フェイクラバーズ 作:かえで
「『ツクヨミ』の正体、いつ気付いた」
「広場集会の前の日」
「……は?」
「あっ、わたしとライザがアドニスに襲われた日って言えばよかったね」
けろっとした表情でリディアからそう言われた途端。
エッジの顔がさぁーっと青ざめていく。
(そんな前から!?)
『ツクヨミ』がミストに頻繁に出入りするようになってから。
たった2ヶ月で正体に気付かれていたとは……。
リディアからしてみれば、ほぼ『エッジ』と付き合っていたようなものだ。
……早々からカウンターを食らったエッジをよそに、リディアが更に続ける。
「おじちゃんは、もっと前から気付いてたんだよ」
「何だと!?」
「ちょっと、声大きい」
「っ……」
「いい年なんだから、いい加減落ち着きなよ。怒鳴ったついでに頭の血管ぷちんって切れても知らないよ?」
「っ、余計なお世話だ……!!」
(てめえも同い年だろ!)
ミゼルから身体を気遣われ、吐き捨てるように言い返した。
「あ、あの……それより説明をですなぁ」
「ああっ、すみません。——最初っから順追って話すよ」
「そうしてくれ」
「あれはね……」
ザンゲツが軌道修正を図ったおかげで、本題に戻ると。
ミゼルが5年前のクリスマスでの出来事を話し始めた。
—— —— ——
その日の夜。ミゼルは偶然出会った『ツクヨミ』から『村長さま』と呼ばれた。
その瞬間、このお城勤、実は二人一役ではないかと疑いを持った。
これまで『ツクヨミ』とは、花火大会で2年連続顔を合わせている。
ついでに初対面で既に『ミゼルさん』と呼ばせていた。
それがこの日は『さま』呼び。態度もどこかよそよそしい。
同時に目の前にいる『ツクヨミ』の正体にもあたりをつけたが、今一つ確信が持てない。
この日は自分の素顔を見せるだけに留めて、しばらく様子を見ることにした。
—— —— ——
「それからお城にお邪魔した時に、ぼくの顔また見せてあげたでしょ」
「……ああ」
「その反応で、きみがWキャストの片割れだって確信した」
(あれはオレを試してたのか……!)
焼けただれた素顔を目を逸らさず直視出来た。
そんな者、後にも先にもふたりだけしかいない。
あの時ミゼルはそう言っていたが、そのふたりとはエッジと『ツクヨミ』のことである。
「あの日は、ザンゲツさんやじいやさんと初対面で仲良くなれたし、いいことだらけだったなあ……」
「お館様にあけすけに物申すことが出来る、貴重なご友人と判断いたしましてなぁ」
ザンゲツやじいには、ミゼルがいい人に見えているらしい。
エッジにはそうは見えない。
ミゼルはコミュニケーション能力に長けていて、頭もいい。
年寄りふたりは、そんな男の口八丁手八丁に上手く乗せられたのだろう。
「おふたりの慧眼には感服です。長年、国の中枢で働いておられるだけありますよ」
「いやいや、とんでもございません」
「まあ、残念ながら友人にはなれませんでしたけどね」
ミゼルがこちらを見ながら、嫌味ったらしくそう言った。
(……気ぃ付いてねえのか?)
こちらは友人と思ったことなんか一度もない。この先もない。
憎々し気にミゼルをにらんだが、何も反応しなかった。
「まだわかんないじゃない。決めつけちゃだめだよ」
「さようです。この先、友情を育む時間はいくらでもありますぞ」
「手遅れです」
「おじちゃん……」
「ミゼル殿、そんなことおっしゃらずに……」
「ははっ、もう過ぎた話ですよ。エドワードくんとは絶望的に相性が合わなかったんですって」
「……?」
けたけた笑うミゼルを、リディアとザンゲツが複雑そうな表情で見ている。
(なんでこいつら、つらそうな顔してんだ?)
ここに来てから、ミゼルが見せる仕草に度々違和感を感じていたが。
リディアたちの様子を見て、ミゼルのリアクションをこっそり注視することにした。
「それはさておき、おふたりとこれから連絡取れるって喜んでたらさぁ……」
「ザンゲツさんたちと会ったらミストと縁を切る。ミストの大掃除手伝わないって、おじちゃんのこと脅したんだよね?」
「おふたりにも禁術かけて……あんた、やりすぎなんだよ」
「わたしのことで、おじちゃんたちにあれこれ口を出されるのがそんなに嫌だったの?」
「……ああ」
(こいつら、事前打合せでもしていたのか?)
