※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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桜の花が咲く頃に・1

 

 

——翌日 4の月2日 午前9時まえ

 

 

 エブラーナ城へ出勤するクオレを、夫婦揃ってお見送りしてから。

 リディアは旅行の荷造りを始めた。

 それを終えて玄関先で出立を待っていたら、エッジが奥から現れた。

 

「終わった?」

「ああ。全部2回鍵閉めたぞ」

「ありがとう」

 

 昨夜の帰宅前に、飛空艇に荷物を置いてきた。

 そんな理由から、エッジは戸締りを買って出てくれていた。

 

 クオレも旅行の間は、エブラーナ城で仮住まい。

 この家は向こう1ヶ月、ほぼ空き家と化す。その間に泥棒に入られたら困る。

 

「っ、おまえ荷物そんだけ?」

「うん」

「相変わらず少っくねえなぁ」

 

 リディアの肩に掛かっているかばんを見ながら、エッジがぼやいた。

 

 ……1ヶ月旅行の荷物は、日帰りお出かけのそれとほぼ同じ。

 かばんの中には、暖取りと人混み対策を兼ねた黒いローブに。

 肝心要のお金と、薬草園で働くユノがくれる自家製香水数本。

 そして、薫衣草の練り香ぐらいしか入っていない。

 

「お土産たくさん持って帰ってこなきゃならないから、余計な荷物はいらないの」

「……確かにな」

 

 リディアは年がら年中、アスラ特製洗濯不要の服を着ているから。

 旅行の際、着替えや夜着は持っていかない。

 宿屋に備え付けの夜着を着るか。なければ、この服で寝ればいいの精神だ。

 こういう時、二度の戦いで着の身着のまま野宿した経験が役に立つ。

 

「貸せよ」

「はいっ」

 

 エッジにかばんを渡せば、マントをめくってからそれを肩に掛けてくれた。

 

(あ、これって……)

 ここまでされたら、もう先が読める。

 身体がふわっと宙を浮いたと思ったら。エッジに横抱っこ——お姫様抱っこされていた。

 

「ぎっくり腰にならないでちょうだいね」

「ばぁーか。そんなやわな身体してねえわ」

 

 忍者の(元)頭領さまがぎっくり腰になる訳ない。

 それをわかっていながら、冗談を口にすれば。

 エッジも負けじとばかりに顔を歪めさせて言い返してきた。

 

「もう52歳だし、どうなるかわかんないよ」

「だったら、今からその目で確かめてみろ」

「そうさせていただきまーす」

 

 エッジが悪どい笑みを浮かべながら、挑戦的に食って掛かってきたから。

 こちらも笑いながら返事してあげた。

 

 こうして軽口を叩くぐらいには、今すごく有頂天な自覚がある。

 きっとエッジも同じ思いでいるに違いない。

 

「そんじゃ、シャバの空気吸いに行くか」

「……シャバってなあに?」

「外の世界の別名。囚人がそう呼んでんだ」

「……」

 

 エッジがさらっと口にしたが、まるでエブラーナが監獄で自身が囚人と言わんばかり。

 どう返事していいかわからず、口をつぐんでしまった。

 

「どした」

「う、ううん? なんでもない、早く行こ」

「おう」

 

 心の内を悟られぬように平静を装いながら、エッジに出立を促した。

 

(やっぱりエッジもあたしといっしょ……)

 抱っこされたまま自宅を後にしながら、夫の心境について思考を巡らせる。

 

 —— —— ——

 エッジはエブラーナを自身の温室だと認識しているのではないか?

