※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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エッジ視点


わなふたたび・2

 

 

 被災地の様子を眺めながら、ミストの者がいないかどうか。

 時折視線を右へ左へ移して被災地を歩いていると。

 

「で……だったんだよなぁ!」

「おもしれー!」

「……!」

 

 ある全壊家屋の跡地で、そこで暮らしていたと思われる1組の老夫婦と一緒に。

 後片付けをしている少年3人を見つけて、思わず立ち止まってしまった。

 彼らは手を動かしているが、ぺちゃくちゃと口も動く。

 

(授業どうしたんだよ!?)

 少年たちは、ミストで悪名高い悪ガキ3人組。

 ……アリサとラルフの長男オリバとその友人ふたりだ。

 ミストでは本日も通常通り、学習や授業が行われているはずなのになぜここにいる?

 

 エッジは呆然しながら遠巻きから悪ガキどもの様子を眺めていたが。

 オリバがふいに顔を上げて、うっかり目が合ってしまった。

 

「あっ『ツクヨミ』っ!」

「!?」

 

 オリバがこちらを指さし、聞き捨てならない名を叫んだ瞬間。

 エッジは明後日の方をさっと向いて、視界に入った半壊の家屋めがけて走り出した。

 

 目的地——オリバたちが作業する跡地の隣にある半壊民家の裏手なら。

 オリバたちや周辺で作業する被災民たちから、姿は見えない。

 

「……はて? どっかで聞いたことあるなあ」

「おじいさんや。『白狐のツクヨミ』ですよ」

「ああ、それじゃそれじゃ。でもどこにもおらんがのう」

 

 目的地に向かっている間にも、聡い聴覚が老夫婦の会話を拾う。

 通り名がつくほど名の知れた『ツクヨミ』の名を耳にして。

 姿を探しているようだが、いる訳がない。

 

(なんでバレてんだ!?)

 ミストの者たちに『ツクヨミ』の正体を口外するな。

 2週間前にリディアにそう口止めしてから、ミストを去ったはずなのに。

 エッジイコール『ツクヨミ』と知っていなければ。あんな挙動、オリバが見せる訳がない。

 

 目的地に辿り着き、壁に背を預けて息を潜めていると。周辺の会話が聞こえてくる。

 

「うわ、無視かー。ひっでーオヤカタサマだなー」

「オリバもひっでえな。ここで煽ってやんなよ」

「騒ぐならミスト限定って、おばさんもせんせーも言ってたじゃん」

「つーか、キャラ真逆だよなあ?」

「あれじゃ、みんな騙されてもしょうがないよね」

 

(でっけえ声でその話すんな!)

 見なくてもわかる。

 あの3人。それはそれはもう下衆い顔でエッジのことを笑っている。

 

 エブラーナの民に『ツクヨミ』イコールエッジだとバラさんとばかりに。

 大声で騒ぐ悪ガキどもに報復したくなるが、ぐっとこらえていると。

 彼らの近くで片付け中の若い夫婦の会話も聞こえてきた。

 

「お館様? どこにもいないよ?」

「……通り過ぎたんだろ」

「そういや、最近ツクヨミさんも見ないね」

「死んだんじゃね」

「何言ってんの。今回は死者いないわよ」

「それは国内だけだろ。あの人、外の仕事多かったらしいし。どっかで隕石にやられちまったんだよ」

「あぁ……かわいそうにね」

 

 会話内容からして『ツクヨミ』の正体はバレておらず、最悪の展開は回避出来たようだ。

 

(あの女め……!!)

 エッジは心の中で安堵しながら、怒りの矛先をミストの妖怪口お化けに向けた。

 

 —— —— ——

 どうせアリサが、息子に『ツクヨミ』の正体をバラしたのだ。

 先日届いたリディアからの手紙には、一っ言も書いていなかったけれど。

 

 オリバたちも、母親や『マダム』に匹敵する噂発信能力を持っている。

 既にミスト中に知れ渡っているに違いない。もしかしたら、クオレも知った可能性が高い。

 

 これから視察でミストの住民と顔を合わせる度に、嘲笑されるに決まっている……。

 今度クオレに会ったら、笑われてしまうかもしれない。

 —— —— ——

 

 先行きの暗さが真っ黒黒な雲と化して、胸を覆い尽くすも。

 いつまでもここにいるわけにもいかない。

 かと言って、ミストの住民とは接触したくない。

 