そう勘違いしてしまうぐらいには、リディアたちが立て続けにさくさくっと責めてくる。
それも全て事実なので、反論出来ない。
針のむしろのような、居心地の悪さは一体何なのだ。
ここはエブラーナではなくミストではないか?
そんな錯覚を覚えてしまうほど。エッジは会話の主導権をろくに握らせてもらえない。
「そのへんてこな術かけるのに、わたしとおじちゃんの髪の毛使ったんだよね?」
「っ!」
「どうやって髪の毛、手に入れたの?」
「……落ちた奴、拾った」
「リディアさんはそうだろうね。でも、ぼくのはどうせ頭からぶちぶち抜いたんじゃないの?」
「……」
からかうように指摘してきたミゼルへ。沈黙をもって肯定と答えた。
「ねえ、ザンゲツさん」
「は、はい」
「術かけられた時、どんな気分でした?」
「ショックだったよね?」
「そうですなぁ……主君に信用されていなかった証ですし、しばらく落ち込みましたな」
ミゼルとリディアに問われ、悲しそうな表情を見せながら。
天を仰いで当時を回顧したザンゲツに、エッジはかちんときた。
「嘘つくな。書庫待機でくそ喜んでただろが」
「そっ、そんなことはございませぬ……!」
「『誰よりもきみを愛す』読んでたくせに」
「……」
エブラーナ初のベストセラー小説を持ち込み、書庫で読んでいたことを指摘すれば。
ザンゲツがすっと冷めたような目つきで、こちらを見てくる。
「なんだよ。急に黙りやがって」
「……タイトルが間違っておりますぞ?」
「は??」
「『誰よりもきみを愛す』ではございません。『いつ如何なる時も貴女を護る』です」
鼻息荒くして答えたザンゲツに、腹立たしさを覚えた。
書物のタイトルを修正することで、書物好きをアピールしたいのか?
「んなもん、どっちでもいい!!」
「ひっ……!」
「私物持ってくんな言ってんだ! それぐらいわかれよ!」
「は、はい……」
「まさか、おまえとじいに術かけてた間に、こいつらと連絡取ってたとか言わねえよな」
「ミゼル殿と連絡を取っておりましたが」
「……どうやって」
当時じいとザンゲツは『禁・人よけ』の影響で、リディアやミゼルと接触出来なかった。
ひそひ草も流通しておらず、ミストやエブラーナでは使用していなかった。
エッジないしはエッジの息がかかった者が、通信物を毎日検閲していたが。
じいたちがミストに何らかの書状を送った形跡はなかったのに。
「ぼくとザンゲツさんの奥さん経由で手紙交換してたんだ」
「あ……!」
「そんな契約交わしてないし、さすがに奥さんの交友関係まで首突っ込めないでしょ」
「……つーか、きっかけはなんだ。ザンゲツの嫁がミスト行ったのか?」
「違います。はじめは糸電話で直接やりとりいたしました」
「そんなもんでどう連絡取るんだ」
(ガキの遊びじゃねえか)
原始的かつ子どもの遊びで、10メートル以内に近付けない相手に連絡を取れるのか?
そう不思議でならないでいたエッジへ、ミゼルがにやにやしながらこう返してきた。
「知らないの? 軽い糸ぴんと張った状態なら、100メートルぐらい離れてても会話出来るんだよ?」
「何だと!?」
「10メートルなんかちょろいちょろい」
「じい様がブリキ缶で糸電話を作って下さったのです」
「その糸がまた長かったですよねぇ……!」
「市販のたこ糸をそのまま使ったようで、確か30メートルものでしたなぁ」
(あんの、狸じじいめ!)
