※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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女ともだち・2

 

 すぐさまリディアは、エッジを連れて自宅に帰ることにした。

 

 エッジの様子を見る限り、机を叩いたり、荒っぽく床を足で叩きつけん勢い。

 『防音結界』を使っても、振動だけは防ぎようがない。

 物音や振動に敏感なベスが苦痛に感じる可能性があるから。

 

「クオレたちが帰ってきたら、お家に送っていくから心配しないでいいわよ」

 

 退散前にそう言って見送ってくれたライザには感謝しかない。

 しかし、おやつを全て食べ切れなかったのが、大いに悔やまれる。

 

 

——それから10数分後

 

 

 9月とは言え、昼間はまだ暑い。帰宅後すぐに緑茶を準備した。

 氷満タンのグラスに濃いめのそれを注いで、冷茶を作ってから。

 居間机で座っていたエッジにグラスを差し出してあげた。

 

「はい、どうぞ」

「ああ」

 

 エッジがグラスをぐっとつかみ、緑色の液体を飲み始めた。

 

(そんなに喉乾いてたんだ……)

 喉を鳴らしながらの様を見て、すぐに察しがついた。

 エブラーナを発ってから、ここまで何も飲まずだったようだ。

 

「はぁー!」

 

 無事に一気飲みを終えて、エッジがたんと音を立てながら。

 グラスを机の上に置くと同時に息をもらした。

 

「おじ……っ!」

 

 おじさんみたいな飲みっぷり。ついいつもの癖でそう言いかけたが。

 慌てて言葉を途中で切り、続きを口にするのをぐっとこらえる。

 

「何か言ったか」

「う、ううん? なんでもないっ」

「あ、そ……」

 

 首をぶんぶん横に振ったら、エッジが受け流してくれて胸をなでおろす。

 

(あぁ、危なかったぁ……)

 ただでさえライザの自宅からここへ帰ってくる道中も、エッジはかっかしていたのに。

 今『おじさん』なんて言ったら、火に油を注ぐようなものだ。

 

「ラルフさんたちもミストに一緒に連れて帰ってきたの?」

「知らねえ」

「えっ?」

「城下町で買いもんして帰ってくるんじゃね」

 

 ぶすーっとしながら、エッジがこうなるに至った一部始終を話してくれた。

 

 ***

 

——1時間ほど前

 

 村長退任の挨拶のために、ラルフがエブラーナ城にやってきた。

 初めは、ほどほどに気分良く歓談していたが、次のミストの村長は誰なのか。

 エッジがそうたずねたら、突然ラルフが怯え出した。

 それとほぼ同時に執務室に来客——ステラとアリサが現れた。

 

「久しぶりね。エッジさま!」

「おまえらもエブラーナ来てたのか!?」

「そうだよ? 『お父さんは今からお仕事だから、その間お買い物してなさい』って言われてお別れしたんだけど、30分経ったし、もういいかなぁって」

 

 ステラの説明で、だいたい察しがついた。

 

 観光と家族サービスも兼ねていたのだろう。

 ラルフは、エブラーナに妻と娘も連れてきていた。

 お城でエッジと面会している間。城下町を散策しているように。

 妻と娘にそう申し付けて、別行動を始めたまではよかったが……。

 エッジに会いたいとごね始めたステラを連れて、アリサがお城に乗り込んできたのだ。

 

「ラルフ」

「は、はい……」

「まさか、こいつが次の村長って言」

「——来月からあたしが村長でーす。オヤカタサマ、これからよろしくねー?」

 

 ドヤ顔で自己紹介してきたアリサをよそに、ラルフに視線を移せば。

 彼は真っ青な顔でうなずきながら認めた。

 

「くそっ!!」

 

 エッジは執務室どころか、お城から飛び出して……現在に至る。

 —— —— ——

 

「もう決まったことだから、エッジがここに来ても覆らないよ?」

「オレに内緒にしようって、おまえらが示し合わせたと思ったんだよっ」

 

 短絡すぎやしないだろうか。そう思ったが、言えない。

 あまりにもエッジの機嫌が悪すぎて。

 

「村を挙げてエッジにドッキリなんかしないよ。考えたらすぐわかるでしょ」

「ラルフの奴、ずっと黙ったままだったぞ?」

「それはエッジの反応が怖かったからだよ。次の村長さんのこと隠したまま帰るつもりだったかもね」

 

 かねてからエッジはアリサのことが大の苦手だった。

 それが4年前のある出来事を境に、それまで以上に忌避するようになった。

 

 そんな人に『次の村長は僕の妻です』なんて言ったら、発狂しかねない。

 ラルフはそう踏んで、別行動作戦を考えたのだろう。

 結局、当の妻の乱入によって最悪の結果に終わってしまったようだけれど。

 

 何にせよ次期村長がアリサだと知り、すぐさまエブラーナを飛び出してきたぐらいだ。

 エッジもそう簡単に収まりがつかないだろう。

 

(どうやってなだめたらいいかなぁ……?)

