※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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エッジ視点


それぞれの道・2

 

 

——それから数十分後 午後2時すぎ

 

 

「今日もこの部屋でしたね。通していただいてありがとうございます」

「ばかか。前もこっちだったろ」

「はは……僕はエッジ様に認めてもらったようですね」

 

 無事に執務室での面会が実現し、ラルフが安堵するような表情を見せた。

 

 ラルフのエブラーナ城訪問は、8年前リディアが幻獣界に幽閉された直後以来だ。

 さっさと帰っていただきたい面会客は謁見の間。

 そうでない面会客は、この執務室に通される。

 お館様面会事情に詳しかった、前任の村長から聞いていたのだろう。

 

「で? 用件は何だ」

「はい。リディアから聞いて、もうご存知だと思いますが……」

 

 ラルフがソファから腰を上げ、こう告げた。

 

「今月末で村長を辞することになりました。エッジ様には『ツクヨミ』さんの頃よりお世話になりまして、今まで本当にありがとうございました」

「長い間ご苦労だったな」

「とんでもございません」

「個人的にも手伝ってもらって、すげえ感謝してんだ」

 

 お辞儀と共に挨拶を済ませたラルフに続いて。

 エッジも立ち上がり、がっちり握手を交わした。

 この8年間。ラルフとは前任以上に良いお付き合いが出来た。

 

 幻獣界専門家での著書出版を機に親しくなった世界各地の新聞記者。

 本業である、建築関係の同業者……。

 ラルフはミゼル以上に、人脈が多種多様で広かった。

 

 彼はミストの住民以外にも、そのツテを駆使して。

 各地から作業員やボランティアを集めて、エブラーナの復興に協力してくれた。

 ここでお礼を言わない方がおかしい。

 

「村長を辞しても、ご縁が切れないようで何よりです。今後ともどうぞよろしくお願いします」

「ああ、よろしくな」

 

 座るよう手で示すと、ラルフが満足そうな表情で再びソファに座った。

 

(オレとまともに相手してくれるしな)

 ラルフは分け隔てなく人と接することが出来る。とっても素晴らしい人間だ。

 

 —— —— ——

 『ツクヨミ』の正体が知られて以降、エッジはミストの住民にからかわれがち。

 しかしラルフは昔も今も変わらず、対等に接してくれる。

 

 リディアとクオレの新居も、設計から施工まで面倒を見てくれた。

 もともと妻と娘同士それぞれ仲がいいので、今後も付き合いは続くだろう。

 —— —— ——

 

「つーか、花火ん時にそれ言ってくれりゃよかったのに」

「当時はまだ公表していなかったもので……あ、どうもありがとうございます」

 

 ちょうど握手を交わし終えたと同時に、女中がお茶を届けに来た。

 冷たい緑茶をラルフが一口すすり、机に置いたのを見届けると。

 エッジから話を切り出した。

 

「これから二足のわらじか」

「ええ。やっと2冊目に取り掛かれそうです」

 

 ラルフはこの8年、二足ならぬ三足のわらじ状態。

 村長職を優先し、建築家の仕事をセーブしていた。

 残るわらじ——幻獣界専門家としては、8年前に初の著書がベストセラー入り。

 2冊目も狙っていたが真月の戦い以降、執筆を中断していた。

 

「ただ、2冊目を出版したら専門家を若者に譲ろうかと思っています」

「息子にか」

「……オリバが執筆出来るとお思いですか?」

 

 ラルフは長男を、次期専門家候補から真っ先に除外したようだ。

 

「まあ、むりだな」

「あいつは好きにやらせますよ」

 

 真月の戦いから、半年後の秋。

 長男オリバは念願叶ってラムウと契約。晴れて召喚士となった。

 将来はベスと共にリディアの後継——黒魔法や召喚術の導き手になるだろう。

 

「先日の花火大会にも協力いただき、ありがとうございました」

「お礼言うほどのもんかね……」

 

 ミストでは毎年夏に花火大会が行われている。

 

 エッジは『ツクヨミ』から本来の姿に戻ってからも。

 この日と翌日の午前中は休暇を取って。

 リディアが他国に発注した住民配布用のアイスを引き取ってから。

 ミストに向かい、リディアやクオレと過ごしていた。

 