老獪な家臣が『若様、糸電話を侮るなかれ』と高笑いしているような気がして。
ここにいないじいへ、心の中で恨みをぶつける。
「わたしとライザが薬草園に遊びに行ったの覚えてる?」
「ああ」
「エッジが出かけてから、じいやさんがザンゲツさんに糸電話と弓矢を渡して、おじちゃんに会いに行きなさいってお願いしたんだって」
「その日、ミスト雨だったろ。糸電話使えねえぞ」
「公民館があるじゃない」
「……!!」
「廊下の端と端で普通に話せたし、ザンゲツさんも気絶しなかったよ」
リディアたちはそれ以上詳細を話さなかったが、大方想像はついた。
(玄関のノック代わりに矢を飛ばしたのか)
弓矢はザンゲツが、遠方から自身の存在を知らせる道具だと思われる。
あらかじめ詳細を記した文を矢に巻きつけて、ミゼルの自宅に当てたのだろう。
「そこで、きみやエブラーナのことをザンゲツさんからいろいろ教えてもらって、きみをまともに戻せる人間はこの世でリディアさんだけいないって結論を出したんだ」
「……っ、なんなんだよ」
エッジは苦渋の声をもらすと、上体をかがめて頭を抱えた。
(情けねえ……)
上手く騙せたと思っていたら、早々に見抜かれていたとは。
この数年、リディアやミゼルたちの手のひらの上で踊らされていたとは。
「以後は拙者とミゼル殿。それぞれの奥方経由で情報交換するよう段取りをつけてミストを後にしまして……今度は城下町に移り、リディア様のご友人に青い撒菱を託したのです」
「それをリディアに渡してどうするつもりだったんだよ」
「その頃はリディア様がお館様のことをどう思っておられるかわかりませんでしたからな。せめて関心があるかどうか確かめたく、観測気球を飛ばしました」
「その時は、おじちゃんに撒菱押しつけちゃったんだけどね」
「しょうがない。あの年の夏はいろいろあったもん」
—— —— ——
リディアは現物を見ても、撒菱というワードを聞いても。
青い撒菱が秘伝忍術で使われるものだと思い出せなかった。
そのためミゼルが、撒菱を預かったまま放置するしかなかった。
ところが、その月の終わりに転機が訪れた。
キロンたちの悪事を公然の場で暴く、広場集会の前日だ。
その日『ツクヨミ』には、あらかじめ犯人の身柄確保をお願いしていた。
アドニスが、リディアやライザを付け狙っている。
ジャンヌたちの話を聞いて現場に駆けつけたら。
『ツクヨミ』がアドニスを青い撒菱に封印したと聞いて、ミゼルはこう考えた。
今この時を逃せば、リディアは『ツクヨミ』の正体に気付くことはない、と。
悪人どもの身柄確保を終えて、『ツクヨミ』がミストを去ってから。
ミストのお宅を訪問して翌日の告知をしていたラルフの手伝いに入った。
そして最後に、リディアの自宅に立ち寄った。
『明日9時から集会始まるから、嫌じゃなかったら広場に見においで』
他の住民と同じように、集会の連絡事項を伝えてから。
前の月にリディアから預かっていた青い撒菱を取り出すと。
それを見せびらかしながらリディアにこう言った。
—— —— ——
「『ツクヨミさんが、アドニスやキロンさんたちを封印した青い撒菱を持って帰っちゃったんだけどさー。明日ここに来て水洗いする前に、撒菱を海やマグマに投げ捨てないか心配で心配で……』」
「——おい!」
「あっ、覚えててくれてた?」
「おまえ、そん時からリスクに気付いてたのか!?」
水洗いするまでに撒菱を落とす。誰かに盗られる。破砕する。
術者以外の者が水洗いする。術者が命を落とす。
そのような場合、撒菱に封じられた者たちはどうなるかわからない。
先日思いつきで『タタラ』をテストした時。返ってきたメモに書いてあったこととそっくりだ。
「そうだよ。悪用したら完全犯罪殺人も可能だね」
「……オレは殺人はしねえ」
「知ってるよ。エブラーナの最高刑が終身刑なのは、ジェラルダイン家のおかげだもん」
じいやミゼルは、ザンゲツから術の詳細を聞かされて。
すぐに秘伝忍術のデメリットを見抜いてしまったという。
—— —— ——
秘伝忍術の名を知っていても。その詳細を知る者はほんの一握りしかいない。
結界術は他の忍術を併用し、撒菱の処理法を選べば神隠しに見せかけて人を殺せる。
記憶透視術や結界術も使用を誤れば、術を使う本人——エッジが死ぬ可能性もあり得る。
—— —— ——
「最後にぼくは、リディアさんにこう言ってあげた。『こんな危ない術、そう簡単には使わせてもらえないと思うんだ。けど「ツクヨミ」さんは、心技体極めた忍者オブ忍者だったから、お許しを……』」
「まんまオレのことじゃねえか!!」
「きみの名前は出してない。——ね? リディアさん?」
「うん、全然」
ここまで大人しく(エッジ比)話を聞いていたが、ふと思い出した。
なぜリディアが、秘伝忍術書の封印術のことを知っているのだろう?
