フェイクラバーズ 作:かえで
——3日後 午前10時過ぎ
午前中の公務のひとつ、書類作業をささっと片付けてから。
エッジはエブラーナ城をこっそり抜け出した。
『隠れみの術』を使って、やってきたのは自宅の西隣のお宅。
(客来てんのかよ……)
中には入らず、歩道を挟んで南側にある林の影から建物の外観を眺めたら。
扉に『ただいま施術中です』と小さな看板が掛けられていて、ちっと舌を打った。
(つっても1時間過ぎてっし、そろそろ帰るだろ)
この施術所は、朝の9時から開いている。客ひとり施術するとなると、賞味1時間はかかる。
今頃治療が終わってお会計か。それとも客と雑談しているか。
そんな予測を立てて、客が帰るのをここで待つことにした。
§
がらん
がらん
5分も待たずに大きな鈴の音が2回鳴り、玄関の引き戸が開いた。
そこから客と思わしき老年女性に続いて、黒眼鏡を掛けた男が杖をつきながら出てきた。
「うわぁ、寒いですねぇー」
「そりゃあ、師走だからねえ」
「おばあちゃん、風邪引かないようにしてくださいね?」
「先生も気をつけてよ? 急に休んだら困るひと多いんだから」
「ははっ、努力します……」
施術所の主である、この男。
ミストの前の前の村長、かつリディアの両親の幼なじみ。……ミゼルその人である。
***
——3年前
その日も3人で夕食をとり、クオレは自分の部屋へ。
エッジとリディアが居間でくつろいでいたら、呼び鈴が鳴った。
来客対応は、もっぱらリディアの仕事である。
この時も彼女が玄関へ向かったが、またすぐに戻ってきた。
「なんだ、押し売りか」
「違うよ。昨日引っ越してきたお隣さん」
「ああ……西になんか建ててたな」
この半年前から自宅の西側で工事が始まり、先日建物が完成していた。
その住民が引越しの挨拶にきていたようだ。
「そのお隣さんがね。エッジに挨拶したいって」
「何!?」
リディアがそう言った途端、目をひんむいた。
(なんで隣の奴らが、ここでオレが暮らしていること知ってんだよ!?)
エッジがこの家で半同棲生活している。
この国で、それを知る者はごくわずかしかいない。
近所の者たちですら、リディアとクオレのふたり暮らしだと思っている。
「だめだ! 追い返」
「——はいっ、ふたりとも入って入って」
「お邪魔しまぁーす」
「久しぶりだね。王様」
「!?」
エッジの制止も聞かず、リディアが居間の扉を大きく開けたら。
なんとそれまで行方知れずだったミゼルとその妻が中に入ってきた。
(こいつらのペースに流されてたまるか!)
正直『ぎゃふん』と言いそうになったが、ぐっとこらえた。
もし言おうものなら、ミゼルが大喜びするのが目に見えていたからだ。
その代わりに、リディアをぎっとにらんでこう叫んだ。
「おまえら……! またオレをハメやがったな!!」
「別にハメてないよ。ね? おじちゃん?」
「うん。ここは北区画でもお年寄りが多くて需要があるし、ちょうどいいところに空き物件があったから契約しただけ」
「……需要?」
「これからおじちゃんは、お隣で施術所始めるの」
—— —— ——
ミゼルはミストの火災で左目を失い、残った右目もある出来事で悪化。
いずれ失明する。医師からそう告知を受けた直後。
妻と話し合い、これから自身が生きる道を模索したという。
—— —— ——
「最初はどこかで子どもたちにケアルを教えようかなあって思ってがんばったけど、白アドニスじゃね……」
「それで施術師??」
「視覚障害を負った人に向いてるから、ちょうどいいと思ったんだよ」
それ以降、来たるべき日に備えて、夜中や休日に医学書などを読み漁って。
施術師に必要な知識を頭に叩き込んだという。
「そん時、おまえ城で働いてたろ。そんな無茶やってたのか」
「目が見えなくなってから、1から習得してたら時間がかかるじゃないか」
