしたこともない。

 呆然とするエッジをよそに、リディアが床に腰を下ろしてベッドに寄りかかる。

 

「タタラさーん」

『……』

「平和になってエッジ連れてきた。もうしゃべっていいよ」

「っ、くくくっ……」

「……!?」

 

 『タタラ』が含み笑いしながら上体を起こしてフードを外した。

 頭には包帯が巻かれており、茶色い髪の毛がちらちら見える。

 

 そんな『タタラ』の姿を目の当たりにして、エッジは開いた口が塞がらない。

 笑い声や髪の色が、この1ヶ月近く消息不明だったミゼルのものと同じだったから。

 

「おかえりなさい。リディアさん」

「ただいま」

 

 起き上がったせいで、ローブの袖がめくれて右腕が露わになった。

 手首から肘まで白い包帯が巻かれており、少し痛々しい。

 

(なんで今まで気付かなかったんだ……!)

 よくよく考えたら、経歴の一部——13年前に被災して怪我——は場所が違うだけ。

 

 しかもだ。エブラーナ、特に城下町は観光客のおかげで異国の衣装も当たり前。

 城内も『ツクヨミ』のために自作自演で流行らせた、お面やローブ着用が許されている。

 過去にエッジが取った施策の裏をミゼルにかかれていた。

 

「青き星、もう大丈夫だからね」

「聞こえてたよ」

「あれ、起きてたの??」

「今寝たら、夜眠れなくなっちゃうもん」

 

 ミゼルが右手を上げた。それが三度空を切ってから。

 四度目でやっとリディアの身体にぶつかり、ぺたぺた触り始める。

 

「それより……身体大丈夫? けがしてない?」

「大丈夫。ぴんぴんしてる」

「そっか……本当にありがとうございました。救世主さま」

「やだなぁ、大げさだよぉ!」

「えー? 本当のこと言っただけじゃん」

 

 青き星を守る仕事を無事完遂させた妹分を、ミゼルが労っている。

 

「バハムートも幻獣王様もアスラ様も、みんな無事に帰ってきたからね」

「ミストドラゴンは?」

「あれからすぐ生まれて、みんなと同じ契約結んでもらえた。これからは誰でも契約出来るよ」

「よかったぁ! やっとエスタもニクスのところに行ったんだね……!」

「それでね。お母さんから伝言預かってるよ」

「何を」

「『ニクスとしばらくふたりきりでいたいから、あと40年はこっち来ちゃだめよ』」

「よ、40?? また長いなぁ……」

 

 ミストや真月で起こった出来事を、リディアがミゼルに報告している。

 

(この野郎……!!)

 エッジはその様子を、リディアの背後からあ然としながら眺めていた。

 ミゼルの様子にかすかな違和感を抱くも。それを凌駕する勢いで胸の奥から憤りが沸いてくる。

 身元を偽ってエブラーナ城で働いていたとは、最悪極まりない。

 

「あれ? エッジ、どうし」

「——てめえ! よくもだましやがったなっ!!」

 

 リディアがこちらを振り向いた瞬間。

 沸きに沸いた憤りを爆発させて、ミゼルに怒声を浴びせた。

 

「つまんない反応だなぁ」

「あぁ?」

「ぎゃふんって言うかと思ってた」

「っ、言う訳ねえだろっ!!」

 

 舐めくさったことを言ってくるミゼルを、5、6発ぐらいぶん殴らないと気が済まない。

 

「ちょっと、落ち着いて……」

「こんな大変な時期に嫁もミストも放っといて、ここで何やってんだっ!!」

 

 リディアの制止を無視し、ミゼルの胸倉をつかもうとベッドの上に乗り上げた瞬間。

 

「うぎゃああああっ!!」

「え」

 

 ……病室内に阿鼻叫喚の声が響いた。

 

「あっ、足!! 痛、痛い痛い痛いっ!!」

「うわ、やべ……」

 

 ミゼルが大声を上げながら抵抗を始めて、慌ててベッドから降りる。

 

「ぅ……」

「大丈夫?」

「うん……なんとか……てて、っっ……」

 

 上体をかがめて痛みに悶えるミゼルを、リディアが気遣うと。

 ミゼルの足元側のシーツの端をめくり、そこから現れたローブの端もめくった。

 

