フェイクラバーズ 作:かえで
エブラーナ国王のスピーチ
じいが亡くなって以降、エッジはエブラーナ城にほぼ缶詰め状態。
以前より自宅に帰ってくる日が大幅に減ってしまった。
お正月やクリスマス。バレンタインデーに自身やクオレの誕生日など。
祝日やイベント日には帰ってきてくれたため。
リディアは寂しさを感じながらも、さして不満を持つことはなかった。
ところが、3の月中旬に開催された幻獣界ツアー以降。
更に多忙を極めたのか、エッジは帰宅どころか自宅にも顔を出さなくなった。
『悪りぃ、もうちょっとだけ辛抱してくれ』
エブラーナ城で働くクオレが帰宅と共に。
エッジからのそんな伝言を届けてくれるだけの日々が続く。
もうちょっととはいつまで?
辛抱した先に何がある?
もしかして……エッジはこのままずっと……?
それまでリディアの中でくすぶっていた不安と焦りが加速しただけでなく。
エッジへの苛立ちまで湧き始めてから数日経った、3の月27日。
エブラーナの地元紙Xの一面に、こんな見出しが載っていた。
『26日に在位25年を迎えた国王陛下、来月1日に「在位25周年祝賀式典」開催を表明』
.
***
25 years later
——4の月1日 午前9時過ぎ
本日は『エブラーナ国王在位25周年祝賀式典』が行われる。
約30年ぶりとなる、国主催のお祭りだけあって。
この時間からエブラーナ城周辺には、たくさんの人が集まっている。
毎月1日、ミストは休日。お祭りなので、ミゼルの施術所も臨時休業。
朝からエブラーナに遊びにきた親友ふたりと一緒に。リディアも屋台巡りにやってきた。
「いい天気になってよかったわね……」
「うんうん。エブラーナ晴れだよ」
「あらぁー? うちも今日はミスト晴れでしたけどぉー?」
「っ、何言ってんのぉ!? ミストは当分晴れじゃないっ!」
「ふふっ……」
ミストは今日から4の月27日まで、ずーっと晴れである。
エブラーナに負けじと晴れ自慢したアリサを、リディアやライザが笑う。
—— —— ——
ミストへ授業に行くし、もれなくアリサやライザと顔を合わせるし。
定期的にふたりと日帰りで各地にお出かけしているし。
ミストの行事にも家族3人で参加し続けているし……。
エブラーナに移住し、8年近くが経とうとしているが。
親友ふたりが、ミストが遠い存在になった実感はほとんどない。
—— —— ——
ミストのおばさま軍団——『マダム』も、すっかりおばあちゃん。
3年ほど前から、アリサは2代目『マダム』を自称するようになった。
だいぶ先の話だが、クオレやアリサの娘ステラが成人した暁には。
年に一度だけ、女3人で1泊2日旅行も計画している。
§
本日は式典に伴い、城周辺にはたくさんの屋台が並んでいる。
金魚すくい、お面屋。コルク弾の銃で商品を撃ち落とす射的。
無数にあるひもから1本選び、引っ張り上げた商品をお持ち帰りできる千本くじ……。
3人でいろんな屋台を見回った結果。興味関心を惹きつけられたのは、やはり食べ物。
中でも目を引いたのが、フルーツあめ屋だ。
フルーツあめとは、串刺しにした各種果物をあめでコーティングしたもの。
ライザは大粒のぶどう3粒に紫色のあめを絡めた、ぶどうあめ。
アリサは赤いあめで小さな赤いりんごを包んだ、ひめりんごあめ。
3人それぞれお好みのあめを買ってから、路上の端でそれをほおばりはじめた。
「うぅーん……! あまーい、幸せぇ……!」」
あめのぱりぱり感を味わっていたら、果汁が口の中でいっぱいに広がって。
思わず至福の声をもらしてしまう。
「よかったわね」
「うん。砂糖発明した人に感謝しなき」
「——やだわぁー。ふたつも買っちゃってー」
ライザに喜色満面で答えていたら、手の甲をアリサにそれぞれちょんちょんつっつかれた。
リディアの右手には、3粒(今は2粒)のいちごあめ。
そして左手には、串に5房刺さった(未だ手つかずの)みかんあめ……。
フルーツあめをふたつ買ったのは、リディアだけ。
「ほんと欲張りなんだからぁー」
「……ほっといてちょうだい」
アリサに欲張り——甘味狂いと指摘されて、ぷいと明後日の方を向く。
「意地悪なこと言うのね。みっつじゃないから別にいいでしょう……?」
「そうだよ? ふたつで我慢したんだよ?」
「その前に、わたあめ食べてたのはどこの誰だっけー?」
「うっ……」
「それを欲張りと言わずしてどーすんのよー?」
本当はあめをみっつ買おうとしていたが、さすがにふたりに止められた。
なぜならフルーツあめ屋に寄る前に、わたあめを買って食べていたから。
アリサは何かにつけて、リディアにちくちくモノを言ってくる。
それが愛情の裏返しだとわかっていても、言われた直後はさすがにいい気分はしない。
(そう簡単には負けないもん!)
