フェイクラバーズ 作:かえで
暴露大会夜の部もいよいよ佳境。
先ほど、リディアからエッジへの質疑応答を終えたばかり。
残すは、逆——エッジからリディアへのそれのみとなった。
エッジは他者に心情を吐露することに慣れていない。
しかし愛する女の前だけでは、恥も外聞も投げ捨てる覚悟を既に決めていたため。
昼間と違って滞りなく終わったことに安堵しながら。
寝室に向かったリディアの帰りを待っていたところ……。
「ただいま」
扉がぎいいと開く音と同時にリディアの声。
わずか数分で、部屋に帰ってきた。
「クオレ起きてなかったか」
「全然」
「……大物だな」
先ほどエッジは、リディアから大声で泣き叫ばれたばかり。
隣の部屋といっても壁一枚隔てただけなのに、騒音をびくともしないとは。
「よっぽど疲れたんだろうね……っ」
片手で本を抱えながら、ベッドの上に上がったリディア。
クオレの様子を見に行くついでに、その本を取りに行ったのだろう。
「何持ってきたんだ」
「絵本」
「……オレを寝かしつけようってか?」
「違うよ。質問に答えるのに、こんないいものないから取りに行ってたの」
リディアから差し出された一冊の本を受け取り、表紙を見れば。
『プシケとエロス——愛と疑いは一緒にいられない——(前)』と書かれたタイトル。
そして、いかにもお姫さまな女性のイラストが描かれている。
ちらりとリディアの足元に視線をやれば、もう1冊本が置いてある。
どうやら、そちらは絵本の後編だと思われる。
「……ギルバートが真月で歌ってた奴か」
「いい歌だったよねぇ」
「へっ、あんななよっちいの聞いてられっかよ」
「男の人って、どうしてそんなに嫌がるの……?」
本音を吐き捨てながら絵本を返してやれば。リディアが残念そうにつぶやいた。
セオドア除く男性陣全員が、真月で毎夜行われていたギルバートの演奏会に。
一度も参加しなかったことぐらい知っているだろうに……。
今更ぶつくさ言われるとは、どうも腑に落ちない。
「ギルバートがトロイアの神話のひとつを気に入って曲にしたんだろ」
「あ、それは知ってたんだ」
「セシルが言ってたのを聞いただけ」
「ふぅん……」
「で? そいつが何の関係があんだよ」
「今からわたしが、この本を読んであげる」
「はぁ!?」
突然、絵本の朗読——読み聞かせをするとは何事か。
ぎょっとしたエッジを見て、リディアが不機嫌そうな顔に変わった。
「何? 絵本ばかにしてるの?」
「いや、そういう訳じゃ……」
「絶対びっくりするから。よーく聞いててね」
先ほどとは打って変わり、何ともまあ楽しそうな表情でそう言いながら。
リディアが自身の膝の上に置いた絵本を開き、読み聞かせを始めてくれた。
***
むかしむかし、とある国を治めていた王様とお妃様が
3人の王女と仲良く暮らしていました
王女の中でも末っ子のプシケは、女神を彷彿とさせるほどの美しさ
世の男たちは、みんなプシケをもてはやしました
ところがいざ結婚となると、誰もプシケに見向きもしません
そうこうしているうちに、ふたりの姉をはじめに
若い女性が次々と嫁いでしまい、プシケだけが残ってしまいました
心配になった王様とお妃様は、預言の神の神殿を訪れました
そこで末娘が結婚出来るかどうか、神様にたずねたのですが……
「プシケは魔物と結婚するさだめです。西の荒野にお捨てなさい」
王様とお妃様はとてもショックを受けました
しかし、神様のお告げに従わなければ神罰が下ります
「仕方がありませんわ。神のご意志に従わなければ、お父様やお母様……この国がどうなるかわかりませんもの」
当のプシケからもそんな申し出をされてしまったため
王様とお妃様は、泣く泣くプシケに花嫁衣裳を着させて
西の荒野に連れていきました
§
荒野にたったひとり置き去りにされて
プシケが途方に暮れていたら、突然やさしい声が聞こえてきました
「あなたを迎えにきましたよ」
すると、身体が宙に浮いてふわふわどこかに運ばれていきます
着いた先は、魔物が棲むお城でした
中に入ってみましたが、がらんどう
きょろきょろしていると、プシケを迎え入れる声があちこちから聞こえてきます
声の主たちは自ら召使いと名乗り、こう謝ってきました
「大変申し訳ありません。ただいまご主人様は出かけております」
その夜、召使いの指示に従い
プシケが真っ暗な部屋でベッドに横たわっていたら
何者が部屋に入ってきました
「はじめまして。我が妻」
蜜のような甘い声で、プシケに話しかけてきた者が
夫であり、魔物のようです
夫は新妻との対面をとても喜んでいるようですが
部屋は真っ暗、プシケには姿が見えません
夫はプシケに明かりを絶対に点けないように言ってから
彼女に近付くと耳元でこうささやきました
「僕の姿は絶対見ちゃだめだよ」
***
「『初めての夜を無事に終」
