※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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長文注意/性描写あり
次回(明日)からラストまで毎日二話更新


みせて、あなたを ※

 

 

「——今から、おまえに惚れ直してもらわねえとな」

 

 エッジに耳元でささやかれた瞬間。

 色気を含んだ低く野太い声が、鼓膜から身体全体に染み渡り。

 一瞬くらりとめまいがするような感覚に襲われた。

 

(こ、これからエッジに食べられちゃうんだ……!)

 緊張で胸の鼓動が早くなるのを感じながら。エッジを待ち構えていたら。

 

「あ、待てよ」

 

 そうつぶやく声が聞こえてきて、やや拍子抜けしてしまった。

 顔を覆っていた両手を離して、恐る恐るエッジの方を見る。

 

「こいつを張らねえと……」

 

 エッジが自身の腹の辺りに手を添えて、帯の隙間から何か引きずり出している。

 

 よく見れば、何枚もの青く細長い紙。

 数年前、ザンゲツに秘伝忍術書を読ませてもらったおかげで。

 紙の正体と、エッジがこれから何をするのかすぐ見当がついた。

 

「それって、秘伝忍術の……」

「ああ、結界張るのに必要でな」

 

 この部屋に結界——秘伝忍術のひとつ——を張る。

 エッジがそうほのめかすと、天に向かってお札を放り投げた。

 

 宙に舞った細長い紙がばらばらに散って、天井と床それぞれ四隅に張り付くと。

 ぴきぴき凍り付くような音が、部屋中に響き渡る。

 

「クオレに気付かれない?」

「全然」

 

 結界内の声や物音に振動は外には漏れない。クオレがそれで起きることはない。

 仮に他の理由で目が覚めて、クオレがのぞきにきても。リディアたちの姿は見えない。

 しかも透明な壁に阻まれて、この中には入れないという。

 

「途中で外に出られる?」

「札はがして、結界消しゃ出れるぞ」

「……それから騒げないね」

「心配すんな」

 

 エッジが得意気な表情を見せて腰を上げる。

 すると、リディアの足元に置いてあった2冊の絵本を手にしてベッドを降りた。

 向かった先は、以前から部屋の端に置いてあったひとり掛けのソファの前。

 

「たんと予備持ってきた」

 

(うわぁ、やる気満々だぁ……)

 ソファの上に絵本を置くと、リディアに見せつけるように。

 浴衣の帯の隙間から、紙の束——予備のお札を引っ張り出して。

 絵本の上に投げ捨てるように置いた。

 

「さっき、お城で作ってきたの?」

「いや、腐るほど在庫抱えてんだ」

 

 エブラーナ城の宮殿内、私室や執務室に謁見の間など……。

 エッジの居住空間には、お城勤が常に護衛目的で潜んでいる。

 

 じいや使用人たちの好きにやらせてから、8年ほど経つ。

 それでも、常に誰かに見られている——監視されている生活は落ち着かない。

 

 就寝前や他人に見られたくないことをやる時に、結界を張るようにしているため。

 定期的にお札を大量に作って貯めてあるという。

 

「他の人に見られたくないこと、たくさんあるもんね」

「そうだぞ? 監視付きオナニーなんかやってられっか」

「っ……やだ、もう……」

 

 エッジがさらりと下品なことを口にして、呆れてしまったが。

 お札の在庫を抱えたがる理由は理解できた。

 

 エッジは一国の王、いわゆる雲上人。しかし、感覚や価値観は庶民寄り。

 どこにでもいるような男の人と変わらない。

 自慰以前に常時監視なんて耐えられないだろう。

 

「……よし」

 

 程なくして結界を構成する音が止まり、エッジが満足そうな表情でベッドに戻ってきた。

 

「もう張り終わったの?」

「ああ、これで2時間は騒げる」

「あっ……」

 

 エッジが目の前に座るやいなや、指でリディアのあごをくいと引き上げる。

 

「これからはオレを呼び放題。顔も見放題だぜ」

「うん、そうだ……!?」

 

 相づちを打とうとしたら、すぐ目の前にエッジの顔が迫ってきて。

 あれよあれよと言う間に口を塞がれてしまった。

 

「ふ……っ……」

 

 エッジが歯列を熱い舌でなぞり、口内の隅から隅までねぶりながら。

 両手で背中や腰を這いずり回ってくれる。

 おかげで下腹部に熱がぽっと火が点いて、身体中に熱がじわじわ広がっていく。

 

(もう終わったし……)

 お互いに過去を清算出来たから、もういい。

 リディアも負けじとばかりに、両手をエッジの首に回した。

 

 舌を絡ませながら、だいすきな人の口内を貪っているうちに。

 わずかながらの緊張と高揚感が心を埋め尽くしていく。

 

「っ、はあっ……」

 

 ちゅっとリップ音を残してエッジが離れていき、大きく息をつく。

 ひとまず口付けは終了らしい。

 

「毎度毎度、いい顔しやがって……!」

「え」

「すげえ、そそられる」

 

 エッジが鋭い眼光をこちらに向けながら、舌で唇をぺろりと舐めた。

 その獰猛な様が餌を目の前にした、けだもののように見えた。

 

(ずっと大人しくしてたんだ……!!)

 セシルのふりや『ツクヨミ』の頃は、紳士的に扱ってくれたが。

 これがエッジの本性なのだ。

 否が応でもそう思わせてくれて、ほんの少しおののいてしまう。

 

「さすが『歩く媚薬』だな」

「びやく……?」

「おまえ、朝から晩までオレに色気ぷんぷん撒き散らしてるだろ」

「えぇ!?」

 

 『歩く媚薬』の命名理由に驚きの声を上げてしまった。

 

 リディアがそばにいるだけで、むらむらしてたまらない。

 エッジはそう言いたげだが、これまで誘惑した覚えはほとんどない。

 せいぜい『呪淫』解除の際に、頑張って色気を出したぐらいだ。

 

「わたし、そんなつもりない」

「——いい加減自覚持て」

「わぁ……」

 

 否定しようとしたら、エッジに正面から身体を押し倒されて。

 首筋や鎖骨に噛みつくようなキスをされたり、食むように舌でなぞられる。

 

「セフレになるまで、オレがどんだけ我慢してたと思ってんだ……!」

「む、昔……っ、言われても知ら」

「——うるせえ」

「ふ、ぁっ……!」

 

 数年前ならまだしも。恋情の『れ』の字もなかった時期のことを、今更蒸し返されても困る。

 そう言い返そうとしたが、エッジがすぐさま首筋に顔を埋めてきて。

 愛撫を再開させてしまい、結局反論させてもらえなかった。

 

「大人しくオレに食われろ……っ!」

「ぁあぁぁん……」

 

 キスや愛撫の合間に心情を吐露されたが、納得が行かない。

 そんなリディアの心境をよそに、エッジの吐息や感触が少しずつ上に上がってくる。

 

 これから何をされるのだろう。

 身体や喉を震わせながら、ぼんやり予想していると。

 

「あぁっ……」

 

 弱点である箇所に息を吹きかけられて、声をもらした。

 

「どうだ……オレの声」

「ふぁ、っ……!」

「セシルの方が……っ、好みか」

 

 エッジが耳元に顔を寄せて、時折熱い息をもらしながら。

 途切れ途切れに、甘さを混ぜた低い声でささやいてくる。

 

 それと並行して身体が密着した状態で、腰や太腿をさわさわ撫でてくる。

 おかげで、身体の奥がじわじわうずいてしまう。

 

「セシルか、オレか……っ、どっちがいい」

「ぁ、っ……」

「——答えろ」

 

 セシルの声か自分の声、どちらが好きか。

 凄みを利かせた低く重い声で、エッジが最後に答えをせがんできた。

 

 久方ぶりに人を殺めかねない、末恐ろしい声を耳にした。

 にもかかわらず、肌をぞくぞくっと粟立たせただけ。

 ささやき攻撃で骨抜き寸前にされていたせいで、声による恐怖は感じなかった。

 

「エ、っ、エッ……ふ、あっ……」

「聞こえねえなぁ」

「だからぁ、っ、エ……」

「——はっきり言わなきゃわかんねえぞ」

「っ、あぁぁっ……!!」

 

 熱にうなされたように、リディアが必死で答えようとすると。

 エッジが耳元で意地悪そうに話しかけてくる。

 その度に身体が快感に襲われて、まともに返事が出来ない。

 

(エッジって……答えるに決まってるでしょ……!?)

 ひどい男である。答えがわかっているくせに、リディアに答えさせたいから。

 わざとこうして耳攻撃してくるなんて。

 

「エ……っ、エッジの声じゃなきゃ、やだぁ……!」

「っ、だと思ったぜ」

 

 エッジを心の中で罵りながら、やっと答えることが出来た。

 

 言質が取れたからだろう。

 顔を離してくれたが、今度は不敵な笑みを浮かべながら、夜着へ手を伸ばしてきた。

 

§

 

(どうして、あたしだけ……?)