それでも、このまま言われっぱなしではいられない。
ふんと鼻息荒くし、アリサに勝ち誇ったような表情を見せる。
「いいんだもんっ! チーズ食べないと死んでしまう病のラルフさんと一緒ですよぉーだ」
「んまぁー、開き直っちゃってー」
「そんなラルフさんの奥さま長年やってるのは、どこの誰だっけ?」
「くっ……! あんたも言うようになったわねー……!」
白旗を上げたのか、アリサが悔しそうにそうつぶやくと。
やけくそ気味に、ひめりんごあめの残りにかじりついた。
ライザにたしなめられても、リディアに言い返されても。
アリサは相変わらずどこ吹く風……。
それでも長い付き合いのおかげか。世間にもまれたおかげか。
リディアはアリサにちょこっとだけ抵抗出来るようになっていた。
「今日は、お客さんがいっぱいね……」
「みんな生のエッジが見たいんだよ」
ライザが周囲を見回しながら、いつもより通行客が多いことに驚いている。
エブラーナで暮らすほぼ全ての民は、お館様のことを敬愛している。
本日午前と午後の2回に分けて、お館様がエブラーナ城で演説をする。
つい5日前に、そんな発表があったばかりにもかかわらず。
予定をやりくりしてでも、お館様のお姿を拝みにここに集まってきている。
「エッジ様も冷たいわねー。せっかくのお祝いなのに、バロン王やギルバート様たち呼ばないなんてー」
「……人呼ぶの好きじゃないもん」
こういった国を挙げてのお祭りには、各国のお偉いさんをご招待するものなのだが。
今回の祝賀式典には、仲間が誰ひとり呼ばれていない。
クオレからそう聞いていたし、アリサもタツミから聞いたのだろう。
—— —— ——
エッジは受け身な交流を好まない。
他国にほいほい足を運ぶが、国外の要人をほとんどお城に呼ばない。
即位式も内輪で済ませたし、年に一度の生誕晩餐会ですら。毎年理由をつけて中止している。
—— —— ——
「だったら、あたしもお城出禁にすりゃいーのにー」
「ばかね。エッジ様にとってそれだけミストは特別ってことじゃない」
「そうそう」
「ふーん……」
お城に頻繁に出入りしている国外の要人は、昔はラルフ、今はアリサ。……ミストの村長だけ。
理由はもちろん、リディアの故郷の長だからに他ならない。
(出禁にしたらしたで、大騒ぎされちゃうもんね……)
実はアリサが村長についた時に、エッジは彼女を出禁にするつもりでいた。
しかし、その先に何が待っているか察してすぐ諦めた。
その代わり、面会にやってきたら、出来る限りタツミに相手役を丸投げしているらしい。
「そういえば……」
「ふぇ?」
「エブラーナが国を挙げてお祭りするの、初めてよね」
ライザの疑問に答える前に、いちごあめの最後の1粒を口に放り込んで。
あめといちご果汁を一気に味わってから、ごくりと飲み込んだ。
「っ、うん……初代国王さまが、お国のお金使ってお祭りやるなら他のことに使った方がいいって何にもやらなかったんだって」
「あ、そういう伝統なのね」
「一度だけ、エッジのお父さまが今日と同じお祭りやってるよ」
「エッジ様もお父さまにならったのかしら?」
「あんまり乗り気じゃなかったって、クオレが言ってたなぁ」
「ってことはー。その人以外、みんな25年以下で国王辞めちゃったってことー?」
「……うん」
リディアは歴代のエブラーナ国王の略歴を、ふたりへ話してあげた。
—— —— ——
建国から100年以上経つ、エブラーナ。
これまで在位年数が最も長かった歴代国王はエッジの父親——6代目の28年。
そして7代目国王、エッジの25年。
残りの歴代国王は、エッジや6代目より短い在位年数で国王を退いている。
—— —— ——
「……それで、エッジが即位して今のエブラーナがあるんだよ」
「ちょっと-、5代目以外みんな波瀾万丈すぎなーい!?」
「呪いみたいね。怖いわ……」
やはりというべきか、ライザがおののいてしまった。
3代目の末路——金に執着した末に即位直後、末弟に暗殺——に反応したのだろう。
「エッジのおじいさまの代から、子どももひとりしか生まれなくて、王族も今エッジひとりしかいないし……」
「そうなのね……エッジ様も大変だったし、これから何もなければ」
「——大丈夫よー。悪態つきでバチ当たりでも25年も国王続けられたんだからー」
(アリサも人のこと言えないと思うよ??)