 昨日の演説でそんな疑念を抱いたが、当たっているかもしれない。

 

 籍を抜けても王族だったことには変わりはない。前国王という肩書もついている。

 それでも昨日までとは比べものにならないぐらい、重圧や責務は軽くなった。

 

 国王という重い鎧を外して、晴れて自由の身。心置きなく、温室の外に飛び出せる。

 エッジはそう思っているからこそ、シャバと称したのかもしれない、と。

 —— —— ——

 

 ふたりがまず訪れたのは、墓地だった。

 エッジの両親とじい、それぞれの墓前にエッジが譲位を報告。

 

 墓参を済ませると、エッジが再びリディアを担ぎながら。軽快な足取りで南の発着場へと向かう。

 

 民家区域では、飛空艇の停泊が禁止されている。

 よって、飛空艇を持っている城下町のお金持ち住民は。

 国有艇と同じように、自分の飛空艇を発着場に停めている。

 

「……エッジ、すごいなぁ」

「あ?」

「普通、人を担いで走ったら息切れしちゃうじゃない。よく疲れないよね」

 

 リディアは、忍者の姑息なスキルの数々をあまり好ましく思っていない。

 けれど、常人を超える忍者の身体能力は高く評価している。

 

 体力は人並みしかないリディアからしてみれば。

 走っていながらでも普通に会話出来ることが、とても素晴らしく思える。

 

「これも修行の賜物だな」

 

 エッジが得意気な声で、自身のおばけレベルの体力を誇った。

 

(今日も修行してたもん。旅行中も毎日修行するんだろうなあ)

 エッジはこの歳になっても、決して修行を怠らない。

 朝早くからクオレ(エッジ)と一緒に修行をした。

 本日も朝起きたら、ふたりからそれぞれそんな報告をされたぐらいだ。

 

「お墓もだけど、ここまであんまり人いなかったね」

「こっからはそうもいかねえ、遠回りすっか?」

「いいよ。大通りが一番近道だもん」

 

 若々しい動きを見せる忍者の夫に惚れ惚れするうちに。大通りに入っていた。

 

「……また、人が多いな」

「ツキノワくんに会いにきたんじゃないの?」

 

 本日の大通りは、いつも以上に賑わいを見せている。

 

 Xを読んで譲位を知った人たちが、新国王さまの姿を見にきたのだろう。

 お城がある北へ向かう通行客が特に多い。

 

「……だな」

 

 エッジが何かぶつぶつ口にしたが、よく聞き取れない。

 

「なんか言った?」

「いーや、なんも」

「……ふうん」

 

(お年寄りになると独り言が多いって言うし、別にいいか)

 あっさりかわされてしまったが、加齢を理由に更なる追及はやめておいた。

 それより早く、飛空艇に乗りたい。

 

「こっからもっと揺れっから、しっかりつかまってろよ……っ!」

「はいっ」

 

 そう言われて、エッジの首に回していた両手に力を込めているうちに。

 エッジがスピードを上げて、通行客の合間合間をぴょいぴょいっと通り抜けていく。

 

「あっ、犬だ!」

「狼だ!」

「いや、お館……ご隠居様だ!」

 

 恐ろしいスピードで通り過ぎたのに。

 エッジの正体がバレてしまい、通行客が驚きの声を上げている。

 

 なぜならエッジは年がら年中、赤いマフラーを巻いている。

 ルビカンテの遺品でもあるそれは、お館様、いや、ご隠居様のトレードマークになっているから。

 

(急に『ご隠居様』って言われても、呼び慣れないよね)

 昨日のツキノワへの譲位をもって。

 エッジのエブラーナ国公式での呼称は、『国王陛下』から『前国王陛下』へ。

 そして俗称は『お館様』から『ご隠居様』に変わった。

 

 本日のXにその告知が掲載されていたが。何せ、昨日の今日だ。

 以前の俗称で、うっかり呼んでしまいそうになるのも無理はない。

 

 そんな周囲の反応を、我関せずとばかりにエッジが南へと向かう中。

 リディアの視界の先に、まるで自分たちを迎え撃つように。

 通行客……ではなく。見知った者たちが数人固まって歩いているのが見えた。

 

(今日はこっちに来てたんだ!)