「……おい、リディア」
「何?」
「おまえ秘伝忍術って、瞬間移動と記憶透視しか知らねえだろ」
「あのね。エッジがエミールの助手さんの記憶を見ている間に、秘伝忍術書を見せてもらったから、全部知ってるよ」
「何!?」
秘伝忍術書をリディアに見せた相手が誰かなど、主語がなくてもすぐわかる。
当時エッジ以外に、書の拝読を認められていた人物だ。
「てめえ……!」
「ひぃっ……」
エッジは憎しみを込めて、ザンゲツをにらみつけてやった。
「オレに黙って何勝手なことやってんだ!」
「わ、我が国の歴史を知ってもらうことで……リディア様にお館様へのご理解を……より深めていただけたらと思いましてなぁ……」
「ばか野郎! そんな言い訳通用」
「——もうやめてよ」
「リディア……」
「過去があるから今があるって、いつも言ってるじゃない」
「そ、そうです! それがなければ、今こうしてリディア様とお付き合いされていなかったかもしれませぬぞ!?」
「5年以上前でしょ? とっくに時効過ぎてるね」
「ちっ……!」
「もう、そんなにかっかしなくていいじゃない」
「あぁ??」
「おかげで、『ツクヨミ』さんの正体に気付いたんだもん。そうじゃなかったら偽装恋人続けてなかったよ?」
ここでようやく、リディアがここにエッジを連れてきた本当の狙いを悟った。
(『過去があるから今がある』で、目ぇつむれってか……!)
リディアにとってミゼルたちは、エッジと恋人同士になれた影の貢献者。いわば恩人だ。
何も考えなしにエッジに事情を話せば、後日彼らは密かに報復されるかもしれない。
リディアはそれを阻止するために、ミゼルたちを交えた事情説明の場を設けて。
報復しないよう、彼らの目の前でエッジに確約を取り付けたと見える。
「……その時におまえら手ェ組んだんだな」
「組んでないよ」
「おじちゃんにエッジが好きだって言ってなかったもん」
「もっと後だよね」
—— —— ——
幻獣界での空白の2年を経て、やっとリディアがミストに帰ってきた。
ところが、アドニス避けや、ミネルバとアルベルトの縁結び……。
偽装恋人契約を結んだ当初の目的は、既に達成されているにもかかわらず。
リディアは『ツクヨミ』と、まだ偽装恋人としてお付き合いし続けている。
ミゼルはそれがどうも不思議でならなかった。
—— —— ——
「幻獣界に迎えにきてもらった時に『ツクヨミ』さんに惚れたか、本当は正体に気付いているのか……リディアさんに聞きたくても、聞けずじまいでやきもきしてたんだ」
「ちょうどその頃、じい様がですな。お館様が忍者学校の竣工式で演説されると拙者やミゼル殿に教えてくれたのです」
—— —— ——
エブラーナが禅譲制に移行する。国王自ら民——観客の前でそれを発表する。
じいからそんな話を聞いて、ミゼルはとてもいいことを思いついた。
リディアは幻獣界に幽閉されている間。エッジに何があったのか何も知らない。
エッジの現在(当時)の姿を見せたら、どんな反応をするのか。
それ次第で『ツクヨミ』もとい、エッジをどう思っているのか。今後彼とどうしたいのか。
リディアの意志を確かめるために、彼女をエブラーナに連れていこう、と。
—— —— ——
「それで、偶然装って忍者学校の竣工式に紛れ込んだ」
「あん時、おまえら来てたのか!?」
「お面かぶって変装してたの」
「ただの客なら、きみは気付かないよね」
「くそ……!」
「あの時のリディアさん、笑ったなあ」
「しょうがないじゃない。顔がほとんど隠れていて誰かわかんなくて……」
「気にしなくていいよ。初めて見た人は、みんな悪党や犯罪者って言ってたらしいし」
当時エッジは『呪淫』をかけられており、女性の視線を避けるために黒眼鏡を掛けていた。
『呪淫』は人生最大の黒歴史。恥ずかしいので、何も言わなかった。
「それからおじちゃんと話をしてたら、1日だけ『タタラ』に変装してお城に潜入したらどう? って勧められたの」
—— —— ——
リディアは幻獣界から戻ってきてから、『ツクヨミ』の不自然な挙動が気になっていた。
しかも、一生独身をほのめかすような宣言を聞いたばかりだったため。
あっさりミゼルの勧めを受け入れた。
—— —— ——
「……いつ忍び込んだんだ」
「お館様がタタラ殿に解雇を申し渡した日でしたな」
「あん時、リディアの気配感じなかったぞ??」
「気付かないだろうね。湿布お試しキャンペーン中だったから」
「!」
—— —— ——
気配消しの湿布を使用人に使ってもらい、感想を集める期間に便乗。
リディアにも湿布を貼ってもらった状態で、エブラーナ城に入り込んでもらった。
—— —— ——
(待てよ……?)