困惑しながら、ライザとお互いに顔を見合わせる。
自分のことを棚上げして、エッジを悪態つきと称するとは……。
「死ぬまで国王続けるのが普通だし、あと40年ぐらいはよゆーでしょーよ?」
—— —— ——
国王が存命中に次の継承者へ譲位する、生前譲位の国はファブールやトロイアぐらいしかない。
バロンやエブラーナ、ダムシアンなど多くの国は国王の死後、次の継承者に王位を継承する形をとっている。
ただし、エブラーナの初代国王とバロンの前国王セシルだけは、存命中に息子へ王位を譲っている。
—— —— ——
「50年以上も国王様?? 考えられないわ……」
「エッジ様なら死ぬまでやるわよー」
「ここのみんなも同じこと言ってるよ?」
「ええ……?」
ライザがドン引きしているが、彼女はトロイア生まれ。
エブラーナ在住のリディア。ダムシアン出身のアリサと国王や王族の概念が違うから仕方がない。
—— —— ——
エッジは10数年前、禅譲制を宣言している。
それでも、次の継承者が即位するなら。エッジの死後。
エッジは慣例に従い、死ぬまで国王であり続けるであろう。
リディアを含めて、エブラーナ国内ではそんな予測が大多数を占めている。
—— —— ——
「どーせ、何十年後かに『オッ、オレの目の黒いうちはエブラーナは誰にも渡さねえ……っ!』とか言いながら死んでくのよぉー」
「あははっ! 本当に言いそうっ!」
「そっくりね……!」
「そりゃー、しょっちゅう仕事で顔合わせてんだから癖ぐらい見抜くわよ」
さすがに声は似ていないが、エッジの言い回しそっくり。
そんなアリサを笑いながら褒めると、得意気に自身の真似上手を誇っている。
「エッジ様、まだお仕事忙しいの?」
「うん……」
「もう半年近くじゃない。クオレの送り迎えついでにお城に会いに行ったらー?」
「そこまではいいよ。クオレがエッジの伝言預かって帰ってくるもん」
(伝言、毎日同じだけど……)
それ以上はライザたちには言わず、心の中でエッジへの不満をぼやく。
—— —— ——
毎日クオレから手渡される、エッジ直筆のメモ——伝言は決まってこれ。
『悪りぃ、もうちょっとだけ辛抱してくれ』
とても忙しいのはわかっている。
わかっているが、毎日同じ伝言はどうなのか?
まさかクオレが、エッジの伝言とでっち上げているのでは?
そんな疑念を持って、クオレに問い質したが。あっさり否定された。
仮に自分がでっち上げるなら、毎日同じ内容は書かない、と。
—— —— ——
「もしかして、ずーっとこのままだったりしてー」
「アリサ」
「っ、そんなことないもん……」
アリサからきつい一言を食らい、ぶすっとした顔でみかんあめをかじる。
エッジのことになると、アリサはいつもこれ。
エッジと早く別れろとばかりに、リディアを煽ってくる。
当の本人にもずけずけモノを言い、その度にエッジをかばうラルフにも容赦ない。
ローザやソイも未だエッジに懐疑的だが、アリサはそのふたり以上に攻撃的だ。
「ライザはゲッコウさんに最後に会ったの、いつだっけ?」
「……先月の10日だったかしら」
「ええ゛っ!? 1ヶ月も会ってないのー?」
「大げさ言わないでちょうだい。たった3週間じゃない」
(アリサには理解出来ないよね……)
そんなに騒ぐ問題? ライザがそう言いたげで。
あ然としたような顔でこちらを見てきたアリサに、苦笑いで返してあげた。
—— —— ——
ゲッコウとお付き合い出来るだけで幸せ。ライザはそう信じてならない。
だから、恋愛面において全く欲張らない。
恋人と遠距離恋愛、かつ長期間会えなくても平気。
相手に注文や要求しない。おねだりなんてとんでもないと平気で言う。
—— —— ——
ライザがこの調子なら、今日の準備にゲッコウも駆り出されていた可能性も高い。
もしかしたら、『当分の間』も今日で終わるかもしれない。
「寂しいでしょうけど、何でも終わりはいつかくるわ。もう少し様子を見ましょう」
「うん、そうだね……!」
同じことを考えていたのだろう。
ライザに励まされて、沈んでいた心が一気に浮き上がった。
(ありがとう……!!)
ライザは相変わらずエッジのことになると、リディアの意を汲んでモノを言ってくれる。
控えめながらも、縁の下の力持ちのような彼女の存在は大変ありがたい。
§
「はぁ、美味しかっ」
「——やだっ!! もうこんな時間じゃなーい!」
いちごに続き、みかんあめも完食し終えて、感想を述べようとした矢先。
血相を変えたようなアリサの叫び声に遮られてしまった。
「こんな時間って、今何時なの?」
「10時23分。演説もうすぐ始まっちゃうわー」
左腕に巻いてある腕時計を、アリサが指でつつきながら。
現時刻をアピールするも、リディアやライザは首をひねる。
「演説って11時からでしょう?」
「まだ時間ある」
「——おばか。気が早い奴は、日が昇る前から場所取りに寝袋や食べ物持参で来てるわよー」
「うそぉ……!?」
「そんなに早く……??」
アリサの場所取り裏事情を聞いて、リディアとライザは血相を変えた。
若い頃はダムシアンの町で夜遊び三昧していたアリサと違って。
リディアとライザは、のんびりした暮らしを好む。
いい場所を確保するために、そこまでやる神経がわからない。
「あたしたちも、うかうかしてられないわー!!」
「ああっ、待ってよ……!」
アリサが意気盛んに先導切って走り出した。
午前午後共に、エッジの演説が終わってから菓子まきが行われる予定。
多くのお菓子をゲット出来る、いい場所を確保するつもりでいるようだ。
「あの子も花より団子よね」