(ミストの奴らがいねえとこ見つけるまで、身を隠すか)

 視察するなら、エブラーナの民しかいない場所一択。

 エッジがそう思い、『隠れみの術』の印を両手で結び始めた、その時。

 

「……!」

「……でさー」

「——こら、おまえたち!」

 

 聞き慣れた男性の声が聞こえてきて、思わず手を止めた。

 そして半壊の壁から少しだけ顔を出し、声の発信先をのぞいてみると。

 

「うわぁっ!?」

「お、親父……!?」

「口ばっかり動かして! ここに一体何しに来たんだっ!!」

 

 ミストの村長ラルフが巨体を揺らしながら、悪ガキたちのそばに近付きながら

 険しい顔つきでまた大声で怒鳴りつけている。

 

(こいつ、怒鳴れんの!?)

 そんな貴重な場面を目の当たりにして、驚いたのはエッジだけではなかった。

 ラルフの怒りに呑まれたのだろう。いつもなら『デ〇』と誹謗するオリバたちまで頭を垂れている。

 

「……エブラーナの手伝い」

「そうだ。そのために授業を休んだんじゃなかったのか」

「っ……」

「こちらのご夫婦やこの国の人たちに失礼だ。遊びのつもりなら、二度と連れてこないぞ」

 

 ラルフがオリバの両肩にそれぞれ手をつきながら。諭すように悪ガキたちを叱っている。

 

(まあ、確かになあ……)

 家を失くして大変な目に遭った者に対して不謹慎。

 ラルフはそう思い、声を荒げてオリバたちを怒鳴りつけたらしい。

 

「やだよ、そんなの」

「……遊びで来た訳じゃねえよ」

「それなら、ご夫婦に謝ってから作業に戻りなさい」

「わかった……」

 

 悪ガキたちがうなだれたままラルフの指示に従い、老夫婦の元へ向かった。

 申し訳なさそうに謝罪してから散り散りになり、再び片付けを始めた。

 

「大変申し訳ありませんでしたっ」

「いやいや……しかし、怒りすぎじゃよ」

「人前で怒鳴ると子どもたちが萎縮しちゃいますよ?」

 

 怒声を浴びせられたことを不憫に思ったのだろう。

 逆にラルフをなだめるぐらいには、老夫婦はオリバたちを許していた。

 

§

 

 黙って作業を続ける息子たちを見届けてから。ラルフがその場を離れた。

 エッジがここに逃げ込んたのを見ていたのだろう。こちらに向かって歩いてくる。

 

(あいつなら、なんか知ってるかもしんねえ)

 ミストの住民がみな『ツクヨミ』を持ち上げ、『エッジ』を冷ややかに思う中。

 両者公平に接していたラルフなら、普通に話をしてくれる。

 そんな安心感があったのも余計して、ラルフを待ち構えていたら。

 

「エッジ様」

「!」

「どうもご無沙汰しております」

 

 気配が至近距離に近付くと同時に、穏やかな声。

 首をゆるゆる動かせば、恰幅の良すぎる男性——ラルフが立っていた。

 

(平時に戻ったから、また食べ始めたか)

 前回会った時は災禍の真っ只中で、ずいぶんとやつれていたが。

 再びふっくらな顔付きに戻ったように見える。

 

「おまえも来てたか」

「はい、村長ですから」

「……しばらく、よろしく頼むな」

「とんでもないです。こちらこそよろしくお願いいたします」

 

 予想通りと言うべきか。ラルフが一礼と共に礼儀正しく挨拶をしてくれた。

 エッジの姿を目の前にしても、集合体の長としての立場を崩さない。

 

「先ほどは大変お見苦しいものを見せてしまい、申し訳ありませんでした」

「いいって。あいつらずっとミストん中だろ? 浮かれたくもなるさ」

「……寛容な計らい、感謝します」

 

 ラルフにめちゃくちゃ叱られたが、悪ガキたちの気持ちもわかる。

 

 彼らは小さな村の生まれ育ち。外に出る機会があまりなく、日々刺激に飢えている。

 ここでのボランディア活動は非日常。薬草園やピクニックと一緒のノリなのだ。

 少しぐらい羽目を外したくもなるだろう。

 

「それでもあいつらのおかげで、エッジ様を見つけることで出来て助かりました」

「オレ?」

「ええ。初日ですから、ご挨拶させていただこうと思いまして——」

 