「あ……」
「どっちにしても、その頃は医学書や医療系の書物はほとんど点字化されてなかったからね。見えるうちに頭に叩き入れておきたかったんだよ」
書物を読めば、すぐに理解して記憶する。
自身が持つそんなゼロ特性を活用して、先に座学だけ済ませていたようだ。
—— —— ——
その後、真月の戦いでミゼルが失明してから、夫婦共々シビエン家の領地に移住した。
ソイからタツミを紹介してもらい、領地で暮らす施術師を数人教えてもらった。
ミゼルはそのうちのひとりに弟子入り。マッサージとはりの修行を積んだ。
座学はほぼ終えていたので、3年ほどで免許皆伝をもらった。
それからも恩返しと開業資金を貯めるために、師匠の施術所で働いていたが。
先日ついに独立。隣に引っ越してきたという。
—— —— ——
「つーか、なんでシビエンなんだ」
「シビエン家の領地は幼児園の数が多いでしょ」
「こいつは朝から晩まで修行だったからね。その間、幼児園で働かせてもらった」
(そういや、子ども好きだったな……)
幼児園は親が仕事をしている間だけ、小さな子どもの面倒を見る施設。
昔からシビエン家の領地には、数多くの農園や工場がある。
そこには幼児園が併設されており、領民が子どもを預けて夫婦や家族単位で働いていた。
「ねっ、エッジ。すごいでしょ?」
「……」
「ほら、おじちゃんに何か言ってあげてちょうだい?」
ミゼルたちが行方知れずになってから、ここまでの経緯を聞いた感想を述べよ。
リディアがそう遠回しに促してきた。
エッジは褒める。彼女はそう思っているようだが、甘い。
「せいぜいがんばって、うちに税金たんと納めてくれ」
「はいぃ!?」
「何それ……? もっと掛ける言葉ないの?」
「国王としての純粋な感想だ。——脱税したら逮捕すっからな」
エブラーナだろうがどこだろうが、会社やお店もお国に税を治めねばならない。
しかも儲かれば儲かるほど、税率が上がるシステムになっている。
国の財源を潤してくれるなら言うことない。
「くそ……! ぎゃふんって言わせるために、リディアさんたちに協力してもらって、ミストの行事も我慢して欠席してたのに……!」
「おまえ、それだけのために夜逃げしたのか!?」
「ああ、そうだよ! そうですよ?? 返せ! ぼくの7年!」
「知るか!!」
ミゼルが逆ギレしながら認めた。
たった一言言わせるために、そこまで時間をかけた男に呆れてならない。
「あたしは反対したんだけどね」
「でも内緒にしてる間、ちょっと楽しかったよ?」
「おまえたちはな。やっと正々堂々墓参り出来るよ……」
(旦那のわがままに付き合わされて大変だな)
エッジがリディアの両親の墓を訪れると。
たまにミストでは見かけない花が置いてあったが、ジャンヌの仕業だったようだ。
みなが寝静まった頃——夜更けか真夜中——にミストに来ていたのだろう。
その後、ミゼル夫婦はミストの住民限定幻獣界ツアーに初めて参加。
夫婦の行方を知らなかったミストの住民と再会してから。
花火大会にも再び参加するようになり、現在に至る。
***
なお、エッジはわざわざ挨拶に来てもらったにもかかわらず。
お隣さんと一切近所付き合いしていない……ふりをしていた。
「先生のおかげでしばらく楽に暮らせそうだよ」
「他に身体のことで気になることがあったら相談に応じますよ。——タダで」
「あら、いいの?」
「病院行けってオチになると思いますが、よかったらお友達もご一緒にどうぞ」
「それなら、今度お菓子持って遊びに来ようかね」
「ええ。ぜひそうして下さい」
ここに限らず施術所というものは、年老いた者や中高年世代が腰痛や足の痛み、肩こりなど。
加齢による症状を楽にしてもらう目的で訪れることが多い。
(年寄りのたまり場にする前に、稼いでもっと税金払えよ!)