 手際よく夜着をはぎ取られて、一糸まとわぬ姿のリディアと相反して。

 エッジは浴衣を身に着けたまま、胸への愛撫を始めた。

 

 襟や裾が乱れて、肩や太腿を見え隠れしているのも一向に気にせず。

 この数年の借り(?)を返すかのごとく。

 生まれてはじめて本来の姿で、リディアの胸を堪能し続けている。

 

「おい」

「……」

「目ェ開けろ」

「ぅ……」

「声も我慢すんな」

 

 目を閉じたまま、指や舌で胸元をいじられ続けるリディアの耳に。

 立て続けに不機嫌そうなエッジの声が届く。

 

「っ……」

 

(無理なの!)

 何も答えぬ代わりに、心の中でエッジに言い返しながら。

 両目を更に固く閉じて、唇を強く噛んだ。

 

「おい、何やってんだ!」

「っ、ゃあぁぁん……!!」

 

 エッジから怒声を浴びせられて、胸先からしびれるような甘さが走る。

 のけぞりながら、何ともはしたない声を上げてしまった。

 

「昔っから口噛むなって言ってるだろが」

「そ、そっちこそ……噛まないでちょうだいっ……!」

 

 見なくてもすぐわかる。自ら唇を噛んで傷をつけた。

 その罰として、歯を立てて胸の先を噛んできたことぐらい。

 

「いつもやってたことだろが。なんで今日はだめなんだよ」

「だ、だめって訳じゃ」

「——だったら、これは何なんだ?」

「ひゃっ!?」

 

 胸の先をつんつんつっつかれて、身体をびくりと震わせる。

 

「ぴんっぴんに立たせやがって……! そんなにオレに噛んでもらいてえのか?」

「うぅ、っ……」

 

 目を閉じたまま、全身をかすかに震わせながら。こぼれそうな声をぐっとこらえる。

 胸を散々いじられて、先がつんと尖っていることぐらいわかっている。

 

「……なあ、リディア」

「ぅ、っ……」

「目ェ開けろって」

「……」

「ほら。なんもしねえから」

 

 胸の片方を円のように撫で回していた手が止まった。

 

 言葉遣いは悪いが、それまでとは打って変わって優しい声で話しかけられて。

 流されるかのように、恐る恐る目を開けたところ。

 

「!?」

 

 もう片方の胸の頂きに、エッジが顔を寄せて。

 舌先で尖りを舐めようとしていて、ぎょっと目を丸くする。

 

「やっ……ぁん……」

 

(うそつき!!)

 すぐさま胸に甘い痺れが走り、声を上げてしまった。

 そんなリディアをよそに、エッジが止めていた手を再び動かして。

 こちらを見つめながら、リディアの胸を堪能し始めた。

 

「っ……!」

 

 大嘘つきの男と視線が交差した瞬間、胸が高鳴る。

 それでもゆるゆると動かした右腕で、再び目元を覆い隠した。

 

「そんなに嫌か」

「そ、そう、いう訳じゃ……え?」

 

 沈んだ声と共に愛撫が止まり、上体を起こしたのだろう。

 エッジの気配も遠ざかっていく。

 

「どうしたの?」

「今日はもう……辞めとくか?」

 

 エッジが残念そうな声で中止を提案してきたが。すぐ真意を見抜いた。

 

(それは、あたしにカマをかけるための演技でしょ!!)

 今辞めたら、めちゃくちゃ落ち込むくせに。よくそんなことが言えたものだ。

 

「……ッジが悪い……」

「あぁ?」

「エッジの顔見ちゃうと、だめなのっ……」

「顔?」

「……意識しちゃう……!」

 

(先が保たないよ!)

 リディアは腕で目元を押さえたまま。エッジの顔に責任を押し付けた。

 

「……へぇ、そういうことなぁ」

「あぁっ!」

 

 エッジが素早い動きで、リディアの右腕と左手を強引につかむ。

 すると、両手首をリディアの頭の上にまとめて縫い付けた。

 

 目をつむったまま手首を動かそうとしても、びくともしない。

 力では、長年修行を積み重ねている忍者の頭領さまには到底敵わない。

 

「ふ、ぁっ!?」

 

 再びエッジの気配が近付いてきて、上に覆いかぶさってきた。

 そう思っていたら、もう片方の手で太腿をするりと撫でられてしまった。

 

「やぁ、っ……!」

「おっ、今日はペース早ええなぁ」

「っ……お、音立てないでぇ……!!」

「ほぐす必要ねえか」

 

 エッジの手が、リディアの太腿から足の付け根——秘所に移った。

 

 その場所を指でなぞられる度に、ぐじゅぐじゅいやらしい音が聞こえてくる。

 下腹部にもじわじわ熱がこもっていく。

 

「や、だぁっ! あぁぁ……聞かせないで、ぇ……」

「オレの顔効果で感度良くなったか」

「そ、っ……そうだよっ!? 悪い!?」

「いや? むしろ光栄だな」

「う……!」

「つーか、最初っからそう言えよ」

 

 —— —— ——

 片方の胸をやわやわもみしだかれながら。

 もう片方の胸の先を舐められ、噛まれ、つままれ、吸われ、つつかれ……。

 胸への愛撫のフルコース。

 そして生まれて初めて、常時こちらに向けられる『エッジ』の猛々しい視線。

 

 更にこうして、指で秘所をいじられている。

 本日リディアは、いつも以上に身体の奥から蜜をあふれさせている。

 —— —— ——

 

「は、恥ず……かしい……もん」

「おまえ、まだ言うのか!?」

「はぁ、っ……言うよぉ……」

 

 ただでさえ目を閉じていても、エッジを意識してしまうのに。

 顔を見続けたら、前戯の時点でタカが外れてしまいそう。

 快楽を欲して絶頂を迎えるより、羞恥の方が勝っていて。

 顔を見ないように目をつむり、必死で快感に耐えていたのだ。

 

「普段はくそエロい服着てるくせに、セックスん時だけ処女ぶりやがって……! 調子いいこと言うんじゃねえ」

「そんなことな、っ、あぁ……ぁ、っ」

「——とっとと恥なんか捨てちまえっ」

「やだぁ、あぁん……!」

 

(ほっといてちょうだい!)

 エッジが指を動かしながら、愉悦をにじませた声で話しかけてきた。

 黙って察して欲しかったのに、意地悪にも程がある。

 

 目を閉じたまま、首をぶんぶん横に振って抵抗するも。

 身体はエッジの指に反応して、秘筒の奥から蜜をこぼし続ける。

 そのせいで耳に届く水音が次第に大きくなっていき、羞恥を煽られる。

 

「っ……やぁ……」

「ま、いいや」

「ふぁ、っ……??」

「目ェ開けたら辞めてやる」

 

 提示された条件に従い、目を開いてみたら。エッジが力のない笑いを浮かべている。

 視線がかち合うと、秘筒を出入りしていた指をすっと引き抜いてくれた。

 

「やっと、こっち見たな」

「っ、ひどい……」

「おまえに頼みがあんだけど」

「……なに?」

 

 エッジが眉を寄せて、真剣そうな顔つきでこう言った。

 

「出来るだけでいいからさ、オレの顔見て抱かれてくれねえか?」

「え」

「せっかくの初夜だ。——おまえと一緒に気持ちよくなりてえんだよ」

「……!」

 

 こちらを窺うエッジの表情や声が何とも頼りなさげに見えて、はっと我に返る。

 

「ごめん……」

 

 しぼんだ風船のごとく、しゅんとした顔でうつむいた。

 

「なんだ急に」

「エッジの気持ち……考えてなかった」

 

 謝ったものの、申し訳なさで顔を上げられない。

 エッジの事情や希望を無視して、自分はわがままや文句ばかり……情けない。

 

 —— —— ——

 真月でようやくエッジと恋人になることが出来た。

 その途端、エッジはリディアとセックスする気満々。

 

 セシルたちと共同生活中なのに、そんなこと出来る訳がないのに……。

 そこでリディアは考えた。

 

 夜通しセックスしたくてたまらない。

 昔からそんなオーラが、エッジからぷんぷん漂っていた。

 その割には一度しか実現したことがなかったため……。

 

『青き星を守るまではキスで我慢。星を守ったら一晩だけ朝まで何度も抱いていいよ』

 

 そんな『真月を追い払ったごほうび』を提示してあげた。

 

§

 

 ところが、その数日後。『ごほうび』は当分延期になってしまった。

 リディアがクオレを引き取った。それが延期の理由だ。

 