「寸劇の評判、今年も上々でしたよ」

「……ありゃ台本のおかげだろ」

「そんなことありません。今年はアクションが際立っていましたね」

 

 花火大会の余興係は、エッジからラルフにバトンタッチしたままだったが。

 3年前から悪ガキたちに誘われて、エッジを中心に4人で寸劇——コントを披露している。

 

 オリバたちが半年ほどかけて台本を作り、エッジが毎年主人公。

 ちなみに今年は勧善懲悪もの。立ち回りがとっても多い内容であった。

 

「来年こそ、ぜひ女役を」

「……息子に言えよ」

「オリバは似合わないですよ。変化の術も使えませんし……」

 

 エッジがミストに出入りするようになってから、早17年近く経つ。

 最初の数年間は、よくオリバたちから『遊んでくれよー』とせがまれた。

 そんな彼らも、あと数年経てば成人を迎える。

 昔は観客として笑っていた側が、今は観客を笑わせる側に回った。

 

 ついこないだまで子どもだと思っていたのに。すっかり大人に成長した者。

 働き盛りの年頃だったはずが、今では老いが目立つ者……。

 ミストで暮らす住民の今昔模様が次々と脳内に浮かんでくる。

 

「……そういえば」

「あ?」

「この間、幻獣王様とアスラ様がミストにお越しになりましてね」

 

 時の流れをしみじみ感じていたら。ラルフがお茶をすすりながら話題を変えた。

 

「それ、いつだ」

「先週です。突然でしたね」

 

 ラルフの報告にさして驚きはなかった。

 なぜなら、幻獣界は真月の戦いを機にすっかり様変わり。

 ミストの住民限定だが、地上との交流を始めていたから。

 

 —— —— ——

 かねてより幻獣界の王リヴァイアサンは、地上や人間嫌いであった。(ただし若い女性を除く)

 

 娘以上に溺愛していたリディアを、2年間幻獣界に幽閉。

 リヴァイアサンはそんな暴挙を犯してから。

 妻のアスラやラムウから『せめてミストの者とは交流すべき』と日々説得されていた。

 

 説得により、リヴァイアサンが軟化に傾きつつあった頃。

 同胞と共にマイナスの手に堕ちてしまったが。

 アスラと共に解放された直後。リディアからこんなお願いをされていた。

 

『ミストの花火、すごくきれいです。ぜひ見にきてください』

 

 後日リディアがミストでリヴァイアサンを召喚して、再度交渉した結果。

 傀儡状態から助けてもらった恩もあり、参加を了承してくれた。

 

 その年、ミストでは花火大会が開催された。

 地上で唯一無被害だったため、景気づけの意を込めてだ。

 

 この日は、ミストの歴史にまた新たな1ページが刻まれた日でもあった。

 まず大会当日の夕方。リヴァイアサンやアスラが人間体でミストに現れた。

 近くの洞窟に住まうミストドラゴンも集落にやってきて、子どもたちと遊んでいた。

 

 打ち上げ花火の直前。リディアがエリクサー片手に他の幻獣たちを召喚。

 ミストの夜空に舞い上がる、色とりどりの9発の花火をみんなで鑑賞。

 幻獣たちは、みんな満足げに元の世界や場所に帰っていった。

 —— —— ——

 

 その日以来、幻獣王夫妻は毎年花火大会に参加している。

 しかも時折ミストに顔を出して、住民と交流するようになった。

 

「……スパン短くね?」

 

(花火終わったばっかだろ)

 電撃訪問に驚きはしなかったが、首をかしげてしまう。

 これまで幻獣王夫妻は年に3、4回ぐらいしか、ミストに来ていなかったはずなのに。

 

「ええ。それがですね……」

 

 ラルフが表情を曇らせて、続けてこう話した。

 

「幻獣王様が、若い女性や子ども数人に目を付けたとの情報が……」

「悪癖復活かよ」

「そのようです」

 

 —— —— ——

 リディア空白の2年間以降。地上ではまことしやかにこうささやかれている。

 

『幻獣界の王は地上の女を大層お気に召している』

 

 もちろんミストでそれを知らない者はいない。

 そして、先週幻獣王夫妻がミストを電撃訪問した翌日。

 