 彼らはみんな、リディアのご近所さん。全員ご高齢だ。

 毎日この時間、体力づくりのために城下町のあちこちを散歩している。

 

「ほんとだ。おやか……ご隠居様じゃねえか」

「おい! 誰か抱っこしてるぞ??」

 

 ご近所さんたちも、炎のマフラーでエッジだと気付いたようだが。

 エッジはそんな彼らをよそに、先へ先へと走り続ける。

 程なくして、リディアの視界のすぐそばに当のご近所さんたちが迫ってきた。

 

「みんなー、おはよ……」

「——うええっ!? リディアちゃん!?」

 

 ご近所さんたちの集団を通り過ぎる直前。彼らに向かって、朝の挨拶と共に手を振ると。

 その中で最も仲がいい高齢女性が、目をひんむいてまで大声を上げた。

 

「何ぃ!? リディアちゃんだとぉ!?」

「ああ、間違いないよ!」

「ご隠居様との2ショットなんて久しぶりじゃのう!」

「昨日も声援送ってたし、急にどうしたんだろうね……?」

「実は裏で会ってたのかもしれんぞい!」

 

 後ろからご近所さんたちが、わあわあ騒ぎ立てる声が聞こえてきて。

 リディアは思わず口を尖らせる。

 

(無視されちゃった……)

 ご近所さんが誰ひとりとして、リディアに挨拶してくれなかった。

 手も振り返してくれず、何ともさびしい限りである。

 

 この10数年、エッジとリディアはろくに一緒にいなかったはずなのに。

 なぜ今になって? しかも、お姫様だっこ! 

 みんなそう驚いて、リディアに反応する余裕がなかったのはわかるのだが……。

 

「……!!」

「……?」

 

 それこそ誰かが口にした『狼』のように。エッジがリディアを抱きかかえながら。

 速いスピードで南へと突き進むうちに、あっちこっちから驚きの声が聞こえてくる。

 

「えれえ騒がしいな」

「みんなびっくりしてるねぇ」

 

 まるでバケツリレーのごとく、大通りにいる人たちに。

 エッジとリディアが一緒にいることが広まってしまったようだ。

 

「……『ライザ』で運べばよかったか」

「やめてよ。ライザがエブラーナに来なくなっちゃう」

 

 エッジに小さな声で話しかけられ、リディアはすぐに言い返した。

 

 —— —— ——

 ライザは恥ずかしがり屋で目立つのが大嫌い。

 

 仮にエッジが『ライザ』に扮して、リディアを運んでいたら。

 リディアちゃんのお友達は見た目にそぐわず馬鹿力。そう誤解されかねない。

 後日、城下町の人たちから好奇の視線で見られたり、からかわれたりしたら。

 城下町どころか、エブラーナに来なくなるかもしれない。

 

 そうなれば、この国でしか会わない恋人——ゲッコウとも疎遠になりかねない。

 リディアも、親友が遊びに来てくれなくなるのはすごく嫌だ。

 —— —— ——

 

「おまえもだろ」

「え?」

「注目されんの嫌いだろ。本当にこれでよかったのかよ」

 

(昨日いいって言ったのに、信じてない……)

 エッジが前方を向いたまま質問してきたが、思わず口をへの字にしてしまった。

 

 —— —— ——

 昨夜、セックス(一度目)を終えてから、エッジがこう宣言した。

 

『これからは正々堂々と生きようと思ってんだ』

 

 これまでエッジは、リディアとクオレとの関係を隠していた。

 そのためリディアたちと共に城下町を歩く時は、ライザに変装したり。

 人目を忍んで自宅を出入りしていたが、それをもう辞めるという。

 

『どうしてか教えてちょうだい』

『今日でクオレが跡目争いに巻き込まれる可能性がなくなったからな』

『……わたしたちの関係、隠す必要がなくなったってことだね』

『ああ。つっても、あくまでもオレの希望だ。おまえが嫌なら今まで通りにすっから』

 

 リディアは即座に夫の決断に賛同した。

 よほどのことでない限り、誰が敵に回っても自分だけはエッジの味方でありたい。

 エッジに好意を抱いて以来、そんな確固たる信念を持っていたから。

 —— —— ——

 

 もともとリディアは『普通の人でいたい』を信条にしており、目立つのはあまり好きでない。

 エッジはそれをよく知っているから、通行客があまりにも騒ぎ立てるため。

 リディアが気を害していないか気になったようだ。

 