この客が連れてくるとしたら、ご近所かつ同世代……お年寄り。
この施術所を営利目的ではなく、近隣老人の憩いの場にしよう。
ミゼルはそう目論んでいるようだ。
「それじゃ、またお願いね」
「はいっ、どうぞお気をつけてー」
女性が別れの言葉を告げて店を離れてからも。
ミゼルはぼおっと立っていた。見送りのつもりなのだろう。
しばらくしてから、手探りで探し当てた看板を裏返して。
『今空いています』に変えてから、杖をつきながら中へ戻っていった。
それを見届けると、エッジは周囲に誰もいないのを確認してから。
『隠れみの術』を解くと施術所へ向かった。
がらん
がらん
横開きの扉を開けると、大きな音が2回鳴った。
ミゼルが不法侵入者に気付けるように、扉には大きな鈴がついている。
「はい、いらっしゃ」
「——邪魔するぜ」
「あれぇ? その声……」
愛想よさげに杖をつき、奥から現れたミゼルを遮るかのように挨拶すると。
立ち止まり、不意打ちを食らったかのように口をぽかんと開けている。
「久しぶりだな」
「……ツアーぶりじゃないか」
「葬式で会ったぞ。リディアたちから聞いてるだろ」
「あの日はきみとしゃべってないからノーカンだよ」
最後に『会った』のは、先月の幻獣界ツアーが最後。
そう強調したミゼルに反論出来なかった。
(確かに……)
葬儀にはミゼル夫婦も参列していたが、エッジとは違う場所にいた。
おまけに、その日は公務が山詰み。
それらを放って最後までいる訳にもいかず、途中で帰ってしまった。
そのため、ミゼルはおろかリディアとも話していない。
目が見えぬミゼルからしてみれば、エッジは参列していた。
いくら他者からそう言われても、来ていたかどうかも確認出来ず。
『会話』していないのだから、会った感覚はなかろう。
「じいやさんのこと……大変だったね」
「オレは身内じゃねえぞ」
「身内と変わんないよ。ずっとそばで助けてもらってたじゃないか」
「……ま、寿命にゃ逆らえねえって改めて気付かされたな」
「そうだね。いつ死ぬかわからないし、後悔ないように生きたいよね」
「ああ……」
ミゼルが人生について口にする度に、重みがあるとつくづく感じる。
リディアはエッジと共に生きるために、あれこれ知恵を絞り、策を巡らせ、周囲を巻き込んだ。
ミゼルの生き方は、そんな彼女に少なからず影響を与えたのもあったからだ。
「今日はジャンヌあっちか」
「うん。風邪流行ってて、急にふたり休んじゃったから呼ばれた」
ミゼルの妻ジャンヌは、この施術所の裏方と孤児院の職員を掛け持ちしている。
「そういや、ツキノワが今日休みだったな」
「あっ、そうなの? ジャンヌさん、つくづくラッキーな人だね」
ジャンヌは子ども好きだから、孤児院で働いている。
そして、もうひとつ。
休みの日は必ず孤児院に顔を出す、ツキノワに会いたいという理由もある。
—— —— ——
ミゼルたちが引っ越してきてから、エッジは執務室にツキノワを呼んだ。
『何でしょう? 話って』
『ミストの……ミゼルとジャンヌ、覚えてるか』
『はい』
(ピアスつけてんだから、忘れてねえよな)
ツキノワはミストでの任務が終わってからも、両親の形見である額飾りと共に。
夫婦からもらった、ヒスイのピアスをつけ続けている。
『あいつら今、城下町で暮らしてんだよ——』