 —— —— ——

 毎日昼過ぎになると、お館様が被災地を視察している。

 そんな話を住民たちから聞いて、見回りがてらエッジを探していた。

 

 すると遠くで息子がエッジを指さしているのを見つけた。

 しかしエッジが去った後も、3人で騒いで片付けをおろそかにしていたため。

 住民の目も気にせず、息子たちを公開説教したという。

 —— —— ——

 

「そうか……実はオレもおまえに聞きてえことがあんだよ」

 

 反省していたように見えたし、オリバたちのことはもういい。

 今とても気になっていることを切り出そうとしたら。ラルフが目を細めてこう言った。

 

「ああ、顔に書いてありますね。なぜオリバたちが『ツクヨミ』さんの正体を知っている。僕の妻が言いふらしたのではないか」

「!?」

「……違いますか?」

 

 肝心の話題に入ろうとしたが、ラルフに遮られた上に。

 こちらが聞きたかったことをずばり言い当てられ、目を見開いた。

 

「そ、そうだ。なんであいつら知ってんだよ」

「実は挨拶も兼ねて、その説明をしなければと思ってエッジ様を探していたんです」

「せつめい?」

「ええ。1週間前にいろいろありまして……」

 

 やはりミストの者たちに正体が知られている。

 予想が的中し、エッジが焦燥の色を顔に滲ませる中。

 ラルフは温和な表情で『ツクヨミ』の正体がバレた理由を話してくれた。

 

 ***

 

——1週間前

 

 その日の夜、真月の戦い終了後初の寄合が開かれた。

 

 まずはラルフが、ミストのエブラーナ復興支援が正式に決まったという報告を。

 続けてリディアが真月の戦いの詳細な説明を行ってから、こう報告した。

 

「こないだみなさんのお宅を回って、クオレの紹介をさせてもらいましたが、実はもうひとり家族が出来ました」

「誰だい」

「ツクヨミさんか!?」

「うん。でもね、ツクヨミさんは実際にいる人じゃないの。エッジが変装してたの」

「じゃあ、家族ってエッジ様!?」

「うそだぁ!!」

 

 リディアが当面遠距離生活になるが、エッジも家族になったと報告。

 しかも『ツクヨミ』の正体までバラしてしまった。

 

「いろいろありましたが……どうかエッジのこと、許してあげて下さいっ! お願いします!」

 

 エッジと付き合うに至った経緯も打ち明けてから、最後にそう言って頭を下げた。

 

「まさかエッジ様とくっついて宇宙から帰ってきていたとはなー」

「吊り橋効果すげえな」

「それより『ツクヨミ』さんがエッジ様だったのが信じられないわ……」

「リディアちゃん、いいのかい? また捨てられるかもしれないよ?」

 

 驚き戸惑う出席者に向かって、今度はあのアリサがリディアの援護を始めた。

 

「みんな思い出してみてよー。あの人、『ツクヨミ』さんに姿変えても、やってたこと変わんなかったでしょー?」

「……そういえば」

「言葉遣いと見た目が違うだけだったなぁ」

「当のリディアがこうやって許してるもの。あたしたちも昔のこと水に流して、あの人を受け入れてあげましょーよー」

 

 アリサが政治家さながらの巧みな演説をそう締めると。

 出席者はみなリディアを祝福し、アリサに賛同したという。

 

 ***

 

「僕がどれだけ喜んだかわかりますか??」

「喜ぶポイントどこにあんだよ……」

「エッジ様がやっぱりリディアとミストのことを見捨てていなかったことですよ!」

 

 ラルフに破顔一笑で所感を述べられ、羞恥でいたたまれない。

 むしろからかい交じりで笑われた方が気持ちが楽だったかもしれない。

 

「なんでおまえの嫁がリディアの助太刀に入ってんだ」

「リディアから頼まれたんですよ」

「!!」

 

(あいつめ……!)