『昨日幻獣王様たちが来てたでしょ? あれ、花火大会の時に目星をつけた女の人たちに会いにやってきたのかもしれないよ??』

『こないだの花火大会で、リヴァイアサン様が何人かの女性をじろじろ見ていたんだよ』

『女の人を見ながら、にやにやしていたなぁ』

 

 ラルフの元に多くの住民から、そんな情報が寄せられたという。

 —— —— ——

 

「ステラもその日、幻獣王から危なげな視線を向けられていたと教えてくれました……」

 

(ステラは懐っこいし、目立つからなぁ)

 上の息子3人が全員妻の味方に回る中。唯一父親を慕うステラまで。

 リヴァイアサンのターゲットにされたとわかれば。

 村長としても父親としても、看過出来ないだろう。

 

「つっても、しばらく様子見でいいんじゃね? アスラが目ェ光らせてんだからよ」

「そうですね。アスラ様がおられない時は要注意ですが……何はともあれ、ミストが海から離れていてよかったですよ」

「確かにな」

 

 ようやく安堵の表情を見せたラルフに、エッジも同意した。

 

 —— —— ——

 海の主でもあるリヴァイアサンは、わざと海難を起こして。

 リディアだけを救助して幻獣界に連れて帰った、いわゆる前科持ちである。

 

 ミストは山に囲まれた小さな村で、海とは全く縁がない。

 しかし、他の地域や国はそうもいかまい。

 お好みの女性が海に近付こうものなら、リヴァイアサンは津波を起こすか。

 そこから現れて、その女性をかっさらっていくかもしれない。

 

 アスラがリヴァイアサンの妻である限り、大丈夫だと思われるが、絶対は絶対にない。

 仮にさらわれて、後日アスラが地上に返してくれるとしても。

 さらわれた当事者も家族も周囲の人間も、心情的にいい思いはしないであろう。

 —— —— ——

 

 今後のミストの目標は、幻獣王たちと話し合いの場を設けて。

 幻獣界から『人間は誰もさらいません』と確約をもらうことだという。

 

「エブラーナやエッジ様に、大変失礼だと思うのですが……」

「何が」

「4年前の災厄は、ミストにとって恩恵だったように思えてならないのです」

「気にすんなよ。実際そうなんだからさ」

 

 —— —— ——

 村の守護幻獣も復活し、召喚士も増えた。

 4年前のミストの花火大会を皮切りに、幻獣界とミストの交流が始まった。

 幻獣界との交流を深めるための、新たな行事も始まっている。

 将来、地上と幻獣界の交流も始まるかもしれない……。

 —— —— ——

 

 リディアたちミストの住民が夢見ていた未来が。

 真月の戦いを機に、少しずつ形になりつつある。

 

「今頃……どこでどうしているんでしょうね……」

 

 ラルフが表情を暗くさせて言葉を切った。

 主語がなくても、一体誰のことを指しているの丸わかり。

 

「ミゼルたちか」

「はい……」

 

 ミストの前村長ミゼルと妻ジャンヌは、4年前の災厄の1ヶ月後。

 ミゼルの足の怪我が癒えたのと時同じくして、ミストから去った。

 それも行き先や出立日を告げず、ほぼ夜逃げ同然で。

 

 —— —— ——

 今のミストがあるのは、ミゼルのおかげと言っていい。

 

 多数の死傷者を出した火災を機に、多くの移民を受け入れた。

 一部の先住民が頑として拒否していた、白魔法教育も導入した。

 

 世界唯一の召喚士のを理由に、ちやほやされたくない。平時は普通の娘として生きたい。

 そう望んだ幼なじの娘であり、自身と志を共にするリディアのために。

 『住民は出来る限り平等であれ』をベースとして、ミストの環境を整えた。

 

 ミストの大掃除と銘打って、合法的にクーデターを起こして元権力者たちを追放。

 過去から続いていたミストの魔法実力主義社会を撤廃すると、村長の座をラルフに譲った。

 —— —— ——

 

 ジャンヌはさておき、ミゼルはミストと幻獣界との交流を望んでいたはずだが。

 それを見ぬまま、ふたりはミストから消えた。

 もっともミゼルは、その目でもう『見る』ことは出来ないけれど。

 

「エッジ様はリディアたちから何も聞いていないのですか?」

「なんで聞かなきゃならねえんだ」

 