 クオレの育児で大変なのに、夜通しセックスは翌日に響く。

 何よりクオレに、教育上問題がある場面を見られたり聞かれたりする恐れがある。

 —— —— ——

 

(次は、いつここに来れるかわからないし……)

 エッジは『ごほうび』を先延ばしされただけでなく。

 明日からしばらくの間、自国の復興に集中せねばならない。

 せめて今夜ぐらいは。

 そう思って、人生最後のとっておきの術を使ってここに来たはず。

 心底満足出来ない状態で、初夜を終えたくないだろう。

 

「謝んな」

「わっ」

 

 エッジがリディアの両手首をぱっと離し、身体を抱きしめると。

 自分の額をリディアの額にくっつけてこう言った。

 

「オレもがっつきすぎた。もうちょい抑えるようにすっから」

「……ほんと?」

「ああ。——ってことで。頼み、聞いてくれるよな?」

 

 エッジが左目を細めて、そうささやいてきた。

 優しい声でのそれを聞いて、エッジが今までの暴挙を省みてくれるように思えた。

 

「……うん、いいよ」

「ありがとな」

 

 頼みを受け入れてもらい、エッジがお礼を述べて顔を離した。

 

 若い頃は好き勝手し放題だったが、少しは反省出来るようになったようだ。

 エッジにそう感心していた矢先。

 

「——じっとしてろよ」

「え……うわっ!?」

 

 突然身体が宙に浮いた。そう思っているうちに、ベッドの壁を背に座らされた。

 

(まさか、また騙されちゃったの……?)

 ものすごく嫌な予感に襲われて、胸騒ぎを覚えていると。

 エッジがリディアの両足を大きく開いて、その間に入り込むように這いつくばった。

 

「ちょっと、何す」

「——綺麗にするとこ見せてやらねえとな」

「っ!?」

 

 歯切れのいい声でエッジからそう言われて、息を呑む。

 ……やっぱり、騙された。

 

「っ、さっき抑えるって言ったばっかりじゃない!?」

「これでも『十分』我慢してんだよっ」

 

(これのどこが我慢なの!?)

 うかつに要求を呑んでしまったことを後悔するも、もう遅い。

 

「や、やだ……やめ」

「——目ェ逸らすんじゃねえぞ」

「ひ、っ……」

 

 リディアを遮り、こちらをぎろりとにらみながらエッジが秘所に顔を寄せた。

 

 何度も恥ずかしい場所を舐められている。それはいいにしてもだ。

 だいすきな人の顔を見ながらなんて……。無茶なことを言わないでくれ!

 心の中でエッジをそう罵っていると。

 

「ふ、ふ、あぁぁんっ……!」

 

 エッジがこちらを窺いながら赤い舌を伸ばし、秘所を弄び始めたことで。

 憤りは瞬く間に、甘い官能によって吹っ飛ばされてしまったのであった。

 

§

 

 羞恥心が強いせいで、どうしてもエッジの顔を直視出来ない。

 何とかやり過ごそうとして、目を閉じたり、そっぽを向いたりしたものの。

 

『こっち見てろっつったろが』

 

 エッジに怒られた挙句。秘芽をダイレクトに舌でねぶられる。

 

 それに身悶えながら泣く泣く顔を見て、やっと罰ゲームから解放……。

 それを数度繰り返した。

 

 結果、リディアはまたもや白旗を上げて、ささやかな抵抗とばかりに。

 エッジの頭を両手で押さえながら、与えられる快感に浸り続けるしかなかった。

 

§

 

「はぁ……っ……」

 

 ぴちゃり、くちゅりと淫らな水音に混ざり、荒い息遣いが聞こえてくる。

 エッジが『わざと』音を立てたり、息を吐いたりして。

 リディアに聞かせようとしているのがバレバレである。

 

(今日が雨だったらよかったのになぁ……)

 現在リディアたちがいる空き部屋は、至って静かなもの。

 物音や息遣い、あえぎ声をはっきり耳が拾ってしまうということでもある。

 

 こういう時、ミストの雨は便利だ。

 土砂降りの激しい雨音が、音や声をある程度上書きしてくれる。

 それなのに、本日は運悪くミストは晴れ。外から雨音は全く聞こえない。

 

「ぁ、っ……!」

「……」

「ふぁ、あ、ぁぁ……っ」

 

 降りもしない雨を待ち望み、エッジと視線を交わし合いながら。

 秘所を舌で犯され続けてから早数分。

 

 視覚効果は凄まじい。

 だいすきな人に見られているというだけで、これまで以上に気持ちがいい。

 

 その一方で、未だ捨てられない羞恥心から時折逃げたい衝動に駆られてしまう。

 けれど、背後は壁。エッジにもがっちり腰をつかまれていて逃げ場はない。

 

「お、お願い、もう……やめ」

「——やめねえ」

「っ、ああぁんっ……!」

「こういう時の『やだやめて』は『いいぞもっとやれ』だからなぁ」

「ふぁ……」

 

 エッジが少し顔を上げて楽しそうな声で反論し終えると、再び足の付け根に顔を寄せる。

 すぐにふっと息を吐いてから、舌で秘所の愛撫を再開させた。

 

 直接いじられていないのに。息を吹きかけられただけで感じてしまった。

 リディアが涙目で恨みがましくにらんでも。

 エッジは恥ずかしい場所の『お掃除』に必死。ちっとも気付いてくれない。

 

(い、いじわる!!)

 逆に『もっとやれ』と言ったところで、どうせエッジのことだから。

 調子に乗って、今以上に秘所を舌で犯してくる。

 

 言葉尻をとらえて都合よく解釈するとは、なんてひどい男だろう。

 言い返してやろうか。そう思ったのも束の間、新たな刺激が訪れた。

 

「ぁ……っ!?」

 

 下腹部に甘さが混じった圧迫感——エッジが指を秘筒の中に入れてきた。

 

「やっ、い……入れないで……」

「嘘つくな」

「あぁぁ、っ……」

 

 リディアが弱弱しく制止の言葉を口にするも。

 エッジは即座に否定して再び秘所に顔を寄せると、熱い舌で舐め始めると共に。

 秘筒へ侵入した指をくにくにと動かし始めた。

 

(あたしが『歩く媚薬』なら……エッジは『性欲のけだもの』じゃない!!)

 リディアの身体を余すことなく堪能するために。

 平気で嘘をつくわ。卑怯な手段を用いるわ……。

 

 エッジならそれぐらいのことはやるかもしれない。そううすうす予想をしていたけれど。

 実際にがっつき具合を目の当たりにすると、最後までついていける自信がない。

 

§

 

 もっとも憤りを感じたのも、最初のうちだけ。

 とうの前より、エッジはリディアの身体の中の弱い箇所を把握している。

 そこを指先で擦ったり突いたりされたら、ひとたまりもない。

 

「っ……」

「……声我慢すんなよ」

「あっ、っ……ぅ……」

 

 早々と諦めの境地に達して、『性欲のけだもの』の頭をつかんだまま。

 涙をためながら、快楽にあえぐしかなかった。

 

 ここまで幾度もなく口付けを交わして、エッジを味わったことで味覚を。

 今も昔も変わらない、汗ばみがかすかに混ざるエッジの匂いで嗅覚を。

 わざと音を立てながら。秘所の中と外を弄られ続けられることで、聴覚と触覚を。

 そして、終始エッジから鋭い視線を向けられることで視覚を。

 ……五感を全て掌握されてしまえば、太刀打ち出来ない。

 

「ふぁ、ぁ……っ」

 

 程なくして太腿が、ぷるぷるけいれんを起こし始めた。

 下腹部の熱は膨らみを増して、今すぐ破裂しかねない。

 

「ぁ、っ……イ、イク……も、う、イっちゃう……っ!!」

 

 じき絶頂が訪れる。そう察して、エッジに懇願するような声で。

 無意識のうちにあられもないことを口にしていた。

 

「イケよ。——見ててやっから」

 

 エッジが獲物を狩るような視線を向けながら、そう告げると。

 指の動きを更に激しくさせて、音を立てながら秘芽にむしゃぶりついた。

 

「ひっ、ああぁ、っ——」

 

 あっけなく絶頂に達してしまい、両足をぴんと伸ばして。

 声にならない声を上げながら、身体をびくびくっと震わせる。

 その際、エッジの頭をつかんでいた両手をぱっと離してしまった。

 

「っ……!」

「あっ」

 

 指先がエッジの顔の右半分を覆う布に引っかかり、大きくずれてしまった。

 その瞬間、エッジの右眉から頬にかけて真っ直ぐ縦に伸びた一本の筋。

 ……数年前、リディアが付けてしまった傷が視界に飛び込んできた。

 

「うわ、やべ……」

 

 リディアに顔の傷を見られたからだろう。

 エッジが咄嗟に右顔半分を押さえると、さっと上体を起こして背を向けた。

 

(あれ……??)