「嫌だったら、おうち出る前にやめてって言ってるよ」

「……そっか」

 

 きっぱり言い切ると、エッジは小さな声でぽつりと返事した。

 確かに目立つのは好きでない。それでも、気兼ねなくエッジと外を歩けるに越したことはない。

 

 —— —— ——

 15年ほど前。エッジは民に向けて世襲制から禅譲制に移ると共に。

 死ぬまで独身をほのめかすような宣言をしてから、昨日まで女っ気ゼロ。

 リディアとも無関係のふりを装っていた。

 けれど、もう国王ではないのだから、宣言を貫く——筋を通す必要はないと思う。

 —— —— ——

 

「『人の噂も75日』って言うじゃない。75日過ぎたら、みーんなどうでもよくなるよ」

 

 今日から75日。6の月の初めまでは、じっと我慢の子。

 これから1ヶ間は旅行に行くのだし、我慢期間は45日で済む。

 75日過ぎれば、エッジとリディアが一緒にいることが、ごく当たり前の光景になっているだろう。

 

「……ずいぶん詳しくなったな」

「エブラーナの民になってから、もう7年過ぎたもーん」

 

 リディアがお手伝いに行く、お隣さんの施術所の常連を占めるのはお年寄り。

 彼らはエブラーナで古くから伝わることわざや格言を度々教えてくれるし。

 8年近くもエブラーナで暮らしていれば、この国の文化や風習にもそこそこ詳しくなるというもので。

 

「帰ってきたら、どんな噂流れてっか楽しみにしとくか」

「そうだよ。帰ってきた時のこと、今考えたってしょうがないもん」

 

 おどけたように口にしたリディアに、エッジが視線を向けると。

 へっと鼻で笑ってから、視線を再び前方に戻して先を急ぐ。

 

 —— —— ——

 エブラーナにも、『マダム』のような噂大好き人間はたくさんいる。

 1ヶ月後、旅行を終えてエブラーナに帰ってきたら。

 熱愛や密会などといったワードが飛び交っているかもしれない。

 リディアたちに『どうなってるの?』と迫る者もいるかもしれないが、なんとかなるの精神だ。

 —— —— ——

 

 目的地へ向かううちに、それまでエッジが漂わせていた後ろ向きな気配が消えていく。

 それを感じながら、リディアは胸をなでおろしたのであった。

 

§

 

 程なくして、ふたりは目的地であるエブラーナの発着場に到着した。

 現在ここには、国が所有する大型飛空艇三隻。

 そして、城下町のお金持ち住民が所持する中型小型のそれも十隻ほど停まっている。

 

 ずらずら並ぶ、幾多の飛空艇の横を通り過ぎる中。

 突然エッジが立ち止まり、リディアを降ろしてくれた。

 

「——こいつでフルムーンだ」

「っ!?」

 

 当の飛空艇を指で示してから、船体部に備え付けの扉を開け始めた。

 そんなエッジをよそに、リディアは呆然とその飛空艇を見上げていた。

 

 てっきり今までと同じように、エブラーナの国有艇でハネムーンに行く。

 そう思っていたら、今から乗ろうとしているのは……小型の飛空艇。

 

「おい」

「……」

「早く乗れよ」

「え、わぁっ……!?」

 

 うだつが上がらなさに苛立ったのか。エッジが背中を押してくる。

 力では到底叶わず、質問すらさせてもらえないまま。むりくり乗艇させられてしまった。

 

「こっちな」

「あっ、待ってよ……」

 

 なんとか乗艇を済ませて、エッジが扉を閉めてから細長い通路を奥へ進む。

 リディアもいささか混乱に陥りながら、その後を追ったが。

 小型艇だけに通路は短く、奥へと辿り着くにはそう時間はかからなかった。

 

§

 

 通路の奥は、自宅の居間よりも広いスペースになっていた。

 その前方には操縦席が設けられているが、残りはがら空き。

 

「ここが1ヶ月限定、オレらの根城だ」

「……」

 

 両手を広げてまで、根城をアピールしてきたエッジを無視して。

 スペースの様子をざっと眺めてみる。

 

 —— —— ——

 個人所有目的で作られた小型艇は、定員は10人前後。

 操縦席は、せいぜい3人座れるか座れないか。

 あとは壁の棚に収納されている簡易用の椅子に座るか。地べたに座る仕様になっている。

 —— —— ——

 

(毛布……まさかここで……!?)

