※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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エッジ視点


17年後
それぞれの道・1


 

 

17 years latar

 

 

 地上世界に未曾有の被害をもたらした、真月の戦いから4年。

 世界に散らばる諸国諸地域が早々に再興を遂げて、平時に戻っていた。

 

 地上で最も被害が大きかったエブラーナも、国外からの支援と民の協力のおかげで。

 この夏、ようやく復興を終えることが出来た。

 

 

——9の月21日 昼

 

 

 秋晴れの空の下。エブラーナ城内にある内庭の片隅で。

 男ふたりがあぐらをかいて、何やら話し込んでいた。

 

 ひとりは華奢な体型をした和装の男性。

 そしてもうひとりは黒いコートを着込み、フードをかぶった大柄な男。

 白い狐の半面を除けば、頭の先から足の先まで真っ黒だ。

 

「……戻ったら、また喧嘩おっ始めるんだろうなぁ」

『でしょうね』

 

 頭を抱えてしまった華奢な男性に向かって。

 大柄の男が気の毒とばかりに、沈痛な声で相づちを打った。

 

 —— —— ——

 つい20分くらい前。大柄の男が城の内庭を歩いていたら。

 膝を抱えてうつむく和装の男性を発見した。

 

 昼休憩の真っ只中というのに、なぜそんなに暗いのか。

 その男性に声をかけてみたところ。

 

『職場選び間違えたかも……』

 

 悲しそうな表情でそうつぶやいてから、悩みを話してくれた。

 

 男性は医療部の研究員で、中間管理職。

 年明けに新人が入ってきたが、その新人と男性の上司は犬猿の仲。

 特にこの月から毎日喧嘩が絶えず、職場の空気も悪くなるばかり。

 

 なお男性は立場上、新人と上司の板挟み状態。

 何か起こる度に上司から、『君の教育がなっとらん!』と、どやされる。

 新人に注意しても『あんな上司、誰もついていかないっすよー』と適当にあしらわれる……。

 —— —— ——

 

「……あぁ、もう行かなきゃ」

『時間ですか』

「うん。準備しなきゃ……っ」

 

 華奢な男性がおもむろに腰を上げた。

 

「ありがとう。違う部署なのに愚痴聞いてもらってさ」

『とんでもございません。またいつでも声をかけてください』

「ははっ、そうならないよう努力するよ」

『無理されないように』

「『ほどほど』にね。——それじゃ」

 

 先ほど送った助言を男性が口にしてから、職場に戻っていった。

 

『……戻るか』

 

 その場にひとり取り残された大柄の男が、ぼそっとつぶやいてから。

 腰を上げながら、懐から銀の懐中時計を取り出した。

 

(10分前行動……几帳面な奴だな)

 時刻を確認してみたところ、現在12時48分。

 男は再び時計を元の場所に入れながら、職場がある宮殿へ向かう。

 

(喧嘩なんかほっときゃいいのに……)

 見た目からしてそうだったが、愚痴を聞いているうちに。

 無駄に責任感が強く、くそ真面目な性格のように感じた。

 だから余計に悩みを抱えてしまうのかもしれない。

 

 大柄な男が心の中で、先ほどの華奢な男に向けてごちながら歩いていると。

 前からとても見知った白髪の男性——ザンゲツがやってきた。

(無視しとこ)

 

「おや?」

『……』

「いやいや、久しぶりですなぁ。お館さ」

『——黙れ』

「う゛う゛っ!」

 

 大柄な男——見た目は『ツクヨミ』だが、エッジ——が、ザンゲツの口を手でふさいだ。

 

 今の姿を眼前にして、よく軽々しくその名で呼べるものだ。

 じいがこの姿を見たら、きちんと『ツクヨミ』と呼んでいただろう。

 

 そう思いながら、ザンゲツの身体をずるずる引きずり、樹木と城壁の隙間に連れ込んだ。

 

『てめえ……! 空気読めねえことすんな!』

 

 声色はそのままで、口調は素——ぞんざいに言い放って、口から手を離した。

 

「っ、申し訳ございませぬ……」

 

 ザンゲツがしゅんとしたような表情で詫びたもつかの間。

 不思議そうな顔でこちらを見上げてきた。

 

「しかしながら……とうの前にお辞めになられたかと思っておりましたぞ? 何ゆえ、その格好で出歩いておられるのですか」

『城内見回りしながら、悩み相談承ってんの』

「はて……?」

『ここの奴ら、ずっと真面目に仕事してたろ?』

「確かに、みな早う復興せんと必死でしたな」

『それが終わったらどうなる』

 