「団子じゃなくてかりんとうだよ……」
(あたしと大してレベルが変わらないよ)
かりんとうを多くゲットするために、本日ここにやってきたようなもの。
そんな親友の後を、ライザとぼやきながら追ったのであった。
§
数分後、演説会場であるエブラーナ城門前に到着。
既に観衆がたくさん集まっていたが、なんとか前の方に陣取ることが出来た。
「あーら、ごめんなさいねぇー?」
それもこれも、先導役の誰かさんがそう言いながら。
人だかりの中をずんずん突き進んでくれたおかげだ。
町歩きやこういった場所取りには、アリサの圧しの強さが欠かせない。
——午前11時 少し前
エブラーナ城は5年前、一部改修改築工事を行っている。
その際、新たに城門の上部にバルコニーが設けられた。
本日エッジは、そこで演説を行うことになっている。
「こじんまりしてるかと思ってたけど、結構本格的ねー」
城門の上を見上げながら、アリサが珍しく感嘆の声を上げた。
バルコニー中央の縁にはマイクが設置。
バルコニーの両端それぞれに、大きな黒い箱——拡声器も置かれている。
観客全員に、エッジの演説を聞いてもらうための配慮だと思われる。
「あっ」
会場をぐるりと見回していると、見知った人物を見つけた。
その人物と目が合って手を振ったら。相手も軽く手を上げて返事をしてくれた。
「知り合い?」
「おばちゃん」
「っ、仲いいわね」
「今日もダブルデートだよ」
リディアが指さした方向に、ライザが視線を向けた瞬間くすりと笑った。
4、5人分ほど離れた先に、見知った人物——ジャンヌとその夫ミゼル。
その隣には元お城勤ザンゲツと奥さまも同伴している。
以前からこの2組の夫婦は、家族ぐるみでとても仲がよい。
今日も4人でエッジの演説を見にいく。ジャンヌからそう聞いていた。
「そろそろ時間ねー」
「……誰か来たわ」
「タツミさんだ」
「ああ、あの人が噂の……」
バルコニー中央に現れたのは、金髪の壮年男性。
じいの後任として、エッジのお側についているタツミだ。
「司会やるんだ。すごいなぁ」
「すごくもなんともないわよー」
「……そうかしら? とても有能そうに見えるけど」
アリサのすげない一言に、ライザが不思議そうな表情で首をひねっている。
タツミの姿を初めて目にして、賢そうに見えたのだろう。
—— —— ——
ゲッコウは恋人——ライザに、エブラーナ城の内情を何ひとつ話さないという。
彼はドがつくほど真面目な人物。
大したことないことでも、全て秘匿事項とみなしているようだ。
—— —— ——
「あんた、人を見る目がないわねー」
「そんな」
「——あの人、エッジ様の犬って有名じゃなーい!!」
「ちょっ、アリサ……!」
アリサがまた大きな声で、タツミの愛称と言う名の蔑称を口にして。
周りにいたお客さんが一斉に、こちらに視線を向けてきた。
「どーせエッジ様に褒められたくて、しっぽ振りながら立候補したに決まってるわぁー!!」
「声大きいよっ!」
「もう、恥ずかしい……」
お口の女王さまアリサの暴走は留まるどころを知らず。
周囲からの視線に耐えられなくなり、ライザが両手で顔を覆ってしまった。
(アリサの言うこと、当たってるんだけどね)
ずいぶんな言われようだが、仕方がない。
なぜなら、タツミはエッジの側近としてではなく。
御伽衆のイザヨイと並ぶ、異常なまでのお館様愛の持ち主として。
エブラーナ国内では、とても有名な人だから。
アリサは仕事でお城を訪れた時に、タツミがエッジへ土下座したり。
エッジのことで感極まり、泣いている場面を見たことがあるのだろう。
「みなさん、静粛に」
(さっきの……タツミさんに聞かれてないよね)
偶然にもタツミが、既に手にしていたマイクで観衆に注意を促すと。
それまでざわめき立っていた会場が少し静かになった。
「本日は朝早くよりお集まりいただき、誠にありがとうございます。ただいまより国王陛下の演説を行います。——お館様、どうぞこちらへ」
静かな口調でそう言い終えて、奥に戻っていったタツミと入れ違いで。
本日の主役がバルコニー中央に現れた瞬間。わっと大きな歓声が上がった。
熱い視線と声援を浴びながら、エッジがバルコニーの縁に両手をついて寄りかかった。
すると再び会場が静まり返り、お客さんはみなお館様の第一声を待つ。
それまでうるさかったお口の女王さまも、空気を読んで口をつぐんだ。
「親愛なるエブラーナの民よ。本日祝いの場に集まってくれたことと共に、この25年もの長きにわたり、我がエブラーナを支え続けてくれたことに感謝と敬意を表する」
(こういった時は、どこもお堅いしゃべり方なんだろうけど……)
エッジの国王としての語り口調を、ずいぶん久しぶりに聞いた。
けれど、リディアがよく知るエッジらしさが感じられない。
国の行事だから仕方がない。
リディアはそう思いつつ、ちょっぴり不満を感じていたら。
突然、エッジが背筋を伸ばして台に備えつけのマイクをつかんだ。
すると、ひらりとジャンプしてバルコニーの縁の上に着地した。
「うわぁー! かっこいい!」
「すごいなお館様!!」
「軽業師みたいだぁ!」
お館様の離れ技を目の当たりにして、会場のあちこちから歓声が上がる。
その様子を確かめるように、エッジが右へ左へ何度も首を動かしてから。
マイクを口元に近付けた。
「オレはおまえらの思うような立派で完璧な国王じゃなかったかもしれねえ。けど、この25年間オレなりにおまえら民とエブラーナを愛し、いい国にしようとつとめてきたつもりだ」
そう言ってから、即位してからここまでの25年を振り返り始めた。
(やっぱりエッジはこうでなきゃ!)