 昨夜エッジが運んだのだろう。端っこには荷物や毛布、段ボール箱がいくつか置かれている。

 気になったのが、毛布の利用用途だ。

 道中何が起こるかわからないから。ここで寝る。

 そう考えて持ってきたのか。はたまた、別の目的で……。

 

「どうした」

「!」

 

 毛布のおかげで、何やらよからぬ想像が浮かぶも。

 エッジの声を聞いて、毛布よりも気になっていたことを思い出した。

 

「あ、あの。ハネム」

「——フルムーンつってるだろが」

「っ……国有艇で旅行、行かないの?」

 

 すかさずハネからフルに訂正されて、一瞬口を尖らせるも。

 今はそれが話の焦点ではないため、『旅行』と称して質問し直した。

 

「でっけえ方がよかったか」

「そういう訳じゃなくて」

「——ドロップ缶。段ボール1箱分積んであるぞ」

「ほんとっ!?」

 

 いくつか積まれた段ボール箱のうち1箱は、フルーツドロップ缶。

 そう判明して、思わずぱああっと顔を輝かせる。

 

(おやつにちょうどいい!)

 ドロップ缶は手軽に持ち運び出来る甘いお菓子。

 段ボール1箱分なら合計40缶。1日1缶ペースで消費しても余ってくる。

 さすが我が夫。妻の嗜好をよくおわかりで……。

 

「っ、そうじゃないよっ!」

 

 エッジにおちょくられたような気がして、思わず叱咤した。

 

 お隣の旦那さんといい。この夫といい……。

 手のひらの上で、リディアをころころ転がそうとするのは辞めて欲しい。

 

「だったら何だよ」

「……これ、国有艇じゃないよね?」

 

 不機嫌そうな表情に変わったエッジへ、三度目の正直とばかりに質問し直した。

 

 今所有している三隻の国有艇に次いで、エブラーナが新たに飛空艇を購入した。

 エッジはおろか、クオレからそんな話を聞いたことがない。Xでそんな記事を見たこともない。

 

「国のもんじゃねえよ」

「じゃあ、誰かに借りたの?」

「誰のもんでもねえ。オレの」

「え」

「だから、オレのもんだって」

 

 エッジが誇らしげに親指で自分自身を指してまで。自分用飛空艇をアピールしてきた。

 

「……えぇーーー!?」

「んな、でっけえ声出すな……っ!?」

 

 リディアは目を真ん丸にして、すっとんきょうな声を上げてから。

 耳を塞ごうとしたエッジにつかみかかった。

 

「どこにそんなお金隠し持ってたのっ!?」

「真月の分はもう残ってねえよ」

「じゃあ、お給料の残りへそくりにしてたんだっ!」

 

 エッジの服をつかんだまま、まくしたてるように問い質した。

 

 これまでエッジは、毎月国王さまとしてお給料をいただいていた。

 半分は生活費としてリディアへ。半分は国に還元している。そう聞いていたのに!

 

「きちんと金返してたわ」

「えっ」

「そんなに信じられねえなら、今度クオレに聞いてみろよ」

「っ……」

 

 国のお金を管理する、会計の仕事をしている娘に確認しろ。

 不服そうに答えたエッジへ、返す言葉が見つからず。身体からぱっと手を離した。

 

「じゃあ、シドおじちゃんからタダ」

「——使用人がくれたんだよ」

「使用……あっ」

 

 平然としながらエッジが使用人と口にした途端。

 頭の中に、例の3人組の姿がぼんやりと浮かんできた。

 

「『お館様の幸せを祈る会』っ!?」

「おまえ何で知ってんだよ!? 関係ねえだろ!」

「ザンゲツさんたちに、昔教えてもらったの」

 