 エッジは今月からまた『ツクヨミ』として、城内を徘徊するようになっていた。

 

 —— —— ——

 さすがにこの4年、有事と復興でそれどころではなかったようだが。

 もともと人間関係や待遇……職場に何かしら不満を持つ使用人は多かった。

 平時に戻れば、時間的にも精神的にも余裕を取り戻す。

 人間関係や待遇面が目に付き始めて、城内でいざこざが復活するかもしれない。

 

 復興終了が近付いてきた頃から、エッジはそんな懸念を抱いていた。

 そして復興を終えた、先月のある日。

 数年ぶりに姿を消して城内の各部署を回ってみた。

 

 その結果、男女混合編成に変わった事務方は平和だったが。

 他の部署は以前と同じように、同僚と口論や陰口を叩く場面をちらほら目撃。

 そのため、不定期ながらも『お悩み相談室』を復活させることにした。

 —— —— ——

 

「……あぁ、そういうことですか」

 

 困ったように頭をかいたザンゲツを、お面の下から訝しげに見る。

 

(それぐらいすぐわかれよ……)

 この老忍者。じいのような聡明な頭脳を持っていないため、後任の世話役には不適性。

 そうみなしていた自分の目はやはり正しかった。

 

「そういえば、おやか」

『……!!』

 

(学習能力ねえ奴だな!)

 また『お館様』と呼ぼうとしたザンゲツを、ぎろりとにらみつける。

 

「ああ、申し訳ございませぬ。『ツクヨミ』殿……」

『何だ』

「じい様が去ってから、じき1ヶ月になります。寂しゅうございませぬか」

 

 —— —— ——

 真月の戦いにより、エブラーナ、特に城下町が大きな被害に遭ったことで。

 じいは、事前の申し出——年内での隠居を取りやめてしまった。

 

 その後、祖国の再建に携わるエッジの補佐と並行しながら。

 自身がいなくても城内業務が円滑に回るだけでなく。

 エッジが現状の業務量でおさまるよう、事務方の改革も進めていたが、昨年末に終了。

 

 そしてこの夏。エブラーナが完全に復興を遂げると。

 今度こそ老兵は去らんとばかりに城を去り、隠居生活に入った。

 —— —— ——

 

『その台詞、そのままおまえに返してやるぜ』

「拙者にはタツミがおりますが」

『あいつと話合うのか?』

「お館様の話題だけで、2時間は余裕で会話が続きます。ソイもおりますから、ちいとも途切れませぬ」

 

 現在じいの後任——最側近をつとめているのが、シビエン家『前』当主のタツミだ。

 妻のソイも古巣の武具開発部に復帰。日々、忍具作りに精を出している。

 

「お館様もタツミがいてくれてよかったと思いませぬか?」

『なんで』

「あの者に八つ当たりしても、じい様のように一切文句言いませぬぞ」

『……』

「じい様も素晴らしい置き土産を残して下さいましたなぁ」

 

 タツミを置き土産と称したザンゲツに、心の中で同意した。

 

 じいもわかっていたのだろう。

 タツミは、あのタタラとは違うベクトルでエッジの秘書にふさわしい人物に違いないと。

 

 —— —— ——

 イフリートの襲撃前、真月の戦いに赴いたエッジと入れ替わるように。

 元お城勤でシビエン家当主のタツミと妻のソイがエブラーナ城に戻ってきた。

 

 タツミは城を去ったタタラもとい、ミゼルの代わりとしてじいのサポート。

 妻のソイは避難所で働いてくれていた。

 

 ふたりは復興が始まってからも、シビエン家とエブラーナ城の往復生活を続けていたが。

 一昨年タツミは、シビエン家当主の座を傍系の者に譲った。

 

§

 

 当時エッジは、シビエン家新当主襲名式に招待され、一言挨拶を頼まれた。

 

『これからもエブラーナ支えてくれ。——頼む』

 

 襲名の場でエッジがそう命じたところ。

 シビエン家の血族者は一斉に土下座。お館様の命に従う意志を見せてくれた。

 

 もっともソイたちシビエン家の姻族者は、全員呆れ顔でその様子を見ていたけれど。

 —— —— ——

 