 一方リディアは、荒い息を整えながら自身の目や胸をぺたぺた触る。

 これまでエッジの顔の傷を視界に入れた瞬間。

 目の痛みや息苦しさが起こっていたはずなのに……。

 

「……ねえ、エッジ」

「ああ、悪りぃ。ちょっと待っててくれ」

「違うの」

「え?」

「そのまま……こっち向いて欲しい」

 

 布を巻き直しているエッジの背に向かって、すがるような声で名を呼ぶと。

 上体を起こしてシーツを引っ張り、ささっと身体を隠す。

 時同じくして、エッジがこちらを振り返ってくれた。

 

「おい、まさか……!?」

「うん……! そのまさかだよ」

「っ、何ともねえんだな!?」

 

 エッジが信じられないというような表情で、布を傍らに投げ捨てると。

 リディアの野ざらしの両肩をぐっとつかんできた。

 

「うん。痛くも苦しくもないよ……」

「っ……!」

 

 脱力したかのような表情を一瞬見せてから、リディアを抱きしめてくれた。

 

「やっと治ったか……!」

「時間がおくすりって、よく言ってくれたけど……本当だったよ」

「ああ……」

「ちょうどいいタイミングで治ってよかったね」

「っ、そうだな……」

 

(ずっと気にしてくれてたもんね……)

 身体を震わせながら口にした、安堵の言葉の数々から。

 エッジが万感胸に迫る思いでいるように感じた。

 

 —— —— ——

 エッジの顔に傷を付けた自責により、リディアはエッジの顔を見れなくなった。

 しかも、傷を付けた右手で包丁や金属の刃が持てなくなった。

 

 右手の症状が治り、包丁が持てるようになったのは、その翌年のクリスマス。

 この日の夜。自宅にケーキを届けに来てくれた『ツクヨミ』に。

 エッジへ快癒したと伝言を頼んだことがある。

 

 その日『ツクヨミ』を演じていたのは、今目の前にいるエッジだった。

 リディアから伝言を受け取り、自宅から去った後。

 今のように喜んでくれていたのだろう……。

 —— —— ——

 

「ねえ」

「あ?」

「顔、もっとよく見せて」

「いいぞ」

 

 リディアは身体を離すと、伸ばした両手をエッジの両頬に添えて。

 約7年ぶりとなる、エッジの素顔をのぞき込む。

 

「近くで見るの……久しぶり……」

「惚れ直したか?」

「うん」

「40にゃ見えねえって言われるぜ」

「目元だけしか見えてないのに、老けたか若いかどうかぱっと見じゃわかんないよ?」

「っ、言えてるな」

 

 エッジと言葉を交わし合いながら、リディアは改めて惚れ惚れする。

 

 出会った頃より少し伸びた銀色の髪。

 刀のような鋭い切れ長の目。

 すっと通った高い鼻に、滅多に見られない薄い唇。

 

 顔の傷が気にならないぐらいには、エッジが美形であることには変わりはない。

 この世で最も美しい男性と名高い、ギルバートの顔の造形より……。

 

「あっ」

 

 すきな人の顔を視覚で堪能していたら、小さな声を上げた。

 傷を覆い隠していた布が外れたおかげで。

 これまで気にならなかったものが目についてしまったのだ。

 

「どうした」

「しわ、増えちゃったなぁ……」

「!!」

 

 改めてすぐ近くで見ると、目元にしわが刻まれている。

 

 最後に顔を見てから7年が過ぎて、現在エッジは40歳。

 彼と同い歳のジャンヌも、近頃シミやしわを気にするようになったし。

 加齢による肌老化は避けられない。

 

「これじゃ、パロムにおっさんって呼ばれてもしょうがないか」

「何だと……!?」

「あっ、大丈夫だよ!」

 

 治った喜びの興奮が冷めやらず、無意識に所感を述べた。

 エッジが顔を険しくさせたことに気付かぬまま、なおも続ける。

 

「まだ加齢臭は」

「——おっさん扱いすんな」

「あっ」

 

 エッジに低く重い声で遮られて、やっといつもの癖に気付いたが。

 目の前に大きな骨ばった手が迫ってきていた。

 

ぱちん

 

(来る!)

 そう思ったものの、遅い。弾けるような音と共に額に軽い痛みが走った。

 

「っ、痛ったぁ……」

 

 両手で額を押さえると同時に、痛みはすぐ治まった。

 

 過去にエッジからデコピンされたことは何度もあったが。

 こんなに痛かったのははじめてかもしれない。

 それだけ失礼なことをうっかり言ってしまったということだ。

 

「ムード台無しにすんなよ」

「ごめん……」

「ったく。その癖、死ぬまで治んねえな」

「……!」

 

 一瞬ぽかんとしたが。エッジがぼやいた『癖』という言葉で思い出した。

 

 余計なことをうっかり口に滑らせてしまうのは、リディアの悪い癖である。

 それを正さんとばかりに、エッジが怒鳴る、注意する、ではなく。

 子どものようにリディアの額を指で弾くのが常だった。

 

「っ、ふふ……あはは……っ!」

「なんだ急に」

「もう40なのにデコピン、っ……!」

 

 ぷっと吹き出してから、両手をお腹に当てて笑い始めた。

 呆れたような声でエッジが何か言っているのを気にもせず。

 

「んだよ。ガキみてえって言いてえのか」

「それでいいの。ずっとこのままでいてほしいぐらいだよ」

「あぁ?」

「わたしね。——子どもみたいなエッジもだいすきなの」

「……っ!」

 

 満面の笑みを浮かべると、エッジが息を呑む音が聞こえてきた。

 

 —— —— ——

 エッジは立場上必要に迫られて、お城ではつっけんどんな態度をとっている。

 けれどミストにやってきた時は、子どもたちと触れ合ったり。

 リディアにいたずらやちょっかいをかけたりする。

 そんな一面も、エッジを好きになった一因であった。

 

 初めて薬草園に連れて行ってもらった時。

 エッジが『芯』の話をしてくれたことがある。

 

 この世は、諸行無常——万物には常に変化がつきまとい、いつか終わりを迎える。

 その中でも変わらないでいられるものが『芯』なのだと。

 

 かねてからリディアはエッジに対して、こんな期待を密かに持っていた。

 祖国エブラーナやそこで暮らす民、そして自分。

 それらに加えて子ども心も、エッジの『芯』だったらいいのにと。

 —— —— ——

 

 期待が的中し、悪い癖の反省よりも喜びで胸がいっぱいになっていると。

 エッジに軽く頭を撫ぜられた。

 

「ちょっと待ってろ」

 

 そう言い残して、ベッドから降りてしまった。

 

「暑っち……」

「!?」

 

 何かつぶやきながら、腰に巻いていた帯に手をかけている。

 そんなエッジの姿を目にした途端。慌てて背を向けた。

 

(い、今から本当に抱かれる……)

 しゅるしゅる帯を解く音や、身に着けていた浴衣をばさりと投げ捨てる音で。

 見えなくても、エッジが服を脱いでいると丸分かり。

 

 顔を赤くさせながらも、胸の鼓動が早くなるのを感じていたら。

 ぎしぎしベッドがきしむ音が聞こえてきた。

 エッジが(裸で)戻ってきた。そう察して、思わず身を縮こませる。

 

「どうした」

「……なにも」

 

 エッジに声をかけられたが、小さな声で返事をするだけでいっぱいいっぱい。

 

 エッジの身体は『ツクヨミ』を演じていた頃に何度も見ている。

 その頃はさほど抵抗はなかったが、今日はだめだ。

 そこにエッジの顔がくっついているのだから、意識せずにはいられない。

 

 足の付け根の真ん中で、今そそり立っているであろうエッジのモノすら。

 リディアは未だ直視出来ないのに。

 

「急にそっぽ向いて、何もはねえだろ」

「別に」

「——まだ恥ずかしがってんのか?」

「ひゃっ!」

 

 強引に身体を回されて、再びエッジと向き合う形にされた瞬間。

 日々の修行のおかげか。筋骨隆々というより引き締まっていて。

 しなやかでたくましい裸体が視界に飛び込んできて。ますます顔を赤くした。

 

「『ツクヨミ』ん時から嫌ってほど見てんだろ」

「ああっ、やだぁ……!」

 

 続けてエッジにシーツをべりっとはがされ、容赦なく真っ裸にさせられてしまった。

 

「ひど……」

「そうだなぁ……」

「!?」

 

 文句を言おうとしたら、エッジが独り言をつぶやき、眼光をぎらりと光らせる。

 どうせまた、ろくでもないことを考えたに違いない。

 

「わっ!?」

 

(一体何をされるんだろう……)

 戦々恐々としていると。エッジに軽々と抱きかかえられて。

 彼の膝の上にまたがるように座らされてしまった。

 

「あ、あの……」

「自分で、『こいつ』入れてみろ」

「え……っ!?」

 

 こちらを見上げながら、エッジがにやついたような顔で。

 対面座位を要求してきて、目を大きく見開いた。

 

「あ、あたしが上!?」

「腰落としゃいいだけだ」

「う……」

 

 これぐらい余裕で出来るだろう。そう言わんばかりに。

 エッジがさらりと答えてくれたが、戸惑ってしまう。

 

(無茶なことばっかり……!)