「見てよ。これ」

「あ……」

 

 リディアがミゼルの足元を指さし、怪我の具合を見せてくれた。

 

 右足先から膝まで包帯が分厚く巻かれ、左足の脛にも大きなばんそうこうが貼られている。

 右はどこから見ても骨折。左は裂傷か。その上に勢いよく乗れば痛がるのは当然である。

 

「歩けなくなったらどうするの? エッジが責任取らなきゃならないんだよ?」

「あー、全治2ヶ月の重傷で済んだから、そこまでは……」

「どっちにしても、怪我人じゃない……」

 

 リディアが呆れたような顔で、ローブやシーツを元に戻している。

 

「まさか、傷口に塩塗ってくるとは思ってなかったよ」

「……悪かった」

「あんた、見かけ通り『ドS』なんだな」

「!」

 

(これがこいつの本性か!)

 一応ミゼルに謝ったら、当の本人からせせら笑われた。

 しかも『あんた』呼びまでされてしまい、一気に頭に血が上る。

 

「黙れ!! 犯罪人のくせに偉そうな口叩くな!!」

「うるさいのはあんただよ。いちいち怒鳴るな」

「っ……」

「ここがどこかわからないのか?」

 

 ミゼルにくそ生意気な物言いで注意され、ぐっと息を詰まらせる。

 ここも両隣も病室。静かにするのは当たり前。

 

「全く……これだから直情型人間は……」

 

こんこん

 

 聞き捨てならないことをぼやいていたミゼルが、扉を叩く音で言葉を切った。

 それと同時に、リディアが小走りで出入り口に向かう。

 

「遅くなりまして」

「全然遅くないよ。入って入って」

「では、失礼します」

 

(なんでこいつが……)

 リディアに招かれて、御伽衆最年長のザンゲツが病室に入ってきた。

 すると彼は俊敏な動きで、エッジの前にやってくると片膝をついた。

 

「お館様」

「——じいの指示仰げっつったろが。なんでここ来た」

 

 エブラーナ到着後。ツキノワ以外の御伽衆には、じいの元に向かうよう命じていた。

 ここに来いとは一言も言っていない。

 そもそもザンゲツは、エッジがここに来ることすら知らないはずなのに。

 

「そのじい様から、こちらに向かうよう指示をいただいたのです」

「何だと?」

「先の月18日付で、タタラ殿は懲戒解雇処分となりました」

「!?」

「既に我が国の法に従い、過去の給与を全額返還済み。お館様にそうお伝えするようにと……」

「長い間騙していて、申し訳ございませんでした」

 

 じいから託された伝言を、ザンゲツが伝えたのに続いて。

 ミゼルがその場で頭を下げて、丁寧な言葉で謝罪してきた。

 

 今ここで即刻クビ。ついでに、罰金代わりの給与返還を言い渡してやる。

 そう思っていたら、既に先を越されており、胸の内がしてやられた感で埋め尽くされていく。

 

「……エッジ」

「なんだよ」

「おじちゃん許してあげて。謝ったし、けじめもつけたよ?」

 

 捨てられた子犬のような表情で、リディアがミゼルの許しを乞うてきた。

 

「謝るのは、おまえもだろが」

「……」

「何が弾切れだ。罠びんびんに張りやがってよ」

「ごめんなさい」

「なんでオレをここに連れてきた」

 

 しゅんとしたような顔でリディアが謝ってくれた。

 一応エッジを騙していた自覚があるようだ。よって、それ以上責めるのは辞めておいた。

 

「おじちゃんたちのおかげで、『ツクヨミ』さんの正体に気付いたから、みんなで説明した方が上手く収まるって思って……」

「じい様もこちらに来る予定でしたが、復興準備を優先されました」

 

 お互いに隠していることがあると思うが。後で話し合いしたらいい。

 それよりも、早く恋人になってくれ。

 リディアが真月でそう迫ってきた理由に、大方察しがついた。

 

「……聞いてやるから、ちゃちゃっと説明してくれ」

「その前に、ひとつ約束して」

「何を」

「説明聞き終わってから、おじちゃんたちに仕返ししないでちょうだい」

「なんでそんな約束しなきゃならねえんだ!?」

 

