フェイクラバーズ 作:かえで
リディアとクオレの移住先は、エブラーナ城下町の北区画。
近所で暮らすザンゲツやじいの協力あって、異国の暮らしにすぐ慣れた。
リディアとエッジは事実婚状態、半同棲生活を送っている。
そんな事実を城下町の住民はおろか、国内で知る者はほとんどいない。
なお、移住理由をたずねられた場合。
リディアたちは『ザンゲツさんにお勧めされたから』と偽装している。
クオレは城下町の忍者学校に通っている。
授業が早く終わった日は、じいかザンゲツの自宅にお邪魔して、夕方まで勉強や修行を見てもらっている。
リディアは午前中、晩ごはんの下ごしらえを済ませてから。
昼前にエブラーナを発ち、ミストで子どもたちに召喚術の指導を行っている。
エッジは緊急の所用が入らない限り、リディアの自宅で夕食をとって翌朝城に帰る。
三者三様、そんな忙しい日々を送っているうちに。
エブラーナに引っ越してから、2ヶ月近くが過ぎようとしていた。
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***
——12の月24日 お昼過ぎ
冷たい木枯らしがひゅうひゅう吹きつける中。
エブラーナ城下町西区画の一角にある、某菓子店の店頭から。
通行客と見間違うぐらいの行列が延々と続いている。
……彼らのお目当ては、エブラーナの新名物『手裏剣パイ』。
その中には、なんとリディアとクオレも混じっていた。
(もうすぐだぁ……!!)
並び始めてから、20分ほど経過。前にいる客がやっとひとりになった。
時折クオレが寒い寒いと口にする一方で。
リディアは早く自分の番が回って来ないかと、目をらんらんと輝かせている。
『手裏剣パイ』をゲットするためなら、寒さなんかちいとも気にならない。
……リディアの甘味至上主義は本日も健在であった。
「お次でお待ちのお客様ー」
「あっ、はい」
「大変おまたせいたしました。ご注文お伺いいたします」
(今日はエブラーナでしか食べられないものを買おう!)
各種『手裏剣パイ』がずらりと並べられたショーケース。
その向こう側に立つ店員さんに呼ばれて、リディアは一歩前に踏み出した。
—— —— ——
四芒星の形をした『手裏剣パイ』は、城下町の新たな名物菓子。
パイ生地や形状はバロンのパイ菓子ヨウルトルットゥと同じだが、中身が違う。
こちらの主力商品はエブラーナ独自の甘味、あずきや抹茶味。
あんずやブルーベリーなど各種果物のジャムに。チョコやカスタードクリーム……。
あずきや抹茶より数は少ないが、ヨウルトルットゥ定番の味も取り揃えている。
—— —— ——
「あずきと抹茶を、それぞれ、みっ……あ、4つください」
ヨウルトルットゥは人からもらったり、クリスマスに食べたりしたことがある。
リディアはエブラーナに引っ越してきてから、このお店にしょっちゅう通っている。
その度にバロンでおなじみの味もよく買っている。今日は買わないけれど。
「以上でよろしいですか?」
「えと……!?」
何か取りこぼしがないか。もう一度ショーケースを眺めてみたら。
見慣れぬ品名が書かれた札が、視界に飛び込んできて言葉を止めた。
(こ、これは……!!)
目印代わりに、黒胡麻が幾粒かかっているその商品を凝視する。
札に視線を移せば、隅っこに小さく『冬季限定』と書かれている。
「——さつまいも、4つお願いしますっ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ミストにいた頃。アリサ自作のスイートポテトを何度もいただいたことがある。
野菜なのに甘味にも使える季節限定のこの味を、今買わずしてどうする。
「おまたせいたしました。こちら商品になります」
「ありがとう」
支払いを済ませて、商品が入った紙袋を店員さんから受け取った直後。
店員さんがにやりと接客業らしからぬ笑みを浮かべると。
ショーケースから上体を乗り出し、リディアの耳元に顔を寄せてきた。
……実はこの店員さん。このお店のご主人の奧さんで顔なじみ。
「試作品ひとつ入れておいたからね」
「……ほんと?」
(やったぁ!)