「——ちょっと待てっ!!」
「わっ」
ある台詞に反応し、エッジはリディアの肩を押して朗読を途中で止めさせた。
「……まだ途中なんだけど」
「この旦那、オレとそっくりじゃねえか!?」
「そうだよ?」
毎晩ではないが、暗闇ならぬ目隠しプレイ。各種ルールも強制していた。
そんなエッジにとって、この話はとても他人事と思えない。
「ふふっ……あははっ……!」
「なんだよ」
「エッジが……っ、うろたえてる……!」
期待通りの反応を見せたからだろうか。
呆然とするエッジと対照的に、リディアがけらけら笑っている。
「このお話をはじめて知った時ね。エッジはこれの真似したんだって思っちゃった」
「違うわ! おまえが顔見れなかったからああしただけだぞ!?」
「知ってるよ。偶然ってすごいよねぇ。——まだ続きがあるんだよ」
リディアが笑いを止めるも、引き続き楽しそうな表情で。
本を抱え直してから朗読を再開させた。
***
初めての夜を無事に終えて、プシケと魔物の新婚生活が始まりました
プシケは毎日朝から夕方まで、姿が見えない召使いと過ごします
召使いはみんないい人ばかり
毎日プシケの話し相手をつとめながら、頼んでもいないのに
豪華な食事やおやつに、美しいドレスや宝飾品を準備してくれます
夫である魔物は朝からどこかに出かけて、夜の訪れと共にお城に帰ってきます
それからは真っ暗な部屋の中で、朝までプシケと一緒に過ごします
姿は見えませんが、夫が自分を愛してくれているのが伝わってきて
プシケが夫を愛するようになるには、そう時間はかかりませんでした
§
それから数年が経ったある日、プシケは夫にこんなお願いをしました
「姉上をこのお城に招待したいの。だめかしら?」
プシケは結婚して以来、一度も会っていない家族のことが恋しくなったのです
夫はそれを聞いて、最初はいい顔をしませんでしたが
妻からのたっての願いを断ることが出来ませんでした
その数日後、ふたりの姉がお城にやってきてプシケは大喜びしました
ところが、姉たちは昔からプシケのことを嫌っていました
美しいともてはやされた妹が、結婚相手すら見つからず
挙句の果てに魔物の嫁になると知り、大喜びしていたぐらいです
魔物の城でいたぶられているだろう妹をあざ笑ってやろう
そのつもりで、お城にやってきたら
なぜかプシケは優雅に暮らしているではありませんか
ふたりは激怒して、お城を去る前にプシケへこう言いました
「夫の姿見たことないのに、愛してるってよく言えるわね!」
「姿を確かめてから、そう言いなさいよ!」
「あなたは騙されてるの。このままだとそいつに食べられてしまうかもしれないわよぉ?」
「もし魔物だとわかったら、これで殺しておやりなさい」
姉たちはプシケに短剣を渡してから、自分たちのお城に帰ってしまいました
プシケは愛する夫を殺そうとは思いませんでしたが
夫は一体どんな姿をしているのか、日増しに好奇心が大きくなるばかり
それでも夫からは姿を見てはならない
口を酸っぱくしてそう言われていたので、我慢するしかありません
しかし、姉たちが帰ってから数日が過ぎた夜
とうとう我慢が出来ず、プシケは夫が眠った隙に
ランプに火を点けて寝所をのぞいてみました
するとそこには、白い翼を生やした美しい男性が横たわっていたのです
プシケは驚きのあまりに、あっちあちのランプの油を
夫の肩にこぼして火傷を負わせてしまいました
夫はすぐに目が覚めましたが、悲しそうな顔でこう言いました
「僕は愛の神エロス。きみは僕の愛を疑った。だから、もうお別れだ」
プシケは泣いて謝りましたが
夫は最後にこう言い残して姿を消してしまいました
「愛と疑いは一緒にいられないんだよ」
そして、二度とプシケの元に戻ってくることはありませんでした
***
「じゃあ……」
「——もういい」
そばに置かれていた絵本——後編を手に取ろうとしたリディアを、エッジは止めた。
絵本の前編だけで、リディアが何を言いたいのか伝わってきたから。
「続きあるよ? いいの?」
「どうせ、『苦難を乗り越え、めでたしめでたし』ってオチだろ」
「そうなの。プシケは女神の仲間入りして、エロスと結婚式を挙げておしまい」
「……ありがちだな」
後編で伝えることはなかったのだろう。
リディアもごくごく適当に話を締めくくった。
「おまえは……」
「え」
「自分をプシケとかぶらせてたんだな」
(こいつら、まんまオレらじゃねえか……)
この話を知ったのは『ツクヨミ』の正体に気付いてから。
リディアがそう前置きした上で、更に続けた。
「エッジの声、一度でいいから聞きたいなぁ、顔見たいなぁって思って抱かれてたら……エッジのこと、好きになってたんだ」
「……」
あっけらかんとしたような表情で話すリディアを見て。顔に手をやった。
(オレが最初の相手でよかった……!)