 リディアからの約束を聞いた途端。目をひんむいてまで驚いた。

 ほとぼりが冷めてからやろうとしていた報復行為を、なぜか先読みされている。

 

「エッジがおじちゃんたちに『だけ』仕返しするから」

「しかもリディアさんの知らないところで」

「くっ……!」

「もう! やっぱりそのつもりだったんだ……!」

 

 リディアとミゼルに図星を突かれて、ぐうの音も出ない。

 

 リディアは、エッジから『ミゼルたちに報復しません』という確約をもらうために。

 話し合いの場を含めて、ここまで事情を一切明かさなかったようだ。

 

「……わかった。こいつらには手出ししねえ」

「ありがとう。きちんと約束守ってね」

 

 確約をもらうことが出来て、リディアが顔を輝かせてお礼を言ってくれた。

 

「さっすがリディアさん。強いなぁー」

「そんなことないよ」

 

 リディアの押しの強さを賞賛し、拍手しているミゼルをじと目で見やる。

 

 この男はリディアの後見人。しかし、村長を辞めた今となっては過去の話。

 リディアには、幻獣王夫妻という公私認める義両親がいる。

 よって、今のミゼルは部外者。いわば野次馬だ。

 処分を受けて罰金を払ったから、はい終わりにはさせない。

 

(こいつにふさわしい禁術、何か探さねえと……)

 リディアに近しい男。それだけで嫉妬している自覚を持たぬまま。

 エッジがミゼルへの私怨を胸に抱き、報復手段を考え始めていたところ。

 

「あの……お館様、リディア様」

「なんだよ」

「立ったまま話すのも何でしょう。どうぞこちらにお座り下され」

 

 ザンゲツが端に置いてあった椅子を、ベッドのそばに2脚持ってきて着席を勧めてきた。

 

「あっ」

「どうされましたかな?」

「まだ1脚ある。——ザンゲツさんも椅子持ってきて座ってよ」

「そっ!? そんな滅相も無い! 拙者はあちらへっ!」

 

 椅子に座ったリディアから、ザンゲツが着席を勧められたものの。

 血相を変えて逃げるようにベッドの反対側へと回った。

 

「リディアさん、無理言っちゃだめだって」

「あっ、不敬に当たっちゃうか……」

「そうです。ザンゲツさんは40年近くのお勤めで、お館様イコール神がすっかり染み付いてるから、きみの真似は出来ないよ」

「そうだった……無茶なこと言ってごめんね」

「いえいえ。お気持ちだけ、ありがたく受け取らせていただきますぞ」

 

(いつの間に、こいつら仲良くなってんだ!?)

 仲睦まじく話し合うリディアたちを、その場で立ったまま眺めているうちに。

 エッジの胸が暗澹たる暗い雲に覆われていく。

 

 —— —— ——

 元来エッジという男は、対人関係において他者に干渉されるのが大の苦手である。

 それが嫌で、先回りして他者に干渉するよう心がけるぐらいには。

 

 これからエッジは過去の行いを、今ここにいる者たちによって暴かれる。

 ……いわゆる、吊し上げの刑にされるのだ。

 

 リディアだけならまだしも、複数人。それも、以前より不得手とするミゼルがいる。

 こんな状況、エッジの人生でそうあるかないかの鬼門と言っていい。

 —— —— ——

 

(ひとりで野郎100人相手に戦闘なら、いくらでもやってやるのに……!)

 これから始まる(精神)集中攻撃に、気が気でないでいたら。

 隣に座るリディアがマントをくいくい引っ張ってきた。

 

「どうした」

「エッジが座ってくれないと始まらないんだけど」

 

 リディアに着席を催促されて、もう逃げられぬと悟った。

 

(じいがいねえだけ、まだマシか……)

 どちらにせよ、過去の行いや事情を互いに話さねばならないと思っていた。

 これは、リディアと正式にお付き合いするための通過儀礼。

 終わったら幸せな未来が待っている。そう思って耐えるしかない。

 

「……わかったよ」

「じゃあ、質問どうぞ」

 

 エッジが渋々腰を掛けると、リディアの言葉を皮切りに。

 事情説明と言う名のエッジ吊し上げ大会の幕が開いたのであった。

 

.

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。