 自身の知らぬ間に、リディアがまたまた罠を仕掛けていたのだ。

 初夜の直前に『罠張るな』とリディアに念押ししたが。

 もしかすると、その時には既に準備していたかもしれない。

 

「アリサはエッジ様に反発する人たちの代表格でしたから……軟化した妻の訴えを聞けば、みんなも納得するとリディアは思ったのでしょう。実際寄合では妻の念押しで目が覚めた住民が多かったです」

「おい、まさかクオレも……?」

「もちろん、知ってます」

「……マジか」

 

 ラルフの答えを聞いて思わず顔に手をやった。

 

(ミストで暮らしてんだ。嫌でも知っちまうにしても……早すぎだろ)

 クオレは遅かれ早かれ、エッジが『ツクヨミ』を演じていたことを知ってしまうだろう。

 そう覚悟していたが、現実になったとわかると、こっ恥ずかしくなる。

 

「心配しなくても、クオレはエッジ様が褒められる度に喜んでいますよ。西の人以外はエッジ様への誤解も解けていますしね」

「本当かよ?」

「はい。信じられないようでしたら、手伝いに来た住民に声をかけてあげてください。それでおわかりになると思います」

「っ、それは……」

「親ばかと思われても仕方ありませんが……あいつらもエッジ様に構ってもらいたくてしょうがないんですよ。さすがに先ほどはやりすぎだと思いますが」

 

 ラルフの言う通りだ。『エッジ』としてリディアやミストから消える決意を固めて以降。

 それまでよく構ってあげていたオリバたちとは次第に疎遠になっていった。

 

「今度見かけた時に大人しく作業していたら、褒めてあげて下さるとうれしく思います」

 

 息子たちへの声かけ。父親としてそれを頼んできた気持ちはわかるのだが……。

 どう返事していいか考えあぐねていたエッジに、ラルフがこう言った。

 

「リディアも明日、クオレを連れてこちらに来ますしね」

「っ、あいつらも!?」

「ええ」

 

 大人とは呼び難い年頃のオリバたちが、自ら有志に名乗りを上げたのをきっかけに。

 村外でのボランディア活動は、貴重な経験になるかもしれない。

 ラルフはそう考えて、親同伴という条件付きで幼児の参加も許可した。

 それを知り、リディアもクオレも参加を申し出たという。

 

「こちら、リディアから預かってきました」

「手紙……」

 

 ラルフから白い封筒を手渡された。

 

「明日楽しみにしていてください。あっ! 他のところも見回りに行かないと……!」

「おい、待」

「——では、今日はこの辺で失礼しますっ!」

 

 ラルフが一方的に話し終えると、エッジの前から走り去っていった。

 

 巨体が次第に小さくなるのを視界に入れながら。エッジはラルフの言葉を反すうしていた。

 

『西の人以外はエッジ様への誤解も解けています』

 

(ああ言ってたけどよ……)

 逆にますます顔を合わせ辛くなってしまった。

 それ以前に元のさやに収まるなんて、甘っちょろい真似は出来ない。

 

§

 

 その後、陽が沈むまでエッジは視察を続けた。

 ……『隠れみの術』を使い、ミストの有志がいる区域を避けて。

 

 そして城内の執務室に戻ってすぐ、リディアからの手紙を読んでみた。

 

 —— —— ——

 明日は休日なので、クオレを連れて避難所の炊き出しのお手伝いに行きます。

 ライザとベスとユノも一緒だよ。

 

 クオレがエッジに会えるって、ものすごく楽しみにしているの。

 朝8時の便に乗るから、朝の9時すぎにはそちらに到着します。

 出来ればその時、クオレに会ってもらえないでしょうか?

 

 追伸 都合が悪いようなら、ひそひ草でラルフさんに伝えておいてください。

 —— —— ——

 

 前回よりも短いが、たどたどしい文字遣いはリティアのそれではなかった。

 リティアの口述をクオレが書き取ったと思われる。

 たった2週間でここまで成長したクオレに、エッジは感無量になる。

 

(あいつに事情問い詰めねえと……!)

 そして便せんを折りたたみながら、明日の目標を心の中で掲げたのであった。

 

 

——翌日 午前9時過ぎ

 

 

 エブラーナの発着場には三隻の国有艇が置かれている。

 隕石の落下でエンジン部分が損傷したのだろう。

 全て動かせず、今は物置兼避難所と貸している。

 

 エッジは動かぬ国有艇の陰に隠れて、リディアたちの到着を待っていた。

 ……それも予定時間より30分も前から。

 

(来たか!)