 これまでエッジと散々まぐわってきたが、最初はいつも正常位。

 最初に限らずほぼ8割方それ。もちろん対面座位は未経験である。

 

「何事も経験って言うしな」

「……」

「ほら、やってみろ」

 

 戸惑うリディアを意に介さず、エッジが片方の手で自身のモノをつかんで。

 秘所の入口にあてがう素振りを見せながら。もう片方の手をリディアの腰に添えた。

 

「……わかったよ」

「おう、その調子でがんばってみろ」

 

 意を決して、エッジの両肩に両手をついて腰を上げた。

 

(今日やらなくても、いつかやらされちゃうもん)

 セックスに関しては、全くもってこの男には敵わない。

 既にそんな境地に達していたため、切り替えも早いものである。

 

「ん、っ……」

「ゆっくりでいいぞ」

 

 エッジに腰を支えられた状態で、少しずつ身体を落としていく。

 

 前戯で十分に濡れていたのだろう。

 下腹部に圧迫感を感じるようになってきたが、痛みはない。

 

(エッジが……入ってくる……!!)

 そのおかげで、エッジとひとつになれる喜びで胸が高鳴って仕方がない。

 

「はぁ、っ……」

「っ……きっつ……!」

 

 身体の奥の奥に圧迫と熱を感じる。楔が全て入ったようだ。

 

(エッジも……感じてるのかな?)

 眉を寄せたエッジの顔を視界に入れながら、両手を首に回すと。

 肩に額をつけて、エッジにしがみつくような姿勢で息を整える。

 

「はいった、よね……?」

「ああ。よくやったな」

「はぁ、っ……」

 

(褒められちゃった)

 エッジに髪をぐしゃぐしゃっと撫ぜられ、そのままの姿勢で。

 リディアがしばし充足感に浸ろうとしていたところ。

 

「そんじゃ、腰動かしてよがってくれ」

「え゛えっ!?」

 

 エッジの言葉を耳にするなり、顔をさっと上げた。

 

(急にハードル高くしすぎだよ!)

 男性側が下になるも、動いてくれる対面座位。てっきりそう思っていたのに。

 まさか上になった女性側が腰を動かさねばならない、騎乗位だったとは。

 

 信じられない面持ちでエッジをちらと見ると、にたぁとした笑みを浮かべている。

 

「冗談だ」

「もうっ……!」

 

 ぷうと頬をふくらませて、エッジを恨みがましくにらみながらも。

 リディアは心の中で安堵していた。

 

(よ、よかった……)

 完全に羞恥を捨て切れていないのに、エッジに見上げられながら。

 自ら腰を振って欲を貪る体位なんて出来ない。

 

「もう少しこのままでいようぜ」

「うん、いいよ」

 

 突然ふっと緩んだエッジの表情は、けだものが人間に戻ったよう。

 そうリディアの目に映った矢先に、エッジが両手を伸ばしてきた。

 

「エッジ……?」

 

 骨ばったごつごつの両手で頬を包まれる。

 

「……おまえとこんなこと出来るって……思ってなかった」

「今やってる最中じゃない」

「まだ……信じられねえんだよ」

 

 目を潤ませて、うっとりとしたような表情で見上げるエッジを見て。

 また女神扱いされている。そう思ったが、すぐ考えを改めた。

 

(死ぬまでごまかしながら、お付き合いするつもりだったから……)

 ほんの数日前まで、エッジは『ツクヨミ』とWキャストを演じていた。

 こうして本来の姿で、リディアとまぐわうつもりは全くなかったのだから。

 今は天にも昇る思いでいるかもしれない。

 

「なあ、リディア」

「なぁに」

「一番最初のこと、覚えてるか」

「最初……?」

 

 エッジが出会ったばかりの頃を回顧するつもりでいる。

 

 暴露大会で『最初で最後』と言っていたはずなのに。

 リディアの心的外傷が快癒したことに感極まって、何か言いたくなったのかもしれない。

 

「オレが死ぬすれすれで、ローザの厄介になってた時だ」

「……うん、覚えてるよ」

 

 脳裏に、エッジと一番初めに出会った情景が蘇る。

 

 —— —— ——

 ローザに白魔法で施しを受けるエッジを、リディアは黙って見ていた。

 地に横たわる王子さまの痛々しい姿と。

 白魔法を使えない自身の無力さに、涙をこぼしながら。

 —— —— ——

 

「あれから、もう13年も経つんだね」

「おまえも言ってるうちに30だな」

「……ここまであっと言う間だったねぇ」

 

 時が経つのは早いものだ。

 そう思いながら、しみじみとこぼしたリディアの頬を。

 エッジがざらついた指で優しく撫ぜながらこう言った。

 

「おまえ、そん時さ」

「え」

「オレのこと、一度も目ェ逸らさねえで見てたろ」

「っ!? 気付いてたの……?」

「ああ。べそもかいてたなぁ」

「そこまで……?」

 

 —— —— ——

 当時エッジは瀕死の状態だったから。

 リディアが見ていたことなんか、気付いていないだろう。

 —— —— ——

 

 長年抱えていたそんな思い込みが、エッジその人の証言で崩れ去っていく。

 驚きを隠せないリディアをよそに、回顧はまだ続く。

 

「んで、治って早々からルビカンテんとこ行こうとしたオレを……止めてくれたな」

 

 エッジが感慨深げにそう言った瞬間。当時の出来事が、頭の中で走馬灯のように駆け巡る。

 

 —— —— ——

 ローザに治癒された直後。エッジが仇を討ちに行くと言い出した。

 相手はエブラーナ城を襲い、エッジの両親を人としての死に追いやったルビカンテだ。

 

『うるせえ! 行かせろ!』

 

 セシルたちに止められても、エッジは言うことを聞かない。

 仇を討ちに行くというより、自ら死に急いでるように見えて仕方がない。

 

 リディアはその様子を遠巻きから見ているうちに。

 この洞窟に来る前、シドやヤンが自分たちを先に行かせるために。

 自ら命を犠牲にしてくれたのを思い出した。

 

『やめて! これ以上人が死んじゃうのはいやよっ!』

 

 リディアがそう泣き叫んだことで、エッジは仇討ちを諦めめてくれた。

 —— —— ——

 

「綺麗な女に泣かれて、挙句に死ぬなって言われちゃな……死ぬ訳にゃ行かねえだろ」

「でも、その時はまだわたし……」

「——知ってる」

「っ……」

「それでも、オレはそん時から……おまえのこと、綺麗で立派な女だって思ってた」

 

 —— —— ——

 ゼロムスを倒すため、魔導船で月に赴いて数日が経った夜。

 

『リディアはもう子どもじゃない。立派な女性だよ』

 

 エッジが当時の想い人セシルの声でささやいてくれた。

 やはり、あの時の言葉はエッジのまごうことなき本音だった。

 

 出会ったばかりの頃、エッジは子ども時代のリディアを知らないのに。

 ガキだガキだと子ども扱いしてからかってきたが、それは全て愛情の裏返し。

 今日までずっと、ひとりの女性として見てくれていた。

 —— —— ——

 

 エッジと結ばれた真月の夜。『一目惚れした』と教えてもらっただけだった。

 当時の状況と心情を当の本人から吐露されて、胸を熱くさせながら。

 どう答えてあげたらいいか、考えを巡らせる。

 

「見てくれはちっとも変わんねえが……世間知らずで危なっかしいって思ってたら、今はどうだ」

「……」

「ますます立派にな……!?」

 

 話し続けていたエッジの顔に、リディアは唇を寄せて口内に舌を入れた。

 自身の舌をエッジのそれと二度三度絡めると、すぐに顔を離した。

 

「っ、おい……」

 

 エッジが不意打ちを食らったかのようにこちらを見ている。

 

 驚くのも無理はなかろう。リディアから口付けたことは何度もあった。

 けれど、それは触れるだけの健全なものばかりで。

 舌を入れるような『おとなの口付け』は、これが生まれて初めてだったから。

 