 15年近く前。『タタラ』としてエブラーナ城へ潜入した日。

 リディアはザンゲツから『お館様の幸せを祈る会』の存在。そして、会結成の経緯を教えてもらった。

 

 —— —— ——

 『お館様の幸せを祈る会』は、エブラーナ城で働く使用人の互助組織。

 お館様が幸せになった暁に、会費——積立金で、何かお祝いを贈呈する目的で結成された。

 エッジには秘密にしており、会員数は新旧使用人合わせて100名は軽く超える。

 

§

 

 この会の前身は『お館様被害者の会』と呼ばれる被害者救済団体。

 エッジが国王に即位してから1年が経ったある日。長年、エッジの無茶に頭を悩ませていたじいと。

 既にエッジのサンドバッグ状態だったザンゲツが結成した。

 

 ところが、エッジはそのふたり以外の使用人には、いいかっこしいをするため。

 被害者イコール会員が全く増えず、常に存続の危機に立たされていた。

 

 仕方なくふたりだけで、定期会合という名の宴会を続けていたが。

 15年ほど前に『薪要らずの魔法』の詠唱呪文が漏洩した直後。

 ミゼルがエブラーナ城にやってきたことで、転機が訪れた。

 

 その数日後、ミゼルがエッジによってエブラーナ城を出禁にされてしまった。

 ふたりはミゼルも『エッジの被害者』という会員条件を満たしているとみなして。

 ザンゲツがミストに赴き、ミゼルを勧誘した結果。名誉会員として入会してもらった。

 すると、後日その名誉会員からこんな提案をされた。

 

『傷のなめ合いじゃ会員は増えません。使用人のみなさんで、お館様へ何かお祝いを贈る互助会を作ったらどうでしょう? 目的も目的ですし、入会費を払うだけなら、みんなノリノリで入会してくれますよ』

 

 その案に乗ったじいたちは『お館様の幸せを祈る会』を結成。

 当時働いていた使用人に声をかけて、全員から会費3000ギルを回収した。

 それ以降、毎年採用される新人使用人にも入会してもらい、初任給から3000ギル天引き。

 そのシステムで会員数が、『お館様被害者の会』より増えに増えた。

 —— —— ——

 

「ったく、ぺらぺらぺらぺら口軽ぃ奴らだな……!」

「いつ飛空艇いただいたの?」

「今年の2の月。んで、その前に去年の暮れ……『当分の間』はじまってすぐだったかね」

「えっ」

「25周年の祝いに何か欲しいもんねえかって、ザンゲツに聞かれたんだよ」

 

(『当分の間』はじまってすぐ……??)

 エッジの話を聞いて思わず眉根を寄せる。

 実はその数日前。リディアは『お館様の幸せを祈る会』の名誉会員。

 ミゼルに、その会の存続についてたずねていた。

 

 ***

 

——昨年 11の月下旬

 

 この日はミストの授業がお休み。隣にある施術所のお手伝いをしていた。

 

「ねえ、おじちゃん……」

 

 久しぶりに祈る会のことを聞いてみよう。

 そう思い立ち、最後のお客さんが帰ってお片付けを始めたミゼルに声をかけた。

 

 お片付けと言っても、ミゼルは目が見えない。

 使ったタオルを集めて、診察台に備え付けのほうきでほこりをはたくだけだが……。

 

「はいはーい、なんですかぁー?」

「『お館様の幸せを祈る会』、これからもまだ続けるの?」

 

 リディアから質問された途端。

 それまでのんきにタオルを手探りでかき集めていたミゼルが、ぴたっと手を止めた。

 

「……じいやさんがお亡くなりになったから、気になったんだね」

「うん」

 

 実はこの1週間前。『お館様の幸せを祈る会』の会長——じいが、この世を去った。

 この先、会を継続するのは厳しいのではないか?

