フェイクラバーズ 作:かえで
——午後6時すぎ
「じゃあ、いただこうか。——せーのっ」
本日お仕事だったクオレが帰宅してから30分ほど経った頃。
リディアの掛け声で、みなで一斉に『いただきます』を口にして。
2週間ぶりとなる、家族揃っての晩餐が始まった。
「ほらよ」
『ありがとう』
居間机の真ん中に置かれている大きな土鍋からいくつかの具材を。
エッジが手のひらより大きめサイズの器に入れて、クオレに渡している。
この机の中央には、小さないろりが設けられている。
『薪要らずの魔法』や、2年前エブラーナで開発された『薪要らずの火遁』で生み出した炎を。
その部分に放り込めば、その場で鍋やシチューなどを温かいまま食べられる。
『鍋奉行がいると楽でいいな』
「ほんとだよねぇ」
夕食がお鍋の日は、エッジは鍋奉行を買って出てくれる。
上げ膳据え膳体質のリディア。そんな母親の影響を受けたクオレ。
ふたりは毎回鍋奉行にお任せして、美味しく出来た鍋をひたすら味わう役目に徹する。
鍋奉行はうざいと言われがちだが、ふたりにとってはありがたい存在なのだ。
「クオレ。先食べちゃっていいよ」
『そうさせてもらう』
「次おまえな」
「あ」
「何食いてえ?」
先にいただくようクオレに勧めると、鍋奉行に声をかけられた。
リディアの分を器によそってくれるらしいが、既に獲物は決まっている。
「おとうふと、きのこと、お団子入れて欲しい」
「はいよ」
エッジがお玉ですくった豆腐を器に入れてから、はしに持ち替えて。
しいたけなど、きのこや鶏団子を手早く器に入れていく。
「ああっ!?」
さすが鍋奉行。手際の良さにリディアが惚れ惚れしていると。
エッジが緑色の野菜をはしでつかみ、器に入っていた具材の上に載せた。
「ちょっとっ」
「なんだよ」
「春菊頼んでないよっ」
元よりリディアは緑野菜を好まないが、中でも春菊が苦手。
どうしても独特な匂いやえぐい苦味が受け付けない。
「……知らねえなぁ」
抗議するも、エッジがどこ吹く風とばかりに春菊を次から次へ器の中に盛っていく。
『好き嫌いはだめだぞ』
「そうそう。こういう時にがっつり緑食っつとかねえとな」
『こないだ雑誌に春菊は美容にいいって載ってた』
「うっ……」
「ほれ」
ならば、最初に何がいいなんて聞く必要なかったのでは?
そう言い返そうと思ったが、黙ってエッジから差し出された器を受け取った。
エッジとクオレが自分の栄養面を考えて、そう言ってくれたのはわかっていたから。
「ちったあクオレ見習えよ。こいつなんでも食うぞ?」
「はい……」
エッジが自身の器に鍋の具を入れながら、母親のようなことを言い出したが。
何も言い返すことが出来ない。
クオレはエッジの影響からか、質より量派。嫌いな食べ物は何もない。
「さっさと食えよ。冷めちまうぞ」
「うん……いただきます」
鍋奉行の顔を立てて、ちゃんこ鍋に手つかずのままでいたら。
自身の分を入れ終わったエッジに促されて、そう言ってから。
おはしで春菊をどけて、鶏団子をひとつ口の中に放り込んだ。
「……うわぁ、美味しいっ!」
ちゃんこ鍋の主な味付けは醤油に塩だが、本日は初めてのみそ味。
濃厚なみそと混ざり合った鶏団子の味に舌鼓を打つ。
「どう、クオレ?」
『うまい』
「よかったね。久しぶりにエッジの美味しいお鍋食べられたよ」
『ああ。——リディアのサラダもさっぱりしてていい』