「へへっ、お礼だよ」

「何の」

「え、何って……いろいろ」

 

 怪訝そうな顔をするエッジに、笑いながら首をこてんと傾けて答えてあげた。

 

 これまで人生に関わってくれた感謝の気持ちを、口付けとして届けてあげた。

 しかし、エッジに説明しても無駄なので抽象的な表現に留めておいた。

 

「礼されるようなこと、何もしてねえぞ」

「エッジが覚えてなくても、わたしにはあるの」

「知らねえなあ」

 

(やっぱり、ひけらかさない……)

 エッジがそっぽを向き、耳に指を入れてわざとらしく知らぬ仕草を見せた。

 予想通りの反応に、反論しない代わりに口をとがらせる。

 

 —— —— ——

 リディアはひとりで、立派な女になった訳ではない。

 いろんな人が関わってくれた。そのおかげで今の自分が出来たと思っている。

 中でも一番貢献度が高い人物が、目の前にいるエッジだ。

 

 なのに、当の本人は縁の下の力持ちに徹し続けて。

 リディアにああしたこうしたと絶対ひけらかさない。

 

『エッジのおかげだよ』

『もっとアピールしていいんだよ』

 

 そう言っても『知らねえ』とかわされて、おしまい。

 —— —— ——

 

 そんなエッジにお礼を届けるには、口付けしか方法が思いつかなかったのだ。

 

「そんなにお礼してえのか」

「うん」

「だったら、今から身体で返してもらうか」

「……いいよ」

 

 さすが『性欲のけだもの』(リディア命名)だけあるが。

 今から本格的にまぐわうのだし、別にいい。

 一瞬間を置いてから、エッジの頼みを快諾した瞬間。

 

「わぁっ……」

 

 エッジに抱えられた状態で押し倒されてしまい、仰向けにさせられた。

 

「正面ばっかじゃなぁ」

「あっ……」

 

 エッジが上体を起こしながら、楔を引き抜いた直後。

 言葉とは裏腹に、ガラス細工を扱うような繊細さをもって。

 仰向けからうつ伏せへ、身体をくるりと回転させられた。

 

「——ぁ、あぁぁんっ……!!」

 

 視界が白いシーツの海一色に変わり、腰をつかまれると。

 背後から一気に貫かれ、喉を反らして甘い嬌声を上げた。

 

「ぅ、っ、締め付けんなっ……」

「あ、っ……お、奥……深いっ……!!」

 

 怒っているような声が聞こえたが、楔の抽送が始まり、何度も身体の奥を穿たれる。

 その度に快感が襲ってきて、質問どころではない。

 

「……ぁ、あ……っ……!!」

 

 甘く激しい刺激をやり過ごすため、あえぎながら両手でシーツを力いっぱいつかむ。

 すると、エッジが背中に覆いかぶさってきて、更に激しく腰を揺らしてきた。

 耳やうなじや上背を祇められて、甘い声を上げ続ける。

 

 音もまぐわいも全て隠してくれる結界があってよかった。

 小さなクオレにこんな痴態を見せる訳にはいかない。

 

「っ……リディア」

「はぁ、っ……な、なに……?」

 

 ふいに背後からエッジに名を呼ばれ、ゆっくり首を後ろに動かすと。

 すぐ目の前に、エッジの顔があった。

 

「……愛してる」

 

 至近、いや、ほぼゼロ距離で愛の言葉をささやかれた。

 これまでも幾度となく、セシルの声や『ツクヨミ』でささやいてくれた言葉だが。

 エッジその人の姿や声でのそれに勝るものはない。

 

(あ、あたし、も……!!)

 すぐに返事してあげたいのに。今は酸素を胸に入れるのが精いっぱい。

 

「おまえは……オレのもんだ」

「……っ、ああぁん……!」

「覚悟しとけ、っ……逃げたら幻獣界や……地の果てまで……どこまでも追っかけて捕まえてやっから……!!」

「ふぁ、ぁぁ……」

 

 エッジが時折荒い息をつき、楔を抜き差ししながら鼓膜に言葉を注ぎ込むと。

 リディアの右手の甲や指を労わるようになぞりはじめた。

 

(これは……!)

 脅しのような言葉と裏腹に、右手に優しく触れてくれる。

 エッジが数年ぶりに、あめとむちのような接触を図ってきた。

 

(やっぱり……あの時と変わってない……!)

 この手があったからこそ、エッジを嫌いになるどころか好きになった。

 この手があったからこそ、エッジと今こうしていられる。

 嬉しさのあまり、シーツを握る右手を離してエッジと互いの指を絡ませ合う。

 

「エッジ……あ、ぁ……あたし」

 

 名を呼ばれて、エッジが腰の動きを止めた。

 

「ぁ、っ、あたし……逃げないっ……ずっとそば……いる……」

 

 すきな人がじっとこちらを見据えてくる中。

 リディアは荒い息をつきながら、切れ切れに言葉を届けた。

 

 エッジは人生になくてはならない、リディアのだいすきな人。

 誰よりも自分のことを気にかけて、幸せになれるように努力を惜しまない人。

 そんなエッジとふたりでずっと生きていく。そう決めたのに、逃げる訳がなかろう。

 むしろ心配なのは……。

 

「っ、エッジも……もう、逃げちゃ……やだぁ、っ……」

 

 二度と逃げないで欲しい。

 リディアがあえぐようにねだると、エッジが目を閉じてしまった。

 

「エ、ッジ……?」

「っ、心配……すんな」

「……!?」

 

 恐る恐る声をかけると、エッジが目を開いてくれたが。

 瞳がそれまで以上に、ぎらぎら鋭い眼光を放っている。

 

「もう逃げねえよ……!」

「あ、や、ぁっ!」

 

 エッジが両手で、リディアの両脇をそれぞれ抱え込み。

 それまで以上にべったり身体を密着させて、小刻みに腰を前後させる。

 秘筒の中を搔き乱しながら、耳元に近付いてきた。

 

「死んでもっ、離さねえからな……!」

「ぁ、ぁあ……はぁんっ……」

 

 背後からエッジに低く重い声でささやかれた。

 いつもの末恐ろしい声すら快感に変わり、喉を大きく反らして甘い声で啼いた。

 

(けだものとは違う……)

 まるでエッジが、逃げ道を失くした手負いの獣に思えてきた。

 エッジにはリディアのいない人生なんか、あり得ない。

 

 そんな男に自分は全てを求められている、そう改めて気付けば。

 怖さやおののき、恥じらいなんかどうでもよくなってしまった。

 

§

 

 その後もエッジによって、身体のあちこちへ与えられる快楽を甘受し続ける度に。

 心や体を歓喜に震わせながら、嬌声を上げ続けていたが。

 後ろにエッジがいると顔をよく見れないし、口付けもし辛い。

 

「ふぁ、っ、エッジ……あの……」

「前がいいか」

「う、ん……」

 

(いつもそうしてたし……)

 最後——絶頂を迎えるなら、やはり正面で向き合った状態がいい。

 息を絶え絶えにしながら、そう遠回しに懇願すると。

 エッジがすっと楔を抜いてくれて、力尽きたかのようにうつ伏せ状態で横たわる。

 

「ほらよ」

 

 雑な言葉と相反し、今度はエッジが身体を優しく転がして仰向けにすると。

 すぐリディアの中に楔を挿れて、胸の先にかぶりつきながら腰を振り始めた。

 

「あ、ぁっ……」

「さすが、好きモノ……」

「な、なによぉ……エ、エッジ……のせい……っ、はぁ……」

「なんでオレのせいなんだよ」

「エッジが……あたし……好き、勝手したからぁっ………!」

 

 自分が好きモノであることは認めるが、そうなった原因はエッジにある。

 エッジと出会っていなかったら。こんなただれた行いや知識と縁がないまま、生を終えていただろう。

 

「——責任転嫁すんな」

「っ、あぁぁん……!!」

 

 文句を口にしたら、身体の奥に鈍く甘ったるい衝撃が走る。

 

(もう……好きモノでいい……)

 どう呼ばれたって構わない。それよりエッジが欲しくてたまらない。

 快感と熱が身体中に広がった瞬間。リディア自ら好きモノ論争に終止符を打った。

 

「エ……エッジ……」

「っ、どうした」

 

 快感をこれでもかと植え付けられて、身体だけでなく、頭の中も愉悦でぐずぐず。

 エッジに貪られるだけでは物足りず。逆にエッジを貪りたい衝動に駆られる。

 

「……も……っと……」

「はっきり言わねえとわかんねえぞ」

「ぁ、っ……足りない、の……」

 