 リディアがそう思案に暮れようとした矢先。

 

「ったくよぉ、何のための村長決めなんだ」

「……」

「ここの若けえもんも誰か立候補しろっての」

「アリサが夏に根回ししてたんだって」

「そんなもんで折れちまったのか? 情っさけねえ奴らだな」

「みんなアリサより若いもん。遠慮するよ」

 

 ねちねちとしたエッジの物言いにリディアは食傷気味。

 ふんぞり返るように椅子に背を預けた偉そうな姿勢なのも余計して。

 ミストのご意見番を通り越して、クレーマーに見えてきた。

 

(あたしは店員さんや苦情受付係かな……)

 クレーマーははた迷惑な人のこと。

 彼らは商品や客の対応に不満を持ち、お店や会社に言いがかりのような苦情を申し立てる。

 最近各地のお店や食堂にクレーマーがよく出没するため。

 店主や会社のお偉いさんは、みんな戦々恐々としている。

 新聞にそんな記事が載っていた。

 

「おまえもライザも聞いてなかったのか」

「知らないよ。村長になりたかったって、昨日寄合で知ったばかりだもんっ」

 

 アリサが村長を目指していた。

 ミストでそれを予想していた人はほとんどいなかった。

 

 —— —— ——

 花火大会が終わってすぐ、月後半の寄合が開かれた。

 そこでラルフがこの秋に村長を辞めると宣言した。

 長くても2期——8年——しか続けない。

 村長についた当初、ラルフはそんな公約を掲げていたため驚く者はいなかった。

 

 そして、次の村長になりたい者がいたら、自分に声をかけてくるように。

 出てこなかった場合、9の月後半の寄合で自分が候補を数名指名する。

 寄合の出席者には、そのうちの誰かひとりに投票してもらうと話した。

 

§

 

 そして、昨夜の寄合。

 村長決めが行われることになり、立候補したのは、なんとアリサひとりだけ。

 ラルフもリディアもライザも……その場にいた者が全員、あ然とする中。

 すぐ本人の演説が始まった。

 

 村長職のノウハウを持つ夫にサポートしてもらえる。

 末っ子ステラの面倒も、夫やミストで余生満喫中の自分の両親に見てもらえる。

 3代続けてゼロが村長なら、ミストの魔法実力主義を根絶やしに出来る……。

 村長になった暁のメリットを挙げてから、最後にこう叫んだ。

 

『くそ老人になってから村長になっても意味ないって、キロンでわかってるでしょ!? あたしも若いうちに村長やっておきたいの! どうか村長やらせてくださいっ! お願いします!』

 

 その後に行われた投票の結果。出席者の8割以上の信任を獲得。

 10の月からアリサが、ミストの村長の座につくことが決まった。

 

 寄合が終わってから、なぜだ、一体何があった。

 リディアとライザがアリサにそう詰め寄ると。

 

『あんたまだ若いでしょー? 村長なんか10年早いわよっ』

 

(ラルフさんの奥さんだもん。誰が候補に選ばれるかすぐわかるもんね……)

 村長になるために、ラルフが目星をつけていた若者数名に近付いて。

 立候補しないよう、彼らを説き伏せていたという。

 —— —— ——

 

「だったら、すぐひそひ」

「——それだけのために、どうしてひそひ草で連絡しなきゃならないのっ!?」

 

 クレーマーを遮ってまできつく言い返してやった。

 『ひそひ草』は緊急連絡用。アリサの村長就任は緊急でも何でもない。

 

「そんなに目くじら立てなくてもいいじゃない。わたしたち、もうすぐエブラーナ引っ越すんだから」

「あいつ、オレに嫌がらせする気満々じゃねえか」

「まあ、それはあるかも」

「——失恋の傷、癒すために村長やるんだろ?」

「っ……」

「くっだらねえ動機だ」

 

 吐き捨てるようにそう言ったエッジに、何も答えずじと目でにらむ。

 

 —— —— ——

 アリサを村長職に駆り立てた原因はふたつある。

 まずはこの春、ゴールインしたギルバートと秘書ハルだ。

 

 昨年暮れ。そのふたりの結婚が発表されて、アリサはそれはもう落ち込んだ。

 ライザとふたりで慰め続けて、通常運転に戻るまでに1ヶ月はかかったと思う。

 