それから、真月の戦い後からのミゼル夫婦の略歴を話した。
唯一ミゼルが失明したことだけは黙っていたけれど。
『そうなんですね。お元気そうでよかったです……!』
『気ィ向いたら、声かけてやれよ』
『……いいんですか?』
ツキノワはミストでの任務が終わってから、ミゼルやジャンヌと一度も接触していなかった。
任務で知り得た情報を外部に漏らしてはならない。
任務で関わった——特に依頼人とは、二度と接触してはならない。
現場忍者の鉄の掟を遵守し続けていたからだ。
『あいつらもエブラーナの民だ。おまえの存在や評判を周りから聞いて知ってるからな』
ミゼルたちが消息を絶ってから。
エッジはツキノワのピアスを見る度に、ちょっぴり後悔していた。
いくら鉄の掟でも(任務当時)小さな子どもに酷なことをさせたかもしれない、と。
既にミゼル夫婦はエブラーナで暮らしている。
民同士として触れ合うぐらいなら、許していいと思ったのだ。
『ありがとうございます。それでは、おふたりとまた「1から」仲良くさせていただきます』
この日以来、ツキノワは孤児院へ足を運ぶ度に。
その一職員——ジャンヌと世間話に興じるようになったという。
—— —— ——
(孤児院に採用されやすいように、あえて経験積ませたんだろうな)
孤児院で働いていたらツキノワと『偶然』接触出来る。
ミゼルはそんな将来を見据えて、妻をシビエン家領地の幼児園で働くよう仕向けたと思われる。
「それで、今日は何しにきたの?」
「ちょいと込み入った話があってな」
「……話?」
「そ。時間いいか」
「昼までなら。——適当にどっか座ってて」
「そうさせてもらう」
着席を勧められ、エッジが小さな待合室に置かれたソファに腰を下ろす傍らで。
「話ねぇ……」
ミゼルは杖を持ち、壁伝いにとぼそぼそつぶやきながら外に出て行った。
他の客が入ってこないように、看板を掛け直しに行ったようだ。
§
「あー、寒かったぁー。今、何時かな?」
中に戻ってきたミゼルが受付カウンターに寄りかかりながら。
自身の腕時計のふたを開けて、文字板を直接指で触り始めた。
—— —— ——
この腕時計は、視覚障害者が触感で時刻を確認出来る造りになっている。
作ったのは、バロンの飛空艇技師で工場の長をつとめていたシドだ。
彼は数年前、やっとこさ第一線を退いたが、発明品製作は引き続き承っている。
それで儲けたお金も私益にせず、未だにバロンにお布施し続けている。
—— —— ——
「……10時17分……合ってる?」
「ああ、ぴったりだ」
ミゼルは自分で出来ることは自分でやらないと気が済まない人間。
これまで数回ミゼルに会いに来る度に、時刻の確認や看板の裏返しなど。
余計な世話を焼こうとして、何度も軽くたしなめられた。
ようやく最近になってミゼルに頼まれない限り、何もしなくなった。
「どしたの? 朝っぱらからここ来るって珍しいじゃん」
「ああ、それ」
「——ぼくに弟子入り?」
「そうしてえとこだが、今はそんな暇ねえな」
「それ本気で言ってるの?」
「ったり前だろが、オレしかあいついやしたらだめなんだよ。おまえなんかに任せられっか」
「……」
ミゼルがあ然としている。
冗談で弟子入りと言ったのかもしれないが、こっちは本気だ。
(リディアが腰痛訴えるまでに、こいつから技術盗まねえと……!)