 そう思って名誉会員のミゼルにたずねてみたのだが……。

 

「大丈夫だよ。2代目会長にザンゲツさんがついたから」

 

 副会長だったザンゲツを会長に据えて、この先もまだまだ継続するようだ。

 

「お金、どれぐらい集まったの?」

「えーと……今、会員400人ぐらいだから……」

「——100万ギル超えてるじゃない!?」

「心配しなくても大丈夫だよ。ザンゲツさんは横領するような人じゃないし」

「っ、それぐらいわかってるよっ!」

 

 ばかにされているような気がして、ミゼルに思わず怒鳴り返した。

 お金よりも何よりも、奥さま最優先のザンゲツが守銭奴と同類な訳がない。

 

「やけに食いついてくるじゃん。何? 解散して欲しいの?」

「違うよ。ただ……この先、エッジが幸せになる出来事があるのかなぁって……」

 

 —— —— ——

 当初からじいやミゼルたちは、こう考えていた。

 エッジとリディアが結ばれたら、集めたお金をお祝い金として、エッジに贈呈しよう、と。

 

 そして数年後。ふたりは無事に真月の戦いで結ばれたものの。

 ごく数人を除いた使用人にしか、リディアやクオレとの関係を公表しない。

 エッジがそう決めてしまった。

 

 会員には新旧の使用人が名を連ねている。

 彼らにお館様のトップシークレットを知らせるわけにもいかない。

 かと言って、お祝い金を贈呈する際。会員に贈る理由を伝えなければ意味がない。

 結局お祝い金の贈呈を見送ってしまい、現在に至る。

 —— —— ——

 

「エッジは死ぬまで国王さまだし、渡す理由ないままエッジが死んじゃうかもしれないよ?」

 

 積立金はじいの知り合いの両替商に預けている。

 お金の管理は大変ではないが、このままでは積立金が増えていくばかり。

 リディアはそう心配になったのだ。

 

「エドワードくんが先に亡くなったら、積立金全部お国に還元しますって説明して入会してもらってます」

「あっ、お祝いかお国のお金になるかの二択だったんだ」

「じいやさんはそこんところしっかり考えて会を作りました。あなどっちゃいけませんよ?」

「うっ……」

 

 息を詰まらせるリディアに気付かず、ミゼルが平然としたような顔で。

 タオルを手探りでかき集めて片付けを再開させた。

 

「でも……これからじいやさんみたいに、あのお金どうなったって思いながらお亡くなりになる会員さん、もっと出てくると思うんだけど……」

「じいやさんだけじゃない。この数年で会員さん、何人かお亡くなりになってる」

「そんなぁ、これからもっと増えちゃう……」

「大丈夫大丈夫! まだチャンスはある」

「チャンス?」

「はい」

 

 ミゼルがそう言いながら、集めたタオルをリディアに渡すと。

 診察台の下にある、小さなほうきを手探りでつかんで。台の上のほこりを落としながら、こう言った。

 

「あの人が国王になってから、もうすぐ25年だね」

「あっ!」

「お父さんみたいにお祭りはやらないと思うけど、渡す理由にはちょうどいいと思わない?」

 

 前国王——エッジの父親は、在位25年目に祝賀式典を行っている。

 後にも先にも、エブラーナが国を挙げてお祭りをやったのはこれっきり。

 

「それじゃあ、来年の春だね!」

「うん。ただ25年じゃ、短いかなぁと思って……30、いや、40か……?」

 

 ***

 

「……!!」

 

(おじちゃんのばか!! 教えてくれたっていいじゃない!!)

 昨年の暮れの出来事を思い出して、頬をぶうと膨らませる。

 

 あの日以来、リディアは在位25年にお祝いを贈るのかどうか。ミゼルに何度かたずねた。

 にもかかわらず、あの男。

 毎回頭を抱えて『いやぁー、どうするかなぁー?』……騙された!