それまでのお堅い口調とは打って変わって。
いつものざっくばらんなしゃべり方に戻ってくれて、嬉しくなってしまう。
「こういう時までタメ口って、ずいぶん型破りねー」
いつものミストでの姿——『国王さまらしからぬ』エッジを見て。
呆れたような顔をしながら、アリサがぼやいた。
「それがエッジ様のいいところなのよ。ね、リディア」
「うん。これだからみんなから慕われてるんだよ」
「最初はきちんと話していたし、そんなに気にしなくていいじゃない」
「まー、らしいっちゃらしいけどさー……」
リディアとライザがエッジをフォローしたが、アリサは渋い表情だ。
最初の最初にお堅い口調でお礼を述べたから、もう禊は済んだ。
エッジもそう思っているに違いない。
§
それからもエッジの話が続き、みんな黙って聞いていた。
そして台本なし、かつ流暢な言葉で紡がれる回顧が終わりに近付いた時。
「……んで、これからもこの国とおまえらを……」
将来の展望を述べようとしていたのに、途中で言葉を切ってしまった。
どうした何があったとばかりに。
リディアをはじめ、お客さんたちがざわざわし始めた矢先……。
「って、言いてえとこだが。——25年をちょうどいい区切りとして、オレは今日限りで国王の座をツキノワに譲って王籍を離脱する」
「えぇっ!?」
「何だって!!」
エッジが譲位を宣言して、会場に大きなどよめきが起きた。
「嘘でしょ……!?」
リディアも驚きの声を上げたのは言うまでもない。
そもそも譲位が予想外だと言うのに。
今日付け、しかも王族の身分も離れるとは……不意打ちにも程がある。
「あなた、知らなかったの??」
「し……知らない、知らないっ」
ライザもとても驚いたような表情で、肩をつかんできた。
けれどエッジから一度もそんな話を聞いたことがなく、首を横に振るしかない。
「クオレは? あの子なら知ってたでしょう」
次の国王ツキノワの側近は、間違いなし。
国内でそんな評判が立っているクオレが、城内中枢の情報を知らない訳がなかろう。
ライザがそう言いたげ。しかし……。
「クオレやお城の人たちは、エッジに口止めされたら黙ってるよ」
「あぁ、そうだったわね……」
今日この日まで黙っているように。エッジからそう命じられたら。
クオレもゲッコウと同じように、関係者以外に口外せぬよう心がけるだろう。
「おい、こっち来い」
会場が驚きや戸惑いといった空気に包まれる中。エッジが後ろを振り返って。誰かを呼んだ。
すると奥からツキノワが現れて、エッジの少し後ろで立ち止まった。
さすがにエッジと横並び——ベランダの縁に立つのは遠慮したようだ。
「昼からエブラーナ城で、新国王ツキノワの即位式を執り行う。3時にここでツキノワの挨拶と菓子まきやっから、よかったらまた集まってくれ。それが終わったら、ツキノワが国王……あっ、お館様だな。そんで、オレはおまえらと同じエブラーナの民だ」
エッジに紹介されて、ツキノワが会場に向かって会釈した。
「次はツキノワだろうって思ってたけどさぁ」
「お館様が亡くなってからだと思ってたわ……」
「しかも、突然だぜぇ?」
「前からだけど、お館様こういうドッキリ好きよね」
「い、いや。ドッキリにしては大ごとすぎるぞ!?」
お祭りと見せかけて、実は新国王即位の発表だった。
それを知り、周りにいるお客さんの戸惑うような声を耳にしながら。
リディアはエッジの狙いを思案する。
(セシルたちが来ないようにドッキリにしたのかも)
仮に今誰かがひそひ草を使ってセシルたちに連絡しても。みんな立場あるものばかり。
予定が入っているかもしれない。そうでなくても準備に時間がかかるだろうから。
ここに着いた頃には、即位式はもう終わっている。
エッジらしいと言うか、何と言うか……。
抜かりない計画を立てて、現在進行形で実行中。
そんな夫を呆れ半分感心半分で見ていたら。子どもの声が聞こえてきた。
「ツキノワ兄ちゃんが次の国王って噂。やっぱ本当だったんだぁ」
「先生っ、ツキノワなら大丈夫だよね!」
「ええ。立派な国王になるでしょう」
「たった数年しかいなかったのに、今でも……う、っ……」
ツキノワが次の国王になるとわかり、子どもたちが大喜び。女性も泣いている。
(うれしいよね。知ってる人が本当に国王さまになるんだもん)
子どもたちは孤児院で暮らしているのだろう。女性はその職員と思われる。
ツキノワは休みの度に、おもちゃやお菓子を持参して。
幼少の頃お世話になった孤児院に顔を出して、子どもたちと一緒に遊んでくれる。
そんな話を、現在そこで働くジャンヌから聞いたことがある。
「んで、この場を借りて、おまえらにどうしても詫びなきゃならねえことがある」
(まさか……!!)
ずっと黙っていたあのことを、この場でぶっちゃけるつもりなのか??