仮にエッジ以外の男から、定期的にまぐわう関係を結ばされでいたら。
リディアはその男にほだされていたのではないか?
そう思ってしまい、頭が少し痛くなってしまった。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもねえ」
リディアはエッジ以外の男云々以前に、恋愛に興味がなかった。
これからも他の男にほだされないように、この自分が注意を払えばいい。
そう思いながら、続きを話すようリディアに促した。
「エッジがだんだんミストに来る日も減って、お妃さまを娶らなきゃいけない時が来たんだって思って……いつ来なくなってもいいように、ルールなくしてもらおうって考えたの」
ミストの雨夜の日に『声を戻せ』『顔が見たい』と訴えていたのは。
いずれエッジは来なくなる。そう察したからだったという。
「……その頃、部屋ん中で帽子も外してたな」
「がんばってますってこっそりアピールしたの」
「ビーフシチューもか」
「それは、エッジのおかげでここまで作れるようになりましたアピールだね」
「つっても、『ツクヨミ』ん時、普通の奴しか作ってなかったろ」
「わざとだよ。——正体知ってますって言ってるようなものじゃない」
この先、うっかり『エッジ』に戻ってくれる日が来るかもしれない。
そう思って願掛けも込めて、普通——クリームシチューばかり作っていたという。
「遠慮しなくてよくなったし、いつかクオレと一緒にビーフシチュー食べようね」
「ああ……!」
クオレが家族に加わったことで、今後の楽しみがたくさん増えた。
本来の自分に戻れた喜びを噛みしめていたら。リディアの表情にすっと陰りが差したように見えた。
「どうした」
「エッジが消えちゃった日……エッジに腹が立ったけど、すごく後悔したの」
「何を」
「名前を呼べなくても顔が見れなくても、エッジはエッジだったのに、贅沢だったなぁ、我慢しておけばよかったなぁって」
「……悪りぃ」
頭を下げて謝ると同時に、自分自身が情けなくなる。
好きな女の(この自分に)恋する心理を察することが出来ずに。
消えた直後、困らせた——不幸せにしていたことがわかったから。
「謝らないでいいの」
「っ……」
「すぐ『ツクヨミ』さんで戻ってきてくれたじゃない」
身体を揺さぶられて顔を上げれば。リディアがぷうと頬をふくらませている。
エッジが謝ってばかりなのが不満のようだ。
「……正体知った時、腹立ったろ」
「うん、だまされてたんだってちょっとむかついちゃった」
「当たり前だ」
「でも、振り返ってみたらだまされたとか、すぐどうでもよくなっちゃったよ」
「はぁ??」
「薬草園でわたしにひまわり買ってくれたじゃない。花言葉知ってるよね?」
「『あなたを幸福に」
「——『あなただけを見つめている』ってわかった時、この人怖いって思っちゃった」
「そりゃ、怖がるだろ。ストーカーって言ってるようなもんだぜ?」
「『ツクヨミ』さんがエッジだってわかったら、怖くなくなった」
「……」
「でも、知らないままだったら、今頃ストーカーって呼んでたかも……!」
「おまえなぁ……」
けらけら笑い出したリディアと相反して、エッジは呆れ顔。
騙していたというのに、思い出を振り返るだけで許してしまう。
リディアは相変わらず寛容がすぎる。
『ツクヨミ』の正体を知ってしまえば。赤ばら4本の花言葉に続いて、ひまわりの花言葉を。
リディアが素直に受け取ってしまうのも、仕方がないことなのかもしれないけれど。
(……好きな女がこいつでよかった)
エッジはつくづくそう思いながら、視界に入った絵本を何気に手に取った。
「こいつ……トロイアまでわざわざ買いに行ったのか」
「ライザが一度ミストを離れる前に、餞別にくれたの」
リディアがそう口にした瞬間。
脳内におぼろげながらも、数年前のミストでの出来事が蘇った。
—— —— ——
ノアもといツキノワが、ライザの娘たちに絵本を朗読していた。
『プシケかわいそうだよぉ……!』
『このお話にはね。1回でも裏切ったら、相手から嫌われることもあるよって教えが入っているんだ』
プシケとエロスの別れの場面に納得出来なかったのだろう。
泣き出しそうなユノをツキノワがなだめていた。
—— —— ——