 到着予定時間から3分後。巡回艇がエブラーナの大地に根を下ろした。

 

 程なくして、ミストの有志と思われる十数人の集団が。

 タラップをぞろぞろ降りると、ほうぼうに散っていった。

 それぞれ割り当てられた場所へ向かったようだ。

 

 そしてリディアとライザそれぞれの母娘だけが、その場に残った。

 エッジを探しているのか。みんなできょろきょろ周囲を見回している。

 

(待ち伏せしてたことは黙っとこ……)

 今きたばかりですを装いながら、リディアたちの元へ向かう。

 

『エッジ!』

 

 真っ先にエッジの姿に気付いたのは、クオレだった。

 こちらに向かって走ってきて、身体にぴょんと飛びついてきた。

 

『手伝いに来たぞ』

「ありがとな」

 

 相変わらず表情は乏しい。しかし、動きや声から喜んでいるのがよくわかる。

 

「元気そうじゃねえか」

『ああ。友だちも出来た』

「お、よかったなあ」

『文字も全部覚えて書けるようになったぞ』

「全部!?」

 

(まあ、この星の生まれじゃねえし……)

 クオレは午前中、自宅でリディアから一般教育を受けた後。

 午後から日替わりで黒魔法講座と召喚術の授業に参加している。

 近いうちに午前の『学習』に通うという。

 

 魔法はさておき、一般教育の学習速度がめざましいことから。

 クオレは予想以上に知能が高い。

 しかも身体以外、急激な速さで成長していることがわかった。

 

『……』

「……」

 

 腰を下ろし、クオレと近況報告を交わしあっているうちに。

 リディアもそばにやってきて、やりとりを微笑ましく見守ってくれていた。

 

§

 

「……リディアと大事な話があるから、あっちでちょっと待っててくれねえか」

 

 話題が一段落し、エッジは離れた場所で待っているライザたちの方を指をさした。

 

『わかった』

 

 返事してから、クオレがとことこライザたちのところに駆けていく。

 そしてユノとじゃれあい始めたのを見届けてから。

 そばで立っているリディアを軽くにらみながら、立ち上がった。

 

「あの」

「——ちょっとこっち来い」

「わっ!?」

 

 リディアの細っこい腕をぐっと強くつかむ。

 

「な、何……?」

「いーからついてこいっ」

 

(事情聴取だ!!)

 ついてこい。そう言ったくせに腕をつかみながら、ずるずるリディアを引っ張って。

 ライザたちから更に遠く離れた発着場の端っこに向かった。

 

「どうしたの? 朝から怖い顔しちゃっ」

「——とぼけんのもいい加減にしろ」

「えっ」

「おまえ、またなんか仕掛けてたろ!!」

「……ああ、あれね……っ、ふふっ……!」

 

 しばし空を見上げてから笑い始めたリディアを見て、顔をしかめる。

 罠を仕掛けた張本人のくせに、よくそんな態度が取れるものだ。

 

「何笑ってんだよ!」

「っ……そんなに怒らなくてもいいじゃない」

「罠は辞めろって言ったろが!」

「こないだので本当に最後だし、エッジはぜーんぜん損してないよ」

「嘘つ……」

 

 嘘つけと言おうとしたエッジだったが。

 リディアが突然真顔に変わり、最後まで言わせてもらえなかった。

 

「エッジ。こそこそしながら、ミストに通うつもりでいたでしょ」

「っ……」

「もう、やっぱりそうだった!」

 

 リディアに図星を突かれて、息を詰まらせる。

 

 星を守る戦いの最中、正式にお付き合いするようになったものの。ひとつ心配の種があった。

 ……エッジがミストの住民に嫌われたままなこと。

 

 リディアが『なんとかする』と言った一方で、エッジ自身はこう考えていた。

 今後はミストの行事には参加せず、姿を隠してリディアの自宅に出入りすればいい、と。

 

「なんとかするって言った結果があれか」

「そう! わたしたちのこと、ミストのみんなにだけは知っておいてもらいたかったの」

「……」

「みんなから『エッジ』がけなされるんだよ? クオレがそれ聞いたらどう思うか考えたことある?」

「っ、それは……!」

「悲しんじゃうよ。わたしもそんなの……やだもん」

 

 リディアが寂しそうな顔でそう言ってから。自称最後の罠の詳細を話してくれた。

 

 —— —— ——

 胸を張って『自分が何とかする』と言ったことだ。

 

 今後エッジがエッジとして、何事もなかったかのように。

 ミストに出入り出来るようになるには、どうしたらいいだろう?