話を聞いているうちに、おかしな点が出てきた。
湿布を貼って潜入していたら、リディアの気配に気付かないのは当然。問題はミゼルだ。
「つーか、普段『タタラ』から、おまえの気配ちっとも感じなかったぞ」
「えっ、覚えてたの?」
「無駄にうぜえから嫌でも覚えちまったんだよっ」
『タタラ』とは、何かと顔を合わせる機会が多かった。
その度に気配を感じたものの、ミゼルのそれではなかったと記憶している。
「あー! よかったぁ!」
ミゼルが歓声を上げてからこう告白した。
変装だけでなく、特殊効果を持つ指輪をはめて『タタラ』して仕事していた、と。
「どんな効果だよ」
「はめている人物の気配を歪めて別人に変えてくれる。『タタラ』の採用決定と同時に、じいやさんとザンゲツさんに指輪を準備してもらった」
「念には念を入れておいてよかったですなぁ」
「ほんとですよ。まさに備えあれば憂いなし……!」
「指輪はソイさんに作ってもらったんだって」
「まあ……作れるとしたらあいつぐらいしか」
「——だから、ソイさんも『ツクヨミ』さんの正体知ってるの」
「何だと!?」
(だから、さっき機嫌が悪かったのか……!)
なおソイは、夫タツミには何も話していないという。
理由は、話を聞いて敬愛して止まないお館様に絶望してしまう可能性があるから。
「その日は、書庫や文殿にあった本と、ザンゲツさんたちがまとめていた資料を読ませてもらったの」
「……まさか、クビ告げた時も昼休憩のアレも」
「——どっちもわたしだよ」
「っ、マジか……」
「あれがなかったら、あのまま『タタラ』はクビにされてたなぁ」
「ここまで長く勤務出来たのも、リディア様のおかげですなぁ」
「ほんとほんと。リディアさまさまですよ」
「と言う訳で、リディア様は『呪淫』をはじめ我が国の機密事項のほぼ全てを存じ上げております」
「あとは、ふたりで話し合ってきれいさっぱり清算してちょうだい」
説明が終わり、エッジは思い至った。
これまで自身は、リディアの海のように広い寛容さに救われていたのだ、と。
リディアは自ら身体を張って『呪淫』を解除してくれた。
真月が接近しなければ、死ぬまで知らないふりを続けながら。
『ツクヨミ』に扮したエッジと添い遂げるつもりでいたのだから。
「ふたりともありがとう。すごく助かっちゃった」
「いやいや、とんでもございません」
「ひとりで説明するの、めんどくさいもんね」
リディアが説明の補佐をつとめた男ふたりに、お礼を述べてから。
エッジの肩をちょんちょんとつついてきた。
「なんだよ」
「約束、守ってね?」
「……男に二言はねえ」
後ろめたさを感じて、リディアから視線を逸らしながらも遵守を誓った。
(ああ、やっと終わった……)
長年『ツクヨミ』として、リディアたちを欺いてきた罰。
だとしても、過去の所業を暴かれている間。身ぐるみをはがされるような気分だった。
犯人がトリックを暴かれる、推理小説あるある展開の方がよほどマシだ。
ミゼルたちがリディアにやったことは誘導。
お見合いおばさんのごとく、強制や干渉していた訳ではなかった。
それがわかれば、彼らを責める理由もなくなる。
当初する気満々だったミゼルへの報復も取り止めてしまった。
「いやぁ、丸く収まってよかったですなぁ……!」
「誰も損してないって奇跡ですよ」
「そうですなぁ……ところで、リディア様」
「はい?」
「ミゼル殿は『あのこと』をまだご存知でないようですが」
「あ、まだなの。それどころじゃなかったから……」
事情説明が無事終了し、リディアたちが安堵の表情を浮かべている。
そんな中、エッジはマントの左側を前に引き寄せて、左腰に下げている村雨を隠した。
リディアやザンゲツに気付かれないよう、村雨のつかに右手を添えて隙を窺う。
「何? 『あのこと』って」
「うん、あのね……」
(今だ!)