リディアがそんな予感を抱いた矢先。
「おまえらがオレに世継ぎをもうけて欲しいって望んでたのは知ってた。オレも最初はそのつもりでいたが……子どもが作れねえ体質だったことがわかってな。建国時と違って、今王族はオレひとりだけだ。そのオレが『種なし』となりゃ、世襲制は継続できねえ。——それが禅譲制に移行した本当の理由だ」
……予感的中。エッジが重々しい口調で、自ら不妊体質を打ち明けてしまった。
しーんと静まり返ってしまった会場をよそに、なおも続ける。
「情っさけねえ話だが、オレはこの歳になるまでこのことをおまえらに明かす勇気がなかった。ずっと隠していて……望みを叶えてやれなくて……申し訳ない」
苦渋に満ちた声で、自らの不甲斐なさと民へ詫びの言葉を述べると。
エッジが観衆に向かって深々と頭を下げた。
(黙ったままで、国王さま……辞めたくなかったんだ……)
エッジは心のどこかで、ずっと悔いていたかもしれない。
終生独身宣言で世襲制を打ち切り、民の期待を裏切ってしまったことを。
「つっても、今更詫びられたところで納得行かねえ。なんで今まで黙ってたんだって文句言いたくなる奴もいるに違いねえ。そういう奴らは、この挨拶が終わったら、オレに文句や不満ぶちまけてこい!! 明日からも、どっかでオレを見かけたら、文句言ってきていいからなっ!!」
先ほどと一転して怒張めいた叫び声を上げたエッジから、並々ならぬ覚悟を感じた。
(そこまで背負わなくていいのに……)
民の期待を裏切っただけなく、長年事実を隠していた。
エッジがそう思って、民からの責めを甘んじて受けるつもりでいる。
「……最後におまえらに大事な頼みがある。ツキノワはオレ以上に、おまえらやエブラーナのために尽くしてくれる奴だ。オレはそう信じて次期国王に指名した。だから、おまえらも明日からツキノワを信じて、支えてやってくれ。——以上だ」
演説を終えても、エッジはバルコニーの縁から降りようとしない。
これから民からの文句や不満を受け止めるつもりでいるように見える。
物言わず会場を見下ろし続ける夫を視界に入れながら。
リディアはこのような決断に至った夫の心情に思いを馳せる。
—— —— ——
まだ若く世間知らずだった頃。エッジはリディアをこう称したことがある。
幻獣界やミストでぬくぬく暮らす温室育ち、と。
しかし当のエッジも、実は温室育ちだったのではないか?
温室から簡単に脱出出来る力を持っていながら、国を背負う者としての責任感から。
これまでエブラーナという名の温室に自ら囚われ続けていたのかもしれない。
—— —— ——
(もしかして、エッジもあたしといっしょだったのかも……)
エッジはこのまま国王として、祖国に骨を埋めるつもりでいる。
今の今までそう思っていたが、実は間違っていたのかもしれない。
夫のことを完全にわかっていたつもりでいただけ。自身の浅さをそう悔いていたが……。
「っ!!」
(だめだめ! 物思いにふけってる場合じゃない!)
『今ここ』に意識を戻して、きょろきょろ周囲を見回してみた。
エッジに野次を浴びせたり、罵声を上げる者はいないが、会場は静まり返ったまま。
お客さんはみんな戸惑ったような顔で、エッジを見上げている。
一体どう反応すればいいか迷っているようだ。
お客さんが何も反応しないのでは、エッジもどうしていいかわからないだろう。
夫の心境を思いはばかるうちに、胸が締めつけられて苦しくなってくる。
「……」
「どうしたの?」
静まり返ったままの会場をよそに、リディアはうつむいて目を閉じる。
ライザの問いかけに答えず、記憶の中に眠るある一光景を探し始めた。
(確かあの時……)
2年前、バロン城でセオドアの即位式が終わった直後。祝賀式典なるものが開かれた。
リディアやエッジたち戦友も、前国王セシルや新国王セオドアの演説を見届けた。
その時、挨拶が終わってから観衆はどんな反応を見せていた……?
(あれだっ!!)
当時の光景を思い出すやいなや、かっと目を見開き、顔を上げた。
—— —— ——
エブラーナの民は知らないけれど。エッジの妻として、今ここで言わずしてどうする!!
—— —— ——
「エッジぃー!!」
口に両手を添えて、思い切り声を張り上げて夫の名を呼ぶと。
視線の先……バルコニーの縁の上に立つエッジが、きょとんとしたような顔に変わった。
「リディア……!?」
「長い間ご苦労様でしたぁー!!」
ライザや周囲にいるお客さんが、こちらへ一斉に視線を向けたように感じたが。
リディアはそれを意に介さず、大声で25年も国を守り支えてきたエッジを労った。
「新国王陛下ツキノワさまー!! これから頑張ってくださーい!!」
最後にツキノワへエールを送ると、拍手を始めた。
労いや祝福、応援の輪がもっともっと広がるように……!