 これからもシビエン家はジェラルダイン家最後のひとり、お館様の意志を裏切らず。

 今後も一族総出で、この国のために大いに役立ってくれるだろう。

 

「何はともあれ、じい様とは今後も頻繁に呑みかわすつもりです」

『……おまえも隠居一歩手前だもんなぁ』

「さようです」

 

 一昨年、当主を降りたタツミにザンゲツは次期国王候補の座を譲っていたが。

 じいの隠居と同時に御伽衆、いわゆる現場忍者も引退。

 現在は使用人最後の仕事として西の塔でひとり、歴史編纂に携わっている。

 

 —— —— ——

 天井壁床全てに耐火金属ミスリルを貼り付けた文殿に。

 ザンゲツとタタラが書いたメモ書き資料をぶっ込んでおけば、歴史書おこす必要なし。

 数年前、そんな理由でエッジは編纂作業の中止を命じた。

 

 ところが今年に入り、じいから助言されたのをきっかけに。

 再び歴史編纂と共に、国公式の歴史書を出版するようザンゲツに命じた。

 —— —— ——

 

「いやぁ……! 数年前までリディア様とどうなるかと、やきもきしてましたが。その心配もなくなりましたしなぁ」

『……』

「あとは歴史書をなんとかすれば、拙者も思い残すことなく、いつ城を去」

『——じゃあな』

「あぁっ!?」

 

 悦に浸りはじめたザンゲツに付き合っていられず。横を通り過ぎて、宮殿に戻った。

 

 昔からザンゲツは、エッジとリディアとの縁成就を祈っていたが、4年前に叶った。

 長らくエッジのサンドバック要員をつとめていたが、タツミにその座を譲った。

 

 あとは歴史書をまとめあげれば、『上がり』の状態。

 それ以降は、悠々自適な余生が待っている。嬉しくてたまらないだろう。

 

 

——午後1時過ぎ

 

 

 執務室に戻って変化を解き、午後の公務に取り掛かる。

 

 書類を読んでいたら、手元で何かがちかりと光ったのが視界に入った。

 背後の窓から射す陽の光に照らされたのだろう。

 

 エッジの視線の先は、左の薬指。そこにはプラチナの指輪がはまっている。

 数日前からつけ始めたそれに向かって、まるで愛おしいものを見るように。

 ふっと笑みを浮かべてから、再び視線を書類に戻す。

 すると、タツミが執務室に入ってきた。

 

「失礼します」

「おう、ご苦労さん」

 

 タツミは午前と午後の最初と最後、1日最低4回は必ずここに現れる。

 じいの役職だけでなく、習慣も引き継いだのだ。

 

「じきにミストの村長がお越しになります。お心づもりを」

「何時だっけ」

「1時半の予定です」

 

 午後の予定を申し渡されて、目を通していた書類を机に置くと。

 椅子に座ったまま伸びをしながら、タツミにこう言った。

 

「……あいつもよくやるよなぁ」

「何をでしょう?」

「ひそひ草で言やいいのに、辞めるってだけでわざわざここ来るんだぜ?」

 

 今月いっぱいで、ラルフはミストの村長を退くことになっている。

 本人からは何も聞いていないが、先月リディアからその話を聞いていた。

 

(次は誰がやるのかね……?)

 昨夜行われた月後半の寄合で、新しい村長も決まったと思われる。

 本日ラルフはその人物の名を、エッジに教えてくれるであろう。

 

「……お館様は、あの方を大いに買われておられるのではなかったのですか」

「まぁな」

「冗談でもそういうことをおっしゃってはなりませんよ」

 

 渋い顔を見せながら、やんわりたしなめてきたタツミに苦笑する。

 

 —— —— ——

 『エッジ』に取って代わって、『ツクヨミ』がミストで親しまれるようになっても。

 ラルフは集合体の長として、『エッジ』とのお付き合いを続けてくれた。

 

 しかもラルフは、この4年のエブラーナ復興支援を通じて。

 それまで限定的だったミストとエブラーナの関係の幅を広げてくれた。

 

 商売大好きシビエン家が、ある果物の農園をミストに建設する計画まで浮上している。

 それをミストが受け入れるかどうかは知らないけれど。

 

 未だにミストへ移住したエブラーナの民は誰もいないが。

 ミストの存在を知らない民はもういない。

 —— —— ——

 

「話は変わりますが……先日、リディア様の新居を外から拝見させていただきました」

「おっ、どうだった?」

 