リディアがミゼルの方を向いた瞬間、勢いよく席を立つと。
村雨を疾風のごとく引き抜き、標的に向かって振り下ろした。
「エッジ何するのっ!?」
「お館様!?」
リディアとザンゲツが大声を上げるのをよそに。刃先を標的——ミゼルの顔面の手前でぴたりと止めた。
「……ふたりともどうかしたの?」
ただならぬと感じたのか。ミゼルがきょろきょろ首を横に振っている。
(やっぱ足だけじゃなかったな!)
ここに来てからミゼルから感じた違和感の理由に、ようやく確信を持てた。
「うそつき! 仕返ししないって約束したばっかりじゃないっ!」
「お館様、お気は確かに……!?」
「——悪りぃ。おまえらちょっと黙っててくれ」
「わ、わかった」
「御意……」
リディアとザンゲツに口出し無用を命じながら、村雨をさやに納める。
「おい、ミゼル」
「何? 約束破っ」
「——おまえ目ぇ見えてねえな」
「えっ」
「オレはおまえを斬ろうとしたんだぞ?? なんでびびりもしねえんだ」
「う、っ……うそだろぉ……!?」
ミゼルがひっくり返った声を上げながら、後ろにのけぞっている。
普通は刃を向けられたら、何かしら反応を見せる。
ところが、ミゼルは村雨の刃が自身に向かってきているのに。
顔面すれすれに刃の切っ先を突きつけられたのに、終始無反応。
エッジに指摘されて、はじめて反応を見せた。それが何よりの証拠だ。
「ぼくが殺される理由ある? 最悪終身けい」
「——この期に及んで、まだとぼける気か!」
「っ……」
「目ぇ見えてるかどうか試しただけだ。オレがにらんでも無視。こいつらとしゃべってても、しょっちゅう明後日の方向いてたし、手の動きと顔の向きも合ってなかった。オレを指さそうとしても、声がする方に指さすしかねえからピントがズレてたしよ」
エッジが指摘するも、ミゼルは口をへの字にしたまま何も答えない。
「おい」
「……」
「何とか言ったらどうなんだよ」
「あーあ、やっぱりきみの目はごまかせなかったか……」
ミゼルがうーんと両手を上げて、伸びをしてからこう言った。
「きみの言う通り、こないだ失明してね。何も見えてない」
「っ!!」
返事を聞いて衝撃を受けたものの、今一つ信じられない。
重々しい現実とは裏腹に、歯切れのよい口調で告げられた。
それぐらいには、目の前の男からは、悲壮感の欠片も感じられない。
「……マジかよ」
「おい!? 今そう答えたでしょ!」
「怪我して一時的に見えねえとか……」
「信じられないなら、リディアさんたちに聞いてみたらいいよ」
視線を移せば、隣のリディアも対面上に立つザンゲツもうなだれている。
「おまえら、知ってたんだな」
「うん、その日にお見舞いした時に……」
「拙者はその直前、タタ……ミゼル殿とじい様をここに運んでいる最中に……」
リディアとザンゲツが悲しそうな表情で、エッジの問いに続けて答えた。
暴走したイフリートを制して、ミストへ向かう前。
リディアが友人のお見舞いのために避難所へ向かった。
そう聞いて迎えに行ったら、目元が泣き腫らしたように赤かった。
見舞いに訪れたら、ミゼルが失明していて泣いていたのだろう。
ザンゲツと接触していたなら、じいも知っていると思われる。
なぜならタタラの処分は、イフリートの襲撃日——18日付だから。
「おい」
「何?」
「なんでそうなっちまったんだ」
「……」
「隕石か? 落っこちてきた天井か壁が顔にぶち当たったのか?」
手を伸ばしてミゼルの肩を叩きながら声をかける。
一体どうしてこうなったのか。無性に理由が知りたくなった。
「……そうやって聞いてくると思ったから、きみに手紙書いた」
「見えねえのに?」
「書けるよ。——えーと、どこかな?」
ミゼルが上半身をサイドテーブルのある方にひねった。
すると独り言をつぶやきながら、手探りでサイドテーブルを探し当てている。
テーブルの上には何かが置かれており、その上には布がかぶせられていた。
(ぎりぎりまで手出し無用って言われてんだな)
リディアとザンゲツは手を差し伸べずに。不安そうな表情でミゼルの見守りに徹している。