 それ以降、夏恒例のバロン公演には足を運んだけれど。

 アリサはライフワークだったギルバートの追っかけを辞めてしまった。

 ぽっかり開いた心の隙間を埋める代わりに、村の運営に着手しようと思ったのだろう。

 

§

 

 そしてもうひとつは、エッジのお目付役として村長になった面もある。

 ジャンヌがミストから去りし今。

 アリサはミストでのリディアの姉役を自ら買って出ている。

 

 更なるミストの繁栄のためとうたいながらも。実はエッジへの私怨並びに監視お小言目的。

 同じ集合体のトップについて、公の場でねちねちする気満々なのだ。

 —— —— ——

 

「そんな奴に村の運営任せて、おまえらいいのか」

「……アリサもミストのこと考えてるけど」

 

 エッジがぶうぶう文句を垂れ流すが、彼はわかっていない。

 

 アリサほどわかりやすい人間もそういない。

 リディアをはじめミストの住民はみんな、彼女の魂胆などすっかりお見通しだ。

 

 ただ、それらを差し引いても村長職を立派につとめるだろう。

 そう思って信任票を投じた者が多かったから、結果村長になったのだ。

 

「あいつ魔法覚えもしねえじゃねえか。昔と逆になっちまったらどうすんだ? そこんとこ考えて信任したのか」

「そうだよ? アリサは単に自分が覚えたくないだけなんだから、魔法なしの村にはしないよ」

 

 アリサは魔法を嫌っているのではない。魔法は他者依存をモットーとしているだけだ。

 

 —— —— ——

 今のミストはファイアやブリザド、サイトロなど快適な生活を送るために。

 必要最小限の魔法を習得する大人がとても多い。

 

 そんな中、アリサはゼロでも習得可能な白魔法すら覚えない。そう公言している。

 かと言って、自分を見習え真似しろと他者に強制しない。

 

 そんな独自路線を貫くアリサを『潔くてかっこいい』と評価する者は意外と多い。

 おまけに、歯に衣着せぬ物言いと決断力がある。

 召喚術を使えず、幻獣を呼べなくても幻獣界を嫌ってもいない。

 —— —— ——

 

 リディアやみんなは、それをよく知っているから信任票を投じたのだ。

 

「どうだか……」

「魔法がいやなら、ミストドラゴンが産まれる前にたまご割ってるよっ」

 

 ぴしゃりと言ったが、正面に座るエッジの表情は変わらない。

 

 アリサが魔法嫌いな訳がない。

 真月の戦いの真っ最中、アリサもエスタの声かけに応じて。

 たまごに精神を注ぎ、現ミストドラゴン誕生に協力してくれた。

 その時エッジも、姿を隠してその場面を見ていたはずなのに。

 

 先ほどライザが、『お気の毒に。あの日よっぽどアリサに追い詰められちゃったのね……』

 エッジにそんな同情を寄せていたが、違う。そうじゃない。

 アリサを仮想敵とみなして、エッジが自分自身を追い詰めているだけだ。

 

「エッジは文句言い過ぎ」

「っ……」

「こうやって普通に出入り出来るようになったの、誰のおかげ」

「——おまえ」

「アリサもでしょっ!?」

 

 なぜそこでアリサの名前を『わざと』抜くのか。大人気ない男だ。

 そう思いながら言い返すと。エッジが頬杖をついてぷいと横を向いた。

 

「……どっちにしろ、オレはなんも頼んでねえし」

「!」

 

ばん!

 

「うそつき!」

「!?」

 

 あまりの身勝手さにいらいらがピークに達して、机を両手で叩いた。

 

「花火もピクニックもみんなノリノリで参加してるじゃない!」

「っ……」

 

(あっ、これいい流れかも!)

 まくしたてるように叫ぶと、エッジが少しひるんだように見えて。

 心の中でしめしめとほくそ笑む。

 

「もういいよっ! そんなに嫌なら、今度」

「——ああ、もう! わかったっ!」

 

 エッジが勢いよく立ち上がり、大声で遮ってきた。

 

 そんなに嫌なら、今度からミストの行事に来なくていい。

 そう言おうとしたリディアに気が付いたようだ。

 

「わかったよっ! 適当に相手しときゃいい……!?」

 

 売り言葉に買い言葉とばかりに、エッジが妥協しようとした。

 今が好機と捉えて、リディアもさっと席を立つ。

 

(お茶を飲んでから、口布下げっぱなしでよかった!)