 11の月からリディアとクオレは、ミストを離れてエブラーナに移住する。

 今年の春から城下町の北区画に自宅を建てていたが、既に完成している。

 なお建築費は、リディアとエッジで折半した。

 

 —— —— ——

 4年前に起こった真月の戦いの最中、城下町は大きな被害に遭った。

 死者はいなかったが、家を失くした住民が続出。

 

 真月の戦い終了後、エッジはすぐ立て直しに着手した。

 城の北に新たな区画を設けて、民家と住民向けの店舗は全てそこに移動。

 東西の城下町には、それぞれ国営の建築物と観光目的の店舗を集めて。

 今年の春から、観光客の受け入れを再開させた。

 —— —— ——

 

「立派な建物でした」

「そうだろ?」

「ここの生まれでない方が作ったとは思えませんよ……! あの方は、エブラーナの建築手法をわざわざ学ばれたのでしょうか?」

「村長になる前、暇つぶしに独学したんだとよ」

「そうですか……内装がどのようなものなのかも気になりますね」

 

 新居を建てる際、リディアは建築家でもあるラルフに設計を依頼した。

 

 —— —— ——

 新居の外装は、瓦屋根などエブラーナ従来の建築方式を。

 内装は数部屋を除き、靴を履いて動けるようにミストや他地域と同じ方式を……。

 —— —— ——

 

 エブラーナとミストで生活習慣や文化が違う。

 ラルフはそれを考慮して、エブラーナとミストの折衷住宅を設計してくれた。

 

「リディアに頼んどいてやっから、ソイと一緒に中見せてもらえよ」

「はい。ぜひそうさせていただきます」

 

 エッジに関わるもの全てを、タツミは心底から素晴らしく感じる。

 それがわかっていても、やはり褒められるとうれしいものである。

 

「ラルフの奴。体型はやべえが、前の奴よりよっぽど仕事してるよなぁ」

「……」

 

 得意満面な表情で前任と比較して、ラルフを褒め称えると。

 タツミは返事をせず、何か思い詰めた表情でこちらを見ている。

 

「おい、話聞いてんのか??」

「っ……申し訳ございません」

 

(このネタになると、様子おかしくなるな)

 普段からよく、ミストの現任と前任の村長を比較して現任を褒めちぎっている。

 その度に、タツミは鈍い反応を見せることが多い。

 

「疲れてんのか?」

「いえ、全く」

「ふーん」

「それでですね——」

 

 タツミが元の表情に戻り、他の用件を伝え始めたことで。

 エッジはそれ以降、彼の微妙な反応について考えるのを辞めてしまった。

 

§

 

「……以上が現在入っている情報です」

「了解」

「何かご不明な点はございますか?」

「いや、ちょいと込み入ったこと聞くが……おまえら、本当に後悔してねえのか?」

「子どものことでしたら、後悔しておりません」

「……そっか」

 

 神妙な顔つきでタツミにたずねてみたら。質問の意をすぐ理解してくれたようで。

 背筋をぴんと伸ばしてから、はきはきと答えてくれた。

 

 —— —— ——

 一昨年タツミは、当主を傍系の者に譲ってじいの補佐としてエブラーナ城に戻ってきた。

 同時に妻のソイも職場復帰したものの。彼女が妊娠休暇を取る気配がない。

 

 それが気になって、エッジはじいが辞める直前。

 タツミにそれとなく聞いてみたら、彼はこう答えた。

 

『僕たちは子どもを作りません。ソイも定年まで働くつもりでいますよ』

 

 —— —— ——

 

 改めてタツミに確認してみたが、意思は変わらぬままだった。

 

「直系の血が途絶えるだけで、シビエンは当面安泰ですしね」

「……やっぱ、親父が引き金か」

「おっしゃる通りです」

 

 —— —— ——

 タツミの父親イヌイは『呪淫』をかけられ、長らく後妻と末娘の傀儡状態にあった。

 

 ところが、後妻と末娘が逮捕されてから3年後。

 傀儡状態から解放されて、自我を取り戻した直後に自害してしまった。

 

『一刻も早く、我が主君にお詫びせねば』

 

 当時イヌイの遺体のそばに、そう記された遺書が置かれていたという。

 —— —— ——

 