そう祈りながら、手が痛くなるぐらい強く叩き続ける。
「ほら、ライザも続くの」
「……わたし!?」
「旅の恥はかき捨て。エッジたち喜ばせてあげようよ」
「お、お願い、拍手だけで許して……」
ライザがおどおどしながら拍手し始めてくれたが。それではちっとも足りない。
「声もかけてあげようよっ」
「だめよ、無理よ……」
ライザは目立つことが苦手で拍手が精一杯。
それをすっかり忘れてエールを送るよう、しつこくせがんでいたら。
「——エッジ様ぁー!!」
「うそ……!?」
「まぁ……!」
「25年もの短い間、お疲れさまでしたぁー!!」
なんと、もうひとりの親友アリサが声高らかにエッジを労った。
この世でアリサほど、エッジをけちょんけちょんにする人間はいない。
もともとかりんとう目当てで、ここに来たのだし。
労いの言葉なんて贈らないし、拍手なんかする訳ない。
そんな予想とまるっきり逆の行動に出た親友に、呆然としながら。
拍手を続けるリディアとライザに向かって。
アリサがふっと不敵な笑みを見せると、すぐにベランダへ視線を戻した。
「新国王ツキノワさまぁー! 今まで以上に我が村ミストと仲良くしてくださいねぇー!!」
続けてアリサが、エッジの傍らに立つツキノワに向けてエールを送ると。
リディアたちにならって拍手を始めた。
(あたしのばか……! アリサは国王さまのエッジだけは認めてたじゃない!)
やる気なさげに、ぱち、ぱちと間の空いたそれが何ともアリサらしいが。
普段は口が悪く、よく小競り合いする親友の振る舞いに胸が熱くなる。
「ほら、アリサに先越されちゃった」
「わ、わたしは」
「——やめな、リディア」
アリサを見習えとばかりに、声を上げるよう迫るリディアとうろたえるライザ。
そんなふたりの間に、ある女性が割って入ってきた。
「おばちゃん……」
「ジャンヌさん」
「ライザに無理押し付けるんじゃないっ。おまえやアリサと違うんだぞ?」
「!」
(そうだった……!)
ジャンヌに厳しい口調でたしなめられ、ようやく我に返った。
ライザにしつこく声援を勧めるリディアが目に余って、止めにきたようだ。
「っ、ごめんね……」
「いいのよ。それだけ必死だったのよね?」
「うん……」
しょんぼりしながら、拍手の手を止めずに謝ると。
ライザはすぐ許してくれた。
「心配しなくても、じきに歓声でいっぱいになるよ」
「えっ?」
「あれ見てみな」
ジャンヌが指さした方を見れば。ザンゲツとミゼルがひそひそ話している。
そんなふたりの隣で、ザンゲツの奥さまが苦笑いを浮かべている。
「「前国王ばんざーい! 新国王陛下ばんざーい!! エブラーナの未来に栄光あれ!!」」
ミゼルとザンゲツが密談を終えるなり、万歳しながら新旧の国王を称えた。
(おじちゃん……! ザンゲツさん!)
一度で終わると思いきや、ふたりは何度も称賛の言葉と共に万歳を繰り返している。
ザンゲツの奥さまも、それに合わせて拍手している。
「おい、わしらも……」
「そうだな! お館様を喜ばせてあげないとな!」
リディアたちに触発されたのだろう。
周りにいたお客さんたちも次々と歓声を上げたり、拍手を始めた。
ジャンヌの言う通り、会場一帯にそれが広がるまで全く時間はかからなかった。
罵倒や文句の声が出てきても、それをかき消してしまうぐらいの大きさだ。
そんな会場の様子を、エッジがバルコニーの縁の上から見下ろしている。
信じられないといった表情が、今にも泣き出しそうに見える。
エッジの姿を見るうちに、リディアの胸もいっぱいになり、視界がうるんできた。
拍手を続けながら、顔を思い切り上げると。ほんの一瞬だけエブラーナの青い空を視界に望んだ。
—— —— ——
エッジの両親やじいは今、あの世から見てくれているだろうか?
拍手と歓声に包まれた、このエブラーナ城を……!
—— —— ——
「っ、おまえらの気持ちはよーくわかったっ!! ありがたく受けとっておくぜっ!!」
エッジが何か思いを振り切るように、一度首をぶんと振ってから。
それはもう大きい声で叫ぶと、会場からわあぁっと歓声が上がった。
「今からこれでもかってぐれえ、菓子ばら撒いてやるっ!! オレからの最後の贈りもん……喧嘩しねえで受け取りやがれっ!!」
捨て台詞のごとく、エッジが菓子まきの始まりを告げると。
タツミやゲッコウ、イザヨイ……使用人が数十人、大きな箱を持って現れた。
彼らはすぐに会場にいるお客さんへ向かって、箱の中に入っているお菓子を投げ始めた。
忍者の投擲力を生かして、会場一帯に満遍なく大量のお菓子が降り注ぐ。
お客さんはみんな一斉に手を上げて、それらをつかもうと必死だ。
リディアも流していた涙をそのままに、お菓子の狩人と化して。
伸ばした手の先に落ちてくる小袋を受け取りながら、こんな確信を抱いた。
—— —— ——
今日で『当分の間』は終わり。
これからエッジと一緒に過ごせる時間が、もっと増えるに違いない。
—— —— ——
——それから数時間後 午後3時すぎ
生菓子や焼き菓子、揚げ菓子に蒸し物……。
こんなにもエブラーナにはお菓子があったのか? リディアがそう驚いたぐらい。
午後からの菓子まきも、午前と同じように、あめあられのごとくお菓子がばら撒かれた。
観衆はみな獲物を片手に、東と西の城下町や1日限りの屋台へ散っていく。
リディアも、これからミストに帰るアリサとライザを見送るために。
ふたりと一緒に南の発着場へ向かっているところである。
「やったわぁ……! かりんとういっぱいもらえたー!」
アリサがリディアとライザの一歩先を歩きながら。
獲物が入った袋をのぞき込んで感嘆の声を上げている。
数日前の地元紙Xには、お祭りの予告記事が載っていたが。
そこには菓子まきも行われると書いてあった。
そのためライザとアリサに、袋を持参するよう事前に声をかけておいたのだ。
(ラルフさんもかりんとう好きだもんね)
アリサは自身がゲットしたかりんとう以外のお菓子を。
リディアやライザのかりんとうと交換してもらっている。
夫婦共通の大好物をタダでたくさんゲット出来たのだから、大満足であろう。
「あんたたちのおかげで目標達成出来たわー。ありがとー」
「そりゃあ、たまには親友に協力してあげないと。ね、ライザ?」
「ええ、助け合いの精神よ」
「やーっぱ、持つべきものは親友よねー」
アリサがリディアたちにお礼を言うなんて、年に一度あるかないかの珍事。
それぐらいごきげんな彼女を見て、リディアも嬉しくなってしまう。
(お菓子はひとを幸せにするって、アリサも気付いたんだ……!)