 

「どうした? ぶすっとして」

「……なんでもない」

 

 エッジに指摘されて、表情を緩めて思考を切り替えることにした。

 

(おじちゃんにけちつけたって無駄だもん……)

 いつの間にやら話が進んでいてちっとも面白くないが、もう過ぎたこと。

 それより、今大事なのはハネムーンだ。

 

「それで飛空艇が欲しいって答えたんだ」

「王籍抜けんのに、エブラーナの借りんのもどうかと思っててな。いい話がきてよかったぜ」

「でも、小さくても飛空艇って……お高いでしょ?」

「こいつは事故艇。半額以下だ」

 

 新しい小型艇の相場は、およそ200万ギル。

 しかし、この小型艇は一度事故で半壊、いわゆる事故艇だった。

 そのため半額以下——およそ80万ギルで購入出来たらしい。

 

「残りのお金は……」

「祝いって名目でくれた」

「あ、そうなんだ」

「実質退職金だな。今日からの旅行に使って、余ったら生活費に回すさ」

「そんな……」

「心配しなくても、忍者学校に頼まれてな。ごくたまに授業にやることになってんだ」

「お仕事、もらえたんだね」

「ああ。その都度日当もらえっから収入には困らねえ。——で、こいつ」

 

 エッジがそう話してから、近くの壁をとんとん軽く叩きはじめた。

 

「事故したようには見えねえだろ」

「……うん、新品みたい」

 

 小型艇の内装をアピールしてきたエッジに促されるかのように。

 リディアもあちこち壁に近付き、そっと触ってみたが。

 天井や床……どこもかしこもぴっかぴか。事故艇とは思えない。

 

「先月シドに1回見てもらったついでに、綺麗にしてもらってな」

「それなら新品と変わらないね」

「あいつらに面倒見てもらえば10年は乗れるだろ」

 

 旧知の友人でもある飛空艇技師、シドやルカに頼んで。

 定期的にメンテナンスを受けていれば、確かに長持ちはするだろう。

 エッジの言い分に納得して、改めて内装を確認していたところ。

 

「いい加減突っ立っててねえで、そこ座れよ」

「あっ、うん……」

 

 エッジが指さした先は、3人座れるぐらいのベンチのような操縦席。

 

 舵やボタンが並ぶ右側ではなく、左側におずおず腰を下ろすと。

 エッジが右側に座り、目的地を設定するために自動操縦ボタンをいじり始めた。

 

 —— —— ——

 10年前にルカが開発したおかげで、現在の飛空艇は操縦席は船体部へ。

 しかも、横一列に4人ほど座れるぐらい長い座席が設置されるようになった。

 

 操縦席の前方は、横一面透明なガラス貼り。この席から後方や左右は見えないが。

 飛空艇や物体が飛空艇に接近してきたら、ブザーが鳴るように出来ているという。

 —— —— ——

 

 昨晩行きたい場所をたずねられて、『薬草園』と答えたっきり。

 エッジはその話題に全く触れなくなった。

 しかも今、エッジが行っている飛空艇の自動操縦設定はボタン操作が複雑で有名。

 手の動きを眺めていても、リディアにはさっぱりちんぷんかんぷんである。

 

「ねえ」

「なんだよ。さっきからねえねえばっか言いやがって」

「……今からどこいくの?」

 

 頼りなさげにそうたずねると、エッジがふっと鼻で笑ってからボタンを押した。

 

びーっ!

 

 大きな音が室内に響き渡る。

 設定を終えて、出発する合図の音を背景に、エッジが殊勝な表情でこう言った。

 

「ないしょ」

 

 その一言を聞いた瞬間。遠い昔の出来事が脳裏によぎった。

 言質を取られて、処女を奪われた翌日の『人生初デート』……。

 

「っ、ふふっ……あはは……っ!」

 

 当時と同じ言葉を用いられたことを思い出して、腹を抱えて笑った。

 

 リディアをびっくりさせたくて、ぎりぎりまで隠し通す。

 もともとエッジは、そういう男だったではないか。どこへ行く?と聞いても無駄だ。

 

「なんだよいきなり」

「もういいっ、この後のお楽しみにしておくよ」

「そうしとけ。『ぎゃふん』は間違いなしだからな」

 

 そこまで言うのだから、今から驚くような場所へ連れていってくれるに違いない。

 エッジにまだ恋や愛ではなく親愛の情を寄せていた、若い頃のように……。

 

.

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