「ライザのガキどものお古か」
「うん」
「ってことは、あいつ『ツクヨミ』の正体……」
「すぐに教えたよ」
「なんで教えたんだ」
「おじちゃんから遠回しに正体教えてもらった後にね……」
ほどほどに『ツクヨミ』と仲が良く、なおかつアリサよりもエッジに理解がある。
それが『ツクヨミ』の正体に関する相談相手に、ライザを選んだ決め手だったという。
***
——4年前 8の月31日
ミゼルに誘導されたおかげで、『ツクヨミ』の正体に気付いてしまった。
翌日集会があるのに、眠れない。
ベッドでもだもだしていたら、自宅にライザがやってきた。
「ごめんなさいね、こんな遅くに……」
「どうしたの?」
「夕方、ミゼルさんが家に来てくれたのよ」
「おじちゃん、謝りに行ったんだよね。何かあったの?」
「……っ、主人が……ミゼルさんを殴ったの……何度も何度も……」
「うそ!?」
ミゼルに暴力を振るった(元)旦那のことを、リディアに伝えねば。
そう思って、娘たちを寝かしつけてから自宅を抜け出してきたという。
§
話が一段落ついて、ライザなら黙っていてくれるだろう。
リディアはそう考えて、ライザに『ツクヨミ』の正体を打ち明けた。
「よかったじゃない。エッジ様はあなたを見捨てるような人じゃないって思ってたのよ」
「まだ確定した訳じゃないよ? 『ツクヨミ』さんが、本当にエッジしか使えない術を使えるのか、明日集会が始まる前に確かめるつもりでいるの」
そしてこのことは、エッジアレルギーのアリサには当面内緒にしておこう。
ふたりでそう話し合ってから、ライザがこう言った。
「先月エブラーナで、わたしが青い石を押し付けられたことがあったでしょう?」
「うんうん、あったね」
「その石と、ツクヨミさんが見せてくれた石が一緒だったのよ」
この日の昼間。リディアとライザを襲ったアドニスを、ツクヨミが青い撒菱に封印した直後。
リディアたちはその撒菱を見せてもらっていた。
「すごい! よく覚えてたね……!」
「あの男の人、エッジ様に近い人だったのかもしれないわね……」
この時のライザの予想は当たっていた。
数年後、若い男性に変装したザンゲツが、ライザに撒菱を押し付けた人物だと判明した。
***
「……変わった奴だな」
「エッジやギルバートは、トロイアの国王さまと全然違うから大変って前から言ってたんだよ」
「あそこはお飾りだからな」
「貴族と変わらないんだよね」
「神官の気分次第で、いつ身分はく奪されてもおかしくねえぞ?」
—— —— ——
トロイアは8人の女性神官で国を治めている。
神官はみな志願した女性の中から選ばれた者。そして、最長10年の任期制。
実権を持たないトロイアの王制は、『子孫に血を残せばそれでいい』の精神で。
現国王が王族の中から次の国王を選ぶ、指名制。
世襲君主制だったエブラーナ。これからも世襲制が続くダムシアン。
その2ヶ国と違って、トロイアの国王は世継ぎにこだわる必要がない。
—— —— ——
「まあ、そんな国に生まれて育ってりゃ、うちやダムシアンが変に見えてもしゃあねえな。——んで、アリサは今も知らねえのか?」
「去年打ち明けたよ。正体バラしたら絶交するって言ったら、お付き合い許してくれたの」
(去年……『ツクヨミ』と付き合うまで黙ってたんだな)
親友をないがしろにしたという理由で、アリサはエッジを敵視している。
そんな彼女に有無を言わせないように。
『ツクヨミ』と交際してから、リディアたちはバラしたと思われる。
先月子どもミストドラゴン誕生の場で、エッジはアリサから終始にらまれていた。
その視線から悪意を感じたのは、既に『ツクヨミ』の正体を知っていたからだろう。
「結局、集会の日に青い撒菱洗ってたのを見ちゃって、やっぱりエッジだったってうれしかったけど……」
—— —— ——
エッジがどうしようもないお嬢様リンと、婚約したのが不思議でならない。
アドニスたちも捕まり、『ツクヨミ』と偽装恋人を続ける理由もなくなった。
このまま偽装恋人を解消すべきなのか……。
今後の関係に頭を悩ませていた矢先に。
毎年恒例ギルバートの演奏会がバロンで開かれた。
その年はライザとふたりで、劇場に足を運んだ。
するとギルバートが新曲『愛と疑いは共にいられない』をお披露目してくれた。