耳打ちされた内容に顔をぱあっと輝かせていると。
続けて「また感想聞かせてね」と耳打ちされて、うんうんうなずきで返事した。
「大変おまたせいたしましたー。次のお客様、ご注文お伺いいたします」
店員さんがリディアたちの後ろにいた客に声をかけて、接客モードに戻った。
そのため、リディアもクオレの手を引いてお店から離れた。
§
(今日も、おまけもらっちゃったぁ!)
ほくほく顔で戦利品を右手で抱えながら。
それまでのお買い物袋を左手にぶら下げて、クオレと共に城下町を歩く。
—— —— ——
あの店のご主人は大繁盛にもかかわらず、それに驕り高ぶることなく。
日々新作のお菓子や『手裏剣パイ』の新味作りに精を出している。
そんな中、どこかで『召喚士リディア様は大の甘党』と聞きつけたのか。
引っ越し早々、お店を訪れたリディアへ。
ご主人が『手裏剣パイ』の新味の試食を頼んできた。
以後お店に顔を出すと、2、3回に一度の割合で試作品をおまけしてくれる。
—— —— ——
(あたしの感想なんて参考にならないと思うけど、いいや!)
これだから、あのお店に通うのを辞められない。
ただ、甘ければ何でも美味しく感じて褒めちぎるため。
試食係として、あまりお役に立てていない自覚はある。
今日は一体何の味だろう?
そんな浮かれ気分で、通行客の流れに沿って歩いていると。
『なあ、リディア』
「どうしたの」
リディアの服特有、見えないケープをクオレがくいくいと引っ張ってきた。
『今日はケーキ作らないのか』
「え、作るよ?」
『だったらそれ、買う必要あったのか』
「……」
『それも、それぞれ4つも……』
クオレにぼやくように言われて、思わず口を尖らせてしまう。
「っ、クオレも知ってるでしょ? これはクリスマスのお菓子だよ?」
『それはバロンだけじゃないか。ここじゃ年がら年中売ってるぞ』
「ぐっ……!」
『手裏剣パイ』は、新たなエブラーナ名物のひとつ。
クリスマス用でも何でもなく、城下町では当たり前のように毎日売っている。
クリスマスにかこつけて、お菓子買いすぎ。クオレがそう言いたげ。
—— —— ——
実は『手裏剣パイ』の発案者は、エッジその人。
9年前のクリスマスの夜。『ツクヨミ』に扮してミストを訪れた際。
ミゼルが迷惑をかけたお詫びとして、リディアからヨウルトルットゥをもらった。
帰りの道中、どう見ても手裏剣にしか見えないそれを食べながら。
エッジは突如思いついた。
このお菓子を名物として売れば、城下町が更に繁盛するに違いない、と。
エッジはすぐさまセシルに依頼して、バロンの某洋菓子店と交渉してもらった。
その結果、エブラーナに支店を出す余裕はなく、誰かが作り方を覚えにきて欲しい。
エブラーナで販売する際、包装紙や袋、店の看板に、お店のシンボルマーク——四芒星と店名。
そして、ヨウルトルットゥの解説を掲載して欲しい。
……のれん分けのような条件で、エブラーナでの販売が認められた。
その後エッジは、城下町の某菓子屋で働いていたある若手職人に。
修行中の生活保証を約束して、洋菓子店でパイ造りの修行を詰むよう命じた。
その職人はバロンに渡り、修行を積みながら店のご主人と日々試行錯誤を重ねて。
エブラーナ版ヨウルトルットゥ『手裏剣パイ』を考案。
祖国に戻って独立し、『手裏剣パイ』の販売を始めたものの。
真月の戦いの最中に落ちてきた大量の隕石によってお店は全壊。
しばらく休業していたが、復興を経て半年前から営業を再開させた。
—— —— ——
「そこまで言うなら、クオレにはこれ、あーげないっ」