 ゆらりと宙を彷徨うリディアの右手を、エッジが左手でつかんでくれた。

 それと共に、リディアの左手にエッジの右手が磁石のように吸い寄せられて。

 どちらかが言い始めるわけでもなく指を絡ませる。

 

「ま、まだ……」

「ちゅーも欲しいか?」

「そ、そう……エッジ……と……」

 

(ひとつに……なりたい)

 途切れ途切れな上に、言葉足らずでせがんだにもかかわらず。

 リディアの意をすぐ汲み取ってくれたのか。エッジが唇を重ねてくれた。

 

 くちゅ、くちゅりと音を立てながら、舌を絡ませ合う。

 ひとつになれることが、こんなに気持ち良くて……幸せだと思わなかった。

 

§

 

「あ、っ……あぁ……」

「っ……!」

 

 口付けを済ませると、リディアの中に収まっている楔の抽出が始まった。

 

「……そ、そこ、いい……っ……!」

「満足出来ねえなら言えよ」

「ああ、っ……そこ……もっと、っ、強く……っ!」

 

 やや乱暴に、とうに知られた弱い部位まで絶妙な間隔で抉られるも。

 既に羞恥を捨てており、あえぎ声に混じってリクエストするようになっていた。

 

 そんな中、脳内にぼんやりと浮かんだのは。

 13年前、魔導船の一室でセシルとローザがまぐわっていた場面。

 ふたりとも普段の清廉潔白さはどこへやら。

 互いを貪るかのように、身体をつないで愛し合っていた。

 

 —— —— ——

 普段見せないような痴態を相手に平気で晒せる。

 それぐらいには、愛する人に愛される喜びは羞恥を凌駕する。

 —— —— ——

 

(あの時、ローザもこんな感じだったんだ……)

 こうして今、本来の姿に戻ったエッジとひとつになれたことで。

 ローザの当時の心境がわかったような気がした。

 

「く、っ……!」

 

 程なくして、頭を上げたエッジの顔が視界にぼんやり入ってきた。

 限界が近付いてきたのだろう。苦しそうに顔を歪ませている。

 それが、どこか喜悦がにじんでいるようにも見える。

 

(これから……いっぱい見れるんだ)

 今まで目隠しやお面の向こう側で、いつもこんな表情をしていたのだろうか?

 7年という時間が、少しだけもったいないように感じたけれど。

 これから自分にだけいろんな顔を見せてくれる。そう思えば、楽しみでしかない。

 

「あ、あの、ね……」

「なんだ」

「今日、中……出して……」

「っ!」

 

 エッジはどれだけまぐわっても、リディアの中に出そうとしなかった。

 子を成せないとわかっているにもかかわらず。

 『ツクヨミ』としてお付き合っていた時も、2ヶ月前までずっと外に逃げて続けていた。

 

 —— —— ——

 その原因に、リディアはこんな予想を立てていた。

 4年前の妊娠疑惑で、リディアを困らせていたと後で知ったから。

 そして、もうひとつがコンプレックス。

 

 何も成せない白い欲を、リディアの中に残したくない。

 ……エッジがそう思っているからではないかと。

 

 もっとも、リディアは死ぬまで本人に原因をたずねるつもりはない。

 例え血が繋がっていなくても、自分たちには『娘』が出来たから。

 —— —— ——

 

 その時の状況に応じて、出すか出さないか決めたらいい。

 『ツクヨミ』との最後の逢瀬の時に、そう言ってあげた。

 今も出してと頼んだのだから、エッジも断りはしないだろう。

 

「……いいんだな」

 

 ためらうようにそうたずねてきたエッジに、黙ってうなずいた。

 これから毎回そうするかはさておき、せっかくの初夜だ。

 エッジの全てを受け止めてあげたい。

 

「後は任せとけ」

「ぁ、あ、りがと……」 

 

 エッジが事後処理を確約すると、再び腰を動かし始めた。

 

 下腹部からぐじゅぐじゅ愛液が混ざる音。

 互いの肌がぶつかり、ぱちんぱちん弾けるような音。

 淫らでただれた水音と、荒い息遣いや嬌声で室内が占められていく。

 

「エ、ッジ……」

「く……」

「……エッジ……」

 

 眉根を寄せて歯を食いしばっている。

 そんなエッジに、ぼんやりながらも眼差しを向けながら。

 うわごとのように愛する人の名を一度ならず何度も口にする。

 

 愉悦に染まる意識の中。身体の奥が破裂しそうな感覚を感じる。

 じきに絶頂を迎えると悟った。

 

「エッ、ジ……すき……」

「ああ……オレも、だ……」

 

 エッジがうっとりしたような声で答えると。

 更に腰の動きを激しくさせて、楔を奥へ奥へと打ち付ける。

 

(い、今、言わなきゃ……)

 快感と言う名の熱に浮かされるかのように、恍惚とした表情を浮かべて。

 自身の身体を貪るエッジの顔を視界に入れながら。

 リディアは残っていた力を振り絞らんと、すっと大きく息を吸った。

 

「っ、エッジ……あ、っ……あいしてる……!」

「っ!?」

 

 今の今まで一度も口にしたことがなかった言葉を、途切れ途切れで届けてあげた。

 その瞬間、エッジが目をかっと開かせた。

 

「だ……だいす……」

「く、っ……!」

「ふぁ、あっ……あぁぁぁ——!!」

 

 エッジが小さな声を上げた直後。身体の奥にずんと大きな衝撃が走った。

 全身におののくような甘美が電流のように通り抜けて。

 声にならない声を上げているうちに、意識が一瞬白く染まった。

 

 どうやら、エッジもほぼ同時に達したようで。

 胎内に熱いものを注がれているような感覚を感じた。

 それと共に、リディアの心が満たされていく。

 

「はぁ、っ……はあ……」

 

(イク時は……あんな顔、するんだ……)

 息を整えながら、だいすきな人が達した瞬間の顔を脳裏に浮かばせる。

 

「くそっ……やられた……!」

 

 終えたばかりの初夜の余韻に浸っていると。小さな声が聞こえてきた。

 

「……んだよ……最後の最後に……! 反則だろ……!」

 

 またエッジの悔しそうなつぶやき声が耳に届いた。

 

(もうちょっとだけ中にいたかったんだね……)

 生まれてはじめてリディアに『あいしてる』と言われたことで。

 うっかり絶頂を迎えてしまったことを悔いているようだ。

 

(でも、反則って言われても……困るよ)

 あの時は『あいしてる』と言いたかったのだから、仕方がないではないか。

 

 出来るだけ長くつながっていたかったら、耐えるしかないだろう。

 これからは気合いを入れるか、修行(?)するか。頑張っていただきたい……。

 心の中で、エッジにそんなエールを送ってあげた。

 

§

 

 その後、直前に交わした約束通り。エッジに後処理してもらった。

 以前と変わらない手際のよさに、改めてエッジに惚れ惚れするのと並行して。

 上げ膳据え膳待遇の継続を、こっそり祈ったのであった。

 

 

 

——数分後

 

 

 本日エッジが持参した、冷え冷えのびん入り飲料水を飲み干してから。

 リディアお待ちかねのいちゃいちゃする時間が訪れた。

 

 少し狭いベッドの上でシーツをかぶり、お互い向き合った状態で。

 エッジと雑談していたら。

 

「もうちょいしたらあっち行くか」

「えっ」

 

 エッジの言葉を聞いて、一瞬ぽかんとした。

 あと1回は抱かれるだろう。そう思っていたら、これまた珍しいことを言う。

 

「疲れちゃった?」

「いや。初夜は1回きりってお約束だし、クオレも初夜みてえなもんだから一緒に寝てやりたくてな」

「……そうだね」

 

(1回だけだったから、あんな無茶ばっかり言ってたんだ)

 理由に納得が行き、素直にうなずくと。ふとあることを思い出して。

 エッジの顔にそろそろと右手を伸ばした。

 

「うーん……」

「どうした」

 

 顔の傷を指でそっとなぞると、エッジが苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

 

「……顔がねぇ」

「おっさんって言いてえのか」

「違うよ」

「だったらなんだ」

「どうして、突然見れるようになったのかなぁって……」

 

 怪訝な表情を見せるエッジをよそに。傷をなぞりながら素朴な疑問をつぶやいた。

 

 最後に発症したのは、ほんの数週間前。

 真月で数年ぶりにエッジと再会した直後に、うっかり顔を見てしまった時だった。

 

「さっき自分で『時間が特効薬』って言ってたじゃねえか」

「そうだけど……」

「何が」

「包丁はすぐ持てたのに、こっちは今日まで時間かかったって……なんか変だよ」

 

 エッジの顔を見ただけで起こる諸症状は、7年近く続いていた。

 刃物を持った際に起こっていた右手の震えは、1年ほどで治ったのに。

 6年近くも時間差が生じるものだろうか??