ところが曲を聞いているうちに、他人事とは思えないように感じた。
既にライザも『ツクヨミ』の正体を知っており、思うところがあったのだろう。
演奏会からの帰り道。プシケとエロスの神話を詳しく教えてくれた上で。
『これからも知らないふりした方がいいかもしれないわね』
プシケを見習ったらどうかと勧めてくれたという。
—— —— ——
「一晩考えたけどエッジはエッジだし、知らないふりしてでも一緒にいようって決めて、『ツクヨミ』さんが来た日に偽装恋人を延長させてもらったの」
正体を暴けば『ツクヨミ』はミストに来なくなる。それはエッジとの縁の切れ目も意味する。
リディアはそれを恐れて『愛と疑いは一緒にいられない』を心の支えにしながら。
『ツクヨミ』とお付き合いを続けていたようだ。
(オレはどんだけこいつに無理強いさせてたんだよ……)
エッジが罪悪感に襲われる中、リディアの話はまだ続く。
「最初はエッジのこと遠くから見守ろう。ほどほどに『ツクヨミ』さんと仲良く出来たらそれでいいって思ってたんだよ」
「……婚約してたからな」
「でも、『タタラ』さんに変装してお城に入って、エッジの様子を見て……」
「どうだった」
「……ちょっとショックだった」
「だろうな」
執務室でザンゲツに殺気をぶっ飛ばしていたのを。『タタラ』として見ていたはずだ。
リディアはエブラーナ城で、威厳ある『国王』として振る舞うエッジより。
ミストで素でいるエッジの方が断然お好みだから、衝撃を受けてもおかしくない。
「それより、もっと嫌だったのが……」
「いや?」
「エッジが……変な術、かけられてるってわかって……」
(『呪淫』か!)
恥ずかしそうにエッジから視線を逸らしたリディアが、これから何を言うか。
大方の見当がついて期待に胸をふくらませる。
「その……他の女の人と……って思っ……わぁっ!」
他の女と耳にした瞬間。身体が先に動いてリディアを力いっぱい抱きしめていた。
「っ、なんだよ……やきもち焼いてくれてたのか……!」
エッジがうっかり他の女とヤルのを恐れて、我こそはとばかりに。
『呪淫』を無理くり解除してくれたとわかり、嬉しくてたまらない。
—— —— ——
やきもちは、恋情や好意が伴う相手。もしくは、その相手に接近する異性に感じることが多い。
度が過ぎるとエッジのように、敵意や憎悪してしまう嫉妬に変わってしまう。
それでもやきもちがなかったら、熟年老年夫婦のような枯れた関係になってしまう。
—— —— ——
セシルの時のローザはさておき、リディアはいくらエッジに好意を寄せていても。
自分に近付く女に嫉妬したり、やきもちを焼いたりしないと思い込んでいたのだ。
「くっ、苦し……!!」
「——ちょっとぐらい我慢しろ」
「っ……」
感情の赴くままに、リディアをぎゅうぎゅう抱きしめていたら。
「ごめんね……」
リディアに両手で身体をはがされてしまっただけでなく。
しょぼんとしたような顔で謝られてしまった。
「なんで謝んだ」
「エッジを『ツクヨミ』さんにさせちゃった責任、わたしにもあるもん」
「はあ? んなわけねえだろ」
「ミスト言い訳にして逃げて、本当の気持ち……話さなかったから」
リディアが申し訳なさそうな表情で共同責任を強調するも、理解しがたい。
なぜならエッジの置かれた立場……ぶっちゃけ、国王という身分が。
本音を打ち明けられない状況に、リディアを追い込んでいたのだから。
「おまえのせいじゃ」
「——また『全部オレが悪い』って言うつもりなんだ」
「っ……」
「わたしに嫌われるのがこわいから、全部自分で引き受けちゃうの。それ、すごく悪い癖だよ?」
「!?」
リディアのことに関して、エッジは自罰自責思考に陥りがち。
つい先ほど指摘されたばかりだというのに、またもや指摘されてしまった。
「だから、これからちょっとずつ治してこうね」
「治んのか……?」
「わかんない」
「なんだよ、いい加減だな」
「治そうって気持ちを持ってるだけでも、大分変わると思うよ」
「まあ、気持ちだけなら……」
母親のごとく、慈愛の笑みを浮かべるリディアにうなずくも、今一つ自信がない。
エッジは今年で御年40。
……初老を迎えた男の心の癖を、今から軌道修正出来るのだろうか?