「……あ、これこれ。よっ……と」
ミゼルが手探りで探し当てた布を引っ張ると。そこから現れた何かを持ち上げた。
「これ使って書いた」
「!?」
「あ、打ったって言った方がいいか」
「こいつは……!」
ミゼルが見せてくれたものを目にするなり、思わず声を上げた。
「これ知ってるの?」
「ああ。大分前にシドんとこで……」
数年前に『青ばら』捕獲協力のため、バロン城を訪れたことがあった。
その工場内にあるシドの私室で見たものとそっくりだ。
当時は30ほどのボタンが並ぶ、通常のタイプライターに見えたが。
今見せてくれているものは中央に四角形のボタン。
そして左右それぞれ縦にみっつ並ぶ、大きな丸いボタンしかない。
「これは点字タイプライター。シドさんの発明品のひとつだよ」
点字とは視覚障害者が使う文字のことだ。
青き星で使われているアルファベットや数字記号などを指先の触覚で読めるように。
6つの点——凹凸の組み合わせで表している。
大きな図書館に行けば、点字に変換された一般書物も所蔵されている。
「これが発明されるまで、目が見えない人が見える人に手紙を送ろうと思ったら代筆を頼むしかなかったんだよ」
「……こっ恥ずかしくてラブレターなんか送れねえな」
「遺言状も直筆しか認められてないから、正しく書いてもらったかどうか確認出来ないんだよね」
—— —— ——
視覚障害者は点字で読み書きする。
そのため、これまでは目が見える者宛てに手紙を送ったり、文書を残そうと思ったら。
口述で別の誰か——代筆に書いてもらうしかなかった。
—— —— ——
言い換えれば、代筆に内容が筒抜けになるということ。
恋文のように代筆に話し辛いものも出てくる。
悪意を持った者が代筆をつとめたら、都合のいいように内容を偽造される可能性もある。
「普通の文字だけじゃなくて点字を印字してくれる機能もついてるから、これさえあれば見えない人はひとりで誰にでも手紙や文書が書けるようになる」
「……おまえがシドに頼んだのか」
「そうだよ。ミストの大掃除が終わってから、バロン王に紹介していただいた」
点字用タイプライターはその名の通り、視覚障害者向けの印字機械。
シドが副業で、依頼者の希望に応じた発明品製作を承っていることはかねてより有名な話だ。
視覚障害者がひとりで手紙や書を書ける機械を作ってもらおう。
ミゼルはそう考えて、セシル経由でシドの元をたずねて依頼したという。
(そんな前から頼んでたってことは……)
当時から失明することがわかっていたのだろうか。
そう疑問に思ったが、これから渡される手紙に経緯が書いてあるだろう。
今ここで聞くのは辞めておいた。
「商品出回ってんのか」
「去年から専門店で売ってるって聞いた」
「売上の一部、シドにも流れてるんだろ?」
「そうだよ。あの方は大物だよね。発明で得た利益みんなバロンに捧げちゃうんだから」
ミゼルがそう説明しながら、点字タイプライターをサイドテーブルの上に置くと。
代わりに引き出しの中から取り出した何かを、エッジの声のする方へ差し出してきた。
「はい、これ」
ミゼルから白い封筒を受け取った瞬間。重みと厚みを感じた。
ずいぶん長い文をしたためたことが伝わってくる。
「読んだら捨てていいよ」
「……しねえよ」
ここに来る前。くそ偉そうに『手紙にゃ手紙の良さがある』とリディアに言った。
早々から捨てられる訳がないだろう。そう思いながら、封を開けて便せんを開く。
【読まずにこのまま捨ててもらっても結構です】
タイプライター特有の無機質な文字がずらりと並ぶ中。
1枚目の頭1行目に目を通して早々から、眉をひそめてしまった。
(大分根に持ってやがる……)
村長を辞める直前。何回かエッジに書状を送ったのに返事がこなかった。
ミゼルが未だにそれを気にしているとわかり、少し罪悪感を感じながら。
エッジは自身に宛てられた手紙を読み始めたのであった。
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