エッジはいずれマッサージ師の技術を習得する気でいる。
技を会得して、自らの手でリディアをいやしてやりたい。
—— —— ——
加齢によるものだろう。
一昨年あたりから、リディアが肩こりに悩まされるようになった。
その度に、エッジが肩をもんであげていたのだが……。
『気持ちいいけど、すぐにこっちゃうの……』
『しゃあねえだろ。オレはプロじゃねえし』
『だから、そろそろプロにお願いしようと思ってるの!』
リディアがプロを頼ると言い出したが、心当たりはひとりしかいない。
『まさか、あいつにか!?』
『うん。せっかく隣にいるのに、お願いしないでどうするの??』
『だめだだめだ! 女の施術師にやってもらえ!』
治療師は患者の肌を触る。
あの男に、リディアの肌を触らせる訳にはいかない。
触っていいのは、同性の女性か、この自分だけ。エッジはそう猛反対した。
『女の施術師さん、今はいないっておじちゃん言ってた』
『だったら、出てくるまでオレで我慢しとけ!』
『我慢出来ないから言ってるんじゃない。エッジには肩こりになった人の気持ちわかんないよっ!』
エッジは何も言い返せなかった。
なぜなら、いい年なのに老眼や肩こり……加齢現象が何も始まっていない。
肩を触ってみてこっていることはわかっても、そのしんどさを経験したことがないから。
『……わかった。好きにしろ』
『ほんと??』
『ただし、はり打ってもらえ! マッサージは絶っ対だめだからな!』
渋々ながら、はり限定で施術を許した。
はりはマッサージより、治療師が患者の肌に触る機会が少ないから。
—— —— ——
「っ、はははっ!」
「何がおかしいんだよっ」
「欲張りだなぁー! 毎晩あの子マッサージしてるんでしょ? それでも足りないの?」
「朝っぱらから下品なこと言うんじゃねえ!!」
けたけた笑い出したミゼルへ、自身のことを棚上げして強い口調で言い返してやった。
確かに毎晩リディアの身体に触れているとは言え、その表現はどうなのだ。
トロイアで大繁盛中の、女性専用そういったマッサージ店と一緒にしないで欲しい。
(話題変えるか……)
今からあの男の名を耳にすれば、ミゼルは笑ってはいられまい。
「あのよぉ」
「……なに?」
「キロンの奴」
「っ!」
「先月死んだってよ」
久しく聞いていなかったであろうその名を耳にした途端。
予想通り、ミゼルが笑いを止めて厳しい顔つきに変わった。
—— —— ——
キロンの死因は病死。
治療法はあるが完治しにくい病にかかり、70近くという高齢もあって。
治療に耐えうる体力がなくなり、今月上旬に息を引き取った。
そのキロンの息子であるアドニスは、5年前に一度出獄したが。
昨年バロンの町で窃盗を犯して捕まった。
出獄してからミストに戻らず、各地を彷徨いながら窃盗や暴力……。
取り調べの際に、軽犯罪ながらも前科がぼろぼろ出てきたため。
二度とバロンの牢獄から出てくることはないだろう。
—— —— ——
キロン親子の末路を伝え終えてから、何か思うところがあったのだろう。
ミゼルは机に突っ伏して何も答えず、沈黙が流れる。
「そうなんだ……」
1、2分頃経ってから、ようやく頭を上げると小さな声でそう言った。
「他のふたりはまだ生きてるとさ。えれえ肩身狭めえらしいが」
「……わざわざ調べてくれたんだ。ありがとう」
「ついでにわかったことだ。礼は要らねえ」
なぜエッジがそんなことを知っているかと言えば。
現在も口コミで依頼を承っている『何でも屋稼業』のおかげである。
—— —— ——
今年の秋、ある若者から人探しの依頼が舞い込んだ。
その若者が暮らしていたのは、たまたまキロンたちが移り住んだ村の近隣。
エッジは彼らのことを思い出し、現在どうしているのか気になって。
任務につくお城勤に依頼終了後、彼らとアドニスの現状を調査するよう命じていた。
そして昨日、結果がエブラーナ城に届いたばかりであった。
—— —— ——
キロンの人生の終局を知った時、エッジは寂しいものだと思ったが。
ミストを去るまで行っていた横行の数々を思い出せば、やはり自業自得。
息子と共に同情の余地はない。
「ジャンヌさんがいなくてよかったよ」
「だろうな」
「あの人がいないの見計らって、ここに来たの?」
「いや、いたら次に回すつもりだった」
「……その言い方じゃ、リディアさんにも話してなさそうだね」