 イヌイの主君——敬慕対象は前国王、エッジの父親である。

 前国王が存命していたら、『呪淫』にかかることもなかったかもしれない。

 仮に『呪淫』にかかっても、解除後に前国王が『生きろ』と命じたら。

 イヌイは自害せずに済んだかもしれない。

 

「もともとソイが結婚前から出産に乗り気ではありませんでしたから」

「は?」

「シビエン直系の血が、子どもに引き継がれることに不安を感じたそうです」

「娘が生まれると、オレ依存症になっちまうもんな……」

「僕も……父上が亡くなってから、ソイの気持ちがよくわかりました」

 

 敬慕対象によって人生を左右される、シビエン直系男性も。

 王族の誰かへ盲目の恋に陥る、シビエン直系女性と大して変わらない。そう思ったのだろう。

 

 イヌイの死はソイだけでなく、タツミにまで子作りを諦めさせてしまったようだ。

 

「お館様は、僕たちの決断に未だ納得されてないように見受けられますが」

「いや、そういう訳」

「——いい考えがございます」

「な、なんだよ……」

 

 どう答えたらいいか考えあぐねていると。

 タツミが薄い笑みを浮かべ、話の主導権を握った。

 

「一度ソイを交えて話し合いの場を設けましょう」

「!?」

「それであらかた納得していただけると」

「——い、いい! やめろ!」

 

 タツミからの提案を、両手を振ってまで拒絶した。

 

 —— —— ——

 『ツクヨミ』やリディアとの一件を知って以来。

 ソイはエッジを邪険にするようになった。

 

『リディア様、泣かせていませんよね』

 

 廊下ですれ違う度に、お館様は女の敵。

 ソイがそう言いたげな目で、エッジにちくりと言ってくる。

 —— —— ——

 

 リディアの小姑のような女と、話し合いなんてごめんだ。

 

「冗談ですよ」

「っ、んだよ……! びっくりさせんなっ!」

 

 怒鳴りながら、ソイに見立てた机を両拳で叩きつけてやった。

 

「申し訳ございません。ソイから『この一言でお館様は折れる』と言われておりまして、一度試させていただきました」

 

 タツミはエッジの犬。これまでエッジの前で一度も冗談を口にしたことがない。

 そんな男に冗談を言わせるなんて、ソイはなんとも厄介な女である。

 

「……もう言わね」

「はい?」

「好きにしろって言ってんだよ」

「ありがとうございます……! お館様が僕たちの将来を案じて下さったことは終生心に留めておきます」

 

 今後エッジはタツミ夫婦の子作りに関して、何も言わないことに決めた。

 

(ジェラルダインもシビエン直系も……これでよかったのかもしんねえ)

 タツミとソイの間に生まれてくるであろう子どもが。

 決められたレールを歩まねばならなかったエッジや。

 前国王が亡くなって己を制御出来ず、結果自害したイヌイとかぶって見える。

 血に振り回される者は、これ以上現れない方がいい。

 

「僕たちの心配よりも、ゲッコウさんの恋を応援してあげてください」

「しねえよ」

「そんな冷たいことをおっしゃって……ゲッコウさんがお泣きになりますよ」

「あれは文通までこぎつけただけで奇跡だ」

 

 次期国王候補かつ、御伽衆のゲッコウは未だ独身である。

 体型にそぐわず女性に奥手な性格なので、仕方がない。

 

 —— —— ——

 とうの昔、エブラーナの出生率を増加させるため。

 エッジはゲッコウに結婚を迫ったことがあったが、なしのつぶて。

 このまま男やもめ人生まっしぐらかと思われた。

 

 ところが、真月の戦いの最中にたまたま寄ったミストで、ある女性に一目ぼれ。

 復興の手伝いに何度も城下町を訪れたその女性に、勇気を出して声をかけたのを機に。

 文通を始めるようになったらしいが、それ以上の進展はないだろう。

 —— —— ——

 

「ゲッコウさんで思い出しましたが……ソイが今度イザヨイやハツイと旅行にいくそうです」

「……ずいぶん仲良いな」

「ソイは妹が欲しかったのです」

 

 —— —— ——

 早々と独身宣言していたイザヨイは、現在も御伽衆かつ次期国王候補。

 相変わらず時間に余裕があると、友人とつるんでいる。

 友人——ハツイは真面目な仕事ぶりから、将来の女中頭と暗に呼ばれている。

 —— —— ——

 

 そのふたりに、忍具造りのエキスパート——ソイが加わるとなれば。

 3人共仕事が出来る分、文句も言わせてもらえなさそう。

 エッジにとって厄介な勢力になりそうで、うかうかしていられない。

 