 

「……わっ」

 

(何か原因わかったのかな?)

 エッジに右手をさっとつかまれ、神妙な面持ちでじいと凝視され続ける。

 

「……わかった」

 

 数十秒過ぎてからとエッジがつぶやき、リディアと自身の指を絡めながら。

 手をシーツの上に置くと、続けてこう言った。

 

「おまえのトラウマは、手ぇだけだったんだよ」

「じゃあ、顔は?」

「エミールの術」

「……そういう記憶見てたの?」

 

 当時エミールに何を指示されたか。リディアは全く覚えていない。

 エッジが見た白魔導士の記憶を頼るしかない。

 

「いや。オレの顔に傷付けろっておまえに命令してただけ」

「なんだ……」

 

 自身の立てた説を実証するような記憶を見ていない。

 エッジがそう遠回しに答えたことで、どこか肩透かしを食らった気分に陥っていたら。

 続けてこう話してくれた。

 

「そもそも、おまえがさらわれるまで、オレ含めて誰も『深海の碧』のことなんか知らなかった。記録にもエミールが深い碧色の目してたってぐらいしか残ってなくてな」

「でも、初代さまが現れてエッジにいろいろ教えてくれたんでしょ?」

 

 —— —— ——

 最後の『深海の碧』の持ち主は、初代国王の息子エミール。

 彼は人格に問題があり、野心にあふれていた。

 そんな危険な息子が持つ『深海の碧』に対抗する術として。

 父親はエブラーナ秘伝忍術書を遺した。

 

 初代国王はその際、書に記された術を全て使うことが出来た国王へ。

 『深海の碧』の存在と詳細を知らせて、かの者の暴挙を止めるよう伝えるために。

 自らの幻影が現れる細工を仕掛けていたが、『深海の碧』の存在は闇に包まれたままだった。

 約100年後に、エッジが全ての秘伝忍術を使うまで……。

 —— —— ——

 

「それが全部たぁ言えねえぞ?」

「あっ、そういうことかぁ……」

 

 初代国王は『深海の碧』の持ち主ではなかった。

 それにまつわる全ての情報を知っていたとは限らない。

 

「助手が見てねえ間に、エミールがおまえの意識になんか刷り込むような術をかけたんだよ」

「……」

 

 エッジの自説を聞いてから、首をひねりながら咀嚼する。

 

 —— —— ——

 碧い瞳に関する秘密を全て知るのは、当の『深海の碧』の持ち主だけ。

 最後の持ち主エミールは『エッジを傷付けろ』という指示だけでなく。

 

『エブラーナ王の顔の傷を見たら、目が痛くなーれ、息苦しくなーれ』

 

 リディアにそんな術をかけていた。エッジはそう言いたいのだろうか?

 —— —— ——

 

「……呪いみたいだね」

 

 終始得意気な表情で語られたそれに、エッジはよほど自信があるらしい。

 信じてあげたいけれど。どこか非現実的な気もする。

 

「おまえ、心当たりあんだろ」

「へ?」

「ほれ、はじめてオレにヤラれちまった後」

「……?」

 

(……あの後)

 もう片方の手でエッジに額をちょんとつつかれたリディア。

 しばし天井を見上げながら、当時の記憶を手繰り寄せる。

 

「あっ」

「思い出したか」

「——いばらの城のゆめっ!」

 

 心当たりに見当がつき、思わず叫んだら。

 正解だったようで、エッジが口元を歪ませて笑みを見せてくれた。

 

 —— —— ——

 夜更けに突然自宅に現れたエッジに、リディアは処女を奪われてしまった。

 くたびれてエッジより先に眠りについてから、夢を見た。

 

 内容は、おとぎ話『眠れる森の美女』とそっくり。

 主人公とお相手役それぞれを、リディアとエッジにすげかえて。

 王子は実は魔物でした……何とも言えないオチだった。

 

 §

 

 実はその3年後。エッジがミストから消えてから数日経った夜も、リディアは似たような夢を見た。

 お姫さまとして、いばらの城を自力脱出しようとしたところで目が覚めてしまったけれど。

 —— —— ——

 

 夢は潜在意識、いわゆる内なる自分からのメッセージ。そんな説もある。

 どちらもリディアの中に潜む『もうひとり』が、夢を見させてくれたのかもしれない。

 

 いばらの城の夢を思い出したことで。

 エッジが唱える呪いの術説の信ぴょう性がぐんと高まった。

 

「なんで王族にゃ洗脳きかねえかわかるか」

「エミールと同じ一族だからだよね?」

「それもあるが、オレはもういっこ理由があると思ってんだ」

「……?」

「ジェラルダインの血ィ引いた奴は、揃いも揃って何かしらの『愛』が強ええから」

 

 王族——ジェラルダイン家の血を引く者だけは、『深海の碧』による洗脳術にかからない。

 そして彼らはひとつのモノや事象、人間に対して、常人以上の愛念を持っている。

 

「お金が大好きな国王さまもいたって聞いたけど、それも愛なの?」

「一応な。いい傾向たぁ言えねえが」

 

 ここまでの話で、エッジが何を言いたいのか大方見当がついた。

 

「……エッジは、愛が呪いを解いたって言いたいんだ」

「そういうこと」

「おとぎ話みたいだね」

 

 『眠れる森の美女』をはじめ『白雪姫』や『カエルの王子様』

 それらのおとぎ話は、お相手のキス——愛の力で呪いや眠りから解放される。

 

「この先『深海の碧』は生まれてこねえ。考えたってわかんねえもんはいいように取っときゃいいんだよ」

 

 どうやらエッジはこう言いたいらしい。

 

 今後解明されないことを追求したり、考えを巡らすぐらいなら。

 自分たちの都合のいいように、こう解釈しておけばいい、と。

 

 —— —— ——

 愛の力によって、リディアが抱えていた心的外傷——トラウマ——という名の呪いは解かれた。

 —— —— ——

 

「っ、ふふっ……!」

 

(変なとこでメルヘンチックなんだから……)

 エッジの唱えた説に同意しながらも、思わずぷっと吹き出し、笑ってしまった。

 

「変なこと言ったか?」

「ううん……そういうことにしておくよ」

 

 本来エッジは職人気質。なのに、リディアが絡んだ途端。

 ギルバートに負けず劣らずの芸術家気質に変わってしまう。

 

 夢の中に出てきたエッジのそっくりさん王子は、実は呪いをかけられていて。

 時間切れで、怖い魔物の姿に戻ってしまったから、あんなオチがついた。

 呪いの刀。そう呼ばれていた村雨も、リディアとエッジをつなぐ縁結びの刀だった。

 そういうことにしたら、いい気分になる。

 

「ね、エッジ」

「あ?」

「これからも……エッジの『心』、守ってあげるからね」

 

 つないでいた手を強く握りながら、エッジに教えてあげた。

 『タタラ』に扮してお城への潜入を終えてから、ずっと心に決めていたことを。

 

 —— —— ——

 リディアがエッジの『身体』を守る機会はそうそうない。

 なぜなら彼は忍者の頭領さまで、とっても強い男だから。

 

 ならば、別人だろうが何だろうが。恋人や家族という関係を切らさない。

 ひとりぼっちにさせないことで、エッジの『心』を守ってあげよう、と。

 —— —— ——

 

 エッジが一瞬きょとんとした表情を見せたが。

 ふっと鼻で笑ってから、手を握り返しながらこう言った。

 

「……オレは今まで通り好きにさせてもらうぜ」

「わたしをかばって死ぬのはなしだよ」

「わかってる」

 

 エッジがリディアを守ろうとするのは、とうの前より承知済み。

 ただし真月で見せたような、命を賭けるような真似だけは二度とやらないで欲しい。

 

「それじゃあ、これからクオレと一緒に幸せになろうね」

 

 7年も続いた、何とも奇妙な関係は既に終わっている。

 クオレも家族に加わったのだから、幸せを欲張りながら出来るだけ長く共に生きる。

 それがふたりのこれからの目標だ。

 

「死ぬまでな……え」

 

 お互い目標を確認し合うと、手をつないだまま身を乗り出して。

 エッジの顔に近付き、唇を一瞬だけ重ねた。

 

「おまえ、ちゅーだけは積極的だよなぁ」

「へへっ……」

「っし、着替えてあっち行くか」

「うん」

 

 初夜の幕引きを遠回しに告げて、起き上がったエッジの後に続くと。

 隣の寝室ですやすや眠るクオレと3人で、朝まで一緒に眠るために。

 ふたりそれぞれ夜着をまとい、空き部屋から撤収したのであった。

 

.




性描写がある場面は今話が最後 ラストは年明けです
最後までお付き合いいただけると幸いです
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