「今日は大葉入れたから一味違うでしょ?」
『そうだな。ごはんがすすむ』
あちあちとひんやりを交互に楽しむ名目で、鍋の副菜は毎回サラダと決まっている。
本日は細切りにした大根の上に、刻んだ海苔と大葉をぱらぱら掛けて。
ポン酢醤油でいただく、あっさり風味の大根サラダ。
こちらは切って盛るだけの料理なら進んで作る、リディアお手製である。
§
しばらくの間、他愛のない雑談を交わしながら食を進めていた。
そして、お鍋に残っている具が半分近くにまで減った頃。
『——おかわり』
「えっ」
突然クオレが空っぽの茶碗を手にして、おもむろに席を立った。
……またまたごはんのおかわりだ。
「クオレ、それ何杯目?」
『4』
「よん……!?」
『今日はおやつ食べる時間もなかったからな』
何を言っていると言わんばかりに。
クオレが首をかしげながら、おひつからごはんをよそっている。
「今日もがっついてんなぁ」
『だめか』
「だ、だめじゃないけど最後の『しめ』食べられる?」
『まだ腹三分目だ』
「ええ……??」
「ははっ……」
おひつにごはんをよそいながら、淡々と答えるクオレに。
リディアは声を詰まらせ、エッジが苦笑している。
クオレはラルフに負けず劣らずの食いしん坊。
ラルフと違うのは、どれだけ食べても太らないこと。
マイナスという生命体が、もともとそういった体質なのだろう。
リディアを含め、世の女性からしてみればうらやましい限りである。
「いいなあ。食べても太らないって……」
「普通んとこなら食費かさんでしょうがねえぞ」
(確かに……)
エッジの言う通り、クオレの体質は一長一短。
美容面ではメリットが高いが、お金の面ではデメリットが高い。
—— —— ——
一般的な家庭だと、子どもが人の倍の倍以上食べるとなれば。
家計を守る者——主にお母さん——が、毎日頭を抱えながら家計簿とにらめっこしているはず。
『お腹空いたぁー』
『おやつ少ないよ!!』
『うちはお金がないの! ちょっとぐらい我慢しなさい!』
子どもがそう訴える度に、お母さんが怒る家庭もあるかもしれない。
—— —— ——
「クオレはこのお家でよかったね……」
リディアはしみじみしながら独り言のようにこぼした。
ゼロムスの戦いや真月の戦いで大量のギルを獲得。普段から収入がある。
そのおかげで金銭面で困っていないのもあるだろう。
リディアとエッジは、異常な食欲を見せるクオレに驚いても怒ったことはなかった。
「おまえが引き取ったおかげだな」
「!」
思わずはしを止めて、軽くエッジをにらんだ。
(まだそれ言うの!?)
エッジだってクオレを引き取ろうと思っていたではないか。
リディアが先に宣言し、エッジを取り巻く事情もあって。
表向きクオレはリディアの養女になっているだけで、自分たちは家族なのに。
リディアとエッジとクオレが家族になってから、10年以上が過ぎた。
にもかかわらず、自分はリディアとクオレのおまけ。
エッジはそう言わんばかりのことをよく言うのだ。
「わたしだけじゃなくて、エッジもでしょ?」
「いや、オレは……」
『——引き寄せの法則だな』
言葉を濁して否定しようとするエッジを、既に席に戻っていたクオレが遮った。
「法則ぅ?」
『そうだ。エッジとリディアとクオレは家族として、こうやってごはんを一緒に食べる運命にあった』
クオレがお茶碗に入ったごはんを口の中に入れてから。