 ミゼルとジャンヌが消えてから4年が過ぎたが。

 エッジやラルフ、ミストの住民はふたりの移住先や近況を全く知らない。

 

「エッジ様は、リディアに一番近い方ではありませんか」

「おまえがリディアたちに聞きゃいいだろが。奴のことなら、おまえの方があいつらの信頼度高けえぞ?」

「何度聞いても無理だったので、こうしておたずねしてるのです」

「……まあ、おまえの嫁もハブにされてっからな。よっぽど教えたくねえんだろ」

 

 ミゼルたちの行き先を知っている者は、リディアとクオレ。

 そして、離婚手続きでミゼルに世話になったライザ母娘ぐらいしかいない。

 しかし事前に口止めされたのだろう。彼女たちにたずねても何も答えてくれない。

 

「その……エブラーナでは、今月から何でも屋稼業を再開したと伺いました」

「タツミに聞いたのか」

「はい。どうか、ミゼルさんたちの行方を捜索していただけないでしょうか」

「断る」

「依頼料2倍払いますから」

「金の問題じゃねえんだよ。そんなことで忍者使うのもったいねえ。勝手に消えたんだからもうほっとけよ」

「……仕方がありませんね。エッジ様はミゼルさんがお嫌いですから」

「なんとでも言え」

 

 ラルフが怪訝そうな表情を見せたが、本音を包み隠してあしらった。

 

 あの夫婦が今どこで何をしているのか、気にならない訳ではないが。

 居場所を教えろとリディアたちに迫ったり。

 お城勤を使って動向を追ったりするなんて、プライドが許さない。

 

 あの男は目が見えなくなると知ってから、様々な準備をしていたぐらいだ。

 静かに生きるタイプではなかろうし、いずれ風の噂で耳にするだろう。

 エッジはそう考えて、ミゼルたちのことは放置していた。

 

「昔のことなんかどうでもいい。今やこれからの方が大事だぞ?」

「まあ、おっしゃる通」

「——で??」

「っ、はい……?」

「誰だよ、次の村長。——昨日、寄合で若けえ奴指名したんだろ?」

 

 8の月の上旬の寄合で、村長決めの立候補者を募ったが誰も現れなかったため。

 1か月後、9の月下旬の寄合でラルフが誰かを指名するだろう。

 先月行われた花火の日に、リディアがそう話していた。

 

「いやぁ、それが……」

「どうした」

「その……」

「おい」

「……それは……その……」

 

 それまでの軽快な口調はどこへやら。ラルフが突然しどろもどろになった。

 

「なんだよ。ぐずぐずしねえで……?」

 

こんこん

 

「何だ!」

 

 答えを促そうとしたエッジだったが、執務室の扉を叩く音で。

 途中で言葉を切って、扉に向かって声を上げた。

 

「お客様がお見えになっています」

 

 女中の返事を聞いて、思わず眉をひそめた。

 

(鈴使えよ……)

 面会中なことぐらい知っているだろうに。

 用事にしたって、各部署に連絡用の鈴が置いてあるのだから。

 それで連絡すればいいではないか。

 

「それどころじゃねえの。丁重に追い返してやってくれ」

「いえ。こちらにご案内いたしました」

「何!?」

 

 扉の向こうから女中がしれっと答えて、ぎょっとする。

 事前連絡なし——アポ無し客を使用人がここに連れてきたことは、今まで一度もない。

 

「っ、ああ……っ……!」

 

 突然ラルフが両手で頭を抱えながら、うめきはじめた。

 

「おい、どうした!」

「……や、やっぱり……留守番させておけば……!!」

 

 ラルフが口にしたワードを聞いて、とても嫌な予感がしてならない。

 女中が連れてきたのは、エッジへの面会客ではない。

 来客ラルフの同伴者。つまり……。

 

「追い返」

「——失礼します」

 

 追い返せと叫ぼうとしたら、女中が扉が勝手に開けた。その瞬間。

 

「エッジさまぁー!」

「!?」

 

 扉の隙間から子どもがたたっと駆けてエッジに飛びついてきただけでなく。

 ある女が部屋に入ってきた。

 

(まさか、こいつが……!)

 その女を目にするなり、エッジは答え——ミストの新しい村長——と共に。

 ラルフがそれを答えられずにいた理由を悟ったのであった。

 

.

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