 身を乗り出して、がら空きのエッジの頬に両手を添えると。

 顔を寄せてちゅっと音を立てながら、軽いキスをしてあげた。

 

「おまえ……!」

「へへっ」

「この野郎! いつのまに色じかけ覚えたんだ……!!」

「わたしは何があってもエッジの味方だよ? いじめられたらフォローしてあげるから、これからがんばってね」

「……そういう時に限って、おまえがいねえんだよ」

 

 作戦が成功して得意満面でいたら、エッジが悔しそうにつぶやきながら席を離れた。

 

「あれ? もう帰っちゃうの」

「そろそろメシ作る時間だろ」

 

(やったぁ!!)

 台所の片隅に置かれた食料箱の前で、エッジがしゃがんだ。

 その姿を見て晴れ晴れとした笑顔を見せながら、彼の後を追う。

 

 このまま泊まっていくだろう。

 そうわかっていたけれど、自らごはんを作ってくれるとは……!

 

「ね、ね。何作るの??」

「今から在庫見て考え……なんだよ……玉ねぎしかねえじゃねえか……」

 

 在庫チェックし始めて早々。エッジが箱の中身を漁りながらそうぼやいた。

 玉ねぎは住民がしょっちゅう分けてくれるので、在庫切れを起こしたことがない。

 

「今日は行商さん、こなかったの」

「ふーん……」

「あっ、パンとたまごはたくさんあるよ」

 

 エッジが頭をうつむかせて黙り込んだが、数秒経ってからさっと頭を上げた。

 

「オニオンリングとオムレツ、スープ……あとサラダだな」

「玉ねぎ全部使っていいよ」

「そのつもり。——朝はフレンチトーストな」

「うんうん」

 

 つい先ほどまでクレーマーだった男が、突然主婦にジョブチェンジした。

 

 玉ねぎだけで夕食の献立をすぐ思いつくぐらいには。

 エッジはリディアに負けず劣らず、いやそれ以上の主婦ぶりを見せる。

 料理技術は上達したし、掃除も洗濯もリディアより丁寧だ。

 

「よし……と」

「持てる?」

「余裕」

 

 箱の中に入っていた玉ねぎを、エッジが全てかき集めてから。

 それらを腕で抱きかかえるとこう言った。

 

「おまえもなんか手伝えよ」

「味付けっ!」

「っ……またそれか」

 

 調味担当に名乗りを上げれば、苦笑交じりの笑顔を見せてくれた。

 キスひとつでころりと一変するのが、またなんともエッジらしい。

 

(よかった。ご機嫌治ってくれて)

 リディアはそう安堵すると共に、数週間後の未来に思いを馳せる。

 

 —— —— ——

 『お館様』と『ただのエッジ』。

 相反したふたつの要素を中心に、エッジという人間が形成されている。

 前者は、エッジと出会ってからリディアが一貫して評価し続けている一面。

 そして後者は、ゼロムスとの戦いの後から知った、ちょっと意外な一面。

 

 祖国を愛し民を守る使命があるエッジに大変失礼だから。決して口には出さないけれど。

 事実上の婚姻を結んで、こうして家族となってから。

 リディアは『お館様のエッジ』より、『ただのエッジ』の方がだいすきになっていた。

 

 リディアたちがエブラーナに移住したら、ほぼ毎日自宅で夕食をとり、そこで寝る。

 以前からエッジは、そう公約してくれている。

 『ただのエッジ』と過ごす時間が今以上に増える。そう思うと楽しみで仕方がない。

 —— —— ——

 

「え、と。小むぎ……」

 

 早速エッジが玉ねぎの皮をむき始めている。

 リディアはその隣に立ち、ぐっと背伸びをして棚から調味料を取り出そうとした。

 

「あっ」

 

 ところが、指先が棚から遠く離れて……エッジに抱きしめられていた。

 

「な、何……?」

「——今晩、覚悟しとけよ」

「!?」

 

 エッジが人を殺しかねないぐらいな冷たく重い、いつもの声で。

 リディアの耳元でささやいてきて、身を震わせる。

 

「オレがいじめられたら、フォローしてくれるんだろ?」

 

(一昨日ぶりかぁ……)

 今夜もリディアをあれやこれや愛でるつもりでいるようだ。

 エッジがミストに来ると、必ずその夜は夫婦の営みが行われる。

 そのためにこの家にも、秘伝忍術の青いお札がたくさん置いてある。

 

「返事は」

「はい……」

 

 小さな声ですぐ返事したぐらいには、リディアはエッジと婚姻を結んでから。

 セックスへの羞恥や抵抗がほんの少しだけなくなっていたのであった。

 

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