(それでもいい傾向か……)

 外回りが多いお城勤や御伽衆は、他の部署との交流が少ない。

 現場忍者は高給取り。他の使用人からそうやっかまれがち。

 他部署の者と交流があれば、城内の人間関係も安定するかもしれない。

 

「ソイの妹があいつらなら、子どもが忍具だな」

「そうですね」

 

 事務方と連絡可能な呼び鈴のおかげで、見えない護衛は廃止された。

 その鈴を作ったのは、結婚退職したにもかかわらず。

 古巣の武具開発部に頻繁に出入りしていたソイだと聞いている。

 

「なら、もっといいもん作ってもらうとすっか。——オレ用に」

「ええ。ぜひそうしてあげてください」

 

(リディアとクオレがこっち来るし……)

 ソイにはこれからもお国のためだけでなく。公私共に便利な忍具を作ってもらえばいい。

 

「では、夕方……」

「今から修行か」

「ええ」

 

 タツミは毎日午後から、御伽衆のツキノワ『だけ』に。

 結界術と感知能力の修行をつけている。

 

 —— —— ——

 天才児という噂を聞きつけ、孤児院でツキノワを目にした時から。

 彼は次期国王にふさわしい人材。エッジはそう思っていた。

 

 当時ツキノワは、まだ10にも満たない小さい子ども。

 そのため御伽衆に昇進させてから、周囲にも本人にも内緒の上で。

 他の御伽衆と同じように、次期国王候補としての教育を受けてもらっていた。

 

 そんなツキノワも、もう14歳。いつまでも黙っている訳にはいかない。

 復興を終えてすぐ。エッジはツキノワと1対1で話し合う場を持った。

 

 ツキノワを次期国王候補、なおかつ最有力候補として考えていること。

 今後はタツミの下で結界術を習得し、感知能力を磨く修行をしてもらうこと。

 以上の内容を、ツキノワが20歳になってから公式発表する旨を本人に伝えると。

 

『お館様のご希望に沿えるよう、今後も精進します』

 

 ツキノワは即座に承諾してくれた。

 —— —— ——

 

 ツキノワはまだ若い。イザヨイやゲッコウに比べたら実戦経験も少ない。

 それでも任務と並行して修行を続けて、攻守ともに優れた忍者になれば。

 次期国王候補と公表しても、民は納得してくれるだろう。

 

「あいつさ」

「……彼がどうかしましたか」

「おまえから見て、どんなもんだ?」

「そうですね……」

 

 防御や補助のプロから見て、ツキノワの実力はいかがなものか。

 タツミにたずねてみたら、彼は返事をしてから目を閉じた。

 

 —— —— ——

 タツミは遁術が全く使えない。しかし、幼少の頃からエッジを守りたい。

 その一心で結界術の習得に励み、感知能力も磨いた。

 それらに関しては、エッジ以上の実力を持つ忍者である。

 —— —— ——

 

 タツミがしばらく考えこんでいたが、ゆるゆる目を開けるとこう答えた。

 

「結界術は、向こう10年以内に全て伝授出来ると思います」

「……早ええな」

「ただ、感知能力は現段階では何とも答えようがありませんね」

 

 結界術や感知能力は、習得難易度が高い。

 特に感知能力は、生まれつきの体質によるものが大きい。

 ツキノワもいずれ限界が訪れるかもしれない。タツミはそう言いたいようだ。

 

「感知は、得意な生徒の中からスカウトしたらいいや」

「そうですね。そのための忍者学校ですから」

「結界術優先でしごいてやってくれ」

「かしこまりました。それでは、また夕方——」

 

 一礼をして執務室を後にしたタツミを見送ると。

 机の片隅に積まれた書類の束から、1枚手にして。

 ラルフが来るまでの間、書類作業に入った。

 

(10年以内か……)

 エッジに似て修行好き。毎日弱音も吐かず精進に励む、あの少年なら。

 厳しいと噂される、結界術の修行にも耐えられると思う。

 

 何も話していないが、既にタツミは察しているだろう。

 ツキノワが国王に即位した暁には、引き続き最側近をつとめて欲しい。

 エッジがそう思っていることを。

 

 ただ、その時期をいつにするか。エッジ自身まだ決めかねていたのであった。

(やっぱオレが死んでからか……?)

 

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