満足そうな表情でもぐもぐ口を動かしている。
—— —— ——
リディアもエッジもクオレも、若くして家族を亡くしている。
そんな自分たちは知らず知らずのうちに引き寄せられて、家族になった。
—— —— ——
なるべくしてなったという運命論に似たそれが、この世の理かどうかは知らない。
けれど、今こうして家族でいる理由に、クオレはいいことを言ってくれた。
にもかかわらず、エッジは渋い表情を崩さない。
「ねえ、エッジ」
「……なんだよ」
「誰にも迷惑掛けてる訳じゃないんだし、考えたってしょうがないことは、わたしたちの都合のいいように解釈しておけばいいんだよ」
「……!」
「そう教えてくれたの、エッジだったと思うけどなぁ?」
はっと目が覚めたような顔をしたエッジをよそに、大根サラダを口に運ぶ。
ポン酢醤油をかけてから時間が経っていて、やや歯ごたえに欠けるのが少々残念。
—— —— ——
約20年前、リディアはエッジの顔に傷を付けてしまってから。
エッジの顔を見ると諸症状が起こるようになってしまったが。
数年後にエッジと結ばれ、真月の戦いが終わると症状は起こらなくなった。
—— —— ——
治った真の理由は不明のままだが、リディアはこう思っている。
リディアとエッジの『愛の力』が、エミールに掛けられた呪いを解いた。
エッジが掲げたそんな仮説が、症状が快癒した理由だと。
「わたしたちは家族で夫婦なんだから、遠慮しなくていいの」
『城の中じゃ堂々としてるのに、リディアやクオレに及び腰なんてエッジらしくないな』
「おまえら……!」
「いい加減、諦めてよね?」
「っ、一本取られちまったな……」
リディアとクオレに立て続けに諭されて、エッジが負けた風を口にするも。
目を細めながら、具を口に運ぶ様はとても嬉しそうに見えて。
リディアは胸をほこほこさせながら、改めてこう心に誓ったのであった。
—— —— ——
いつかクオレは、愛する人を見つけて巣立つ日が来るかもしれない。
けれどエッジは違う。この自分と共にずっと一緒に家族、夫婦として生きていく。
これからもエッジとこうして一緒に過ごせるように努力しよう。
結婚式の誓いの言葉のように、死がエッジとリディアのふたりを分かち。
どちらかが、伴侶がやってくるのを三途の川で待つ日が訪れるまで。
—— —— ——
——それから数時間後
エッジとふたりで入浴を済ませて、寝室に戻ってきた。
この部屋は、エブラーナの建築様式に合わせて床一面に畳が敷かれている。
入浴前に敷いておいた大きな布団。
その真ん中に、浴衣を着たリディアが女の子座りをすると。
同じく浴衣姿のエッジが、向かい合わせであぐらをかいてからこう言った。
「……あのよ、リディア」
「なぁに?」
「久しぶりに今日一緒にメシ食って」
「——うどん美味しかったねぇ」
エッジの人生初手打ちうどんは、お店で出てくるそれのようにつるつるしこしこ。
材料をこねにこねるのがコツ。作っている最中にエッジがそう話していたが。
忍者の頭領さま自ら身体を張って、水と塩を混ぜた小麦粉と格闘して作ったそれが。
野菜や鶏肉のうまみが残った味噌仕立てのスープと合わされば、美味しくない訳がない。
「んで、今からここでおまえとヤッてから一緒に寝るけどよ」
「……うん」
エッジの言葉に、一瞬の間を置いて小さな声で返事した。
それは改まって言うことなのだろうか??