「話さねえよ」
「過ぎたことほじくり返してもしょうがないもんね」
エッジもキロンたちの末路をリディアに隠したまま、墓場まで持っていく所存だ。
アドニスに禁術をかけたことも、リディアやミゼルどころか誰にも話していないし。
「おまえも……散々だったな」
「ぼく?」
「ああ」
—— —— ——
3年前、ミゼルがこの施術所を開いてから。
エッジは度々リディアの不在時を狙ってここを訪れているが。
以前と違い、腹を割っていろいろな話をするようになっていた。
出生の秘密。幼なじみであるリディアの両親たちのこと。
のろけなので聞きたくないが、ジャンヌとの馴れ初め話。
若くして『病死』したことになっている、リディアの父ニクスの真の死因など。
ミストの大掃除は、キロンたちへの血を流さない復讐でもあったこと。
どう生きるにしてもそれを終えたら、ミストを離れるつもりでいたこと。
ミネルバやローレルたち、火災で生き残った若い住民や。
それこそ、リディアやジャンヌが知らないことまで……。
『墓場に持っていくから、みんなに内緒にしといてよ』
ミゼルは決まってそう話を締めるが、とがめたことはない。
エッジも自身の胸の内に抱えたまま、死んでいきたい案件はあるから。
—— —— ——
「……戻ってこないものもあるけど、出来る限り取り返したつもりだよ。これからも何かあったらそうする」
ミゼルが感慨深げにもらした言葉を聞いて、少し後悔した。
この男はそういう人間。わざわざ聞く必要はなかった。
「話、変わるけどさぁ」
「なんだ」
「きみが国王に即位してから、来年で25年になるよね」
「……そうだな」
「お父さんにならって、何かお祭りやるの?」
(ザンゲツから聞いたか)
来年3の月の下旬でエッジは在位25年を迎える。
歴代でここまで長く国王でいられたのは、前国王——エッジの父親だけ。
父親は周囲の勧めで在位25周年記念祝賀式典なるお祭りを開いていた。
これが後にも先にもエブラーナ国が主催したお祭り行事。
エッジも今年に入ってからタツミに式典の開催を勧められたが、一蹴していた。
「まあ、ザンゲツさんもどうせやらないって言ってたけどね」
「そのことで話があんだよ」
「えっ、やるの??」
『やらない』とは少し違う答えに、ミゼルが軽く驚いている。
エッジの人となりを多少なりとも知っているから、まあ驚きもするだろう。
お祭りは好きだが、自分を祝ってもらうためのお祭りなんてばかばかしい。
民のために国の金を使うなら、他にもいろいろあるだろう。
25年や父親の在位年数どころか。30年40年超えようが、死んでもそんなものやらない。
エッジはつい先日まで本気でそう思っていた。けれど、ある出来事を機に気が変わった。
それに、ただお祭りをやるだけじゃない。
「まだ誰にも言うんじゃねえぞ」
「はあ……」
ようやくここに来た目的を果たすために。
エッジはミゼルに口止めしてから、本題に入ったのであった。
——その数分後
ミゼルは一時期『タタラ』としてエブラーナ城の事務方で働いていた経験がある。
そのため城内事情に明るく、すぐ話が通じるのはありがたい。
「って訳で……にした」
「そうなんだ……!?」
それまでうんうんうなずくだけだったのに。
本題を話し終えると、ミゼルが少し驚いたような声をもらした。
まさかエッジがそんな決断をするとは思っていなかったようだ。
「それ決定事項?」
「ごく内々での話だがな」
「じゃあ、クオレは知ってるんだね」
「ああ」
「なるほど、なるほど……そういうことですかぁ……!」
ミゼルの明るい表情からしてエッジの真意、いや計画を見抜いたらしい。
エッジが何を考えているのか、この男ならここまでの話ですぐに思い至る。
「オレの考えてること、わかったろ」
「うん。あの子に頭下げたくないんだね」
「……旦那は嫁関係だけはちっともアテにならねえからさ」
「ははっ、気持ちはわかる。いいよ、取り持つよ」
「頼むぞ」
この計画にはミゼルだけでなく、その他大勢の者にも協力を仰がねばならない。
ミゼルにこうして頼んでおけば、その者たちを巻き込んでくれるだろう。
「なんか、残念だなぁー」
計画の第一目標を達成することが出来て、安堵していると。
ミゼルがふっと残念そうな表情に変わり、頬杖をついた。
「何が」