 言い出しっぺなりに考えに考えて、ミゼルにも相談した。

 結果、ミスト一の口達者な親友アリサを頼ることに決めた。

 

 瞬間移動術でエブラーナからミストに帰ってから。

 エッジが自宅の裏庭でリディアとクオレ用のベッドを作っていた間。

 リディアはクオレを連れてラルフの自宅に出向いた。

 その際、久方ぶりに再会したアリサとも話をした。

 

『寄合でカミングアウトー!?』

『だって、エッジが誤解されたままなのは嫌だもん』

『あたしは今のままで構わ』

『——だめっ!!』

『えー?』

『それでお願いがあるの。その時、わたしをフォローしてくれないかな?』

『……いーわよ。援護してあげるー』

『やった!』

『ただし……』

 

 条件として、発着場での待ち伏せお説教を提示されて受け入れたという。

 —— —— ——

 

 2週間前の鬼説教は、リディアやクオレと家族になるための最後の禊。

 リディアがそう言いたいように聞こえた。

 

「なんで断らなかったんだ! あいつがどんだけ口悪いか知ってて条件呑んだのか!?」

「知ってるよ。若い頃は毎晩ダムシアンの町で遊んでたけど、喧嘩もよくしてたって」

「けっ、元不良か」

「エッジもあんまり変わらないと思うけど」

「ぐっ……」

「アリサはずっと前からエッジに文句言いたかったけど、一応我慢してたの。でも、そろそろ言いたいこと言わせてあげないと、爆発しそうだったから」

 

 更なるトラブルを回避するために、リディアはアリサの条件を受け入れたようだ。

 

 リンよりガラの悪い口遣いで、痛みどころを突かれて。

 ただでさえ不快極まりなかったのに、あれ以上があってたまるか。

 

「あっ、そうだ」

 

 突然何かを思い出したのか。リディアがぽんと手を打ってからこう話した。

 

「今年もミストで花火やるって決まったよ」

「火薬どうす……あぁ、今ドワーフだったな」

「うん。今年は仕事が全然ないから喜んでくれたって」

 

 —— —— ——

 ミストの花火大会は当初、住民が各々の故郷から取り寄せたおもちゃ花火や。

 エッジが知り合いの業者からもらった火薬で、打ち上げ花火を上げていたが。

 一昨年からラルフがドワーフへの一括注文に切り替えていた。

 

 主な原因は、故郷の実家から取り寄せづらくなったり、断られたりする住民が増えたこと。

 それだけ多くの移民がミストに根付いた証左かもしれない。

 

 戦争や軍事用に火薬が使われるより、よっぽど平和的。

 そんな理由で、数年前からドワーフは花火の製造を開始していた。

 モノづくりに長ける彼らなら、火薬の分量さえわかればちょちょいのちょいだ。

 —— —— ——

 

「まあ、どこもかしこも花火やってる余裕ねえしな」

「でね。その日、エッジにも来て欲しいの!」

「オレ!?」

「みんな待ってるし、その日お休みもらえるようにラルフさんがじいやさんに頼むって言ってたよ」

 

(余計なことすんなよ……!)

 前任に助言を仰いだのか、何なのか知らないが。

 じいに根回しするとは、ラルフもずいぶんしたたかな男である。

 

「……行かねえ」

「どうして??」

「オレはミストの奴ら、騙してたんだぞ?」

「……あ、『覆水盆に返らず』って言いたいんだ」

「ああ。都合良すぎるっての」

 

 住民たちは納得した。気にしていない。いくらリディアやラルフがそう言ってもだ。

 お盆をひっくり返してこぼした水は、二度と元のお盆に戻すことが出来ないように。

 一度切れた関係は元には戻らない。

 

 エッジとミストの住民たちの、今の関係こそが。

 『覆水盆に返らず』を如実に表していると言うもので。

 

「ことわざの意味。おじちゃんから辞書借りて、こないだ知ったばかりだよ」

「だったらわかるだろ。何にもなかったような顔して出入り出来っか」

 

 海のように深く広い心の持ち主かつ、エッジを愛してくれるリディアが特例なだけで。

 欺いてきたけじめをつけなければならない。

 なかったことのようにして、前のようにへらへらお付き合い出来る訳がない。

 

「そうかぁ……」

 

 リディアが目をつむり、両頬に手を添えて何か考え込む素振りを見せた。

 