(やっぱりヤるんだ……)
エッジは50を過ぎたというのに、身体どころか性欲も全く衰える気配がない。
現在もほぼ毎夜、リディアを食べてしまう。
さすがに今日は昼間の様子からして、何もせず寝るかもしれない。
そう思っていたら、先ほど入浴中に散々身体をいじられてしまった。
少し肩透かしを食らったような気分に陥りながら。
どう答えようか考えていたら、エッジがこう告げてきた。
「当分こんな調子」
「……っ、どういうこと?」
エッジの言葉に思わず息を呑むも、平静を装いながら問い質す。
「あんまここに帰って来れねえって思っといてくれ」
エブラーナに移住してから7年。これまで、今回のじいの逝去後のように。
エッジが多忙になって1週間ほど自宅に帰ってこなかったことは時折あった。
けれど事前に、しかも当分の間と期間を濁したようなことを告げられたのは初めてだ。
—— —— ——
この2週間、エッジは時折自宅に顔を出すだけで。
夕食をとらず、エブラーナ城へ戻る日々が続いていた。
相当忙しいのだろう。
はじめはそう割り切っていたが、次第に寂しく思い始めた。そして、気付かされた。
エブラーナに移住してから、ほぼ毎晩食を共にして朝まで一緒に過ごす。
エッジがいるそんな日常が、当たり前のようになっていたと。
不安な夜を過ごして始めてから数日後。
クオレがこっそりリディアにこう耳打ちしてくれた。
エッジがじいの死を機に、何か思いついて事を進め始めたのかもしれない。
だから忙しいのでないか? と……。
—— —— ——
「当分って、いつまで?」
おおまかな期間をたずねただけで、それ以上のことはたずねなかった。
クオレが話していたことは当たっていると思う。
けれど、リディアはエッジの公私の『私』の部分を大事にしてあげたくて。
エッジの前では、仕事の話を極力しないようにしていたから。
「半年ぐれえかかるかもな」
「……」
「ほとんど毎日帰ってきてたのが止まっちまうし、おまえが嫌がるのはわかってんだが……」
何も答えず、頭を垂れてしまった。
エッジの辛そうな声を聞いて、これは苦渋の決断だとわかったから。
『しめ』のうどんを打ったり、もみじにんじんに筋を入れたり。
本日エッジがいつも以上に手間を掛けて夕食を作ってくれた。その理由もうなずける。
(半年近くも、ほとんど一緒にごはんを食べられないなんて……)
次から次へと不安が湧き上がってくる。
それでも昔のように、エッジの前で強がったりはしない。
「あの……」
「どうした」
「当分の間が終わったら……エッジ、また消えちゃうの?」
もう15年近く前の話だが、エッジはリディアに会いに来る日数を次第に減らして。
本当に(『エッジ』として)来なくなったことがある。
一緒に過ごす時間が減ってしまった先に、一体何が待っているのか。
つらい経験をしたからこそ、生まれた不安を解消するために。
リディアが途切れ途切れで思いを吐露した瞬間。
「ばっ、かやろ……!!」
「わっ」
やや怒気をはらんだようなエッジの声が聞こえた。同時に身体を強く引き寄せられて。
抱きしめられたと気付くには、全く時間がかからなかった。
「おまえひとり置いて誰が消えっか!」
「エッ、ジ……」
「二度とあんな思いさせねえ……!」
最後は自身に言い聞かせるようにつぶやいたように聞こえた。
そんなエッジにしばらくの間、ぎゅうぎゅう強くかき抱かれていたが。
身体を離して、エッジを見上げながらこうたずねた。
「でも、これからお正月もクリスマスもあるよ? それは」
「——都合つける」
「あっ、そうなんだ」
「3日か、4日にいっぺん。もしかしたら5日になっちまうかもしんねえが、おまえが作ったメシ食って、ここでヤッて寝る」
(『ヤッて』だけは余計な気もするけど……)
リディアの両肩にそれぞれの手を乗せ、エッジが前とは違うを強調した。
真摯なまなざしを向けられているうちに、胸に沸いた不安が氷のように解けていく。
「わたし、我慢するよ」
「すまねえ……」
「謝らないでいいの。何があっても死ぬまでエッジのそばにいるもん」
「……」
「エッジも同じじゃないの?」
絶対は絶対にないし、この先何があるかわからないけれど。
当分の間を過ぎても、エッジが消えるつもりがないのなら。
生を終えるまで、エッジと一緒にいられるのなら、当分の間ぐらい我慢できる。
「当たり前だっ……!」
「う、わぁっ……!?」
苦々しい声と共に、目の前に広がる視界が一気に変わった。
天井を背景にしたエッジの両の瞳をよく見れば、獣のようにぎらぎら。
……とても嫌な予感がする。
「エ、エッジ……あの……」
「2週間もお預け食らってたし、朝まで堪能させてもらうぜ」
「うそぉ……!?」
いつもの夜のように、そのままセックスになだれこんだ。
今後を惜しんだのだろう。予告通り、一度となく、二度三度四度……。
3年前にようやくあげた『ごほうび』以来。エッジに朝まで寝かせてもらえなかったのであった。
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