『クオレにはおせんべいがあるから、別にいらない』
「……」
ぷいっと意地悪そうに、戦利品を分けてやらないと告げたものの。
クオレのすげない一言に、してやられた気分に陥ってしまった。
—— —— ——
おせんべいは、エブラーナで古くから伝わる焼菓子。
お米や小麦粉で作られており、とても歯ごたえがある。
定番の味つけは、エブラーナ独自の調味料しょうゆ。そして、お塩。
それらに黒ごまや黒豆を練り込んで焼いたり、焼き立ておせんべいに砂糖をまぶしたり。
海苔をぺったり張りつけられたものも売っている。
国外の観光客向けに、カレーに唐辛子やわさび味も売り始めたばかりで。
おせんべいの味つけは多種多様に広がっている。
—— —— ——
「つまんないの……」
クオレのあまりのノリの悪さに、リディアはついつい心情を吐露してしまった。
—— —— ——
クオレはとても食欲旺盛で、お菓子ももりもり食べる。
ミストでは、じゃがいもの油揚げ——ポテトチップスを好んで食べていたが。
エブラーナでは、おせんべいやその仲間のあられやおかきが大のお気に入り。
—— —— ——
母娘仲良く『このケーキ美味しいね!』と言いながら甘いものをつまみあえる。
そう思っていたら、クオレは辛党だった。
『クオレが甘いもの好きなら、毎日リディアと喧嘩していたんだぞ?』
「うっ」
敵味方に分かれて、甘味争奪戦をしなくていいから平和。
主語を大きくした状態——お菓子好きの同志でいいではないか。
そう言いたげなクオレに対して、肩身が狭い思いでしかない。
『お菓子は好きなんだから、それで許してくれ』
「……っ、はい」
青き星の子ども以上に知能が発達しているせいなのか。
日増しにクオレはずいぶん大人びたことを言うようになってきた。
エブラーナに移ってからは、こうやって諭されることも増えた。
『それより早く帰ろう』
「そうだね……」
『ごちそう作るんだろう?』
「うん。今から間に合うかなあ……??」
(帰ったらお野菜洗って……切りに切って、煮込んで……ああ、ケーキも)
今日の献立は、ビーフシチューとパンとサラダ。そしてデザート代わりのケーキ。
それぞれの工程を脳内で振り返ってみたが、出来上がりは夕方ぎりぎりになりそう。
(じいやさんやザンゲツさんのお宅は、クリスマス興味ないしなあ)
残念なことに、エブラーナはクリスマスが未だ定着していない。
本日お祭り気分でいる城下町の住民はほとんどいない。
身内同然に仲が良く、クリスマスをよく知るご近所さん。
……ジャンヌやミゼルはいないから、今は何でも自分でやらなければならない。
『クオレも何か手伝うぞ』
「……!」
帰ってからのごちそうの準備を少々面倒に感じていたら。
クオレがとても嬉しい申し出をしてくれた。
「じゃあ……帰ったら、お野菜洗ってくれる?」
『わかった』
「ありがとうね」
いい子いい子とばかりに、クオレの頭を何度も撫でてあげれば。
口角を上げて薄い笑みを見せてくれた。どうやらご機嫌のようだ。
『エッジをぎゃふんと言わせてやろう』
「うん。ふたりでがんばろうね」
クオレと顔を見合わせ、気合いを入れると帰路の途についた。
エブラーナで初のクリスマスを家族で過ごすために。
本日エッジも夕方仕事を終えてすぐ、自宅に帰ってくる予定になっている。
クオレの力も借りて、夕方までにごちそうとケーキを作らねば……。
*24年後 につづく
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