 うっかりそんな仕草が可愛く見えてしまったが、それとミスト出入り問題は別。

 何を言われようが、ミストには『エッジ』で表立って出入りしない。

 改めてそう心に決めて、リディアの返事を待つ。

 

「……じゃあ、こう考えようよ」

「は?」

「わたしのも、ミストのも。もともとお盆にお水が入ってなかったの」

「!?」

 

 『エッジ』ご本人と恋人になるまでは、お盆はすっからかん。

 傾けようが何だろうが、水をこぼしようがない。

 恋人になり、罠を張ってミストの住民の誤解を解いたことで。

 やっとお盆に水を張った状態。リディアがそう言いたげ。

 

「これから、お水こぼさないように気を付けたらいいよね」

 

 屁理屈やこじつけのようなことわざ解釈を聞いて、胸をつかれながら。

 リディアの顔をじいと凝視すると、にこにこ目を細めて笑みを浮かべている。

 

「……いいんだな、本当に」

「もうっ! さっきからずっと言ってるじゃない? 強がって幸せ捨てちゃうなんてもったいないよっ」

 

(ああ、くそっ!! こいつにゃ敵わねえ!)

 惚れた弱みもあるが、この地上で再び暮らすようになってから。

 リディアが得た最大の教訓『幸せをあきらめずに自分でつかみ取る』を目の当たりにして。

 ほんの少し前に固めたエッジの決意は、砂の城のごとく、もろく崩れ去っていった。

 

「ライザたちも楽しみにしてるの」

「……」

「ほら」

 

(あいつら……)

 リディアが指さした方向——遠くにいるライザたちをちらりと見やれば。

 ユノがこちらに向かって両手を振ってくれた。

 

 姉のべスは母親の後ろにささっと隠れてしまったが。

 以前本人が口にしていた『見た目は怖いけど悪い人ではない』を。

 そっくりそのまま体現しているように見えた。

 

 エッジと視線がかち合ったからか。ライザがこちらに向かって会釈をしてから。

 おいでおいでとばかりに手招きしている。

 エブラーナに来た真の目的——お手伝いのために早く避難所に行こう。

 ライザがリディアをそう急かしているのは一目瞭然だ。

 

「呼ばれてるぞ」

「うん。そろそろ、行かなきゃ……」

 

 合図を見て、寂しそうにつぶやいたリディアの顔を見た瞬間。

 頭にぱっといい考えがひらめいた。

 

「これからお仕事でしょ? 邪魔しちゃってごめんね」

「いや……それよりさ」

「なあに?」

「昼飯そっちで食うわ」

「え、ほんと……!?」

 

 昼は避難所で昼食をとると、エッジが告げた途端。

 リディアの表情がぱああと明るいものに変わってくれた。

 

「それなら、避難所の人にエッジの分もって伝えておくね」

「ああ。上手いもん作ってやってくれよな」

「うん!——それじゃあ、お昼に食べにきてね!」

 

 そう言い残し、リディアが走り去っていった。

 クオレやライザたちの元へ合流すると、避難所へ向かう。

 

(明日……いや、今日から声かけてみるか)

 リディアたちの姿が消えるまで見送りながら。

 エッジはあれこれ策を練ってくれたリディアを信じることにした。

 

 その後、ミストの有志に声をかけてみたら。茶化してきたのはオリバたちぐらい。

 

『いやぁー、すっかり騙されちまったよ』

『あんた芸達者だね』

『舞台俳優いけるんじゃない?』

 

 後はエッジの高い演技力を賞賛する者ばかり。

 ……リディアとあの女のおかげで、杞憂に終わったと思い知ったのであった。

 

§

 

 その数か月後。ミストの花火に参加するために集落に入ったら。

 有志以外の住民たちが、待ってましたとばかりに声をかけてくれた。

 『ツクヨミ』を演じていた数年間は一体何だったのかというぐらい。

 9割方の住民はエッジを難なく受け入れてくれた。

 

 それ以降、エッジは月に一度リディアとクオレの自宅に宿泊する習慣を設けた。

 その頻度を復興の進捗と合わせて少しずつ増やしていっただけでなく。

 『息抜き』とばかりに、ミストの行事に参加しながら。

 祖国の立て直しに熱を注いでいるうちに、4年の年月が流れていた。

 

 *17年後につづく

.

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