「本当はお妃さまになって、そばで支えてあげるのが一番なんだけど……」
「24時間365日ローザの真似出来んのか」
「っ、ずっとは無理……くたびれちゃう」
「おまえにそこまで求めてねえよ。妃向いてねえって、自分が一番よくわかってるだろ」
「そうなの。柄じゃないんだよね」
リディアに妃になってほしい。
当初はそんな期待も持っていたが、すぐに諦めた。
リディアにはミストでやることがある。しかも、庶民感覚の持ち主。
妃というきらびやかな立場に興味がなく、お城暮らしに耐えられないのが目に見えている。
エッジは嫌なことをさせてまで、好きな女に妃になって欲しいとは思わない。
リディアがエッジの『国王』としての立場を尊重してくれるなら。
エッジはリディアの『普通の女』としての立場を尊重してあげたい。
将来的にエブラーナの城下町に移住する。そう申し出てくれただけで満足だ。
ミスト一辺倒だった昔のリディアでは、到底考えられなかったことだから。
「他に聞きたいことある?」
「いや、あとはおいおいでいい」
「じゃあ、これでおしまいだね」
「全部チャラだ……っ!」
暴露大会の終了を告げた、リディアの身体を強引に抱き寄せると。
ほんの一瞬だけうろたえたような表情を見せたが。それを無視して荒っぽく唇を重ねた。
昼間から始まった、暴露大会という名の禊を済ませて。
抱えていた罪の意識やわだかまりが、あらかたきれいになった。
その代わりに、欲がとめどなく沸いてくる。
それに流されるがままに、リディアの口内に舌を潜り込ませて。
時折角度を変えながら、くちゅくちゅとわざと水音を立てて互いの舌を触れ合わせる。
「……ん……ふ、っ……」
これまでにない、強引で深い口付けにもかかわらず。
リディアもたどたどしく自身の舌を動かし、エッジのそれに絡めてくれる。
未だ処女さながらの反応や言動を見せるが、一度こうなってしまえば流される——ノリがいい。
リディアはそんな女なのだと、よく知っている。
「もう、がっつきすぎ……」
「だったら、確かめてみろ」
「え……」
顔を離せば、熱っぽい顔をしかめながら文句をこぼしてくる。
そんなリディアの左手をつかんで、自身の股座に押さえつけてやった。
「っ!? やだっ、なにこれ!?」
「ずっとお預け食らってて……溜まってんだ」
たった一度接吻を交わしただけで、そそり立ったソレを左手で感じ取るやいなや。
リディアがぼぼっと顔を真っ赤にさせて、慌てたように両手で顔を覆ってしまった。
「……キスはしてたでしょ」
「オレがそんだけで満足すると思ってたのか」
「うっ」
男はいつどこでもヤリたい生き物。昔リディアにそう言ったことがある。
しかし、あの言葉は主語が大きすぎた。
いつどこでもヤリたい生き物なのは、この自分。今更ながらそう思う。
未だ両手で顔を覆い隠しているリディアの耳元に近付くと。
エッジは一世一代の口説き文句とばかりに、たっぷり色気を込めてこうささやいた。
「——今から、おまえに惚れ直してもらわねえとな」
—— —— ——
キザな台詞を吐きながら紳士然としていた、『セシル』や『ツクヨミ』はもういない。
今ここにいるのは、リディアを貪り尽くしたくてたまらない獣……。
—— —— ——
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