ギルバートとハルが結婚して以来。
アリサはギルバート信者を辞めた代わりに、かりんとう教の信者になった。
それでも、今の方がよっぽど健全だと思う。
ぜひミストに帰ったら、旦那さんと喧嘩せずに仲良く食べて欲しい。
親友の背中を微笑ましく眺めていると、ふとあることを思い出した。
今更だが、本日の演説でエッジは自身の体質をバラしたにもかかわらず。
リディアとクオレのことについては何も言及しなかった。
—— —— ——
昔は『エッジが好きだった召喚士の女性』
今は『エブラーナを気に入り、移住したエッジの戦友でもある召喚士の女性』
これがエブラーナの民が持つ、リディアに対するイメージだ。
『青ばら』のリンとの偽装婚約騒ぎ。幻獣界での空白の2年間。
そして終生独身をほのめかした禅譲制移行をエッジが宣言してから。
ふたりが付き合っている。そう予想する者すら現れなくなった。
—— —— ——
(表向きはお友達止まりだったから、何も言わなかったのかな……?)
そう思っているうちに、発着場の看板が視界に入ってきた。
もうすぐライザとアリサとお別れ。
ミストで明日また会うけれど、今これだけは言っておかねば……。
「アリサ」
「なーにー??」
「朝、助けてくれて……本当にありがとう」
リディアに名を呼ばれ、肩越しからこちらを振り返ってくれたアリサに。
エッジの演説後、リディアに追随してくれたお礼を伝えた。
「……大したことやってないわよー」
アリサがきょとんとしたような表情を見せたが。
すぐに仏頂面に変わり、長いポニーテールの髪をわざとらしくかき上げながら。
そっけない一言を残して、前を向いた。
(照れなくてもいいのに)
これだからアリサのことを憎めないのだ。
毒舌持ちでエッジに対して、無礼極まりない面が多々見られるが。
今日みたいに肝心な場面では、リディアの肩を持って助けてくれる。
「ねー、リディアー」
ライザと顔を見合わせて、お互いに笑いながら歩いていると。
またまたアリサがこちらを振り返って、声をかけてきた。
「なに?」
「あいつに幻滅しないのー?」
「え……」
「あんた。王子か国王のあいつしか知らないでしょー? 今日でなーんにもなくなっちゃったわよ?」
アリサの質問の真意をすぐに見抜いた。
はじめて出会った頃から、リディアは君主としてのエッジを高く評価していた。
国王さまだったから、エッジを好きになった面もある。
アリサは昔からそれを知っていたから、気になったのだろう。
リディアは国王さまでなくなったエッジに、魅力を感じなくなったのではないかと。
「幻滅しないよ」
「あら、どーしてー?」
「——わたし、エッジの味方だもん」
不審げにこちらを見つめるアリサへ、胸を張って言い切った。
リディアは、エッジが考えて決めたことを尊重してあげたい。
誰が敵に回っても、自分だけはエッジの味方でありたい。そう思っている。
譲位すると聞いた時は驚いたが、反対する気はさらさらない。
「ならいーけど、明日から首輪つけとかないと逃げられちゃうわよ-?」
「エッジは逃げないもんね」
「わっかんないわよー? 男なんて、しゃぼん玉みたいにふわふわあっち行きこっち行きする生き物なんだからー」
男性についての持論をアリサが切々と語ってくれたが、説得力がまるでない。
「っ、ふふ……」
「ラルフさんとっ捕まえた人がそれ言うんだぁー!」
「っ!! あたしは一般論を述べただけー!!」
(首輪を外しても逃げない旦那さんがいるのに!)
大笑いするリディアとライザへアリサが怒鳴ると、前を向いて足早に先へ進む。
「もう、待ってよー!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃない……!」
(どうせさびしくなって、こっちに戻ってくるんだ!)
アリサの行動パターンなんてすっかりお見通し。
リディアとライザは笑いながら、親友の後を追うのであった。
§
アリサとライザを見送って自宅に戻ってから、2時間ほど経った頃。
クオレが仕事を終えて帰宅。すると、こんなメモをリディアに渡してくれた。
—— —— ——
今日はうちに帰る。遅くなるかもしんねえが待っててくれ。
—— —— ——
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