「……ぼくは、きみをぎゃふんって言わせられなかった」
「死んでも言わね」
寂しそうにこぼしたミゼルに冷たく吐き捨ててやった。
「だろうね」
「そもそも『ぎゃふん』って、小説か漫画で出てくるぐれえでリアルで言う奴いねえし」
「ははっ、確かに!」
エッジはこの男がどれだけ苦労してきたかのかを。
当の本人やリディアから聞いた話や、本人の動向でおおむね知っていた。
それに加えて、炎恐怖症や失明……。
様々なマイナス要素がのしかかっても、この男は幸せを諦めず努力した。
その結果いやしの技術を身につけて、再びエッジの前に現れた。
そんなミゼルに感銘を受けたことは認める。しかし、『ぎゃふん』だけは絶対言わない。
「でも、うれしいこともあるよ」
「なにが」
「っ……」
(またかよ)
ミゼルがうつむいて黒眼鏡を外し、露わになった目元を腕で覆ったことで。
これから何をするのかすぐ読めた。
「うう、っ……こうやって……きみが……ぼくに、っ……相談……う、うう」
「——やめろ嘘泣き」
「はいっ、そうでーす。嘘でーす」
身体を震わせながら、大げさに泣き真似を見せるミゼルをすかさずとがめれば。
ぱあっと晴れ晴れしく腕を開いてから、再び黒眼鏡を掛けている。
こんなこと一度や二度ではない。
ここに来るとミゼルは最低1回、こういう嘘泣きを見せる。
—— —— ——
ゼロムスの戦いでの仲間以外で友人はいないし、いらない。
そう心に決めていたエッジに、興味関心を向けてきたのがこのミゼルであった。
エッジは馴れ馴れしく人に接するのは好きでも、その逆は苦手。
構ってちゃんアピールも大概にしろ、この小舅が。
当時はそううざがっていたが。
それこそ時間は特効薬とばかりに、今はこうして腹を割って話をするようになった。
—— —— ——
おどけてモノを言うが、この男もとうの前に察しているだろう。
今の自分たちは友人とまではいかないが、それに近い関係になっていることを。
「きみ、まだ時間いい?」
「ああ、構わねえが」
「今から『 』さんに来てもらうよ」
「……あいつに?」
「昼から手伝いに来てもらうことになってるから、早めにね。——『 』さーん!『 』さーん?」
ミゼルがそう言いながら、カウンターの中からひそひ草を取り出した。
すると、その人物の名を連呼し始めた。
—— —— ——
近年『一家に ひと房 ひそひ草』と言われるぐらいには。
離れた相手と会話出来る便利な草は、値段が安価になった。
—— —— ——
ジャンヌが急遽孤児院での仕事が入り、リディアも午後からミスト。
午後から手伝いに来てもらうよう、事前にこの人物に頼んでいたようだ。
『……?』
「あっ、『 』さん? 何度も申し訳ないです」
程なくして相手と通信がつながり、ミゼルが挨拶したまではよかったが……。
「ちょっと早いですけど、今すぐうちに来てもらえません?」
『……?』
「いやねぇ……何と! エドワードくんが! 今うちに来てるんですよぉー!」
(いちいちいちいちうるせえ奴だな!)
ミゼルとひそひ草の向こう側の相手の会話を聞いて、眉をひそめてしまう。
なぜミゼルはこうも声がでかく、大げさな物言いばかりするのだろう?
『……!?』
「ちょっとー、まだお館様にびびってるんですかぁ!?」
『……!!』
相手の男にも呆れてならない。
この男は隠居後も、リディアやクオレと仲良くしている。
一方でエッジの前にはめっきり姿を見せなく……避けていると言った方がいい。
またサンドバッグにされるとでも思っているのだろうか?
「2代目がそんなへっぴり腰でどうするんですか! あの世で初代会長が怒ってますよっ!」
『……』
「エドワードくんも歳とってずいぶん丸くなりましたし、おいそれ手は出しませんよ。何ならぼくが身体張ってかばってあげますから、早くうち来てくださいっ!!」
ミゼルがひそひ草——の向こう側の人物に向かってまくし立てている。
初代会長とやらが一体誰のことを指しているのかは、すぐに知れたが。
一体何の団体を作っていたのだろうか?
そんな疑問を抱いていたエッジが、詳細を知ったのは約10分後。
二代目会長もとい『 』が、怯えた表情で施術所に現れてからのことであった。
*25年後 につづく
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